第二十四話 「襲撃者の輪舞曲(ロンド)」  深い闇に包まれた小さな森の中。そこで死闘を繰り広げる複数の影がある。 一つは、クリスという少女とそのポケモン達。 もう一つは、カゲツラの配下らしき、バイザーの男。 クリスは現在、メガニウムとスイクンを場に、バイザーの男は、レアコイルとミュウツー・クローンを。 両者は何度も激しくぶつかり合い、辺りの景色は戦う前とはすっかり様変わりしていた。 だが、互いに相手へ対しての決定打を与えられず、膠着状態が続いている。 何故なら、レアコイルとミュウツー・クローンがいくら相手に対して有効な攻撃を出したとしても、 それをメガニウムが「光の壁」によって威力を抑え、更に防御能力に優れたスイクンがそれを受け止める。 そして、スイクンもダメージが溜まってくる頃に、体力を全快させられる技である「眠る」を使用することで、 この戦いはふりだしに戻されるのである。 「・・・先程から防戦一方だな?攻撃はしないのか? まさか、他のはぐれた三人が気になって、戦いに集中できない訳でもあるまい?」 今まで、ポケモンへの命令以外の事を口にしなかった男が、不意に口を開いた。 「・・・多分、今の私が何をしたところで、そっちにはこちらに対しての対応策があるはず。 それに・・・あなたもこの状態になると知っていて、そのポケモン達を選んでいるんでしょう? なんとなく、戦っていてわかってきたわ。 あなた達の本当の目的は、私達を倒すことじゃない。ウバメの森へ行くことを遅らせる事!!」 クリスがキッパリと言い放つと、男は「クックッ」と、低い笑いを漏らした。 「・・・流石「水の君」が従うだけの実力を持つトレ−ナー・・・か。 それだけの鋭い洞察力も持ち合わせているというのなら、話は早い。 ならば今しばらく、ここで俺と遊んでいてもらおうか!」 「そんなのはお断りよ!次で決めてあげるから、かかってきなさい!!」 男が楽しそうに言い放つと、クリスはキッパリと跳ね除ける。 「・・・いいだろう。俺とて、今の実力でどこまでお前に通用するのか興味がある。 カゲツラに与えられた力とはいえ、こちらの力にどこまで耐え切れるか、見せてみろ! レアコイル、ミュウツー=ゼータ。十万ボルト!!」 男が言うが早いか、レアコイルとミュウツー・クローンが一斉に、電撃をスイクンに向けて放つ。 「・・・スイクン、ミラーコート!!」 クリスが叫ぶ。するとスイクンの身体を包むように、鏡のような結晶が生まれ、向かってくる電撃を全て受け止めた。 そして次の瞬間、それらの電撃は更に力を増して、放ったレアコイルとミュウツー・クローンに跳ね返されたのである。 「なに!?」 威力を増幅されて跳ね返された電撃は、決して避ける間を与えることなく命中し、 激しい爆発音を辺りに響かせながら、二匹は自分たちの放った攻撃のその威力に耐え切れずに戦闘不能となった。 「・・・どう?これでもまだ、私と戦えますか? ミュウツーという切り札を失って、これ以上の悪足掻きはできないでしょう?」 クリスが静かに口を開く。 「・・・俺の負けを認めよう、行くがいい。手遅れになっていなければ、まだ間に合うかもしれん。 お前とのバトル、なかなか楽しめたぞ。・・・また、どこかで会おう」 倒れた二匹をボールに収め、バイザーを外しながら男が言う。 「潔いのね・・・。でも、いいの?本当にそれで・・・」 去ろうとする男に、クリスが問いかける。 「構わんさ。元々は、力をくれるというから手を貸したにすぎん。 だが、やはりまがい物はまがい物か・・・。俺はもう一度、こいつらと共に一からやり直してみようと思う。 ・・・そうだった。まだ、名乗っていなかったな。俺の名はヒョウ。 次に会う時は、必ず勝つ。・・・それまで、負けるなよ」 ヒョウはクリスにニヤリと笑いかけると、ゆっくりと暗い森の中に姿を消していった。 「・・・スイクン、まずははぐれた皆を探しましょう。メガニウムはボールに戻って」 クリスはメガニウムをモンスターボールへ戻すと、はぐれたレイ達を探しに行く為にスイクンに乗る。 だがその時、クリスの元へ猛スピードで近づいてくる気配に気付き、とっさに身構えた。 その気配は二つ。 スピードを落とすことなく、ピリピリと肌で感じるほどの力を隠すこともせずに、真っ直ぐにクリスの元へ向かってくる。 いよいよその気配と邂逅する瞬間になると、辺りの空気がガラリと変わり、緊張感に満ちたものになっていく。 「・・・お、クリスじゃねぇか。まだこんな所にいたのか?」 「ゴ、ゴールド・・・?なんであんたがここに・・・」 あれだけ身構えていたところへ、ライコウに乗ったゴールドが現れる。 しかも、こちらに向かってきていた気配の一つで、こちらが警戒していたことにすら気付いていない。 そんな、緊張感を一瞬で崩壊させる一言だった。 「・・・クリスか。クソッ、完全に後手に回ることになるぞ・・・! 途中で余計な拾い物までするハメになるし・・・お前のせいだからな、ゴールド!!」 もう一つの気配、エンテイに跨ったシルバーが無念そうに口を開く。 「余計な拾い物・・・?」 クリスは一瞬首を傾げるが、すぐにその意味を理解する。 「や、クリスちゃん。無事で何よりだよ」 「クリスさん、無事だったんだね〜」 エンテイに乗ったシルバーの後ろには、なんとケンとヨウヘイが乗っており、ゴールドのライコウにはアオイがいた。 「ついさっき、こいつらを拾ったんだ。 カゲツラの手下どもを倒した直後だったみたいだけど、流石おれ様が鍛えただけはあるな。 ま、師匠が超優秀だしなぁ〜♪・・・当然の結果だな、うん」 「そりゃそうですよ。なんたって、リーグチャンピオンが師匠ですからね」 ゴールドが自画自賛気味に一人で納得しており、それをアオイが更に煽っている。 「よかった、皆無事だったのね。・・・あ、レイは・・・?」 クリスはレイがいないことに気付いて辺りを見回した後、全員に尋ねるが誰もが首を横に振る。 「・・・俺はここだ」 その時、不意にクリスの背後から声がした。 驚いて振り向いてみると、そこにはレイが草むらからガサガサと音を立てながら出てきていた。 「・・・皆、まだここにいたのか・・・。しかもケンさんがなんでここに?」 「ん?あぁ・・・言っただろう?エンジュに用事があったって。 それで、エンジュに向かっていたらあの騒ぎ。その上、ヨウヘイが襲われている所に鉢合わせしてね。 で、事情が事情で放っても置けないし、同行することにしたんだよ」 レイに問われ、ケンが気楽な口調で答える。 「ただ、びっくりしたよ。いきなり伝説のポケモンに乗った二人が現れるんだからね。 しかも、クリスちゃんまでスイクンといるし・・・凄いトレ−ナーばかりだなぁ・・・ 流石、前回のリーグ優勝者とその友人達だけはあるね・・・」 苦笑しながらケンが三人を見ると、ゴールドは得意そうに胸を張っており、他の二人はそれを呆れたように見ていた。 「・・・とにかく、ウバメの森に急ぐぞ!!」 シルバーが叫ぶ。すると全員が頷き、エンテイとライコウが疾り出す。 クリスもレイを後ろに乗せて、すぐに二匹の後を追っていった。 ウバメの森の一画で、激しい轟音を響かせながら戦っている者達がいる。 一方は十四、五歳ほどの少年二人組。 もう一方はバイザーをつけた三人の男女。 お互いに同じポケモンを使用しているが、バイザー側の面々は三体。 少年側はというと、たった一匹で戦っていた。 だが予想に反して、ほとんど少年側の一方的な展開になっており、 自分たちのポケモンが倒されると、男女はクモの子を散らすに逃げ出していったのである。 ((・・・脆いな。口ほどにも無い・・・)) 今まで戦っていたポケモン・・・ミュウツーが静かに呟く。 「フン、どんなに強い力、強いポケモンを持っていたって、それを扱うトレ−ナーが未熟ならオレ達の敵じゃねぇ」 「あぁ、俺達が今まで培ってきた力とポケモン達との絆は、クローンなんかに敗れるほど薄っぺらじゃない」 二人組みの少年の内の一人の言葉を、もう一人の赤い帽子と半そでの少年が同意を示す。 ((・・・二人とも、この森に新たに三つ・・・炎、雷、水の力を持った、強き存在が到着したようだ。 それに・・・どうやら、「あの男」この森に来ているな・・・。 先程から、森のあちこちで派手に動き回っているようだ。どうする?奴と合流するか?)) その時ミュウツーが感じ取った森の異変を、テレパシーを使って二人に語りかける。 「いや、「あの人」の事は暫く様子を見よう。それよりも、「三つの力」の方が気になるな・・・。 よし、そっちに行こう。恐らくは、それらもカゲツラと戦うために来たはずだからね。 できるなら、味方は多い方がいい」 赤い帽子の少年がミュウツーの方を振り向いて言う。 ((いいだろう。では行くぞ。こっちだ)) そう言うと、ミュウツーは少し身体を空中に浮かせて移動を開始し、その後を二人の少年が続いた。 「オラオラオラーー!!感電したくない奴は道を明けやがれーーーー!!!」 ライコウに跨ったゴールドとその仲間達が、痛々しい焼け跡を晒しているウバメの森の中を、 逃げ出していく野生のポケモン達を掻き分けながら突き進んでいく。 「・・・流石スイクンだな。あの時同様、この森の火事を一瞬で消し止めたか・・・」 クリスと共に、スイクンに乗っているレイが呟く。 「うん・・・でも、スイクンもさっきの戦いで大分疲れてる・・・。 いえ、スイクンだけじゃないわ。エンテイも、ライコウも・・・・。 こんな状態で、本当にカゲツラに勝てるのかしら・・・?」 クリスが小さく弱音を漏らした。 「・・・やれるか?ではない。やらなければならないんだ!」 クリスの声が聞こえていたのか、エンテイに乗ったシルバーが叫ぶ。 それを聞いたクリスは覚悟を決めたように、静かに、力強く頷いた。 「ねぇ、ゴールドさん。ケンのアニキ・・・一人で行かせてよかったのかな・・・?」 ゴールドの後ろに乗っているアオイが、ふと思い出したように口を開く。 「さあな?クリスが言うには、結構強いらしいじゃねぇか。 それに、シュンがコガネのポケモンセンターからいなくなっているんじゃ、探さないわけにもいかないだろ?」 コガネを通りかかった時のことだ。ケンが手持ちを変える為にポケモンセンターに寄ると言い出し、一時的に別行動をとることになった。 その後、森の入り口でスイクンが森に放たれた火を消している時に、血相を変えて現れたケンと合流したのである。 ケンから聞かされた内容はなんと、シュンがポケモンセンターからいなくなっているというものだった。 そして現在彼はシュンを探す為に、一人でウバメの森を探索しているのである。 そんなことを話しながら一行が森の中を進んでいると、少し開けた場所に辿り着いた。 するとそこでは、彼等が予想もしなかった出来事が繰り広げられていたのである。 そこで彼らが目にしたもの・・・それは、カゲツラのミュウツー・クローン、ホウオウ、バンギラスと戦っている、 伝説の鳥ポケモンのルギア、サンダー、フリーザーの姿であった。 「ほぇ〜・・・でっかい鳥さんだぁ〜」 シルバーの後ろに乗っているヨウヘイが、緊張感の無い感想を漏らす。 「・・・どうやら、カゲツラの行為を止めようとしているのは、俺達だけではないらしいな」 シルバーがそう呟くと、エンテイ、ライコウ、スイクンが構える。 「レイ、アオイ君、ヨウヘイ君は、もう降りて離れていて!カゲツラとは、私達が戦うわ!!」 「お前らは後から来るかもしれない、カゲツラの手下の方を頼む!おれ達は、この戦いに絶対に勝たないといけねぇんだ!!」 クリスとゴールドが交互に叫ぶと、レイ達はお互いに頷きあってその場を離れる。 「・・・行くぞ!!」 シルバーが声をかけると同時に、三匹は再び戦いに身を投じたのであった。 ウバメの森の、更に別の場所。土砂崩れがあったらしい崖がある。 その崖の上には、漆黒のマントを羽織った仮面の男──闇神楽が立っている。 「・・・この下か。ゼロ、ご苦労だったな。」 闇神楽は自分の傍らに浮いている、白いポケモンに対して声をかける。 ((でも・・・ごめんね。間に合わなかった・・・)) 白いポケモンは悲しそうに、闇神楽の心に直接語りかけた。 「ゼロのせいじゃないさ。・・・それに、まだ手遅れじゃない。 スオウ、それに勿論ゼロにも力を借りることになる・・・頼めるね?」 闇神楽が穏やかな声色でそう言うと、白いポケモンが静かに頷いた。 そして背後で倒れている、先程ズタボロにした白衣の男を冷たい視線で一瞥すると、崖を飛び降りていった。 ・・・闇、やみ、ヤミ・・・ 全てを飲み込む、甘美な誘惑 誘惑に負けてその身を委ねた時、人は道を見失う ・・・それでも諦めてはいけない・・・ 人を導く光明は、常に傍にある 闇は、貴方を試しているだけだから、恐れてはいけない どんなに困難な道でも 勇気を出して、目を開いて、歩き続けなさい! ・・・光の射す方へと・・・