その山は威風堂々と聳えていた。山頂付近には雪が積もり、白化粧。その白色は陽の光を浴びてきらきらと煌めく。人々は白金色に輝く、天を突くかのような高さの山をこう呼んだ。
 シロガネ山、と。



 春とはいえども、まだ少し冷たい風が吹く中で。
 黒い服、黒い短髪、年は十五前後に見える少年が青い体躯に跨がって空を飛んでいた。
 青い体躯の持ち主、翼は紅。時折小さく開かれる口からは鋭い牙が覗いている。ドラゴンタイプのそのポケモンはボーマンダという名のポケモンだ。翼をばっさばっさと力強く動かし、蒼天を切り裂くかのように速く飛んでいる。
 少年はこのボーマンダのトレーナーだろう。ボーマンダはかなりの速度で飛んでいるにも関わらず、少年は振り落とされる事も無く前を真っ直ぐ見つめている。
 少年の頭には黄色い生き物がしがみついていた。丸めな身体、長い耳の先端は黒、背中には茶色の縞、尾は雷のような形状、頬には小さな赤丸。ピカチュウというポケモンだった。少年の頭にしっかりとしがみついて……良く見るとそのピカチュウは眠っていた。高速で空を飛んでいるこの状況下で頭上で熟睡。奇妙なピカチュウだった。
 やがて、ボーマンダが飛ぶ先に大きく高い山が見えて来た。頂上付近は雪で白く染まっている。雲が山の一部を隠しているという事は、頂上は雲よりも高いという事だろう。この国で最高峰であるシロガネ山だ。カントー地方とジョウト地方の境に位置している。
 シロガネ山の麓はポケモンリーグシロガネ大会が開催される事もあるため、それなりに栄えている。
 だが、シロガネ山自体には凶暴な野性ポケモンが多く棲息しているため、危険区域とされている。
「今日はあそこら辺で休もうか、ジェノ」
 少年はボーマンダ――ジェノという名らしい――に言う。ボーマンダは咆哮。強く羽ばたいて滑空を始めた。目指すはシロガネ山中腹のポケモンセンター。少年は敢えて麓では無く中腹を選んだ。理由は単に空いてそうだから。
 直に陽は沈む。休める時に休むべきだ。少年は旅慣れしているようだった。



 ポケモンセンターとは国営のポケモントレーナー用施設だ。ポケモンの回復や治療を行うポケモンの病院、トレーナーの資格を持つ者の無料宿泊、有料ではあるものの食料の提供などなど。ポケモントレーナーからしてみると聖地とも言える施設である。
 少年はポケモンセンター前に着地したボーマンダから降り、首筋を撫でて労うとモンスターボールへとボーマンダを収めた。依然頭上で眠っているピカチュウは気にせずに、少年はポケモンセンターへと足を踏み入れる。
 真っ直ぐに受付カウンターへと歩み寄り、担当のジョーイに手持ちのボールを渡す。
 ジョーイとはポケモンセンターの管理を先祖代々任せられてきた一族の事だ。信じられない程に大規模なジョーイ一族。全国何処のポケモンセンターに行っても同じ顔がトレーナーを出迎える。ある意味ホラーだ。
 似たような一族に、警察官ジュンサー一族がある。これもジョーイ一族と同じで、全国何処でもジュンサー一族が警察のトップにいる。やはり、ある意味ホラーだ。
 少年からしてみればジョーイ一族の顔には慣れているので全く驚く事では無いが、知識無しにポケモンセンターを訪れた者は驚く。驚くのが至極普通の反応だろう。
 少年は窓際に備え付けられたソファに腰掛けた。夕焼けが見える。少年はあまり興味が無いかのように夕焼けを一瞥し、すぐに視線を逸らした。
 特にする事は無い。だが、夕食まではまだ時間がある。暇潰しにポケモン図鑑を開いた。
 ポケモン図鑑とはポケモントレーナーとして旅立つ者が持つ事を義務付けられているハイテク機器だ。何故義務付けられているかというと、身分証明書も兼ねているためだ。
 また、ポケモン図鑑はセンサーをポケモンに向ける事によって、そのポケモンの種類を識別し、情報を表示してくれる。名前に生態、使える技まで分析できる凄い機械だ。ポケモントレーナー必需品と言える。ちなみにポケモン図鑑のデータはポケモンセンター等でアップデートする事が出来、常に最新のデータを表示させる事が出来る。
 何と無くポケモン図鑑を眺めていた少年はポケモン図鑑を折り畳むと、液晶画面付きの白い機械を取り出した。ポケモンギア、通称ポケギア。
 通話機能に時計機能がメインで、専用の拡張カートリッジを使うとラジオ機能やGPSを利用したマップ機能等の便利機能を追加できる。ポケモン図鑑とは違い、必携品では無いものの、大半のトレーナーがこれを持っている。
 ちなみに最近、メールカートリッジが新発売された。電話番号を使って電子メールのやり取りができる。また、カメラ付きのパソコンと繋げばテレビ電話をする事も可能。万能機器、といった感じだろうか。
 少年はポケギアをソファの前にある机に置いてラジオを聴く事にした。高名なポケモン博士、オーキド=ユキナリの番組だった。特に聴きたい、というわけでも無いので音声は右の耳から左の耳へ抜けて行く感じ……要は聞き流していた。



「こんにちは」
 聞き流していたので、唐突に掛けられた声も勢いで聞き流してしまった。
「おーい」
 少年は気付かない。というか、既にラジオの音すら聞こえていないようだった。何処か遠くを見つめ、物思いに耽っている。
「ねぇってば!」
 もはや声の主も意地だった。返事が無いのがつまらない、と言うかのように。
 甲斐あってか、少年は声に気付いた。
 声の主は少女だった。年は少年と同じくらいだろうか。空色の髪は軽く外撥ねしている。女の子らしいお洒落な服装だ。
「……何?」
 少年は淡白に問うた。少女は肩を竦め、
「だって、このポケモンセンター、私と君しかいないからさ。話し掛けてみたの」
「……そう」
「うわぁ、捻りの無い反応だなぁ」
 つまらないなぁ、と呟く少女。少年は大して興味が無い、と言うかのようにラジオのスイッチを切ってカバンに仕舞った。ソファから立ち上がると、その場を立ち去ろうとする。その背に少女は声を掛けた。
「何処か行くの?」
「散歩」
 ぶっきら棒に言葉を返す少年。少女はその言葉に大層驚いたようで、
「散歩って……シロガネ山は危険じゃないの?」
 そう訊いた。やはり少年は面倒そうに答える。
「外出が危険なくらいならここには来ない」
 ふーん、少女は納得したような納得してないような、微妙な声を出した。視線は少年の頭上のピカチュウに向けられている。
「そのピカチュウ、強いの? 寝てるけど」
「起きればそれなりに強いと思う」
 少年は曖昧に言った。大抵このピカチュウは眠っているので、滅多に戦闘に出せない。起こせば機嫌を損ねるし、頭から降ろそうとしても機嫌を損ねるし……なので、気絶した時くらいしかポケモンセンターにも預けられない。中々に厄介なピカチュウだ。だが、実力はそれなりに高い。だから常に眠っていられる。
「触ってみても良い?」
 少女はピカチュウへと手を伸ばしながら訊いたが、
「静電気で麻痺したいならどうぞ」
 少年の言葉に慌てて手を引いた。
 このピカチュウは静電気で身を守って常に眠っている。触れた者には等しく電撃が襲い掛かるというわけだ。ちなみに、ピカチュウが静電気を調節しているのか、少年が電撃を受ける事は無い。
「君、ここに何しに来たの?」
 少女は訊く。興味本位で。少年は漸く少女と向かい合って話す事に決めたのか、素直に答えた。散歩はやめたらしい。
「ホウエンに向かってる途中で日が暮れそうだったから。麓ならともかく、中腹なら空いてそうだったし」
「ホウエン! 良いなぁ、ホウエエン。私も行ってみたいなぁ」
 少年の言葉を聞いて少女の瞳は羨望で染まった。ここまで反応があるとは思っていなかった少年は多少面食らいながらも言った。
「行けば良いじゃないか。旅の途中なんじゃないのか?」
「違うよ、私はただ出掛けて来ただけ。マサラタウウンからね。旅には出ないけど、あちこち遊びには行くから」
「シロガネ山に遊びに来たのか?」
 少女の言葉に怪訝そうな顔をして少年は訊いた。シロガネ山は危険区域。遊びに来る所ではないと思う。
 怪訝そうな顔をする少年を見て、少女は、
「うぅん、今回は依頼を受けて」
 と答えた。
「依頼?」
「シロガネ山でボスゴドラを捕獲して来てくれないか、って頼まれちゃったから」
 ボスゴドラ、その灰色の身体は鎧のように堅く、生半可な攻撃は受け付けない。性格も荒々しく、人間に襲い掛かる事も珍しくは無いポケモンだ。
「ふーん……ボスゴドラか……」
 少年は少女をじっと見て、
「出来るの?」
 ストレートに言った。別に皮肉では無く、この少女にボスゴドラ捕獲が出来るとはどうしても思えなかったからこそ飛び出した言葉。その言葉は少女の耳に挑発として入ってしまったようで、
「な……馬鹿にしないでよね! 捕獲ぐらい私だって出来るんだから!」
「あ、ゴメン……」
 少女を怒らせてしまった。女性を怒らせるとロクな事が無い。今までの人生経験がそう告げたので少年は素直に謝った。しかし少女の怒りは中々収まらない。
「大体、そーいう事を言う君はボスゴドラの捕獲が出来るワケ?」
「……さあ……多分出来ると思うけど」
 少女が挑発するように言った。しかしその意図には気付かず、少年は素直に答える。
 やって出来ない事は無いと思った。あちこちを旅して来て、経験も積んでいたから。
 しかし、その答えは少女の感情を逆撫でしたようだった。
「じゃあ、君が代わりにボスゴドラの捕獲してよ!」
「……俺が?」
 いきなりの、突拍子も無い少女の提案に少年は考え込む。ここは素直に引き受けるべきかもしれない。女性を怒らせるとロクな事が無いし、ボスゴドラを一匹捕獲する程度なら朝一で熟せそうだ。
 ……結局少年は気付かなかった。この場において、彼の“素直”は少女の感情を逆撫でする効果しか持たないという事に。
「分かった」
 その程度ならお任せあれ、あっさりと少年は言った。
「じゃあ、明日の朝、シロガネ洞窟で待ってるから! 逃げたら承知しないからね!」
 半ば怒鳴るように少女は言って、去って行った。残された少年は呆気に取られて溜息をつく事しか出来なかった。
 夕陽が沈み、ポケモンセンターは夜の闇に包まれ始めた。そろそろ夕食の準備が出来ているかも知れない。
「面倒な事になったな……」
 ぽつりと呟き、食堂へと向かう。
 少年の足取りは重かった。頭上のピカチュウはそんな事も露知らず、相変わらず熟睡中だった。



「ボスゴドラ、鉄鎧ポケモン……平均体長は二メートルと少し。鋼タイプと岩タイプを併せ持っている……」
 割り当てられた部屋に備え付けられたベッドに横になって少年はポケモン図鑑を開いていた。過去にボスゴドラに出会った事は無い。と言うのも、ボスゴドラは生半可なトレーナーでは扱えないし、少年が行った事のあるカントー地方、ジョウト地方、オレンジ諸島にはボスゴドラ自体殆ど生息していないからだ。シロガネ山では稀に発見されるが、大半のボスゴドラはホウエン地方に生息している。
「大きな山一つが縄張り。いつも山の中を見回りしている。勝手に入って来たよそ者は容赦無く叩きのめす……」
 勝手に入って来たよそ者……それは正しく明日の自分だ。どうなる事やら……少年は呟いた。
「特性は石頭……及び頑丈。まぁ、大して関係は無いかな」
 ポケモン図鑑の電源を切って、カバンに放った。ベッドサイドの灯りを消して少年はベッドに潜り込んだ。
「ま……なるようになるだろ」
 月明かりだけが静かに部屋を照らしていた。
 静かな静かな夜だった。



「はい?」
 荷物を纏めてシロガネ洞窟入り口にやって来た少年は思わず訊き返した。
 シロガネ洞窟、シロガネ山中腹に入り口がある洞窟の事だ。シロガネ山の内部に深く空いた空洞の事を指す。奥には滝が流れていたりするらしいが、それより何より、凶暴な野性ポケモンが跳梁跋扈しているのが特徴だ。
 修行に利用するトレーナーもいるとの事だが、下手すれば命を落としかねないので生半可な気持ちで入る事は許されない。
 そんな洞窟の前で少女が言った言葉は、
「手持ちポケモンは私が預かるから」
 だった。
 少年は耳を疑って訊き返した。それが「はい?」の理由だ。
「それはつまり、丸腰でボスゴドラを捕獲して来いと?」
「当たり。昨日ゆっくり考えたんだけど、君ってかなりの実力を持ったトレーナーでしょ。なら、ボスゴドラ捕獲くらい簡単かなと思って。じゃあ、少しでもハードルを上げてあげようかと思って、ね」
 笑顔で言う少女。少年は改めて思った。女性を怒らせるとロクな事が無い。
 頭を掻いて少年は考える。昨日図鑑で読んだボスゴドラの情報から考えると、丸腰で挑むのはかなり無謀だ。頑丈、石頭……丸腰で挑める筈が無い。それに、ポケモン捕獲の基礎は“対象のポケモンをまず弱らせる”だ。ダメージを与える事が出来ない以上、捕獲は困難としか言い様が無い。
「どうするの?」
 にっこり、少女はやはり笑顔だ。
 少女にとってこれは昨日の仕返しだった。少年に「ゴメン、無理」と言わせる事で昨日の鬱憤を晴らそうと言う作戦だ。
 だから、
「分かった、やる」
 と言う少年の答えは想定の範囲外だった。
「はい?」
 今度は少女が訊き返す番だ。
「だから、丸腰で捕まえて来てやるって言ったんだよ」
 淀み無く少年は言い、頭上で眠るピカチュウを持ち上げた。安眠妨害をされたピカチュウは不快そうに少年を見たが、攻撃をする事はしなかった。
「じゃ、こいつよろしく……あ、そうそうミラ、野生ポケモンが襲い掛かってきたら撃退してくれよ」
 少女にミラというらしいピカチュウを預けて、腰に提げていたモンスターボールを五個全て地面に置き、少年は洞窟へと走って行った。
 その後姿を呆然と見送る事しか少女には出来なかった。



 洞窟の内部は薄暗かった。しかしそれも最初のうちで、暫く歩くと明るくなった。不思議に思って天井を見上げると、そこは空洞になっていた。どうやらここは大穴らしい。
 明るいに越した事は無い。暗闇を照らす事の出来るピカチュウは預けて来てしまったのだから。
 天然の洞窟には水が湧いていた。長い長い年月をかけて形成されたであろう川。そして天然の滝。
 野生のポケモンも数多く生息している。尤も、少年は隠れながら進んでいるので襲われはしなかった。
 ボスゴドラは縄張りを見回る習性があるらしいので、洞窟を歩いていればそのうち遭遇するだろう。
 そう考えて少年は歩いていたが、
「まさかいきなり会うなんて……」
 曲がり角で鉢合わせするのは予想外だった。出くわして暫くの間、両者共に驚きで硬直した。硬直を断ち切ったのはボスゴドラだった。
 咆哮。轟音は洞窟に木霊して少年の身体を揺さ振った。世界最高のジェットコースターも敵わないであろう、圧倒的なスリル。物凄い威圧感だった。鋼の身体に幾つも刻まれた傷は歴戦の証か。何にせよ、一筋縄ではいかない相手には違いない。
「うわっ!」
 金属製の丸太とでも言うべきか、とにかくマトモに受ければ良くて複雑骨折、悪くて即死であろうボスゴドラのメタルクローが襲い掛かった。少年は咄嗟に後ろに跳び退ってそれを避ける。
 格闘習ってて良かった、心の中で呟きながらボスゴドラを見る。瞳は明らかに怒りを湛えている。無理も無いだろう、縄張りに勝手に入り込んだ人間を見つけたのだから。体躯は平均的……二メートル前後だろう。頭に生えている三本の角はあっという間に命を刈り取ってしまいそうだ。
 そして、少年は狙いを定めた。
 ポケモンにはボールの当て所というモノがある。ポケモンには体内エネルギーが集中する場所があり、そこにボールを当てる事でポケモンのボールへの定着化を容易にする事が出来る。ジョウト地方で習った事だ。
 例えば少年が持つピカチュウの場合、稲妻型の尻尾が当て所だ。
 ボスゴドラのボールの当て所は三本の角の真ん中。下手をすればボールは角で串刺しだ。正確にボールを当てる必要がある。
 少年はカバンから黒いボールを取り出した。ヘビーボールという名のこのボールは、体重の重いポケモンを捕まえ易い特性がある。原理は不明。
 本来弱らせてから行う筈の捕獲を、弱らせる事無く行うのだから少しでもボールの恩恵は受けたい。
 ボスゴドラが駆け出した。角を此方に向け、一直線に駆けて来る。突進だ。
 少年は咄嗟にボールを投げ掛けたが、踏み止まる。下手に投げて外したらお終いだ。
 横に転がって突進を避ける。避け損なえば、串刺しだ。
 意外と俊敏にボスゴドラは振り返る。今度はやはり丸太の如き、尾を振り回して来た。アイアンテール。鞭のように撓る尾は少年を薙ぎ払うべく襲い掛かったが、少年の方が機敏だった。跳び退って間合いを取り直した少年に尾は当たらなかった。
「長引くのは……困るな……」
 体力で劣るのは間違い無く少年だ。長引けば命が危ない。ボスゴドラの突進を避けながら少年は考え、一つの策を考え出した。
 上手く行くかどうかは分からないが、何とかなるような気がする。
「行くぞ!」
 少年は地面を蹴ってボスゴドラに駆け出した。
 ボスゴドラは人間が自ら向かってくるのが少々意外だったようで僅かに動きを止めたが、すぐに迎え撃つ準備を始めた。腕に力を込め始める。
 少年が間合いに入った事を確認し、ボスゴドラは渾身の一撃を放った。メタルクロー。
 ふと、少年は口の端を吊り上げた。全ては、予定通り。
 振り下ろされた腕を上に跳んで避け、ボスゴドラの腕を踏み台にして、少年はヘビーボールをボスゴドラの角の間――当て所へと押し当てた。
「名付けて……人間捨て身タックル?」
 苦笑しながら言い、少年は地面に着地した。ボスゴドラはボールに吸い込まれている。ボールはまだ少し振動していた。これはボールがポケモンを定着化しているらしい。それにボスゴドラは抵抗している。だが、その振動は直に止まった。
 深い溜息をついて少年はボールを拾い上げる。
「ボスゴドラ、捕獲完了……と」
 ああ疲れた、呟いて少年は踵を返した。そして、
「……やれやれ」
 目の前にいた影に臨戦体制を取った。



「ねえ、君のご主人様大丈夫かな……」
 少女はピカチュウに問い掛ける。珍しく眠っていないピカチュウは、少女に近寄った野性ポケモンを追い払う役目を請け負っている。少年の指示は守っているらしい。
 問い掛けにピカチュウは首を傾げて答えた。「知らないよ、そんな事」と言っているかのように。そして小さな欠伸を一つ。
「どうしよう……私も行った方が良いのかな……」
 ピカチュウに語り掛けるように言うが、ピカチュウは「さあね」と言うかのように短く鳴くだけだった。
 仕方無い、そう呟いて少女は洞窟へと歩を進めながらベルトに留めたモンスターボールを一つ手に取った。尤も、一つしか持っていなかったが。
「ヒノならシロガネ山でも通用するって博士も言ってたし……行ってみよう。うん、そうしよう」
 カチリ、ボールが手の平大に大きくなる。この状態でないとポケモンの出し入れは出来ない。
「ミラ君だっけ? 君のご主人様を迎えに行くよ」
 少女がピカチュウに言うと、ピカチュウは少女の頭に飛び乗った。移動する時は必ず頭に乗るらしい。静電気は来なかった。
「う……意外と……いや、凄く重い……」
 ピカチュウの平均重量は六キロ。赤ん坊を二人頭に乗せるようなものだ。このピカチュウは少し小型だったが、それでも五キロ前後はあるだろう。
「ま、まぁ大丈夫……行こう!」
「何やってんの」
 その時、洞窟の中から声がした。その声を聞いてピカチュウは嬉しそうに少女の頭から飛び移った。洞窟の中から出て来た少年の頭へと。
「ただいま」



「……あ……お帰り……」
 事も無げに言う少年。少女は咄嗟に答えた。
 少年の手にはヘビーボール。それと、何故か普通のモンスターボールもあった。
「大変だったよ。ボスゴドラを捕獲したと思ったら野生のバンギラスが現れて」
 バンギラス……鎧ポケモンという分類ではボスゴドラに似ているが、バンギラスの方がより凶暴な性格をしている。自分の住処を造るためには山を一つ崩す事さえも厭わないという、ふてぶてしい性格だ。
「仕方無いからボスゴドラで戦ってさ、咄嗟に捕獲した」
 少年はボスゴドラとバンギラスがそれぞれ入った二つのボールを少女に手渡した。バンギラスはポケモンセンターに連れて行ってあげて、と少年は言った。
「あ、あの……ゴメンね……」
「え?」
 少女は預けておいたボールを拾い上げている少年にぽつりと言ったが、少年の耳には入らなかったようだ。少女は言い直そうとして首を振った。
「うぅん、何でも無い」
「そう」
 少年がボールを一つ放る。出てきたのは青い巨体に紅い翼、ボーマンダ。少年はその背に飛び乗った。
「じゃあ、俺はもう行くから。バンギラスよろしく」
「ねえ、バンギラス私が貰っても良い?」
 少女は笑顔で訊いた。少年は肩を竦めて、
「どうぞ。でも、旅してるわけじゃないんでしょ?」
「これから始めるのよ!」
 肩から提げたカバンからポケギアを出しながら少女は言った。
「ポケモンリーグにも出れるように頑張るから、応援に来てよね」
 言って、少女はポケギアの画面を見せる。電話番号が表示されていた。少年もポケギアを取り出して、番号を教え合った。
「じゃあね」
「あ、待ってよ!」
 少女が飛び立とうとする少年を咄嗟に呼び止めた。
「名前何て言うの? 私はリエル!」
 少女――リエルは笑顔で言った。少年も同じく、笑みを浮かべて答えた。
「シグレだよ」



 シグレとリエル……彼等が再び会うのは、三年後のポケモンリーグセキエイ大会。
 そして――――……。

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いやもう、ホントごめんなさい。
あちこち雑に見えますね……改めて見ると。
どうしよう、ホント。

私の小説は基本的に全部同じ世界の話です。
以前投稿した“With〜とあるポケモン好きの話〜”はこの話よりも大分後。
“空と海に護られし都”はこれよりも前です。

色々と裏を考えるのが楽しいです。

読んで下さった方、ありがとうございました。