この小説の題は、ある日突然に火の鳥さんから振られたものです。
よく分からないけど、唐突に短編の題をふっかけるのがブームだったらしい。
という訳で、早速(と言っても題振られてから大分経つが)書いてみました。
美声で唄うバグオング
ある日、少女は『自分の求めるもの』を見つけた。
耳に届く、滑らかで麗しいまでの歌声。
外国の言葉なのか、歌詞は全く分からなかったが、声色の美しさは天賦の才と呼ぶに相応しい。
道端でそれに気づいた彼女は、誘われるかのように茂みへ足を進める。
そこに存在していた、美声の音源……それを見た時、少女は我が目を疑った事だろう。
「……嘘っ」
バクオングという、ポケモンがいる。
激しいまでの大声を武器とし、それで敵を攻撃できるほどの爆音を放つ事で有名だ。
少女が今、目にしたのも……正しくそれだった。
芝生の中心でバクオングは、バクオングらしからぬ美声で歌を唄っていたのである。
「そっか……。ポケモンが唄っていたなら、歌詞が分からなくて当然よね」
思わずつぶやいた声に気づき、不意をつかれたようにバクオングは唄うのをピタリと止めた。
その様子を見た少女は、慌てて両手を前にかざすようにしながら振る。
「あ、ごめんなさい! 脅かすつもりはなかったの」
「…………」
「ただ、あんまり美しい声だったものだから、聞き惚れちゃって……」
「…………」
じぃっと少女を見つめたまま、バクオングは沈黙を続ける。
このポケモン、顔がかなり怪獣じみた形相なのだ。
ふと、こんな顔でよくあんな声が出せるものだと、少女は苦笑いしてしまうが……。
「(……あ、ダメよね。そんな風に思っちゃ)」
外見で判断してはいけないと、少女はすぐに思い直す。
事実、彼女はただ純粋に、先ほどまで流れていた極上の美声に惹かれたのだ。
見た目など関係ない。
「お隣、いいかしら?」
少女は、バクオングに近づきながら尋ねた。
相変わらず無言だった為に返答は得られなかったが、嫌がる様子もないので勝手にOKと解釈する。
ちょこんとバクオングの隣に座ると、少女は更に話を続けた。
「……私ね。歌手を目指しているの」
ぴくっと、少女の言葉に反応したかの如く、一瞬だけバクオングの顔が動いた気がした。
「でも私は、まだ全然なのよ。音楽の先生からは、『そんなんじゃ100年経っても歌手になんてなれない』って言われちゃった。世の中には、私よりも歌の上手い人なんて、いくらでもいるんだって……」
「…………」
「だからね、ちょっと憧れちゃったのよ。あなたの事」
バクオングならではの大あごの辺りに手を当てながら、少女は語る。
その表情は、半分は確かに憧れであり……もう半分は、どこか物欲しそうなようにも伺える。
「あなたはいいわね。そんなに美しい声を持っているなんて」
……すると突然、バクオングは足を動かす。
少女の手を振り払うかのようにして、いきなりあさっての方角へ歩き始めたのだ。
「え……?」
行動の意図が分からず、ぽかーんとした様子で見つめる少女。
結局、バクオングは一言も言い残すことはなく、のっしのっしと歩いて去って行くのだった。
「……あの子に、興味があるのかい?」
不意に、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、1人の老人が立っている。
「お爺さんは、あの子の事を知ってるの?」
少女は、立ち上がって老人に尋ねた。
「いや、わしも先日初めて会ったばかりじゃよ。この辺りを散歩してたら、その歌声につられてのぅ」
考えてみれば、ここは少女が住む住宅地からはそう離れていない。
ずっと前から近くに住んでいるポケモンなら、あの美声が町の人達の間で有名になっててもおかしくないハズだ。
「なぁ、お嬢ちゃん。あのバクオングは、どうしてこんな所へやって来たんじゃろうなぁ?」
「え?」
思わぬ問いかけに、少女は頭の中にクエスチョンマークを浮かべる。
「そもそもバクオングは、人里の近くに住むようなポケモンではなかろう」
もっともな話だった。
野生のバクオングが民家のそばで何十匹、何百匹も生息していたら、騒音被害どころの話ではない。
「わしにはあの子が、一人ぼっちに見えてならぬのじゃよ」
「あれ程の……聞き惚れるような歌声なのに?」
「うむ……」
コリコリと、老人は頭をかいた。
「……確かに人間にしてみれば、その通りじゃろう。わしとて、思わず聞き惚れたわい。しかし、バクオングにしてみればどうかのぅ?」
「どうって……」
「あの子の声は、非常に美しい。じゃが逆に、あの子の爆音は聞いた事が無い。……あの子は爆音を持たずして生まれた、バクオングになりきれない、仲間外れのバクオングなのではなかろうか」
「そんなっ……あの子、あんなに綺麗な声をしてるのに!」
反発するような口調で、少女は叫んだ。
少々びっくりしたのか、老人は慌てて彼女をなだめる。
「まぁまぁ、落ち着きなさい……。わしもあの子を、悪く言うつもりはないのじゃ」
「…………」
「しかしな、バクオングにとって爆音こそが武器である事は知っておろう? 爆音を持たないバクオングは、キバを持たないライオンと同じなのじゃよ」
「…………」
「バクオングの世界では、美しい声は役に立たぬのじゃろうな。わしの憶測に過ぎんが……あの子は同じバクオング達とは暮らす事ができずに、この地へやって来たのではないんじゃろうか」
「……そんなのって……!」
老人の言う事は、何となく分かった。
だが少女は、それでも納得のいかない気持ちでいっぱいだったようだ。
自分が求めていた、理想の美声を持つバクオング……。
それが、そんな立場にいただなんて思うと、やりきれない想いでいっぱいになった。
「仕方無いじゃろう。価値観の違い……というやつじゃな」
「……!」
「これは何も、人とポケモンの間でのみ言える事ではない。自分では良いと思った事が、他人にも必ず良いと受け止められるとは限らない。あまり気難しく言うつもりは無いんじゃが……お嬢ちゃんも、心の奥底でそれを留めておいてはくれぬかのぅ?」
少女は、うつむき加減のままコクリと頷く。
「じゃあ……あの子にとって、綺麗な声は邪魔でしかないの? 私はあの子に、その声に憧れたって言ったけれど、あの子にとっては聞きたくない言葉だったのかしら?」
「……かも知れぬな。じゃが、分からんよ。その答えは結局、あの子にしか分からない事じゃ」
「そう……よね……」
「ふむ……。ただ、1つ言える事がある」
老人の意味深な言葉に、少女は顔を持ち上げた。
「あの子はここで、たとえ一人ぼっちであろうと美声で歌を唄っていたという事じゃ。本当に自分の声を忌み嫌っておるなら、わざわざその声で唄ったりなどするじゃろうか……」
「! そっか……」
少女の手は、自然と拳を握った。
そして彼女は大きく頷くと、回れ右して走り出す。
「お爺さん、ありがとう!」
「ん、どこへ行くんじゃ?」
「もちろん、あの子の行った方よ」
老人へと向き返りながら、少女は明るく述べた。
一旦足を進めるのを止めたが、まるで早く行こうと彼女を急かすかのように足踏みを続けている。
「あの子、野生ポケモンなんでしょ? それも、一人ぼっちで……。だったら、私のポケモンになってくれないかなって。ダメって答えられるかも知れないけれど、聞いてみたいの」
「……そうか。なら、行ってみるといいじゃろう」
「うん……!」
最後に元気な一言で返事をすると、再び少女は走り始めた。
その後ろ姿は、老人の見る先でどんどん小さくなっていく。
彼女を見守る老人も、あのバクオングがどうか一人ぼっちではならなくなる事を、願わずにはいられなかった。
それから、数年後。
女の子とポケモンという、異例の歌手ユニットがアイドルデビューをした事で、話題を呼んだとかなんとか……。
終わり
人間キャラの描写が非常に薄いのは、バクオングがメインだからという事で。
……前半しか出て来てないけど(駄)。
他の人に指定されたテーマというのは、なかなか書くのが難しいですね。^^;
ただテーマのままストーリーを書くんじゃ面白味が無いし、そもそもシナリオが組み立たない……。
やっぱり独自の何かを組み込む事で、柱にした方が物語になるものです。
そういう意味では、今回はまぁできた方かな……と思います。