「華、一輪」  それは、色とりどりの花が咲き乱れ、柔らかな日差しが共にある、穏やかな季節だった 「キミ、いっつもムスッてしてるっすね。もっと笑おうよ? 折角カッコイイんだからさ・・・ね?  そうそう、ボクこの花が大好きなんすよ。え、そんなこと聞いてない? まぁまぁ、気にしたら駄目っすよ」 初めてであった女性は、初対面でいきなり、そんな事を言った。 少年はその女性に冷ややかな視線を向けながら、無視した。 「あ、ねぇねぇ。ボクも一緒に旅についていっていいっすか? え、駄目?」 当然、少年は断る。だが、女性は何故かしつこく食い下がり、結局勝手についてくることになる。 煩わしかった。他人と一緒に居るのが。正直、少年はうんざりしていた。 「駄目っすよ! 可哀想っす、見殺しにはしたくないっす!!」 偶然、オニスズメに襲われているコラッタを見つけた彼女が助けようとした。 少年はそれを阻む。自然の摂理だからと。 「摂理でも何でも、あの子はこっちを見て、助けを求めたっす。助けるのに理由が必要なら、ボクはそれだけで充分っす」 とても優しく、けれど悪戯っぽく彼女は笑って、コラッタを助けた。 結果、獲物を横取りされたオニスズメに襲われる結果になったのは当然の事。 そらみろと言わんばかりに、少年はその光景を傍観していた。 「クスッ。なんだかこうして並んで歩いていると、ボク達姉弟みたいっすね。え? 嫌っすか?  え〜、ボクはちょっと嬉しいっすけどねぇ? ほら、ボク一人っ子だったっすから」 ──何でそんな風に何時もヘラヘラと笑えるんだ? ──何でそんな気安くする? ───やめてくれ。ついてくるな、偽善を口にするな・・・・・・・・・・・・・心に、入ってくるな。 出会いから一年ほどして突如、二人に別れが訪れる。 事故だった。 彼女はその日、未熟なトレーナーが制御できなくなって暴走を始めたサイホーンを止めに入った。 少年はその女性の行動を「何時ものことだ」と無視をした。 その時の少年の行動が別れの引き金を引く。 「あはは、駄目っすね。やっぱボク、トレーナーに向かなかったみたいっす。  もう、キミと一緒に旅も出来ないっすね。あ、キミは初めから嫌がっていたっすね。あはは〜」 どこまでも明るい声。 真っ白な病室で、彼女は少しも悲しそうな顔をせず、少年に笑顔を向けた。 何故だ? 何故、そんな風に笑える!? もう、もう体を満足に動かすことも出来なくなったのに!! 「キミには才能があるっす。ボクなんかよりもずっとずっと凄い才能が。だから、頑張って欲しいっす。  キミの傍で、キミの頑張りを見守ってあげられないのは残念っす。でも、何時でもキミの無事を祈っているっすからね」 何故、何故俺にそんな事を言う! あんなに・・・あんなに邪険にしたのに、あんなに・・・ ──再び一人になった。別に寂しい事は無い。最も親しく、頼りになる仲間が居るんだ。 ──それなのに・・・何故、こんなにもあの花を見ると切ないのだろう・・・? それから毎年、穏やかな季節が来る毎に、彼女の病室に差出人不明の一輪の花が贈られてくるようになる。 「・・・ボクはね。キミのことが大好きっすよ。真っ直ぐで、誰よりも優しくて・・・とても強い心を持ってるキミが。  ボクの大切な弟っす。だから・・・だから、一度でいいから・・・キミの顔を、もう一度見たいっすよ・・・」 彼女は、誰も居ない静かな白い病室で小さく、花を握り締めてそう呟いた。 ──嘘だ。俺は強くなんかない! 弱いから、人間から心を閉ざした。だから・・・アンタを助けられなかったんだ・・・ 「自分を偽らないで。キミはとても優しい人っす。痛みを知っているから、ポケモンともアレだけ心を通わせられるんすよ?  ただ、ちょっと不器用なだけっす。キミは痛いこと、嫌なものを沢山見てしまったから、人間を嫌いになったっすね。  それはちっとも悪いことじゃないっす。恥ずかしいことじゃないっすよ  だから、目を逸らさないで。キミは本当に誰かを嫌いになることなんて出来ない人っす。  大丈夫っすよ。何時だって、誰かがキミを見てくれているっす。ボクだけじゃない・・・他の誰かも」 それから、数年の歳月が流れる。 少年は何時からか、逞しい一人の青年へと成長していた。 青年は一人、夜の闇に紛れて彼女の居る病院の前に立つ。 「・・・貴女に会えたお陰で、俺は変わりました。  今もまだ、人間は好きじゃありません。でも、心を開ける人が、何人も出来ました。  あの日、貴女を助けられたらと、今も強く思います。・・・でも、過去は決して取り戻せない。  だから・・・俺は行きます。  全ての決着をつけたら、自分にもっと自信を持てたら・・・その時は、その人達と一緒に、貴女に会いに行きたいと思います。  今更と笑うでしょうけれど・・・今ならちゃんと、貴女と向き合えるはずだから」 青年は一人、彼女の居る病室の窓を見上げながら呟いた。 ──大丈夫っすよ。キミなら遣り遂げられるっす。ボクも、キミの大切な人達に是非会いたいっす。楽しみにしてるっすよ・・・。 風が・・・凪いだ。 青年は踵(きびす)を返し、夜の闇に消える。 その本心を冷たい仮面の下に再び隠し、漆黒のマントが全てを包み込む。 そして、彼女の病室にまた、一輪。 ・・・・・・・・彼女の好きな・・・・・・・・華、一輪・・・・・・・・・