[ コイル ]




* * *


学校からかえってきたら
ぼくのコンピューターにコイルがくっついていた。

お母さんに聞いてみたら

「お父さんから。大事にするのよ」


そのコイルはぼくのコイルになったけど
いもうとのもらったアイボのほうがかっこよかったので
うらやましかった。


* * *


部屋に放してやったらふらふら浮いてから、ファミコンの上に居座った。
ゲームができないので、はがしてイスの上においた。

なんだかしぶしぶしていたので、テレビをつけて
イスをそのまえにおいてやった。


* * *


いもうとのアイボのあとをコイルがおいかける。
それをみたいもうとが、コイルのほうが弟みたいだといってよろこんだ。

アイボはおてもするし、おすわりも覚えるけど
コイルは浮いてるだけでとくになにもしない。
おまけにアイボの半分くらいの大きさしかない。

ぼくもアイボがよかったのになあと思った。


* * *


コイルはコンセントから直接電気をすいとってそれをバッテリーにためる。
ためているときはネジがきゅるきゅると回るのですぐにわかる。

だから使っていないコンセントをそのままにしておくと
張り付いたままになってしまう。

ぼくも寒い日はふとんからでたくない。

その気持ちはよくわかるので遊ぶとき以外はほうっておいた。


* * *


友達がいつも学校にシベリアンハスキーをつれてくる。
ぼくはコイルをつれていってやった。

すぐに
オモチャをもってきてはいけない、と先生に怒られた。
お母さんにも怒られた。


* * *


コイルは普段はぼくの部屋で浮いているが
ぼくがコンピュータやTVゲームをはじめると
電磁波につられてじゃまをしにくる。

ぼくたちは普段は自分の部屋で遊んでいるが
お母さんにお客さんがくると
お茶菓子のおこぼれ目当てにじゃまをしにいく。


* * *


張り付いたままのコイルをほうっておいたせいで
電気を食いすぎて電気代が高いと怒られてしまった。
しかたなくつかっていないコンセントにすべてガムテープをはっておいた。

その日一日インターネットにつながらなかったけど、
あとでコイルの妨害電波のしわざとわかった。


* * *


コイルはときどきおかしな動きをする。
テレビのリモコンを向けて2チャンネルを押すと
ぴかぴか点滅しながらその場で回りだす。

TVのリモコンでも他のボタンでは反応しない。
エアコンのリモコンやファミコンのガンコンもダメだった。


* * *

コイルは音にも反応する。
とくに大きな音を聞くとビカビカッと激しく光るのだ。

はやくとなりの工事が終わってくれないと
まぶしくて眠れない。


* * *


コイルがネジをきゅるきゅるさせながら回っている。
急に動きのとまってしまったアイボのまわりを回っているのだった。
一緒にかけつけたいもうとは、すぐに泣き出した。

お母さんがきて、バッテリー電池を交換してくれたら
アイボは歩き出した。いもうとは泣きやんだ。
コイルもきゅるきゅるをやめて、何もなかったようにその後についていった。


* * *


お母さんに、いもうとを公園に連れて行ってくれと言われた。
いもうとはアイボを、ぼくはコイルをかかえて
公園に向かった。

いもうとの幼稚園のともだちはみんな
アイボにむらがり花壇であそんでいる。
なんだか気に入らない。

コイルを離してやったら砂場にふらふらと飛んでいったので
そこで一人で山を作った。

しばらく遊んでいもうとをつれてかえったら
泥だらけのいもうととアイボと
砂だらけのぼくと砂鉄だらけのコイルを見て
お母さんが悲鳴をあげた。


* * *


夜、トイレに起きたら
明かりがパッとひとりでについた。
びっくりしたが、椅子の上のコイルがぼんやり光っているのだ。

せっかくなのでそのままトイレにいった。
かえってきたら消えていたので、ばん、と大きく壁を蹴ってみたら
コイルはビカビカッと光った。

ついでお母さんも飛んできて、叱られてしまった。


* * *


お父さんが帰ってきた。
お父さんは外国で仕事をしているのでなかなか会えない。
ぼくのあとをついてまわるコイルをみせたら

「かっこいいな!」

といってくれたのでうれしかったけど、
野球中継をお父さんにみせてあげようとして
間違えて2チャンネルをおしてしまい、すこしはずかしかった。


* * *


コイルは呼んでもこないけど
ぼくのあとをついてくる。
アイボは呼んだらくるけれど、アイボを抱えたいもうとは

「いいなあ」

と言った。


* * *


次の日、コイルはいもうとのあとをついてまわっていた。
ぼくのほうには見向きもしない。

後にいもうとのポケットから磁石が発見された。


* * *


アイボが動かなくなった。
バッテリーをかえてみたけれど、こんどこそだめだった。

お母さんが電話してしばらくすると、ぼうしをかぶったお兄さんたちがやってきて
動かなくなってずっと放ってあった小さい冷蔵庫と一緒に
青い車にアイボをのせてどこかへつれていってしまった。


いもうとは、顔じゅうをなみだと鼻水だらけにしながら

「ばか!ばか!」

とお母さんをさんざんにののしった。

コイルはいつまでも泣きやまないいもうとのまわりを
ずうっと、回っているのだった。


* * *


いもうとがコイルにあげてと
アイボの充電器をくれた。

もちろんコイルが使うことはできないけれど
気に入っているのか、テレビのまえやパソコンの上より
充電器のある場所にとまるようになった。


* * *


ジュースをこぼしてしまった。
もろにコイルにかかってしまい、慌ててふいてやったが
どうやら大丈夫そうで一安心。

時々バチバチいっていたので
念のためにねじの部分にあぶらをさしておいた。

サラダ油を使ったのがあとでバレて、すこし怒られた。


* * *


どうもゲームのデータがよく消える。
コイルの電磁波のせいだろうけど、今さっきまでプレイしていた
レベル99まであげて、明日友達にみせる予定のデータが消えてしまった。

大泣きしてしまったぼくをなぐさめてくれたのは意外にもいもうとだった。


* * *


おばあちゃんちにいった。
コイルがきてから、夏休みはずっとどこにもいっていなかったので
久しぶりのおばあちゃんの家は広くて楽しい。

いもうとは扇風機の前で口をあけて宇宙人のまねをしており
コイルはというと音が気になるらしく、飽きずにそのまわりをぐるぐる回っている。

動く気配がないのでひとりで遊びにいった。


* * *


田舎育ちのいとこたちはみんな足が速いし釣りもうまい。
いつも肩身の狭いぼくだけど、ゲームだけは得意。
それに今年はコイルのおかげでヒーローだ。
みんながほしいって言ったけどもちろんやらない。

となりでいもうとがぼそっと

「アイボがいればなあ」

と恨めしそうにつぶやいた。


* * *


もっといたかったけど、かえらなくちゃならない。
明日から学校だ。

コイルには学校もないし
気楽でいいなと思った。


* * *


「お父さんはもう帰ってこない」

お母さんがすこし疲れた顔で
学校からかえってきてオヤツを食べるぼくたちに言った。

中学に入ったばかりのぼくにはなんとなく
理解できたけれど

ちいさないもうとの質問に答えることはできなかった


その夜、ぼくは布団のまわりをずっと回っていた
つめたいコイルをだいて寝た。


* * *


急に忙しくなった。
帰ってもお母さんがいないことが多くなった。
部活にも出なきゃならない。

あまりコイルをかまってやれなくなってしまったためか
たまに電気の切れたまま部屋に転がっている。
そうするとコンセントを抜いて直接磁石の部分を近づけてやらないとだめなので
けっこうめんどくさい。


* * *


小学校に上がったいもうととも一緒にいることが減った。
気が向くとぼくの部屋にきてコイルをかまっているくらい。

コイルはというと相変わらずぼくの部屋でふよふよ浮いているだけである。


* * *


コイルにサビが目立ってきた。
そろそろ磨いてやらないとダメかも…と思いながらも
ついつい忘れてしまう。家にいるときも塾の宿題だけで手一杯だ。

シャープペンを使うようになったせいか、カチカチに反応してコイルが寄ってくる。
勉強ができないので押入れの中に入れておいた。


* * *


いつものように部活に出かけようとすると
コイルからバチバチと火花が出はじめた。

今までこんなことはなかったのだが、やっぱり古くなったせいだろうか。
危ないのでお母さんを呼びに行ったが、
戻ってきてみると何もなかったように浮いているだけだった。


* * *


あれからときどきコイルは火花を出すようになったが
どうやらぼくが一人でいるときだけそうなるみたいだった。

多分ショートしているんだと思うが、煙が出ないうちは大丈夫だろうと
あぶらだけさして放っておいた。


* * *


部屋に帰ってきてみたら、コイルが動かなくなっていた。
コンセントを抜いて、両手で両方の磁石をつかんでちかづける。
いつもならここできゅるきゅるとねじが回る。

回らない。

つかんでいた両方の磁石がゆるんだかと思うと、



すっかり錆ついたまるい胴体がボロリと落ちて


部屋のすみにころころと転がっていった




思わず眼で追ってしまったその先に


軌跡にそって黒ずんだねじが3本






きっちりと並んでいるのだった







* * *


ちいさかったコイルは
次の日の廃品回収に
アルカリ電池と一緒にひきとられていった。

廃品回収に向かうお母さんの背中に
ぼくはなにもいわなかったけれど

ぼくの裾をひっぱって
まだちいかった
むかしのぼくみたいないもうとが


「お父さんのところに帰るのかな」


そうつぶやいて、あとは黙った。




 

 

 



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あのときぼくの手に残った二つの磁石は
しばらく机の中に入れておいたけれど
このあいだ、近所の子供にやってしまった。

このところ遊んでいるところを見かけない。

もう、なくしてしまったんだと思う。

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2003/11/15