第二十九話 「闇に捧げる鎮魂歌(レクイエム)」 力・・・それは、何かをやり遂げる為のもの 力・・・それは、己の身を守る為のもの 力・・・それは、外敵を排除する為のもの 力・・・それは、相手を自分に屈服させる為のもの 力・・・それは、全てを意のままに操る為のもの 力・・・それは、時として取り返しの付かない代償が必要なもの ・・・そして、男は「力」を求める代償として「人」であることを捨てた・・・ ゴキゴキと、嫌な音を立てながら、ついさっきまで「人」であったソレは、更にその姿を人から遠ざける。 「グフゥ・・・、ゴフォ・・・」 唸りとも、呼吸音とも取れる奇妙な声を上げながら、ソレはやっと変化を終える。 そして、血の色のように紅い目で辺りを見渡し、やがて、思い出したように、一人の青年を見詰める。 青年に狙いを定めると、それは耳を塞ぎたくなるほどの、大きな咆哮を上げた。 咆哮は衝撃となって地面を抉り、木々をなぎ倒しながら、衝撃波は青年に襲い掛かる。 「兄ちゃん、危ない!!」 後方から、シュンが青年──ケンに叫ぶ。 だが、その声が聞こえているのかどうかすら怪しい。 なぜなら、咆哮の余りの大きさに、少年の声はいとも簡単にかき消されてしまうのだから。 「『ハイパーボイス』・・・物理的な衝撃波か。その程度ならなんとでもなる。ヒョウガ、『リフレクター』だ」 ケンが落ち着いた様子でフリーザーに指示を出すと、ケン達の目の前に輝く壁が現れる。 咆哮の衝撃波は、その力の大半を削られた後、リフレクターを張ったフリーザーに直撃した。 だが、それほどダメージは無いらしく、余裕を見せ付けるように一声高く鳴く。 「どうした?人であることを捨ててまで手に入れた力は、その程度じゃないだろう? ・・・悪いが、同情や慈悲をかけるつもりはない。早く全力で来い。俺達も、全力で答えてやる!!」 ケンの口調は静かだったが、それでいて鋭く、並々ならぬ決意のようなものすら窺えた。 その言葉が、聞こえていたかどうかは定かではないが、カゲツラは怒り狂ったように暴れだす。 近くの岩を拳で砕き、齢数百年はあろうかという、先程倒された巨木を踏み砕く。 誰の目にも、そのカゲツラだったソレは、知性など持ち合わせていないように映る。 恐らくは、先程注射した薬の副作用なのだろうが、そこまでして力を求めた彼の行動には、 その場に居た誰もが、言い知れぬ怒りと、哀れみを覚えた。 その時、目の前にいたミュウツー=アルファが、主であるカゲツラを止めようと、何かを語りかけるように立ち塞がる。 しっかりとカゲツラを見据えるその目は、テレパシーで語りかけているのであろう。 その言葉は誰にも聞こえる事はなかったが、確かにカゲツラは、ミュウツー=アルファが前に出た途端に大人しくなった。 ・・・だが、それも一瞬の事でしかない。 カゲツラは、巨大な腕でミュウツー=アルファを鷲掴みにすると、あろうことか、生きたまま口に運んだのだ。 「な!・・・喰った?自分が造った、自分のポケモンを? ・・・そこまで、そこまで何もかも解らなくなっちまったのかよ!!」 カゲツラの意外な行動を見たゴールドが、思わず叫ぶ。 鮮紅色の液体を撒き散らしながら、カゲツラは形容し難い、嫌な音を立てながら、頭から貪り食う。 それは余りにも凄惨な光景だった。 クリスやカンナは目を逸らし、シュンやレイ、アオイはただ呆然とし、ヨウヘイに至っては、泣き出してしまった。 それでも、ケンだけはその光景を冷静に見詰めている。 だが、それは決して無感動な態度などではない。 静かで、それでいて激しい感情の奔流が、彼の中で渦巻いているのが見て取れるほどだったからだ。 やがて、カゲツラは「食事」を終えると、その紅い瞳は更に赤黒く、毒々しく染まっていた。 そして・・・カゲツラは全てを思い出したかのように、静かに口を開く。 「ククク・・・危ない危ない。完全に知性を失くした化物へと成り下がる所だったよ。 だが、先程のミュウツー=アルファを喰ったお陰で、自分を取り戻すことができた。 さあ、ここからが本番だ。この薬は、元々ポケモンの能力を無理矢理高める物だったが、 人に使うことで、このような効果が現れるということは、流石に予想外だったよ。 まぁ・・・お陰で私は生まれ変われたのだがな。 様々なポケモンの持つ超特殊能力、ミュウツー=アルファが持っていた高い知能と戦闘力、 そして・・・多くのポケモンの細胞データ。 この身体は、ポケモンを喰らうことで、その力を吸収できるらしい。 もはや、私に死角などないぞ?私は今、神と等しき存在となったのだからな!!」 腹のそこに響くような、それでいて、限りなく不快感を覚える声。 更にその直後、捕獲した時に手に入れていたのであろう、“スズの塔のホウオウ”の「虹色の羽根」を口に入れた。 するとカゲツラの背中から、巨大な翼が炎を纏いながら、メキメキと音を立てながら生えてくる。 「・・・ホウオウの力まで吸収したってことか・・・。どうする?ミュウツー」 レッドが隣にいる、先程のアルファのオリジナルであるミュウツーに語りかける。 ミュウツーはしばしの間、思案したように目を閉じた後、ゆっくりとその瞳を開いた。 ((・・・相手がどのような力を持とうと関係ない。今、この場で奴を葬らねば、奴は全てのポケモンを食い尽くす。 今のカゲツラは、この世界にあってはならない、調和を忘れた存在。ならば・・・倒すだけだ)) 抑揚の無い、感情を押し殺した声が、レッドの頭の中に直接響く。 そして、その言葉に静かに頷き、カゲツラを睨みつける。 「行くぞ、ミュウツー!カゲツラを止めるんだ!!」 レッドが叫ぶと同時に、ミュウツーは弾丸のように、鋭く飛び出した。 自分の両腕だけでなく、体の周りに幾つもの蒼白い念弾を生み出し、風よりも早くカゲツラへと迫る。 「ククク・・・来たか。オリジナルのミュウツー。貴様も我が一部にしてやる!さあ、攻撃してみろ!!」 カゲツラが口を開くよりも早く、ミュウツーから無数の念弾が発射された。 その念弾は、前方にいたケンとそのパートナー達を避け、カゲツラだけを正確に狙い撃ちにする。 最早周りの景色は、幾つもの念弾によって歪められ、その先に何があるのかすら理解できない。 それほどの力を持った攻撃を受けたカゲツラは、ひとたまりも無いだろうと、誰もが確信した。 だが、現実はそうではなかった。 ミュウツーの攻撃は、直撃する寸前でほぼ無効化されてしまったのである。 予想外のその光景に、一同は驚きを隠すことはできなかった。 「・・・そうか、奴は悪タイプ・・・だから、相性による攻撃の無効化ができたのか! ならば・・・ミュウツー!『爆裂パンチ』だ!!」 レッドが再びミュウツーへ攻撃の指示を出すと、ミュウツーは拳を構えて、カゲツラに躍りかかる。 だが、カゲツラはよほどの自信があるのか、その攻撃を避けようともせずに、自ら当たりにいったのだ すると、ミュウツーが放ったはずの『爆裂パンチ』は、カゲツラの身体を捉えることなく、通り抜けてしまった。 「クックック・・・どうした?その程度で終わりか?残念だったな、攻撃が通用しなくて」 カゲツラは、攻撃が全く通用しないことに驚きを隠せないレッドとミュウツーを、嘲笑うように見下ろす。 「そんな・・・!まさか奴は、ゴーストタイプも持っているのか!?」 ((ちぃ、道理で余裕を見せていた訳だ)) レッドとミュウツーは、一度カゲツラから間合いを取る為に、一度その場から離れる。 すると、今度はゴールドがライコウに跨ったまま、カゲツラの前に飛び出して、攻撃を開始する。 「タイプが悪・ゴーストってんなら、地道にダメージを与えればいいだけだ!ライコウ、『雷』!!」 そう叫んだ直後、ライコウから放たれた巨大な光の柱が、轟音と共にカゲツラの頭上から降り注いだ。 これほどの電撃なら、確実にダメージを与えられるはずだと、ゴールドは確信していた。 しかしこの電撃もまた、先程のミュウツーの時同様に、カゲツラに傷一つ負わせることは出来なかったのである。 「嘘だろ!?なんで電撃が通用しねぇんだよ!!地面タイプも持ってるとか言うんじゃねぇだろうな!!」 「もし、地面タイプも持っているというのなら、私の出番ね!スイクン、『ハイドロポンプ』!!」 愕然とするゴールドの横から、クリスのスイクンが放った強力な水の弾丸が、カゲツラを襲う。 「念のため、私も攻撃させてもらうわ。トドゼルガ、『吹雪』よ!」 クリスに続くように、カンナのトドゼルガが、猛烈な吹雪で追い討ちを掛ける。 しかし、それでも二人の攻撃は、大した効果を表していない。 カゲツラは、己の力を確かめるように、ほぼ無抵抗でこちらの攻撃を受け続けている。 まるで、絶対に負けることが無いということを、確信しているかのように。 「・・・奴には、必ず何か仕掛けがあるはずだ。それを見極めてみせる!エンテイ、『大文字』!!」 「なら、オレも付き合うぜ!サイドン、『地震』だ!!」 先程から、ダメージをほとんど受けていないカゲツラの秘密を暴く為に、 更にシルバーのエンテイと、グリーンのサイドンの攻撃が、空から、地上から襲い掛かる。 カゲツラは背中の翼を羽ばたかせ、宙に舞って地震を避けると同時に、一瞬体が液体のような柔らかい光を帯びる。 そしてエンテイの放った炎を、激しい水煙を上げながら相殺してしまった。 「く・・・こちらの攻撃が、ことごとく無効化されていく・・・!一体、どうやって・・・!?」 ((解らん・・・奴が全てのタイプを持ったポケモンだと仮定しても、ここまでというのは不自然すぎる)) 焦りと不安の為か、額に流れ出した汗を拭いながら呟くレッドに、ミュウツーも苛立ちを覚えたような声で答える。 事実、例え全てのタイプを持ち合わせていたとしても、ダメージを普通に与えられるタイプは存在する。 先程の『大文字』や『ハイドロポンプ』は、全てのタイプを持っていたとしても、 それぞれのタイプの相性を重ね合わせて差し引きすると、最終的には通常ダメージになるはずなのだ。 それなのに、無効化までとはいかずとも、どう見てもそのダメージは「効果は今ひとつ」なのである。 異常なまでに防御能力が高いというだけでは、説明が付かないほど、不自然すぎた。 「畜生・・・オレ達も加勢したいけど、アレだけの攻撃受けてもケロリとしてたんじゃ、足手纏いになっちまう!」 「悔しいが、同感だ。今の消耗しきった俺達では、何の役にも立てん・・・!!」 アオイとレイが、悔しそうに口を開く。 「ヒック・・・ヒック・・・怖いよ、もう・・・やめてよぉ・・・」 先程のミュウツー=アルファの一件で、ヨウヘイの心は恐怖に支配されたまま、泣き続けている。 「大丈夫、きっと大丈夫だよ。あんな悪い奴に、皆が負けるもんか・・・!そうだよ、絶対に負けない!!」 泣きじゃくるヨウヘイを慰めるように、シュンは言葉を掛けた。 ・・・まるで恐怖に押しつぶされかねない、自分にも言い聞かせるように、何度も、何度も・・・。 「ククク・・・では、そろそろこちらから行かせて貰おうか?」 カゲツラが両腕を前に突き出すと、強い光が束になり、急激に収束していく。 そして次の瞬間、一条の光となって放たれると、光と音は弾け散りながら地面をえぐり、レッド達へと襲い掛かった。 「・・・一旦上空へ退避だ。皆、無理に攻撃を仕掛けるな・・・!」 ケンはそう言ってファイヤーの背に乗り、ケンのパートナー達は上空へ移動する。 ケンが移動したのとほぼ同時に、レッド達もカゲツラの攻撃を避ける為に行動を開始し、左右に分かれて展開する。 その直後、光線は彼らがさっきまでいた場所に直撃すると、ドーム状の爆発を巻き起こし、森全体を大きく揺らした。 「・・・くっ、なんて威力だ!あれは『破壊光線』なのか!?」 爆風で飛ばされないように、左手で帽子を抑えながら、ゴールドが叫ぶ。 カゲツラが放った『破壊光線』によって出来たクレーターは、大地を半ば沸騰させかけており、 その周辺一体の温度は急激に上昇している。 「ならば、今は反動で動けないはず!もう一度攻撃を仕掛ける!エンテイ!!」 「ライコウ、あの化物を『噛み砕く』んだ!!」 シルバーのエンテイと、ゴールドのライコウが、再び攻撃の姿勢をとった瞬間、 今度は激しく大地が揺れ、隆起し、幾つもの石柱が出現して、再び彼らへ襲い掛かる。 誰もが『破壊光線』の反動で、まだ動けないと思っていた矢先の出来事。 再び攻撃を開始しようとしていたエンテイとライコウは、咄嗟の反応ができず、直撃を受けてしまう。 勿論、二匹の上に跨っていた二人も無事ではすまない。 「ゴールド君、シルバー君!」 大地を凍結させ、氷のレーンの上を走る、トドゼルガに乗ったカンナ。 幾多にも、無限と思えるほどに隆起を繰り返す、針のような石柱は、避け続けることすら困難になっていく。 その中でも、二人の身を案じて声をかけられたのは、流石「元四天王」と、言った所か。 だがその声も虚しく、今の二人も、そしてエンテイとライコウも、ほぼ戦闘不能であろう。 また、シュンはレッドのミュウツーに、ヨウヘイはグリーンのピジョットに助けられ、 レイ、アオイの二人は、駆けつけたクリスのスイクンの背に掴まることができ、なんとか事なきを得ることが出来た。 「クハハハハハハ!!どうした、貴様らの力はその程度か?口ほどにも無いぞ、小僧共!!」 勝ち誇って上げた、高笑いのその声すらも、衝撃波となって森を破壊し続けていく。 その時、カゲツラの身体を虹色の炎が包み込んだ。 その炎の主は、“スズの塔のホウオウ”。 己を私利私欲の為に捕獲し、操り、この森を焼き払ったカゲツラに怒り、何度も『聖なる炎』を放つ。 だが、「虹色の羽根」を体内に取り込み、 同じように『聖なる炎』をその身に宿すカゲツラには、その攻撃は余りにも無意味だった。 それでも、“スズの塔のホウオウ”は攻撃を続ける。 「・・・ぬるいな。もう貴様には用など無い、消えろ」 隆起した、大地に生えた石柱を掴むと、それを“スズの塔のホウオウ”へと投げつけた。 石柱は空高く舞い上がり、砕け、雪崩となって襲い掛かる。 それを避けられず、『岩雪崩』の直撃を受けた“スズの塔のホウオウ”さえも、カゲツラの前に力尽きてしまった。 「ククク・・・神とまで言われたホウオウも、この私の前では雑魚も同然。 無力だ・・・私の前では、全ての力が無力なのだ!思い知ったか、地に伏せる愚か者共よ! この私こそが真の神!!私こそが至高の王!!私だけが絶対であり、究極の存在なのだ!!!」 空からレッド達を見下しながら、バケモノへと姿を変えたカゲツラの声が、森中に響き渡る。 「エンテイやライコウだけじゃなく、ホウオウさえもあんなに簡単に倒してしまうなんて・・・ もう、私たちに勝ち目は無いの?あんな奴に、この世界を、この森のように滅茶苦茶にされてしまうの・・・?」 スイクンに跨ったまま、クリスは小さく呟きながら、一滴の涙を落とす。 誰もが口を閉ざし、絶望の底に突き落とされそうになっていた。 「神?王?絶対で究極?・・・笑わせるな。貴様のその妄想を、今から打ち砕いてやるよ。 スオウ、『地震』!ヒョウガ、『冷凍ビーム』!」 その時、今までの沈黙を破るように、伝説の鳥を従えた男──ケンが叫ぶ。 すると、ホウオウが起こした大地の揺れと、フリーザーの全てを凍らせる光の束が、カゲツラへ向けて放たれた。 「無駄だ無駄だ!!その程度の攻撃、蚊ほどにも効かぬわ!!」 「果たして、そうかな?スオウ、ヒョウガ。攻撃の手を休めるな!」 ケンの指示通り、ホウオウとフリーザーは連続してカゲツラへ攻撃を行い続ける。 「与えるダメージは微々たる物でも、蓄積していけばやがて大きなダメージになる。 だが、例えそうなってもカゲツラはすぐに、取り込んだミュウツー・クローンの力で、『自己再生』を行うだろう。 今のままじゃ、絶対に勝てない!ケンさん、ただ攻撃するだけじゃ勝てないんです!!」 レッドが叫ぶ。だが、その声を聞いても、ケンは己の行動をやめるつもりはない。 『地震』は宙に舞うことで、『冷凍ビーム』は身に纏った炎でほとんど威力を殺されてしまう。 ケンの攻撃が、カゲツラにほとんど効果を表していないのは、誰の目にも明らかだった。 「無駄だと言っている!観念しろ、ケン!!」 カゲツラが吼え、ケン達に襲い掛かろうとした直後だった。 「・・・今だ、フラッド。『波乗り』」 ケンがニヤリと笑みを浮かべると、先程のバンギラス達を倒した時のように、 地中から巨大な水柱が上がり、宙を舞うカゲツラの、真下から襲い掛かる。 それはカゲツラを包み込み、中からルギアが水柱より離脱していく。 「グ・・・この程度の小細工など・・・!!」 この時初めて、カゲツラが僅かにその顔を、苦痛に歪めたのである。 水柱は未だにカゲツラを捕らえ続け、フリーザーの冷凍ビームがそれを凍らせていく。 「やはりな。ライハ、そこで『十万ボルト』!!」 すると、今度はサンダーが激しい電撃を、カゲツラへ向けて放電する。 その光は凄まじく、ウバメの森全てを照らし出すほどのものだった。 「ぐ、ぐああああああああ!!!」 今まで電撃も、水の砲弾も、冷気も、全てがほとんど通用しなかったはずのカゲツラが、苦悶の声を上げたのである。 ((何故、何故カゲツラはまともにダメージを受けている? 今まで、ほぼ全ての攻撃を無効にしてきたというのに!ケン、どんなトリックを使ったのだ!?)) ミュウツーが驚きの声を上げ、他の面々もそのことに疑問を抱く。 「・・・簡単なことさ。皆は『テクスチャー』と『テクスチャー2』という技、 そして、ホウエンに住むカクレオンというポケモンの特性『変色』を知っているかい?」 ケンがそう言うと、一同は一瞬思案顔になる。 「・・・『テクスチャー』は自分を、自分の持つ技のどれかと、タイプを同じになる技。 そして、『テクスチャー2』は自分のタイプを、相手が最後に出した技の効きにくいタイプになる技・・・」 「確か・・・カクレオンの特性である『変色』は、 相手の技を受けた時、自分のタイプがその技と同じになる特性のはず・・・」 レッドの答えに続くように、クリスがケンの質問に答える。 すると、ケンは優しい笑みを返しながら、ゆっくりと頷いた。 「・・・そう。まだ他にも色々あるが、どれにも共通して言えるのは、自分のタイプを変更するということ。 では、もしもカゲツラの特性が、 『相手が技を使う直前に、己のタイプを二つ同時に、自分の意思で、自在に変えられる』物だと仮定したら?」 その言葉に、その場にいた全員が驚きの声を上げる。 「悪いね。皆がカゲツラに、好き勝手攻撃してくれているのを利用して、奴の能力を分析してたんだ。 そこで仮説を立てた。奴は、本当は三つ以上タイプを持っていないのではないか? もしかして二つしかなく、その上自分のタイプを、自在に変更できるのではないか?とね。勿論根拠はある。 何故なら、先程の炎と水の技は、仮に全てのタイプを同時に持っていた場合、普通に効くはずの技だからさ。 だが、奴には「効果は今ひとつ」だった。そこで俺は確信した。 普通のポケモンと同じ、二つまでしかタイプを持っていないのなら、 『地震』を飛行タイプで無効化し、『冷凍ビーム』を炎タイプになることで半減できても、 フラッドの『波乗り』と、ライハの『十万ボルト』は防御できないはずだと・・・」 そこまで言って、ケンは一旦言葉を切って、カゲツラの方に向きなおす。 まだ伝説の鳥達の攻撃は続いており、水柱は氷柱に変わっており、その中にいるカゲツラは電撃の光で輝いていた。 「三つ以上タイプを持っているのなら、『波乗り』はほとんど通用しなかったはず。 だが、ずっと使われ続けていた『地震』と『冷凍ビーム』を防御し続けるしかできず、 その途中で攻撃に加わった『波乗り』と『十万ボルト』までは、防御することができなかった。 ・・・結果、お前へのダメージは「効果が抜群」になったという訳さ」 確信を持った言葉が、力強く響き渡る。 やがて、伝説の鳥たちの攻撃は終わり、氷柱を割りながら、カゲツラが姿を現す。 「ハァッ・・・ハァッ!・・・き、貴様ぁあああ!!この、この私にダメージを負わせただとぉおお!! 認めん、認めんぞ!私は神なのだ!何者にも負けぬ、絶対者なのだ!! それが、それが再び奴如きにぃぃいいいいい!!!」 憎悪に満ちた声と共に、傷ついたその体は急激に修復してく。 その様子を、ケンはただ見詰めるだけだった。 静かで、冷たく、鋭い視線で、人を捨てた男を射抜くように・・・。 「言いたいことはそれだけか?結局貴様は、ただの生き物なんだよ。 神でも、人でも、ポケモンですらない、ただのバケモノだがな・・・」 一言一言が重く、ゆっくりと紡がれていく。 その迫力は、野生のポケモンが慌てて逃げ出しそうなほどのものだった。 「へ、へへへ・・・。聞いたか、シルバー?」 「・・・あぁ。奴がこちらの攻撃を無効化できる理由はわかった。 ならば、全員で同時に攻撃を仕掛けるまでだ!覚悟しろ、カゲツラ!!」 すると、先程カゲツラからの攻撃をまともに受けたゴールドとシルバーが、ゆっくりと立ち上がってきた。 その傍らには、同じように倒れていた筈のライコウとエンテイも、満身創痍ではあるが、再び戦う構えを見せている。 「二人とも、無事だったの!?」 立ち上がる彼らに気付き、クリスが声をかける。 すると、彼女を乗せたスイクンもそちらの方を向き、レイとアオイを降ろした後、二匹の方へと駆け寄っていく。 「そうと解れば・・・ミュウツー、まだ行けるな?」 ((問題無い。仕掛けが解かれば、それを破るのは容易い事。今度こそ、奴を倒す!)) ミュウツーは、背後にいるレッドの方を振り返らずに、静かに答える。 「レ、レッドさん!頑張って下さい!!」 一緒にいたシュンが、少し緊張した面持ちで激励すると、レッドは少しだけ表情を緩めた。 が、すぐに引き締めなおすと、ミュウツーへ指示を出す。 それに答えるように、ミュウツーが再びカゲツラへと向かっていく。 「さあ、私達も行かないと・・・ね!」 少し離れた所でカンナがそう言うと、クリス、ゴールド、シルバーが力強く頷いて駆け出していった。 今度は先程のように、単体で攻撃を仕掛けるようなことはしない。 ほぼ同時に、念、氷、水、電気、炎がカゲツラに襲い掛かった。 すると、カゲツラの身体は鉄のような輝きに包まれ、背中の翼はコウモリのようなものに変化する。 その結果、水、電気、念の威力が削られたが、炎、氷のダメージはまともに通る。 「恐らく、今のカゲツラは鋼、ドラゴンタイプ。でも、そんなことは問題じゃない! このまま畳み掛けるんだ!ミュウツー、手を休めずに攻撃を!!」 「えぇい、小賢しい!この私が、貴様ら如きに負ける筈が無い!!」 カゲツラが咆哮を上げると、それは再び衝撃波となって向かってきた。 更に、カゲツラは翼を羽ばたかせて突風を巻き起こし、それは強烈な熱気を帯びて襲い掛かってくる。 「『ハイパーボイス』に『熱風』!?二つの技を、同時に繰り出すことまで出来るの!?」 「だが、『任意にタイプを変更できる』特性とやらは、攻撃を行っている間は使えないようだな!」 クリスが驚きの声を上げるが、シルバーには大した問題ではないらしい。 相手は普通のポケモンとは、余りにも異質なのだ。最早、並大抵の事で驚くつもりは無いらしい。 ((ならば好都合!鋼には格闘技。先程喰らい損ねた『爆裂パンチ』を、特と味わえ!!)) それを知ると、ミュウツーは念弾による攻撃を中断し、右腕に力を溜める。 力強い輝きを放つその拳は、鋼鉄の身体をなったカゲツラの顔を、容赦なく殴り飛ばす。 その一撃がよほど強力だったのか、拳をまともに受けた鋼となった顔は、くぼみ、変形していた。 身体は大きく傾き、片膝を荒果てた大地にめり込ませる。 それに合わせるように、更に他の面々が集中攻撃を浴びせていった。 レッド達が、カゲツラの総攻撃を再開したことに対し、 それを再び静観していたケンの元に、ピジョットに乗ったグリーンが飛んでくる。 「・・・どうした?キミも戦いに加わら無いわけじゃないんだろ?」 怪訝そうな顔をしながら、ケンが話しかける。 それに答えるようにグリーンは、一緒にピジョットに乗っているヨウヘイを、親指で指し示した。 「こんなのがいたんじゃ、戦えねぇ。このチビと顔見知りなんだろ?預かってくれ。 何時までも後ろで泣かれてたんじゃ、気が散って仕方がねぇ」 「・・・簡単に言ってくれるが、俺もすぐに攻撃に加わるんだぞ? 相手はそんなに簡単に倒せる奴じゃない。余りゆっくりはできないんだが・・・・」 「別にアンタがいなくても、アレだけネタが割れれば、もう十分だ。 オレ達を散々利用して、アイツの特性を派手に暴いたんだ。いい加減、見せ場をこっちにも回してくれ」 どこか悪戯っぽい笑みを浮かべ、軽い口調で言うグリーン。 それには、ケンも苦笑するしかない。 「ははは、わかったよ。じゃ、くれぐれも油断しないでくれ。 俺も、ヨウヘイをシュン達の所に連れて行ったら、すぐに戻る」 ヨウヘイをファイヤーの背に移動させながら、グリーンに注意を促す。 「あぁ、平気平気。あんなバケモノなんざ、サクっと倒してやるさ。 残りのアンタの出番・・・全部オレ達が頂いてやるよ」 それだけ言うと、ピジョットは旋回して、カゲツラの方へと飛び去っていった。 「・・・さ、ヨウヘイ。早くシュン達の所に行こうな」 「・・・グスッ」 ケンにしがみつき、ヨウヘイは泣きながら静かに頷く。 「他の皆はここで待機していてくれ。 すぐに戻るが、イザという時は個々の判断に任せる。行こうグルーオン、ゼロ」 ミュウを肩に乗せ、ケンとヨウヘイは、ファイヤーの背に乗ってシュン達がいる場所へ向かう。 それを見守るように、他の伝説の鳥達は静かに、それでいて鋭く、カゲツラを警戒し続けていた。 炎、雷などによって発生した、様々な光が変則的に入れ替わり、空高く砂塵が舞い上がりながら、爆音が森を包み込む。 カゲツラとの戦いは、益々激しくなっていく。 だが、ケンが特性を見破ったというのが功を奏し、彼らが確実にダメージを与えられるようになった為、 カゲツラは防戦一方とも言えるほどにまで、追い詰められていた。 「ガァァァアアアアア!!ガキ共が図に乗りおってぇぇええ!! この絶対者の私に本気で勝てるとでも思っているのか!? 私は負けん!絶対に負けぬのだぁぁぁあああああ!!!」 無敵とも思えた力は、一人の男によってその正体を暴かれ、 自分が雑魚だと決め付けていた者達によって、大きなダメージを受け始めている。 『タイプの任意変更』の特性と、自己再生を使い分け、今は何とか凌いではいるが、それも時間の問題なのは明白だった。 思いもよらなかった反撃と、それを受けたことによる、屈辱と怒り。 今のカゲツラの心は、この一点に支配されている。 そして、それがとんでもない事態を引き起こした。 カゲツラの身体が突如、急激な光を発し始めたのである。 光は、カゲツラの身体を球状に包み込み、その直後、体の中に消えるように、急速に小さくなった。 ・・・そして・・・ 次の瞬間、強烈な光と、けたたましい爆発音がドーム上に広がると、森の大半を包み込んだ。 「・・・『大爆発』。だが、自分のエネルギーの全てを使う必要など無い。 ほんの僅かだけ体力を残し、『自己再生』で急速に回復することで、戦闘不能にはならない。 神であるこの私だからこそ。いや、この私にしかできない、究極の破壊技だ。 ・・・クッククク・・・クハハハハハハハハハハハ!!! どうだガキ共、これが力だ!これが万能なる神の力なのだ!! 私こそが絶対であり、至高にして究極!!私を倒すことなど、誰にも出来はしないのだ!!!」 隕石でも落ちたのかと思うほどの、巨大なクレーターの中心部には、カゲツラがただ一人、悠然と立っている。 勝ち誇った高笑いは、まるで悪魔の調べのように、大気を震わせながら響き渡っていく。 全てが灰燼に帰し、邪魔者は跡形もなく抹殺できたものと、思い込んでいた。 だが、爆発によって巻き上げられた砂煙が晴れた時、それはカゲツラが予想していた光景とは若干異なっていたのだ。 『大爆発』の直前に、伝説の鳥であるフリーザー、サンダー、ルギアがレッド達の前に出て、 彼らの『リフレクター』『光の壁』『神秘の守り』を組み合わせた特殊な合体技である、 <護光三壁陣(トライシールド)>によって守られており、なんとか命だけは助かっていた。 「く・・・なんて滅茶苦茶な奴だ。まさか、あんな手段まであるとは・・・」 直接間近で戦っていたレッド達とは違い、後方に待機しており、 爆発からやや遠い場所にいたレイ達は、ヨウヘイを連れたケンと合流した直後、先程の『大爆発』に巻き込まれかけた。 <護光三壁陣(トライシールド)>と、ケンのミュウが『サイコキネシス』によって、 ある程度威力を相殺したお陰で、事なきを得たのだ。 「・・・レッドさん達は!?」 砂煙によって遮られていた視界が晴れてくると、シュンはカゲツラと戦っていたレッド達の姿を探す。 暫く辺りを見回して、やっと見つけたレッド達は皆、荒涼とした大地に横たわっていた。 「ほう・・・この技を防ぎきったか・・・。流石、長年私の邪魔をしてきただけはある。 だが、残念だったな。幾ら貴様らが高い防御能力を持とうとも、貴様らが守ろうとしたガキ共までは、 完全に守りきることはできなかったようだぞ?・・・これが貴様らとこの私との力の差だ! 大人しく、我が細胞の一部となって生きるがいい!!」 再び攻めてくるカゲツラを迎え撃つ三匹。それにホウオウも加わり、戦いは再開されていった。 ((・・・クッ、大丈夫か?レッド・・・)) 「・・・すまない、ミュウツー。俺が足を引っ張っちゃったな・・・」 覆いかぶさるようにして、爆発の衝撃からトレ−ナーであるレッドを守ったが、 その時受けたダメージは、戦闘不能寸前とも言えるほどのものだった。 そして、レッドを抱き起こしながら、ミュウツーはなんとか立ち上がり、『自己再生』を試みる。 一方、ゴールド達はというと、爆発の直前に、グリーンのサイドンとピジョットが、 ゴールドとシルバーとその相棒の二匹を庇うように立ち塞がった為、戦闘不能となっていた。 だが、そのお陰で何とか命を落とさずに済んだのだ。 それほどまでに、彼らが今までに受けていたダメージは大きかった。 クリスとカンナの二人は、力尽きて倒れている“スズの塔のホウオウ”を、 爆発の衝撃から身を挺して守り、最早クリスのスイクンは、動くだけで精一杯。 カンナのトドゼルガは、戦闘不能になってしまっていた。 今、この状況下でまともに戦えるのは、ケンのポケモンだけ。 回復さえ終われば、レッドのミュウツーも、再び戦線に復帰できるだろう。 だが、それをカゲツラが容易に許すはずが無い。 回復している間、相当邪魔をしてくるだろう。 故に、戦えるトレ−ナーは、事実上ケン一人となってしまった。 「スオウはカゲツラを少しの間だけ足止めしてくれ! その間にフラッドは『自己再生』、ヒョウガは『眠る』を使って体力を回復! ライハは、こっちに戻ってくれ!グルーオンはライハと入れ替わり、スオウの加勢だ!!」 伝説の鳥たちに指示を出した後、 ケンは傷ついたサンダーを呼び寄せ、代わりにファイヤーを戦闘へ向かわせる。 そして、サンダーがケンの元に舞い戻ってくると、用意していた体力回復用のアイテムを使い、 その後、シュン達の方を向いて、静かな口調で話し始めた。 「・・・シュン、レイ、アオイ、ヨウヘイ。もう行くから、もう少し離れているんだ。 次にまた、さっきのような攻撃が来ても、助けられるとは限らない。いいね?」 そう言って、シュン達の答えを待たずに、ケンはサンダーとミュウを連れてカゲツラに向かっていく。 「兄ちゃん、待って!ケン兄ちゃん!!」 「やめろ、シュン!オレらが行っても、邪魔にしかならないのはわかってんだろ!」 シュンがケンの後を追って走り出そうとすると、それをアオイが阻む。 肩を掴まれ、後を追えなくなったシュンは、見ているしか出来ないことが、ただただ、無念で仕方がなかった。 もっと自分が強ければ。もっと自分に力があれば。そうすれば、皆を守れるのに。 自分には、それすらも出来ない。何一つ、守れる力が無い。 想像を絶する戦いの中で、少年は余りにも無力すぎた・・・。 「ヒョウガ、ライハは『リフレクター』と『光の壁』を維持! ゼロとグルーオン、スオウはそれぞれの判断で攻撃を!フラッドは指示を出すまで待機だ!!」 フリーザーとサンダーで防御を固め、待機しているルギア以外の三匹は、 攻撃技を頻繁に変えながら、カゲツラを翻弄する。 自在に空を舞う抜群のコンビネーションは、カゲツラが『大爆発』を使う余裕を与えない。 いや、恐らくはもう使えないのかもしれない。 アレだけの威力の技を使っている間、自分の体力も回復し続けなければならないのだ。 そんな技を連続して使えば、間違いなく自分が死ぬ。 それをわかっていたからこそ、最初からあの攻撃を使わなかったのだろう。 だからこそ、今の内に倒してしまうしかない。 勿論カゲツラの方も必死だ。なんとかして、この邪魔者を排除できないか? 彼の思考は、今はそれ一点にのみ使われていると言ってもいい。 互いに、決して一歩も譲れない戦い。生きるか死ぬか? 選択肢はそのどちらかしかない、生存を賭けた戦いは、益々激しさを増していく。 その時、事態は動く。 カゲツラが、ケン達の間を縫うように、遥か後方に避難しているシュン達目掛けて、『破壊光線』を放ったのだ。 「・・・いかん!ヒョウガ、来てくれ!!」 ケンはフリーザーの背に飛び移ると、強力な一筋の光を追い越し、その射線上に先回りした。 「ヒョウガ、『リフレクター』を全開にして、あの攻撃を受け止めてくれ!!」 フリーザーの背の上で、ケンが叫ぶと、それに答えるように、輝く障壁は、更にその光度を増していく。 その直後、激しい爆音が響き渡り、何度目かもわからぬ砂煙が、辺りを包み込んだ。 「ケン兄ちゃん!!」 シュン達が口々に名を呼びかける。 煙が晴れ、中からは、傷だらけになって大地に投げ出されたケンと、力尽きたフリーザーの姿があった。 「・・・すまん、ヒョウガ。俺達は必ず勝つ。だから、今はゆっくりと休んでくれ」 悲しそうに、無念を押し殺すようにそう言うと、フリーザーをモンスターボールの中へ戻す。 だがその時、彼の眼前に、巨大な影がそこにいた。 「・・・カゲツラ!何時の間に!?」 「簡単なことだ。貴様が戦線を離脱する瞬間、奴らに一瞬だが私から気が逸れた。 その時に、『破壊光線』に紛れてここまで来ただけの事・・・。 奴らが加勢に来るよりも、私の方が一瞬早く、お前を殺せる。 ・・・長かったこの戦いも、コレで終わりだ・・・死ね!!」 拳を振り上げ、カゲツラはケンに襲い掛かる。 「兄ちゃん、危ない!逃げて!!」 シュンが呼びかけるが、それは無理だということは半ば理解していた。 避けようにも、ケンの身体は先程の『破壊光線』を、フリーザーと共に防いだ時に、負傷しまった。 もう暫くは、満足な動きが出来ないことは、自分がよくわかっている。 ・・・そして、拳が振り下ろされた・・・はずだった。 だが、カゲツラの身体には、巨大なツルが全身に巻き付き、体の自由と、力を奪っていく。 それはやがて、巨大な樹木へと変貌し、カゲツラの身体を、その中に押し込めてしまったのだ。 「嫌だ・・・誰かが死ぬなんて嫌だぁぁああ!!」 カゲツラが拳を振り上げる直前の事だった。 シュンが叫び、それに呼応するように、彼の持つモンスターボールの内の一つが輝きを放つ。 その輝きに気付いた少年は、それを手に取り、カゲツラの方へ投げた。 「ビット!皆を、誰も死なせないで!力を貸して!!」 悲痛ともいえる叫びを受けて、閃光と共にそのポケモンは姿を現し、カゲツラに一つの種を植え付けたのである。 『宿木の種』。 それは、相手の体力を徐々に奪っていく、草タイプの技。 だが、それはシュンを主と認めた、森を育む神とされるセレビィの力によって、通常とは異なる力を発揮したのだ。 「・・・シュン・・・?まさか、セレビィにここまでの力があるとは・・・」 大木の中に押し込められたカゲツラを見詰めながらケンが呟くと、シュンが駆け寄ってきた。 「兄ちゃん、大丈夫!?ぼくも・・・ぼくも戦うから! 誰も、死なせたりしたくない。だから、ぼくも戦いたい!!」 真っ直ぐな瞳で、青年を見詰める。その真摯な思いは形となって、この奇跡を引き起こしたのだ。 「シュン・・・ありがとうな。もう、大丈夫だ。これで決着をつける。 ・・・フラッド、準備はいいな?」 少年の頭を撫でてやりながら、青年は鋭く言い放つ。 それに答えるように、青年の元に駆けつけたルギアは大きく口を開くと、大量の空気をそこに集め始める。 そして、何故かルギアの身体は薄く発光を始め、口元には、幾つもの光の飛礫が高速で動き回っていた。 「・・・大木を傷つけるのは心苦しいが、シュンとセレビィが作ってくれたチャンスを、無駄にはしない。 行くぞフラッド・・・『エアロブラスト』・・・撃てぇぇぇぇえええええ!!!」 その号令と同時に、ルギアの口から、光が強力な熱を帯びて放たれる。 大抵の物質がそうであるように、空気も圧力をかければかけるほど高温になり、やがてはプラズマ球を形成する。 大量の空気を吸い込み、それをエスパー能力によって、口元で急激に圧縮して撃ち出す大技。 それは大木と、その中にいるカゲツラを焼き払い、森を突き抜けていく。 恐らくは、カゲツラの『破壊光線』すらも、凌駕する程の威力だろう。 それ程の技をまともに受けては、カゲツラも消し飛んでいるはずである。 だが、それを放ったルギア本人も、無事で済むはずが無い。 通常の『エアロブラスト』とは余りにも異なる上、威力も半端ではないのだ。 それは一撃限りの、捨て身の攻撃だった。 「ありがとう、フラッド。もう休んでくれ・・・戦いは・・・終わったんだ」 渾身の『エアロブラスト』を放ち、荒果てた大地に、どうっ、と身を横たわらせたルギアを労る様に、 ケンは優しく声をかけながら、モンスターボールの中で休ませてやる。 ((・・・終わったのか・・・?)) ミュウツーがレッドを抱えながら、こちらに向かって歩いてくる。 ケンは静かにミュウツーとレッドに頷き返す。 また同じように、ゴールドやレイ達なども、こちらに向かってきていた。 誰もが、この戦いの終結を心から喜んだ。 「シュン・・・お前、何時の間にそんなポケモンを?」 「えへへ・・・さっき、ちょっと・・・ね」 レイの質問に、シュンは少し顔を赤くしながら答える。 「しっかし・・・ここまで来ると反則だぜ。 カゲツラも相当滅茶苦茶だけど、ケン。あんたの方も相当滅茶苦茶だな?」 先程の『エアロブラスト』の事を言っているのか、ゴールドがケンをからかう様に口を開く。 「あれはフラッドの切り札さ。一撃限りの・・・ね。 でも、そのお陰で、なんとか倒すことが出来た。 ・・・こんな決着の仕方しか出来なかったのは・・・不本意だけどね」 そう言うケンの表情には、どこか暗い影が落とされている。 仕方がなかったとはいえ、長年戦ってきた敵とはいえ、相手の「死」という形でしか、 決着を付けられなかったことを、どこかで悔やんでいるのだろう。 「それはともかく、シュン君・・・だっけ? まさか、キミがセレビィに選ばれたトレ−ナーだったなんてね。正直驚いたよ。 でも、そのお陰でカゲツラを倒せた。・・・ありがとう」 「・・・へ?え!?・・・あ、その・・・えっと・・・」 レッドに声をかけられ、シュンは一瞬でガチガチに固まってしまった。 「憧れのトレ−ナー、レッドさんに声かけてもらって緊張してんのか? そうだよなぁ、シュンは色違いの服装にしちまうくらい、レッドさん尊敬してるもんなぁ」 「あ、アオイは黙っててよ!!」 からかってくるアオイに、顔を真っ赤にしながら、必死で抗議するシュン。レッドは、それを楽しそうに眺めていた。 「ボク・・・もう眠いよぉ・・・」 「さっきまで、ぴーぴー泣いてた割には、緊張感がねぇ台詞だな」 眠たい目を擦りながらヨウヘイが言うと、それをグリーンが苦笑する。 そんな談笑をしている彼らを、白み始めた東の空が、静かに見守っていた。 ・・・ヒュン!! 風を切る音と共に、一条の光が、ケンの頬をかすめる。 皮膚が裂け、紅い液体がゆっくりと流れ出す。 それと同じように大地は裂け、地鳴りが起こり、再び隆起を始めた。 「まさか、カゲツラはまだ生きていたの!?」 亀裂が走ってくる方向を見ながら、クリスが叫ぶ。 燃えカスが覆う地面の下から、体の様々なパーツが欠けたバケモノが姿を現す。 意味不明な呻き声と、狂ったように無理矢理再生していく体細胞。 だが、その再生は、先程までのように、元の姿に戻るものではない。 更に異形なモノへと、変質を始めている。 「・・・体内にある薬品と、ポケモンの細胞が暴走を始めた・・・? 宿主であるカゲツラが死なないように、体の組成を無理矢理組み替え始めているのか!?」 それを見たケンが叫ぶ。 カゲツラは体から、幾つものツルの様なものを伸ばし、 その近くでほんの僅かに生き残っていた植物や、 逃げ遅れていたらしいポケモンに突き刺さり、養分を吸い尽くしていく。 「・・・ちぃ、バケモノめ!!」 舌打ちをしながら、シルバーがその場から飛び退く。 それに倣うように、他の面々もすぐに後退していった。 「シュン!もう一度、セレビィの力でアイツの動きを止めてくれ!! ・・・今度こそ、俺が確実にカゲツラを仕留める!!」 ケンが鋭く叫ぶと、シュンは無言で頷いてセレビィのほうを見る。 それに答えるようにセレビィは、今度はカゲツラの下の地面に向かって『宿木の種』を放った。 セレビィは歌うように、不思議な音色を同時に響かせ始める。 すると、先程とは比べ物にならない数のツルが、カゲツラの身体に絡み付いていく。 急速に成長する植物は、再びカゲツラを押し込め、身動きを封じた・・・ように見えた。 カゲツラがいる部分が、急激に腐食を始めたのだ。 樹木を食い破るように姿を現し、咆哮を上げるカゲツラ。 その時、再び樹木の中に押し込めるかのように、幾つもの念弾がカゲツラに襲い掛かる。 ((こいつは私が抑える!早く決着を付けろ!!)) 「ここはミュウツーで抑えます!早く!!」 ミュウツーとレッドが叫ぶ。 「すまん・・・グルーオン、用意はいいな?『ゴッドバード』だ! ・・・スオウはそれに重なるように『聖なる炎』!!」 ケンが指示を飛ばすと、ファイヤーの身体は燃え上がり、光が集る。 そして一呼吸後、ファイヤーは巨大な光を纏いながら、飛び出していく。 それに重なるように、ホウオウが『聖なる炎』を纏い、ファイヤーを包む光の中に溶け込んでいった。 すると、二匹は金色の炎を纏った巨大な火の鳥となって、自我を失い、暴れ狂うカゲツラに迫る。 「・・・これが、グルーオンとスオウの合体技でもある切り札!『フェニックス』だ!!」 再びカゲツラを、強烈な光が貫いていく。 その光景は、殺伐とした殺し合いでもあるはずなのに、余りにも美しく、見るもの全てを魅了した。 だが、それを受けてもカゲツラは、まだ活動を止めてはおらず、最後の足掻きを繰り返している。 そこへ、カゲツラの頭上から迫る、漆黒の、一つの影があった。 その影は、闇を払うように照らし出し始めた、太陽の放つ光を背負い、その右肩にはミュウを乗せていた。 ミュウはその長い尻尾を、影の右腕に巻きつけると、男の拳を様々な色の光が包み込んだ。 「・・・ゼロがほとんど戦いに参加しなかったのは、グルーオン達の力を少しずつ自分に溜めていたからだ。 そして、その力は今、全て俺の拳に集っている・・・これで終わりにしよう。 始めから、人間同士のイザコザの決着を、ポケモン達に付けさせてはならないんだ! カゲツラ!!お前の中の千暗(せんが)の闇!!今ここで、全て打ち砕く!! ゼロ達が俺に託してくれたこの力で、無明の闇を照らしつくしてやるよ!!!」 拳がカゲツラの、かろうじて頭部だとわかる部分に直撃する。 そこから無数の亀裂が走り、砕け、静かに、音もなく崩れ落ちていった。 友と歩み続けた道 決して楽なものではなかった だが、それは何物にも変え難い絆になった 多くの想いを背負い、男は全ての決着をつける それは決して、誉められた方法ではないかもしれない それでも闇は照らされ、光が満ちてくる ・・・今、光と闇は再び一つになった・・・