第十五話 『それぞれの成長』  「さぁ・・・って、止めだぜ!キュウコン、火炎放射!!」 少年の掛け声と共に、九つの尾を持つ狐のようなポケモン、キュウコンの口から激しい炎が吐き出される。 「ストライク!?・・・駄目だ、避けきれない!」 もう一人の少年が、炎の対象であるカマキリのようなポケモン、ストライクが倒れる事を悟った。 「勝負あり・・・だな。ツクシ」 「う〜ん、流石ゴールドが修行をつけただけはあるよ・・・」 観戦していた少年・・・ゴールドが負けた少年・・・ツクシに語りかけると、ツクシも苦笑いを浮かべて答えた。 「へへ、どうですかゴールドさん?大分強くなったでしょう?」 戦っていた少年・・・アオイがゴールドと呼ばれた少年に対して、少し得意そうに胸を張る。 「ゴールドさん、ボクも勝てたんだよ♪」 ゴールドの横にいた少年・・・ヨウヘイが、嬉しそうに飛び跳ねながら飛びつく。 「まぁ、よくやったな。これでバッジは二人とも二個になったわけだ! それもこれも、師匠の教え方がいいからなぁ・・・ハッハッハッハッハ!!」 ゴールドは思いっきり胸をのけぞらせながら高笑いを上げる。 「はぁ・・・変わってないね・・・その性格・・・」 「はっはっは。ま、おれってば天才だからな!」 ツクシが呆れたような表情でゴールドの方を見ると、ゴールドは更に得意そうに胸を張った。 「とにかく・・・アオイ君とヨウヘイ君だったね?・・・これがインセクトバッジだよ」 ツクシがそういいながら、アオイとヨウヘイにジムバッジをさしだし、二人はこれを受け取る。 「よっしゃ、次はコガネのアカネんとこな!二人とも、気合入れてくぞ!!」 「「はい!」」 ヤマブキシティの一角にある大きなジムではこれからシュンのバトルが始まろうとしていた。 「次はシュン君の番だよ。落ち着いていけば大丈夫だからね?」 バトルフィールドに向かっていくシュンに、クリスが声援を送る。 「全く、ジム戦のたびに固まっているから指示が遅れるんだ! そんなことではハナダの二の舞だぞ、シュン!!」 「シュン、ここのジムの特徴はレイが戦っている間に教えたとおりだからな。 気楽に行くんだ!大丈夫、お前なら勝てる!!」 レイの叱咤とケンの激励はシュンに届いているかどうか怪しい。 今、シュンはそれほどまでに緊張していた。 「シュン君・・・本当に固まりすぎねぇ・・・。ちょっと心配かな・・・?」 カンナが小さく呟いたとおり、シュンはガチガチに緊張しており、歩く時に右手と右足が同時に出ているくらいなのだ。 「・・・さぁ、はじめましょう。使用ポケモンは二体の入れ替え自由。 どちらかが先に使用ポケモンが二体とも戦闘不能になった時点で終わり・・・。 ・・・それではこちらの一番手は・・・バリヤード、あなたです!」 ヤマブキのジムリーダー、ナツメが声をかけると同時に飛び出したバリヤードは、どことなくピエロを連想させる。 「さっきのレイ君は戦い慣れている上に、ブラッキーとエアームドという相性の面でも優れたポケモンがいた。 でも、彼はどうする気かしらね・・・?」 カンナは少し楽しそうにシュンのほうを見つめている。 「シュン君、ボーっとしてないで、キミもポケモン出さなきゃ!!」 「え、あっ!・・・い、いけ、サンド!!」 クリスに言われて我に返ったシュンは、地面タイプのサンドを出した。 「よ、よし!サンド、切り裂くだ!!」 シュンが攻撃の指示を出す。 「サンド・・・物理防御力が低いエスパーに対して、物理攻撃力が高いポケモンを選んできたのね・・・。 確かにセオリー通りだし、悪くはない。でも、読みが甘い・・・バリアー!」 すると、バリヤードの周りに見えない障壁が浮かび上がって、その身体を包み込んだ。 その見えない障壁の鎧によって、サンドの切り裂くは十分な効果を発揮することが出来ず、逆に大きな隙を生む。 「・・・バリヤード、念力」 その隙を見逃してくれるはずもなく、サンドは見えない力の塊をまともにぶつけられてよろける。 「サ、サンド、しっかりして!もう一度切り裂く!!」 サンドはなんとか倒れることなく踏みとどまり、その爪で再びバリヤードに切りかかっていく。 「・・・あなたの行動は、まだ私の予知から逃れられていない・・・身代わり」 サンドの攻撃が当たる直前、バリヤードは己の体力で実体を持つ分身を作り出し、攻撃はその分身が受ける。 しかしその一撃で分身は消滅してしまった。 「・・・!危ない所だった、急所に当たったようね。 身代わりが遅れていればこちらが倒れていたかもしれない・・・」 ナツメは表情を崩さずにサンドを見据える。 「流石ジムリーダー、的確な読み・・・。シュン君・・・大丈夫かなぁ・・・?」 二人の戦いが始まってから、クリスにはどことなく落ち着きがない。 「さて・・・二人は互角の戦いをしていた。だが、今のシュンの一撃で均衡が崩れはじめる・・・。 サンドの切り裂くが相手の急所を捉えるか・・・それともバリヤードの攻撃でサンドが倒れるか・・・。 ・・・シュン、相手の次の行動を見極めるんだ」 ケンが静かに呟くと、それが聞こえていたかのようにシュンが小さく頷いた。 「・・・早めに倒さないと厄介ね・・・。バリヤード、冷凍パンチ!!」 声と同時にバリヤードの右手は冷気に包まれ、サンドに殴りかかる。 「今だサンド、砂かけ!!」 シュンの掛け声と同時に、サンドがジム内の砂粒や埃などをバリヤード目掛けて投げつけた。 すると、バリヤードの目はそれらによって眼を一時的に潰され、冷凍パンチはあらぬ方向へと放たれる。 「・・・!先制のツメ?・・・この子、私の予知を超え始めた・・・?もう一度冷凍パンチ!!」 「サンド、トドメの切り裂く!!」 未だ視界を閉ざされたバリヤードの攻撃は当たることは無く、逆にサンドの一撃が確実に急所を捉えた。 そしてバリヤードは音も無く崩れ落ちる。 「・・・戻りなさい、バリヤード。 ・・・面白い子・・・ほんの少しずつ、でも確実に戦いの中で伸びてきている。 でも、これ以上は負けられない!ユンゲラー!!」 「サンド、このまま行くぞ!今度は毒針だ!!」 ナツメの二番手、ユンゲラーが出てきたのを確認した途端、シュンが攻撃の指示を出す。 「やれやれ・・・せっかちね。未来予知」 一瞬ユンゲラーの目が光を放ったが、何も起こらない。 そのままサンドの毒針を身体にまともに受けたが、なんとか毒は受けなかったようだ。 「よし、いける!切り裂くだ!」 シュンが畳み掛けるように攻撃する。 しかし攻撃を当てる為にユンゲラーに接近した直後、サンドの体は凍りついて倒れてしまった。 「えっ・・・なんで!?」 「・・・冷凍パンチ。少し調子に乗って、周りが見えていなかったようね・・・? さあ、最後の一匹を出しなさい」 ナツメは目を閉じたまま、淡々と語る。 「ど・・・どうしよぉ・・・えっと、えっとぉ・・・」 シュンは不意を突かれた形でサンドを倒された為か、戦う前の状態に逆戻りしたようにパニックに陥ってしまった。 「シュン、落ち着け!今朝早くから、何のためにケンさんやカンナさんから特訓を受けたと思っているんだ!!」 「あ・・・。うん・・・そうだね、そうだよね!ぼく、頑張る!! いくよ、ラプラス!水鉄砲だ!!」 レイの一言に、シュンはなんとか自分を取り戻し、次のポケモンを出して攻撃の指示を出す。 「・・・さっきの毒針のダメージは馬鹿にできない・・・自己再生」 ユンゲラーが目を閉じて集中すると、体中の傷が急速に癒されていく。 「そんな!?」 「自己再生は自分自身の治癒能力を高めて体力を回復させる技・・・攻撃だけがバトルじゃないの」 水鉄砲も思ったような効果を出せず、シュンが次の指示を出そうとした直前だった。 ラプラスが急に見えない塊に殴られたようにダメージを受ける。 「・・・それと、未来予知は少し先の未来に向かって攻撃する技・・・。 さっきのサンドの時に何もしなかったのは、この状況を見越しての事。 折角私の予知能力を上回りかけていたのに・・・残念ね。さあ、攻撃よ!雷パンチ!!」 ユンゲラーの拳は、今度は電気を纏ってラプラスに殴りかかった。 その一撃をまともに受け、ラプラスは大きく後ろへ後退する。 「くっ・・・!強いよぉ・・・」 「・・・シュン君!そのラプラスは<私のラプラスの子供>だということを忘れないで!!」 カンナがシュンに向かって叫んだ。 「・・・そうか!!ラプラス、冷凍ビーム!!!」 その言葉を聞いてシュンは何かに気付いたような表情になり、素早く攻撃の指示を出した。 すると、ラプラスの口から一条の冷たい光がユンゲラーに直撃する。 「・・・!いけない、もう一度自己さいせ・・・」 ナツメが指示を出そうとした直後だった。 ユンゲラーの周りの水分が凍りつき、その身体は氷の中に閉じ込められてしまっていたのだ。 「・・・そういうことか。偶然とはいえ、これも実力の内・・・かな?」 ケンがやれやれといったように表情を緩める。 「え?どういうことですか?」 横にいたクリスには事情が飲み込めないらしい。 「気付かないのか?お前ほどの実力ならわかって当然だろう?」 「・・・あ、そうか!だからユンゲラーは・・・」 次のレイの一言に、クリスは瞬時に理解する。 「・・・そう。さっきの水鉄砲が思わぬところで役に立った。 身体が濡れていたユンゲラーは、普通に冷凍ビームを受けたときよりも周りの水分が凍りつく量が多い。 そして、行動不能になったユンゲラーには次の攻撃は耐えられない・・・」 カンナがゆっくりと、この勝負の結果を確信したように語る。 「ラプラス!もう一度冷凍ビームだぁ!!!」 「・・・なんとなく、こうなるような気がしていたわ。 あの<スカイフレイム(天空の炎)>と<元四天王>がコーチについていては、一筋縄ではいかないとは思っていた。 油断したつもりはないけど、貴方達の精神力が私の精神力を上回っていた・・・。 素直に負けを認めましょう。これがゴールドバッジです。受け取ってください」 ナツメが差し出したバッジを二人が受け取ると、ケンが口を開く。 「さあ、大体予定通りの時間に終わったし、早くしないとリニアに乗り遅れるぞ?」 「あら、もうそんな時間?じゃあ、行きましょうか」 カンナが時計を見ながら頷く。 彼らはジムを後にして駅へ向かう。 出発間際だったリニアに乗り込むと、そのままジョウトへとリニアは走り出す。 その日ヤマブキの上空では、人知れず五色の翼が天を舞い、リニアの後を追うようにゆっくりと西の空へと消えていった・・・。