第15話 新たなライバル -School life 1- 水道の蛇口からひねり出した水を両手にすくい、顔を洗う。 その水が冷たく感じるのは、もしかしたら朝が早いせいかもしれない…… アカツキはタオルで顔を拭きながら、そんなことを思った。 窓の向こうには朝焼けの空。 肉眼では捉えられないほどゆっくりとしたスピードで昇る太陽が、洗ったばかりの顔を赤々と照らしてくる。 眩しさに目を細め、タオルを肩にかけた。 「ぼくも学生かぁ……三日間だけなんだけどなぁ……」 割り当てられた自室に戻りながら、アカツキは昨日ここに来た時から今までのことを思い返していた。 昨日は十一年ほど生きてきた中で、もっとも長いと思えるような日だった。 カナズミシティにやってきて、当初の予定通りカナズミジムに挑戦した。 そこまでは予定通りだった。 だが―― 記憶の箱を開く度、やりきれない気持ちになる。 カナズミジムのジムリーダー・ツツジとのバトルで負けてしまった。 何がなんだか分からないうちにポケモンセンターに戻り、そこへアヤカがやってきた。彼女と話をして、ここに来ることになったのだ。 そう、ポケモントレーナーズスクールに。 今日から三日間という短い期間ながらも、体験入学させてもらえることになった。 校長――アヤカの弁では、トレーナーとして鍛えてくれた恩人だとか――の取り成しで、『トレーナー科・上級クラス』に編入させてもらった。 とはいえ……卒業間近の生徒がゴロゴロしている上級クラスについていけるのか。 アカツキは不安しか考えていなかったが、クラスに紹介されたところでその不安はウソのように吹き飛んでいったのだ。 クラスメイトたちは、どう転んでも余所者であるアカツキを撥ね付けるどころか、喜んで受け入れてくれた。 全寮制という境遇と、外からの刺激がないということで、『外』から来たアカツキは彼らにとって歓迎されるべき存在だったのだ。 上級クラスの生徒はおよそ四十名。 アカツキと同い年の少年少女もいれば、もう間もなくティーンエイジ(十代のこと)の終焉を迎えようとしている人まで。 とはいえ、十五歳以下のクラスメートがほとんどだったりする。 歓迎されたことで不安が解消されたアカツキは、すぐ彼らと打ち解け合うことができた。 どうしてそんなにカンタンにいくのか自分でも分からないが、結果を結果として受け止めたなら、そんなことを考える必要もない。 要するに……アカツキは即物的な人間だと、そういうことになる。 突き刺すような朝の空気が満ちている廊下を、靴音をほとんど響かせずに歩く。 寮は校舎とそれぞれの階に設けられた連絡通路で結ばれており、そこを除いた出入り口は一階の玄関だけ。 トレーナー科、ブリーダー科などがあるものの、二階から四階まで順に、初級、中級、上級という風に階層ごとに割り振られている。 というわけで、アカツキがいるのは最上階である四階になる。 廊下の角を曲がってすぐのところにあるのがアカツキの自室だ。 階段やトイレから近い場所はすでに埋め尽くされているので、かなり遠い場所になってしまった。 しかし、文句を言える立場ではないし、言うつもりもない。 「こういうのって、想像してなかったけどね」 小さく漏らし、ため息ひとつ。 今この状態が不満というわけではない。 ただ…… ドアを開け、部屋に入る。 床はフローリング、壁と天井が淡いイエローになっているところが、心理的に安らかな気持ちにさせてくれるコンパートメント(個室)だ。 天井から吊り下げられた球体のライトは壁のスイッチで入り切りできる。 手を近づけるとセンサーが作動し、ライトが点灯する。 もう一度センサー部に手を近づければ消えるという仕組みだ。 だが、点けっぱなしというのを防ぐために、授業を受けている時間帯と消灯時間はライトが点かないように制御されている。 室内は実にシンプルで、ベッドとデスク、壁際にクローゼットがあるだけ。 ベッドの傍にある目覚し時計はアヤカから借りたものだ。 「これがなきゃ、君って寝坊とかしそうだから」 などと笑いながら貸してくれたのだが、アカツキ自身かなりの寝ぼすけだという自覚があるので、ありがたく拝借した。 その目覚ましを朝六時半にセット。 ベッドに腰を下ろし時計に目をやると、針は六時四十分を差していた。 一階の食堂で朝食を摂るのは七時からだから、時間的にはもう少し余裕がある。 とはいえここで枕に頭をつければそれだけで寝過ごすのは確実だ。 それを避けるために洗顔したので、眠気は世界の果てにでも追放した気分だ。 とはいえ、このまま無為に時間を過ごすのも惜しいので、アカツキは机の上に置かれた教科書を手に取り、ベッドに座り込んだ。 本来なら、体験入学では教科書は貸与されるだけなのだが、校長の好意により教科書をもらえることになったのだ。 本は三冊。厚さはそれぞれ一センチほどなので、一日じっくり費やせば読み切れるだろうか。 手に取った一冊は、表紙に『ポケモンバトル・実戦編』と書かれているだけに、内容は間違いなくアカツキが求めるものだろう。 残りの二冊は『ポケモンバトル・知識編』『ポケモン用語集』となっている。 実戦編のページをパラパラとめくる。絵と文が1:1の割合なので、実に読みやすい。 ポケモンバトルでは何が大切か、トレーナーとしての心構えとは何か……など、いろいろなことが書かれてある。 目を通すのが二度目ということで、少しは分かってきた。 しかしながら、クラスメイトたちは卒業を間近に控えているのだ。 勉強量とてハンパではないだろう。 たった三日間とはいえ、卒業を目指して消灯時間ギリギリまで机に向かって勉強しているクラスメイトたちと学び舎を共にするのである。 完全についていけるとまでは行かなくとも、「ああ」と頷ける程度でも内容を知っておかなければならない。 あまりに読みやすいため、すらすらとページをめくれる。 時間を忘れて読み進める。 不思議なことに、内容がすーっと頭に入っていく。 こういうのは苦手だと思っていただけに、驚きも一入だ。 と、時間を忘れていただけに、すでに七時を回っていた。 アカツキが現実に引き戻されたのは、七時五分のことだった。 コンコンと、ノックの音が耳に届く。そこでようやく、本から目が離れた。 「おーい、アカツキ。起きてるか〜?」 「あ、今行くよ!!」 アカツキはそう返すと、慌てながら本を三冊と筆箱を手に取り、手提げカバンに詰め込んだ。 チラリと時計に目をやると、七時六分。 七時を過ぎてしまうとは思ってもいなかった。 今頃、食堂は大盛況しているだろう。 寮生全員を収容できるほど、食堂は広くない。定員は寮生の七割だ。 しかし、食堂が開くと同時に大蛇のごとく廊下にズラリ並んだ寮生がなだれ込むので、瞬く間に満席になってしまうとか。 そこまで考えていたつもりだったが、現実として七時を完全に回ってしまっている。 「だけど、ここで振り返ってても仕方ないって!!」 バッグを掻っ攫うと、腰に三つモンスターボールがあるのを確認し、駆け出す。 ドアを開けると、ニコニコ笑顔の少年が立っていた。 ラフな格好なのは、スクールに制服というシロモノがないせいだった。 「よっ」 「あっ。おはよう、ユウスケ」 挨拶すると、少年――ユウスケは笑みを深めた。 上級クラスに編入してきたアカツキに最初に話し掛けてきたのが彼だった。 結構好き勝手な方向に刎ねている茶髪に、そばかすが目立ち始めた頬。 黒い瞳には何を考えてるか分からないような、妖しい光が宿っているような気がするのは、果たして…… ユウスケはアカツキよりひとつ上で、十二歳。 トレーナーとして旅に出てもいいはずなのだが、スクールに通っている。 彼のみならず、ほとんどの生徒は同じようなものだ。 スクールでいろんなことを身に付けてから旅に出たいと、ユウスケ本人が言っていた。旅先で余計な苦労を背負い込みたくないのだろう。 要するに、考え方としては予防接種みたいな感じだろうか。 まあ、本人にそんなことを言ったら雷が落ちるに違いないが。 一歳年上ということもあって、背は十センチほど違っているが、アカツキとしてはユウキやハルカと同じような感覚でおしゃべりできる。 「よく眠れたか?」 「うん、まあね」 やり取りを経て、どちらともなく歩き始める。 昨日の授業が終わった後で、他のクラスメイトを交えていろいろと話に花を咲かせていたから、今やすっかり友達気分。 親友とまでは行かないが、一日にしては上出来だったような気がしている。 他の部屋からもクラスメイトが出てきては顔を合わせ、挨拶を交わす。 階段を下り始める頃には、ユウスケの他にふたりのクラスメイトがアカツキと会話をしていた。 ひとりはユウスケと似たような外見で、名前をユキヒロという。 もうひとりは金髪ブリーチで知的そうな眼鏡をかけている。 マイクという名で、当人が言うところによると、外国人とのハーフらしい。 「でもさ、アヤカ先生の授業受けられるなんて、俺たちゃなんてついてるんだろうな!?」 「まあ、そうだな。アリサ先生も悪かないんだけど、ちょいと突いただけで暴走しちまうから……楽しいけど、なんか物足りない」 ユウスケが心底うれしそうに言うと、マイクが深々と頷く。 ユキヒロは淡々とした顔で会話に耳を傾けている。 彼は話し手というより、聞き手に回ることが多いらしい……ユウスケがそう言っていた。 口下手だが聞き上手、ということでいろいろと相談に乗っていることが多いのだとか。 「ねえ、アリサ先生ってどんな人なの?」 アリサ先生についてまったく知らないアカツキは、マイクに訊ねた。 名前だけは聞いたことがあるが、それ以上は知らない。 どういうわけかアヤカが嫌そうにその名を口にしていたが……何があったのか、訊けるはずもない。 それこそ、特大の雷が落ちるのではないかと思ったからだ。 「ああ、アカツキは知らないんだよな……」 ポツリと漏らしたのはしかし、ユウスケではなかった。 聞き上手のユキヒロだった。まあ、聞き上手だからといってまったく無言というわけでもあるまい。 表面には出さないが、彼も期間限定の新しい仲間を歓迎しているのだ。 普段あまりしゃべらない彼が口を開いているのを意外と思っているのか、マイクの眉がわずかに動いた。 「アリサ先生は俺たち、トレーナー科・上級クラスを担当してる先生なんだが……」 「腰痛持ちなんだよ、二十歳だっつーのに」 大変そうに言葉を紡ぎ出すユキヒロに代わって、ユウスケが話を継いだ。 「悪い……俺じゃこれ以上無理だ……」と、話を継いだ時に掠れた声で詫びていた。 本当に話すのが苦手なのだろう。 「運動のしすぎはよくないって、普段からアヤカ先生に言われてるのに、意地張って毎日トライアスロンなんてやってるから……」 「そ、そぉなんだ、すごいね……」 ため息を漏らすユウスケ。 対するアカツキは驚きしか感じなかった。 二十歳だというのに腰痛持ち。 よほど運動していなかったんだろうと思っていたのは大間違いで、運動のしすぎで腰痛になってしまったのだとか。 そりゃ、選手でもないのに毎日トライアスロンなどしていれば、嫌でも身体のどこかを壊すに違いない。 水泳、マラソン、自転車……その三種目をぶっ通しで続ける競技だが、あまりにハードなため、選手はそれほど多くない。 それに、女性は圧倒的少数だ。 トライアスロン先生というのが現実にいるというだけでも驚きなのに、さらに腰痛持ちとは…… しかしそれならどうしてアヤカは嫌そうに言っていたのか。 好奇心旺盛というか、知っておきたい。 「アヤカさ……じゃなくてアヤカ先生と仲悪いの?」 「どうしてそんなことを?」 「いや、だって……」 マイクにキッチリ問い詰められ、アカツキは口ごもった。 昨日アヤカから、 「スクールにいる間、わたしのことは『アヤカさん』と呼ぶんじゃなくて『アヤカ先生』と呼んでちょうだい」 と、念を押されているので、『アヤカ先生』と呼ぶしかない。 他人行儀というのは分かっているつもりだ。 しかし、彼女の言うことを無視して『アヤカさん』と呼んだら、恐らくは彼女も何らかの不利益を被るのだろう。 そうでなければ念を押す必要もないはずだ。 だが、アヤカはアカツキのことを考えて念を押していた。自分のことなど二の次だ。 念を押された本人がそのことを知らないのはあまりに哀しいことだが、仕方がない。 そのことを当事者以外誰も知らないのだから、立ち入ることさえできない。 扉も窓もない部屋に、普通の手段で入れないのと同じ理屈だ。 「まあ、いいじゃん。アカツキが気にするのは当然だと思うからさ」 「そうだな」 ユウスケがさり気なくフォローを入れてやると、マイクはそれで納得したようだった。 一階にたどり着くと、階段の近くまで伸びている列の最後尾に並ぶ。 食堂から出てくる人影は疎らだった。 朝メシくらいゆっくり食いたいからな……という考えを今現在、食堂にいる生徒たちが抱いているのは間違いなかった。 だが、ユウスケはその方が好都合と、そう考えているらしく―― アカツキの耳元でぼそりと囁く。 「アヤカ先生とアリサ先生は同期なんだけどさ」 「うん」 それは昨日聞いた。 ユキノの前で、彼女が心底嫌そうにその名前を口にしていたのを思い出しながら、ユウスケの話に耳を傾ける。 「俺たちからすれば似た者同士なんだけどな、どういうわけか仲が悪いらしい。 いい言い方すればライバルってことになるんだろうが…… いいか、アヤカ先生の前でアリサ先生の名前なんて出すなよ。暴れられたら俺たちじゃ手に負えない」 「う、うん、分かった」 背筋がぞっとするような話を聞かされて、アカツキはただただ頷くしかなかった。 旅をしていた間、アヤカは優しかった。 多少は厳しい面もあったが、優しさを帯びた厳しさであって、アカツキにとって苦痛になるようなものではなかった。 それが、アリサという名前が耳に入っただけで、彼女は天変地異のごとく暴れ狂うのだとか。 素直には信じられないが、仲があまりよろしくないのは分かる。だから、口にするのはなるべく控えよう。 「ユウスケ、前」 「おう」 ポツリとユキヒロが漏らすと、ユウスケは頷いて前に進んだ。列は一メートルほど前に進んだ。 食堂が近づいていることで、アカツキのお腹がぐるぐると鳴った。 「おっはよー」 食事を終えて教室に入るなり元気なあいさつをくれたのは、クラスメイトの女子、リンだった。 「あ、おはよう」 「よう」 アカツキは丁寧にあいさつを返したが、ユウスケはぶっきらぼうだった。 彼とリンの仲があまりよろしくないのを、アカツキは知らなかった。 なんでも、好きなポケモンのタイプが正反対とかで、友情にヒビが入ってしまったとか。 三つ編みにした黒い髪が特徴で、幼く見える顔立ちと真ん丸な瞳が、彼女の優しさというのを全面に引き立てている。 彼女もアカツキよりひとつ歳が上だ。同い年の生徒はクラスでもふたりしかいない。ふたりとも女子だ。 アカツキは席について、カバンを机の上に置いた。 彼の席は窓際の一番後ろで――というのも、空いているのがそこしかなかったから――、入り口からは当然一番遠い。 彼の席の前はユキヒロ、その前がユウスケだ。 スクールの出席番号というのは名前の順(あいうえお順)になっているらしい。 黒板の上にかけられた時計が指す時刻は七時四十分。 スクールでは、一時間目の開始時刻が七時五十分。 普通の学校と比べるとかなり早いが、それは全寮制であるため、通学にかかる時間をカットしたからである。 それに連動して、終了するのも普通の学校より早い。 時間割を書き表すなら、こんな感じになる。 一時間目  7:50 〜  8:40 二時間目  8:55 〜  9:45 三時間目 10:05 〜 10:55 四時間目 11:10 〜 12:00 昼食   12:00 〜 13:00 五時間目 13:00 〜 13:50 六時間目 14:00 〜 14:50 HR   14:50 〜 15:00 それぞれの間にある休み時間が違うのは、生徒の心理状態、あるいは身体状態を考えてのことらしいのだが、アカツキにはイマイチ分かりづらい。 「ユキヒロ、卒業っていつ頃なの?」 「一ヵ月……はないか。あと半月くらい」 「え、そんなに早いの?」 「まあな」 ユキヒロとユウスケを交え、話を始めるアカツキ。 卒業が近い、というのは分かっているつもりだが、そんなに早いとはさすがに思っていなかった。 「だけどさ、おまえは三日間だけなんだろ? 俺たちに比べりゃ楽だよな」 「そうでもないよ」 羨ましそうに言うユウスケに、アカツキは苦笑を浮かべてみせた。 確かにユウスケたちに比べれば楽に違いない。 ただ、いきなり上級クラスに編入して、そこの授業についていく方が、短期的に見れば楽でないに決まっている。 しかし、三日間我慢すればいいのだから、長期的に見れば圧倒的に楽だ。 「でもさ、卒業間近だから、授業のペースは結構速いんだよな。 アヤカ先生ならそこんとこもちゃんと考えてくれると思うけど」 「アリサ先生は考えてくれなかったとか?」 「中途半端に考えてたみたいで、結構大変だった」 「ふぅん」 ユウスケの様子から察するに、アリサ先生の授業も悪いものではないが、アヤカの授業の方が、このクラスにはいい印象をもたらしているようだ。 アヤカの優しさはアカツキとしても分かっているつもりだから、それも頷ける。 と、話を進めるうちに教室の戸口が音を立てて開いた。 その音を合図に、生徒たちは席につき、背筋をピンと伸ばして教壇に視線を送る。 教室に入ってきたのは、どういうわけかちゃんとしたスーツに身を包んだアヤカだった。 「いくら先生やるからって、そこまでしなくてもいいのに……」 お世辞にも似合っているとは言えない眼鏡などしているところからして、先生という立場をかなり意識しているようだ。 出席簿と、授業に使う教材を教壇に置くと、 「きりーつ!!」 日直の掛け声と共に生徒が一斉に立ち上がる。 「れーい!!」 「おはようございまーす!!」 「はい、おはよう」 元気のいいあいさつに満足したらしく、アヤカは満面の笑みを浮かべた。 日直に目配せをする。 「ちゃくせーき!!」 その目配せは「着席していいわよ」という意味のものだった。 日直の掛け声で、生徒が着席する。 静まり返った教室。 アヤカが先生になるのを望んでいるクラスメイトたちは、ネコをかぶったようにおとなしくしていた。 静寂が満ち始めた教室に、アヤカの第一声が響き渡る。 「今日から三日間だけだけど、君たちのクラスをあの女(アマ)……じゃなくてアリサ先生から預かりました」 途中で言葉を途切れさせたものの、咳払いひとつして、それからはスラスラと言葉を紡ぎ出す。 「あ、アマって……」 アカツキはちゃんと聞いていた。 いや、彼だけではない。クラスメイトは皆、アヤカの発した「アマ」という言葉をちゃんと耳に留めていたのだが、聞こえないフリ。 下手に表情に表したりしようものなら、問答無用で彼女が暴君と化すことを知っているのだ。 アヤカは眉を上下させたアカツキに気づいている様子もなく、続ける。 「卒業試験に関する授業はアリサ先生が復帰してからでいいと校長先生からお言葉をいただきました。 ですので、今日からの三日間は、トレーナーとして大切なことを中心に教えていきたいと思います。 午前は座学を中心に、午後はバトルコートでポケモンバトルに関することをやっていくつもりなので、そのつもりでいてください。 では、一時間目を始めましょう。 一時間目はポケモンバトル・知識編の本を使うので、用意してください」 アカツキはカバンから『ポケモンバトル・知識編』を出して、アヤカが黒板に書いたページを開いた。 そこはポケモンの技に関する章だった。 「技か……そうだよなぁ、ぼく、ノズパスの技、ちゃんと知っておかなきゃいけないもん」 ツツジが繰り出してきたノズパス。 ノズパスは岩タイプであるにも関わらず、電気タイプの技など使ってきた。 というのも、苦手な相性のポケモンを出された時のために覚えさせたものだとか。 アヤカが言うには、相手の苦手な技で返り討ちにするというコンセプトらしい(チャレンジャーという立場では、それもあんまりうれしくないが)。 本にはポケモンの使える技がタイプごとに列記されている。 ノーマルタイプは…… 引っ掻く、切り裂く、頭突き、叩きつける、かまいたち…… 技の名前と効果、扱えるポケモンの三項目だけで数十ページが埋め尽くされており、さらに挿し絵というのがひとつもない。 文章が苦手な人にとってはかなりキツイ内容となっている。 「卒業試験ではポケモンバトルも行うから、覚えられる限り覚えてください」 チョークを黒板に走らせながら、かなりアバウトなことを言ってのける。 覚えられるだけ覚えてね。 それって…… 「ぼくも対象か……」 アヤカからしてみれば、アカツキを含めた全生徒に言ったつもりなのだろう。 それでも、暗に「次にツツジと戦う時までにたくさん覚えておきなさいよ」と言われているような気がしてならない。 無論そのつもりだから、アカツキの表情は自然と真剣なものに変わっていた。 ノートにペンをすらりと走らせ、黒板の内容を写し取る。技の中身から、いつしか相性に内容が変わっていた。 アヤカの授業は、アカツキの意向に沿った形で進んでいると言える。 途中で休みを挟みながら午前中に行われた座学で、アカツキはいろいろなことを学んだ。その分量はノートにして二十ページにものぼる。 彼女の授業は丁寧で分かりやすく、ペースもそれほど早くない。 卒業間近のクラスに行う授業にしては、やや遅めとも言えるが、生徒たちはそれで納得している様子だ。 急ピッチで進むよりも、ひとつひとつのことをじっくりと勉強しなおすことの方が重要だと感じているらしい。 黒板とノートを交互に見ては、すさまじいスピードでペンを走らせていく。 アカツキは授業に熱が入るあまり、本気で時間が経つのも忘れていた。 自分に足りないものを、アヤカが丁寧に教えてくれている。 時計がゆっくりと時間(とき)を刻んでいくことすら、霞むほど、アカツキは真剣に授業に打ち込んでいた。 後々になって思い返せば、それは史上最大級の真剣さだったかもしれない。 授業の終わりを告げる鐘の音がスピーカーから流されることで、アカツキは午前中の授業が終わったことを知った。 授業が始まってから一度も時計に目をやっていなかったから、時が流れるのは本当に早いということをまざまざと見せ付けられるような格好だ。 休み時間も、先ほどの授業の中身を復習するのに費やされた。 席を立ったりトイレに行ったり痴話に花を咲かせていたのはごく一部の生徒だけだった。 まだ半日だというのに、アカツキはいろいろなことを知った。 タイプによる相性も、分かっているつもりでいたが、それも中途半端だった。 二十近いポケモンのタイプをすべて考えるとなると大変だが、必死になって覚えた。 最近になって発見された「悪」や「鋼」といったタイプに関しても、様々な知識を取り込むことができた。 鋼とは金属の一種であるからして、熱されやすい。つまり鋼タイプは炎タイプに弱い。 その他にも弱点となるタイプはあるが、分かりやすい例をアヤカは紹介してくれた。 ポケモンの技についても、今までとは違った角度で見ることができた。 そのおかげで、今まで自分がいかに直球一本槍だったか……攻撃一辺倒だったか、鏡に映したように自分の弱点も見えてきたような気がする。 「午後はポケモンバトルを行うから、バトルコート・Cブロックに集合してください。 各自、手持ちポケモンを二体、用意しておくこと。 お腹も空いたでしょ。それではどうぞ、ランチにしましょう」 アヤカの鶴の一声で、生徒たちは我先にと食堂へ向かった。 アカツキは、朝食堂まで行ったメンバーと一緒だった。 「どうだ? 難しかったか?」 開口一番、授業の感想を訊いてきたのはユウスケだった。 彼はどういうわけかアカツキをずいぶんと気にしているようだった。 転入生というのは総じて、モテるか嫌われるかの二択しかないのだが、アカツキはどちらでもなさそうだ。 どちらに近いかといえば、モテてる方かもしれない。 少なくとも嫌われてはいないし、とはいえ女子からプレゼントやメール攻めを受けているほどモテてもいない。 むしろ、同姓からのアプローチが多いくらいだ。 「うん、少し。でも、なんでだか頭にすーっって入ってって。 ぼく自身、不思議でたまらないよ」 「そっかぁ……そういやアカツキはトレーナーなんだよな?」 「そうだけど……まだ七日目だよ。初心者中の初心者」 アカツキは『トレーナーなんだよな』と言われて、なぜか顔を赤くした。 一人前のトレーナー、というわけではないから、照れて仕方がないのだ。 「最初にどのポケモンもらったんだい? アチャモ? ミズゴロウ? それともキモリ?」 「アチャモ。友達ふたりと一緒に旅に出たんだ。重ならないか心配したんだけど、ちょうど好みが合ったみたいで」 「へえ、それはおもしろそうじゃないか」 マイクが微笑んだ。 何を隠そう、彼もトレーナーだが、彼はキモリをもらった。 スクールではバトルが授業の一環として採り入れられているので、クラスメイトという中でお互いに切磋琢磨してバトルの腕を上げていく。 まだ進化していないが、ひとつ進化したジュプトルをノックアウトできるほど、彼のキモリは強い。 上級クラスの面々は、ポケモンに関する知識も、バトルの実力も、教師を除けば――スクールの生徒の中ではトップクラスだ。 アカツキでもそう簡単には勝たせてもらえない。 ……どころか負ける可能性の方が高いわけだが、当の本人はそんなこと、まるで気にしてはいないようだった。 まあ、スクールの中でのバトルよりも、外で経験するバトルの方が吸収は早い。 そう一概にどちらの方が強いだの、というような比べ方はできない。 同じ経験を積んでいるわけではないのだから、同じ基準を用いることなどナンセンスに違いないのだが。 それに、今のアカツキには切磋琢磨できるような相手が『いない』。 ユウキは自分よりやたらと強いし、ハルカもどうだか分からない。 そもそも切磋琢磨というのは、お互い似通った実力でないと成り立たないのだから、アカツキにその相手がいないのは仕方がない。 兄ハヅキは憧れの存在であって、目標でしかない。切磋琢磨するにはあまりにレベルが違いすぎる。 いろんな話に興じているうち、アカツキたちは食堂にたどり着いた。 授業中腹の虫が絶えず、『食物をくれぇぇぇ……』と奈落の底からありったけの声を絞り出すかのごとく鳴り響いていた。 その音は周りに聞こえないほど小さかったが、気になって気になって仕方がない。 焼石に水程度にしかならない。 もしくはそれにもならないかもしれない慰めとして、腹をさすってはほんの数秒、腹の虫を宥め透かしていたのだが、それも限界だ。 お盆に次々と盛られていく料理を見つめ、料理から立ち昇る湯気と薫りが鼻腔を突くたびに、胃液が分泌されて、一層の空腹感をもたらす。 早く食えと言わんばかりだ。 昼食はスパゲティ・ミートソースと、キャベツやレタス、赤ピーマンなどでふんだんに彩られたグリーンサラダ。 それからコーンスープ・ポタージュ。デザートとしてコーヒーゼリー・ミルクつきもあった。 ちょうどテーブルがひとつ、近くに空いていたので、そこに決めた。 アカツキ、ユウスケ、ユキヒロ、マイクの四人は椅子に腰を下ろすなり、猛烈な勢いで料理を食していく。 行儀などなんのその、とにかく腹が減って減って仕方がない四人には、行儀を気にするほどの余力さえなかったようだ。 ほんの五分程度で食事を終えると、早速バトルコートへ向かうことにした。 アヤカの話によると、バトルコートはAからFの六ブロックに分かれており、それぞれのブロックにさらに四つのコートがある。 合計で二十四ものコートがあるので、二クラス程度なら全員同時にバトルできるほどだ。 フィールドの属性も様々で、草のフィールドもあれば、岩場のフィールド、砂地のフィールド、水のフィールドなどがある。 ひとつのブロックに四つ、それぞれ異なったフィールドが用意されているので、様々な地形でのバトルを経験できる。 どこでバトルをするか分からないトレーナーの旅路では、そういう経験がとても重要になる。 午後の授業はCコートで行われるが、Cコートはスクールの敷地の外れにある。 「気兼ねなくバトルできるわよ」 アヤカなりの気遣いというか、そんなものが感じられた。 「そういえば、今日のバトルにはポケモンを二体使うんだよな」 「そのはずだが……どうかしたのか?」 「いや……どの二体を使おうかと思って」 ユウスケはこれからのバトルで使うポケモンを気にしているようだった。 彼は四体のポケモンを持っているが、その中から二体を選ばなければならない。 普通なら問答無用で最強メンバーを選出するところなのだが、そうすると、他のポケモンが育たない。 ポケモントレーナーの常識として、手持ちポケモンは満遍なく育てるというものがある。 偏った育て方――たとえば一体だけを極端に育てたとしても、その一体が戦闘不能になった時点で負けが決まってしまったりすることがままあるのだ。 というわけで、満遍なく育てるには、ゲットしたてのポケモンを積極的にバトルに送り出すのがベストとなる。 午前中の授業でそのことを学んだアカツキは、今日ばかりはアリゲイツの出番がないと思った。 彼のパーティの中ではアリゲイツが一番強い。群を抜いていると言ってもいい。 だから、今日使うのはアチャモとジグザグマになる。 明日のことは明日考えればいい。恐らくはレベルアップするであろう二体とアリゲイツを照らし合わせて決めればいいだけのことだ。 「そうだな……満遍なく育てなければいけないからな…… そうでなければ卒業試験もかなり厳しい……慎重に選ぶ必要がありそうだ……」 ぼそりとユキヒロが言った。 彼は彼なりにいろいろなことを考えているのだろう。 だが、表情をほとんど変えることのない彼だから、実際何を考えているのか読めない、というのも事実だ。 アカツキは彼らの話に耳を欹てながら、周辺の景色を楽しんでいた。 Cコートに伸びる道は一本で、道を挟むように、青々と茂った芝生と、点々と植えられた木々。 空を振り仰げば、青い大海原を音もなく流れゆく白い雲。 スクールという人工物の中にいながらも、自然の息吹を色濃く感じることのできる景色に、アカツキは見とれていた。 郊外ということも手伝って、空気も澄み切っている。 調理などで生じる排気も、エコシステムを最大限利用して、限りなくキレイにしてから外に出しているのだ。 「アカツキは三体持ってるみたいだけど」 「うん」 「アチャモと……残りの二体は?」 「その時のお楽しみ」 マイクの問いかけも、アカツキは軽やかに避わしてみせた。 『その時のお楽しみ』という言葉は、オーソドックスでありながらも、こういう場面においては、実は効果覿面だったりするのだ。 ――どうせ後で見られるんだから今無理に見る必要なんてないだろ? というニュアンスなのだが、どういうわけか人間の心理におけるソフトな部分にタッチしてくるものだから、それで納得してしまう。 言葉というのは実に恐ろしいものだ。武器にもなれば薬にもなる。 とはいえ、アカツキにはそういった自覚などなさそうだった。 本当の意味で『その時のお楽しみ』と言葉を返したに過ぎなかった。やはり子供である。 それぞれの手持ちポケモンについて話し合ううち、四人はCコートにたどり着いた。 白線で仕切られたフィールドが四つ、横に並んでいる。 コートはフェンスで囲まれており、余計な被害が出ないようにとの配慮が為されている。 左から順に、フィールドを見ていく。 草のフィールドは、文字通り草に覆われており、端っこだけ白線がくっきり浮かび上がっている。どのポケモンも戦いやすい地形だ。 水のフィールドは、一言で言ってしまえばプールみたいな場所だ。 水が張られており、フィールドのあちこちに、それぞれ高さが異なった円柱がそそり立っている。 こんな場所だから、水タイプ以外のポケモンでは少々戦いにくいかもしれない。 続いて岩のフィールド。乾いた土で覆われた中に、人の大きさほどもある岩がいくつも突き立っている。 障害物が多いので、スピード勝負がしにくいフィールドと言える。カナズミジムのフィールドに酷似しているのは果たして気のせいか。 砂のフィールドは、呼び名通り一面砂で覆われている。 草のフィールドと同じで、端っこだけ砂が取り払われ、白線が見えている。 体重のあるポケモンは砂に足を取られて思うように動けない地形だ。 とまあ、いろいろな場所でのバトルを想定したつくりになっているのは、トレーナーとして各地を巡るアカツキにとってありがたいことだった。 ここで地形慣れしておけば、多少はバトルも有利に運べるかもしれない。 「時間までまだ少しあるな。そこで、だ」 腕時計に目を落とし、ユウスケが言った。 それから腰のモンスターボールを手に取って―― 「ちょいとバトルしてみないか?」 アカツキの方を見ながら言ってきた。 挑戦状を叩きつけられてる……誰が見ても間違いはなさそうだった。 「え、休み時間にバトルなんてしてもいいの?」 「両者の合意があれば、問題はない。 スクール規則第47条。ポケモンバトルに関する規則で、そうなってる」 アカツキがビックリしながら訊くと、ユキヒロが首を縦に振った。 要するに―― バトルをしたがっているトレーナーがふたりいれば、その時点でバトルは許可されると、そういうことらしい。 「合意っていうことだから、断ることもできる。授業中はそうもいかないけどさ」 「うーん……」 アカツキは腕を組んで唸った。 スクールの休み時間に限っては、バトルを断るのは自由。 それは分かるのだが、ここでバトルをして、問題はその後だ。 万が一午後の授業で使う二体のポケモンにまでダメージが及ぶことがあったら、それこそ目も当てられないのだ。 一対一(サシ)の勝負なら、あるいは受けても問題ないのだが…… そこはユウスケとの交渉次第、といったところか。 「うん、わかった」 アカツキはバトルを受けることにした。 要するに、一対一に持ち込みさえすれば、バトルを断る理由も、必要も一切なくなるのだ。 「でも、授業に支障のないようにしてもらえると……」 「オッケー。俺もそうするつもりだから、問題ナッシング」 胸を張って言われたので、これはもう受けるしかなくなった。 というより、アカツキには一歩も退く理由もなかったが。 「フィールドは……そうだな、オーソドックスに草のフィールドにしよう。 アカツキ、おまえの実力、見せてもらうぜ」 にぃっ、と白い歯を見せながら笑みを浮かべるユウスケ。 バトルを心底楽しみにしているのが見て取れた。 実際、こういうタイプのトレーナーの方が強敵だったりするのだが、それをアカツキが分かっているかどうか…… 「ジャッジは俺とマイクが務めよう」 「頼む」 「任せとけ」 残るふたりの役割もあっさり決まったところで、四人は草のフィールドへ移動した。 アカツキとユウスケが、フィールドを挟んで対峙する。 一般的にトレーナーがいるのは、自分から見てフィールドの後方で、コートの白線を一辺に含む小さな長方形の中だ。 トレーナーに対してポケモンの技を発動させることは禁止行為である。 やったら即刻負けになるということはアカツキでも知っている。 フィールドの中央に引かれた白線の延長線上、左右にユキヒロとマイクが立つ。ジャッジというか、単に立会人みたいなものだ。 「アカツキは三体しかポケモン持ってないから、今回は一対一の勝負だ。 んじゃ、俺はこいつを出すぜ!!」 ユウスケが腕を振りかぶり、モンスターボールを投げた!! 放物線を描きながら落下するボールの口が開いて、ポケモンが飛び出してきた!! 「ぐるるるぅ……」 飛び出してくるなり、ユウスケのポケモンは獰猛な唸り声をあげた。 見た目は黒い犬で、背の高さはユウスケの半分より少し足したくらい。 鮮血が詰まっているような色を呈した赤い双眸を、バトルの相手であるアカツキに向けている。 「このポケモンは……」 お約束ながら、ポケモン図鑑を取り出して、センサーを向ける。 「グラエナ。かみつきポケモン。ポチエナの進化形。 常に唸り声を発しており、相手に噛み付くタイミングを狙っている。 鋭い牙でがぶりと噛み付かれると、とにかく痛い。 野生の血を幾許か残しているため、リーダーと認めたトレーナーの言うことしか聞かない」 「ポチエナの進化形なんだ……」 アカツキはカリン女史のアナウンスを聞き終えると、図鑑をポケットにしまった。 図鑑を見つめるユウスケの表情は、どこか興味深そうだった。 ユウスケだけでなく、ユキヒロやマイクも同じなのは、彼らがスクールでポケモン図鑑のことを学んだからに他ならない。 ポケモンのことに関する授業では、実にさまざまなことを学ぶ。 バトルであったり技であったり相性であったり…… その中には、ポケモンに関する研究で多大な功績を上げた博士などのことも含まれている。 カントー地方に居を構えるオーキド=ユキナリ博士が、ポケモン図鑑なるものを作り出したと授業で習った覚えがあった。 出会ったポケモンのデータが記録されていくというハイテクな図鑑で、その図鑑を持ったトレーナーがふたり、各地を巡っているとか。 アカツキが先ほど見ていたのも、恐らくはポケモン図鑑に違いない。 とはいえ、ホウエン地方出身である彼が図鑑を持っているのはどういう理由か……謎がいくつか残るも、余計な詮索はしないことにした。 彼が持っているのはポケモン図鑑。それが分かっただけでいい。 それに、図鑑を見たところで勝敗の行方が変わるということもないだろう。 行方を変えることができるのは、これからのバトルでいかに駆け引きを繰り広げていくか、だけである。 「んじゃ、始めるぜ。先に攻撃してきな」 ユウスケが笑みを浮かべながら、人差し指を曲げ伸ばしした。 かかって来い――という意味のジェスチャーだ。 彼からすれば、アカツキのアリゲイツの実力を的確に見極めるために、敢えて先制攻撃を許したのだ。 そうでなければ自分が先に攻撃するだろう。 アカツキはギュッと拳を握りしめた。 「どうせ罠なんか……張ってたりするんだろうなぁ……」 何のたくらみもなく先制を譲るなんて、ポケモンバトルではとても考えられない。 聖人君主のような心の広さを持った人とか、何も考えてないバカとか。 そういう連中ならありえるかもしれないが、ユウスケはそういった類のトレーナーではない。 が、アカツキはユウスケがどこまでのことを考えているのか、というラインが読めなかった。 深読みしすぎて、何をアリゲイツに指示すればいいのか分からなくなる。 「ん? 攻撃、してこないのか? なら、こっちから――」 一分と時間が経ったわけではない。 しかし、攻撃を仕掛けてこないアカツキに対して、ユウスケは痺れを切らしたようだった。 と、そこでようやくアカツキは吹っ切った。罠を恐れていては、何も始まらない。 「アリゲイツ、水鉄砲!!」 「ゲーイツっ!!」 アリゲイツが口を大きく開き、猛烈な水流を発射した!! 「へえ、なかなか……」 ユウスケの笑みが深まった。 自慢ではないが、ユウスケは相手の一撃目を見ただけで、その実力を見極められるという自負がある。 アリゲイツの水鉄砲はパワーもスピードも命中精度もなかなかのものだ。 上級クラスに編入してくるだけのことはあるな……そう思い、ユウスケの心は弾んだ。 「これくらいの相手じゃなきゃ、本気で戦う気がしないぜ!!」 強い相手と戦う方が、燃えてくるのだ。 あまりに実力差があるとそれも無理なのだが、アカツキくらいのレベルならちょうどいい。 「グラエナ、避けて頭突き!!」 ユウスケはアリゲイツを人差し指でビシッと指しながら、グラエナに指示を下す。 グラエナは最小限の動きで水鉄砲を避けると、アリゲイツ目がけて駆け出した!! 的を射抜けなかった水鉄砲はしばらく突き進むと、推進力を失って地面に落下、草むらに水溜りを作った。 頭突きという技の威力は知っているつもりだから、アカツキとしては…… 「アリゲイツ、こっちも頭突きだ!!」 指示を受け、アリゲイツも駆け出した。 水鉄砲にしなかったのは、先ほどと同じように避けられてしまうと思ったからだ。 バトルの常識として、同じ技を続けて使わない、というのがある。 相手が悪いと、一度目の発動でその技の弱点を見極められてしまう恐れがあるためだ。 よほど自信がない限りは、同じ技を二度続けて使わない。 これはセオリーであり、アカツキもそのことをよく知っている。 ユキヒロは確実に攻撃を命中させるために、近距離用の技を指示してきた。 「ぼくはそこを何とか利用して……」 バトルを見守る目つきも、自然と鋭さを増していく。 離れた場所を攻撃できる技というのは、相対的に命中率があまり高くない。 というのも、距離が開いていればいるほど、到達するまでに時間がかかり、相手に回避のチャンスを与えてしまうからである。 技のスピードで多少のカバーをすることは可能だが、威力が上がるわけでもないし、相手が素早ければそれも無意味。 ということは―― 接近戦に持ち込めば、命中率を限りなく高めることが可能となる。 それはユウスケにとっても同じことだろうが、そこは何とか考えうるテクニックで挽回していけばいい。 アリゲイツの水鉄砲は威力あるわねとアヤカに言われたので、水鉄砲を主体とした攻撃を展開していきたい――それがアカツキのプランだ。 だから、接近戦によって命中率を高め、機を見て水鉄砲で一気に大ダメージを与える。 「それしかない……!!」 アリゲイツとグラエナの距離がぐんぐん縮まっていき――互いにジャンプ!! ごんっ!! 固いものにぶつかったような音がして、アリゲイツとグラエナ、両者が頭を突き合わせる!! その表情が真剣そのものなのは、負けられないという気持ちを抱いているからだろう。 幸い、頭突きによるダメージは双方共にそれほど大きくなかったらしく、頭を突き合わせたまま着地すると、さっと飛び退いた。 「なかなかやるな……こうでなきゃおもしろくねえや!!」 ユウスケの心に燃える炎は先ほどにも増して大きくなっていた。 アリゲイツとグラエナの距離は、飛び退いたとはいえ、先ほどと比べると劇的に縮まった。 「それを待ってたんだ、水鉄砲!!」 「こっちもな!!」 「……!?」 アカツキの描いていたプランは、ユウスケに見破られていたらしい。 学力に関してはユウスケに敵うわけがない。 知識量も言うに及ばず、バトルに関する経験も彼の方が上だろう。 それはアカツキも分かっているつもりだった。 だが…… アリゲイツが口を開き、水鉄砲を発射!! 先ほどよりスピードを増しているのは、アカツキの意を汲んでいるからに違いない――ジャッジとしてバトルを見守っているマイクはそう思った。 マイクもユキヒロも、アカツキがユウスケを相手にして互角以上の戦いを繰り広げていることに驚いていた。 トレーナー科の上級クラスの中にあって、ユウスケは五本の指に入るほどの強者だ。 その彼と互角以上に、編入してきたアカツキがバトルをしている。 これは驚き以外の何者でもない。 アリゲイツの放つ水鉄砲を軽いフットワークで避わすグラエナ。 こういうパターンを想定して育てられたのは間違いない。 「近距離に持ち込めば、こっちのモンなんだぜ!!」 鼻を鳴らすと、ユウスケはグラエナに指示を下した。 「威張れ、グラエナ!!」 「ぐるぅっ!! ぐるぅっ!!」 指示を受けたグラエナはピンと背中を伸ばすと、甲高い鳴き声を発した!! 辺りに響き渡るその声は、遠吠えにも似ている。 だが、中身は遠吠えなどとは大幅に違う。 「ゲイツ……っ?」 水鉄砲を吐き終え、落ち着いたのも束の間。 ポケモンにはポケモンの言葉みたいなものがあり、それぞれ意思疎通ができるらしい。 人間には理解できないから、どうとも言えないのだが……しかし、威張るという技をアリゲイツは受けてしまった。 「ギェェェェェェェェェイツッ!!」 アリゲイツの顔に朱が差したかと思うと、猛烈ダッシュ!! 狙うはグラエナだ。 だが―― 「アリゲイツ!!」 アカツキは何の指示も下していないのに、アリゲイツは攻撃している!! それはどういうことか? 「威張る……ぼく、そんな技知らないけど……」 知らないのも無理はない。 技の種類は、ポケモンの数に輪をかけて多いのだ。 で、威張るという技の内容はというと…… 威張ることで相手の冷静さを欠き、混乱させるという、間接的な攻撃技だ。 どんなに冷静なポケモンでも、この技でアリゲイツのように怒り狂って混乱すると、トレーナーの指示をまるで受けつけなくなる。 混乱を回復させるには、時間が経つかダメージを受けるかのふたつしかない。 例外として、モンスターボールに戻すという手段もあるのだが、それをすると負けを認めることになる場合もある。 アリゲイツが冷静さを失っていることは、分かっていた。 だが、指示もなく突っ走るとは…… 「グラエナ、一気に決めちゃうぜ!! レッツ、はかいこうせ〜ん!!」 ギュッと拳を握りしめ、ユウスケが指示を下す。 フィールドを挟んでも、コキッと親指の関節が鳴ったのが聞こえた。 「げ、破壊光線……!?」 その技を聞いて、アカツキはみるみるうちに青ざめた。 いつだったか、変な格好をした女のバクーダが放った破壊光線は、太い木でさえなぎ倒すほどの威力があった。 『ノーマルタイプ最強の技』と、午前中の授業で習ったことが脳裏に浮かぶ。 冷静さを欠き、前脚を振り回しながらグラエナ目がけて突っ走るアリゲイツが避けてくれるのを期待するのは、それこそナンセンスな行為だ。 ならば…… 冷静さを取り戻させるしかない。 「アリゲイツ、目を覚ますんだ!!」 声を張り上げ、必死になって呼びかける。 ここで破壊光線などヒットした日には、戦闘不能になること間違いなしだ。 そうならないためにも、アリゲイツに冷静さを取り戻して欲しかった。 「ん? 何やってんだぁ?」 そこへ他のクラスメイトたちがぞろぞろとやってきた。 すでに時刻は十二時五十分。午後の授業開始まで、残り十分を切っていた。 ひとり、またひとりと、アカツキとユウスケのバトルを興味深げに見つめるギャラリーが増えていく。 コートの外ではわいわいがやがやと騒ぐ声がするが、アカツキは取り合わなかった。 アリゲイツが我を取り戻してくれなければ、確実に負けるのだ。 「アリゲイツぅっ!!」 「ふぎゃーっ!!」 アカツキの悲痛な叫びもなんのその。 口を開き、破壊光線のチャージを始めたグラエナに、連続で引っ掻く攻撃を繰り出しては、軽いフットワークで避わされ続けている。 グラエナは口を開いたまま、アリゲイツの攻撃をカンタンに避ける。 避け続けている間に、グラエナの口の中にオレンジ色の輝きが灯り、その輝きは徐々に強さを増していた。 破壊光線の最大威力を放出するには、多少のチャージが必要となる。 最大威力が要らないというのであれば瞬時に発動することもできるが、普通は最大威力で放つので、チャージ時間を考慮したバトル進行を要求される。 「へえ……やってるじゃない」 アヤカまでやってきた。 午前中の授業で着ていた麗しいスーツ姿ではなく、本当に身軽な服装だ。 白い半袖のシャツにジーンズ、それと首から笛をぶら下げている。 「アヤカ先生。アカツキくん、すごいですね。ユウスケと互角に戦ってるなんて……」 リンがアヤカの耳元でぼそりとつぶやく。 アヤカは口元に笑みを浮かべた。 「そうね……」 アカツキが上級クラスに編入するに相応しい実力があるのをこの目で確認できて、満足しているくらいだ。 「時間は……ギリギリまで待ってみましょうか。タイムアップまで、あと八分。 決着はそれまでにつくかな?」 アヤカは目を細め、バトルの行方を見守ることにした。 いよいよグラエナの破壊光線のチャージが完了する。 アリゲイツはむやみやたらに引っ掻く攻撃を連発するものの、一度としてヒットしない。 それどころか、身体を激しく動かしたことで血管が広がり、頭に血が昇って余計に冷静さを欠くという事態に。 「アリゲイツ、目を覚ませ!!」 ついにはアカツキの口調もめちゃめちゃ強いものになってしまった。 普段は使わないような「〜しろ」とかいう言葉まで飛び出す。 「ふふ、遅かったみたいだな♪」 ユウスケが楽しそうに言いながら、口の端を吊り上げ、 「はかいこうせ〜ん、発射〜っ!!」 何十度目になるかも知れないアリゲイツの引っ掻く攻撃を避け、大きく飛び退くグラエナ。 憤怒の形相で突っ込んでくるアリゲイツに対し―― 「ぐるるるるるぅぅぅぅっ!!」 獰猛な唸り声と共に、口からオレンジ色の光線を吐き出した!! ユウスケのグラエナが破壊光線など覚えているとは、本気で予想外だった。 アヤカは眉を微動させ、ぴゅーっ、と口笛を吹いて驚きを端的に表した。 ばぼーんっ!! オレンジ色の光線は、恐れを知らぬ戦場の突撃兵のように向かい来るアリゲイツを正面から直撃し、爆発を起こした!! 爆音が耳を劈き、爆風が激しく髪と服をなびかせる。 アリゲイツは大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた!! 「アリゲイツ!! 立って!!」 アカツキは叫んだ。 仰向けに倒れているアリゲイツの表情に苦痛は見られなかった。 冷静さを欠いていたから、痛みもあまり感じていなかったのかもしれない。 それならそれでいい。 だが…… 「さすがに破壊光線受けちゃったらマズイっしょ……」 「まあ、普通はそうね」 リンが「あちゃー」と言いたそうに口元に手を当てながらつぶやくと、アヤカはフッと息を吐き、頷いた。 確かに破壊光線など受ければ、普通のポケモンであれば戦闘不能は免れないだろう。 破壊光線を放つポケモンの力量と、受けるポケモンの防御力によっては、受けても戦闘不能にならない場合もある。 この場合はどうだろうか。 アヤカは興味深げな眼差しで、バトルの行方を見守った。 「アヤカ先生、アカツキくんのこと、よく知ってるような口振りっすね」 「あら、どうしてそう思うのかな?」 「だって、先生の紹介で彼、編入したんでしょ?」 「早耳ね」 リンの鋭い言葉に、アヤカは苦笑いした。 どこでそんなことを聞きつけてきたのやら―― 五時間目開始まで、残り七分。 彼女の顔の広さは校長のユキノに匹敵するほどのものだ。どこから話が漏れたとしても、確実に耳に入れるだろう。 まあ、そのことについては後ほどリンとふたりきりで、校舎の片隅で『話し合い』でもすればいいか。 今気になるのは、バトルの行方である。 フィールドに視線を戻す。 リンが意地悪な笑みを浮かべて自分を見ているのが、どうにも気になって仕方がないが、それもあと七分の辛抱だ。 授業が始まれば、リンとユウスケでもバトルさせればそれ以後の憂いはなくなる。 フィールドでは、倒れたままのアリゲイツに向かってアカツキが叫び続けている。 負けたくない一心だとは思うが、それでも……どうにもならないことがある。 破壊光線の威力は絶大だ。 その分、反動でしばらく動けなくなる。 一分以上経った今も、グラエナは破壊光線を放った体勢のまま、微動だにしない。 この状態で攻撃されたらひとたまりもないところだが、相手が倒れたままとなれば、その心配も軽減される。 一刻も早く硬直が解けるのを願うユウスケ。 万が一アリゲイツが起き上がってきたら……形勢不利に陥るのは自分の方だ。 「戦闘不能になったか……? いや、油断できない」 アリゲイツを見つめる視線が自然と鋭さを増す。 何しろ、アカツキはアリゲイツをモンスターボールに戻していない。 戦闘不能に陥るほどのダメージを与えたのは間違いないが、戻していないから、安心はできない。 「アリゲイツ、倒れたままなのに……どうして戻さないんでしょうね?」 「まだ戦えると信じているから……たぶん、そうだと思うわ」 「へえ……」 リンとアヤカのやり取りが続く。 顔は合わせないが、話だけ続ける。無視すると、それこそ何を言われるか分かったものではない。 残り六分。 クラスの全員がコートに入った。 バトルの行方を、固唾を飲んで見守っている。 「アリゲイツ……」 ――信じてるよ。 そうつぶやこうとした時だ。 「な、なにぃっ!?」 ユウスケの悲鳴にも似た叫び声がコートに響いた。 「…………ゲ、イ、ツ……」 低い唸り声を上げながら、ゆっくりと、アリゲイツが立ち上がったではないか。 動きがぎこちないのは、戦闘不能寸前のダメージを受けているからに他ならないが、アカツキにとってダメージの大小は問題ではなかった。 「アリゲイツ!!」 アリゲイツが立ち上がったのを見、アカツキは喜びの声を上げた。 信じていた。破壊光線でも戦闘不能になんかならないと。 その思いが報われたような気がして、とてもうれしかった。 「うっそーっ」 「普通じゃないってことじゃない?」 驚愕の声と表情がコートに満ちる。 破壊光線を受けて立ち上がったポケモンなど、クラスメイト達は見たことがなかったのだ。 最強威力の技で、食らえば戦闘不能は確実とさえ言われているだけに、まったくの予想外!! 「グラエナ、動けるか!?」 「ぐるるるぅ……」 ユウスケが問いかけるが、グラエナはゆっくりと首を横に振るだけだった。 破壊光線の反動による硬直は未だに続いているのだ。 ユウスケは、相手を一撃で沈めるつもりで、他の技そっちのけで破壊光線を覚えさせた。 どうやら、それが仇になったらしい。 破壊光線を覚えるに相応しいレベルでないと、仮に覚えて放ったとしても威力が低かったり硬直時間が長くなったりする。 結果として、アリゲイツは戦闘不能を免れ、立ち上がるまでの長い間――そして今も硬直が続いているのだ。 ……って、超ピンチじゃん!! ユウスケは必死になって考えた。 これからどうすればいいのかを。 考えている間に、アカツキがアリゲイツに指示を飛ばす。 「アリゲイツ、引っ掻く攻撃!! 頑張れ!!」 きっ!! アカツキの言葉を受けて、アリゲイツが目を見開きながらグラエナに突進した!! 走り出したアリゲイツの動きは、戦闘不能寸前のダメージを受けたものとは思えないほどのものだった。 「グラエナ……」 グラエナはまだ動けない。 先走って破壊光線など覚えさせるべきではなかった……ユウスケは痛烈に後悔した。 後悔先に立たずなどという言葉があるように、後悔に意味はない。 反省なら明日へ生かせるのだろうが…… やっぱり、ちゃんと順番で技を覚えさせていくべきだった。 と、そこへ―― ピーッ!! 笛の音が響き渡った!! 何の前触れもなしに響いた大きな音に、アリゲイツはビックリして、前のめりに倒れた。 「はーい、そこまでよ!! 午後の授業、そろそろ始まるから、バトルはそこでおしまい!!」 「えーっ、まだ決着ついてないですよ〜、先生」 「タイムアップ。時間切れ」 アヤカはユウスケの苦情を受け付けず、手をぱんぱんと叩きながらコートの中央へ歩き出した。 残り五分。 タイムアップだ。 授業が始まってからいろいろと説明するのもアリだろう。 しかし、卒業間近の生徒を相手にする際には、授業前に説明をして、授業開始と同時に中身に入ってもらうのが一番だ。 それに、楽しいバトルを見られたのだから、それくらいしても罰は当たらないだろうし。 「さ、それぞれポケモンを戻しなさい」 「アリゲイツ、戻って」 「グラエナも。サンキュ」 アヤカに促され、アカツキもユウスケもそれぞれのポケモンをモンスターボールに戻した。 「決着つかなかったけど……たいしたモンだ」 「うん……ありがとう」 アカツキとユウスケは、握手を交わした。 固く結ばれた手と手は、友達としての友情の証であり、互いをライバルとして認めた証でもあった。 ふたりが握手を交わした様子を、クラスメイト達は歓声を上げながら見つめていた。 「最高のバトルだったわよ!!」 「いいモン見せてもらった!!」 最大級の賛辞と甲高い口笛が飛び交う。 それは長い間続いた。 アヤカはそれを止めようとせず、自然と収まるのを待つことにした。 アカツキとユウスケがいろいろと話に花を咲かせているから、ジャマするのは野暮なことだと思ったからだろう。 それに―― 授業に入ったら、手短に説明を済ませて後は自主的にやらせればいい。 プランの変更は一瞬にして為された。 そして、午後の授業の開始を告げる鐘の音がスクールに響き渡った。 第16話へと続く……