その部屋に、11〜12歳程度の少年が1人で椅子に座っていた。

「やっぱこれって手作り……だよな、多分……」

 彼が向かっている机の上には、先程まで綺麗にラッピングされていたプレゼントらしき『何か』が置いてある。今は口を閉じる為に用いられていたリボンが解かれ、包みの中にあった箱が外に出ている。箱の中には黒い固形の物体がいくつか入っていて、少年はそれを1つ手に取ると、ゆっくりと口の中へ運んだ。

「……甘い」

 その『何か』が甘いのは、当たり前。何故なら、この黒い固形の物体とは……チョコレートなのだから。
 少年は甘いのが嫌いだなんて事は無く、チョコレートは好きである。しかし、そのチョコレートは普通にスーパーやコンビニで買える単なるお菓子とは、訳が違った。少年はどうしても、そのチョコの美味しさ・甘さを、じっくり感じない訳にはいかなかった。故に彼は、食べたチョコレートを「甘い」と、ごく当然の事を思わず口にしたのである。

 

 ……何しろ彼にとって、それが生まれて初めて女の子から貰ったチョコレートだったのだから。

 彼がチョコレートを貰ったのは、2月14日。即ち、バレンタインデー。今年も女の子からのチョコとは無縁と考えてた少年にとって、その出来事は思いがけない事だった。
 ところが……少年がチョコを貰ったのは、普通にバレンタインチョコを貰うのとは少し勝手が違った。それは、少年にとっても未だ首を傾げてしまうような、よく理解できないような話だったのである。

 

 

 

 少年の名は、呼時(コトキ)と言った。
 彼が住むのは、ホウエン地方コトキタウンと呼ばれる場所。少年の名は、この町の名前から取ってつけられたのだった。

「……やれ」

 ゴゴゴゴ……。突然、コトキの周囲にあった幾つもの岩が、空中に浮かび上がる。これは、エスパーポケモンの超能力だ。

「おぉ。いっぺんに空中に浮かべられる岩の量も大きさも、以前に比べて格段にレベルアップしたな」

 ……その日、コトキは町外れの広場でポケモンの特訓をしていた。それが、この岩を超能力で空中に持ち上げるという物である。彼のそばには、パートナーであるポケモンの姿。どうやら、このポケモンがエスパーの力を発動しているらしい。

「よし、次だ。……来い!」

 コトキの声を聞くと、そばにいたエスパーポケモンがよりいっそう大きな力を放ち始める。空中に浮かび上がっていた岩達が少しずつ揺れ動き、なんとそれらがコトキの方へ向かって飛んできたのだ。

「……っっ!!」

 次々と飛んでくる、コトキの体と同じ位の大きさの岩達。それをコトキは、実に絶妙な動きで回避していく。そして彼の行動は、ただ回避するだけに留まらなかった。

「今だ。行け!」

 コトキはモンスターボールを手に持ち、別の新たなポケモンを繰り出す。現れたポケモンは水タイプのようで、次々と強烈な水の弾丸を四方八方へ放出。なおもコトキめがけて飛んでくる岩、そしてすでにコトキが回避した岩……それら全てを、あっという間に水圧で粉砕してしまった。

「ふっ、こんな所だな」

 そしてすぐさま、コトキは水ポケモンとエスパーポケモンを、自分の持っていたボールに戻し収める。それが済んだ後も、空中で砕かれた岩がガラガラと地上に落ちる音が周囲に響き渡っていた。

「ふーん」

「……?」

 不意に耳に入ったのは、聞き慣れない女の子の声。それに気づいてコトキが声の方を向くと、そこにはコトキと歳も変わらないであろう少女の姿があった。やはり、コトキには見覚えが無い。

「だ、誰だ?」

 少々呆然としながら、コトキは少女に尋ねた。少女は、どこか不思議な雰囲気の衣服を身にまとっている。普通の洋服とは異なる……そう、民族衣装のような物だ。
 そして少女は、次のような質問をコトキになげかけた。聞いた途端、コトキが思わず目を丸くして聞き返したくなるような、意図が読みとれない質問である。

「ねぇ、今日は何月何日?」

「……はい???」

 尋ねられたコトキは、もう何が何だか分からない様子。元々女の子と話し慣れていないというのもあるが、その少女自体もつかみどころのない様子でいたのだ。

「何月何日かって、聞いてるのよ」

「……2月……14日だっけか?」

 曖昧な返事を、コトキは返す。元々コトキも、ハッキリと今日が何日かと意識し覚えていた訳ではない。

「そうそう♪ ……で、2月14日と言えば何だったかしら?」

「……バレンタイン?」

「当ったり〜!」

 実に嬉しそうに、女の子はコトキの正解に拍手を送った。そして少女はコトキの方へゆっくり近づいて来て、突然何かを差し出した。

「はい、これ!」

「え゛?」

「せっかくだから、貰ってくれないかしら」

 少女が差し出したのは、綺麗にラッピングされた物。話の展開上、中はチョコレートなのかと、コトキは容易に想像できた。それはそれで本来喜ぶべき事なのだが、コトキは少女が誰なのかサッパリ知らない。あまりに唐突過ぎて、むしろ不気味だ。

「君……俺と、どっかで会ったけ?」

「ううん。初対面よ」

 ますます、意味が分からない。

「初対面なら、何で俺にコレくれるんだ? つか、そもそも誰?」

「私? 美少女トレーナーのセレナ♪ よろしく!」

 自分で美少女なんて言ってる辺り、ますます怪しい。しかしよく見ると、確かにセレナと名乗る少女はかなり可愛かった。言われてようやくそれに気づき、コトキはちょっぴり頬を赤らめる。

「……それで、あなたは?」

 すると、セレナは更に話を続けた。

「へ?」

「あなたの名前よ。私はセレナ。あなたは、何て言うの?」

「……俺の名前も知らないで、これくれるって言うのか?」

「悪い?」

 悪いとか……もはや、その次元の話ではない気がする。しかしコトキは、名乗らない訳にもいかないし、名乗りたくない理由も特になかったので、普通に答える事にした。

「コトキ……。それが、俺の名前だけど?」

「そう。コトキさんね♪ この町と、同じ名前なんだ?」

「あぁ……まぁ、な」

「ふーん。……クスクス♪」

 不意に、セレナは口に手を当て笑い始める。

「な、何が可笑しいんだよ?」

「だーって、私に彼氏ができたんだもん♪ 嬉しくない訳無いでしょ?」

「ハァッッ!!?」

 てゆーか、コトキの意思は無視らしい(?)。するとセレナは、コトキに顔を近づけてこう述べてくる。

「あら。それとも、私が相手じゃ不満?」

「いや……あの、その……えっと……」

 はっきり言って、2人の顔の間の距離はかなり短い。

「あ〜、ひょっとして好みのタイプの女の子からしか、受け取れないって言うの? 贅沢ね〜♪」

 いじわるっぽく、セレナは言った。

「別に、そういう訳じゃない……って。大体、セレナ……だっけ? 君が好みのタイプじゃないだなんて、一言も言ってないし」

「あら、じゃあ私って好みのタイプなの? きゃ〜、照れちゃう!」

「そうとも言ってないが……」

「誉めてくれて、ありがと♪」

「(誉めたつもりも無いぞ……)」

 とにかく話は、セレナの主導権で一方的に進んでいった。だが、顔が至近距離まで近づいているセレナに対し、コトキはなるべく平静を装うつもりでいながらも、実際かなり心臓がドキドキ高鳴っていた。そこへセレナが、ますます追い打ちをかける。

「じゃあ、ただチョコあげるだけっていうのも味気無いからね。今日出会った記念にって事で、お近づきの印に……」

 セレナは更に、一気に顔をコトキに近寄せる。そしていきなり、いきなりコトキの左頬に唇を当てて来たのだ。

「!!?」

 一瞬で、セレナはコトキからサッと離れる。そしてコトキの顔をまじまじを見つめると、またクスクスと笑い出した。

「……クスクスっ♪ 真っ赤になっちゃって……案外、ウブなのねぇ。」

「お、お前な……!!」

「文句言わないの。何だかんだ言って、本当は嬉しいんでしょ〜?」

「いや……それは……えっと……」

 やっぱり、コトキは反論できなかった。

「照れない、照れない♪ 巫女のキスだなんて滅多にもらえるものじゃないし、なんか神秘的でいいでしょ?」

「へ……巫女?」

 そう言えば、セレナの衣服は普通の洋服とは違い、民族衣装のような格好をしている。さっきからコトキは、それも疑問になっていたが……。

「じゃ、そう言う訳だから……また会いましょ。コトキさん」

 最後にウインクをして、セレナはその場から立ち去った。そして残ったのは、呆然とするコトキと、その手の上に乗っているチョコ入りの包みだけ。

「(何だ??? 一体、俺は何に遭遇したんだ???)」

 頭の中に、ひたすらクエスチョンマークだけが浮かびつづけるコトキであった。

 

 

 

「これが、最後の1個か……」

 それも今となっては、1週間前の出来事。
 ……あの後コトキは家に帰り、半信半疑で包みを開けてみた。そしたら本当に中には、チョコレートが入っていたのである。それも手作りとおぼしき物で、余計にコトキを驚かせたのである。

「あの子、一体何だったんだろうな?」

 そう言って、コトキは最後の1個を口に運んだ。唐突かつ意味不明なうちに貰った物とは言え、コトキにとって初めて女の子から貰った手作りチョコ。大事に大事に、1週間かけてようやく全て食べ終えたのだった。

「あーあ。それにしても、本当に訳分からなかったな。知り合いの女の子からチョコ貰ったならまだしも、初対面でいきなりチョコと……キ、キス……なんて……」

 急にあの時の事を思い出すと、コトキは顔が真っ赤になって、思わず左頬を手で抑える。

「大体あのセレナって子、どこに住んでる誰だか全然知らないんだぞ。……会う事も出来ないじゃんかよ」

 と、コトキはふと近くにあった、窓の外から景色を眺めた。すると……そこを歩く、どこかで見た覚えのある女の子の姿がある。

「……って、セレナ!!?」

 それは、間違い無く1週間前にチョコをプレゼントしてきた女の子だった。ところがコトキが驚くのは、それで終わりでなかった。しばらくすると、数人の男達が1人で歩くセレナを取り囲んだのである。

「……え???」

 そして男の1人がセレナの腹部に拳を入れると、そのまま気を失ったセレナを担いで、走り去っていったのである。遠くに見える光景だったので、いまいちコトキは臨場感を覚えなかったが、それは間違いなく……

「ゆ、誘拐……」

 コトキは、即座に椅子から立って家の玄関へ向かった。

 

 

 

 町外れの、ちょっとした洞穴のような場所。そこに、セレナを連れ去った数人の男達がいた。

「へへへ、やったぜ。巫女の誘拐に成功した!」

「つーか、本当にこの娘で合ってるんだよな?」

「あぁ。写真があるから、間違いねぇ」

「……それで? 巫女って、この娘は一体どういう巫女なんだ?」

「……知らん」

「知らんのかよッ!」

「でも、巫女って言うぐらいだから、きっといいトコの娘だろ? それなりに身代金取れるんじゃねぇか?」

 なんか、ムチャクチャ無計画な誘拐だった……。

「アバウトなのね、あんた達」

 ふと、セレナの声が洞穴内に響く。

「むっ、起きたか? とにかく、お前は人質だ。自宅への連絡先を、教えてもらおうか」

「……嫌って、言ったら? こんなか弱い女の子を、どうする気?」

「てめぇ! 大人しく、言う事を聞けばいいんだよ!」

 男が、凄みを利かせてセレナに詰め寄るが、セレナは動じない。
 ……コトキが駆けつけたのは、その時だった。

「おい、お前等!」

「あぁッ!?」

 男達は、全員コトキの方を向く。セレナも同様。

「きゃー♪ コトキさん、助けに来てくれたの? 頼もしい〜♪」

 ……同様と言うには、ちょっと違う態度だが。

「なんだぁ、クソガキぃ! ぶっとばされてぇか?」

 男の中の1人が、コトキに怒鳴りつけるように言う。だがコトキは、一切ひるむ様子を見せない。それどころか、逆に男達を睨みつけた。……物凄く、鋭い視線で。

「うるせぇんだよ、ゲスどもがッ! 5秒以内に消えろ。でなくば、3秒以内に叩きのめす!」

「……うっ」

 その態度に、むしろセレナを誘拐した男達のが怯んだ。

「(何だ、このガキの目つきの迫力……ただのガキの目じゃねぇ! コイツは、一体……)」

 ゴクリと、唾を飲む男。だが、それでも彼は手にモンスターボールを持つ。どうやら誘拐犯達は全員ポケモントレーナーらしく、ポケモンを連れているようだ。

「う、うるせぇ、ガキが! 俺達を……ナメんなよ?」

「その割には、随分と声が震えてるじゃねぇか。カス同然の連中如きが、偉そうに粋がってるんじゃねぇよ」

「何!? ……くそっ。お前等、全員でこのガキをぶちのめすぞ!!」

 

 

 

 ……だが、それからたった3秒後。全ての決着は付いていた。その場に立っていたのは、コトキだけだったのである。

「な……なんだこの小僧。バケモノか……!?」

 バタっ! うめくように言いながら、最後の男も気絶した。

「お前等が弱すぎるんだよ」

 すると、それまで地面に座っていたセレナが立ち上がり、意表をついてコトキに抱きつく。

「きゃー♪ さすが、私が見込んだ男の子〜!」

「……っっ!?」

 それまで強気だったコトキが、一気にたじろいだ。

「セ、セレナ……ちょっと! 離れろよ……」

「や〜だ♪ コトキさんと、ピッタリくっついていたいんだもの♪」

 と、とんでもない事を言う始末。コトキはセレナの体を、どうにか強引に引きはがして話を始める。

「はぁはぁ……。ったく、セレナには前から聞きたかったんだ。一体、どういうつもりだ?」

「……どういうつもりって?」

「いや、だから……ふ、普通はだな。初対面の異性に……キ、キス……したりなんて……」

 喋りながらも、徐々に顔が真っ赤になるコトキ。どうやら、よっぽど効いてるらしい。

「……クスクス♪」

「な、何がおかしいんだよ!? チョコが仮に義理だとしても、まさかキ……」

「あら、義理だなんて心外ね。私、本命でもないのに唯一作った手作りチョコを渡すような真似はしないわよ?」

「な゛!? だったら、なおさら……」

「……一目惚れ。そんなに、いけない事かしら?」

 それまで笑い混じりで話していたセレナが、急に真面目そうな表情を見せた。

「え、一目……惚れって……」

「毎日、町外れでポケモンバトルの特訓をしていたコトキさんは、私にはとても輝いて見えたわ。それに一目惚れしたのは、そんなにいけない事なの?」

 まじまじとそう言われると、コトキは反論の術を失ってしまう。そりゃー、一目惚れというのはよくある(無い?)事かも知れない。それを批判するのは、いささか酷ではあるかも。
 しかし……いくらなんでも、全く知らない者同士であったハズのコトキに対し、セレナはあまりにも積極過ぎだ。コトキがタジタジになった要因も、当然そこにある。ところが……

「(……そんな真面目な表情で言われると、そういう意見を言い返せねぇじゃんかよ……)」

 結局コトキは、それで何も言えなくなってしまった。

「……私、帰るね」

「!」

 唐突に、セレナはそう言った。ホント、この娘は唐突な言動が多い。

「今日は助けに来てくれて、ありがとう。いくら私もポケモントレーナーだからって、やっぱ自力で危機を脱するよりも男の子に助けてもらうっていう方が、シチュエーション的にいいものね♪ じゃあ、また会いに来るわ!」

「……」

「あ、そうそう。さっきの私の『一目惚れした』って話、嘘かホントかの判断はコトキさんに任せるわ。それじゃ!」

「……は?」

 どこか引っかかる言葉を、最後にセレナは残す。

「ちょ、ちょっと待て! それは、どういう……」

 そう尋ねようとしても、セレナは駆け足でその場から去り、すでにコトキの声が届かない所を走っている。

「……。本当に、訳が分からん……」

 つくづく、コトキはそう思ったのだった。

 

 おわり(?)

 

 今回のコトキ、一ヶ所だけ僕と非常に似た行動を取っている部分があるなぁと思いつつ書きました(苦笑)。サッパリ謎な展開でしたが、よく分からない所は読者が勝手にご想像ください(オイ)。まぁ……正解は、連載中のアクジェネか何かで明かされる可能性もありますが(謎)。

 ……しっかし、本当に意味不明小説でしたね(駄)。