第二十八話 「求めし者の狂詩曲(ラプソディ)」  シュン、レイ、アオイ、ヨウヘイの四人と対峙している幾つかの人影。それは、カゲツラの手下達。 その攻撃に苦戦しながらも、なんとかシュン達はまた新たに出してきた敵のポケモンを打ち倒した。 「はぁ、はぁ、今ので、最後だと、いいね・・・」 シュンが息を切らしながら、隣にいるレイに呟く。 「・・・そうだな。だが、手下にしては少々弱すぎないか? 確かに、俺達は昔よりは強い。この戦いの中でも少しは成長もしているだろう。 それでもこの数の敵に、俺達四人だけで勝ち続けているというのは不自然だ・・・」 レイが静かに、この戦いの不自然な点を上げていく。 「あぁ、それ同感。オレもおかしいとは思ってた。 相手は変な機械のお陰で、普通にバトルするよりも断然有利なんだぜ? そりゃ、相手が使いこなせてないってのもあるだろうけど、それだけじゃ納得いかねぇよ」 アオイがレイの言葉に続くように、額を流れる汗を拭いながら、言葉を返す。 「ボク達は仲がいいもん♪さっきから、あっちの人達ず〜っとバラバラに攻撃してきてるんだよぉ」 ヨウヘイが、不意に相手と自分達の違いを指摘すると、レイとアオイはその言葉に一瞬戸惑った。 「チームワークの差・・・と、いうことか。 そんなもので、この戦力差を埋められるのかどうかは甚だ疑問だが、そういうことにしておくか・・・」 レイがヨウヘイに目を向けた後、すぐに敵の方を見据える。 「ヨウヘイにしちゃ、珍しく的を射た台詞だったと思うぜ?さっきからあいつらは仲間同士で足引っ張り合ってたからな」 アオイが、相手の今までの行動を振り返りながら、気楽な口調で言う。 それを聞いたカゲツラの手下達は、図星を突かれたようで、その表情には言い知れぬ怒りが込上げてきている。 「だったら、今がチャンスだよ。一気にここで勝負を決めよう!?ぼく達も、早くあっちの加勢にいかなくちゃ!!」 シュンがまくし立てるように、仲間達の方を向いて叫ぶと、それを聞いたレイ達三人は、お互いに静かに頷きあう。 「・・・ガキ共が調子に乗りやがって・・・!だが、コイツの力で後悔させてやる。出て来い、ミュウツー=オミクロン!!」 手下の中でも最も実力のあった男が、怒りを露にしながら、最後のポケモンに、ミュウツー・クローンを出す。 「このメンバーの中じゃ、コイツはオレ様だけの切り札だぜ・・・覚悟しな!!」 男はよほど自信があるらしく、他のメンバーもポケモンがもういないのか、場にはミュウツー・クローンのみである。 紫色に冷たく光る双眸は、シュン達を敵と認識すると、前に突き出された右腕の前に、青紫色のエネルギー球を生み出した。 それを見た四人に、しばしの沈黙と、鋭い緊張が走る。 「やれ・・・『サイコキネシス』だ!」 男は、己の勝利を半ば確信したような声で命令すると、ミュウツーの右手にあった念弾は、シュン達に向けて放たれた。 周りの空間を歪め、空気を巻き込みながら唸りを上げる、力強い一撃。 「・・・来るぞ!各自展開して攻撃を避けろ!!」 レイの怒号とほぼ同時に、シュン達とそのポケモンは素早く左右に分かれた直後、 その間をミュウツーの『サイコキネシス』が通り過ぎた。 だが、その余波も凄まじく、辺りは砂埃が巻き起こって、シュン達は視界を一瞬だけ遮られる。 その一瞬は、ミュウツーが間合いを詰めるには十分すぎた。 シュンとヨウヘイのすぐ目の前に、砂塵を突き破りながら、白い巨体は姿を現す。 「ヒーすけ!!」 突然の出来事にシュンは思わず叫び、その声に応えるように、リザードンがミュウツーの行く手を阻む。 互いに組み合い、一歩も譲らないかに見えた。 だが、それも一瞬の事。 リザードンは疲労のせいか、はたまた、元々の地力─レベルの差なのか、いとも簡単に投げ飛ばされた。 「ピカピカ、『十万ボルト』だよ!!」 リザードンがミュウツー=オミクロンから離れた瞬間、ヨウヘイのピカチュウに指示を出すと、 ピカチュウの頬にある電気袋が火花を散らし、体中を発光させながら、ミュウツーへ電撃を放つ。 「カメさん、お前も『ハイドロポンプ』だ!」 「フシギちゃん、『日本晴れ』を使うんだ!!」 ヨウヘイの出した攻撃の指示とほぼ同時に、アオイとレイは、カメックスとフシギバナに指示を出した。 電撃を浴び続けるミュウツーの身体に、強力な水の砲弾が追い討ちをかける。 それは、ピカチュウが放つ電撃を更に強化させ、ミュウツーは苦痛に顔を歪めた。 「・・・ヒーすけ・・・大丈夫だよね?いくよ、『火炎放射』!!」 シュンも、投げ飛ばされた後、なんとか起き上がってきたリザードンに指示を出す。 近くの木に寄り掛かりながら起き上がったリザードンは、大きく口を開き、必殺の火炎放射を放つ。 それは、レイのフシギバナによって作り出された、小さな擬似太陽によって、その威力を更に増加させる。 青白く変化した灼熱の炎は、ミュウツーの身体を包み込み、先程の電撃と合わさって大きな爆発を引き起こした。 目も眩む閃光、吹き飛ばされそうな程の衝撃、聴覚が一瞬麻痺する程の爆音。そして一瞬遅れて巻き上がる砂塵。 地面は抉れ、爆発の中心部は、小さなクレーターが出来ている。 煙が晴れ、中から傷ついたミュウツーの姿が見えてくる。 「ちぃ、何をやっている!オミクロン、『自己再生』だ!!」 男が声を聞くと、ミュウツーは目を閉じ、精神を集中させて体中の細胞を急激に活性化させる。 それにより自己治癒能力を高め、先程受けたダメージを癒していく。 「だったら、回復が追いつかないほどの攻撃をしてやればいい!フシギちゃん、『ソーラービーム』!!」 レイが叫ぶと、フシギバナの花の中心部に、擬似太陽からの光が急速に集る。 収束された光は、一条の光線となってミュウツーに放たれ、回復途中のミュウツーに直撃する。 「よ〜し!ピカピカも、もう一度『十万ボルト』だ!」 「ヒーすけ、『火炎放射』!!」 ヨウヘイとシュンも、レイに続くように、再び攻撃を行う。 「ん〜・・・相手に回復されると、厄介なんだよね。 そうなると、やっぱオレの場合は・・・カメさん、ミュウツーに『威張る』だ!」 アオイはあえて、ミュウツーを挑発することで、混乱させる技『威張る』を使う。 ただし、この技は相手を怒らせる為に、攻撃力も同時に増加させる欠点があるのだが、使いどころさえ間違えなければ問題は無い。 「皆、攻撃の手を休めるな!このまま一気に押し切るぞ!!」 レイのその声に呼応するように、彼らのポケモン達は決して攻撃の手を緩めはしない。 その間、勿論ミュウツーも反撃しようとは試みるが、相手から受けたダメージを回復させるので精一杯なのだ。 少しでも回復の手を緩めれば、即座に大ダメージを負い、戦闘不能になるからである。 だが、そんなこう着状態も長くは続かなかった。ミュウツーが混乱しているせいで、回復に集中できずにいたからだ。 「「「「いっけぇぇぇえええええ!!!」」」」 四人全員が叫ぶ。それに応えるように、彼らのパートナー達は全力で最後の一撃を放つ。 再び、激しい閃光と衝撃波が駆け抜け、爆音が森を揺らす。 そして、再び出来たクレーターの中には、力尽き、戦闘不能になったミュウツーが横たわっていた。 「そんな・・・馬鹿な!いくら相手が四匹だとはいえ、オミクロンが、手負いのポケモン共に後れを取るなど・・・」 男は、絶対の自信を打ち砕かれたように、愕然とその場で膝を付く。 勝敗が決した直後、カゲツラの手下達は、放心状態の男を引きずるようにして、森の中へと逃げていった。 「はぁ、はぁ・・・さあ、皆。ぼく達もいかなきゃ!!」 シュンの言葉に、仲間達が頷く。 未だに癒えていない傷の為、フラフラと歩き出すシュン。 それを見たレイとヨウヘイが、無言で肩を貸し、四人はゆっくりと、最後の戦いの地へと向かっていった。 どこまでも高く舞い上がった、白い仮面の欠片。 狂ったホウオウから発せられる炎に照らされて、キラキラとその光を反射しながら、 それは、まるで踊るように、ゆっくりと地上へと落ちていく。 カラァ・・・・ン 乾いた音が、小さく響いた。 「ククク・・・残念だったな、闇神楽。いや・・・今まで散々私の邪魔をしてきた宿敵・・・ケン」 ホウオウの背の上でカゲツラは、どこか楽しそうな笑みを浮かべながら、目の前にいる闇神楽──ケンに呟いた。 「・・・・・・・・・・・・」 ケンの顔には、中心から綺麗に半分に割れた闇神楽の白い仮面が、顔の左半分を覆うように残っている。 「ククク、どうした?自分の不利を悟り、観念したか?」 カゲツラが下卑た笑いを上げる。 「・・・どこまでもおめでたいな。貴様は」 半分になった仮面を外しながら、静かに・・・ケンが、カゲツラに言い放つ。 「そうか・・・まだ自分が置かれている状況を理解せんか・・・まぁいい。死ね」 カゲツラがそういった瞬間、彼の前にいたストライクがケンに襲い掛かる。 背中の羽を高速で振動させながら、素早く接近し、その両腕の鎌を振り上げた。 だが、その鎌はケンに届くことはなく、ストライクは、背後から襲ってきた念弾よって倒されてしまう。 「なにぃ!?・・・誰だ!!」 カゲツラが驚いたように後ろを向くと、そこには、もう一人の闇神楽がいた。 「な、なんだぁ!?闇神楽が・・・二人!!?」 「一体、何が起こっているんだ!?」 地上の、遥か後方でカゲツラの作り出したミュウツー・クローンや、 その他のポケモン達と戦いを繰り広げている、ゴールドやシルバー達が驚きの声を上げる。 「・・・そう言えば、「あのポケモン」が初めからいない・・・?まさか・・・!」 戦いの最中に、レッドは周りを見渡しながら、何かの姿を探す。 だが、その探している「何か」は見つからない。 「クッ・・・ミュウツー=アルファ!奴を消せ!!」 カゲツラが吼えると、その声を聞きつけて、ミュウツー・クローンがカゲツラの元へ飛んでくる。 そして、突如姿を見せた「もう一人の闇神楽」に攻撃を開始した。 「もう一人の闇神楽」へ放たれた念弾は、身動き一つしない「もう一人の闇神楽」の顔面を直撃し、粉砕する。 「く、首が!!」 クリスが、半ば悲鳴に近い声を上げる。 パラパラと、音を立てながら舞い散る、「もう一人の闇神楽」の仮面と頭部。 その次の瞬間、首無しの体がミュウツーに念弾を放った。 突然の出来事に、ミュウツー・クローンも、カゲツラすらも反応できずに、その一撃が直撃する。 「・・・そうか!そいつは・・・」 カゲツラが確信したような表情で「もう一人の闇神楽」を睨みつける。 すると「もう一人の闇神楽」の衣装が、パサッと音を立てながら脱げ落ち、中から真白いポケモンが姿を現す。 そして、その真白いポケモンは、ケンの肩に寄り添うように飛んでく。 「クッククク・・・忘れていたよ。お前と共にいるはずの「ミュウ」の姿が見えないことに早く気付くべきだった。 まさか、こんな子供だましに引っかかるとはな。だが、まさかこのような小細工までするとは・・・いささか拍子抜けだ」 「・・・小細工?何のことだ?・・・「闇神楽」は始めから俺一人なんかじゃない。 そう、「ここにいる俺達」全員で「闇神楽」なんだ!」 ケンが叫ぶと同時に、彼の背後に伝説の鳥たちが集う。 そして、闇神楽の衣装を脱ぎ捨てて、普段の服装に戻すと、トレードマークとも言える紅いバンダナを片手で器用に頭に巻く。 「カゲツラ・・・貴様の野望はここで砕け散る。この、お前の作った特殊なモンスターボールを破壊することでな」 ケンの手に握られているボール・・・それは、カゲツラが“スズの塔のホウオウ”を捕獲する際に使ったもの。 それを見たカゲツラは、先程までの余裕と自身に満ちた表情から、見る見るうちに怒りや驚きといった表情に変化する。 「そ、それは!?何時の間にそれを!!?・・・まさか、そのミュウが・・・」 焦るように、“スズの塔のホウオウ”のモンスターボールを探しながら、カゲツラ呟いた。 「そう・・・俺がお前に向かっていったのは、全てこの為。 俺自身を囮にすることで、「闇神楽」の衣装を纏い、中から『サイコキネシス』で操っていたゼロが、背後からそのボールを奪う。 お前は、俺をただ攻撃しに来たという風にしか、認識しなかったのが大きな間違いだったのさ。 俺達は「闇神楽」だ。その目的は、貴様らのような奴らに囚われたポケモン達の解放。 始めから、俺達の目的は何も変わっちゃいない。・・・だがな、ついでにここで決着もつけてやるよ。 その為に、わざわざスズの塔では、負けてやったんだ。 ここに集うトレ−ナー達からも、逃げられないようにする為に・・・!!」 スズの塔での戦いの時、闇神楽──ケンがミュウや伝説の鳥達を出さなかったのも、 総力戦の時、カイリューを出さなかったのも、全てはウバメの森に、あらかじめファイヤー以外を配置する時に、 人目につかないようにする為に必要だったからである。 そして、ケンがそのボールを天高く放り投げると、それをミュウの『サイコキネシス』で粉砕した。 黒い閃光が走り、“スズの塔のホウオウ”は苦しむように、急に暴れだす。 すると、ケンはそこから素早く飛び降り、待ち構えていたフリーザーの背に乗って、その場を離れた。 「馬鹿な!私のホウオウが!!私が、私の手に入れた力が!!!」 カゲツラは半狂乱に陥り、暴れ狂い、苦しみもがく“スズの塔のホウオウ”から振り落とされた。 それを、彼のミュウツー・クローンが『サイコキネシス』で受け止め、ゆっくりと地上に降ろす。 「スオウ!”スズの塔のホウオウ”を・・・頼む!!」 ケンが叫ぶと、スオウと呼ばれたホウオウが、『聖なる炎』で“スズの塔のホウオウ”を包み込む。 それにより、“スズの塔のホウオウ”を蝕んでいた力から解放され、元の美しい虹色の輝きを取り戻した。 「お、おい!アレを見ろよ!!ホウオウが・・・二匹ぃ!!?」 アオイが驚いたような声をあげ、後ろから来る三人に伝える。 カゲツラの手下達との戦いを制し、加勢する為に駆けつけたシュン達四人だったが、 目の前に繰り広げられている光景に、ただ呆然とするしかなかった。 カントーとジョウトに伝わる、伝説の鳥ポケモンが全て揃っているだけではない。 多くのポケモン達が集い、戦いを繰り広げ、その中に彼らがよく知る、一人の青年の姿があったからだ。 「あ・・・あれは・・・あの時の、ポケモン・・・」 幼いあの日に見た光景。巨大な鳥ポケモンに囲まれた、一人のトレ−ナーの姿・・・。 レイとヨウヘイに支えられながら歩いてきたシュンが、搾り出すように、小さく呟いた。 「あの時・・・?まさか、お前が言っていた・・・二年前の?」 レイがシュンに問いただすと、シュンは静かに頷く。 「あそこにいるのって、お兄ちゃんだ。やっぱりシュンが言ってたのって、本当だったんだね♪」 何も考えていないような、楽しげな口調で、ヨウヘイが答える。 「・・・とにかく、早く皆の所に行こう。まだ、何も終わっちゃいないんだ・・・!」 辛そうな口調でシュンが言うと、レイとヨウヘイは頷き、再び歩き始めた。 カゲツラが、ミュウツー・クローンと共に地上に降り立つと、辺りには力尽きて倒れているポケモン達が横たわっていた。 それは、全てカゲツラが用意したミュウツー・クローンや、それ以外の強化クローンポケモン。 既に、ほとんどがレッドやゴールドを始めとするトレ−ナーによって倒されており、 残すは己自身と、傍らにいるミュウツー=アルファのみ。 「フン・・・さて、こっちは片付いたぞ。カゲツラ、覚悟はいいな!」 エンテイに乗ったシルバーが鋭い眼光で、カゲツラを睨みつける。 「あ〜〜、疲れた。ったく、お陰で今夜は徹夜じゃねぇか。この騒ぎの落とし前、きっちりつけてもらうぜ!」 シルバーに続くように、ライコウの上から、欠伸をかみ殺した声でゴールドが叫ぶ。 「もう逃げられませんよ?大人しく降参してください」 「降参・・・だと?小娘がいきがるな!私は・・・私は負けん!!そうだ、決して負けはしないのだ!!! 私は至高の存在を作り出す!!貴様ら全てを皆殺しにする、究極のポケモンを!!!!」 スイクンに跨ったクリスの台詞を聞いたカゲツラは、どこか狂ったように怒鳴り散らす。 目は血走り、歯を剥き出しにして、まるで獣のようだ。 「発狂・・・したか?あのカゲツラとかいう奴」 自分の手持ちをモンスターボールに戻しながら、グリーンが呆れたようにカゲツラを見る。 「あら・・・?シュン君達も来たみたいね」 カンナが、背後に目をやると、シュン達四人がゆっくりと歩いてきているのが見えた。 その声を聞いて、ケンもその方向に目をやると、彼らの無事な姿に安堵する。 「・・・さあ、観念するんだ。もうお前に勝ち目など無い!」 狂ったカゲツラを、どこか哀れむように、レッドが力強く言い放った。 吼えているのか、喋っているのか解らないような、そんな声を上げながら、カゲツラは狂ったように笑い出す。 「ククク、クハハハハハハ!そうだ、私が、私自身が至高の存在となればよいのだ! 何故このような簡単なことに気付かなかったのだ! そうだ・・・そうすれば、私こそがこの世で最も尊い存在となるのだ・・・!!!」 何を思ったのか、カゲツラは何かとんでもないことを口走っている。 最早、誰が見ても正気ではあるまい。 するとカゲツラは、己の着ていた白衣の内ポケットから注射器のようなものを取り出すと、それをゆっくりと己の首筋に当てる。 「クフフ、そうだ。私こそ、私こそがこの世で最も優れているのだ・・・!」 その直後、誰が静止するよりも早く、注射針はカゲツラの体内に侵入し、薬物は一瞬で体の中を駆け巡った。 「カゲツラ・・・お前はそこまでして、力を求めるか。誰にも負けることが無い、「絶対の力」を・・・。 それは、ただの夢物語でしかないというのに・・・。お前の中の、夢想にしか過ぎない幻・・・。打ち砕いてやるよ」 ボキボキ、と嫌な音を立てながら、カゲツラの身体は変容していく。 衣服は裂け、体の至る所が隆起し、体毛が急速に伸び、異常なまでに筋肉が肥大していく。 みるみるうちに巨大化し、その姿は最早、人とは呼べない何かに変っていた。 男は、ただ強い力を求めていた。 だが、手段を選ばぬが故に、多くのものと敵対し、衝突を繰り返してきた。 そこまでして求めたかったものは、果たして、本当に「究極の力」だけだったのだろうか? 最早それすらも見失い、暴走を繰り返した果てに、男は人であることを捨てた。 ・・・ただ、時は静かに・・・ ・・・終わりを告げるものは歌を捧げる・・・ ・・・遥かな時の流れを超えるものが奏でる・・・ ・・・最初で、最後の鎮魂歌・・・ ・・・真白き幻は始まりを告げ、そして、時を見守るものは終末を歌う・・・ ・・・全ては・・・己が築き上げた運命(さだめ)と共に・・・