第18話 努力の結晶 -Return match- アカツキは、ポケモントレーナーズスクールでアヤカが課した卒業試験を見事に乗り越えた。 三日間の学校生活にピリオドを打ち、ポケモンセンターでポケモンを回復させると、その足でカナズミジムへと向かった。 卒業試験でいろいろあって疲れていたのだが、それでも「今すぐバトルしたい!!」という気持ちが勝った。 本当は明日にしようと思っていたが、やはり気持ちには勝てなかった。 疲れた身体をおして、一歩一歩進んでいく。 腰には三つのモンスターボール。 アリゲイツ、ジグザグマ、そして――卒業試験の中で進化したワカシャモ。 カナズミジムのジムリーダー・ツツジが繰り出してくるのは岩タイプのポケモン。イシツブテとノズパス。 相性のいいアリゲイツとワカシャモがいれば、勝てるに違いない。 疲れさえ吹き飛ばせるような明るい気持ちがアカツキの胸にはあった。 だから―― 「今回は絶対に勝つよ!! ぼくたちのために!!」 自分だけのためではない。 痛い思いまでして頑張ってくれるポケモンたちのためにも、絶対に勝たなければならない。 それはある意味で使命感とも呼べるものだった。 通りを行く足取りが軽く感じられる。 以前に感じた不安よりも、「今ならきっと勝てる!!」という自信の方が圧倒的なウェイトを占めていた。 だから、自然と心が上向いて、それが身体に伝わった。それだけのことである。 人は不思議なもので、前向きな、上向きな気持ちを持てると、それが身体に影響することがある。 もちろん、イイ方向へ。 この三日間、スクールで学んだことは、今までのどんな勉強よりも自分のためになった。 様々な勉強をしてきたが、それらを素直に、何の抵抗もなく受け入れられたことに躊躇いを感じていたこともあった。 それでも、すべて自分のためと割り切れれば、その躊躇いもすぐに消えていった。 タイプごとの相性、ポケモンの技、その他にもいろんなことを学んだ。 それらのすべてを形にして、バトルに勝つ。 そのために、休みも取らずにツツジに戦いを挑むのだ。 以前の戦いでこっぴどくやってくれたノズパスのことを思い出す。 先ほどもアヤカのノズパスと戦ったが、どういうわけかあの『岩石封じ』を使ってこなかった。 「自分で解決しなさいという意味なんだろうな……」 アカツキは、アヤカのノズパスが『岩石封じ』を使ってこなかった理由をそう解釈している。 いくらアヤカが優しくても、一から十まで答えを教えてくれるほど甘くはない。 しかし、その答えは見つけられた。 アチャモが進化してワカシャモになってくれたおかげで、ノズパスという巨大な壁を乗り越えられそうだ。 「進化してくれた頑張りを無駄にしないように、ぼくも頑張るよ」 そっとワカシャモのモンスターボールに手を触れて、胸の中でつぶやきかける。 ツツジのノズパスはシャレにならないほど強い。 相性がいいはずのアリゲイツでさえ、岩石封じで動きを封じられたところを必殺の電磁砲を食らって一撃でKOされたのだ。 苦手な相性のポケモンとも十分に戦えるように育てられたその強さは、並大抵のものではないだろう。 だが、今日は勝つ。今なら、きっと勝てる。 そう自分に何度も言い聞かせながら通りを歩くうち、見覚えのある建物の前にたどり着いた。 アヤカは明日の午前零時ちょうどまでスクールの教師であるから、これから行われるバトルを見に来られないのだ。 それだけが残念といえば残念か。 岩を思わせる外観。 見た目よりも奥深い(現実的な意味で)その建物こそがカナズミジムだ。 看板にも堂々と書かれてある。 アカツキは敷地に入り、ドアの前にあるインターホンを押した。 ぴんぽーん、という音が響く中、興奮に高鳴る胸に手を当てる。 「落ち着け、アカツキ。おまえが落ち着かなくてどうするんだ」 言葉に出したのは、強い戒めでもあった。 バトルで一番大事なのは、トレーナーが落ち着くことだ。 決して相手のペースに巻き込まれて自分を見失ってはならない。 とはいえ、実際はそう上手くもいかないのだが、意識していればその分少しはマシになる。 と、何の前触れもなくドアが重い音を立てて、左右に開かれた。 まるで、アカツキを招待すると言わんばかりの開き方だ。 ドアの向こうはバトルフィールド。 すぐにバトルができるようにとのジム側の配慮だが、今のアカツキにとってそれは実にありがたかった。 下手に時間をかけると、自信が揺らいでしまうような気がしていたから。 ゴツゴツした岩が剥き出しになっているフィールドの向こうで腕を組んでアカツキを出迎えたのは、もちろんジムリーダーのツツジだった。 楽しみですわ……とでも言わんばかりの笑みを口元に浮かべている。 アカツキは無言でフィールドまで歩いていった。 真剣な顔でツツジの目を見つめる。 「やはり来ましたわね。 私、またあなたがバトルに参られることを楽しみにしておりましたの」 「はあ……」 これからバトルするとは思えないような柔らかい口調で言ってくるものだから、アカツキはいきなりツツジのペースに引き込まれようとしていた。 「それだけは絶対にダメだ!!」 胸の内で喝を入れ、頭を激しく振った。 一体何がどうなっているのか……ツツジは首を傾げていたが、そんなことはどうでもいい。 「ぼく、今回は勝ちます!! 絶対に負けません!!」 ギュッと拳を握って、あらんばかりの声を張り上げた。 ツツジはしかし笑みを崩さず、それどころか笑みが深まる。 「ええ、そうでなければ楽しめませんわ。 あなたがこの三日間、トレーナーズスクールでどのようなことを学んできたのか、私に見せてください」 両手を広げるツツジ。 「あなたが三日間で頑張ってきたことはアヤカ姉様より聞き及んでおりますの。 ですから、その頑張りに免じて、今回は特別ルールを用いることにいたしますわ」 「特別ルール……ですか?」 「ええ」 特別ルール……? アカツキがその言葉から連想したのは、以前のルールとは違ったものになるであろう、ということだった。 さすがにその中身までは想像できないが……少しはマシなものであることを祈るばかりだ。 「一対一の勝負です」 「一対一……」 「ええ。二対二の煩わしさをなくしたもの、それが私どものジムでの特別ルールになります。 もちろん、あなたには拒否権があります。 二対二に戻すこともできますが、どういたしますか?」 「ど、どういたしますかって……」 アカツキは困ってしまった。 普通と違うのだから、それは確かに特別ルールなのだろうが、その内容が問題なのだ。 一対一……ツツジの使ってくるポケモンが以前と同じなら、イシツブテとノズパス。 その分、自分もアリゲイツとワカシャモを使える。 だが、一対一となれば、どちらかしか使えない。 つまり、お互いに背水の陣を最初から敷くことになるわけで、イシツブテを倒す煩わしさは消えるものの、後がない。 単純なルールながらも、アカツキは悩んだ。 「手っ取り早く終わらせたいなら一対一の方がいいけど。 でも、二対二も面倒くさそうだしな」 結局のところ、五十歩百歩だった。 どちらを選んでも大変なのは変わりがない。 なら、手っ取り早い方がいいに決まっている。 ということで、アカツキは即決した。 「じゃあ、一対一でお願いします」 「分かりました。では、私のポケモンはこの子ですわ!!」 そうすると踏んでいたのだろう、ツツジは素早い動きでモンスターボールをつかんで、フィールドに投げ入れた。 着弾の寸前に口が開き、中から飛び出してきたのは―― 「ノズパス……」 アカツキは一瞬にして声が乾ききったのを自覚しながら、その名を口にした。 岩のボディ、赤い鼻。見た目からは想像もつかないほど、恐ろしく強いポケモンだ。 ノズパスは音を立てることなく、フィールドに鎮座している。 沈黙は金なりと言わんばかり(笑)に。 「さあ、あなたのポケモンを出してください」 ツツジが手を前に出し、ポケモンを出すよう促してくる。 「ぼくは……」 どちらにするか、だ。 とっくに決めていたはずなのに、どうしてだろう。 今さらになって躊躇しだしてしまうのは、一対一というルールの『重み』に気づいてしまったからだろうか。 二対二なら、どちらも選べた。アリゲイツとワカシャモ。 ジグザグマは残念ながら今回パスだ。 弱点を突けるアリゲイツとワカシャモでなければノズパスには勝てない。 アリゲイツと隣り合わせのワカシャモのモンスターボールにそっと触れてみる。 特殊金属でできたボールは、なぜか少し暖かかった。 まるで、中にいるワカシャモが自分を選ぶようにとその意志を発しているかのようだ。 「うん。もう、決めてたんだ」 悩んだことを馬鹿馬鹿しいとは思わない。 ただ、決断はしなければならない。 なら、悔いのない決断をして、悔いのないバトルを行いたい。 だから―― 「君に決めたよ!!」 腰からモンスターボールをひったくり、投げ放つ!! 放物線を描いて落下するボール。 アカツキの肩くらいの高さで口を開き、中にいるポケモンをフィールドに解き放つ。 現れたのは―― 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 耳を塞ぎたくなるほどの大声で嘶くワカシャモだった。 ジムの壁に声が反射して、幾重にも、そしてより大きく聞こえてくる。 その音量に、ツツジがわずかに顔を引きつらせたが、それは一瞬のことだった。 慣れたというより、ワカシャモがそういうポケモンだということを思い出したからだ。 むやみやたらに鳴き声がうるさいポケモンだと。 「しかし、進化しているとは思いませんでしたわ。 これも、スクールで勉強された成果なのでしょうね」 ツツジは笑みを浮かべた。 相手が強くなってくれたことがうれしいのだ。 ジムリーダーなどやっていると、より強いチャレンジャーと戦いたくなってくる。 そして、今目の前にいるワカシャモを連れた男の子は、数日前よりもずいぶん大きくなっているように思える。 それがうれしいのだ。 「では、始めましょう。お姉様はスクールにいらっしゃいますので、ジャッジができません。 まあ、今回のバトルにジャッジは不要ですわね。 ルールはどちらかのポケモンが戦闘不能になるか降参するまで時間無制限で行います。 よろしいですね?」 アカツキは頷いた。 「では、今回はこちらから行かせて頂きますわ。ノズパス、岩落とし!!」 先制攻撃はツツジ。 ノズパスは彼女の指示に、跳び上がった!! 岩石封じが来る……? アカツキは一瞬そう思ったが、違うということがすぐ分かった。 ノズパスが大きな音を立てて着地すると、周辺の地面が勢いよく宙に巻き上げられる。 巻き上げられた勢いで砕けた岩が、意志を持っているかのようにワカシャモ目がけて降り注ぐ!! 「ワカシャモ、避けて!!」 この状態で攻撃に移るのは無理だ。 アカツキはワカシャモに回避を指示した。 ワカシャモは闘志に燃える目でノズパスを睨みつけると、頭上に降り注ぐ岩のすべてを軽いステップで避わしてみせた。 こんなの、なんでもないと言わんばかりに「ふふん」と鼻など鳴らしている。 「余裕綽々と言ったご様子ですね。ですが、それは長続きいたしませんよ」 ツツジは目を細めてワカシャモを見つめた。 進化すれば強くなる。強くなれば自然と奢りが出てくる。それが人間の性。 ならば―― 「ノズパス、電磁波をお見舞いしなさい!!」 ビシッとワカシャモを指差しながら、次の技を指示。 「電磁波……?」 アカツキはピンと来なかった。 スクールでいろんなことを勉強したが、すべての技について頭に叩き込んだわけではない。 三日でそんなことができれば天才だ。 無論、アカツキは天才でもなんでもない。 普通の男の子だ。ちょっとだけ、負けず嫌いなところが強すぎる、ごく普通の男の子。 ノズパスが赤い鼻から青白い光の帯をワカシャモ目がけて発射した!! 電磁波……名前どおり、電気タイプの技である。 ワカシャモは青白い光の帯を難なく避わした。 そこへ―― 「ワカシャモ、二度蹴りだ!!」 「シャモぉぉっ!!」 先ほどにも増して大きな声で嘶くと、駆け出した!! 野山を駆け巡って足腰を鍛えていると言われているだけあり、スピードはかなりのものだった。 アカツキ自身が驚くくらいだ。 「一度目は避わしましたか……ですが、これで終わりとは思わないことです」 ツツジは胸中でつぶやくと、口の端を吊り上げた。 「ノズパス、電磁波を連発するのです!!」 みるみるうちにノズパスとワカシャモの距離が縮まる。 ノズパスが再び光の帯を発射!! ワカシャモは飛び上がり、連続でヒットする蹴りを放とうとして―― びじっ!! ノズパスが放った光の帯がわずかに脚を掠めた……その瞬間。 「シャモ!?」 ワカシャモは身体が動かなくなったことに気づいた。気づいた時には、着地もできずに地面に叩きつけられていた。 「ワカシャモ!!」 一体何が起こったのか分からなかった。 ノズパスの放った光の帯がワカシャモの脚を掠めて……それで、二度蹴りは放たれなかった。 ノズパスに決定的なダメージを与えると期待していた一撃が無効にされたのだ。 しかも、ノズパスの目の前で。 「ふふ、いくら進化し、弱点を突けるようになったからと言って、必ず勝てるとは限りませんよ。 ノズパス、踏みつける攻撃です!!」 ノズパスがツツジの指示に脚を振り上げた。 丸太のような脚だ。あんなもので踏みつけられた日には大ダメージ必至だ。 電磁波は相手を麻痺に陥れる技。 少しでも掠りさえすれば、麻痺の度合いは弱まるものの、一瞬から数秒、相手の動きを止めることくらいはできるのだ。 「ワカシャモ、踏みつける攻撃が来るよ、避けて!!」 ワカシャモは全身を支配する鈍い痺れに襲われながらも、必至になって頭を上げた。 頭上に迫る、ノズパスの岩の脚。 ワカシャモは全身に力を込めて―― がすっ!! ノズパスの脚が地面に振り下ろされた!! 地面にヒビを入れるほどの力は、しかしワカシャモに炸裂しなかった。 すんでのところで横に転がって、強烈な一撃を回避したのだ。 「ワカシャモ、頑張って!!」 アカツキはエールを送った。 そうするしかできないのがもどかしくて、拳を握る手に力がこもる。 「ノズパス、連続で踏みつける攻撃!!」 ツツジの指示を受け、ノズパスは今度こそ踏みつけてやろうと、脚を振り上げた。 ワカシャモの全身を支配する痺れは、徐々に薄れていく。 完全な形で電磁波を食らっていない以上、回復もその分早いのだ。 数秒もしないうちに痺れから回復したワカシャモは、立ち上がるなりノズパスを睨みつけた。 先ほどまで全身をくまなく巡っていた痺れに不快感を示したようだ。 「ワカシャモ、もう一度、二度蹴りだ!!」 アカツキが指示を下した時、ノズパスの脚がワカシャモに振り下ろされた!! いち早くそれを察したワカシャモはさっと身を避わし、跳び上がる!! 踏みつける攻撃を放っている以上、別の技を出すことはできない。 そこを突いて、ワカシャモが蹴りを繰り出す!! どんっ!! どんっ!! 風を切って繰り出された蹴りがノズパスにクリーンヒット!! 「ノズパス!!」 ツツジが叫ぶ。 弱点の一撃が、一度のみならず二度――二度蹴りだから――ヒットしたのだ。 かなりのダメージを受けたのは間違いない。 ノズパスはよろめいて、後退りした。 ワカシャモの二度蹴りは、ノズパスを後退させるほどの衝撃をもたらしたのだ。 さすがは野山を駆け巡っているだけのことはある。 さっと着地したワカシャモは、真剣な表情を浮かべたまま、後退りするノズパスを睨みつけた。 戦いが終わるまでは決して笑顔を見せない、ストイックな性格の持ち主だ。 「よし、いけるかも……」 アカツキはやっと、『勝てる』と思い始めた。 電磁波を掠った時はどうなるかと思ったが、今なら行ける。きっと勝てる。 「なかなかやりますね。こうでなくては面白くありません。 ノズパス、岩石封じ!!」 ……ついに出してきた!! アカツキはツツジが勝負をかけてきたと直感した。 以前、アカツキを敗北に導いた『岩石封じ』を繰り出してくるあたり、一気にケリをつけようとしているのは間違いない。 ノズパスが跳び上がった。 ワカシャモは踏み潰されてはたまらないと、さっとジャンプで後退する。 と、先ほどまで自身がいた場所に、ノズパスが大きな音を立てて着地した!! 刹那―― ワカシャモの周囲の地面が盛り上がり、八本の岩の柱がぐるりと取り囲んだ!! 岩の柱で相手の動きを封じ、さらにダメージを与えてくる技だ。 柱は太く、ワカシャモが通り抜けるほどの隙間は残されていなかった。 「押しつぶしなさい!!」 ツツジの表情から余裕が消えた。 今になって、ワカシャモのことを『侮れる相手ではない』ことに気づいたようだった。 無論、ワカシャモのトレーナーであるアカツキのことも。 前に戦った時は、それほどでもないと思っていたのに。 たったの三日で、目の前にいる男の子は変わったのだ。 より強いトレーナーに。 もっとも―― 「その方が、戦い甲斐があるものですけれど」 ツツジは闘志をより熱く燃え上がらせた。 これほど熱くなれたのは、アカツキが初めてここにやってきた日の前の日…… バッジをゲットすべく訪れた、そう、彼と同じくらいの年頃の女の子とバトルして以来だ。 こうも短期間に二度も闘志を最大限まで燃え上がらせてくれたのは、ツツジにとって至福とも言える喜びだった。 ごごごご…… 地の底から響くような低い音を立てながら、ぐるりと取り囲んだ岩の柱はワカシャモを押しつぶさんとゆっくり迫り来る!! これが決まったら、さすがのワカシャモでも大ダメージどころか戦闘不能になってしまうかもしれない。 もちろん、アカツキにそれを許す気は一片たりともなかった。 彼が指示を下すよりも早く、ツツジが次の手を打ってきた。 しかし、それが彼女にとっての致命的なミスとなる。 「電磁砲で一気に決めます!!」 彼女の言葉を受けて、ノズパスが鼻先に光を収束する。 鼻先に生まれた光の球は、ノズパスが体内に持つ磁力を集め、それを電気エネルギーに変換したものだ。 電磁砲は攻撃範囲、威力共にトップクラスのため、その力を存分に発揮するにはある程度のチャージが必要となる。 それを見据えて、ツツジはワカシャモが岩の柱に押しつぶされるより前に指示を下したのだ。 だから、そこが致命的になろうとは予想できるはずもなかった。 徐々に迫り来る岩の柱。 しかしワカシャモの表情に怯えの色はなかった。 自分の力ならこんなものどうにでもできると思ったし、何よりも―― チラリと、トレーナーの表情を窺う。 真剣な表情。 自分に注がれる眼差しは暖かく、信頼してくれているのがよく分かる。 だから、ワカシャモとしても、その信頼に応えたいと思った。 そのためには―― 「ワカシャモ!!」 トレーナーの声が凛と響く。 不思議と、自分がやるべきことが伝わってくる。 脚を肩幅よりも広げ、腰を低くする。 「二度蹴りで蹴散らすんだ!!」 「――なっ!?」 どごんっ!! ツツジの悲鳴と、岩の柱が真っ二つになる音が重なった。 ワカシャモは必殺の二度蹴りで、瞬く間にすべての岩の柱を真ん中からへし折ったのだ。 がらがらと柱が崩壊する音がフィールドに響く中、アカツキは次なる指示を下した。 「ワカシャモ、今度はノズパスに二度蹴りだ!!」 こくりと頷くと、ワカシャモはノズパス目がけて駆け出した!! 「ノズパス、電磁砲の出力は最大ではありませんが、構いません、発射しなさい!!」 「のずぱぁぁぁぁぁぁっすっ!!」 ノズパスは低く唸り声を上げると、電磁波がかわいく思えるような、ど太い光の帯を放った!! 必殺の電磁砲――しかし、前のバトルでアリゲイツをノックアウトしたものと比べると、明らかに劣っている。 しかし、こうでもしなければ、チャージ中の無防備な態勢で攻撃を受けることになる。 その方が致命的と判断し、ツツジはわざわざ発動を早めたのだ。 結局、それがどっちもどっちであることに気づくのは、もう少し後になる。 ワカシャモは威力の劣る電磁砲のすぐ脇を通り抜け、ノズパスに必殺の蹴りを浴びせかけた!! 「ノズパス!!」 二度蹴りがノズパスの横っ面に直撃!! まさか――そんな手で来るなんて……ツツジは自分が痛恨のミスを犯したと気づき、唇を強く噛みしめた。 岩石封じの対策を何かしら練ってきたのだろうとは思っていた。 だが、『避ける』ことも、『逃げる』こともせず、『壊す』などと……まったくもって予想していなかった。 そもそも、ワカシャモの脚力を考慮していれば、考えて然るべきだったのだ。 だが、起こってしまった現実を変えることはできない。 ならば、これからを変えていけばいい。 ノズパスはかなりのダメージを受けているが、それでも可能だろう。 判断して、ツツジは指示を下した。 「ノズパス、こうなったら大爆発です!!」 「だ、大爆発!?」 アカツキはツツジが発したその言葉にドキッとした。 スクールでもらった教科書に、その技のことが長々と記述されているのを思い出したからだ。 大爆発……ノーマルタイプの技で、威力だけなら破壊光線をも上回る。戦うためのエネルギーを一気に放出することで爆発を起こす技だ。 それゆえにこの技を使うと、使ったポケモンは戦闘不能に陥る。 自分を中心にして爆発を起こすので、効果は同心円状に及ぶ。 しかし、威力は使ったポケモンに残されたエネルギーと、相手のポケモンがどれだけ近くにいるかで決まる。 ゆえに、遠く離れられたらスカして終わることも少なくない。 ちなみに、この技を使ってバトルに勝ったとしても、ジム戦では引き分けと見なされる。 あと、ホウエンリーグなどの大舞台では、強制的に負けになってしまうリスクもある。 破壊光線とはまた違うリスクを背負わなければならない大技だ。 アカツキはそんな技をなんとしても発動させまいと、ワカシャモに指示を下した。 「ワカシャモ、必殺のメガトンキック!!」 ばくんばくんと心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。 万が一ノズパスに爆発された日には、ワカシャモでは耐えられないだろう。 勝てると思っていたのが引き分けで終わってしまう。 それでは、ここに来た意味がない。 負けたくない……そんな気持ちがワカシャモにも伝わっているのだろう。 ワカシャモは力強くジャンプした!! ノズパスの身体が赤く染まっていく。 大爆発に必要なエネルギーを放出する前兆だ。 もう時間がない!! ワカシャモは大きくジャンプし、なんと天井にまで達した!! そこでちょっと頭を働かせて、天井を蹴って落下スピードをアップさせる。 しかし、このままではノズパスに頭突きを食らわすことになるから―― 器用にも空中で身体の上下をひっくり返すと、右脚を目一杯伸ばして落下する!! ノズパスの全身が完全に真っ赤に染まり、輝きを帯びてきたその瞬間―― どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!! およそ普通では考えられないような大音響が轟いた!! 建物を内側から吹き飛ばしてしまいそうな、恐ろしく大きな音だ。 最大限の加速度をつけて落下してきたワカシャモのメガトンキックが、ノズパスの脳天に炸裂した!! 時が止まったように、しばらく、その音だけが響いていた。 徐々に弱くなっていく音。 アカツキもツツジも、バトルの行方を見守ることしかできなかった。 すたっ。 ノズパスに必殺の一撃を加えたワカシャモが、さっと着地して、身体の向きを変える。 その瞳が捉えているのは、身体を元の色に戻したノズパスだ。 表情の変化がないから、今の一撃でさえ効いているのか分からない。 効いていないということはないはずだが……ノズパスはゆっくりと身体を動かした。 ゆっくり、ゆっくりと、シンボルである鼻をワカシャモの方に向ける。 と、そこでついに―― どしーんっ。 ノズパスは倒れ、目を回した。 アカツキは自分の目を疑った。 「ノズパスが倒れたように見えたけど……」 気のせいかと思い、目をこすってみる。 それでも、ノズパスは倒れたようにしか見えない。というか、倒れてるし。 「ノズパス……」 ツツジはノズパスの傍まで歩み寄ると、愛しそうにその身体を撫でた。 「よく頑張ってくれましたね。 ありがとう、ゆっくりと休んでください」 ニコッと笑みを浮かべ、ノズパスをモンスターボールに戻した。 それから、勝利の実感というものがまるで沸いていないアカツキの元まで、ゆっくりと歩いてきた。 楽しいバトルができてよかったと物語る笑みを浮かべたまま。 「アカツキ君」 「はい」 「お見事でした、あなたの勝ちです」 「ぼくが、勝った……!?」 「ええ、そうですよ」 そこで初めて、アカツキはツツジに勝ったんだと実感した。 「ワカシャモ!!」 アカツキはフィールドの中央で佇んでいるワカシャモに駆け寄ると、ぎゅぅっ、と抱きしめた。 いきなりのことにワカシャモは一瞬ビックリしていたが、すぐに表情を柔らかくした。 戦いが終わったと分かったから。 「君のおかげだよ〜。ぼくたち、勝ったんだよ!!」 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 ワカシャモは勝利の雄叫びを上げた。 「はははは、まだまだ元気だね、ワカシャモ!!」 アカツキは耳を抑えたくなるのをこらえ、思いきり笑った。 腹の底から、心の底から笑った。 ツツジとのバトルに勝てたという喜びが、一瞬にして胸を満たしていく。 「まったく……お姉様も面白い子を育ててみたものですね」 ツツジは、フィールドの中央で繰り広げられている微笑ましい光景を見つめ、ため息を漏らした。 負けたことは確かに悔しい。 だが、目の前で素直に喜びを現している男の子と彼のポケモンを見ていると、その悔しさも、どこか微笑ましいものに変わっていく。 なぜか、自分までうれしくなるのだ。 「しかし、負けたことは事実です。ですから、これをお渡ししなくては」 ツツジは懐から小さな箱を取り出し、フィールドの中央へ歩いていった。 手の平ほどの大きさの箱は、横についているボタンを押すと開くことができる。 閉める時はボタンを押さずにそのまま閉めればいい。 別にハイテクでもない、どこにでもある仕組みだ。 その中に入っているのは―― 「アカツキ君」 ツツジがすぐ傍までやってくると、アカツキは勝利の喜びは程々に、彼女に身体を向けた。 喜びに満ちあふれた顔でツツジを見つめる。 そんなアカツキに、彼女は箱を手渡した。 単なる空色の箱。 ボタンを押して蓋を開けると―― 照明を受けて鈍く光るバッジが入っていた。 三角形の岩をふたつ重ねたような形をした、銀色のバッジだ。 「カナズミジムを制した証、ストーンバッジです。 どうぞ、受け取ってください。 あと、このケースはリーグバッジを入れるのに便利だと思いますので、お持ちください」 「これが、ストーンバッジ……」 アカツキはバッジを手に取ると、まじまじと見つめた。 ジム戦で勝利すると、リーグバッジがもらえる。 今、アカツキの手の中にあるバッジは、まさしくそのバッジのひとつだった。 ホウエンリーグに出場するには八つのバッジが必要となる。 八つ以上であればいくつでもいいのだが、そんなにゲットしたところで、コレクションにするくらいしか使い道がない。 それに―― アカツキは今のところ、ホウエンリーグに出る気はないのだ。 ジム戦をしたのは、強くなりたいという気持ちからであり、自分の強さを試すためでしかないからだ。 ただ、リーグバッジはジム戦を制した証。 言い換えれば、それだけ強くなった証拠でもある。 そういう意味なら、集めてみるのも悪くないし、何かしらのきっかけがあれば、ホウエンリーグに出場することがあるのかもしれない。 「ツツジさん、ありがとう。大切にします」 「ええ。そうしてくださると、私もうれしいですわ」 アカツキはバッジをケースに入れると、ゆっくりと蓋を閉じた。 バッジはケース内のクッションで固定されるので、傾けても動かないし、蓋を開いて逆さにしても落ちない。 「アカツキ君。これからも今日のバトルのように、頑張ってくださいね。 あなたが私に勝てたのは、あなた自身がポケモンと共に努力を重ねてきたからです。 それだけはいつも忘れないようにしてください」 「はい、もちろんです!! ね、ワカシャモ?」 「シャモぉっ!!」 忘れるわけがない。 スクールで三日間やってきたことが――重ねてきた努力が、バトルの勝利、ひいてはバッジのゲットということにつながったのだ。 だから、忘れるわけがない。 努力してきたことと、その大切さを。 「私も、まだまだ未熟だと思い知りましたわ。 ありがとうございます、楽しいバトルができました」 「こちらこそありがとうございます。ぼくも、すごくためになりましたから」 どちらからか差し出された手をお互いしっかりと握りしめる。 「それじゃあ、ぼく、もう行きます」 「ええ」 アカツキはワカシャモをモンスターボールに戻すと、ツツジに一礼して、カナズミジムを後にした。 ポケモンセンターへ向かう彼の胸には、勝利の喜びがいつまでも褪せることなく渦巻くばかりだった。 「よーし、これからも頑張るぞぉっ!!」 またひとつ、アカツキは自分に自信をつけた。 それもすべては、自分自身の努力がもたらしたものだった。 第19話へと続く……