第十七話 「闇神楽(やみかぐら)」 スズの塔──それは、太古の昔からエンジュに伝わる伝説の塔。 そして、ジョウトに伝わる伝説の鳥、『ホウオウ』が降り立つ塔 今そこに一人の男が闇に紛れて、音もなく塔に忍び寄っていた。 その男は仮面を着けて顔を隠し、黒い衣服とマントを羽織っている。 そして、塔の前に辿り着いた時のことだった。 ・・・ガサ! 近くの茂みから、カイリキーと呼ばれる四本腕の、格闘タイプのポケモンが突如として男に襲い掛かってきた。 男はカイリキー繰り出してきたその攻撃を無造作に避けると、次の瞬間には逆にカイリキーが吹き飛ばされていた。 「吹き飛ばし・・・よくやった。テラン」 男の隣には何時の間にかプテラと呼ばれる、古代に絶滅したと言われた翼竜のようなポケモンが空中を舞っている。 「・・・この塔に近寄るな!」 するとカイリキーが現れた茂みから眼を覆うバイザーをつけて、何らかの機械を左腕に装着した男が姿を見せた。 「・・・残念ですが、近寄るなと言われれば近付いてみたいのが人情というもの。 お断りしますよ・・・丁重に・・・ね」 仮面の男は飄々とした態度で、相手を馬鹿にしたように言い返す。 「・・・逆らうものには、死の制裁を!!」 バイザーの男がそういうとモンスターボールを投げる。 中からストライクと呼ばれるポケモンが現れて、両腕の鎌でプテラに斬りかかった。 「テラン、翼で打つ!」 仮面の男の指示に従い、プテラは向かってくるストライクよりも速く攻撃に移る。 流石のストライクもプテラのスピードに敵わず、その翼の一撃を受けるしかなかった。 「くっ・・・貴様ぁ!」 バイザーの男は、先程吹き飛ばされたはずのカイリキーを再び場に出してきた。 「ストライクだけでは、テランに敵わないと踏みましたか・・・。 いい判断ですが、私とてあの子だけを戦わせる気はありませんよ?」 プテラへ襲い掛かろうとしたカイリキーの行く手を、高熱の炎が遮る。 炎の発生源の正体は、巨大な犬のようなポケモン・ウィンディ。 「・・・テランはカイリキーを、ウィンはストライクを!」 「カイリキーはクロスチョップ、ストライクはこらえる!」 お互いに標的を定めなおすと、行動は早かった。 ウィンディの大文字をストライクはギリギリで耐え抜き、プテラの翼はカイリキーを打ち据える。 そのためか、カイリキーのクロスチョップはプテラの身体を捕らえることはなかった。 この状況下の中、明らかに劣勢のはずのバイザーの男は不敵な笑みを浮かべている。 「今だストライク!プテラに起死回生!!」 するとストライクは標的をプテラに変え、襲い掛かった。 岩と飛行の複合タイプであるプテラにとっては、格闘技である起死回生は致命的なダメージを負いかねない。 だが、ストライクの攻撃が発生するよりも速く、ストライクは力尽きていた。 「な・・・!馬鹿な!?一体何が!!」 倒れたストライクの背後には、ウィンディが勝ち誇った様に悠然と立っている。 「・・・ウィンの神速・・・。先程の大文字をこらえた時点で、何がしたいのか位はすぐに読めます。 あなたは少々セオリー通りに動きすぎですね。余りにもわかりやすい・・・」 仮面の男がゆっくりと口を開くと、 その直後には指示をもらえずに行動が遅れていたカイリキーが、プテラによって倒されていた。 「その強さ、貴様は・・・まさか!?」 「お喋りはここまでですよ」 すると、仮面の男をバイザーの男の腹部に当て身を入れる。 「・・・・・・・!」 バイザーの男は声を出すことなく、崩れ落ちて気を失った。 「さて、時間がないな・・・。ウィンは戻れ。 テラン、私を塔の頂上まで運んでくれ」 仮面の男がウィンディをボールに戻すと、プテラが両肩を掴んで頂上へ向かって飛び上がる。 頂上付近にプテラが差し掛かった時だった。 薄紫色の光の球が、辺りの空間を歪めながら高速でこちらに放たれた。 「テラン、私を離して上昇しろ!」 プテラが男を離して急上昇すると、男は重力に従い自由落下を始める。 その間を光球が突き抜けていき、直後に男は頂上の屋根へと着地すると、 そこには仮面の男の他にもう一人の影が彼を待ち構えていた。 年は五十代後半くらいだろうか? 黒髪と白くなり始めた髪の毛が入り混じっており、服装は科学者風といった感じの白衣を身に纏っている。 体格は中肉中背、顔の造詣もそれほど悪いわけではない。 だがその男の目だけは、野望に燃えるような、それでいて凶暴で狂った光を放っている。 「ふん・・・また貴様か・・・。 怪盗を名乗っているそうだが、義賊のつもりか?小僧」 白衣の男は、見下すような眼で仮面の男を見詰める 「いえいえ、別にそんなつもりはありませんよ? ただ、貴方達のような人間からポケモンを守るだけですからね。 ・・・外法には外法の力で退治するのが道理。 闇の深遠にて蠢く貴様らに、神罰を下す為の神楽を舞うだけですよ・・・カゲツラ(影連)」 仮面の男が不適に笑いながら、大仰な仕草でマントを広げてお辞儀をする。 「・・・だから「闇神楽(やみかぐら)」というわけか。 だが、今日こそは邪魔はさせん!・・・やれぃ!!」 カゲツラと呼ばれた男が叫んだ途端、今度は後方から先程襲ってきた物と同じ光球が闇神楽を襲う。 空間を歪め、屋根の瓦を吹き飛ばしながら先程と同じような高速で向かってくる。 この速さ、タイミングでは、普通の人間にはかわすことなど不可能。 確実に闇神楽の身体を捉えるはずだった。 だが、彼に直撃する直前に光球は闇色の物体が立ちはだかる事によって消滅した。 「・・・最初の一撃で、エスパー技だというのはわかっていた。 それならば、初めからボールの外で待機させていたダークロウの出番・・・」 闇神楽がゆっくりと口を開く。 その後ろには、ヤミカラスといわれるカラスのようなポケモンがいた。 「ほほぅ・・・悪タイプを使った相性による攻撃の相殺か。 相変わらず小手先だけは器用だな・・・小僧」 「・・・今の念による球状の攻撃・・・あの威力は通常では考えにくい。 もしも他のポケモンで防御してしまっていたらひとたまりも無かったが・・・貴様、まさかまた!?」 闇神楽がカゲツラに向かって叫ぶ。 「ククク・・・、そのまさかさ。出て来い、ミュウツー!!」 カゲツラが両腕を広げ、どこか誇らしげに叫ぶと、闇の中から白い巨体と冷たい眼のポケモンが姿を見せる。 「・・・三年前の戦いの時に、「彼」の細胞を採取されていたのか・・・!」 「クックック、ご名答。だが、時間がかかったよ・・・これほどのポケモンの強化クローンを作り、量産させるのにね。 それもこれも、この十年もの間、貴様が私の邪魔ばかりしてきたからなのだ。 そして今日こそ、この地に降り立つホウオウを頂く! 貴様が持つ、「あのポケモン達」と一緒にな!!」 次の瞬間、ミュウツーはヤミカラスに対して十万ボルトを放つ。 だがそれは新たに現れた影によって、ヤミカラスに届くことは無い。 「・・・そのミュウツーが彼らの捕獲を目的としているのならば、おおよその技は予測できる! 電気技は地面タイプのスコルピオの前には無意味だ!!」 ヤミカラスの前には、サソリに滑空用の皮膜をつけたようなポケモン・グライガーが屋根に尻尾を突き立てて立っていた。 「どうせお前のことだ。覚えている技はサイコキネシス、十万ボルト、自己再生、あとは補助技といったところだろう? 俺の親友達にばかり気を取られすぎたのが貴様のミスだ! 今頃、テランが塔の上空に近づいてきていたホウオウに知らせている頃。 ・・・つまり、貴様の足止めさえできれば今回も俺の勝ちなんだよ!!」 闇神楽はカゲツラに指を突きつけながら力強く宣言すると、カゲツラも不敵な笑みを浮かべ返す。 「確かに、ミュウツーが一匹だけなら・・・な。 言ったはずだ、量産したと!!・・・冷凍ビーム、十万ボルト!!」 カゲツラの背後から更にもう一体のミュウツーが現れて、冷凍ビームをグライガーに。 そして十万ボルトをヤミカラスへと放つ。 「ダークロウ、戻れ!ウィン、冷凍ビームを頼む!スコルピオは十万ボルトを!!」 ボールから出てきたウィンディは大文字を吐きながら冷凍ビームに向かって行き、 グライガーも先程と同じように十万ボルトへと突っ込む。 「ククク・・・例え効果が少々薄くなろうと、ウィンディ如きでミュウツーの冷凍ビームを何時まで耐え凌げるかな?」 カゲツラが邪悪な笑みを浮かべる。 だがカゲツラの指摘通り、根本的なレベル差もあってか、確実に体力を削り取られている。 いや、既に最初の一撃で半分近くの体力が削られているのだ。 「クハハハハハハ!!どうだ?この圧倒的な力の差を見せ付けられた気分は!? 貴様が今までこの私にしてきたことだ!この苦渋の恨み、万倍にして返してやろう!! さあ、早く「奴等」を出したらどうだ?このままでは、こいつ等は死んでしまうぞ?」 まるで狂気に捕らわれたかのように、カゲツラが高笑いをあげる。 「・・・おめでたい奴だ・・・。アラハバキ、今だ!!」 すると、冷凍ビームを放っていたミュウツーの背後に、突如として鋼鉄の鎧を纏ったようなポケモン・ハッサムが現れた。 「何!?何時の間に出した!?」 「・・・甘いんだよ。誰が外で待機させていたのがダークロウだけだと言った? 例え最強の名を持つエスパーとて、その弱点だけは克服できまい!?目覚めるパワー!!」 目覚めるパワーとは、同じ種類のポケモンであっても、使い手が違えばその威力とタイプが異なるという特殊な攻撃技である。 それをミュウツーには避けることなど不可能に等しく、まともに背後から目覚めるパワーを受けた。 「な・・・!?何故、何故ミュウツーがここまでのダメージを負ったのだ!?」 ハッサムが放った目覚めるパワーの予想外の威力に、カゲツラは狼狽する。 「アラハバキには、既にある命令をしておいたのさ。 俺が呼び出した時には、既に剣の舞によって攻撃力が倍増されていたんだ! そして、アラハバキの目覚めるパワーのタイプは虫!威力も元から高威力! ・・・例え多少のレベル差や個体能力の優劣があろうとも、隙を突かれれば脆いものだ」 ハッサムの攻撃をまともに受けたミュウツーは、片膝をついて激しく呼吸をしていた。 それほどダメージが大きかったのである。 「ククク・・・流石、と誉めておくか。では、こちらも少し本気を出すとするよ! 三体目のミュウツーとも戦ってもらおうか!?」 「・・・くっ、節操のない戦い方をしやがる・・・! それならば、こっちも総力戦に切り替えるのみ!!ダークロウ!!」 カゲツラは三体目のミュウツーを繰り出し、対する闇神楽は再びヤミカラスをボールから出す。 数字の上では三対四・・・だがカゲツラのミュウツーのレベルは高く、傷ついている一体もすぐに回復してしまうだろう。 それに引き換え、闇神楽の方はと言うと、ウィンディはもう戦える状態ではなく、事実上の三対三。 恐らく・・・確実に勝ち目はない。 「・・・面白そうだな。俺も混ぜてもらおうか!!」 だがその時、この戦いに割って入ってきた者がいた。 それは紅蓮の炎を纏い、強靭な四肢を持った獣にまたがった赤い髪の少年。 「・・・貴様は一年前に私が捕らえようとした、焼けた塔に眠っていた伝説の三匹を先に捕獲した小僧どもの一人!! ここまできて、貴様も再びこの私の邪魔をするかぁあああああ!!!!」 カゲツラが怒りをあらわにした形相で咆哮を上げる。 塔の上は、燦然と光り輝く炎に包まれて闇を照らす。 それはジョウト中を照らすかと思うほどの強い光 そして・・・この光に導かれるように、伝説は再びこの地に集ろうとしていた・・・