トクン……トクン……。

 

――静かだけど、確かに聞こえる……。
――あなたが生きる、命の音……。

 

「カ、カノンっ」

「…………」

 

――あなたの呼ぶ声、息づかい、私を抱くその腕……。
――それら1つ1つが、私の心を強く熱くする……。

 

 カノン。
 そう呼ばれた少女は、少年の温もりを深く味わっていた。

 

――……でも、何故?

――どうして、あなたは……。

 

「……カノン。いつまでもしがみついてると、暑いんだけど」

 

――……どうしてあなたは、そうデリカシーがないの(怒)。

 

 

 

胆試し

 

 

 

 時は、数時間前に遡る。
 たまたまサトシがアルトマーレに遊びに来ていた、その日。
 たまたま開かれる事になった、胆試し。
 全ては、そこから始まるのだった。

「……という訳で、2人とも。よかったら、参加してみてはどうかな?」

 ボンゴレが、何やらチラシを孫娘のカノンに見せていた。
 ちなみにサトシは、すぐ外の所でピカチュウと遊んでいる。

「胆試し……ねぇ。サトシ君、どうする?」

「うん、楽しそうだな。ピカチュウ、参加してみようぜ」

「ピッカァ♪」

 カノンの問いかけに、元気よく返事をするサトシとピカチュウ。
 だが、そこへボンゴレが一言。

「……あ〜、すまん。この胆試しは、ポケモンを連れては行けないそうなのじゃ」

「え? じゃあ、ピカチュウは行けないのか……」

「ピカチュウの事は、わしが見ておるわい。サトシ君とカノン、2人で行ってきなさい」

 すると今度は、祖父の言葉にカノンがピクっと反応した。

「(サトシ君と……2人っきりで……?)」

「ほれ」

 一瞬、呆然としたカノンに対し、ボンゴレは持っていたチラシを渡してくる。
 思わずきょとんとしたカノンは、ゆっくりした動作でそれを受け取った。

「せっかく、サトシ君が来ておるのじゃ。チャンスをモノにできんようでは、何事も成功せんぞ。絵描きも……恋もな」

「っ!? お爺さん……!」

 小声であったとはいえ、突然な発言をする祖父に対して、カノンは少々だが声を荒げた。
 しかし、次第に落ち着いてくると、ボンゴレの言葉も納得できてくる。

「……サトシ君」

 恐る恐る、彼女はサトシを呼んだ。

「私と、その……い、一緒に、2人で行ってくれる?」

「うーん、でもピカチュウを置いてかなきゃいけないんじゃなぁ……」

 思わずガクっとコケそうになるカノンだが、めげずに言葉を続けた。

「で、でも……行こうよ! ねっ?」

「カノンは、行きたいのか?」

「っ!? ……う、うん……」

「じゃ、いいぜ。一緒に行こう」

 サトシはいつもと変わらぬ、ひたすら明るく元気な態度で答えてくれた。
 元気なのはいい事だ。
 カノンの誘いにものってくれた。
 しかし……何か、物足りない気がする。

「…………(こ、ここで負けちゃダメよね。サトシ君はいつもあんななんだし。私の方から、動くしかないんだわ!)」

 

 

 

 ……てな訳で、日が暮れた頃。
 サトシとカノンは、アルトマーレの歴史を記す大聖堂の前にやって来ていた。

「大聖堂の中でやるのか?」

「そうみたい。でも大聖堂って、こんな夜中に入るのは初めてだから……ちょっぴりドキドキしちゃうわね」

 かすかな風が、カノンのミニスカートを少しだけはためかせる。
 いつもと同じ、お気に入りの緑の服と白のスカートでやって来ていたカノン。
 外見はいつもと変わらない……たが、心の内は熱かった。

「(サトシ君に、小細工なんて一切無用。胆試しの最中、何かの拍子で『キャー』っと悲鳴を出して、サトシ君の気を引いて……そして!)」

 ……それを小細工と呼ぶような気もする(ぁ)。

「(そして……押し倒すっ!!)」

 グッと拳に力を込め、内心決意する彼女。
 なんか、とんでもない事を考えているんじゃ……。

 

 

 

 大聖堂へは……1組、また1組と、2人ずつのペアで順番に入っていった。
 やがて、いよいよサトシとカノンの番がやって来る。

「さっ、行こう。サトシ君♪」

「(……胆試しって、そんなウキウキしながらやるものだったかな……)」

 どこかズレた印象を受けたサトシだったが、とりあえず2人は入っていった。

 ……ところが、扉の向こうへ1歩入ると、そこはまるで別世界。
 暗黒の空間の中、後ろでバタンと戸が閉まると、後はもう何も聞こえない無音の部屋と化す。

「…………。なんか、想像してたより恐い……気がする……」

「心配ないさ。2人で行くんだし」

「……! う、うんっ」

 思いがけないサトシの優しい言葉に、カノンは頬を赤らめた。
 無論、サトシがそれに深い気持ちを込めていたとは考えづらいが。

 コツ……コツ……。

 不気味な大聖堂内を、靴音の反響がより不気味さ演出していく。
 ふと、カノンは何かに気づいてピタリと足を止めた。

「…………。サトシ君、何か足音増えてない?」

「え、気のせいだろ」

「……そう……かなぁ」

 不安げに、彼女は後ろを振り向いた。
 しかし真っ暗闇の中ではほとんど何も見えず、後ろから誰かがついて来る姿も確認できない。

「……サトシ君」

「どうした?」

「……手、つないじゃダメ?」

「心配しなくても平気さ。いくら暗いからって、一緒に歩く限り迷子にはならないだろうし」

「(そうじゃないっつーの(怒))」

 じと目になるカノンだったが、張り合っても仕方がない……ていうかサトシに効果はない。
 サトシを落とす為には、最初から最後まで自らが動くしかないのだ。

「……!」

 意を決し、カノンはサトシの手を取った。

「お願い……」

「ん、まぁ……いいけど」

 ……カンっ!
 その時だった。
 何かが落ちる物音が、室内に響いたのである。

「きゃあっ!!」

 完璧にびっくりした様子のカノンは、すかさず何かにしがみつく。
 ……もちろん、今近くにあるのはサトシの体だけなのだが。

「っ!? カノンっ……」

「……! ぁっ……!?」

 そして後になって、彼女は自分が何をしてしまったかに気づいた。

「(サ、サトシ君に……思いっきり抱きついちゃった……!!)」

 しかも、よほど強くサトシにぶつかっていったのだろう。
 サトシの方も、思わず彼女の体を受け止める形で、自然と抱き返していた。

「(……あ、でも……この状態……凄くいい……)」

 トクン……トクン……。
 聞こえているのは、サトシの鼓動。
 正面から互いの胴体が密着しているので、その音は自然と感じ取る事ができる。

「カ、カノンっ」

「(聞こえる……サトシ君の、心臓の音……。サトシ君も……私のドキドキが、聞こえてるかしら……?)」

 強く抱き合った状態で、カノンにサトシの鼓動が聞こえるという事は、当然その逆もまた然りだ。
 カノンの鼓動もサトシに聞こえていたのは、ほぼ間違いないだろう。
 もっとも……それにサトシが意識を集中させていたら、という点が前提となるけれど。

「……カノン。いつまでもしがみついてると、暑いんだけど」

「(……違うでしょッ)」

 間の抜けた発言に、カノンが脱力するのも無理はなかった。
 一気にムードが壊れたのは、言うまでもない。

「……サトシ君、わざとじゃないわよね?」

「何が?」

 ちなみにカノンの頭部に、小さく怒りマークがついていたが、とりあえずサトシは気づいてないようだ。

「こうしてっ! 抱きついてるのに、何とも思わないの!?」

 ぎゅううっ……!!
 とうとう痺れを切らしたカノンは、直接的な言葉と実力行使に出る。
 一気に腕に力を入れて、サトシを締め上げた(何)。

「カっ、カノン……苦しっ……」

「男の子なら、ちょっとはいかがわしい事考えたら? 女の子の体とくっついてる〜とか、胸が当たる〜とか」

 ……言ってる事がむちゃくちゃだった(ぇ)。

「…………。あっ……」

「……あ???」

「そう……言えば……」

 途端に、サトシの顔が赤く染まる。

「(今気づいたのね……)」

 そこでカノンは、やっと理解した。
 サトシが鈍いのは前から知っていたが……どうも、考えてたのとはベクトルの違う鈍さのようであると。
 彼は、恋愛事を知らない訳じゃないらしい。
 気づきさえすれば、普通の男の子と同様、女の子には反応するようなのだ。

 ……ただ、滅多にそれを『気づかない』というだけみたいで。

「た……確かに……カノンの言う通り……だな……」

 余談だが、カノンは胸が大きい。
 彼女が正面から抱きついてくれば、まさにカノンが言った通りの事は十二分に感じられた事だろう。

「(……やだ、言ってから恥ずかしくなってきちゃった……)」

 今頃になって、カノンの方も自分の発言がいかに過激であったかを自覚し始める。
 おまけに、未だ2人は抱き合ったまま。
 どちらも真っ赤な顔になって硬直し、身動き1つ取れないでいた。

「(カノンに……何か、声かけた方がいいかな……)」

「(サトシ君に……何か、言わなくっちゃ……。えっと、どうしよ……)」

 今この状態を中断するにもタイミングがつかめず、完全なるこう着状態に陥っている。

「…………」

「…………」

「…………。サ、サトシ君……」

「……え……」

 自分から声をかけておいて何だが、そこでカノンは言葉を詰まらせてしまう。
 更に十数秒ほど、この状態が続いた後に、ようやくカノンは再び口を開く。

「……私、ずっとこうしてたい……」

「え……。けど、このままじゃ次の順番の人も来るし……」

「違うの。そうじゃなくって……」

「…………」

「私、前から思ってたの。サトシ君と一緒に……旅をしてみたいって」

「っ!」

「でも……ダメなの。私、お爺さんと2人暮らしだし、お爺さんだけを置いてはいけない……」

 ……ようやくカノンは、サトシから腕を離した。
 すると、先ほどまでのこう着状態が嘘のように、あっけなく2人の体が離れていく。

「…………。本当はね。サトシ君に会うより前から、一度町を出てみたかったんだ」

「そうなのか?」

「うん。色んな町に行って、色んな風景を見て……色んな絵を描いてみたかったの。でも……」

「そっか……。けど、ボンゴレさんの事をちゃんと考えてるなんて、カノンは優しいよな」

 ポンっと、サトシはカノンの頭の上に手を置いた。

「……けどさ。ボンゴレさんも、もしかしたらカノンには好きな事をしてほしいって、思ってるかも知れないぜ」

「え……」

「俺もマサラタウンの家に、ママ1人だけ残して旅に出てたけど……。俺がトレーナーとして旅する事を、応援してくれてるからな」

 そう言って、サトシはニカっと笑う。

「カノンの優しい気持ち、すごく大事だとは思う。けど、自分がどうしてもしたい事があるなら、一度素直にボンゴレさんに話してみたらいいんじゃないか? そしたらきっと、ボンゴレさんも素直に気持ちを話してくれるさ」

「……そっか。そう……だね」

「あぁ。カノンとボンゴレさんの事なんだから、1人で考え込まずに、ちゃんと話し合わなきゃ」

「……うん」

「でさ。もしもだけど、カノンもあっちこっちの町を回る事になったら、一緒に行かないか?」

「……うんっ!」

 ようやく、カノンにも笑顔が戻る。
 真っ暗な闇にも負けない、明るい明るい笑顔だった。

 

 

 

「……や、やっと言った……」

 そんなこんなで、2人がその場を去った後。
 数人の脅かし役の方々が、よろよろと疲れた様子で出て来た。
 足音を増やしたり、物が落ちた音をたてたりしたのは、彼らの仕業だったらしい。

「あそこまで、長い事ラブラブな様子を見せ付けられるとは……」

「愚痴るな……。ペア胆試しの仕掛け人をやってると、よく見る光景だ……」

 

 終わり

 

 ギャグなのかシリアスなのか、よく分かんない話でした。−−;
 とはいえサトカノ短編、書いてて楽しかったです。
 2人のオチ(?)は、連載小説で書いてるサトカノ作品の結末として考えてた案なんですが……。
 サトシはトレーナー、カノンは絵描きとして、一緒に旅したらいいなぁと思ってたりします。