第二十七話 「集いし翼の交響曲(シンフォニー)」  月の隠れた漆黒の夜空を、赤々と燃える翼が闇を照らすように羽ばたいている。 カントー地方の伝説の鳥、炎を司る「ファイヤー」。 だが、その身体は通常のファイヤーよりも紅く、その背には一人の青年を乗せている。 青年は黒い服装に顔を覆う仮面をつけている。名は「闇神楽」。一部では有名な、ポケモン専門の怪盗だ。 その行動理由は一切が謎。今まで盗んだとされるポケモンは全て犯罪者のものと、犯罪などの被害にあったポケモンばかり。 おまけに、盗んだポケモンのほぼ全てが、荒んだ心を更生させることのできる、 然るべきポケモンセンターや、そういったポケモン専門の施設の前に届けられているのである。 決して多くを語らず、神出鬼没の為か、彼について知る者はほぼ皆無と言っていいだろう。 そんな彼が、無残にも焼き払われかけていたウバメの森上空を、ある場所に向かって飛行している。 彼が向かう先・・・それは、彼の今回の最大の標的、「カゲツラ」の元である。 今、カゲツラはホウオウを従え、ミュウツー・クローンを駆使してこの森の守り神を捕獲しようとしている。 それを阻止し、ホウオウとミュウツー・クローンの開放、更にカゲツラそのものを打ち倒すというのが今回の目的。 彼とカゲツラの間には、何か因縁深いものがあるらしく、何度となく二人は戦っているという。 そして、その度に彼はカゲツラの野望を打ち砕いてきた。だがそれも、今日で終わりにしなければならない。 この森には今、様々なポケモンとトレ−ナーが集っている。 そのポケモンとトレ−ナー達は、自分と同じように、カゲツラの野望を阻む為にこの地に集い、今も戦っている。 「・・・思った以上に遅くなってしまった。彼等だけを戦わせるわけにはいかない。 カゲツラとは・・・俺が決着をつけなければいけないというのに・・・」 ファイヤーの翼によって、少し熱せられた風を受けながら、闇神楽は小さく呟く。 やがて前方に、戦いによって引き起こされた電撃や炎の明かりが、より鮮明に彼の目に映り始める。 それを確認すると、ファイヤーは更に速度を上げて戦いの場へと向かっていった。 「ちぃっ、こいつらトレ−ナーの指示が無いくせに、ここまで的確な戦いができるってのは厄介すぎだぜ!!」 バクフーンとライコウに指示を出しながら、 ゴールドは自分の目の前にいるガラガラとケンタロスを見、忌々しげに舌打ちする。 彼と同じように、別の相手と戦っているシルバーとクリスも、恐らく今の彼と同じ心境だろう。 彼らは今、自分たちのメインパートナーには不利な相手と戦わされているのだ。 更に、リーグ優勝を経験しているゴールドや、それにほぼ同等の実力を持つシルバーやクリスも、 ここに辿り着くまでの戦いで、少なからず消耗している。 勿論、他の手持ちを出してもいいが、数を出したからといって、指示が間に合わなければ意味が無い。 それに、何よりもライコウ達三匹が、大人しく引き下がる訳でも無いのだ。 彼らをかつて生き返らせたという、“スズの塔のホウオウ”。 このポケモンが敵の手に落ちた以上、かつての恩義を返す為に、ホウオウを救う事に三匹は必死なのである。 そんな彼らの意思を尊重するからこそ、傷ついたままで、不利な戦いであっても彼らを引かせないのだ。 だが今のままでは、例え勝てたとしてもカゲツラとは満足に戦えないだろう。 その時、事態は動いた。 ふと、どこからか甘い花のような香りが漂い、それに一瞬気を取られた瞬間、 クリスと戦っているナッシーと、シルバーと戦っているゴローニャの体が突然、強い輝きに包まれる。 「いけない!この二匹の輝きは・・・『大爆発』!!」 それは、己の体力の全てを攻撃のエネルギーに変換し、激しい衝撃と爆発を巻き起こす、最強の自爆技。 今それを受けてしまえば、伝説の三匹はおろか、自分達すら巻き添え喰らって戦闘不能になりかねない。 だが、その『大爆発』は発動すること無く、二匹は力尽きていた。 技の発動直前に、何者かがナッシーとゴローニャに向けて『吹雪』を放っていたのである。 「・・・誰だ!!?」 シルバーが『吹雪』の放たれてきた方向に振り向きながら叫ぶ。 「あら・・・やっぱりゴールド君達も来ていたのね。 さ、そこにいる邪魔者は私とグリーンで片付けてあげるから、そこでふんぞり返っている奴に思い知らせてやりなさい」 どこか軽い口調で、カンナがトドゼルガを従えて現れる。 その横には、レッドとその持ちポケモンらしいフシギバナ、そしてグリーンも一緒にいた。 「ふう、フシギバナの『甘い香り』でトドゼルガの『吹雪』を使いやすくするってのが間に合ってよかったよ」 レッドがフシギバナをボールに戻しながら、気楽に呟いた。 「・・・チッ。まぁ、ここはあのホウオウと因縁の深い、お前らに譲ってやるよ。 ただし、キッチリ勝って来い!レッド、お前もこいつらと一緒にいくんだろ?」 グリーンもサイドンとギャラドスを出しながら、不敵な笑みを浮かべる。 「あぁ。俺とミュウツーも、カゲツラには世話になっているからな。借りは返すさ」 レッドがそういうと、その背後にゆっくりとミュウツーが森から出てくる。 「・・・そのミュウツーが、クローン達のオリジナル・・・なんですか?」 クリスが素朴な疑問を口にすると、レッドは無言で、静かに頷いた。 「ほほう・・・ガンマや、他のクローン達を倒したというのか?」 その時、彼らの出現を見ていたカゲツラが見下した態度で言い放つ。 ((カゲツラ・・・三年ぶりだな。いつぞやのハナダの洞窟では、散々好き勝手暴れてくれたものだ。 あの時の礼は、たっぷりとさせてもらうぞ!!)) ミュウツーが、テレパシーを使ってそう言うが早いか、 青紫に輝く『サイコキネシス』で作り出した念球を、カゲツラに向かって放った。 だが、その念球は直撃する寸前で、カゲツラのミュウツー・クローンが放った、同じ念球よって相殺される。 「フン、面白い。やれるものならやってみるがいい!ただし、こちらも手段は選ばんぞ!? 貴様があの時提供してくれた『破壊の遺伝子』から造り上げた、貴様の兄弟達を紹介してやろう。 出て来い、私に忠実な兵隊達よ!奴らを全て打ち倒し、そのポケモンを捕らえるのだ!!」 カゲツラがそう叫ぶと、どこからとも無く、十数匹のミュウツー・クローン達を始めとする、様々なポケモン達が姿を現す。 「さあ、こいつらと戦ってもらおうか!!私が作り上げた、最強の兵隊達とな!!!」 「悪いが、俺達がいることも忘れていないだろうな?」 不意に、上空から聞こえた声の主・・・それは、カゲツラのものとは別のホウオウを従えた、闇神楽の姿があったのである。 レッドやゴールド達が、カゲツラと相対している丁度その頃。 彼らのいる場所から少し離れた所で、レイ、アオイ、ヨウヘイの三人が、カゲツラの手下達と戦っていた。 「フシギちゃん、『葉っぱカッター!』」 「カメさん、『威張る!』」 「ピカピカ、『十万ボルト』だよ!」 レイ、アオイ、ヨウヘイが、それぞれのパートナーで敵のポケモン達と戦闘を繰り広げている。 相手も勿論複数であり、容易には勝たせては貰えない。 しかも基本的なポケモンの数の上では相手の方が上なのだ。 例え数匹倒せたとしても、すぐに別のポケモンをモンスターボールから出してくる。 「チッ、このままじゃ埒があかない!」 レイが舌打ちする。だが、彼らの善戦が実を結んできたのか、今では、相手の数はかなり減ってきている。 「レイ〜、ピカピカだけじゃなく、オオタチとかボク達の他の手持ち達も、もうヘトヘトだよぉ・・・」 「ちっくしょ!オレんとこはもう、カメさんとキュウコンくらいしか戦えねぇ。やばいぜ!?」 ヨウヘイ、アオイの手持ちも、既にほとんどが力尽きている。勿論それはレイとて例外ではない。 相手の数が減っているとはいえ、新たに出てきたポケモンは体力満タンなのだ。 消耗しているレイ達の手持ちでは、明らかに旗色が悪い。 レイ達と、カゲツラの手下が操るポケモンが再び交戦しようとした直前だった。 「ヒーすけ、火炎放射!!」 上空から一人の少年の声が聞こえたかと思うと、その直後、一条の炎の柱が空から降ってきた。 それは、カゲツラの手下のポケモンだけを的確に攻撃し、次々に戦闘不能へと追い込む。 「「「シュン!!」」」 三人が空を見上げて同時に叫んだ先には、彼らの友人であり、カゲツラが狙うセレビィを捕獲した少年──シュンの姿があった。 彼は、この森で奇跡的な二段階進化を遂げた、パートナーのリザードンの背に乗り、レイ達の隣にゆっくりと降り立った。 「皆、来てたんだね。・・・遅れてゴメン。 色々あって、今はヒーすけしか戦えないけど、ぼくも皆と一緒に戦うよ!」 シュンが、敵を油断無く見据えながらそう言うと、レイ達三人は無言で頷く。 そして、彼らは四人同時にパートナー達に指示を飛ばした。 普段つけているはずの、マントが無い闇神楽と共に現れたホウオウとファイヤー。 すると、今までカゲツラと戦っていたルギア、フリーザー、サンダーは戦いをやめ、闇神楽の元へと去っていく。 それを見たゴールド、シルバー、クリスの三人は驚きを隠せないようだ。 「ホウオウだって!?おいおい、なんでホウオウが二匹もいるんだよ!! おまけに、オレたちを助けた紅いファイヤーまでいるだとぉ!?」 ゴールドが思わず闇神楽に疑問の声をぶつける。 「お答えしましょう。まずは、ポケモンの・・・いえ、生命の進化について、軽く触れておきましょうか。 元々、進化とは生命がより活動範囲を広げる為に、生きる残る為に行うもの。 では、進化の原動力が<生き残る事>であると仮定するならば、 究極の進化とは<自己保全>と<自己増殖>の二点に絞られます。 これを、今回よく見かけることのできるポケモンに当てはめた場合、彼らの進化とは<環境適応能力>の一点に尽きます。 だがこれは、コラッタやポッポを始めとするポケモン達が種を残す・・・即ち<自己増殖>の為の進化です。 活動の範囲を広げることができれば、より多くの子孫を残すことができるからです。 ですがその反面、数が増え過ぎれば、自然界のバランスが必然的に崩れます。 だから彼らの多くは<自己保全>を削り、比較的短い寿命しか持たないことで、自然界のバランスを保っているのです。 それとは逆に、伝説や幻と呼ばれる存在は、ほとんど進化というものをしません。 彼らは<自己増殖>を捨てる代わりに<自己保全>を選んだのです。 それによって、『非常に長い寿命』と、『強大な力』を得ることができました。 その代わり、生まれた直後から生態系のほぼ頂点に君臨する為、生態系のバランスを取る為に極端に数が少なくなったのです。 ・・・そう、彼らは決して単一の存在ではない。個体数が少ないだけで、彼らもれっきとした<生き物>なんです。 ここまで言えばお分かりでしょう?何故、この場にホウオウが二匹も存在するのか。 伝説と呼ばれる鳥たちが、何故私の元にいるのかが・・・」 淡々と、闇神楽が語り終えると、闇神楽と共にいるホウオウが一際高い声で咆哮を上げた。 「さあ、お喋りの時間はコレでお終いです。 ・・・カゲツラ、今日こそお前の野望の全てを打ち砕き、二度と馬鹿な真似ができないようにしてやる!! グルーオン、スオウ、フラッド、ヒョウガ、ライハ!・・・行くぞ!!」 そう叫んだ直後、闇神楽の元に、五枚の伝説の翼が集い、 彼がファイヤーの背に飛び乗ると、彼を中心にしてカゲツラに突撃していく。 「クックック・・・中々面白い講釈だったぞ。さあ、かかって来い! 今日こそ、その伝説の鳥達を渡してもらうぞ!!我が崇高なる野望の為にな!!!」 カゲツラが吼える。 その直後、ミュウツー・クローンとバンギラスなどのポケモン達が、闇神楽達を迎え撃つ為に前に出る。 「スオウは『地震』、グルーオンは俺の合図で『日本晴れ』!ヒョウガ、ライハは各個撃破!!」 闇神楽が叫ぶよりも僅かに早く、彼のことを知り尽くしている翼達は、彼の言葉を予測していたかのように行動に移る。 地面が激しく揺れ、亀裂が走りながら隆起する。それにより、敵の攻撃を一瞬阻むと同時にダメージを与える。 フリーザーとサンダーは、向かってくるポケモン達を、闇神楽に近づけない様に攻撃を繰り返していた。 その時、彼らの行く手に複数のバンギラスが地中より現れ、立ち塞がる。 飛行タイプは、元々空を飛ぶ為に体が軽くできている。 その為、重い岩などに攻撃を受けると、ひとたまりも無いのである。 それを見越していたかのように、バンギラス達は一斉に、隆起した地面から岩石を取り出して、投げつけようとした。 だがその直後、地鳴りがなったかと思うと、バンギラス達の足元から、渦を巻くような水柱が勢いよく上がったのである。 更には、その中を移動するような影があり、ある程度上昇したかと思うと、バンギラス達に向けて急降下を始めた。 それは、まるで大きな津波か、洪水のように降り注ぎ、水に弱いバンギラス達を一瞬で飲み込んだ。 「・・・フラッドの『波乗り』。 最初にスオウに地震を起こさせて地殻に亀裂を入れたのは、この下を流れる地下水脈を利用する為だったのさ!」 闇神楽が力強く言うと、水の中に隠れていたルギアが、咆哮を上げながら姿を現す。 「さあ、今だグルーオン!『日本晴れ』!!」 その声を合図に、彼らの戦いが行われている場所の上空を、太陽のミニチュアのように輝く物体が、彼らを照らし出した。 「・・・チッ、やはりか。先程の『波乗り』のダメージだけでバンギラスが全滅するのは予測できていた。 貴様の行動パターンからすれば、急所に攻撃を当てやすい『ピントレンズ』を持たせていたはずだ。 急所に弱点となるタイプの技を受ければ、この結果は当然か・・・」 カゲツラは、バンギラスに大して期待していなかったかのように呟く。 「おい!オレ達の事を忘れてんじゃねぇのか、科学者ジジィ!!」 闇神楽の後に続くように、ゴールドやレッド達も、既に戦いに加わっていた。 入り乱れるようにして行われる戦いを潜り抜けるように、 闇神楽は“スズの塔のホウオウ”に乗っているカゲツラの元へ向かった。 “スズの塔のホウオウ”は、闇神楽が乗ったファイヤーに『禍々しい聖なる炎』を放つ。 それに対し、ファイヤーは『火炎放射』で軽々と押し返していく。 「双方の炎技が、いくら『日本晴れ』によって力を増幅されているとはいえ、 威力で勝る『聖なる炎』が『火炎放射』如きに遅れを取るだと!?」 カゲツラが意外そうに叫ぶ。 「当前だ!ファイヤーというポケモンは、 全ての炎タイプポケモンの操る炎の中でも、最強の威力を誇っているんだ! 例え相手がホウオウであっても、それは変わることは無い!!」 そう叫んだ直後、闇神楽はカゲツラのいる“スズの塔のホウオウ”の背に飛び移った。 「さあ、覚悟しろ。これで全てを終わらせてやる!!」 闇神楽が拳を構えて、接近されたことに焦る様子を見せないカゲツラへと迫る。 「よっしゃ!行け、闇神楽!!」 「お願い、この戦いを一刻も早く終わらせて!」 ゴールドとクリスが戦いながら闇神楽へと声援を送った。 だが、ゴールド達と一緒に戦っているレッドは、カゲツラの様子の異変に気付いたのだ。 「危ない!カゲツラは、まだ手元にポケモンを隠し持っている!!」 レッドが叫んだとほぼ同時に、カゲツラが隠し持っていたモンスターボールからストライクが飛び出す。 カァ・・・ン! 硬い何かがぶつかり合う様な、そんな高い音が辺りに響く。 それとほぼ同時に、闇神楽の仮面は静かに宙を舞った・・・。