第8話 離れても傍にあるもの -Friendship is forever- 「一体何があったの? 説明してちょうだい」 現場に到着するなり、警察手帳など見せながら、極めて事務的な口調でジュンサーが問いかけてきた。 何があったか、目の前には捩れ倒れた木と、ふたりの少年。 スカイブルーの髪を短く切り揃え、青で統一された制帽と制服をまとった凛々しい婦警――彼女こそがジュンサーだった。 全国の警察署に大勢いる婦警である。 ポケモンセンターのジョーイと同様に、ジュンサーと名の付く女性は皆親戚だったり遠縁だったり……要するに同じ一族だったりするのだ。 これまたジョーイと同様に、一目ではどこのジュンサーだとか、見分けがつかない。 髪の長さが一ミリ違うだのチークの色がやや赤めだの……よほど穿った見方をしない限りは見分けがつかないという。 ジュンサーはワニのようなポケモンを抱えている少年――アカツキに目を向けた。 「一体何があったの?」 突如森の中に響いた爆発音を聞きつけて来てみれば、このありさまだ。 何かあったに違いない――直感がそう告げている。 だが、直感だけでは警察官など務まるはずもない。 まずは現場に行くこと。現場百回という言葉もある。 警察学校で嫌と言うほど叩き込まれたモノが身体に染み付いている。 「見たところ、バトルがあったのは間違いなさそうね」 わざと声に出してみる。 相手は十歳くらいの子供である。 適当にカマかけてやれば引っかかって何か話してくれるかもしれない……などと、そんなことを思っているのだ。 高圧的だったり急かすように訊ねると、子供の場合、怯えて何も話してくれなかったりする場合が多い。 善いか悪いかを度外視すればの話だが。 「ジュンサーさん、この近くにポケモンセンターありませんか? アリゲイツを連れて行ってあげなきゃ……!!」 「分かったわ」 アカツキに抱えられたアリゲイツが苦しそうな顔をしているのを見て、仕事は後だと判断した。 苦しんでいるポケモンを放っておくことなど、人として見過ごせるはずもない。増してや、警察官なら。 「バイクに乗って。そうそう、ポケモンはモンスターボールに戻してね。 あと、そこの君も。一緒に来てもらうわよ」 「あ、はい」 シンジまで一緒に行くハメになった。 現場にいる以上、「はいそうですか。もうお帰り願って結構です」などとはとても言えない。 見たところ、二人の少年は見ず知らずの他人というわけでもないだろう。なら、何の問題もない。 「アリゲイツ……」 苦しそうにしているアリゲイツを見つめるアカツキは涙ぐんでいた。こんなアリゲイツ、今まで見たことがなかった。 ミシロタウンにいた頃は病気ひとつしたことがないのだ。 それが今はどうか…… 何が原因か、すごく苦しそうだ。 額には汗がびっしり浮かんでいるし、悪い夢でも見ているのか、うなされているように苦しそうな声を上げている。 「少しだけでいいから、ボールの中に入ってて。ね……」 アカツキは断腸の思いでアリゲイツをモンスターボールの中に入れた。 アリゲイツがモンスターボールに入りたがらないのは分かっているが、苦しんでいる時はそんな論議など無意味だ。 ナンセンスにも程がある。 少しは落ち着くだろうし、アリゲイツを抱えたままバイクに乗るというのもまた無理な話だろう。 「さあ、早く」 「はい!!」 アカツキとシンジは向きを百八十度変えたバイクの後部座席に飛び乗った。 しっかりとサドルに足を乗せたのを確認すると、 「飛ばすわよ。しっかりつかまってて」 言葉が終わるが早いか、エンジン全開でバイクを飛ばす。 その場に置いていかれるような感覚は一瞬だった。バイクと同じスピードで疾走している。さながら慣性の法則だ。 アカツキはジュンサーの肩に両手を置いて、シンジはアカツキの肩に両手を置く形でつかまっている。 「事情はポケモンセンターで伺うわ。それでいいわね?」 「はい。お願いします」 アカツキは頷きながら、思った。 さっきのバトルでアチャモを出していたなら、アリゲイツがここまで苦しむことはなかったのではないか……? アリゲイツひとりに押し付けていなかったか? 「結局は同じだったかも……」 アチャモが加わっていても、シンジのハスブレロに助けられる展開に変わりはなかっただろうと思う。 いろいろなことを考えるうち、100km/hのバイクはトウカの森を抜け、近くの町にあるポケモンセンターへたどり着いていた。 道路法規など知りませんと言わんばかりの速度であったため、止め方もいささか乱暴な気もするが…… まあ、パトライトを光らせ、サイレンを鳴らしていたから、法定速度を超越してようが信号無視してようが問題にならない。 「さあ、早くポケモンをジョーイさんに看せるのよ」 大きく頷き、アカツキはポケモンセンターに飛び込んだ。 アリゲイツのモンスターボールを大事そうに抱え、ジョーイの待つカウンターへと走る。 「ようこそ。ポケモンセンターへ」 と、相変わらずの職業病――笑顔がアカツキを出迎えた。 だが、そんなことはどうでもいい。 「ジョーイさん、ぼくのアリゲイツ、すごく苦しそうなんです!! お願いです、助けてください!!」 目を潤ませて、縋るような思いで紡いだ言葉は真剣そのものだった。 そんなアカツキの気持ちを察知したのか、ジョーイの顔から笑みが消えた。 「分かりました。検査をしますので、モンスターボールを」 アカツキは彼女に託すしかなかった。 自分ではどうしようもない……自分ではアリゲイツを助けてやることができないと分かっているからこそ、悔しさてたまらない。 「ぼくはアリゲイツを助けることもできないんだ……」 こればかりはどうになるものではない。 気は強くないが、あきらめの悪さは天下一品だ。 「なあ、アカツキ。ここは待つことにしようぜ。オレらにゃどうしようもないからさ」 「うん……分かってる」 アカツキは長い息を吐き、肩の力を抜いた。 ジョーイはモンスターボールから出したアリゲイツを担架に載せて、カウンターの奥にある部屋へと入っていった。 治療中を示す「お注射マーク」が赤く点灯する。 ここはジョーイに任せるしかない。 アカツキは煮え切らない気持ちを無理やりに割り切って、待つことにした。 ロビーの脇にある長椅子に腰を下ろし、じっと待つ。 シンジは用事があるから……と言い、ポケモンセンターを出て行った。 外でジュンサーが彼の住所と名前を聞いていたが、それが目に入らないほど、心理的に追い詰められていた。 「ぼく、こんなんで本当にトレーナーなんて言えるのかな……」 アリゲイツがなぜ苦しんでいたのか。 その原因がアカツキには分からない。 だからというわけではないが――アチャモをモンスターボールから出してみる。 「チャモチャモ!!」 元気なアチャモはアカツキの周りを飛び跳ねたりしているが、だからといって彼の気が上向くわけでもない。 元気のないアカツキの様子を見たアチャモは、不思議そうな顔をトレーナーに向けているばかり。 肩に飛び乗ってみても、変化はない。 「ねえ、アチャモ……」 抑揚のない声が出てくる。 「アリゲイツ……大丈夫だよね……?」 祈るような想いだった。 アカツキにとってアリゲイツは、四年間、家族として寝食を共にし、成長してきたパートナーだ。 そのアリゲイツが今、危険な状態にあるかもしれないと思うと、とても落ち着いてなどいられなかった。 自分が取り乱したところで状態は変わらない……そう理解しているからこそ、辛うじて感情を抑えられる。 今の今まで、アリゲイツがポケモンセンターに厄介になったことはなかった。 そういった経験がなかったのも、彼を落ち込ませている原因のひとつだった。 「こんな時に悪いとは思うけど……」 ジュンサーが隣に腰を下ろしてきた。 「ジュンサーさん……」 「シンジ君だったわね。彼は住所を聞いておいたから、外出させたわ。でも、君はそうもいかないでしょう? そんな君のこと利用するわけじゃないけど、警察官として、聞いておきたいのよ。 あの場所で何があったの?」 断りを入れてから、ジュンサーは警察手帳とペンを取り出した。 いつでも書き記せるように、手帳を広げ、まっさらなページを開いた。 「…………」 こんな時にどうかと思うが、こんな時だから、やるせない気持ちを紛らわすのにはちょうどいいかもしれない。 アカツキはしばらく黙っていたが、やがてポツリポツリと話し始めた。 「ぼくたち、変な格好した男の人と女の人の後をつけたんです。すごく怪しかったから……」 「どんな格好してたの?」 「赤い服に、同じ色のフードをかぶってました。フードには角のような飾りがついてたと思います」 つい先ほどのことだが、思い返していた。変な格好をしていたのは間違いない。 「こんな感じ?」 「えーと……はい、そんな感じです」 自分の証言した言葉を絵にしたものを見せられて、アカツキは頷いた。 ジュンサーの絵が上手なのか、自分の話し方が上手なのか。それは分からない。だが、とにかく似ていた。 細部までうりふたつではないか。 「やっぱり……」 押し殺した声でつぶやくと、ジュンサーは警察手帳とペンをしまった。 何か心当たりがあるようだ。 「あの、ジュンサーさん……」 「何?」 「どういう人たちなんですか……?」 アカツキは質問を投げかけた。 ただでさえ怪しい格好をし、その上ポケモンバトルの実力も相当なものだった。 どう考えても普通のトレーナーではないだろう。 警察官であるジュンサーをして『やっぱり……』と言わしめるほどだ。 ジュンサーは少し考えていたが、これくらいなら大丈夫だろうと思い、答えてやった。 「彼らはマグマ団という組織の人間よ」 「マグマ団?」 「知らないのも無理ないわ。今まで秘密裏に活動していた地下組織だから。 我々も内偵を進めていたんだけど、どういうわけか最近になって急に表立った活動を始めたの。 活動目的は不明……極めて不可解で危険な組織よ」 「そうなんですか……」 地下組織。 だから格好が怪しかったんだ。 アカツキは妙にすんなり納得できたが、マグマ団という名前に心当たりはなかった。 「これ以上は機密に関わるから言えないけど……」 「ぼくたち、あの人たちとポケモンバトルすることになっちゃって……それで……」 「私が到着すると、彼らはどういうわけか姿を消したと、そういうことね?」 「はい」 自分たちが助かったのは、結果的にジュンサーが来てくれたからだ。 サイレンの音が森に響かなかったら、どうなっていたか…… 考えただけで恐ろしくなって、身震いしてしまう。 「ありがとう。 あなたたちの証言は貴重なものだったわ。 でも、これに懲りたら知らない人の後を尾けたりしないこと。いいわね?」 「はい……」 アカツキが神妙な面持ちで頷いたので、ジュンサーとしてもこれ以上言うのは止めておいた。 君たちがしていたのはとても危険なことなのよ―― そのニュアンスが伝わっていれば、それでよかったのだ。 「それでは、私はこれで」 彼女は立ち上がると、敬礼をしてポケモンセンターを出て行った。 入り口の自動ドアが閉まると、けたたましい音を立ててバイクを飛ばした。 やがて、その音も徐々に小さくなっていく。 「チャモ?」 アカツキの膝に飛び降りて、彼を見上げるアチャモ。 アチャモの視線を感じてか、アカツキはため息を漏らした。これでようやく肩の荷がひとつ下りたかもしれない。 「アチャモ。ぼく、本当にダメなトレーナーだよね。 アリゲイツや君を危険にさらしちゃったんだよ。それでも、君はぼくについてきてくれてる。 ……なんで?」 「チャモ?」 アチャモは首を傾げた。 言葉が難しすぎて、何を言われているのか分からない様子だった。 だが、アカツキにとってそんなのはどうでもよかった。 「アリゲイツに何かあったら……ぼく、自分で自分の首締めちゃうかも……」 悲観的な考えはよくないと分かっていながらも、それを止められない。 頭を抱えて、固く目を閉ざす。 いつも元気なアリゲイツ。 わんぱくすぎて困ることもあるけど、その姿に何度も自分を励ましてくれたアリゲイツ。 そのアリゲイツが今は…… 嫌な想像だけは、苦労なく掻き立てられる。視界が真っ暗に塗りつぶされそうになった時、声が聞こえた。 「おーい、アカツキ〜」 その声に、アカツキは弾かれたように顔を上げた。 シンジの声だった。 息を切らしながら、彼がアカツキの傍まで走ってきた。 「シンジ? どうしたの?」 漏れた言葉に、当のアカツキ自身が驚いていた。 先ほどまで胸を満たしていた悲観的な考えがさっと霧散していくのが分かったからだ。 アカツキが何を考えていたのか知るはずもなく――知らなかったからこそ、変に気負うことなく自然に接することができた。 「ちょっと頼みたいことがあるんだけどさ〜」 「なんだい?」 「カイトとバトルすることになったんだ。それでさ、立ち会ってもらいたいんだけど」 「カイトって……キミのライバル?」 「ああ。引き受けてくれるか?」 「え、いいけど……」 「よっしゃ!! 早速で悪いけど、来てくれ!!」 安請け合いしたわけではない。 ただ、シンジの輝かしい笑顔を見ていたら、断れなくなってしまったのだ。 自分がこうしてここでウジウジしていたって、アリゲイツの状態が変わるわけではない。 なら、少しでも人の役に立つことでもしてよう。 ただ待っているだけなんて、アリゲイツもきっと望んではいないはずだ。 「行くよ、アチャモ!!」 「チャモ!!」 アカツキは立ち上がると、シンジの後についてポケモンセンターを後にした。 ジョーイが入っていった部屋の「お注射マーク」は未だ点灯していた。 「来たな、シンジ」 「ああ、お望みどおり」 赤い髪の少年――カイトは、町の広場でシンジが来るのを待っていた。 アカツキと同じくらいの年頃だが、意志の強そうな瞳と、子供とは思えない整った顔立ちが印象的だ。 「できる人かも……」 堂々と足を肩幅に広げて立っている姿を見るだけでも、アカツキには分かった。カイトはできるトレーナーだと。 「シンジ。彼は?」 「オレの友達でアカツキっていうんだ。バトルの立会人として呼んできた。その方がいいだろ?」 「まあな」 カイトは頷くと、アカツキの傍まで歩いてきて、 「シンジから聞いたと思うけど、オレはカイト。よろしくな、アカツキ」 「あ、こっちこそよろしく」 と、固い握手を交わす。 友達の友達は友達ということか。 子供と言うのはそういうものらしい。 「バトルはお互い一体のポケモンを使って、時間無制限。 どちらかのポケモンが戦闘不能になるまで続けるってのでどうだ?」 「オッケー」 「んじゃ、始めるか」 シンジはカイトから十数メートルほど離れた位置に陣取った。 アカツキはふたりと同じ距離を置く。 二者の間に緊張が高まっているのを肌で感じられる。 立会人とはいえ…… 実際何をすればいいものか。アカツキにはまるで分からなかった。 ただ見ていればいいのだろうか。それともジャッジを務めろとでも? だが、考える時間は与えてくれなかった。 「オレはこいつだ、行けコノハナ!!」 「やっぱそう来たな。なら、オレはハスブレロだ!!」 ほとんど同時に腕を振りかぶり、モンスターボールを投げる!! わずかに早く着弾し、閃光と共にポケモンを放出したのは―― 「コノハナ〜っ!!」 カイトのポケモン-――コノハナだった。 「これがコノハナなんだ……」 アカツキはすかさずポケモン図鑑を取り出し、センサーをコノハナに向けた。 「コノハナ。いじわるポケモン。タネボーの進化形。 鬱蒼と茂った森に住むと言われているポケモン。 人を驚かせたりするのが好きな、呼び名どおりいじわるポケモンだが、長い鼻をつままれるのだけは大嫌い」 「へえ……」 アカツキは図鑑と現物を交互に見比べた。 ココナッツボールのような顔。確かに鼻は長く、ピノキオを思わせる。 頭のてっぺんから青々とした葉っぱが一房だけ生えている。 どんぐりに身体がついたような感じで、全体的に茶色い身体がいじわるポケモンである所以か……などと思わせたりもする。 やる気満々といった目つきで、シンジのポケモン――ハスブレロを睨みつけている。 大きさとしてはハスブレロと同じくらいか。 タイプも草タイプが共通しているようだから、多少は似通っているのも頷ける。 「バトルの開始はアカツキに告げてもらおう」 「いいぜ」 「というわけで、告げてくれ。キミのタイミングでいいから」 「う、うん……」 バトルするのは自分じゃないのに…… アカツキは心臓がばくんばくんと音を立てているのが分かった。 いつもより大きく聞こえるのは果たして気のせいか……? そんなことを考える余裕さえない。 バトルの開始を自分が告げる。 だからシンジはぼくを立会人ということで呼んだんだな……なんて、今さらになって気づく始末だ。 しばらく沈黙が広場を満たし―― アカツキの口が動いた。 「バトル……スタート!!」 バトルの開始が告げられ、先手を取ったのは―― 「コノハナ、いちゃもんをつけろ!!」 カイトの指示に、コノハナが指をハスブレロに突きつける。 「コノハナ〜!! コノハナ、コノハナ!!」 一体何を言っているのか分からない。 もちろん、新人トレーナーであるアカツキにも「いちゃもん」がどういう技か分からなかった。 ぴくっ。 コノハナが叫び続ける中で、ハスブレロが肩をかすかに上下させた。 「いちゃもん」に引っ掛かった証拠だ。 「いちゃもん」は、相手のポケモンが同じ技を二度続けて出せなくなる効果を持っている。 ハスブレロがそれに引っ掛かったということは…… 「いちゃもんなんて関係ないね!! ハスブレロ、自然の力だ!!」 自然の力? これもまた聞き覚えのない技。 他人のバトルとはいえ、見ていると勉強になる部分が多い。 シンジの指示に、ハスブレロは腕を大きく振り回した!! 自然の力を借りて発動する技は、使う場所によって効果が大きく異なってくる。無論、技のタイプでさえも変わってくるのだ。 ここは平地。 自然の力を借りて発動した技は―― ひゅんひゅんひゅんひゅんっ!! ハスブレロの目の前に現れた星型の光線が、すごいスピードでコノハナに向かって突き進んでいく!! 「スピードスターか!?」 カイトが声を上げた。 コノハナは星型の光線を避けようとするが、それよりも早く光線がその身体に突き刺さる!! 「自然の力……って?」 アカツキは図鑑で調べることにした。 図鑑にはポケモンが扱う技の項もあり、文字検索や音声検索によってどのような技か知ることができる。 二十数種類に及ぶ図鑑の機能のひとつだ。 「自然の力。ノーマルタイプの技。 自然の力を借りて発動させる技。発動させる場所によって効果が異なり、それにともないタイプも異なってくる。そのリストを下に示す」 図鑑の液晶にはそう映っており、その下に「▽」のマークが出ていた。 これは、▽の形をしたボタンを押してくれという意味だ。 アカツキはそれに従って、ボタンを押した。 すると、リストが表示された。 自然の力を使う場所と効果だ。 「えっと、ここは平地だから……スピードスター……?」 さらにスピードスターを検索。 「スピードスター。ノーマルタイプの技。 星型の光線を発射する技で、凄まじいスピードで突き進むため、普通に避けることは困難。 命中率はかなり高いが、威力は低めに抑えられている」 丁寧な説明がスピーカーから流れる。 この声もカリン女史だ。 「なかなかやるじゃないか。あれからそんなに時間は経ってないんだけどな……」 「オレだってそう易々と負けを認めらんないんだよ!!」 「なら、見せてみな。コノハナ、かまいたち!!」 「させるか!! ハスブレロ、水鉄砲だ!!」 コノハナが両腕を後ろに反らす。かまいたち……風の流れを読み、気流の刃を繰り出す技だ。 放つまでに時間がかかるが、威力はかなりのもの。 シンジもそんな物騒な技を放たせるつもりはない。 ハスブレロは「いちゃもん」をつけられているため、同じ技を続けて出せない。 つまり、自然の力でスピードスターを繰り出すことができないのだ。 よって、手っ取り早い攻撃手段として、水鉄砲を使うことにした。 ハスブレロが口を開き、水鉄砲を放つ!! 水流が一直線にコノハナに迫る!! 仮に水鉄砲が直撃しても、草タイプであるコノハナにはそれほどのダメージを望めない。 だが、ダメージよりも優先すべき何かがシンジにはある。 風の流れを読むために集中力を高めているコノハナに、ハスブレロの水鉄砲が直撃する!! 無論、ダメージはあまり行っていない。 その上、集中力を持続させているのだ、信じられないことに。 水鉄砲を堪え切ったコノハナは、腕を前方に突き出す!! 風の流れを操り、気流の刃を繰り出す!! 気流の刃だから見えるはずもない。 風の唸りが耳に届く!! 「かまいたち……?」 アカツキは三度図鑑で調べた。 「かまいたち。ノーマルタイプの技。 風の流れを読み、気流の刃を放つ。攻撃までに時間を要するが、その分威力がある。実戦ではイマイチ使い勝手が悪い」 なるほど…… 相手が苦手なタイプの技で攻撃してこないことを知っていれば、その時間も多少は有利に働くというわけか。 アカツキは技の奥深さに感銘さえ覚えていた。 気流の刃は恐るべきスピードでハスブレロに迫り―― ぶぼぉっ!! 風船が破裂したような音が響き、ハスブレロは大きく弾き飛ばされた!! かまいたちが直撃したのだ!! 「ハスブレロ!!」 シンジが叫ぶ。 地面に叩きつけられたハスブレロだが、その程度ではやられない。 さっと立ち上がる。 「その調子だコノハナ。必殺のロケット頭突き!!」 「げげっ!!」 シンジの表情が引きつった。 この前ハスブレロがノックアウトされた技――それがロケット頭突きだ。 ロケットのような勢いで頭突きを食らわせることで、大ダメージを与える技。 そんな大技を喰らえば、いくらハスブレロでも耐えられるか分からない。 コノハナが前傾姿勢を取る。 大技ゆえに、チャージが必要だ。その時間をいかに短縮できるかが、勝負の分かれ目となることも少なくない。 「今から近づいても間に合わないな。なら……賭けてやるさ」 シンジはギュッと拳を握った。 前傾姿勢を取るコノハナを指差して、 「ハスブレロ、こっちも必殺のハイドロポンプだ〜っ!!」 「なっ……!?」 カイトの表情が強張った。 まさかハイドロポンプなどという水タイプ最強の技を繰り出してくるとは…… 「いや、ハッタリという可能性もあるが……万が一本当に放ってくるとしたら……猶予はない。このまま攻撃を続行するか」 脳内では一瞬と待たずに結果が出た。 コノハナがジャンプ!! 頭を前にして、ものすごい勢いで宙を舞う!! 矛先はもちろん、シンジのハスブレロだ。 一方、シンジのハスブレロは口を開き、大きく息を吸い込む。 ハイドロポンプはロケット頭突き以上の大技だ。吐き出す水量も半端ではない。 ロケット頭突きほどチャージは要らないが、連発は利かない。 コノハナとハスブレロの距離がぐんぐん縮まり―― 「ブレロ――――――――っ!!」 裂帛の叫びが響く。 ハスブレロの口からすさまじいばかりの水塊が放たれる!! 先ほどの水鉄砲の比ではない!! 「破れるか……?」 カイトの額を一筋の汗が流れ落ちた。 高圧噴射された水塊は、モノに当たるとすさまじい水圧を放出する。 その威力たるや、木々をなぎ倒してもなお余りあると言われているほどだ。 いくら水タイプに強いとはいえ、かなりのダメージを受けるのは間違いない。 コノハナが水塊に触れた――途端。 ごぉぉぉっ!! 耳を劈く大音響。 水塊に秘められた水圧が一気に解き放たれ、コノハナに襲い掛かる!! ロケットのような勢いで突き進むコノハナだったが、暴虐とも言える水圧に阻まれて前に進めない!! 「すさまじい……」 これはレベルの高い水ポケモンでもなかなか放てない一撃だ。それを今、目の前にいる自分のライバルが放っている。 「なかなかやるようになりやがったな……」 そう思い、カイトは口の端に笑みを浮かべた。 そして、決着は呆気なくやってきた。 「コノハナ〜!!」 コノハナが水圧に負け、勢いよく弾き飛ばされてしまったのだ!! しかも運の悪いことに、弾き飛ばされた方向にある木の幹に叩きつけられ、目を回してしまった。 「ふっ……コノハナ、戻れ」 カイトの表情は爽やかなものだった。 負けを感じさせないくらい。 いや―― 勝ち負けではなく、シンジのポケモンがここまで強くなったことが妙にうれしかったのだ。 「勝った……?」 しかし、勝負に勝った本人は勝利の自覚などあまりなさそうだった。 呆然とつぶやくばかり。 カイトがコノハナをモンスターボールに戻したのを見て、ようやく悟った。 「勝ったんだ……」 感無量だった。 積年――というほど長い年月を争っていたわけではない。 だが、一日が千年のように長かったような気がする。 「ああ、おまえの勝ちだ」 カイトは歩いてくると笑みを浮かべ、シンジに握手を求めた。 シンジは差し出された手をまじまじと見つめる。 ライバルの手。今の今まで勝つことのできなかった相手の手だ。 「何があったのかは知らないけど、この数日の間に、おまえたちは強くなったみたいだな」 「へへ、まあな」 シンジは鼻をすすり、カイトと握手した。 がっちりと。固く握手を交わした。 アカツキはそんなふたりを見て、なぜかうれしくなった。 「友達って、こういうものなんだよね……ぼくとユウキみたいだよ」 ことあるごとにユウキと手をつないだりいろいろしてきたから、握手くらい……などという気持ちがあるのも事実だ。 だが、バトルの後でこうして握手できる。 ポケモンバトルというのはそういうものだ。 勝負の間は敵同士でも、勝負が終わると友達になれる。友達なら、さらにその絆が深まる。 本当に不思議なものだと思えてならない。 「アチャモ。ぼくたち、お邪魔みたいだね。ポケモンセンターに戻ろっか。アリゲイツのこと、気になるから」 「チャモ」 アカツキは何も言わず、アチャモを連れてその場を後にした。 ポケモンセンターに入ると、ニコニコ笑顔のジョーイが待っていた。 これは吉報かな……? なんて思っていると、 「君のアリゲイツは軽い脱水症状に陥っていたけど、深刻になるってほどじゃなかったわよ。一晩ゆっくり休めば、元気になるわ」 「本当ですか!?」 「ええ」 アカツキは今にも飛び上がりそうなほど喜びに胸を弾ませていた。 アリゲイツが無事だった……その言葉を聞いただけで十分だった。 あんなに苦しそうな顔をしていたアリゲイツが大丈夫だと思うと、うれしくてたまらなかった。 「一応ICUで休ませてるけど、見に行く?」 「はい!!」 アカツキはカウンターの奥に通された。 先ほどジョーイが入っていった、お注射マークの部屋だ。 そこには見たことのない機器がずらりと並んでいた。 ストレッチャーやら心拍数を計測する機械、電気ショックを与えるための電極…… それほど広くもない部屋の中央に手術台のようなベッドがあり、アリゲイツはそこに寝かされていた。 左前脚に点滴を打たれているが、表情はいつもと変わらない。 「アリゲイツ……よかったぁ、本当によかったよぉ……」 震えた声でつぶやき、アリゲイツの身体に触れる。 いつものぬくもりが手を伝って全身をめぐり、アカツキの気持ちを穏やかにさせた。 「水タイプのポケモンは体内で水を作り出すことができるんだけど、君のアリゲイツは水の吐きすぎで、軽い脱水症状に陥っていたの。 一時的に水を作り出す能力が減衰するだけだから、命にかかわるほど深刻じゃないわ」 「そうなんですか……よかったぁ……」 アカツキは胸に手を当てた。 心臓の鼓動も落ち着きを取り戻しつつある。 何かあったらどうしようと悲観的な考えを抱いていたが、そんな心配もなくなって、胸の痞えが取れた気分だった。 「アチャモ、よかったね。アリゲイツ、明日には元気になるって」 「チャモ!!」 アチャモは全身で喜びを表現していた。ぴょんぴょん飛び回って喜んでいる。 「今日は君も泊まっていくといいわ」 「はい。ありがとうございます」 アカツキはジョーイの言葉に素直に甘えることにした。 アリゲイツが元気になるには一晩ほど必要らしい。その間、自分もここにやっかいになるしかない。 アカツキはアリゲイツを起こさないよう足音を殺しながら、ICUを出た。 と、そこへシンジがやってきた。 バトルが終わって、カイトと握手しながらあれこれと話していたようだったが、アリゲイツの容態が気になって、来てくれたのだ。 「アカツキ、こんなとこにいたのか。探したんだぜ」 「シンジ……」 てっきり、カイトと友情を深めていたとばかり思っていたので、アカツキは驚いていたが、 「アリゲイツの具合はどうだ?」 「うん、一晩休めば元気になるって」 「そっか。よかったな」 「うん!!」 アカツキの言葉を聞いて、シンジはホッと胸を撫で下ろした。 一時はどうなるかと思ったが……心配は要らなかったようだ。 「まったく、握手を終えてみれば、何も言わずに消えてたんだからさ。礼を言いに来たんだよ」 「礼?」 「ああ」 アカツキは首を傾げた。 礼など言われるほどのことはしていないのだが…… 「バトル、立ち会ってくれただろ? その礼を言いに来たんだ」 「そうなんだ……でも、ぼくは礼なんて要らないよ。言われるほどのことをしたつもりなんてないから」 「それでも言わせてくれ。ありがとな」 シンジはアカツキの手を取ると、何度も何度も「ありがとう」と繰り返した。 これには礼を言われている方が恥ずかしくなってくる。 心なしかアカツキの顔に朱が差していた。 「キミのおかげでさ、ハスブレロもハイドロポンプなんて大技使えるようになったし……」 「でも、あれはキミのおかげだよ? ぼくは何も……」 「何言ってんだよ」 ぽんぽんとアカツキの背中を叩きながら、シンジは笑顔で言った。 「アカツキが『やる前からあきらめるのは嫌いだ』なんて言ってくれたから、オレもその気になれたんだ。 そのおかげさ。実際、キミがオレの勝利の立役者みたいなモンなんだぜ?」 「え、そう?」 勝利の立役者……そうまで言われると、まんざらでもない。 おだてられているだけだとしても、悪い気にはならないだろう。 「でも、本当にぼくはやる前からあきらめるの大嫌いだよ。 戦う前から負けるなんて考えてたら、本当に勝てないって思ったんだ」 「それ、すっごく立派だと思うぜ。オレも見習わなきゃって思ったもん」 「役に立ててうれしいよ」 「それじゃあな、アカツキ。また会おうぜ」 「うん。じゃあね」 シンジは満面の笑顔で手を振りながら、ポケモンセンターを出て行った。 数時間前に会ったばかりなのに、もう立派に親友ではないか。 こういうのも、悪くないかも。 アカツキは柄でもなくそんなことを思った。 時は流れ、月が空高くに昇った頃―― アカツキはジョーイが用意してくれた部屋のベッドに横たわり、天井を見上げていた。傍には安心しきった表情で寝息を立てているアチャモ。 彼はアチャモを起こさないように、じっと動かず天井を見上げていた。 何の変哲もない天井。 だが、その天井にアリゲイツの元気な姿が映し出されている。 「本当によかった……」 どうなるかと思ったが、軽い脱水症状程度で済んで、本当にホッとしている。 明日になれば、元気なアリゲイツとまた旅に出られるのだから。 アリゲイツのことを考える一方で、昼過ぎに会ったあの男女――ジュンサーが言うところではマグマ団とかいう組織の人間らしいのだが…… 一体何がどうなっているのか、さっぱり分からない。 変な格好はしているし、いきなりポケモンバトルなんか挑んでくるし…… 正直、ジュンサーが駆けつけて来るのがもう少し遅かったら、どうなっていたか知れない。 男は終始冷静に構えていた。女の方より腕が立つのは間違いなさそうだ。 一方の女も、ポケモンバトルに関して言えば自分とは比較にならない。バトル『専門』に特訓してきたのが良く分かった。 それと、アカツキ自身のトレーナーとしての未熟さも。 誰だってはじめは弱いものだ。はじめから強いトレーナーなんていない。 頭では分かっているつもりだが、心が納得してくれない。なぜだかムカムカする心を何とか宥め透かす。 「あの人たち、いい人か悪い人かはさておいても、すっごく強かったな……」 ポツリと口をついて出たのは、正直な感想だった。 バトルに関して言うなら、見習うべき部分が数多い。トレーナーとしてなら、あるいは尊敬できるのかもしれないが。 「ぼくも、頑張らなくちゃ……」 リザードンをゲットできるだけのトレーナーにならなくては。 そうでなければ、旅に出た意味なんてなくなってしまう。 もちろん、一朝一夕で強くなれるわけではない。 いろんな経験をしながら、少しずつ強くなっていけばいい。 「ぼくだけじゃない……みんな一緒に強くなってけばいいもんね」 アチャモの安らかな寝顔を見つめ、アカツキの顔に笑みが浮かんだ。 何も自分だけ強くなればいいというわけでもない。 トレーナーとポケモンが一緒になって強くならなければ意味がない。 「ホント、旅に出て知ることって多いよなぁ……」 旅に出て三日目。 もうすぐ四日目になる。 短い間だが、いろいろなことを学んだ気がする。普通の生活などよりも、よほど刺激の強い日常が今ここにある。 「もっと、多くのこと知らなくちゃね」 フッと息を吐く。 胸の痞えもきっちり取り払われたところで、アカツキは眠りについた。 翌日―― アカツキは目を覚ますなり荷物をまとめ、部屋を後にした。 朝一番でアリゲイツに会いに行くためだ。 アチャモもそこのところは理解してくれているようで、不満のひとつも漏らさずついてきてくれた。 「よく眠れたかい、アチャモ?」 「チャモ、チャモ!!」 アチャモはアカツキの肩に飛び乗った。 人懐っこいところがとても微笑ましいポケモンだ。 誰もいない廊下。空気は冷たく引き締まっている。 夏がもうすぐ帆を立ててやって来るというのに、少しでも気を抜けば鳥肌が立ってしまいそうだ。 自分の足音だけが、無人の廊下に響く。 窓から差しこんでくる朝陽が横顔を鮮やかに照らしている。 そんな廊下を抜け、階段を下りた。 まだ七時にもなっていないのに、ジョーイはカウンターの奥でせっせと職務に励んでいる。 「おはようございます、ジョーイさん」 アカツキはカウンターの傍まで歩いていくと、元気な声であいさつをした。 「あら、おはよう。君は早起きなのね」 「そうでもないです。アリゲイツはどんな様子ですか?」 アカツキの問いに、ジョーイは笑みを浮かべながらカウンターにモンスターボールをひとつ、置いた。 「一晩たっぷり休んだから、とても元気になったわ。君に会うの、とても楽しみにしてるみたい」 「そうですか……」 カウンターの上のモンスターボールをつかむ。 この中にアリゲイツが入っている。 あまりモンスターボールに入りたがらないアリゲイツだが、中に入っていて不平不満は溜まっていないだろうか? なんて余計な心配もしてしまうが、ジョーイがそれに関して何も言ってこない以上、死ぬほど嫌な思いはしていないに違いない。 「アリゲイツ。出ておいで」 モンスターボールは投げるばかりが使い道ではない。 投げなくても、開閉スイッチを押せば、ポケモンは飛び出してくるのだ。 ボールの口が開き、閃光が迸る。 閃光は形を整えると消えた。そこにいたのは―― 「ゲイツ!!」 アカツキの方に身体を向け、元気そうにしているアリゲイツだ。 「アリゲイツ。よかった、元気そうで」 アカツキはパッと表情を輝かせると、屈み込んでアリゲイツと同じ目線に立った。 「モンスターボールの中は居心地悪くなかった?」 アリゲイツは首を横に振った。 今までモンスターボールの外で何年も暮らしていたから、入りたがらないものとばかり思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。 必要な時は入ってくれるようだ。 「これからもよろしくね、アリゲイツ」 「ゲイツ!!」 差し出されたアカツキの手を、ギュッと握るアリゲイツ。 妙に人間くさい仕草だが、それも単に人間と数年も暮らしてきたからこそだ。年月を経て結ばれた絆を表している。 「ジョーイさん。本当にありがとうございました」 「いいのよ」 何度も礼を言ったが、ジョーイはいつもの笑み――そう、職業病だ――でサラリと避わしてみせる。 アリゲイツが飛び出してきたことで空になったモンスターボールを腰に差して、アカツキはポケモンセンターを後にした。 朝食も摂らずに――? そう、今のアカツキは心も身体も充足感で満ち足りていた。 アリゲイツが元気になってくれたという喜びが、食事など要らないと言わんばかりに充足感を与えているのだ。 元々彼は小食だから、朝食を抜いたところで死ぬほど悶えたりすることもない。 むしろ、昨日の晩にたくさん食べたから、今朝の分を抜いてちょうどよかったりする。 通りに出て、トウカの森の方角へ向かう。 と、その途中で。 「あれ? シンジとカイトだ。どうしたんだろ?」 道の先で、シンジとカイトが向かい合っているのが見えた。 二人の傍には、家財道具を積んだ大型トラックが横付けされている。 ふたりともどういうわけか神妙な面持ちをしているのが気になって仕方がない。 何をしているのか、確かめに走った。 「ん? アカツキじゃん。おはよう」 「おはよう。どうしたの?」 「実はな、予定が早まって、カイトのヤツ、今朝引っ越すことになったんだ。それで、見送りに来てるんだ」 「そっか……」 事情を聞いて、アカツキは肩を竦めた。 昨日聞いたところだと、カイトは明日、トクサネシティに引っ越すはずだ。 予定が早まったというが……父親の仕事の都合だろうか。 「そういうわけでさ、この町ともお別れなんだよな」 カイトはふっと息を漏らし、哀愁を瞳に漂わせながら言った。 この町の景色を焼きつけるように、周囲を見回す。 「親父の都合でさ、どうしても今日のうちに出発しなきゃ間に合わないらしくてさ。 どこでそれを聞きつけたか、シンジのヤツったら見送りに来てくれてさ。ホント、うれしい限りだよ」 語尾が震えるカイトの目に、キラリと光るものが浮かんだ。 それを見られまいと、カイトはシンジとアカツキに背を向けた。 「何言ってんだ。当然だろ? オレたち、友達なんだからさ」 やれやれと言わんばかりに、シンジがお手上げのポーズまでしながらそんなことを言った。 「オレだって。アカツキだって。 おまえのこと、いつまでも友達だって思ってるぜ。な?」 「うん。大して遊ぶこともできなかったけど」 友達の友達も、また友達だ。アカツキはそんな考えを抱いている。 昨日、カイトは初対面である自分を抵抗もなく受け入れてくれた。 それが友達である証ではないかと胸の内で問う。答えはイエスだった。 「たまには遊びに行ってやるよ。そん時ゃバトルしようぜ」 「ああ。次は昨日のようにはいかないぞ。もっとバトルの腕を磨いておけよ」 カイトは振り返った。 その顔は涙で濡れていたが、目は泣いていなかった。 「いつまでも、友達だ」 シンジが差し出した手をまじまじと見つめるカイト。 だが、決心したようにその手を握る。ただの握手に見えても、それは何よりも固いものだった。 「こういうのって、いいなぁ……」 アカツキは胸に込み上げるものがあった。 男同士の友情というものに憧れているわけではない。だが、友情が永遠に続けばいいな、とは思っていた。 やがて、カイトはシンジの手を振り解くように離すと、トラックに乗り込んだ。 エンジンがかかり、トラックは走り出した。 「カイトーっ!! また、会おうな!!」 「もちろん!!」 窓から身を乗り出し、シンジに向かって手を振るカイト。 シンジも負けじと手を振り返す。彼の頬を大筋の涙が伝わり落ちていく。 二人は、互いの姿が道の向こうに見えなくなるまで手を振り続けた。 トラックが道の先へ姿を消すと、シンジは服の袖で涙を拭った。 だが、一度や二度では拭いきれるはずもなかった。 それからほどなく。 アカツキはシンジに別れを告げ、カナズミシティへ向かうべくトウカの森を目指し歩き始めた。 別れ際に、 「友情って永遠に続くモンなんだよな」 シンジがそう言っていたのを思い出す。 「友情は永遠……か」 アカツキは道の先に見えてきたトウカの森を見つめながら、ポツリと漏らした。 たとえ離れていても、友達であり続ける。シンジとカイトのように。 「そういうのも、いいかもしれない」 あるいは、自分とユウキのように。 ユウキとなら、シンジとカイトに負けないくらいの友情を育んできたつもりだ。小さい頃から共に遊び、共に育ってきた。 でも…… 「でも、やっぱり君って強いよ、シンジ」 カイトと別れる時、シンジは涙こそ流していたが、声を上げて泣いたりはしなかった。それはカイトも同じことだった。 だが、自分がどちらかの立場に立ったとしたら、どうだろう……? ふとそんなことを考えてしまう。 「ぼくならきっと声上げて泣いてたよ。 みっともないかもしれないけど……でも、本心から泣くと思うな」 仮にユウキがどこか遠くに引っ越すとしたら…… 声を上げて泣いて、それで何度も「行かないで」と叫ぶのだろう。 そうせずにはいられないほど、友情が育まれているのだから。 「でも、ぼくは信じてみたいよ。友情は永遠に続いていくって」 アカツキは空を見上げた。 青々と晴れ渡る空は、彼の心を映し出しているようだった。 第9話へと続く……