第二十話 「時の出逢いの序曲(プレリュード)」  コガネシティのポケモンセンターの裏庭に、一人の少年が立っている。 その少年──シュンとその友人達は先程エンジュシティにある「スズの塔」が、 通常ではありえない光に包まれたのを発見し、その原因を調べる為に「スズの塔」へ向かうはずだったのだ。 だがちょっとした手違いにより、シュンは一人取り残されてしまったのである。 「うぅ〜・・・皆ひどいよぉ・・・。ぼくだけ置いていくなんてぇ・・・」 友人達が去っていった方向を、暫くの間呆然と眺めながらシュンが小さく呟く。 シュンは仕方なくセンターに入っていこうと、後ろを振り向いた瞬間だった。 今まで塔からの光によって明るかった空が、急に光を失うと再び空は闇色に支配される。 すると、今度は塔から光の柱が上がったのである。 更にそれにあわせるかのように、塔とは逆の方向・・・つまりウバメの森からも、光の柱が上がったのである。 「どうして・・・?一体何があったのかな・・・? ・・・よぉし、行ってみよう!!どうせ、皆ぼくをおいてっちゃったんだもん。 別に一人で向かったって誰も文句言わないしね!」 自分を納得させるような独り言を言うと、シュンはウバメの森の光の柱の方に向かって走り出した。 事実、コガネからはそっちのほうが遥かに近いのだから仕方ないのだが・・・。 「光の・・・柱?」 塔の頂上、そして遥か南方のウバメの森から上がる光の柱を見て、クリスは思わず呟く。 また、クリスと同じように一緒にいたゴールド、シルバー、レイ、アオイ、ヨウヘイの五人も、 それぞれの光の柱を交互に見詰めていた。 共に戦っている伝説のポケモン達や、自分たちと敵対していたミュウツーの二体ですら・・・ 「一体、何が起ころうとしているんだ・・・? あの科学者ジジィ・・・何を企んでやがる!!」 ゴールドが塔の頂上から放たれる光の柱を睨みながら吐き捨てる。 「チッ・・・もしかしたら、ホウオウの捕獲はこの現象の為の前座だったのかもしれんな・・・」 シルバーが冷静に呟くと、柱はゆっくりと光を失い、漆黒の空を金色に輝く虹色の鳥ポケモンが南に向かって飛び去った。 「あれはホウオウ!カゲツラとか言う科学者は、このミュウツー達を置いていくのか!?」 「違うと思うぜ・・・。あのミュウツーとかいうのは頭いいみたいだしな・・・」 すぐにその姿を見つけたレイの言葉にアオイが続き、ミュウツーの方をチラッと見る。 するとミュウツー=ベータとデルタは、戦闘体制に入ってこちらに攻撃を仕掛けようとしていた。 「・・・来るぜ!クリス、シルバーはミュウツーを。レイ達は下がってな!! ・・・おれは、塔の頂上に行ってみる。闇神楽の野郎が倒されてるのなら、放っちゃおけねえ!!」 そう言ってゴールドは塔を見上げ、次の瞬間にはライコウが頂上に向かって跳躍する。 「チッ・・・相変わらず勝手な奴だが、まぁいい。 クリス、お前はそこの奴等を守ることに専念してくれ。 トレーナーがいないポケモンなど、俺一人でもどうにでもなる。 できるなら・・・カゲツラを追いかけて欲しい。奴は、まだ何かを企んでいるはずだ!!」 「シルバー・・・わかった。でも、無茶はしないで! レイ、アオイ君、ヨウヘイ君!ついてきて!!」 シルバーにミュウツー二匹を任せ、クリスはスイクンに乗って、レイ達と共にウバメの森を目指すために駆け出す。 スズの塔を屋根伝いに駆け上る影──ライコウに乗った少年は一つの疑問を抱いていた。 (闇神楽は一体何をやりたいんだ?アイツなら一年前、おれ達にわざわざライコウ達を捕獲させなくても、 自分でゲットできたはず。そうすれば、今回のようにホウオウを奪われる事だって無かった筈だ・・・。 ・・・奴には、こいつらをゲットできなかった理由がある・・・? 多分・・・普通じゃねぇ理由が・・・! この上に奴がいるはず。まだ生きているならその事も聞きだしてやるぜ。カゲツラの目的と一緒にな!!) ある種の決意を秘めたゴールドの表情に、熱い空気に変わった夜風が絶え間なく当たる。 それらを受けながら、ゴールドは頂上へと辿り着いた。 ライコウの最後の跳躍の後、ゴールドは一匹のカイリューがこちらを見ていることに気がつく。 「・・・こいつも、カゲツラのポケモンか!?」 ライコウとゴールドは素早く攻撃に移れるように身構える。 だがカイリューに攻撃の意思は無く、ゆっくりと歩み寄ると、一枚の手紙をゴールドに差し出した。 「な、なんなんだよお前?・・・これは・・・闇神楽からの手紙!? ・・・あいつ、おれ達の内の誰かがここに来るのを予想してやがったのか・・・なんて書いてあんだ? 『ゴールド、クリス、シルバー、君達の内、誰かが必ずこの手紙を読んでいるはずだ。 今回、不覚にも奴にホウオウを奪われてしまった。 そして、それと同時に君達が集ったことで「ウバメの森の守り神」がそれらの力に呼応し始めている。 カゲツラはコレを知っていた可能性が高い。 ・・・君達は急いでウバメの森に行き、守り神を再び「時渡り」で別の時代に行かせるか、 もしくは君たちの内の誰かが守り神を捕獲して欲しい。私はカゲツラを足止めして、ホウオウを奴から開放させる。 時間がない。勝手な申し出で悪いが、一刻を争う。・・・君達の武運を祈る。    闇神楽』 ・・・っざけんな!自分一人でアレを止められるとでも思ってんのかよ!? ライコウ、急いでウバメの森に行くぞ!!カイリュー、お前も早くあいつの所に加勢しに行ってやれ!!」 ゴールドが手紙を読んでライコウとカイリューに叫ぶと、待ちかねたようにカイリューは翼を広げて飛び立っていく。 ライコウもすぐに駆け出したが、屋根から飛び降りようとした直後、背後から強力なエネルギー球が襲い掛かってきた。 危うく直撃する所を、一条の炎がそれを相殺する。 「ゴールド、何をやっている!闇神楽はいたのか!?」 直後、先程のゴールドと同じように塔を駆け上ってきたエンテイに乗ったシルバーが叫んだ。 「シルバー詳しい話はコレを見てくれ!! おれも加勢する、さっさとこいつらを片付けてカゲツラを追うぜ!!」 そういってゴールドは、先程の手紙をシルバーに向かって投げた。 それを受け取り、追ってきたミュウツー達の攻撃を避けながら、シルバーは手紙の内容を確認する。 「・・・くっ、ここまで奴にいいように踊らされるとはな! だが、カゲツラを放っておいてはならない存在であることは理解している。 気に喰わないが、あえてこの誘いに乗ってやる!ゴールドはそっちのデルタとかいうのを任せるぞ!!」 「よっしゃ、任せな!ライコウ、噛み砕く!!」 ライコウは己に向かってきているミュウツー・デルタの攻撃をかわすと、すかさずその右肩に太く鋭い牙を突き立てた。 強く、激しい痛みに苦悶の声を上げると、未だ己の肩に牙を立てるライコウの頭に左腕を向けて強力な念を打ち込む。 その一撃をまともに受けると、ライコウの牙はミュウツー=デルタの肩から離れて、巨体が5メートルほど弾き飛ばされる。 吹き飛ばされたライコウに大きな隙が出来たのを見計らって、ミュウツー=ベータが再び念を打ち込もうとした瞬間、 エンテイがすかさず放った炎を背後からまともに受けて、火柱を上げながらベータは標的を変えるように背後を向く。 「貴様の相手は俺だ・・・勘違いしないでもらおう!」 ミュウツー=ベータを凝視しながら、シルバーか静かに言い放つと、 四つの影はそれぞれの敵を見据え、激しい衝撃と光をほとばしらせながら再び交錯していった。 シュンは一人、暗闇に支配された森の中をさまよう様に歩いていた。 「ふぇ〜ん・・・なんで急に真っ暗になるのさぁ〜。 ここはどこぉ・・・帰りたいよぉ〜・・・」 今まで森を照らしていた光は嘘のように消え、森は何かに怯えるようにざわめきと静寂を繰り返している。 近くで物音がする度に驚き、静寂に支配されると未知の不安に怯えて先に進めなくなる。 その時微かな光と、懐かしいような不思議な感覚がシュンを包んだ。 「・・・なに、今の・・・?ぼくを・・・呼んでる!こっちだね!!」 先程まで怯えていたのが嘘のように、シュンは闇に閉ざされた森の中を走り出す。 何かに導かれるように走っていると、やがて聞いた事のある鈴のような音色が聞こえてきた。 やがて少し開けた場所に出ると、そこには祠のようなものと、緑色の・・・妖精のような容姿をした何かが存在していた。 「キミは・・・あの時の・・・キミがぼくを呼んだの?キミは・・・誰?」 かつてトキワの森で見たものと似た存在に、シュンがゆっくりと話しかけながら近付こうとする。 その時だった。金色と虹色を混ぜ合わせたような狂った光が、轟音と共に森と妖精のようなものに火を放つ。 即座に森は赤黒く輝く禍々しい炎に包まれ、辺りのポケモン達が我先にと森から逃げ出し始める。 「!!?・・・一体何が起こったの!?・・・キミ、大丈夫!?」 今の炎をまともに受けたのか、ソレは酷い火傷を負って倒れていた。 「・・・誰だ!こんなひどいことするのは!!」 シュンは炎が向かってきた方向に振り向いて叫んだ。 そこにはシュンが見たことのない巨大な、金色に輝く虹色の鳥がシュンを睨みつけている。 いや・・・正確には、視線はシュンの後ろにいる緑色の妖精のようなものに向けられていた。 「またガキが私の邪魔をするとはな・・・!!」 その時、巨大な鳥の背から呟くような、憎しみを込めるようなやや年を取った男──カゲツラの声が響く。 「だ、誰!?どうしてこんなひどいことをするんだ!!」 相手の尋常ではない雰囲気に気圧されながらも、シュンはわずかな勇気を精一杯振り絞るようにして男に向かって叫ぶ。 「どうして・・・だと?決まっているだろう!その『セレビィ』を我が物とする為だ!! 貴様らトレ−ナーが何時もやっていることと同じ事をするだけなのだ!わかったら邪魔をするな!!」 カゲツラは空の上から、高圧的な態度でシュンに言い放つ。 「セレ・・・ビィ?・・・この子の事なの? で、でも、ポケモンをゲットするのに、何でわざわざ森にまで火をつけるのさ!! それに、いきなり攻撃してくるなんて卑怯じゃないか!!」 「卑怯だと?私が欲しいのは「時を渡る」というその「力」のみ! そのような綺麗事を言っていて、目的の「モノ」に逃げられてたまるか!! 私の至高で、崇高なる『計画』の為の材料にしか過ぎぬものに、手段など選ぶ必要など無い!!!」 カゲツラがそう言うと、シュンは顔を真っ赤にするほどの怒りを表した。 「ポケモンは道具なんかじゃない!大事なぼくたちの「友達」だよ! どんなことをしたいのか知らないけど、おじさんにセレビィをゲットさせたら、この子は絶対不幸になる!! だから絶対にセレビィをゲットさせるもんか!!!」 シュンが声を張り上げる。滅多に怒ることの無いこの少年が、である。 それほどまでに、この男の言ったことは少年にとって決して聞き捨てならないものだった。 「・・・ならば死ね。邪魔をするものは誰であろうとな!」 カゲツラの声と同時に地響きが起こると、シュンの背後からバンギラスが地中より現れる。 「バンギラス、セレビィを捕獲し、その目障りなガキを消せ!!」 バンギラスが咆哮を上げると、その口に光が収束していく。 それがバンギラス自身の顔よりも遥かに大きくなったかと思うと、次の瞬間には信じられないほど小さく圧縮され、 シュンとセレビィに向けて一条の光として放たれた。 収束する力は周りの空気と共に渦を巻き、放たれた光は轟音と共に暗闇を突き抜ける。 逃げるどころか、悲鳴を上げる暇すら与えなかったドーム状に巻き起こる衝撃は、地面をえぐり、風は引き裂かれる様な悲鳴を上げた。 「バンギラスの破壊光線。ただし、並みの威力ではないがな・・・。 ・・・っと、いかんいかん。セレビィまで消し飛んでいないだろうな?」 巻き上がる粉塵を見詰めながら、カゲツラが醜悪な笑みを浮かべながら呟いた。 その頃、クリスと共にウバメの森に向かったレイ、アオイ、ヨウヘイの前に、四つの影が立ち塞がっていた。 皆、同じように左腕に何かの機械と、目元を覆うバイザーをつけている。 「どうやら、すんなりと先へは進ませてくれないらしいな」 レイが鋭い眼で相手を見据えながら呟く。 「やれやれ・・・多分、さっきから話題になってるカゲツラとかいうおっさんの手下なんだろうけどね」 「??・・・誰それ?それより、ボク達どこに行くんだっけ?」 アオイが呆れたように肩をすくめ、ヨウヘイは相変わらず事情をちゃんと飲み込めていない。 「どきなさい!邪魔をするなら、私とスイクンが相手をするわ!!」 クリスがイライラしたように怒鳴りつけたその直後、 立ち塞がる四人は無言でモンスターボールを投げ、戦いの火蓋が切って落とされた。 ((二つの光の柱・・・先程の光といい、いよいよアイツが再び動き出したか・・・。 この私の強化クローンなどとは小賢しい・・・今度こそ決着をつけてやる・・・!!)) シロガネ山の頂上近く・・・そこからジョウトを見下ろしながら悠然と構えている三つの影。 一つは人間のものではなく、大きな白い身体で、人のように二本足で歩き、尻尾がある。 「その前に・・・そこに転がっているガンマとか言うクローンと、そのトレ−ナーから色々聞きださないと。 わざわざ俺達まで狙うって事は、相手はそれだけ本気だということ。 ・・・「あの人」も本格的に動きだすはずだ・・・」 赤い帽子と半そでの上着の少年が呟いた。 「・・・フン、雑魚の癖に偉そうな口叩いたんだ。しっかりとカゲツラとか言う奴の事を喋ってもらわねぇとな。 その為にオレがジムを留守にしてまで、わざわざジョウトまで飛んできてやったんだ」 もう一人の少年が悪態をつきながら倒れているバイザーをつけた男を足蹴にする。 「そりゃ嘘だな。お前が普段からジムを留守にしてるのは何時もの事だって、ナナミさんが言ってたぞ?」 赤い帽子の少年が悪戯っぽく笑い、もう一人の少年は不機嫌そうに舌打ちする。 二人のそのやりとりを、白い巨体が無関心そうに紫色に光る眼で見詰めていた。 ・・・強者は集い始める・・・ ・・・偶然を装いながらも、一人の狂人が作り上げたシナリオ通りに・・・ そして、闇はより深く、夜はより黒く染まっていく ・・・朝が来ることを許さぬかと思うほどに・・・