僕は画家だ。夢は世界を描くことだ。  空は青い。なんて陳腐な言葉で並べられるよりも、一つの絵で示したい。だから、描く。  淡いグラデーションを描く海に向かって歩いていた。夜は僕のそばに居る。  街灯ほどはっきりしない夕陽の輪郭は僕を魅了する。だが、夕陽は僕を気に入ってはくれなかった。  僕の画力がないのに、夕陽が魅了してくれるわけがないじゃないか。  僕の影はアスファルトの上に細長く存在していた。僕と影は運命共同体だった。  逃げる事も出来ないし、永遠に僕の足と繋がっている。でも嫌いではない。  寧ろ嫌いだという言葉を並べて影が消えてくれるのなら、世界中の皆はそうしている。  結局は願ったところで叶いやしないことを追い求めるだけなんだ。  空と海、二つの夕陽が毒づく僕を眺めていた。  赤は良い。どんな色を混ぜても作る事は出来ないから。  色褪せても必死に存在を強調する赤が僕は好きだった。だけど僕が生まれたときにもらった色は青だった。  青は良い。どんな色を混ぜても作る事が出来ない。だけど、ひっそりとしている色は嫌いだった。  色褪せるほどに深く、深海のように染まる青をどうしても好きになれなかった。  闇と光が錯綜する灯台を、海岸沿いの細い道で見つめながら己の色を夕陽色に染めたいと願った。  闇の中での小さな虫たちとの戯れ。大筆しかもって居ない自分には小さな虫たちを描くことが出来ない。いや、描きたくないのかもしれない。  その小さな身体の全て一枚の画用紙に映し出す事が出来ないから。僕が、青という色しか持っていないから。  青のみで描けるものは、涙と海しか僕は思いつかない。  でもこの色を少しだけ赤に近づける方法を思いついたんだ。  闇が錯綜している中で、赤は魅了を示す。逆も然り。  僕の筆しか握れない右手にはこれからすることに期待を感じてかどこか妖気を伴わせていた。  意識は遠のくだけだった。  僕の最後にして最高傑作は既に完成という二文字を示していたんだ。  白い砂浜に浮かぶ、紅の妖気漂う僕の血。  昨日見た海に映える夕陽を僕は描き、それを最高傑作とした。  単調な青に移る輪郭が紫色に染まる夕陽を最高傑作にしたんだ。  どこかの海の砂浜で、一匹のドーブルの死体が見つかりました。  その砂浜には、昼なのに壮大で悲壮的な夕陽の風景画が描かれていました。 END