第十一話 『水晶の少女』 まぶしい朝の陽射しと共に、爽やかな一陣の初夏の風が吹き抜けて、辺りの木々を振るわせる。 そして、木々の朝露は近くの広場でポケモンバトルをしているらしい少年達の姿を、 上下逆にして映し出しながら太陽の光を反射して、虹色の輝きを放つ。 「アオイ、もっと積極的に攻撃しろ!ヨウヘイは技と相手の相性をよく考えるんだ!!」 ポケモンバトルの指導しているらしい、活発そうな少年は、真剣な眼差しでアオイとヨウヘイの二人に教えている。 昨日、ワカバタウンに偶然辿り着いたアオイとヨウヘイ。 そこで出会った現ポケモンリーグチャンピオンのゴールドとひょんなことから意気投合。 昨夜はゴールドの家に留めてもらい、更にこの日はバトルの特訓を受けていた。 二人はぞれぞれの弱点・・・アオイは決定打となる攻撃の仕方を、ヨウヘイはタイプと相性を考えた戦い方を学んでいるのだ。 ・・・同じ頃、シュンとレイの二人は、シュンの憧れのトレ−ナーであるレッドの故郷、マサラタウンへと来ていた。 「うわぁ・・・ここがあのマサラなんだ〜・・・」 「・・・俺達の町と、大して変わらない田舎だな・・・」 シュンが感動している横で、レイが憎まれ口を言う。 二人がとりあえず町の中を軽く見て回っていると、やがて町で一番大きな建物を見つける。 「大きい家・・・凄いなぁ。どんな人が住んでいるんだろうね?」 「・・・シュン、あれがどうやったら家に見えるんだ? ・・・あれは恐らく、ポケモン研究の第一人者、オーキド博士の研究所だ」 レイが呆れながらそう説明すると、シュンはただ溜息をつきながらその建物を見つめていた。 二人がそんな会話を交わしていると、旅慣れた姿をした十二歳位の少女が二人に声をかける。 「君達・・・オーキド博士に何か用なの?博士は今、出かけているから居ないんだけど・・・」 シュンが少女の方を向く。 「あの、博士の助手の方なんですか?」 シュンの何気ない質問に、少女はクスリと笑う。 「ちょっと違うかな?私はクリス。オーキド博士からポケモン図鑑作成を頼まれたトレーナーの一人なの。 今君達が持ってる図鑑は、私達がデータを集めたんだよ」 少女は少し誇らしげに胸を張る。 「・・・フン、所詮女が集めたデータなどたかが知れている。 どうせ口先だけで、ほとんどのデータは他の・・・例えばチャンピオンになったレッドやゴールドのような トレ−ナーが集めたものだろう?」 レイが少女を見下したように吐き捨てた台詞は、少女の怒りを買うには十分すぎるものだった。 「な・・・言ってくれるじゃない! あなたの方が口先だけで、大した実力もないんでしょう? 相手をけなす前に、自分が強くなったらどうなの!?」 少女も負けじとレイに言い返す。それにレイも売り言葉に買い言葉と、どんどん二人は険悪になっていった。 「・・・いいだろう、そこまで言うなら口先だけかどうか教えてやる! トレ−ナーならポケモンバトルで決着をつけるのが筋だろう? 使用ポケモンは2体の交代自由。いいな!」 「えぇ・・・あなたこそ後で泣いても知らないからね!」 とうとう、二人の喧嘩はバトルにまで発展してしまった。 それを横で見ていたシュンは、ただオロオロとするばかりで一人取り残されてしまっている。 そんなシュンをよそに、二人はオーキド研究所前でバトルを始めてしまった。 「さあ、行くぞエアームド!遠慮などいらん、徹底的に叩きのめしてやれ!!」 レイが投げたボールから閃光とともに鎧鳥ポケモンのエアームドが現れる。 「あんな失礼な奴・・・やっつけちゃって、メガニウム!!」 こちらも閃光と共に、首の周りに花びらを付けたハーブポケモン、メガニウムが咆哮を上げて現れた。 「フン・・・鋼と飛行の複合タイプを持つエアームドに対して、ただの草タイプのメガニウムだと? 自殺行為もいい所だ!俺のエアームドを普通の奴と同じと思うなよ。 コイツは捕獲した時点で、遺伝でしか覚えないはずのドリルくちばしを覚えていたんだ!!」 レイが攻撃の指示を出すと、エアームドは体を回転させて、ドリルのようにメガニウムへと突っ込む。 しかし、少女は少しも慌てた様子を見せずに、冷静にメガニウムへ指示を出す。 「メガニウム、リフレクターを張って!!」 クリスの声と同時に、メガニウムは眼前に光の盾を作り出し、エアームドのドリルくちばしを防いだ。 「ちぃ、威力が半減したか!・・・それならば、どくどく!!」 エアームドの口から、紫色の液体が吐き出され、リフレクターを突き抜けてメガニウムに命中する。 「くっ・・・、神秘の守りが間に合わなかったなんて!? ・・・確かに口だけじゃないみたいね・・・でも!!」 メガニウムが首周りの花びらを震わせると、そこから手裏剣のようにいくつもの小さな葉っぱがエアームドへと放たれる。 どくどくを使った直後で、隙が出来ていたエアームドはこれをまともに受けて、大きく体勢を崩す。 「・・・急所に当たったか!?どくどくを使った直後の隙を狙って、攻撃を仕掛けてくるとはな・・・。 だが、勝負はこれからだ!ドリルくちば・・・」 レイがそう言い掛けた時だった。 「捨てられて野性に戻ったブーバーが、近くの森で暴れているぞーーーーーー!!」 「「「!!!」」」 二人の戦いはその一言で中断された。 「いけない!ブーバーが暴れだしたら森が火事になって、この町にも被害が出てしまう!! バトルは一旦中止よ!メガニウム、戻って!!」 クリスはメガニウムをモンスターボールに戻すと、ブーバーが暴れているという、森へと駆け出す。 「レ、レイ。ぼく達も行こう!?」 シュンもそう言って少女の後を追って走り始め、レイもエアームドをボールに戻してその後に続く。 三人が到着したときには、森は赤々と燃え盛っていた。 中では、怒りで我を失っているブーバーが当たり構わず炎を撒き散らしている。 「ちっ、こいつか・・・俺達のバトルの邪魔をしてくれたのは」 「うわわ、早く止めないと大変なことになっちゃうよ〜」 レイが悪態をつき、シュンが狼狽する。 「く・・・まずはこれ以上炎が広がらないように周りの木を倒して! 私はあのブーバーを捕獲するから!!」 そう言ってクリスはモンスターボールを構える。 「邪魔だ!俺一人でやる!!」 レイがクリスを押し退けて、フシギソウとメリープを出す。 「フシギちゃんは葉っぱカッターで木を、メリープは電磁波でブーバーの動きを止めろ!!」 フシギソウの葉っぱカッターは辺りの木を切り倒して炎が広がることを防ぎ、 メリープの放った電磁波はブーバーに直撃し、その身体を麻痺させることに成功する。 だが、電磁波を受けたブーバーは怒りの矛先をこちらに向けてくるのは必定だった。 「ったく、わざわざ押し退けることはないでしょ!? でも、このチャンスは逃さない!行け、モンスターボール!!」 炎をこちらに向けて放とうとしたブーバーに、クリスは素早くモンスターボールを投げて捕獲を試みる。 閃光と共にブーバーはモンスターボールの中に消え、暫くボールが揺れていたが、やがてそれも止まる。 「やったぁ!これでもう大丈夫だね、レイ」 シュンが飛び上がり、全身で喜びを表現する。 「・・・まだだ、炎は治まっちゃいない!!」 レイが叫ぶ。マサラに炎は来なくなったが、森は風に煽られて逆の方向へと、凄い勢いで燃え広がりだしたのだ。 「・・・そんな、森には沢山の逃げ遅れたポケモンだっているのに!」 「ど、どうしよ〜!?」 クリスに焦りの色が浮かび、シュンは再び狼狽する。 「ここからでは逆の方向へ広がっていく炎を抑えられない! 俺はエアームドで反対側に回る。お前らはそこにいろ!!」 その時、クリスが一人で炎を食い止めようとするレイを静止した。 「待って!あなた一人では無理なのはわかっているでしょう!? そんな無茶はさせられないわ!!」 「邪魔をするな!だったら貴様があの炎を止められるとでも言うのか!?」 レイが怒鳴りつける。しかし、クリスは落ち着いた様子で口を開きながら、一つのボールを取り出す。 「えぇ・・・今の私なら止められる。お願い、私とこの子の力を信じて・・・」 少女が静かな迫力にレイが気圧される。 「・・・ちっ、勝手にしろ!だが、駄目だと判断したらすぐに俺に代われ!いいな!?」 レイの言葉に、クリスは静かに頷くと、モンスターボールを炎に向かって投げた。 「お願い!森を守る為に、あなたの水の力を貸して!!」 ボールから飛び出した閃光と共に、四つ足のポケモンが姿を現した。 「なん・・・だと?あれは・・・」 「凄いや・・・綺麗・・・」 レイは言葉を失くし、シュンはただその美しさに素直に感動する。 それは、水晶のように透き通るような身体を持ち、それでいて神々しさと力強さを併せ持ったポケモンだった。 そしてクリスは、その背に乗って叫ぶ。 「『スイクン』この炎を消して、森と皆を守って!!」 少女の指示に呼応するように、『スイクン』と呼ばれたポケモンの身体が輝く。 「行くよ、バブル光線!」 次の瞬間、口からいくつもの泡のような光を放たれると、炎は瞬く間に小さくなり、やがて完全に消えてしまった。 森は炎による傷跡を生々しく残すことになったが、被害はそれほどでもなく、ポケモンたちにも大した被害はないようだった。 「凄かったね、レイ。クリスさんのポケモン綺麗だったなぁ・・・」 シュンは先程の出来事を思い出しながら少女の方を見る。 クリスも、火事を治めて安堵していたその時だった。 レイのメリープの身体が光を放ち、その姿形を変えていく。 「進化の光ね・・・」 クリスがそう呟き、メリープはモココと呼ばれるポケモンへと進化を果たした。 「・・・モココか・・・よく頑張ったな。戻れ!」 レイはモココをモンスターボールに戻し、町へと歩き出した。 「ねぇ、君!さっきのバトルの続きはどうするの?」 少女がレイに声をかける。 「・・・やらなくても決着はついた。あの火事を消し止めたお前の勝ちだ・・・クリス」 レイは振り向かずに答える。 「レイ、君も十分強かったよ。でも、女の子だからって相手を見下しちゃ駄目だからね?」 「チッ・・・分かったよ!」 クリスの言葉にレイは舌打ちをするが、その声には暗い感情のようなものは感じられなかった。 恐らくは、相手の力を素直に認めたからなのだろう。 クリスとレイの表情は力を尽くした事に満足したような・・・そんな穏やかな顔をしていた。 いつの間にか日は傾き始め、黄昏が辺りに舞い降りる それは静かに全てを包み込み ・・・少年と少女たちの健闘を優しく祝福していた・・・