第6話 新しい目標 -Her father- ポケモンセンターを出たアカツキは、セイジに教えてもらった道を進み、102番道路に合流した。 正規のルートでは、今まで辿ってきた道は通らない。 というのも、合流点が茂みに隠れた脇道だったたからだ。 よほど物好きで、茂みを見たらガサガサしてみなきゃ気が済まないような性格の持ち主でない限りは、まず近寄ることもないだろう。 しかしながら、合流点にはちゃんと立て札があって、『トウカシティ→』と書かれてあったところからして、『元』は合流点だったらしい。 茂みを抜け出して、立て札の表示に従って102番道路を西へ進む。 「やっと普通の道に出られたね」 「チャモ!!」 アカツキの言葉に、忙しげに周囲を見回しているアチャモが大きな返事をくれた。 普通の道とはいえ…… 今まで通ってきた道と大差ないのが実際のところ。 コトキタウンとトウカシティを結ぶ道路だが、人の通りは疎らだ。 周囲の環境に配慮した結果なのだろう、道は整備されているものの、それはアスファルトによるものではなかった。 普通の砂利道に土をかけてローラーで固めたようなシロモノだが、歩きにくさは感じられない。 要するに、普通の道路だったというわけである。 主要な都市を結ぶ幹線道路は高架上に設けられており、人と自動車が同じ道を通ることはほとんどない。 「空の青さが気持ちいいなぁ」 なんてことを言いながら、立ち止まり、背伸びをする。 青い空。白い雲。何の変哲のない空も、今のアカツキからすれば大変素晴らしいものに見えた。 ついさっきまで森の中にいたのだから、生い茂る木の葉に空を覆われ、指で作った四角形程度の広さでしか見えなかったのだ。 青々と広がる海を、白い雲が流れていく。 誰もがつまらないことと、騒ぎ立てることでもないと、そう思うのだろう。 しかし、 「ゲイツ、ゲイツ」 陽気なアリゲイツは、前脚を何度も振り上げている。 二日ほど森の中にいて、同じ景色ばかり見てウンザリしていたのかもしれない。 「やっと102番道路に出られたね」 リュックからタウンマップを取り出して、現在位置を確かめる。 今流行りのGPS機能を宿したモノ(ポケギアとかポケナビなど)を持っていないアカツキには、周囲の地理から位置を探るしかない。 それでも、不安や焦りなどは感じられなかった。 「旅するのにGPSなんておもしろくないもん」 と、至って男の子らしい――冒険心の強さをうかがわせる一言でGPSなど斬って捨てられてしまうのだ。 夢のない冒険など要らないと言わんばかりに。 「えーっと……」 マップ上の102番道路、その一点を指し示す。 現在地はすぐ近くに森が広がっているところだから…… 「あ、もう近いんだ!!」 西に四キロほど歩いたところに、トウカシティがあるようだ。 子供の足だが、遅くとも二時間もあれば十分にたどり着けるだろう。一本道のようだし、迷う心配もない。 「よーし、早く行ってポケモンジムに挑戦するぞぉっ!! 行こう、アチャモ、アリゲイツ!!」 「チャモ!!」 「ゲイツ!!」 待ってました。 そう言わんばかりの顔でアカツキを見上げるポケモンたち。 互いに頷き合って、トウカシティの方角へと駆け出した。 さすがに走り詰めというのは疲れるようで、十分少々したところでペースダウン。徒歩に戻る。 道なりに歩いていくうち、やがて前方に街の影がおぼろげに見え始めた。 「チャモ〜っ!!」 アチャモが瞳を輝かせ、はしゃぎ出す。 「うん、あれがトウカシティだね」 道などを確認する必要もなくなり、タウンマップをしまう。 アカツキは歩いていくにつれ鮮明になってくる街並みを見据えた。笑みが影を潜め、真剣な顔つきに変わっていた。 初めてのジム戦。 ジムリーダーはどんなトレーナーなんだろう? ジムリーダーはどんなポケモンを使ってくるのだろう? ぼくは勝てるんだろうか? 期待と不安が複雑に絡み合う心中を引き摺ったまま、アカツキはトウカシティに足を踏み入れた。 間近で見る街並みは、以前訪れた時とまるで変わっていなかった。 全部が全部そのままというわけではない。 あの時とは季節が違うから、街路樹も青々としているし、道を歩く人の服装もどこか微妙に違うかもしれない。 「ポケモンセンターに寄っていこうかな?」 アカツキは黙々と自分の後をついてくるアチャモとアリゲイツを見つめ、ふと思った。 ジム戦に挑むからには、万全のコンディションを期すべきだ、ということは重々承知している。 だが、アチャモもアリゲイツも、コンディションに関してはほぼ万全に近い状態に見える。 バトルをしたわけでもないし、特別疲れるような運動をしているわけでもない。 「よし、このままジムに挑戦しよう。でも……」 決めるその前に、一度立ち止まり、振り返った。 「アチャモ、アリゲイツ。 これからポケモンジムに行くよ。バトルすることになるけど、大丈夫かい?」 「ゲイツ!!」 「チャモ!!」 念のためにコンディションを確認してみるが、元気いっぱいの様子で、心配は要らなさそうだ。 心配事もぜんぶ取り除かれたところで、再び歩き出す。 ミシロタウンより都会的な面があるのが、標識の分かりやすさで丸分かりだった。 交差点ごとにひとつひとつの標識が丁寧に道案内をしてくれる。 おかげで迷うこともなく、順調に歩みを進められた。 二十分ほど歩いて、大通りから一本路地を隔てたその先に、トウカジムが見えてきた。タウンマップで確かめてみると、間違いなさそうだ。 ポケモンジムというのは基本的にジムリーダーやジムトレーナー(弟子)の住居も兼ねているので、一目でジムだと区別がつく大きさである。 間近まで歩いていって、ジムの大きさというものに改めて想いが及ぶ。 「うっわーっ、大きいなぁ……」 アカツキはジムを見上げ、ため息を漏らした。 ジムは体育館を思わせるような佇まいで、屋根は円を描いている。 壁は灰色に塗られており、見るからに重そうなボンテージ付の扉が、ジムという雰囲気を醸し出している。 「ここが、トウカジム……」 アカツキは身体を震わせた。 緊張からか、それとも…… 勝てるかどうか不安――という気持ちが強いのは事実だった。 新人トレーナーが楽に勝てるのであれば、ジムリーダーなど務まらないだろう。 だが、ジムに挑戦すると一度決めた以上、そのことを曲げるつもりなどアカツキにはなかった。 気の強くない十一歳の少年だが、やる前からあきらめるというのは一番嫌いだった。 だから―― 「アチャモ、アリゲイツ……行くよ!!」 意気込みを新たに、扉の前まで歩いていって、ノックする。 「すいませーん!! ジム戦に来ました、ミシロタウンのアカツキと申しますけど〜!!」 返事が来るのをじっと待つ。 だが―― 「あれ?」 十秒待っても返事がない。これにはさすがに拍子抜けしたが、もう一度ノックしてみる。 再び訪れる静寂。二十秒経っても返事はなかった。 「いないのかなぁ……」 扉の向こうには誰もいないんだろうか。 アカツキはガッカリしたように肩をすくめた。 まさかジムに休日があるとは思えないし……単にジムリーダーがジムトレーナーを連れて野山に出かけているのかもしれない。 いや、それならちゃんと張り紙くらいはするだろう。今日は都合によりジムは休みますとか。 それがないということは……? 「一体どうなってるのかなあ?」 いくら待ってみても、ジムから反応はなかった。 「明日なら大丈夫かなぁ?」 とりあえず、今日は止めておこう。そう思ってアカツキは踵を返したのだが、その先に黒髪の男性が立っていた。 「え……」 じーっと、振り返ったアカツキの瞳を見つめている。 アカツキもその男性の瞳を見つめ返す。不思議と身体が動かなかった。 気のせいか……見覚えがあるような気がするのだ。目の前にいる初対面のはずの男性に。誰かに似ている。 だが、それが誰なのか思い出せない。モヤモヤと、記憶に雲がかかっているかのようだ。 スラリと背が高く、引き締まった身体つきをしているのが服を通してもよく分かる。 短く刈り込んだ黒髪に、整った顔立ち。意志の強そうな瞳は、旅に出たまま一年も戻っていない兄ハヅキを思わせる。 年の頃は三十代といったところで、オダマキ博士やカリン女史、自分の母親と同じくらいの世代だろう。 アカツキより頭二つ分ほど背の高い男性は、ひたすらに彼を見つめているばかり。言葉を発することもなく。 これが無言の圧力というヤツだろう。 ただじっと見ているだけなのに妙に迫力があって、足が動くなら逃げ出しているところだが、どういうわけか足がすくんで一歩も動けない。 「えっと……あの……」 何も言ってこないから、どういう反応をすればいいものか分からず、アカツキは視線を逸らした。 一体いつから立っていたのだろう。振り返るまで気づかなかった。 アリゲイツやアチャモは気づいていたようだが、それをトレーナーであるアカツキに知らせようとしなかった。 アチャモはともかくとしても、アリゲイツなら、相手が危険であることを察したのであれば確実に知らせるだろう。 いくら陽気な性格をしていても、本能が嗅ぎ取った『におい』に対して反応を示さないと言うことはないはずだから。 それがない、ということは……? そこまで考えたところで、男性の口が動いた。 「君は、もしかしてアカツキ君?」 「へ?」 唐突過ぎる言葉に、アカツキは言葉を失った。 初対面のはずの相手が、どうして自分のことを知っているのか。考えられる選択肢は数限りなくあったが、どれもが真実味を帯びていない。 要するに分からなかったのだ。 「えっと……誰、ですか?」 得体の知れない何かを目の前の男性から感じた。 辛うじて足が動く。引き摺るように一歩後退りする。 どんっ、とジムの扉に背中がぶつかり、鉄の冷たさがじわりと広がっていくのを感じた。 「ああ、初対面だったな。私はセンリと申す者」 「センリさん……ですか」 はて…… アカツキはセンリと名乗る男性を見上げたまま、首を傾げた。 どこかで聞いたような名前だと思ったが、思い出せなかった。 「名前より、こう言った方がわかりやすいのかな、君には? ハルカの父親だって言った方が」 「え……ええっ!? は、は、ハルカのお父さん!?」 アカツキは素っ頓狂な声を上げた。アチャモもアリゲイツも驚いているようで、目をぱちくりさせている。 「おや? その様子だと、ハルカは君に私のことを言ってなかったみたいだね」 ニコッと、口の端に笑みを浮かべる。 アカツキは信じられない気持ちがある反面、ああそうなんだ……という納得できる気持ちも抱いていた。 誰かに似ていると思ったら、それはハルカだったのだ。 聞かされた後だから、余計にそう見えてくるのかもしれないが。 「驚いたりしてごめんなさい。ぼく、知らなかったんで……」 「いや、構わないよ。初めて会うんだから、知らなかったとしても不思議じゃない」 慌てて謝るアカツキを手で制し、センリは言葉を続けた。 「ここに来たってことは、ジムに挑戦しに来たのかい?」 「は、はい。あの、ジムは休みなんですか?」 躊躇いがちに訊ねるアカツキに、センリは笑みを深めた。 「ハルカが言ってなかったのなら、分からなくて当然なんだろう」 「え、どういうことですか?」 何が何だか分からない様子のアカツキ。 対するセンリは…… 何か微笑ましい光景でも見ているように、柔和な笑みを口元に浮かべている。 「トウカジムのジムリーダーは君の目の前にいるということだよ」 「ぼくの目の前……って……え、まさか……センリさんが!?」 「そういうことだ。 ああ、そうだ……娘の友達にさん付けで呼ばれるのもなんだから、おじさんと呼んでもらえるとありがたいね」 信じられなかった。 ハルカのお父さんというのは本当だろう。 だが、トウカジムのリーダーだなんて……いくらなんでも突拍子がなさすぎる。 そういえば、トウカシティにいるすごいトレーナーだとは言っていたが、まさかジムリーダーだったとは。 センリとしてもアカツキの心情は察しているようで、ちゃんとフォローを入れてくれた。 「一応本当のことなんだけどな。 まあ、こんなところで話すのもなんだからね。お茶でも淹れよう。ついてきたまえ」 「え……」 「君とはいろいろ話をしてみたいと思っていたんだ。ハルカがうれしそうに君のことを話していたから」 「はあ……それじゃあ、おじゃまします」 アカツキは頷くと、センリの後について歩き出した。 ジムの脇には、道路から隠れるような形で家がそびえていた。ジムの陰に隠れてしまうほど小さい平屋建てだった。 「ひとり暮らしなんですか?」 「ああ」 センリは玄関の鍵を開けながら、アカツキの質問に答えた。 「ちょっと込み入った事情があってね、今は別々に暮らしているんだ。 オダマキ博士とは知り合いだから、ミシロタウンにハルカたちを住まわせたんだよ」 ドアを開け、アカツキを招き入れる。 「おじゃまします」 声を潜めるアカツキ。 玄関をくぐり、辺りを見回す。 掃除の行き届いた廊下や下駄箱。ひとり暮らしとはとても思えないほど片付いている。 キレイに磨かれたフローリングの床に映るもうひとりの自分を、アチャモは食い入るように見つめていた。 「アチャモ、アリゲイツ。モンスターボールに……」 「いや、そのままでいい。 君のアリゲイツはあんまりモンスターボールに入りたがらないと、ハルカから聞いているからね」 「はあ……分かりました」 モンスターボールを二つ手に取ったものの、センリにきっちり突っ込まれ、渋々腰に戻した。 人様の家に上がるのに、ポケモンを出したままでは悪いだろう。オダマキ博士の研究所や自分の家ならともかく。 礼儀はちゃんと守らなくちゃいけないという認識はあるのだが、きっちり言われた以上、先方の言葉に従うべきだろう。 それもまた、礼儀だ。 短い廊下を抜けて、通されたのはリビングだった。 見るからに高価そうな絨毯。天板が硬質ガラスのテーブル。 左右両側からテーブルを挟み込んでいるソファは生い茂る木の葉のように鮮やかな緑色をしていた。 男性が独り暮らししているとは思えないほど部屋全体のセンスがよく、色調もどこか控えめだ。 リフォームは人柄を表すという言葉聞いたことあるが、それは本当かもしれない……アカツキはそう思った。 「やっぱりハルカのお父さんだなぁ……すごいや……」 さすがはジムリーダー。独り暮らしだから、そこのところもしっかりしているんだなと思った。 「適当にくつろいでいてくれるかい。ジュースでも持ってこよう」 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 ペコリと頭を下げて、アカツキはソファに腰を下ろした。 ふかふかした柔らかい座り心地が、なんともたまらない。 深く沈み込んでいくように感じられるが、それでも視点が低くなっているようには思えない。 高級なソファに違いなかった。 テーブルを挟んだ向こうのソファでは、礼儀など知らぬ存ぜぬと言いたそうに、アリゲイツとアチャモが飛び跳ねて遊んでいた。 その姿を見て、アカツキはギョッとした。 いくらなんでもそれはマズイと思い、 「アリゲイツ、アチャモ。ちゃんとおとなしくしようよ。ここ人様のお家なんだから……」 慌ててそう言ったところに、両手に缶を持ったセンリがやってきて、言ってくれた。 「ははは、元気のいいポケモンだね。気にしないで存分に遊ぶといい」 「え、でも……」 「いいんだ。元気のいいポケモンを見ると、私もうれしくなるよ」 「はあ……」 アカツキは生返事したが、センリが人間的に尊敬できるということだけは分かった。 なんて心が広いのだろう。 ポケモンをモンスターボールに戻さなくてもいいと言い、さらにソファで存分に遊んでもいいとまで言ってくれた。 もう少しポケモンのサイズが大きかったらさすがに考えていたのかもしれないが、それでも彼の器の大きさには脱帽。ため息が漏れるばかりだ。 「はい、どうぞ」 センリは右手に持った缶をアカツキに渡してくれた。 「あ……じゃあ、いただきます」 ちゃんと礼を言ってから、飲み始める。 缶にはスポーツ飲料とプリントされていた。 アカツキも飲み慣れているポピュラーなジュースだったので、抵抗なく喉に流し込んでいける。 センリはアカツキの隣に腰を下ろした。 向こう側のソファはポケモンに占領されているので、止む無くこちら側に、という感じだった。 ただ、そのことを気にしているような表情ではなかった。度量の広い男性である。 「ハルカはいつここに立ち寄ったんですか?」 「昨日だよ。同じ日に旅立ったって言ってたけど……」 「じゃあ、コトキタウンから一日で来たんですね」 「そうなるかな。そんなに急ぐことはないと言っておいたんだが…… 私に会うのをよほど楽しみにしていたらしいね。半年も会ってないから」 「半年も……」 アカツキが絶句したのを尻目に、センリは笑っていた。 子供のそういうところを見てみると、実に微笑ましいのだ。多少のムチャも美徳とさえ思える。 それに、父親の暖かさというのが全身から溢れ出しているような気がしてならなかった。 アカツキの父は彼が幼い頃に死別したそうだ。父のぬくもりだとか、記憶だとか、そういったのは一切残っていない。 だから、センリに父親としてのぬくもりを感じてしまった。 甘えたいという気持ちをハッキリと目に見えて抑えることができたのは、彼がハルカの父であることを――他人であることを知っているからだ。 「で、今朝に発った。カナズミシティに向かって104番道路を北上している頃だろう」 「そうなんですか」 今ならまだ追いつけるかもしれない。 アカツキはそう思ったが、それを実行に移すつもりはなかった。 ハルカにはハルカの旅があるのだから、下手にジャマなんてしちゃいけない。 「君はジム戦をしに来たと言ってたね?」 「……!!」 アカツキはびくっと身体を震わせた。 ついにこの話を持ち出してきたのだ。 センリを見上げる瞳が揺らいでいる。 ついにバトルをする時が来たんだ……緊張感が全身を包み込む。握り拳に汗が滲んだ。 「受けてもらえるんですか?」 「いや、今日はまだ君と戦うつもりはない」 「え……どうして?」 意外な返答に、衝撃を受けた。 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。一度決めたことはちゃんとやり抜く。それがアカツキのポリシーだったからだ。 「ジムリーダーはいついかなる時も、誰の挑戦でも受けるものだ。私の信念でもあるのだが…… ハルカにも同じことを言われたよ。だから、君にも言っておく」 「……」 戦えない理由が何かあるのだろうか? ポケモンが病気にでもかかったりして…… ジムの扉が閉ざされていたことから、アカツキはそんな推測さえ脳裏に思い浮かべていたが…… センリの口から飛び出した言葉は、ごく自然で当たり前なものだった。 「正直、トレーナーになりたての君やハルカと戦っても、それほど面白みと言うのを感じられないと思うのだよ」 「面白み……ですか?」 「ああ。どうせいつか戦う時が来るなら、その時は強くなった君たちと戦いたい。 その方が、いい戦いができそうな気がする」 散々なことを言われたような気がする。 ――面白みを感じられない―― 確かにそうかもしれない。アカツキには自分が新米トレーナーであるという自覚があった。 なにしろ、初めてのバトルであれほど手こずったのだ。自分の手際の悪さを知っている。 だから、確かにムッとするところもあるが、同時に納得できてしまう。 それはセンリの人柄が為せるワザなのだろう。 普通の人が同じことを言えば嫌味と感じられるのに、彼の口から言われると、そうは聞こえない。 嫌味だということをセンリ自身も理解しているようで、ちゃんとフォローを入れてくれた。 「君にとってそれは不本意なことかもしれない。 わざわざ訪ねてきてくれた君を追い返すような形を取ってしまったのは、こちらとしても申し訳ない限りだが……」 「でも、おじさんは強くなったぼくと戦いたいんですよね」 「ああ」 「なら、ぼく、もっと強くなってから来ます。それならいいですよね?」 「歓迎するよ。そうだな……」 センリは笑みを浮かべると、缶をテーブルに置いて、腕を組んだ。 何か考えている様子だが、アカツキにはおよそ彼の考えが分かっていた。 戦いを受ける基準を考えているのだろう。トレーナーとしてのレベル、という基準を。 設けるからには、並大抵な基準ではないだろう……そう思った時、 「リーグバッジを四つ以上集めたなら……その時は君と戦おう。それまでには君もかなり強くなっているはずだ」 「四つですね。分かりました」 ホウエンリーグ出場のために必要なリーグバッジは八つ。 そのうち四つ……つまり半分以上を集められたら、その時は挑戦を受けると言うのだ。 新米トレーナーであるアカツキからすれば厳しい条件ではあったが、そんなことをまるで苦にしているような表情ではなかった。 むしろ新しい目標ができたという喜びがあるのだろう、清々しい顔を見せている。 「じゃあ、もう行かなきゃ」 「もう行くのかい」 「はい」 アカツキはジュースを飲み終え、空になった缶をテーブルに置くと、おもむろに立ち上がった。 「ぼくも、ハルカには負けたくないんです」 「なるほど」 センリも立ち上がった。 アカツキに向けている視線は、自らの子供に向ける視線とまるで同じものだった。 「ハルカも、君やユウキ君には負けたくないと言っていたよ。ライバルっていうのは、いいものだよ」 などと淡々と述べてみせる。 かつて彼自身にもライバルと呼べたトレーナーがいた。だから、アカツキたちの気持ちはよく分かるのだ。 「しかし、この決断力の速さはすごいな……」 アチャモとアリゲイツを傍に呼び寄せたアカツキを見つめ、人知れずセンリはため息を漏らした。 彼がライバルと思っていたトレーナーも、決断力の速さに関しては、アカツキに勝るとも劣らないほどのものだった。 「道理でハルカがうれしそうに『新しい友達できたんだよ〜』なんて話してくれると思ったら……」 いい友達を持ったな……そう思うと、不思議と表情が和らいでいく。 アカツキはアチャモをモンスターボールに戻すと、センリに連れられて玄関先まで歩いていった。 玄関先にたどり着くと、センリはこの街から一番近いジムについて話してくれた。 「ここから一番近いジムは、カナズミシティにあるカナズミジムだ。 北西から延びている104番道路を北に進んでいけば、三日もあればたどり着けるだろう」 「カナズミジム……」 「そうだ。 カナズミジムのリーダーは、ツツジという少女だ。 手ごわい相手になると思う。辛い戦いになるだろうけど、くじけずにがんばるんだよ」 「はい。それじゃあ……」 アカツキは一礼して、トウカジムを後にした。 トウカシティの街中を西へ向かって歩く彼の胸中では、 「ハルカの後を追いかけてるような気もするけど……それでも、ぼくは絶対に勝ってみせるもん。カナズミジムのジムリーダーに!!」 やる気の炎がこれでもかとばかりに燃え上がっていた。 ジム戦は、すべて黒いリザードンに会うための通過点なのだ。 黒いリザードンをゲットして、夢を叶えるための。 そのために、トレーナーとして強くなる。 「アリゲイツ、一緒にがんばってこうね」 「ゲイツ!!」 アリゲイツは元気よく頷くと、ジャンプ!! 「うわっ!!」 いきなりアカツキに抱きついてきたのだ。 ずしりとした重さに歯を食いしばり心の中で「重いよ〜」と悲鳴をあげながらも、アカツキはアリゲイツを受け止めた。 「そういえば、君がこうやってぼくに抱きついてくるのって、ワニノコの時以来だったもんね」 やはり甘えん坊ということなのか。 「君とアチャモがいれば、きっとジムリーダーにだって勝てるよね!!」 「ゲイツ!!」 アカツキが重そうに歯を食いしばっている様子を見つめ、アリゲイツは彼の胸から飛び降りた。トレーナーの気持ちというのが伝わってくる。 「カナズミジムのジムリーダーかぁ……どんなポケモンを出してくるのかな?」 心配など彼の胸には微塵もなかった。 ドキドキワクワクといった、好奇心だけが包み込んでいた。 第7話へと続く……