第十三話 『ダブルバトル』 「では、審判はこの私。クリスがやらせて頂きます!」 クリスと名乗った少女が左腕を高く上げて宣言すると、四人の男女は静かに頷いた。 「ルールはカンナさんとシュン君のペア対ケンさんとレイのペアで行うダブルバトル! 使用ポケモンは一人一体。相手のポケモンを両方とも戦闘不能にしたペアの勝利とします。 ・・・それでは、ポケモンバトル・・・開始!!」 クリスが腕を勢いよく下ろすと、それぞれのトレ−ナー達は思い思いのポケモンを出した。 シュンはヒトカゲ、カンナはルージュラを繰り出し、それに対してレイはフシギソウ、ケンはリザードンを出す。 「う〜ん・・・ケンが相手だと、ちょっとタイプ的にこちらが不利かしら?ピジョットが来ると読んだのにねぇ」 相手とのメンバーを見比べてカンナが呟く。 「兄ちゃんのリザードン・・・だ、大丈夫さ。頑張ろう、ヒーすけ!」 「そう、シュンが貰ったヒトカゲの最終進化系だよ。覚えているだろう?俺のブレイザーだ」 シュンが相手を見てやや緊張した様子に対して、ケンが優しく語り掛ける。 「ルージュラは氷・エスパーの複合タイプ・・・こちらは草・毒のフシギソウ。 シュンを相手にしても相性の点で不利は否めない・・・か」 レイが腕を組んで相手を見据え、戦術を考えている。 「さて、ではそちらが先攻どうぞ。レディファーストです」 「あら?優しいのね。それとも余裕なのかしら?・・・ルージュラ、サイコキネシスをリザードンに!!」 指示を受けたルージュラは薄紫に輝く光の塊を創り出し、空間を歪めながらリザードンへと放つ。 その時、リザードンの周りを取り巻く何かが太陽の光を反射して、 ルージュラの目を遮ってしまい、その攻撃の狙いを外してしまった。 「・・・光の粉!?・・・やられたなぁ」 カンナが悔しそうにリザードンを見詰める。 「ふう、運が良かったなぁ。じゃ、ブレイザーは日本晴れだ!」 ケンがすかさずリザードンへ指示を出すと、リザードンの尻尾の炎が激しく燃え上がり、 そこから強い光を放つ球を創り出して上空へ投げると、地上から10mほどの場所で浮かんでいる。 「ケンさん、感謝します。フシギちゃんはルージュラにソーラービームだ!!」 レイが叫ぶと、フシギソウは先程の光の球から光を吸収し、花のツボミから強い光を持った光線を放つ。 それはサイコキネシスを使った直後の為、 僅かに隙が出来ていたルージュラを直撃するが、思ったほどのダメージは与えられない。 「くっ、相性ではなくレベル差による威力の低さのせいか!」 レイが悔しそうに言う。 ソーラービームは草タイプの技では最強クラスであり、レイが絶対の自信を持つ一撃でもあったのだ。 それを直撃したはずのルージュラは軽くのけぞっただけで、まだまだ余裕があることを示していた。 「よ、よし、ヒーすけは兄ちゃんのリザードンにひっかく!」 「へ?ひっかく?」 シュンの攻撃指示を聞いて、ケンは一瞬呆ける。 「確かに、いくら日本晴れによって炎攻撃を強化されたとは言え、火の粉よりは現実的だろうな・・・」 レイが冷静に分析する。 「まぁ・・・旅に出たばかりみたいだし、余り強い攻撃を期待するわけにもいかないしねぇ」 カンナが苦笑しながら言う。 ヒトカゲはトコトコと走ってリザードンに向かうと、小さな爪でひっかこうとする。 しかし、それはリザードンの長年の戦いで培われてきた硬い皮膚の上で止められてしまい、ほとんど威力は無いに等しい。 攻撃を受けたほうのリザードンも、どうリアクションを取るべきか悩んでいるようにすら見えた。 「え・・・えと、ヒーすけ頑張って!」 シュンの声が空しく響く。 当のヒトカゲも必死で頑張っているのはよくわかるが、見ている方からすれば遊んでいるようにしか見えない。 いや、それどころか周りを和ませるような、ほのぼのとした光景にすら見える。 「あ〜・・・ブレイザー。とりあえず出来るだけ手加減して、適当にやってくれ」 指示されたリザードンは少し戸惑ったように、ケンを見て頷く。 だが、リザードンの瞳は明らかに「これをどう手加減するんだ?」と言いたげだった。 とりあえず指示通り適当に、軽く片足を上げて地面を踏む。 するとそれは地響きとなって辺りを僅かに揺らした。 ヒトカゲはそれに驚いてひっくり返ってしまった。 そしてひっくり返ったまま、亀が裏返しにされた時のように手足をバタバタとさせている。 ・・・本気で遊んでいるようにしか見えない。 しかし、戦っている本人達は大真面目で必死なのだ。 「ヒ、ヒーすけ頑張れ!起き上がってもう一度ひっかくだ!!」 シュンも必死で叫ぶ。 「・・・あぁ〜・・・ブレイザー。もう少し手加減な」 その指示に流石のリザードンも「これ以上どうやって手加減してやればいいんだ?」と言いたげに、 必死で起き上がろうとするヒトカゲを見つめる。 そこだけがほのぼのと時間が過ぎていくような、そんな雰囲気に包まれていた。 「・・・ほ、ほら皆!ちゃんと戦わないと決着がつかないでしょう!?」 審判をしていたクリスがふと思い出したように声をかける。 「!!・・・そうだった。フシギちゃん、ヒトカゲの体勢が整ったら頭突きだ!」 レイがフシギソウに叫ぶ。フシギソウも指示通りにヒトカゲが起き上がるのを待ってから攻撃した。 「あ、ヒーすけ!」 「仕方ないからな。俺がお前の相手をしてやる!!」 レイがシュンに向かって叫ぶ。 「・・・今よルージュラ!リザードンに悪魔のキッス!!」 カンナが叫び、ルージュラはどうするべきか悩んでいるリザードンの元へと走り出す。 「・・・っと、そうはさせるか!ブレイザー、飛び上がれ!!」 ケンからの指示が来ると、リザードンはすぐに戦闘態勢をとって、相手の攻撃をギリギリかわして空へと飛び上がる。 「う〜ん、残念。折角チャンスだったのに」 「ついつい、戦っていることを忘れる所でした。さあ、ブレイザーは急降下しながら大文字!!」 悔しそうにしているカンナに対し、ケンはほっとした表情を見せながら叫ぶ。 一気に上空へと飛び上がったリザードンは、降下しながらルージュラの位置を確認する。 相手を捕捉すると一気に降下スピードを上げて、その直後に大と言う文字の形をした巨大な炎を叩きつけるように吐き出した。 上空からの攻撃に、ルージュラはその攻撃を避けきれずに直撃し、火柱を上げながら倒れる。 「ルージュラ、戦闘不能!」 「あ〜ぁ、また連敗記録更新かぁ。・・・ルージュラ、ご苦労様。戻って」 その様子を見てクリスが宣言し、カンナは残念そうにルージュラをモンスターボールに戻す。 「カンナさん!・・・うぅ〜、ヒーすけ!フシギソウに火の粉だ!!」 カンナがリタイアしたのを見たからか、先程よりも更に気合が入っている。 ヒトカゲは指示通り火の粉をフシギソウへと飛ばそうとした瞬間、日本晴れの効果を受けて更に威力が増幅される。 「!・・・しまった!フシギちゃん、避けるんだ!!」 レイが叫ぶが、フシギソウがそれを避けきるには火の粉の数が多すぎる。 誰もが直撃すると確信した瞬間だった。 大きな翼がフシギソウの前に広がって、そこに火の粉が直撃する。 リザードンの翼である。それは大したダメージを受けていないようで、平然としていた。 「あっ、そんなぁ〜!」 シュンが残念そうに声を上げる。 「シュン、悪いがこれはダブルバトルだ。仲間を助けちゃいけないわけじゃないんだぞ」 ケンが少し意地悪そうに、人差し指を立てながら言う。 「うぅ〜・・・レイには勝てそうだったのにぃ・・・」 「いくら相性が悪く、日本晴れの効果もあったからといって、ヒトカゲの火の粉の一撃で俺が負けるか!!」 シュンが思い切り悔しそうに言うと、レイが即座に否定する。 「さて・・・勝負は見えたが、シュンはまだ続けるかい?」 ケンは、シュンにギブアップをするようにといったニュアンスを含ませながら聞く。 「・・・うん・・・負けました。ギブアップします」 シュンが悔しそうに、涙を浮かべながら呟く。 「シュン君のギブアップによって、カンナさんとシュン君ペアは戦闘可能のポケモンが不在となり、 この勝負はケンさんとレイのペアの勝ちとします!!」 シュンの言葉の後、クリスが高々と試合終了を宣言した。 「・・・カンナさん・・・ごめんなさい。ぼくが・・・ぼくが弱いから・・・」 試合が終わり、シュンが泣きながらカンナに詫びる。 「そんなことなかったよ。君が作ってくれたチャンスを生かせなかった私にも責任があるんだから」 ぼろぼろと泣きじゃくるシュンの頭を撫でながら、カンナが優しく語り掛ける。 「あぁ・・・あれは本気で危なかった。あと少し我に返るのが遅かったら、逆にやられていたよ」 ケンも真顔で頷く。 「・・・ケンさん。真顔で言うようなことじゃないです」 レイが半ば呆れたように口を挟む。 すると、クリスがレイの耳を引っ張って少し離れた所へ連れて行く。 「っっ痛、クリス!!いきなり何をする!!」 「アンタこそ、もう少し思いやりってのが無いの!?あれじゃシュン君が余計に傷つくでしょう!」 クリスがレイに食って掛かる。 「ちょっと待て!何故そこでシュンの話になる!?俺はケンさんに言ったんだぞ!」 レイはクリスの手を跳ね除けながら反論する。 「アンタの今の言い方じゃ、シュン君は「弱くて当然」みたいに聞こえるでしょうが!!」 「何故そうなる!?俺は「真顔で言うようなことじゃない」と言っただけだろうが!」 二人の口論がだんだん激しくなっていく。 「はいはい、二人ともそこで止めておこうね?シュンもレイも、全力で頑張ったんだからいいじゃないか。 今回の結果に満足できなければ、更に強くなればいい。そうだろう?」 二人の間にケンが仲裁に入る。 「そ、そうだよ。ぼく、レイの言ったこと気にしてないし、ぼく自身もっともっと強くなりたい! ・・・今日みたいな、自分だけ何もできないバトルなんて・・・もう嫌だから・・・!」 シュンの目からは未だに涙がこぼれていたが、それでもその瞳には強い意志の輝きが宿っていた。 「さて、これからどうするかな?」 ケンが空を見上げながら呟く。 あの後、五人は一緒にヤマブキへと歩き出したのだが、今後の事を考えていないらしい。 「ねぇ、兄ちゃん。次は何処に行くつもりなの?」 散々泣いて目を真っ赤にしたシュンが話しかける。 「俺たちはヤマブキのジムにいくつもりなんですが、お二人は?・・・ついでにクリス」 「ちょっと、ついでにってどういう意味よ!?」 レイの台詞に、クリスが腹を立てる。 「言葉通りの意味だ。お前は俺たちに勝手についてきているだけだろうが。 用があるならハナダでさっさと分かれていればいいものを、わざわざジム戦にまでついてきたくせに」 レイが嫌味たっぷりに言う。 「たまたま行き先が一緒なだけじゃない!! それに、旅に出たばかりのアンタ達を心配してついていってあげたんでしょう! 感謝の言葉の一つも言ってみなさいよ!!」 「感謝の言葉だと?そんなことはまともなアドバイスの一つもしてから言ってくれ! それに、俺はついてきてくれなどと頼んだ覚えもない。余計なお世話だ!!」 再び二人が険悪なムードになる。 「二人とも、それくらいにしておきなさい。シュン君が心配してるでしょう?」 そこへカンナが二人を止めに入る。 「そうそう、カンナさんの言うとおりだよ。 あと、俺はこれからリニアを使ってジョウトに行く予定なんだ。 たまたまあっちに行く為の切符が福引で4枚手に入ったんだが、シュンとレイも一緒に行くか?」 ケンが話題を変えようと、切符を見せながら言う。 「いいの!?ぼく、リニアに乗ってみたい!!」 シュンが目を輝かせながら言う。 「ジョウトか・・・アオイとヨウヘイがいるが・・・できるなら会いたくないな」 レイが捻くれたことを言う。 「私もいい?あっちのラジオ番組で、ちょうどゲストに呼ばれていたからね」 すると、カンナがケンの手から切符を一枚奪いながら片目をつぶる。 「まぁ・・・いいですが・・・クリスちゃんはどうするの?」 ケンが苦笑しながら言う。 「あ、私も知り合いに会うためにジョウトに帰ろうとしていたんです。 でもご安心下さい。私はリニアの定期券持っているんですよ」 クリスは定期券を見せて、微笑みながら答える。 「じゃ、結局全員ジョウトに行くわけか。 とりあえず今日中にはヤマブキに着くし、二人のジム戦が終わってからだから・・・出発は明日だな」 「うん♪・・・そうだ!ねぇ兄ちゃん、今夜はポケモンセンターに止まるんだよね?一緒の部屋でもいい? ぼく、聞きたいこととか話したいことが一杯あるんだ!」 シュンがケンの服を引っ張りながら上目遣いに話しかける。 それに対して、ケンも「あぁ」と優しく答えた。 「そうだ、シュン君。今手持ちに空きがあるかな?」 その時、ふと思い出したようにカンナが口を開く。 「え?あ、はい。ぼく、ゲット苦手だから・・・あんまり捕まえられなくって・・・」 シュンが少し恥ずかしそうに答える。 「だったら丁度よかった。この前私のラプラスが産んだ卵が孵ったんだけど、 これ以上持ち歩くこともできないし、鍛えてあげる余裕もないの。 よければシュン君が育ててあげてくれないかしら? 一応、今日のバトルで頑張ったごほうびとしてね」 「い、いいんですか!?カンナさんのラプラスの子供を!? あ、ありがとうございます!!」 シュンはカンナの意外な申し出に思わず声が高くなり、姿勢を正して礼をする。 「おぉ〜、よかったじゃないかシュン。 じゃ、俺もレイにこの前偶然捕まえたガラガラをあげようか?」 「・・・いいんですか?そんな簡単にポケモンを貰っても?」 レイが遠慮がちに言う。 「構わないさ。このガラガラは捕まえたくて捕まえたんじゃないしね。 ちょっとした事故でね、この前仕方なく捕まえたんだ。 どうせ逃がすしかなかったんだし、丁度いいさ」 ケンがどこかいたずらっぽく笑う。 「・・・感謝します」 レイが短く言う。 クリスが「もう少し感情を込めて言えないの!?」と隣で言っていたが、レイは聞かないふりをしていた。 やがて街の喧騒と明かりが見えてくる。 五人はそれを確認すると、少し足早にヤマブキシティへ向かった。 いつの間にか日は傾き、オレンジ色の光が長い影を創り出す。 それは一日の終わりを告げるかのように、黄昏と共にゆっくりと伸びていく。 空には宵の明星が輝き、その光と戯れるように真っ白い小さな生き物が、空中で楽しそうに踊っていた・・・。