ここが良いな。
 私の言葉に彼は頷いて同意する。
 私達の目の前には草原がある。辺りは森林に囲まれている。少し行けば湖もある。
 やっぱりヒワマキ周辺は緑が、自然が豊かだ。我ながら良い選択をしたと思う。
 彼は早速足元の土を調べている。触ったり踏み鳴らしてみたりして、念入りに調べている。
「良さそうだ」
「本当?」
 しゃがんだ際に少しずり落ちた眼鏡を指で戻して言う彼に、私は思わず訊き返した。肩を竦めて彼は言った。
「本当さ」
 まだ少し肌寒い春風が私達の髪や服の裾を揺らす。そして木々が、葉が揺れて音を立てる。静かな音が鳴り響く。
 私達を歓迎しているのかもしれない。
 実際には違うのかもしれないけど、とりあえずそう受け止めておく事にした。その方が嬉しいし。



 私と彼は幼馴染み。あと男の子二人と女の子一人が幼馴染みだ。
 私達は小学校に入った頃からの親友だった。毎日毎日一緒に遊んだ。時にはちょっとした冒険もしたりもした。凄く楽しい日々だった。
 やがて時は流れて、ポケモントレーナーの資格を私達は一緒に取った。
 暫くして、男の子の一人はポケモンバトルの頂点ポケモンリーグを目指して、さらにもう暫くして私じゃない方の女の子はポケモンコンテストの頂点グランドフェスティバルを目指して故郷を旅立って行った。
 私と彼ともう一人の男の子は何処に行くでも無く、故郷に残った。
 そのうち、もう一人の男の子は故郷で一人前の舟漕ぎになった。昔から修行をしていて、遂に一人前になれたらしい。
 したい事が中々見つからない私と彼は何をしようかと、ずっと悩んでいた。
 そんなある日、私は唐突に思った。
 沢山のポケモンと自然に囲まれてゆっくりと過ごしたい、と。
 私が十歳の頃、ポケモンブリーダーを目指している男の人に出会った。その人はポケモンを凄く可愛がっていて、ポケモンから凄く好かれていた。信頼関係、というやつだろうか。
 私は、ポケモンとそういう関係、つまり好いて好かれる関係で生活していきたい、と思った。 
 ブリーダーとまでは言わない。ただ沢山のポケモンと、そんな関係で生活していきたいと、思った。
 彼にそれを打ち明けると笑顔で言ってくれた。良いんじゃないか、と。
 嬉しかった。そして彼が続けて言った言葉に私は驚いた。
 俺も付き合うよ。
 その言葉が始まりだった。結果、私達は今、ここにいる。



 ここはホウエン地方ヒワマキシティから少し東に行った森の中だ。豊かな自然を求めていた私達はホウエン地方とシンオウ地方どっちにするかで迷っていたけど、最終的に故郷に近いホウエン地方に落ち着いた。
 とりあえず私達が今いるのは草原。ここに家を建てるつもりだ。人里からは少し離れているから電気等は自家発電する事になるかな。幸い風が吹く土地なので風力発電で賄えそうだし。太陽光発電も併用出来そうだ。
 彼は今、湖を見に行っている。湖は私が今立っている目の前を緩やかに流れている川の下流にある。うん、この川にも橋を架けた方が良さそうだ。
 草原の奥の方は小高くなっている。丘だ。背の高い木がぽつりぽつりと聳えていて何だか奇妙だった。
 と、彼が帰って来た。そして開口一番、
「家、どうやって建てる?」
 最もな疑問を口にした。
「うーん……」
 正直、あまり考えてなかった。さて、どうしよう?
「大工さんとか呼べないよね」
「人里離れてるからね……」
「でも、木とか伐採したら野生のポケモン達が可哀相だし……」
「カーナも木材を抱えて飛ぶのは苦手そうだしな」
 カーナ、というのは彼のポケモンで種族名はカイリュー。オレンジ色の大きな身体をしているドラゴンタイプのポケモンだ。凄い力を持ってる逞しいポケモンだけど、木材を運ぶのに適しているとは思えない。腕で抱えて空を飛ばないといけないだろうし。
 彼は苦笑いして言った。
「でもまぁ、やるしか無いか」
「……うん、そうね」
 幸いにもヒワマキシティは森の街。家を建てるための木材は容易に手に入りそうだ。
 彼は早速腰からぶら下げているモンスターボールを手に取って放った。光に包まれて現れたのはカーナ。カーナの背に飛び乗って彼は私に言う。
「じゃ、ヒワマキに行ってくるよ」
「気をつけてね」
「ああ」
 行こう、彼がカーナに言えばカーナは一声鳴いて強く強く羽ばたく。ばさばさ、強い風が巻き起こったので私は数歩後ろへと下がる。と同時にカーナは飛び去って行った。流石に速い。もう森の向こうへと飛んで行ってしまった。
 しばらくカーナが飛び去った方角を見ていた私は何もせずに待つのは時間が勿体ないと思ったので、辺りを捜索してみることにした。ベルトに留めているモンスターボール二個を手に取って放り投げる。光に包まれて現れたのは茶色い身体に赤いトサカや尾羽が目立ち、爪が発達している鳥ポケモン、ピジョン。もう一匹は身体は尾鰭まで水色で目の回りだけ黄色い。また角のような突起があり、先端は淡く光っている、ライトポケモンのランターン。
 私はそれぞれエスヴィとテルダと呼んでいる。テルダは陸地よりも水中の方を好むので目の前の川へ出してあげた。
「探険がてら、川を遡ってみようか」
 歩き出す。エスヴィは上空を舞いながら、テルダは川を逆流しながら私についてくる。
 何が見つかるのか、楽しみで仕方が無い。



 カーナに木材を運んでもらった俺を出迎えたのは彼女とエスヴィとテルダ、そして木の実だった。彼女が言うには、森を散策した際に見付けたので少し採って来た、との事。流石だな。木の実がこんなに実ってるのか。
 ヒメリ、カゴ、オレン、パイラ、キー、チーゴ……他にも色々。これを家の周りに植えるのも楽しいかもしれないな。
 とりあえず荷物を運んでくれたカーナに木の実を少し与えて労って、俺は彼女に言った。
「家が完成するにはまだまだかかりそうだな、この分だと」
 カーナの腕で運べたのは大きな丸太三本程度。家を建てるにはまだまだ必要になりそうだ。
「当分は野宿になりそうね……」
「うん。で、朗報」
「朗報?」
 彼女は首を傾げて訊いた。
「ヒワマキで大工さんに聞いたら出張も可能だってさ。「家を建てる依頼なら俺等は職人の名に掛けて何処にでも行くぜ」って」
「本当に?」
 驚いたようだった。そりゃあそうかもしれない。俺も驚いた。職人魂に。
「とりあえず木材は少し持ってきたんだけどね、もし良ければ依頼しちゃおうと思うんだけど」
「うん、自分達で建てれる自信も無いし、依頼しちゃおうか?」
「よし、じゃあ明日依頼に行くよ」
 俺は川の辺に腰を下ろす。カーナは草原に横になって休んでいる。久しぶりに重い運動をしたからかもしれない。
 ……あ、そうだ、フラーフも出してあげなきゃな。
 そこで漸く思い出したので、俺はもう一つのモンスターボールを放った。閃光と共に様々な色で鮮やかに彩られた翼に、特徴的な形の黒い頭のポケモンが現れた。ペラップというポケモンだ。俺はフラーフと呼んでいる。
 ペラップというポケモンは音を真似するのが好きだ。声だろうが物音だろうが忠実に再現する能力に長けている。現にフラーフは、
《ふらーふ、ふらーふ、ちゃお!》
 と、言っている。ちなみにこの言葉は俺が教えたわけでは無く、フラーフが覚えた言葉を勝手に組み合せているだけだ。
 チャオというのは俺達の故郷で挨拶の意で使われている言葉だ。よく言われていたから、覚えているのだろう。
 良く喋るので楽しいポケモン、と言えるが、秘密を暴露されかけた事も何度かある。滅多な事は言えない。



 初めてのお客さんは大工さんじゃなくて、野生のポケモンさんだった。
 翌朝、私達が火を焚いて朝ご飯の準備をしていると、ガサリと森の草むらを掻き分けて野生のポケモンが姿を現した。私達に興味があるのか、それとも朝ご飯に惹かれて来たのかは分からない。ただ、敵意は無いようで、円らな瞳でこっちを見ている。
 茶色と白の縞々模様、赤い目の周りはこげ茶色、毛並みはあちこちが撥ねていて、ジグザグなイメージ。ジグザグマと言うポケモンだった。身体が小さめだからきっとまだ子供だ。
 私はふと思い付いて、近くに置いてあったカバンを漁ってポケモンフーズを取り出す。ポケモンフーズというのは大抵のポケモンが好む味に調整された、不味くは無くても特別美味しいと言うわけでは無いポケモン用の食料の事。興味深げにこっちを見つめているジグザグマの方へとポケモンフーズを放ってみた。
 最初、ジグザグマは物を投げられた事に対して驚いたのか、草むらに姿を隠した。でも、すぐに顔を出して危害が及んでない事を確認すると、投げられた物体に近付く。用心深く匂いを嗅ぎ、怪しい物ではないかどうかを念入りに確認して、最後には口に入れた。
「あ、食べてくれた……」
 嬉しいな、逃げられちゃうかと思った。
 ポケモンフーズを食べたジグザグマは何処か嬉しそうだった。好奇の目でこっちを見ている。
 じゃあ、と思い私はまたカバンを漁った。エスヴィとテルダのために作っておいたポロックを取り出す。
 ポロックと言うのは簡単に言えばポケモンのお菓子。幾つかの木の実をブレンドして小さな立方体に固めた物で、ブレンドした木の実によって味は変わる。ポケモンの毛並みなどに直接影響する物でもあるので、ポケモンコーディネーターは日々ポロック研究に取り組んでいると言う。似たような物にポフィンと言うお菓子もあるが、これはポロックよりも作るのが少し大変で、技術が要る。私はポフィンを作るのにはまだ慣れていない。私の幼馴染の女の子はポロックもポフィンも作るのが得意だったけど。
 ジグザグマの口に合うかどうかは分からないけれど、私はとりあえずポロックをポケモンフーズと同じように投げてみた。今度は躊躇せず、ジグザグマは空中でそれをキャッチして食べた。上手い。
 味はどうだったのかと言うと、ジグザグマの嬉しそうな顔が物語っているみたい。口に合ったみたいで良かった。
 その時、ジグザクマの背後からまたガサガサという草むらを掻き分ける音がした。風によるものでは無いみたいだ。何か生物がいるのだろうか?
 私がそんな事を考えていると、音の主、野生のポケモンは草むらから飛び出して来た。



 俺はカーナに跨がってヒワマキからの帰路を飛んでいた。後ろからは茶色の身体に葉のような翼、顎には果実のような黄色い房が付いている、トロピウスというポケモンが四匹飛んで来ている。
 それぞれのトロピウスには男が一人ずつと、人に似た姿をしていてピンクの服を着ているかのようなポケモン、瞑想ポケモンのチャーレムが乗っていた。
 そしてトロピウスの背後からは、木材が追い掛けて来ている。勿論、飛んで。かなりの速度だ。まるでロケットやミサイルのようだ。
 知らない人間が見れば目を疑う光景だろう。だが、タネを明かせば何と言う事は無い。
 トロピウスに乗っているチャーレム達が念力を使って木材を牽引しているだけなんだから。
 これはトロピウスに乗っている男達、ヒワマキの大工達が良く使う方法だそうで、遠征の際にはこうやって移動するそうだ。
 ……ところで、これって、ちゃんと地面に置けるのか?
 ミサイルみたいに地面に突き刺さったりしないだろうな。
 不安は絶えない。とはいえ、文句も言えない。



 戻った俺とカーナ、それと大工達が見たのは野生のポケモンに囲まれる彼女だった。
 一瞬驚きはしたものの、彼女が襲われているという事は全く無く、寧ろ懐かれていた。
 カーナが着地した瞬間、野生のポケモン達は動揺したようだった。そりゃあそうか、カーナの身体は大きいしな。
 でも実際、カーナ、カイリューの顔は可愛らしい。目なんて特に。彼女もポケモン達に落ち着くように言う。するとポケモン達は一斉に落ち着いた。ホントに懐かれているみたいだ。驚いたな。
 しかし、その平穏はすぐにぶち壊された。
 ひゅー、と風切り音が幾つも聞こえた。次の瞬間。
 どすどすどすどすっ、と飛来した木材が地面に突き立った。幸い、俺達からは離れた位置、何も無い場所に突き立った。というか、それなりにしっかりした地盤に突き刺さるとか、どんな速度で落ちて来たんだ、この木材。
 俺も彼女も何事も無かったが、野生のポケモン達は一様に驚いたようだった。わらわらと逃げ出し、森へと戻って行ってしまった。あーあ。



「な、な、な……」
 私の口からは驚きのあまり、それしか言葉が出て来なかった。空から木材が降って来た。今日の天気は晴天。雨も雪も、ましてや木材なんて降る予報なんて無かった。なんで? なんで空から木材が? もしかして天変地異の前触れかしら? 木材が降るってどんな天変地異?
 頭が混乱していたが、とりあえず空を見る。木材が降って来た空を。
 すると、葉の翼で羽ばたく、トロピウスというポケモンが四匹飛んで来ていた。
「……大工さん、連れて来たよ」
 トロピウス達よりも先に地面に降りていた彼もやはりこの状況に混乱しているのか、切れ切れに言った。
 ……って大工さん?
「まさか、今の木材」
「いやあ、驚かせちまってスミマセン!」
 私の言葉を遮ったのはトロピウスから降りて来た男の人だった。カバンを手に持っている。この人が大工さん……?
「ウチのチャーレム達は加減が苦手で、たまにこうなるんですよ」
「はぁ、そうですか」
 朗らかに言ってきた。随分と危険な橋を渡る人達だな、と思った。
「で、ここら辺に建てれば良いんですか?」
 大工さんは何も無い場所を指し示して訊いた。私は頷く。大工さんは、
「よし来た!」
 と言って、他の三人に指示を飛ばした。どうやらこの人が棟梁らしい。
 指示を受けて大工さん達は測量などを始めた。まぁ、大工さんもプロなんだから仕事はちゃんとやってくれると思う。
 そういえば、野生のポケモン達はどうしたかな?
 皆ポロックを欲しがったからあげてたけど、もうポロックケースは空っぽだ。
 木の実ブレンダーの充電、残ってるかな?
 などなど考えていたら、棟梁さんが話し掛けて来た。
「じゃ、残りの木材取りに行って来ますんで!」
 大工四人組は再度トロピウスに跨った。
 木材って……またやるんですか!



 私達がここに来てから一ヶ月が経った。
 木造の家は立派に完成している。ちなみに大工さんの一人は「よく燃えそうな家ッスね!」と言って棟梁さんに殴られていた。……まぁ、燃え易そうに見えなくも無いけど。
 丘の上には十メートル程の高さの風車を十機立てた。風力発電のためだ。この風力発電システムはハイテク都市ラルースで実用化されているから、性能はお墨付き。
 家の近くには太陽光発電のために太陽電池を設置した。風力だけだと電力の全てを賄えるか分からないから。
 小川には橋を架けた。小さなアーチ状の橋だ。これも家と同じ、木製。
 そしてあちこちに木の実を植えた。既に実が成っているものもある。
 私は一生ここに住める。辺りを見回してみるとそんな感じがした。
 彼もいるし、野生のポケモン達もいる。
 野生のポケモン達は私達がいる事に慣れたようで、毎日私達の所へ姿を見せてくれるようになった。そう、沢山のポケモン達と生活たい、という私の願いは既に叶っていた。
 私の次の願いは、この生活がずーっと続く事。
 そう、いつまでも、いつまでも―――



 背の高い木の根本に座って俺は本を読んでいた。木の枝に留まっているフラーフのお喋りが聞こえる。
《さふぁりぞーんヘヨウコソ!》
 何を覚えてるんだ、お前は。思わずツッコミを入れてしまった。そういえばペラップと漫才コンビを結成したトレーナーがいたな。中々面白かった気がする。真似する気は無いが。
 そういえば。
 俺は暇潰しに読んでいた“全世界携帯獣学会の全て”から顔を上げた。
 今日は皆が来るんだっけ。
 彼女が提案したのは家が完成間近だった頃だ。
 幼馴染み、親友である三人を招待して食事会でもしよう、と彼女は提案した。俺に異論は無く、寧ろ大賛成だった。是非、あいつらにもここに来てみてほしい、と思った。
 遠くの空、快晴の空を見ていると、遠くに青い影が見えた。
 ああ、来たかな。
 本を閉じて、立ち上がる。ズボンにくっ付いた草を掃い、俺は家へと歩き始める。家の前では彼女がカーナとエスヴィとテルダ、それと野生のポケモン達にポロックをあげていた。彼女は最近ポフィン作りを練習している。中々苦戦しているらしい。
 青い影はどんどん近付いてくる。乗っているのは黒い服を着た幼馴染み、親友の一人。
 俺が片手を振ると、親友も手を振るのが見えた。
 さて、
「行こう、フラーフ」
《イコウカ、イコウカ!》
 俺の言葉に鸚鵡返しに答えるフラーフ。
 フラーフを肩に乗せて、家へと更に歩を進めた。



 この地は彼女達にこの先、何を贈ってくれるのか。
 それはまだ分からない。
 二人の生活はここで続く。ポケモン達に囲まれながら。ずっと、ずっと。


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どうも、読んで下さった方はありがとうございます。
『天と海〜』の執筆が中々進まないので、携帯でちまちまと読み切りを打ってました。
意外と長くなりましたねー。

敢えてキャラの名前は書きませんでしたけど、分かる人には分かる名前ですね。
既に『天と海〜』に登場してる二人ですから。

とりあえず、テーマは『ポケモンとの共存』だったワケですが、中々苦戦しました。
というか、あちこち描写足らずな感が否めません。
もう一つ読み切りを書いてますが、それはどうなるだろう。



書き終わりが苦手です。見れば分かると思いますが。orz