第十四話 『運命(さだめ)の翼<紅・蒼・光・海・虹>そして、始まりの<白>』 日が完全に姿を隠し、闇夜を照らす月へと入れ替わる。 そんな中、昼間と変わらぬような明るさで街は輝いている・・・ここはヤマブキシティ。 その街にあるポケモンセンターでは、ちょっとした騒ぎが起きていた。 「・・・ちっ、ここまでギャラリーがしつこいと、嫌になってくるな」 その騒ぎの中心と同じテーブルで食事をしている少年・・・レイが舌打ちをする。 「まぁ、仕方ないんじゃない?いくらもうやめてしまったからって、元四天王の一人がいるんだもの。 騒ぎにならないほうが無理ってものでしょう?」 レイの向かい側に座っている少女・・・クリスが諦めたように言う。 「ね、ねぇ兄ちゃん・・・ぼく、なんか凄く緊張しちゃうよぉ」 クリスと青年の間に座っている少年・・・シュンは自分の事でもないのに、ガチガチに固まっている。 「はぁ・・・確かにレイの言う通り、流石に落ち着ける状況ではないな。 ・・・シュン、一緒に向こうへ行くか?」 シュンの隣にいる青年・・・ケンがうんざりとした表情でシュンに聞く。 「あら、いいじゃない。折角の夕食なんだから、皆で食べた方が美味しいでしょう?」 ケンの向かい側にいる、騒ぎの中心で原因ともなった女性、カンナが他人事のように口を開く。 「カンナさんはこんな状況も慣れているでしょうが、我々はそうではないんですよ」 カンナの一言に対して、ケンが反論する。 そう、彼らが食事をしているテーブルを取り囲んでいるギャラリー達は、 元四天王である「氷のカンナ」目当てで来ているのだ。 そこら中でカメラのフラッシュとシャッター音が聞こえる。 「カンナさ〜ん、こっち向いてくださ〜い」 「カンナさん、ファンなんです!サイン下さい!!」 そんな声も一緒に、食事の間中聞こえてくるのだ。 はっきりいって、これで落ち着ける人間は相当鈍感なのか、それともすっかりその環境に適応してしまったかのどちらかである。 カンナはそんな中、ギャラリーを完全に無視してくつろいでいる。 ・・・恐らく後者なのだろう。 「・・・あいつ、ケンじゃないか? あんなバトルもしない腰抜けトレ−ナーが、なんでカンナさんのような人と一緒にいるんだよ!!」 その時である。ギャラリーの誰かがケンの事を知っているらしい一人が声を上げた。 「・・・はっ、<天空の炎(スカイフレイム)>とか呼ばれているらしいが、 こんな腰抜けは<ローストチキン>で十分だ。 さっさとどっかに消えろ!貴様なんかがカンナさんと一緒にいること自体間違ってんだよ!!」 カンナと一緒にいることへの嫉妬なのか、とうとうケンに非難と中傷の声が上がりだした。 「ちょっと、あんたたちねぇ!この人の強さも知らないで・・・」 「クリスちゃん、止めた方がいいよ。 あいつらには何を言っても無駄だから。 それに、戦わないってのは本当だからねぇ・・・。当然といえば当然さ」 クリスが腹を立て、立ち上がって反論しようとするがケンが静止する。 「でも・・・」 「兄ちゃん・・・」 クリスは仕方なく腰を下ろし、シュンが泣きそうな声で呟く。 「あなた達・・・彼を馬鹿にするんだから、それに見合った実力はあるんでしょうね? 言っておくけど、彼は私と時々引き分けることはあっても、負けたことはない・・・。 それ以上言うのなら、私と戦って勝ってから言いなさい!」 すると、カンナが不意に大きな声で周りに向かって発言する。 その言葉を聞いたギャラリー一同に動揺が走り、急に静かになった。 「・・・カンナさん」 ケンがやれやれというように頭を抱える。 「いくら私でも、友人が訳も無く馬鹿にされているのを放っておくほど薄情じゃないの。 それに、本当の事を言っただけよ?あなたは実際に強いんだから・・・」 カンナが食後のコーヒーを飲みながら、当たり前のように言った。 いつの間にか、ギャラリー達は彼らから離れていってしまっている。 まるで、小動物が大型の肉食獣に怯えるようにも見えた。 それほどカンナの一言が大きかったのだろう。 「はぁ・・・また変な噂が流れそうだな・・・」 ケンがうんざりしたように小さく呟いた。 「ふえ〜、さっきの人達凄かったねぇ。兄ちゃん」 ポケモンセンター内にある共同浴場の、泳げるような湯船にぐったりと浸かりながらシュンが呟く。 「あぁ、そうだな。・・・これが暫く続くかと思うと、先が思いやられるよ・・・」 同じように湯船に浸かっているケンも、疲れた表情でシュンに向かって言う。 「・・・あれ?兄ちゃん、レイは?」 ふと気がついたように、シュンは友人のレイの姿を探してあたりを見るが、何処にもその姿は無い。 「ん?あぁ、レイならさっさと身体を洗って出て行ったよ。疲れたからもう寝るってさ」 「ふ〜ん・・・あ、そうだ。兄ちゃんにどうしても聞きたいことがあったんだ」 シュンが思い出したように立ち上がり、ケンの方へと歩いていく。 「聞きたいこと?そういえば昼間もそんなこと言ってたっけ。 ・・・何が聞きたいんだい?シュン」 自分の隣へやってきたシュンを抱えあげて、膝の上に乗せながら言う。 「う、うん・・・あのさ・・・」 シュンは二年前、ケンとの別れの後に起こった不思議な出来事をつぶさに話す。 そして、その出来事の中心にケンがいなかったのかを聞いた。 それに対してケンは何も答えずに、優しくシュンの頭を撫でているだけだった。 「ケン兄ちゃん、ちゃんと答えてよ!ぼく・・・ぼく・・・」 ケンの方を振り向き、シュンが必死に訴える。 「・・・シュン。今は答えることはできない・・・でも、いつか話してあげられると思う。 ・・・俺の戦いに決着がつくまで・・・お前達を巻き込みたくはないから・・・」 「たた・・・かい?」 シュンが不安そうに呟くとケンは優しく、それでいてどこか悲しそうな瞳で、シュンの頭を撫でていた。 少し冷たい夜風が頬を撫で、誰もが寝静まった静けさの中、一人の青年がヤマブキの郊外でたたずんでいる。 ((ふわ〜、遊び疲れちゃったよ。眠い〜・・・)) すると、青年のもとへ一匹の白い生き物が、どこからともなく現れる。 「・・・ゼロ、そろそろボールの中で眠るかい?」 青年は優しくその生き物に語り掛ける。 すると白い生き物は青年の肩に乗り、長い尻尾を腕に巻きつけながら語りかける。 ((うん、そうするよ〜。でもさ、その前に聞きたい事があるんだけど・・・)) 「聞きたいこと?」 白い生き物の質問に、青年が聞き返す。 ((次は本当にエンジュにいくの?)) 「・・・あぁ。スオウの話だと、エンジュの方向で感じ取った気配があの「鈴の塔」へ降り立つらしい。 ・・・あの男が・・・「カゲツラ」の奴がこの好機を見逃すはずは無い。 奴は必ず、塔に降り立つ『ホウオウ』を狙うはずだ。 ・・・そう、三年前に『サンダー』『ファイヤー』『フリーザー』とハナダの洞窟にいた『ミュウツー』、 一年前に『エンテイ』『ライコウ』『スイクン』・・・そして『ルギア』を狙った時のように・・・ そこへ再び俺たちが現れれば、奴は必ず標的を俺たちに変えてくるはずだ!」 青年の声に自然と熱がこもる。 ((大丈夫だよ。キミならきっとその『ホウオウ』も守れるよ。 だって、僕やグルーオン。それにヒョウガ、ライハ、フラッド、スオウがついているんだしね? それに、スオウだって凄く張り切ってるもん。自分の仲間を守りたい気持ちは、皆一緒さ)) 「・・・あぁ、そうだな・・・ゼロ。 でも・・・俺と出会ったせいで、俺のパートナーにならなければ、皆はカゲツラに狙われることなんてなかったはずなのに・・・」 青年が苦しそうな表情で呟く。 ((それは違うよ。僕達は全員自分の意思でキミのパートナーになったんだ。 覚えているでしょ?あの満月の夜、僕達の出会い・・・あれが全ての始まりだったね・・・。 長い・・・長い旅と、戦いの・・・)) 「今も鮮明に思い出せるよ、ゼロ。 ・・・もう、十年も経ったんだな・・・。俺達がこうして一緒に旅をするのは・・・」 青年と白い生き物は過去を振り返るように、懐かしそうに空を見上げた。 星々の輝きが夜空を彩り、淡い月の光が彼らを温めるように静かに照らす。 やがてあたりには不思議な輝きが溢れ出し、気がつくと青年と白い生き物の周りには、巨大な翼を持った生き物たちがいた。 ((・・・主よ。「塔」の方には、まだ余の「同胞」は降りてはおらぬ・・・。 だが、余りのんびりはできぬぞ。禍々しき陰が、確実に「塔」を侵し始めている)) 虹色の炎を纏った翼が青年に向かって語りかける。 ((それは私も感じている・・・。しかし、まだ行くべき時ではなかろう。 「急いては事を仕損ずる」と、人間の諺にもあるしな。)) 海の香り漂う銀色の翼が静かに言う。 ((フンッ、俺様は早く「あいつら」と戦いてぇんだ。最大の電撃で、今度こそ仕留めてやるぜ!!)) ((やれやれ、ライハは相変わらず好戦的だな。この我のような、余裕と気品の半分も持てぬものか)) 電流が迸る光の翼の言葉を、冷たく輝く蒼い翼が馬鹿にするように返す。 ((ヒョウガ!この俺様に喧嘩を売るってんだったら何時でも買ってやるぜ! テメエのそのスカした態度は元々気にいらねえんだ!そのクチバシを叩き折ってやるよ!)) ((やめぬかライハ!スオウ殿やフラッド殿だけでなく、主の前なのだぞ!少しは言葉を慎め!)) 光の翼は紅の炎を纏わせた翼に言われたのが効いたのか、大人しくなる。 ((・・・それと主よ。我等はいつでも戦える。 貴方と今一緒にいるあの少年は・・・昔の貴方の様な瞳をしている。外の世界への希望と夢に溢れた瞳・・・。 あの子を巻き込みたくはないのでしょう?早々に別れたほうがいい・・・)) その言葉を受けて、青年は苦笑する。 「仲裁ご苦労様、グルーオン。あと、俺もこれ以上誰かを巻き込む気は無いよ。 ・・・いや、巻き込むわけにはいかないんだ! カゲツラ達と戦おうとするなら、最低でもジムリーダーか、四天王クラスの実力が必要になる。 そんな危険な戦いは、俺達だけで終わらせなければならない!! 皆・・・すまないが、また力を借りることになる。・・・本当に・・・すまない・・・」 青年は紅の翼をはじめとする、全ての翼に頭を下げる。 ((・・・もう、いい加減その性格直しなよ?言ったでしょう? 僕達全員、自分の意思でキミと一緒にいるんだ!・・・大事な、友達なんだから。 それに、僕達のせいでキミはこの戦いを余儀なくされているんだよ? 本当なら、色んな大会にだって出られるはずなのに、故郷のホウエンにだって帰れるのに・・・。 僕達や家族の事を気遣って、戦わず、帰らずに頑張ってくれてるのを皆知ってる。 だから・・・自分を責める事だけはしちゃ駄目だ!)) 真っ白い生き物が長い尻尾と短い手足をバタバタさせながら、全身で気持ちを伝えようとする。 「・・・ありがとう、ゼロ。さあ、今日はもう遅い。 皆、外で寝るのかボールに戻るのかを早く決めてくれよ?」 青年が優しく翼の持ち主達に語り掛ける。 ((余はボールへと戻らせていただこう)) ((私は近くの湖の底で、今夜は眠らせてもらうことにするよ・・・)) ((俺様はこのイライラを治めるために、ちょっくら発電所あたりで放電してくらぁ!)) ((我は主のボールで一休みする)) それぞれの翼の持主達が行動に移る。 「・・・グルーオンは?やっぱり外で寝るかい?」 ((・・・いや、たまにはボールの中で眠るのも悪くなかろう。 もう、人間が憎いと言うわけではないからな。・・・一部を除いてだが)) そう言うと、紅い翼は青年のボールの中へと姿を消した。 「・・・さ、俺達も帰ろうか。ゼロ?」 青年が呼びかけると、白い生き物は青年の頭の上で眠たそうに大きなあくびをした。 様々な思い、目的、そして欲望という名の運命の歯車が、少しずつ噛み合い始める。 それは、彼らに再び訪れる戦いの幕開けでしかなかった・・・ そして少年は・・・これからの己の運命にはまだ気付かぬまま、安らかな眠りの中にいる・・・