5th「成すべき事」

 

前回までのあらすじ:
 看護助手、ナースエイドとしてクチバシティのポケモンセンターで手伝いをしていた美少女ナツキ。重傷を負ったオオタチの治療の際に自分が役立てなかった事を痛感し、ナツキはしばらく手伝いを休んで勉強をする事にした。ところが、そこへ再び重傷のポケモンがポケモンセンターに運ばれたという話を聞き、いつもお世話になっている看護婦と共にセンターへ向かう事に!

 

 ポケモンセンターには、暗い雰囲気が漂っていた。たった今運び込まれたポケモンは、本当に酷い怪我だったのだ。

「ハァ……ハァ……。」

 そこへ、息切れをしながらナツキがやって来た。白衣の天使、もとい白衣の女神の登場に、少しだけ雰囲気が明るくなる(と言っても今のナツキは私服姿だが)。こんな時に何だが、美少女ナツキの可愛さ・美しさは、それだけで場を和ませる雰囲気を漂わせているようだ。もちろん彼女の優しさも、である。

「えーっと、それで運ばれたポケモンはどこですか? あ、こっちの扉ですわね!」

「ナツキちゃん、こっちこっち! そっちは裏口だから、外へ出ちゃうわ。」

 何度も来ているハズのポケモンセンターで、思いっきり間違えるナツキ。彼女は顔を少し赤くして、間違いを指摘した看護婦の元へと向かう。この天然な所も、ある意味で場を和ませるのに貢献している……のかも。

 

 

 

 いずれにせよ、ナツキの美貌が並ではないのは言うまでもない程だ。

 身長はさほど高い訳ではないが、まだ11〜12歳程度にしては、やけに大人っぽい雰囲気。可愛らしく美しい顔立ち。子供ながらに抜群のスタイルで、スレンダーでかなりグラマーでもある。そして何より性格がとても優しい。
 そんなこんなで、彼女は男女問わず人気があり(もちろん主には男子にだが)、ほとんどアイドル的存在と言っても過言ではない。

 

 不思議なものでアイドル的存在というのは、どうしてもある種のカリスマ性が出てくる。ナツキという存在がココに姿を現しただけで、わずかながらもその場の人達の心をほぐした、今の状況が正しくそれ。……にも関わらず、ナツキは自分のそういった事について一切の自覚を持っていないのだが……。

 

 

 

「それで、一体どうしたというのですか?」

 ナツキはポケモンセンターの奥へと入り、中にいた男性の医師に尋ねてみた。医師もまた悲痛な面持ちで、ナツキに答える。

「とにかく、酷い症状だよ。この前のオオタチ以上だ。」

「そんな!」

「……あ、君はこの先に来て、一緒に手伝ってくれ。」

 と、医師が言ったのはナツキと一緒に来た看護婦に対してだった。

「では、私は向こうで待っていますわね……。」

 邪魔になってはならないと思ったのだろうか、ナツキはすぐに去ろうとする。だが、それを医師は呼び止めた。

「待ちなさい。」

「え?」

 意外そうな顔をし、ナツキは聞き返す。

「あの……私がいても何も出来ませんわ……。」

「そんな事は無い。我々、医者や看護婦の仕事は、何も体の怪我を治したり、看病したりするだけじゃないのだよ。」

「え???」

 ナツキは更に目を丸くして、もう1度聞き返した。

「今回の怪我を負ったポケモンの持ち主……トレーナーもまた、きっと心に傷を負っているハズだ。君なら、そちらを看てあげる事が出来ると思う。むしろ君だからこそ、それが出来ると思うのだが?」

「そうよ、ナツキちゃん。」

 と、ナツキと一緒に来た看護婦も後に続いて言った。

「心の傷を侮ってはいけないわ、ナツキちゃん。時として、体の傷よりも深く辛い事だってあるのよ。それを診てあげる事がナツキちゃんの仕事よ。ナツキちゃんの、成すべき事よ! 私達がポケモンの治療に専念できるよう、ナツキちゃんに手伝ってほしいの。いいでしょ……ナースエイド:ナツキちゃん?」

「私……なんかが……」

 そこまで話を聞いて、少しだけナツキは涙目になってしまう。それでもナツキは笑顔を作り、そして答えた。

「私なんかが……どこまで役目をまっとう出来るか分かりませんけど……でも……がんばりますわ……!!」

 そして1度だけ頭を下げると、すぐさま待合室のある方へと駆けて行く! その後ろ姿に、もう迷いは無かった!

「……??? ……あの、ごめんなさい。待合室ってどこでしたっけ???」

 別の意味で迷ってたけど(?)。
 振り返ってそう尋ねるナツキに、医師も看護婦もちょっとコケかけた……。

 

 

 

 ……そのトレーナーの少女は、1人でそこに座り込んでいた。顔をうつむけていて表情は読み取れないが、落ち込んでいる事は明らか。ナツキはその少女を見ると、そっと彼女に近づき声をかけた。

「えっと、あなたがポケモンの持ち主のトレーナーさんですわね?」

「……はい。」

 か細い声で、少女は答えた。とりあえず彼女の声が聞けただけでも、ナツキはほんの少しだけ胸を撫で下ろす事ができた。彼女が何も話せないぐらいにまで傷ついていたとしたら、正直ナツキはどうしていいか分からなかったからだ。

「えっと、隣に座ってもいいですか?」

「……はい。」

 全く同じトーンで、トレーナーの少女は答える。返事を聞いてから、ナツキはゆっくりと彼女の隣に腰をかけた。
 このトレーナーの少女は、ナツキより少しだけ年下らしき女の子だった。美しい艶のある髪を、三つ編みにして下げている。もっと笑顔を見せてくれれば可愛いだろうにと、ナツキはふと思ってしまう。

「私が、いけないんです……。」

 先に、トレーナーの少女の方が口を開いた。

「私のポポちゃん……ポポッコは……外で遊ぶのが大好きで……。私はトレーナーなんだからポケモンを安全に見守る義務があるのに……無用心にポポちゃんだけ残して遊ばせちゃって……。」

「自分を責めてはいけませんわ。」

 彼女の顔を見ながら、ナツキが言う。

「あなたはポケモンの為を思って、そうしてあげていたのですから、悪くはありませんわ。この町は、とても平和なのです。それに、住んでる人達も皆がポケモン好きで。こんな町でポケモンを1匹だけ残して、少しの間目を離したからといって、そんな危険が及ぶ事は……」

 『ありえない』……ナツキはそう言おうとしたが、思わず止めてしまった。そう、確かにありえない。ありえるハズがない。それでも、現実にはポケモンが大怪我を負う事件が起きてしまった。何故? ナツキは考えを巡らせる。だが、すぐに自分の今成すべき事を思い出し、再び少女に話しかけた。

「とにかく、元気を出してくださいね! ……と言っても、なかなか難しい事もあるのは分かってますわ。どうしようも無いような想いになって、元気を出せない事はありますものね。私にも経験がありますし。」

「そう……なのですか?」

 少し顔をあげて、少女がナツキに尋ねる。

「ナツキさんは、この町ではアイドルのような存在だと聞いてます。とても優しい方だと。そんなナツキさんでも、やっぱり悩んだり、落ち込んだりってあるんですか?」

「えぇ、そうですわね。例えば、私がナースエイドとして仕事をキッチリこなせているのかとか……。」

「? ナツキさん……が?」

「ごめんなさいですわ。私の話なんてしても、面白くありませんわよね?」

 苦笑いしてナツキが言うが、少女は少しだけ微笑んで首を振った。

「そんな事無いですよ。なんだか、ナツキさんは不思議な人です。少し話をしているだけで、ちょっと気分が楽になった気がします。」

「そ、そうですか? 私、何もしてないような気がしますわよ……?」

「ナツキさんは、私を元気づけてくれる為に私の元に来てくれたんですか?」

「え? はい……まぁ。」

「だったら、ナツキさんは大丈夫。その仕事を十分に行えてます。たった今、ナツキさんに元気付けられた私が保証しますから。」

 ニッコリ笑う少女にそう言われ、ナツキは思わず舌を出して苦笑いする。

「これでは、どちらが元気付けられているか分かりませんわね。」

 2人は、クスクスと笑い合うのだった。

 

 

 

 ……クチバシティ、郊外。そこに、3人の少年少女が岩に腰掛けている姿があった。

「ねぇ、ルウ〜! そろそろ飽きてこない?」

「俺もそう考えてたところだよ、キズナ。全く、この町は平和ボケしてるクズばかりだね。そう思わないか、テンガ?」

「確かに。キズナもルウも、もうちょっと俺達の存在に気づくなり、犯人を捜すなりして、何かしら反応を示してくれないとつまらねぇんだろ? まぁ、俺もそうだけどさ。」

 しばらくして、ルウと呼ばれた少年が立ち上がる。

「しょうがねぇな。もう少し、デカイ事をしろって事だね。」

 

 続く