第10話 ジグザグマをゲットせよ!! -Yeah!! Get you!!- 相変わらず、森の景色が続いている。 ミシロタウンがいくつもすっぽり入ってしまうほどの広さを誇る森の中を歩いているのだから、森の景色が続くのは当然のことなのだが…… 同じようにしか見えない景色も、アカツキからしてみれば飽きが来ることはなかった。 傍を歩くのは先ほど知り合ったアヤカだ。アチャモとアリゲイツはアカツキの後ろをちょこちょことついて来ている。 気が合ったのだろうか、アヤカのココドラと三人(?)で、何やら話に盛り上がっている様子。 ポケモンの言葉など分からないアカツキとアヤカにしてみれば、和気藹々と戯れているようにしか見えない。 それでも、楽しそうな彼らの邪魔をする気はサラサラなかった。 「アヤカさん。カナズミシティには明後日くらいに着くんでしょ?」 「そうなるわね。もうそろそろポケモンセンターがあるけど、どうする? 休んでく?」 「うーん……」 アカツキは歩きながら振り返る。 アチャモもアリゲイツも、疲れている様子は見られない。バトルはしてないし、別に腹痛を起こしているわけでもない。 「アヤカさんはどうしたいの?」 「わたしは別にいいわよ。野宿には慣れてるから」 アヤカの答えは簡潔だった。 ボーイッシュな外見をしているわけでもないし、見たところ普通の女性だ。 大概の女性(女の子含む)は野宿に対して抵抗感を抱いていたりするのだが、彼女は特に野宿に抵抗はないらしい。 自分などよりよほど年上で、考え方も大人だ。必要なら野宿だって厭わないと言っていた。 「じゃあ、ぼくも別にいいや。 いつでもポケモンセンターに泊まれるってワケでもなさそうだし……少しはそういうのも……」 「へえ、いいこと言うじゃない」 白い歯をちらつかせながらニコッと笑いかけられ、アカツキの頬に朱が差した。 「まあ、君の言う通りだしね。 最近は過疎部にもポケモンセンターの新設が進んでるけど、都合よく毎日世話になれるとは限らないわけだし…… 近くに川もあるから、水浴びだってできるから不自由はしないわ」 アカツキとしても、二、三日分の食糧は持ち合わせているので、少しくらいは野宿しても食うに困ることはない。 近くにポケモンを感じる場所で眠りにつく、というのもいいかもしれない。 「カナズミジムのジムリーダーってどんなポケモン使ってくるのかなぁ……?」 そればかりはアヤカでも教えてくれるか分からない。 だが、街に着けば分かるだろう。 心配といえば心配だが、必要以上に心配するというのも考えものだ。 トウカジムで、ハルカの父親――にしてジムリーダーのセンリから聞いたところによると、若きジムリーダーだとか。 名前は確かツツジとか言ったか。 「で、君はこの二体でジム戦に挑むつもりなのかな?」 「え……うん」 不意に訊ねられ、アカツキは歯切れの悪い返答をした。できれば仲間は欲しいが、寄り道などはしたくない。 が、アヤカは―― 「そうねぇ、できれば草タイプのポケモンなんかゲットしとくと楽に戦えるかもしれないわね。 あるいはアチャモにもっと頑張ってもらうとか」 「え、どうして?」 「相性の問題よ。まあ、カナズミシティに行ってみれば分かると思うから。 だいたい、わたしがアドバイスしたって、バトルするのは君なわけだし……」 「うん」 うまくあしらわれたような気がしたが、反発心とかは生まれなかった。 屁理屈としか思えないような言葉でも、アカツキにとっては確かに理に適っていたからだ。 「ねえ、アヤカさん。今のぼくはジムリーダーに勝てるかな……?」 「五分五分ってところじゃない? 確実に勝てるバトルなんて存在しないもの。君だって言ってたでしょ」 不安な気持ちが口をついて飛び出したが、アヤカは不確かな答えしか返してくれなかった。 ポケモンバトルは流動的なモノで、確実性というのは存在しない。 そういった意味ではギャンブルなのだが、だからこそ『絶対』というものも存在しない。 絶対勝てる、絶対負ける、ということがないのだ。 アヤカはそういったバトルを経験してきたからこそ、よく分かる。 勝てると思っていたバトルで一瞬の不意を突かれてそのまま押し負けたこともあったし、その逆もあった。 不確かでいて、それでいてもっとも正確な答えだ。 「そうなんだ……ぼくでも五分五分で勝てるってことかな?」 アヤカの不確かな答えも、アカツキには元気付けてくれているように聞こえた。 一言で「勝てない」と切り捨てられなかっただけでも、彼女は優しすぎたのかもしれない。 新米トレーナーが楽に勝てるほど、ジムリーダーは弱い存在ではない。 ツツジのことをよく知っているアヤカだからこそそう思える。 「でも、仲間は欲しいな」 持ち歩けるポケモンは六体まで。 それ以後はポケモン管理ボックスに送られる。 アカツキやユウキ、ハルカの場合はポケモン図鑑の登録によりオダマキ博士の研究所に送られることになっている。 無論、まだ手持ちが二体のアカツキには当分縁のない話だ。 出会ったポケモンの数は、決して多いとは言えない。 アリゲイツに、アチャモ、ミズゴロウ、キモリ、ポチエナ、ハスブレロ、コノハナ、ズバット、バクーダ、ココドラと、キノココ。 ほんの十種類程度しか会っていない。 確認されているだけでも三百五十種類はいると言われているだけに、まだまだ旅は始まったばかりなんだな…… と、思ってしまうのは果たして気のせいか。 「そういえば、この森にはどんなポケモンがいるんだろう?」 不意に気になった。 図鑑に載っているのだろうか。そんなことを思っていると、 「この森でポケモンをゲットしたいのなら、とにかく歩き回るしかないわ。道の近くにはあまりポケモンって棲んでないし」 アヤカがポツリと漏らした。 そうだよなぁ…… アカツキはため息を漏らした。 トウカの森を南北に貫く道路を歩いているわけだが、前も後ろもまるで同じ。 道が彼方まで続いているばかり。左右も似たようなものだ。木々が幾重にも重なって見えるだけ。 わざわざ森に道を作ったのだ。それなりに人通りもある。 人間よりもよほど感覚に優れたポケモンに分からないはずがない。道の近くに棲家など構えれば、生活が脅かされてしまうかもしれない。 ポケモンは人間と違って、打算や損得勘定で動いたりはしない。 だからこそ、道の近くに棲家など構えない――身体に刻みつけられた野生本能がそう告げている。 アヤカが歩き回るしかないと言ったのは、そういう事情というか心理学的な部分が大きかったのだ。 だが、すべてのポケモンがそうであるとは限らない。 たとえるなら、アカツキのアリゲイツ。 あまりモンスターボールに入りたがらないという『個性』があるように、ポケモンには一体一体個性がある。 その善し悪しは別にしても。 「ジグザグマだわ」 アヤカの声に視線を前方に戻したアカツキは、五十メートルほど先に茶色の毛玉のようなポケモンの姿を認めた。 すかさず図鑑を開くと、センサーが毛玉のようなポケモンを認識して、その姿を液晶に映し出した 「ジグザグマ。まめだぬきポケモン」 茶色と濃いクリーム色の毛が交互にジグザグ模様で生えているポケモンだ。前脚が薄いクリームで、後ろ足は茶色。 だから『ジグザグ』なんて言うんだ……アカツキはそう思ったのだが、 「いつもジグザグに歩いているのは、とても好奇心が強く、見るものすべてに近寄っているからだと言われている。 まめだぬきポケモンと分類されているが、タヌキではない」 スピーカーから流れるカリン女史の説明もあまり耳には入ってこない。 毛玉にすら見えるのだから、とてもではないがタヌキには見えない。 単に呼び名の違いに過ぎないのだが、博士でもなんでもない、トレーナーのアカツキにはそこのところは分からなかった。 ジグザグマは、道の真ん中で佇んだまま、周囲を忙しく見回している。 道沿いの木にでも興味を示したのだろうか。 「さ、どうする? ゲットしてみる?」 「うん!!」 アカツキは即決した。 ポケモンが目の前にいる以上、黙ってその脇を通り過ぎるのも躊躇われた。 新しい仲間が欲しいと思っているアカツキには、ゲットするより他なかった。 「アチャモ、アリゲイツ、行くよ!!」 言い終えるが早いか、アカツキは駆け出した。慌てて二体のポケモンが後を追う。 「決めるの、早すぎ……」 アヤカが呆然とつぶやいていたことなど、当然聞こえているはずもない。 瞬く間に間を詰め、ジグザグマの十数メートルほど前で立ち止まる。 ドタバタ聞こえてきた足音に、ジグザグマはアカツキたちの方を向いた。 「ぐぐぅ?」 耳を動かし、鼻を鳴らすジグザグマ。 いきなりのことにビックリして逃げ出さなかったのは、アカツキにとってラッキーと言えた。 先ほどアヤカがゲットしたキノココは、臆病な性格をしていたから、悲鳴を上げただけでビックリして逃げ出す始末。 一方、目の前にいるジグザグマは逃げ出すどころか、こちらに興味津々な様子だ。瞳をずーっと向けてきたまま、そらそうともしない。 「アチャモ、君に決めたよ!!」 「チャモ!!」 アカツキに指名され、アチャモは悠然と飛び出した。 が、ジグザグマはバトルしようという雰囲気ではなさそうだった。 顔だけ向けてきて、敵意さえ抱いていないようだった。単に興味本位なのかもしれない。 「ジグザグマ……なんとしても、ゲットするぞぉ!!」 アカツキはジグザグマをゲットすべく、やる気の炎を燃やしていた。 ここで会ったのも何かの縁だ。絶対にゲットして、新しい仲間として迎えてやりたい。 「基本は、ポケモンバトルで相手にダメージを与えることよ」 傍まで来たアヤカが、アカツキにアドバイスする。 「うん。やってみる」 燃えている反面、心臓がばくんばくんと大きな音を立てているのを知覚していた。 自力でポケモンをゲットするのは初めてだから、嫌でも緊張してしまうのだ。 だが、緊張ばかりしていては指示を出せない。 深呼吸して、少しでも緊張を解す。少し落ち着いてきたところで、指示を下した。 「アチャモ、火の粉!!」 「チャモーっ!!」 アチャモはアカツキの指示に口を大きく開くと、無数の火の粉を吐き出した!! 摂氏数百度にもなる火の粉が、ジグザグマ目がけて疾走する!! 「ぐぐぅ!?」 攻撃されていることはさすがに分かったようで、ジグザグマはアチャモ目がけて駆け出してきた。 「来るよ!!」 「チャモ!!」 ジグザグマはアチャモの火の粉を最初はまともに食らっていたが、途中からジグザグに動いてほとんどを避わしてみせた!! 「避けられた!?」 アカツキは悲鳴を上げた。 トレーナーとして大切なのは、ポケモンの前で慌てるとか悲鳴をあげるといった醜態をなるべく見せないことだ。 トレーナーの慌てぶりを見ると、ポケモンはトレーナーの心理状態を察し、バトルに集中できない。 そのことをアカツキはまだ分かっていなかった。 まあ、予期せぬことに悲鳴をあげないという器用なことができる人間というのも、実際は数少なかったりするのだが。 不安そうな顔で、バトルそっちのけでアカツキを見上げるアチャモ。 「ほら、ジグザグマが来てるわよ!!」 「え?」 いくら初心者でもこれはまずかろう――アヤカの語気は自然と強くなっていた。 しかし、気がついた時には遅く、 「チャモーっ!!」 ジグザグマの体当たりをまともに受けて、吹き飛ばされるアチャモ。 「アチャモ!!」 アチャモは地面を一メートルほど拭き掃除すると、ぱっと立ち上がった。 「よかった、そんなにダメージ受けてない……」 アカツキはホッと胸を撫で下ろし、アチャモに次の指示を下した。 「アチャモ、つつく攻撃!!」 体当たりを決めていい気になっているのか、ジグザグマは立ち止まってこちらの動向をうかがっている。 アチャモがぴょこぴょこと駆け出すと、ジグザグマは前傾姿勢を取った。足を広げ、踏ん張っている。 ジグザグマの頭突きが来る前兆だ!! 体当たりなどとは比べ物にならない威力を誇る頭突き。まともに食らってはかなりのダメージを被ることになるだろう。 アヤカはジグザグマが頭突きを使おうとしているのに気づいていたが、敢えて口を出さなかった。 これはアカツキのバトルだ。自分が口を出していいものではない。 先ほどはつい言葉が出てしまったが、これくらいならまだマシだろう。 彼の実力をきっちり見極めておかないと、カナズミシティに着くまでの特訓メニューを立てにくくなる。 ポケモンゲットは、ちょうどいい機会だったのだ。 間合いを詰めたアチャモがジャンプ!! キラリと光るくちばし。 ずしゅっ!! アチャモのくちばしがジグザグマに命中した!! 「チャモチャモチャモ!!」 先ほどの体当たりの恨みと言わんばかりに、アチャモは何度も何度もくちばしをジグザグマに突き立てた!! 「へえ、いいじゃない」 アヤカは驚嘆した。 ポケモンゲットが初めてとは思えないくらい、スジがいい。 彼女からすればまだまだのところも数多いが、それを差し引いても、評価はプラスになるだろう。 「よーし、アチャモ、もういいよ!!」 アカツキはリュックから空のモンスターボールを取り出すと、狙いを定めて、アチャモの攻撃でダメージを受けているジグザグマに投げた!! 一直線に進むモンスターボール。 これでもコントロールには自信があるつもりだ。旅に出る前はユウキとよくキャッチボールをしていたから。 頭を振るジグザグマ。 アチャモのつつく攻撃が顔面にヒットしたから、とにかく痛くてたまらない。 アチャモはモンスターボールに当たらないようにさっと退散した。 風を切り裂く音を耳にして、ジグザグマは自分にモンスターボールが飛んできていることを悟った。 顔を上げて―― 「ジグザグーッ!!」 裂帛の叫びと共にモンスターボールに頭突き!! ぱしーんっ!! 思い切り景気のいい音と共にモンスターボールは弾かれ、アカツキの手元に帰ってきた。 ばしっという音がして、手に鈍い痺れが伝わった。 「うそ……」 アカツキの声は震えていた。 ちゃんとジグザグマにダメージを与えたのに、モンスターボールを弾き返してくるとは…… それも当然だったのだが、やはり気づいていなかった。 ダメージを与えたという点では評価できるが、問題はその度合いだ。 「もっとダメージを与えなくちゃダメ!! ポケモンをゲットしたいなら、鬼になりなさい!!」 アヤカのきつい言葉が背中に突き刺さる。 「もっとダメージを与えなきゃダメなんだ……」 アカツキは拳をギュッと握りしめた。 ジグザグマはモンスターボールを弾き返すほどの力を残していたのだ。 そうするだけの力が残らないくらいまでダメージを与えなければならない。 ポケモンはモンスターボールに入っても、ゲットされてなるものかと、必死にボールの中で抵抗を試みる。 抵抗の結果、ボールの戒めを振り解いて飛び出してくることさえあるのだ。 ポケモンゲットってこんなに大変なんだな……なんて思ったが、休んでいる暇はなさそうだった。 モンスターボールを投げられて逆上したのか、ジグザグマがスピードを上げてアチャモへと迫る!! 「チャモ?」 予想以上のジグザグマのスピードに、アチャモは対応できない!! 「ぐぐぅぅっ!!」 ジグザグマの頭突きが炸裂!! 「アチャモ!!」 アチャモは頭突きを受け、吹っ飛ぶ!! さらに運悪く木の幹に叩きつけられ、ぽてっと地面に落ちると目を回した。 戦闘不能になった証だ。 「アチャモ、戻って!!」 傷付いたポケモンをモンスターボールに戻すのは初歩中の初歩。さすがにそれくらいは分かっているようだ。 とはいえ、アチャモが戦闘不能に陥ったのは初めてだ。 「アチャモ、ゆっくり休んでてね」 労いの言葉をかけ、アチャモのボールを腰に戻す。 次は―― 「アリゲイツ、頼むよ!!」 「ゲイツ!!」 任せておけ――アリゲイツは前脚を振り上げ、筋肉のつき具合をアピール。 「アリゲイツ、水鉄砲!!」 アリゲイツは思いっきり水を吐き出した!! 水の奔流がジグザグマ目がけて突き進む!! 「ぐぐーっ!!」 これまた予想以上のスピードでジグザグマは避けられなかった。凄まじい水圧に圧され、成す術なく吹き飛ぶ!! 毬のように地面を転がった。 「よし、今度こそ!!」 アカツキは再びモンスターボールを投げた!! 立ち上がりかけたジグザグマに命中すると、口を開いて捕獲光線を発射。ジグザグマをボールの中に引きずり込んだ。 これでゲットしたと勘違いしたのか、アカツキは声を上げたのだが…… 「やったーっ!!」 「喜ぶのはまだ早いわ」 ガッツポーズをしたところで、アヤカの言葉が突き刺さる。 モンスターボールに目をやると、小刻みに揺れている。 ポケモンが中で抵抗しているのだ。心なしか、アヤカがキノココをゲットした時よりもその揺れが大きく見える。 もっとも、アヤカのようにココドラを使ってキノココに徹底的なダメージを与えていないから、抵抗の度合いが違うだけのことだ。 「中でポケモンが抵抗しているわ。 ゲットも最終段階だけに、相手も必死になるわ。飛び出してくるかもしれないから、気を抜かないようにね」 「え……」 アカツキは間抜けな声を上げながらも、視線をモンスターボールから離さなかった。 大きく揺れるボールは、さながら見えない糸で操られているようだった。 揺れは次第に小さくなっていき―― そして、止まった。 「…………もしかして……」 「そうよ」 アカツキは恐る恐るモンスターボールへと近づいた。 もしかしたら、ジグザグマが飛び出してくるかもしれない……と思っているのだが、それは杞憂に過ぎなかった。 モンスターボールの揺れが止まったということは、中のポケモンが抵抗をあきらめたということだ。 アカツキはジグザグマの入ったモンスターボールを手に取った。 空のモンスターボールとは違った質感。 明らかに重みを増している。存在感が重量となって現れたと言えばいいだろうか。そんな感じだ。 「おめでとう。ポケモン・ゲットよ」 「……!!」 アヤカが拍手した。 アカツキはジグザグマをゲットしたのだ。 「ゲット……ジグザグマをゲットした?」 当の本人はゲットしたという実感をあまり持っていなかったらしい。 事実を理解するのに幾分か時間を要してしまったが、理解してからは早かった。 「ジグザグマがこの中に……」 ジグザグマの姿が、ボールの壁を透けて見えてくるようだった。 「ぼく、ジグザグマをゲットしたんだよね?」 キラキラと目を輝かせ、ジグザグマの入ったモンスターボールを掲げる。 「ジグザグマ、ゲットだ!!」 「ゲイツ、ゲイツ!!」 アリゲイツは手を叩き、喜びを露わにした。 アヤカの表情も、ほころんでいる。 景気よくアリゲイツが水鉄砲で噴水を作ってアカツキを祝福した。 彼は生まれて初めて。 自分の力で――とはいえアチャモやアリゲイツの力も借りたのだが――、ポケモンをゲットしたのだ。 その喜びは計り知れない。 胸が喜びで満たされ、こみ上げてくるものを感じた。嬉し涙をこぼしそうになるが、喜びはそこまで。 「アヤカさん。ポケモンセンターに急ごう!! アチャモをジョーイさんに看せなくちゃ!!」 「そうね」 ジグザグマをゲットした喜びは胸の内にてそのままで。 アカツキはモンスターボール片手に駆け出した。 その後を、アリゲイツとアヤカが慌てて追いかけた。 「そんなに慌てなくてもいいのに……」 などと胸の内で彼女が思っていることなど、当然知る由もなかった。 ポケモンセンターに着いたのは、それから二十分ほどが経った頃だった。 アカツキは到着するなり、ジョーイにアチャモとジグザグマのモンスターボールを渡した。 ジグザグマもゲットしたてはダメージを受けているから、ちゃんと回復をさせておかなければならない。 アチャモとジグザグマの回復を待つ間、アカツキとアヤカはロビーの片隅にぽつんと置かれている長椅子に腰を下ろしていた。 「…………」 何かを考えている眼差しを窓の外に向けているアカツキの横顔を見つめ、アヤカはわざと大きな声で話し掛けた。 「初めてのゲットにしては上出来だと思うわよ」 「そう?」 「ええ。及第点はつけてもいいと思うわね」 及第点はつけてもいい。 そう言われて、アカツキは顔を赤らめた。 初めてのゲットを誉められたような気がして、なんとなくうれしくなった。 「アチャモを戦闘不能にさせなかったら、パーフェクトだったかもしれないけどね」 「うん……でも、初めてだから、イマイチ勝手が分からなくて」 「そりゃそうよ。わたしも似たようなモノだったから。でも、君よりはちょっぴり上手にゲットできたかな?」 クスクスと、口元に手を当てアヤカは笑った。 その笑みを見つめ、アカツキも釣られたように口の端に笑みを浮かべた。 何、心配なんかしてるんだろう――? 唐突にそう思った。 カウンターに目をやると、ジョーイはふたつのボールが入った体力回復装置のダイヤルを合わせたりしていた。 回復まではまだ時間がかかるらしい。 どうやって回復してるんだろうという疑問はあるが、深く考えないことにした。 考えれば考えるほど分からなくなるような気がしてたまらない。 その代わり、アカツキはアヤカに訊ねた。自分が初めてポケモンをゲットしたのにかけて。 「そういえば、アヤカさんが初めてゲットしたポケモンって?」 「わたし? ココドラよ」 「え、あのココドラ?」 アカツキが意外に思って言葉を返すと、アヤカは小さく頷いた。 彼女は自分などよりずっとベテランのトレーナーだ。 物腰からして、それは間違いないだろう。それなのに、他にポケモンをゲットしたことがないのだろうか? 「……まあ、それ以前はカナズミシティに缶詰め状態だったから、ポケモンをゲットする機会っていうのも、あんまりなかったのよ。 君のアリゲイツのように、ゲットするという形じゃなくてずっと一緒にいたポケモンはいるけど、今はカナズミシティに置いてきてるの。 そう長くかからないから、待っててもらってるのよ」 「そうなんだ……」 アヤカがそれまで何をしていたのか、気にはなるのだが、聞かないことにした。そこまで突っ込んだことを訊ねるのは失礼だ。 彼女は今、自分を助けてくれている。そう思えば、自然とそんな言葉は胸の内で四散する。 キノココ相手にその実力を見せつけたココドラ。 タイプは岩と鋼。とにかく硬そうなタイプだから、防御力はとてつもなく高いのだろう。 そんなポケモンを、アヤカは初めてゲットしたという。もっとも、ゲットしたての強さとは、とても思えなかったが。 「でも、君のアチャモとアリゲイツは幸せそうに見えるわ」 「え?」 アヤカはアカツキの隣に腰掛けているアリゲイツに目をやった。 アリゲイツは照れているのか、鼻の頭を赤くしていた。 「アチャモとは出逢ったばかりって感じだけど、それでも幸せそうだわ。君がとても大切にしてるって、分かるもの」 「そりゃそうだけど……それほどでもないよ。あくまでも普通に」 「そう、それでいいのよ。何も変に気を配る必要なんてないんだから。普通に接していればいいの」 アヤカは見抜いた。 アカツキにはトレーナーとしての素質がある。 これでも人を見る目は肥えているつもりだ。万にひとつも間違いはないだろう。 カナズミジムのジムリーダーも、きっと同じことを考えるに違いない。 「終わったみたいよ」 アヤカの声に弾かれるように、カウンターに視線を向ける。 ふたつのモンスターボールを手にしたジョーイが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。 アカツキは居ても立ってもいられず、ジョーイの傍まで駆けていった。 ジョーイはニッコリと笑みをを浮かべながら、アカツキにふたつのボールを手渡してくれた。 「回復は終わりましたよ。アチャモの方は一晩ほどゆっくり休むと万全の体調に戻ると思います」 「ありがとうございます、ジョーイさん」 アカツキがぺこりと頭を下げると、アヤカがやってきた。 「それじゃあ、今日はここで休んでいきましょうか」 「え、別に大丈夫だよ。アチャモだって……」 「今日は結構面白かったし……それにね」 アカツキの両肩に手を置いて、アヤカはウインクひとつ。 「興奮のしすぎで疲れちゃったのよ」 それが鶴の一声となり―― アカツキはポケモンセンターに一泊することに同意した。 その晩―― アカツキは夜中に目を覚ました。 胸騒ぎがしたとか、そういった目の覚まし方ではなかった。 心地よい眠りの途中で目を覚ますということに理由はきっとないのだろう。 アヤカとは別の部屋で休んでいる。彼女の希望で、別々の部屋を取ってもらったのだ。もっとも、個室のような感じだったので、広くもなく狭くもなく。 机と椅子、ベッドだけというシンプルな室内だが、逆にそのシンプルさが心を落ち着けてくれる。 棚が乱立して妙な圧迫感に襲われることもないし、何もなさすぎて虚しさに浸ることもないからだ。 ひとつのベッドで、アカツキはもちろん、アチャモにアリゲイツ、ジグザグマも眠っているのだ。 下手に動けば目を覚ましてしまうだろうから、上半身をゆっくり起こすだけにした。 やはり疲れは拭い去れなかったのだろう、アチャモは安らかな寝息を立てて、時々寝返りなど打ちながら、眠りについていた。 心配事などなさそうなアリゲイツは、相変わらず高鼾を欠いている。 そして。 アカツキはジグザグマに目をやった。 部屋に来てからモンスターボールの外に出したのだが、先ほどまでバトルしていたとは思えないほど、懐いていた。 ジグザグマは元々人懐っこいポケモンとして知られているから、ある意味当然だった。 シッポの先まで、茶色と濃いクリーム色がジグザグに生えている。身体を丸めて眠っている様子は、さながら猫が戯れる毛玉のようだ。 「ジグザグマ……」 小さく、ささやくような声を出すと、ジグザグマの耳が動いた。 「あ、起こしちゃったかな……」 もちろんその通りだった。 ジグザグマは顔をアカツキの方に向けた。それほど深い眠りにあったわけではないらしく、目はぱっちりと見開かれている。 「ぐぐぅ?」 茶色の双眸がアカツキに向けられた。 「ごめんね、起こしちゃって」 「ぐぐぅ……」 言葉をかけると、ジグザグマは鼻を鳴らした。 そんなことはないよ――と言いたげだった。 ジグザグマのつぶらな瞳に見つめられると、不思議なことに心が落ち着く。とても優しい目をしているように思える。 「ぼくが初めてゲットしたポケモン……それがキミなんだ」 アヤカの言葉による手助けはあったものの、バトルに臨んだのは自分とアチャモ、アリゲイツだ。 自分たちの力だけでゲットしたと言ってもいいだろう。 「ほら、おいで」 アカツキは音を立てないように手を叩いた。合わせたり離したりを繰り返しているだけだが、本当に手を叩いているようだった。 ジグザグマはさっと彼の傍までやってきた。 手の届くところにまでやってきたのを確認し、ジグザグマの身体を愛しそうに何度も撫でた。 「ジグザグぅ……」 背中を撫でられて気持ちいいのだろう、ジグザグマはうれしそうな声を上げた。 アカツキはニッコリと微笑んだ。 初めてポケモンをゲットした喜びというのは確かに大きい。 だが、これからそのポケモンと共に旅をして、バトルをして、辛くなった時には苦労も分け合える。 そんな存在が傍にいてくれるのが何よりうれしかった。 「ジグザグマ、これからよろしくね」 「ぐぐぅ」 「さ、今日は寝よう。明日になったら、また歩き詰めだからね」 アカツキの言葉の意味を察してか、ジグザグマは彼の身体から降りると、再び身体を丸めて眠りについた。 「仲間って、いいなぁ……」 ポツリとつぶやいて、アカツキも身体を横たえた。 楽しいことが多かった分、疲れも多かった。 だから、すぐに眠りに落ちた。 第11話へと続く……