第十九話 「伝説が集う時」  歴史ある古き塔の頂上は、今激しく燃え盛るような光に包まれている。 その輝きの中央部に、三人の人影と複数の人間以外の生物の姿があった。 それらは互いに睨み合い、何時果てるともわからぬほどに沈黙している。 そして次の瞬間、長い沈黙は年老いた男の声によって破られた。 「ククク・・・私の為に、わざわざ『エンテイ』を連れてきてくれたか・・・小僧。 例え伝説と呼ばれようと、この私が三年の月日をかけて作り上げた兵隊達・・・ ミュウツー・クローン達には敵いはしない!! 行け、ミュウツー=デルタ、そしてアルファ、ベータ! あの『エンテイ』を我が物にするのだ!!」 年老いた男──カゲツラが叫ぶ。 その声に従い、三体のミュウツーが一斉に行動を開始する。 「ふ・・・わざわざ全員をエンテイに差し向ける所を見ると、そこまでレベルが高くないということだろ? だが、それでも俺達を捕らえることなど不可能だと教えてやる!!」 すると、エンテイと呼ばれたポケモンにまたがっている赤い髪の少年が余裕の表情で返す。 その時、三体のミュウツーと少年を乗せたエンテイが交錯する直前、身を切るような冷たい風がミュウツー達だけを襲った。 「私を忘れてもらっては困りますね・・・。ダークロウの凍える風です」 仮面を付けた男──闇神楽が優雅に伸ばした右腕には、ヤミカラスが翼を広げて構えている。 「・・・礼など言わん。元から俺一人でも十分なのだからな。エンテイ、大文字(だいもんじ)!!」 不意打ちによって機先をくじかれたミュウツーの内、闇神楽との戦闘で体力を大幅に削られた一匹に向けて、 大の文字の形をした強力な炎が、辺りの酸素を飲み込みながら、うねりを上げて放たれる。 無論、相手の動きを鈍らせる技でもある凍える風の効果も重なって、そのミュウツーはまともに技を受けて力尽きた。 「ちぃっ、ベータがやられたか!それでも構わん、デルタ、アルファ!!」 先にやられたミュウツー=ベータを無視するように、カゲツラは攻撃の指示を出す。 その様子を遥かな天空から、金色の光を宿した七色の翼が静かに見詰めていた。 一方その頃・・・塔の入り口付近に、二匹の四つ足の獣が駆けつけていた。 その背には複数の、人間の子供と思わしき影がある。 「・・・ここが・・・光の中心の真下・・・か」 水晶のような身体の獣──スイクンから降りた少年の一人、レイが上の見上げながら呟く。 「この光は・・・やっぱりアイツの「日本晴れ」か。一体何をやっているんだ?」 「ゴールドさん、何か知っているんですか?」 雷を背負ったような獣──ライコウから降りた二人、ゴールドの台詞にアオイが疑問をぶつけた。 「・・・アオイ君、この光は私達の仲間が持つ、同じ伝説のポケモン「エンテイ」の放った光よ。 だから、私達はあえて同じ伝説のポケモン・・・スイクンとライコウと共にココに来たの」 スイクンの背に乗ったままの少女、クリスが説明するように語る。 「あれ〜・・・?ねぇねぇ、シュンがいないよぉ?」 「「「「え?」」」」 クリスと同じように、スイクンの背に乗ったままの少年──ヨウヘイの一言に、他の四人は目を丸くした。 「ちょ・・・ゴールド!なんでシュン君を置いてきちゃったの!?」 「な・・・クリス!おれはお前が連れてきているものとしか思ってねぇよ!!」 クリスが確認するように辺りを見回しながらゴールドに問い詰めると、ゴールドもすかさず反論する。 「あの馬鹿・・・少しも成長してないのか・・・」 レイが呆れたような表情で頭を抱える。 「相変わらずドジだな。ヨウヘイ並みに・・・」 「アオイ〜!ボク、そんなにドジじゃないもん!!」 そんな中アオイとヨウヘイは、どうみても緊張感のないやり取りを始めた。 「・・・とにかく、早く塔の上に行かないと・・・」 クリスが塔を見上げたその時だった。 塔の上からジョウト中を照らすのではと思うほどの光は、次第に勢いを無くしていき、消滅する。 再び辺りが闇に包まれたその時、巨大な虹色の翼が、金色の光を纏って降臨したのだ。 「・・・何故ホウオウが!? クッ・・・テランは止めることができなかったのか・・・!」 闇神楽が天空を見上げながら呟く。 突然、エンテイから放たれていた光が力を失った瞬間、スズの塔の主──ホウオウが舞い降りてきた。 そして、それを見たカゲツラが嬉々とした表情で新たなモンスターボールを投げる。 「ククク・・・幸運までもこの私に味方しているようだな!! 行け、バンギラス!あのホウオウを捕獲するのだ! ミュウツー=デルタ、アルファはエンテイに邪魔をさせるな!」 ボールから放たれた閃光と共に現れたバンギラスと呼ばれるポケモン・・・ それは、一言で言うなら岩の身体を持つ怪獣と称したほうが相応しいだろう。 そのバンギラスは咆哮を上げると、闇神楽やエンテイに乗った赤い髪の少年を無視して、上空のホウオウへと攻撃を開始した。 「炎と飛行のタイプを持つホウオウが、最も苦手とする弱点を狙うのは必定。 恐らくホウオウに対する攻撃は、岩雪崩を初めとする岩タイプの攻撃のはず!! だったら、こっちは岩の弱点である鋼の攻撃を行うのみ!アラハバキ、鋼の翼!!」 闇神楽が叫ぶと、ハッサムがバンギラスへと迫る。 だがそのハッサムの行く手を、渦巻く炎が遮った。 「そうはさせぬ!キュウコンの炎の渦の中で大人しくしているのだな!!」 カゲツラの傍らには、バンギラスと同時に出したのであろう、キュウコンが身構えていた。 「そっちも総力戦ということか・・・!」 「総力戦?フフ・・・そうだな・・・それもいいだろう。 さあ、ミュウツー=ベータ!お前も戦いに加わるがいい!!」 赤い髪の少年が呟き、カゲツラが叫ぶと、なんと先程力尽きて倒れたはずのミュウツー=ベータが起き上がってきた。 「・・・チッ!瀕死のポケモンを復活させることができるアイテムを使われたのか!!」 少年が舌打ちをする。 (くっ・・・今ここで「彼等」を出すことは出来ない。 下手に出せばこのホウオウを刺激して、逆に敵対されてしまう!) 「ダークロウ、黒い霧でかく乱させるのです!スコルピオはバンギラスを!!」 闇神楽の指示が飛ぶ。 「させるとでも思うか小僧!?ベータ、小うるさいハエ共を黙らせろ!!」 ヤミカラス、グライガーの二匹は、行動を開始する直前に、ミュウツーによる冷凍ビームで成す術なく倒される。 ハッサムは動きを封じられ、ウィンディは瀕死の状態。 闇神楽にはもう、戦えるだけのポケモンがいなくなってしまったのだ。 また、少年の方もエンテイがいるとはいえ、 ミュウツー三匹とキュウコンに阻まれて、バンギラスへ攻撃することすら出来ずにいる。 バンギラスは執拗にホウオウへの攻撃を繰り返し、降りてきたホウオウも応戦するが相性の為か、決定打を与えられない。 その時、とうとうバンギラスの攻撃がホウオウの急所を捉え、ついにホウオウは塔の屋根の上に墜落してしまった。 「クハハハハハ!!とうとうこの私が伝説の鳥を手にする時が来た!! 行くがいい、モンスターボールよ!我が手にホウオウを!!」 カゲツラがモンスターボールをホウオウへ向けて投げる。 「く、させはしない!」 「邪魔をさせるな!バンギラス!!」 闇神楽の前にバンギラスがすかさず立ち塞がり、ホウオウはモンスターボールから発せられた閃光に飲み込まれる。 その光景を、その場にいたもの全てが戦いを忘れて見入ってしまった。 そして、ボールが完全に静止すると、とうとうホウオウはカゲツラの手中に落ちた。 「さて・・・早速、このホウオウの力を試させてもらおうか。 そのエンテイと・・・そして、貴様の持つ「あのポケモン達」を奪うためにな!!」 ボールを拾い上げ、カゲツラが邪悪な笑みを浮かべながら少年と闇神楽を睨みつける。 そしてボールを投げると、先程のホウオウが狂ったような炎を纏って姿を現した。 「ちぃ!だったらまとめて相手をするだけだ!!」 エンテイと、その背に乗った少年が身構える。 「待ちなさい、今戦って勝てるわけがないでしょう!?ここは一旦引くのです!!」 闇神楽が少年とエンテイを静止する。 「うるさい!貴様の指図は受ける気などない!!逃げたければ一人で逃げろ!」 少年が闇神楽に反論すると、闇神楽は有無を言わさず少年に駆け寄ってエンテイから引き摺り下ろすと、 あろうことか、塔の屋根の外へと放り投げたのだ。 それを見たエンテイも、すぐに少年を助ける為に慌てて飛び出していく。 「・・・それで逃がしたつもりか? デルタ、ベータ!奴等を追え!!エンテイを初めとする優秀なポケモンどもを奪って来い!!」 カゲツラの指示でミュウツー二匹が塔の下へと飛び降りる。 その光景を見送ると、闇神楽が静かに口を開いた。 「これで・・・邪魔されることもない・・・か。 今日こそここで決着をつけてやるよ、カゲツラ。・・・俺達の全力でな!!」 闇神楽がマントを大きく広げた瞬間、いくつもの閃光がほとばしり、 それに合わせるようにカゲツラのポケモン達も闇神楽へ攻撃を開始した。 「なぁ、クリス・・・あのホウオウ、何かと戦ってなかったか?」 塔の最上階での異変に気がついたゴールドが、塔の真下から見上げていた。 「うん・・・でも、彼があのホウオウを捕まえに来るなんて思えないけど・・・?」 クリスが首をかしげる。 「・・・皆、アレを見ろ!何かが落ちてくる!!」 同じように上を見上げていたレイが、落ちてくる何かの影を発見した。 その影は、獣のようなシルエットをしており、地面にぶつかる直前に強力な炎を吐いて着地の衝撃を緩和させる。 そして、塔の上から落ちてきた獣の背中には、一人の赤い髪の少年がまたがっていた。 「げ・・・お前はシルバー!?それにエンテイってことは、お二人の仲間って・・・」 「あ〜、本当だぁ♪久しぶり〜」 アオイはシルバーと呼んだ赤い髪の少年を指差しながら驚いたような声をあげて、ヨウヘイは嬉しそうに挨拶した。 「シルバー、やっぱりあなただったのね?さっきまでの光の正体は」 「おい、シルバー!上で一体何をやってたんだよ? お前、ホウオウをゲットする為にあそこにいたわけじゃねぇだろ?」 クリスとゴールドが交互に話しかけるとシルバーはどこか苛立った様子で答えた。 「・・・闇神楽の野郎・・・!この俺を塔から無理矢理放り出したからと言って、 このまま引き下がるとでも思ったのか!あのカゲツラとか言う科学者の足止めをできるはずがない!! あのカゲツラは、このスズの塔に舞い降りてきたホウオウを捕獲してしまったんだ。 並みのトレーナーに勝ち目はないし、あいつにはもう戦えるポケモンすらいない。死ぬ気かアイツは!!」 シルバーが二人の質問に答えるように吐き捨てると、クリスとゴールドが驚きの声を上げる。 「ホウオウが捕獲された!?そんな・・・」 「あの科学者ジジィ!・・・やっぱりホウオウを狙ってやがったか! しかも、一年前におれ達をライコウ達と引き合わせた張本人、闇神楽まで来てやがるとはな!!」 三人が勝手に話を進めていると、次はヨウヘイが上空から降ってくる何かを見つけた。 「ねぇ〜、また何か落ちてくるよぉ〜?」 ヨウヘイの見ている方向を三人が見上げると、 そこにはカゲツラの追っ手・・・二匹のミュウツーがゆっくりと降下してきていた。 「な・・・あの時のミュウツーが二匹だと!?」 「お、おいおい!冗談じゃねぇぞ?何がどうなってんだよ!!」 かつて旅立ったその日に、ミュウツーとの戦いを経験したことのあるレイとアオイが顔色を変える。 「あれ〜?レイ、アオイ〜。どうしたのぉ?」 その時の事を覚えていないのか、ヨウヘイはきょとんとしていた。 「アレはカゲツラが造り出したという、ミュウツーのクローンだ。 油断するな二人とも!・・・来るぞ。奴は俺とエンテイを追ってきたはずだからな!!」 シルバーがゴールドとクリスに注意を促すと、二人は再びライコウとスイクンにまたがって構える。 そして、ミュウツーが彼らに襲い掛かろうとしたその時だった。 スズの塔から巨大な光の柱が上がり、それに呼応するかのように遥か南の森 ・・・ウバメの森からも光の柱が上がっていた。 ・・・少年はその光に導かれるように歩き出す・・・ 己の運命(さだめ)をまだ知らぬまま そして・・・時の歯車は新たなる出会いを刻む・・・ ・・・まるで、新たなる序曲(プレリュード)を歌うかのように・・・