FINAL「善と悪」
前回までのあらすじ:
海岸にて、ナツキはポケモンを傷つける3人組をついに発見した。おまけに彼らは、海に毒をも流そうとしていたのだ! 当然ナツキは、彼らの邪魔をしに入るが……。
「どけって言ってるのが、聞こえねぇのか?」
ナツキは無言で、傷つけられた水ポケモンをかばうように立ちつくす。はっきり言ってナツキの心の中は恐怖でいっぱいだったが、どうしてもそこから動きたくはなかった。ポケモンを守る為に……。
「ったく、ちょっと可愛いからってナメてるの?」
「あれ? ひょっとして絆(キズナ)、嫉妬?」
「うるさいわね、天牙(テンガ)……!」
今、ナツキの真正面で睨みつけてきている少年の後ろにいた2人が、そんな事を言い合っていた。どうやら少女の方がキズナ、少年の方がテンガというらしい。
「留宇(ルウ)、そんな女とっとと蹴散らしちゃいなさいよ。」
「まっ、いいじゃんか。たまには、こんな事があっても面白いからね。それに、いくら俺でも人の女の子を傷つけるのには抵抗あるって。」
ナツキの真正面にいる少年の名前は、ルウというようだ。3人とも、恐らくナツキより年齢は1〜2つ程度上に見える。
「……私には、できないんですか?」
「あ?」
ナツキは、ルウと言う名の少年に尋ねた。
「ポケモンにはこんな酷い事ができて、私には出来ないというのですか?」
「ケッ! ……いい気になってるね、お前。俺はちょっと抵抗があるって言っただけで、やろうと思えば出来なくはないぜ? とにかく俺の気が変わらない内に、とっとと失せな。さもないと、その可愛い顔に傷がつくぜ。」
「何故です!? 私にやるには抵抗があるのに、ポケモンに対してやるには抵抗が無いんですか!?」
ナツキのこの態度に、ルウは目を少し丸くする。そして後ろにいる2人の方を見て、少しふくみ笑いのような表情をしてから、再びナツキの方へと目をやった。
「あのね。人よりポケモンの方を傷つける方がしやすいのは、当然じゃない? どんな奴でも、人に危害を加えれば、そいつは誰かに助けを求めに言って後々面倒な事になる。でもな、ポケモンだったらとりあえず喋れやしないんだから、どう考えたってやりやすいんだよ。」
「そんな……あんまりですわ。そもそも、あなた方の目的は何ですの?」
「目的……ねぇ。んなの、特にこれと言ってねぇよ。まぁ、一種の趣味っつーか、遊びみてぇなもんだよね。何かして遊ぶのに、特に理由はいらないだろ?」
ナツキはすでに、驚く気もしなくなっていた。さっきから、この者達は言ってる事もやってる事もムチャクチャだ。その上、人の話を聞こうとしないように思えてならない。
「大体、テメーは何なんだ? 俺達に何か用? どこでポケモンが傷つこうが、関係無いんじゃないの?」
ルウのその言葉に、ナツキはすぐ言い返した。
「ありますわ! 私は……この町のポケモンセンターで、ナースエイドをしているんです。最近、あまりにも酷い怪我のポケモンが運ばれてくる事が多いんです。それも、あなた方の仕業なのでしょう? 私は、そんなのは耐えられません!」
「あっ、なるほど。仕事が増えて大変と? それなら納得いくよ。だったら、俺達は他の場所に行ってやるから……」
「そういう問題じゃないでしょうッ!!」
ナツキは、とうとう我慢できずに大声を出した。その目には、かすかに涙が浮かんでいる。
「私……信じられませんわ。ポケモンにこんな事して平気でいられるなんて……」
「ハァ……やれやれ。あんたも、アレか? 『世の中は正しいものが全て』って思ってるタチか?」
「は?」
「ったく、多いんだよなぁ、そういうの。特に、世間を何も知らずに育ったお嬢様なんかにな。主義思想なんてもんは、人によって全然違うんだよ。
あんたが正しいと思うような事があっても、それに何の興味もわかねぇ奴だっているんだよ。逆に、あんたが悪いと思ってて決してしてはいけないというような事に興味を持って、あえてやろうとしてる奴もな。まっ、俺達なんかが正しくそれさ。なぁ?」
薄ら笑いで、ルウは後ろ2人の方にも向いて言い放った。その後で、再びナツキの方に向き直って話を続ける。
「あんたが、俺達のする事が全く理解できないってんなら、俺達もその逆を思うね。なんであんたがポケモンを守ろうとするのか、サッパリ分かんねー!」
「私は……ポケモンが好きだから……それだけですわ!」
「なるほど、単純明快でいいや。じゃあさ、俺達はポケモンが嫌いだからポケモンをボコす。……あんたの理由が成立するなら、これもまた理由として成立するよな? はっはっはっ!」
「……ッ!!」
「と言っても、後ろ2人はどうだか分かんねーけど、俺はポケモンは好きだよ。俺の手持ちは言う事聞いてくれて便利だし、他のポケモンは痛めつける事で楽しませてくれるからな。ククク……♪」
もはや、神経がイカれてるとしか思えない。ナツキはどんな相手に対してでも、基本的に相手をあまり悪く思うような事はしない。だが、今回ばかりはさすがに例外だった。
「さてと。そろそろお話にも飽きてきたんだよね、俺。いい加減どいてくれねぇと、こいつで切り刻むよ。」
突然、ルウの目つきが一気に氷のようになった。そして、彼が持っていたモンスターボールからポケモンが放たれる。出てきたのは、ストライク♂。ただし、右手の鎌が異常にデカい!
「なっ!?」
その異形の姿に、ナツキは驚きを隠せなかった。
「へへっ、ビビってやんの。ルウ、お楽しみタイムを始めてやんな!」
テンガがそう言う。そして……
「あいよ!」
ルウの声と同時に、ストライクの巨大鎌が振りかざされる。ナツキはとっさに横に跳んで避けたが、重要な事に気づいた。
「(!! このまま逃げては、後ろにいるポケモンが犠牲に……。)」
そう、ナツキはあくまで、今までルウ達に痛めつけられていた水ポケモンを守っている立場なのだ。逃げた時の結果は、考えるまでもない。それどころか、次の第二撃を避ける事もままならない。不用意に攻撃を避けたら、代わりに後ろにいるポケモンに攻撃が当たりかねないのだ。
「(どうしましょう……私、どうすれば!?)」
「へっ、上手く避けても次は外さないぜ。」
「(もうだめ……!)」
ナツキは、ギュッと目をつぶった。そして、大声で悲鳴を上げる!
「きゃああああああああああああああああッ!!」
……その瞬間、ナツキの耳に入ってきたのはザバザバッという水の音。その後、いくら待ってもストライクの鎌は来ない。体に痛みも走らない。
ナツキが恐る恐る目を開くと、目の前にいるストライクとルウ達3人は、全員が海の方を見てあっけに取られていた。その様子を見て、ナツキも不思議に思い海を見る。するとそこには、海の上に浮き上がってきていた無数のポケモンの姿があった。メノクラゲ、ドククラゲ、ギャラドス、タッツー、シードラ……その種類は実に豊富で、数もハンパじゃなかった。
「な……に……?」
これには、ルウも驚いていた。テンガとキズナも同じである。
「どういう事よ、これ!! まさか、この子の悲鳴を聞いて、こんなにも多くのポケモンが一斉にやってきたって訳!?」
「……報いですわ。」
「なっ!?」
キズナの、誰に向けた訳でもない言葉にナツキは、ただ一言『報い』と返した。
「あなた方は、ポケモンを傷つけし過ぎですわ。みんな、知ってたんですよ。誰かがポケモンを酷く傷つけていると。そして、みんな怒ってますわ。あなた方の、酷い行いに!」
ナツキの言う通り、ポケモン達の目は怒りに満ちている。ルウも、さすがにたじろいだ。
「ど、どうするのよ……ルウ?」
「この数は、やばくねぇ?」
キズナとテンガが、ルウに訪ねる。ルウは、冷や汗を垂らして答えた。
「……だよね、どう考えても。一端、逃げようか!」
3人は、すぐさま足を動かし逃げ出した。だが、海から上がってきていたポケモン達は当然許すはずもなく、一斉攻撃を仕掛ける!
「痛っ! く、くそ〜コイツら!」
「テンガ、遅れるんじゃないわよ!」
「分かってるッ! ちくしょ〜!!」
その様子を、ポカーンと見つめていたナツキは、やがて後ろにいた傷ついた水ポケモンに目をやる。どうやら少し元気になったらしく、弱々しくだがパタパタとヒレを動かして見せてくれた。
「……ハァ、良かった……ですわ……。」
バタリッ! そのまま、ナツキは倒れ込んでしまう。特別な外傷は無いが、何しろ今回の件はナツキにとって精神的に辛すぎたようだ。相当の気疲れで、気を失ってしまったのだろう。
その後、ルウ達の行方は誰にも分からなかった。
ただ、とりあえずクチバシティに再び平和が戻ったのは事実。ナツキはルウ達がどこでどうしているのか気になったが、今のところ全国的にも今回のような連続で酷い怪我を負うポケモンが続出するというニュースは聞いてないから、今現在は大丈夫のようだった。ただ、ナツキは1つの想いを強く抱いていた。
「もっと……強くなりたい……!」
……ある日の朝。
日差しが次第に強くなっていく中で、ナツキはある場所を訪ねた。かつて彼女がナースエイドとして働いていた、クチバのポケモンセンターである。
「こんにちは♪」
「あら、ナツキちゃん。聞いたわよ。ついにやったわね!」
そこで出迎えてくれたのは、かつてナツキに優しく接して色々と指導もしてくれた、あの看護婦さんである。
「はい。おかげ様で、私のような未熟者でも試験に受かりましたわ。」
「でも、凄いわねぇ。まさかナツキちゃんが、クチバの『ジムリーダー』になるなんて!」
「あ、あの……クチバのではないんですの。」
「あ゛。……あら、そう!? ごめんなさい、ナツキちゃんはクチバシティに住んでるから、ついそう思いこんじゃってたわ。」
「別に構いませんわ。私自身、ジムリーダー試験に合格できるなんて夢にも思っていませんでしたから。」
「それにしても、ナツキちゃんがトレーナーを始めた時はビックリしたけど、立派になったわねぇ。」
まじまじと、看護婦はナツキを見つめながら話す。
「あの時、ポケモンを傷つけていた悪者を追い払ったナツキちゃんは、気絶したまま海に生息する沢山のポケモン達に運ばれて来たのよね。正直、ホントにもう何がどうしたのか訳分からなかったけれど。その後にナースエイドを辞めてポケモントレーナーになって、ナツキちゃんは今では晴れてジムリーダーに! やっぱり、強いんでしょ?」「でも、まだまだこれからだと思いますわ。あの時、ポケモンを傷つけてた人達を追い払ったのは私ではなく、海に住んでたポケモン達でしたから……。ポケモントレーナーになって、そんな悪い人達を止められるようになりたかったんです。私のパートナーになってくれた、『あの時助けたマンタイン♀』の為にも!」
――悲しい現実ですけれど、世の中は全てが正しい『善』ではない事を知りましたから……。
「だから私は、思ったんですわ。強いポケモントレーナーになって、悪い人達を止められるようになりたいと。」
――『悪』を止めて、こらしめたいと思う訳じゃなくて、あくまで止めたくて……。
「もっとも、本当にまだまだ未熟者ですわ。」
――止めた後にどうすればいいのか、今でもよく分からない。でも……!
「だから、これからも初心を忘れず頑張っていこうと思います。」
――私はナースエイドとは違う形で、ポケモン達を守って救いたい!!
「じゃあ、ナツキちゃん。また、いつでもいらっしゃい。ポケモンの回復の時はもちろん、またナースエイドとして手伝いに来てくれても構わないわよ。と言っても、ジムリーダーになった今ではそんな暇ないかしら?」
「いいえ。たまには、やっぱりそちらの方もやらせていただきますわ。迷惑でなければ。」
こうしてナツキは看護婦にお辞儀をすると、ポケモンセンターを後にした!
「あ、ナツキちゃん……。そっちの扉、出口とは違うわよ?」
「え゛。」
……ポケモンセンターを後にし損ねた……。
完
ナースエイド、ようやく完結! いまいちテーマがハッキリしないような気がしましたが、元々あまり予定もたてずに開始したので仕方ないかも(汗)。
僕が書く小説にしては非常に珍しく……このナースエイドでは、バトルシーンをあえて抜いた物語として書きました。
物語のストーリー的にはこの後、『ポケットモンスター・ザ・フューチャー』(もう大分前に書いた作品)や『アークジェネ ポケットモンスター』(コチラはまだまだこれから)につながって行きます。これらの小説でもナツキがいずれ登場し活躍もしますので、ぜひ読んでみてください♪
(そういやアクジェネに最初から登場してるキャラがナースエイドの第1章に出てましたし)