第20話 船上バトル大会〜アカツキVSアヤカ -Battle on the ship- 船上で過ごす昼下がりの一時は、アカツキにとって実に魅力的なものだった。 デッキに出て、転落防止のための柵に身体を預け、遥か遠くへと続く海を見つめているだけでも、なにげに退屈しないものだ。 頬を撫でていく潮風。何が潮の香りなのかと常々疑問に思ってきたことも、今ようやく紐解けた。 言葉で言い表すのは難しいかもしれない。 これが潮の香りなんだな……という、全身で漏れなく感じ取る気持ちよさとでも言えばいいのか……そういった感じだ。 陽光を照り受けてキラキラ光る海。 風に吹かれて波を立てているからこそ、降り注ぐ陽光を反射して、幻想的な景色をアカツキの目に届けている。 「いいなあ、海って」 生まれて初めて海の上に立った――正確には船に乗っているのだが、そんなことは取るに足らない些細なものだ。 そんなことに喜びを感じてしまうほど、海を見られて良かったと思う。 できるならみんなにも見せてあげたい…… アカツキはそう思って腰のモンスターボールに触れてみたが、今は無理だと気づいて、ため息を漏らした。 連絡船では、緊急時に力を借りる時以外はポケモンをモンスターボールから出してはいけないという規則があり、乗船時に念を押された。 だから、そういった規則さえなければ外に出して、存分に羽を伸ばさせてやるところだろう。 まあ、そんな堅苦しいことはともかく。 アカツキはアヤカと共に、ホウエン地方に名だたるマンモス企業、デボンコーポレーションの社長ツワブキの頼みで、ムロ島に向かうことになった。 というのも、彼の息子であるダイゴが、最近ムロ島にいるとの情報をキャッチしたとかで、手紙を届けたいらしいのだ。 しかし、社長という立場上、彼は寝食を惜しんで仕事に打ち込まなければならないほど多忙。 かといって私用に社員を使うわけにもいかず、同じポケモントレーナーということで、アカツキとアヤカに白羽の矢が立った。 空を飛ぶポケモンを持っていないふたりがムロ島に行くには、一日一便出ている連絡船に乗るしかない。 そこのところの費用は、社長が全額出してくれた。さすがは社長、気風がいい。 つまらぬ誤解を防ぐため、 「これはわたしのポケットマネーだ。気にせずに受け取ってくれ」 とまで言ったほどだ。 今でこそ当たり前のことだが、私用に会社の金は使えない。使ってはならない。 たとえ社長であっても、それは許される行為ではない。 社長の権限がそういった方に及ばなくなっているのは時代の流れと言える。 社長が出してくれた費用は、ふたりが連絡船でカナズミシティとムロ島を往復するには十分すぎるほどだった。 いや、むしろ破格と言ってもいい。 「やっほ〜、さっすがプレジデンツ(社長)!! めちゃリッチじゃん!!」 デボンコーポレーションの本社ビルを出た直後、社長から手渡された封筒の中身を目にしたアヤカは、黄色い声を上げていた。 封筒の中には謝礼も含めて多めの金額が入っていたため、一等船室のチケットを購入することができた。 今頃、彼女はふかふかの広いベッドの上に大の字で寝転がっていることだろう。 対照的に、アカツキはあんまりあの部屋になじめそうにないから、こうしてデッキに出てきたようなものだ。 壁は革張りで、天井からは水晶の城を逆さにしたような豪勢なシャンデリア。 ベッドはツインに匹敵する大きさのがふたつ横に並んでいる。 船室は二人一室だから、アヤカと同じ部屋で一夜を過ごすことになるのだが、まあそれに抵抗はなかった。 いくら社長が太っ腹と言っても、さすがに二部屋分までは出してくれなかったのだ。 それから、南国の植物が窓の傍に置かれており、シャワールーム完備、洗面所に置かれているブランド物の化粧品は持ち帰り自由…… と、女性にはたまらないサービスである。ここまで見せられたら、一等船室を狙っていたようにしか思えない。 まあ、アカツキにとってそんなことはどうでもよかった。 どのみち、明日の夕方にはムロ島に着くのだ。 寝起きの時だけあの部屋に戻ればいい。 どうにもああいった豪勢な部屋は合わない。 『におい』というか、雰囲気と言うか……ミシロタウンの素朴な風景の中で育ってきたからかもしれない。 どうにも『人工的過ぎる』あの中では落ち着かない。 「ムロ島かぁ……どんな場所なのかな……」 ふと、これから訪れる場所のことに思いが及んだ。 アヤカの話とタウンマップの情報を総合すると、自然が豊かな、それほど大きくない島だとか。 カナズミシティのような華々しさはなく、波の音と海鳥の鳴き声がハーモニーとなって響くという、アカツキにとってはロマンチックな島。 なんでも、ミシロタウンよりも田舎という話だ。 豊かな自然が育まれた島で、ビーチとして開発が進んでいるカイナシティのおかげで破壊を免れているという一面もあるとか。 つまり、発展とは当分無縁な島なのだ。 その島でダイゴに手紙を届けて、ジムリーダーとバトルしてバッジをゲットする。 それがアカツキの予定だった。 そして、そのプランが成就した時には、アヤカと別れるのだろう。 彼女はカナズミシティに戻るのだろう。 ジムリーダーをやっていたのは少し前の話だし、スクールの教師の依頼も特に入っていない。 帰りはアヤカ一人で一等船室を堪能することになるだろう。 というのも、アカツキはカナズミシティに戻るつもりがなかったからだ。 いっそのこと、ムロ島からカイナシティまで連絡船で乗り継いでいこうと考えているくらいだ。 『黒いリザードン』を見たのはエントツ山。 ホウエン地方の中部……よりやや北西にある高い山で、今は死火山となっている。 そこへ行くには、カナズミシティに戻るよりカイナシティに行った方が近いと、タウンマップの縮尺から計算した。 それに―― 見知らぬ街で新たな出会いがありそうな予感がして、胸が弾む。 「ダイゴさんかぁ……どんな人だろう?」 すごく強いトレーナーだ、とアヤカから聞いた。 彼女はダイゴの強さを、まるで自分のことのように嬉々とした表情を浮かべながら話してくれた。 すごく強いトレーナーと出会って、話でもすれば、少しは変われるんだろうか。 気高きリザードンをゲットできるくらいの、その強さの少しでも。 「だったらいいけど」 そう都合よくいくかどうか。 アカツキ自身、心配に思っているのだ。 そう簡単に強くなれないというのは分かっているつもりだ。 トレーナーズスクールでも、それなりに苦労したから強くなれたわけで…… それに、ダイゴの人物像はアヤカが話す分に、結構人当たりのいい性格だとか。 曰く、爽やかな美青年といった凛々しい表情は言うに及ばず、立ち振る舞いが洗練されており、無駄というものがまるで見られない。 まあ、それを鵜呑みにするつもりはないが、半分くらいはその通りなのかもしれない。 それでもツワブキ社長が『期待しててくれてもいい』と言ってくれたから、それなりに期待はしている。 親の贔屓目があるにしても、自慢するほどなのだ。 と、まだ見ぬ相手に期待を弾ませていると、彼の背後に影が差した。 「な〜に黄昏ちゃってんの?」 「うわっ!!」 いきなり耳元で声を上げられ、アカツキはビックリしてその場を飛び退いた。 驚きに顔が引きつっているのが自分でも分かるくらい。 でも、そんなのに構っているだけの心の余裕は、その瞬間だけ欠落していた。 「あはは、ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけどねぇ……」 「あ、アヤカさん……ビックリさせないでよ……」 「ごめん。悪かったわ」 アカツキが振り向いた先には、笑みを浮かべたアヤカが立っていた。 『驚かせてごめん』と、彼女は両手を合わせて謝ったが、笑っているのだから、本心から悪いとは思っていないのだろう。 本心から悪いって思ってないな……アカツキはため息を漏らした。 こういうことに対して、アヤカに謝罪と懺悔を求めたところで無理に決まっている。 スクールに通っていた時に、ユウスケからアヤカのことについていろいろと聞いていのだ。 「でも、わたしがすぐ傍まで、足音立てて歩いてきたことにも気づかないほど深く深く何かを考えてたってことなんでしょ?」 「う、うん」 アカツキは再び視線を海に戻した。 アヤカは柵に身体を預け、彼の視線を追った。 「君のことだから、これからのこと考えてたんじゃない?」 「そうだよ」 「ダイゴさんはどんな人だろうとか、ムロ島はどんなところだろうとか」 「うん。よく分かったじゃない」 「ま〜ね」 ふふふ、とアヤカは笑った。 アカツキが考えそうなことくらい、手に取るように分かるのだ。 それくらい単純な思考というか……まっすぐすぎるというか……どっちもどっちだ。 「まあ、それも悪くはないと思うんだけど…… ちょいと面白いイベントがあるそうなんだけど、参加してみない?」 「え、イベントって?」 かかった……アヤカは笑みを深めた。 アカツキは彼女の笑みの意味をまるで理解しようともせず、 「なになに? 何か面白いことでもあるの?」 「うん。船に設けられた特設ステージでポケモンバトルをやるそうよ。 参加は自由で、優勝者は一年分のポロックがもらえるそうなの」 「へえ、すごい!!」 アカツキはすっかり乗り気になった。 ポケモンバトルという言葉でシビレたのと、一年分のポロックという景品のすごさに圧倒されてしまったからだ。 ポロックというのは、ポケモンが食べるお菓子で、立方体やら球体やら、直径一センチながらもたくさんの形のものが出回っている。 ポケモンが好む味をつけたラムネみたいなものと思ってもらえれば結構だ。 色も様々で、すべてを制覇するのは不可能と言われているほど、たくさんの種類がある。 ポケモンによって好みの味が異なったりするらしい。 自分のポケモンにピッタリの味を探すという、ツボをくすぐる要素がウケて、ここ数年で爆発的にヒットした商品だ。 これにはデボンコーポレーションも力を入れていて、その他数社としのぎを削り合っているという大人気の商品。 しのぎを削るということは、裏を返せば良質なものを生み出し続けているということでもある。 よって、高品質なポロックを一年分ももらえるとなれば、どれだけうれしいだろう…… アカツキも、ミシロタウンにいた頃はアリゲイツにポロックを与えていたことがあった。 アリゲイツの好みは辛い味。 好みの味を口に含んだアリゲイツはとても喜んでいた。 そういえば、旅に出てからというものの、ポロックを与えていない。 ポロックを持ってこなかったのが一番だが、ジム戦や『黒いリザードン』のことばかり考えて、そちらの方にまでは頭が回らなかった。 まあ、それはそれでどこか言い訳じみていたが。 「たまにはポロックあげようかなぁ……」 アリゲイツはポロックをねだったりしてこないものの、きっと食べたいに違いない。 アカツキはそう思って、ポケモンバトルに出場することを即決した。 「やる気満々ね」 「もちろん!! アリゲイツもポロックを食べたいと思ってるだろうから。頑張ってみるよ」 「うふふ。いいじゃない、いいじゃない」 アカツキがすっかりやる気になっているのを見て、アヤカは口元の笑みを深めた。 「アヤカさんはどうするの?」 「わたし? 決まってるじゃない。出るわよ」 「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」 アカツキはあまりの衝撃によろめき、転倒しそうになった。 身体のバランスをやっとの思いで取り戻して…… 「な、なんでアヤカさんが……」 「出ちゃダメ?」 「いや、そういうんじゃないけど……」 アカツキはいきなりヘコんだ。 話を持ちかけてきたのだから、出るに決まっているだろう……などということにアカツキは気づかなかった。 ごくごく当たり前のことなのだが、賞品に目が眩んで、そこまで考えられなかった。 だが、今さら退くわけにもいかない。 一度決めた以上、逃げるわけにもいかないではないか。 『男が廃る!!』というわけでもないが、アカツキの気持ちはすでに固まっていた。 絶対ポロックゲットしてやるんだ!! アヤカに勝つのは、それこそツツジに勝つのよりも難しいかもしれない…… アヤカの今までのポケモンバトルを見てきて、なんとなくそんなことを肌で感じ取った。 とはいえ、やると決めた以上、精一杯戦うだけだ。 やる前からあきらめるのが嫌いなのだから、相手が誰であれやるしかない。 アカツキはギュッと拳を握りしめ、空を見上げた。 白く棚引く雲が、風に流されていく。 「お集まりの皆々様、お待たせいたしました!!」 司会のマイクを通した声は、沸き上がる歓声に掻き消されそうなほど弱々しく思えた。 それくらい、この場が白熱しているということだ。 デッキに設けられた特製ステージ。 ボクシングのリングを思わせるような、四方をロープに囲まれたバトルフィールドがそこにあった。 フィールドを幾重にも渡って取り囲む観客……おそらく乗船しているすべてが集まったのだろう。 とにかく凄まじい熱気が渦巻き、一瞬でも気を抜けば、その熱さで参ってしまいそうなほど。 アカツキは、フィールドの向こうで腕を組みながらニヤニヤ笑みを浮かべているアヤカの顔を、真剣な眼差しで見つめていた。 「アヤカさん……」 やる前からそんなことを考えるのはいかがなものかと思うのだが、アヤカに勝てる気がしない。 彼女が自分と共に旅をしてきた三日間で見せたのは、ほんの一部でしかない。 ポケモンバトルも、その他のことも。 恐らくはこの場で、そのベールを脱ぐに違いないだろう。 カナズミシティで大きく成長した自分を相手にするのだから、以前と同じとはさすがにいかないに違いない。 ココドラだって、ワカシャモを相手にしたら苦しいだろう。 以前と違うポケモンを出してくるのも、間違いなさそうだ。 「でも、頑張るよ」 勝てないからといってやる前からあきらめるのは、負けを認めるのと同じこと。 どうせ負けるのなら、精一杯戦って、それから負けたい。その方が気持ちもスッキリするし。 なんて思っていると、 「今回のバトルに名乗りを挙げたチャレンジャーは四名!! 総当たり戦と行きたいところですが、ポケモンの回復の関係で、トーナメント形式とさせていただきました!!」 実況の声が、けたたましく響いた。雛鳥が親に餌をねだるような、そんな風に聞こえる。 「組み合わせと共に始めたいと思います!! では、第一戦です!!」 出番が来た…… アカツキは立ち上がり、モンスターボールを手に取った。 リングに上り、その端っこに陣取ると、対戦相手が反対側に立っていた。 筋肉隆々。どこからどう見ても船乗り。 恐らくは連絡船の船員なのだろうが……筋肉が脳よりも先にできたような感じな格好の大男だ。 頭二つ分ほど違うかもしれない。 アカツキを子供と思って侮っているためか、日焼けした顔に浮かべる笑み、それから陽光にきらめく白い歯がなんとも不気味だ。 対戦相手はこの人……どんなポケモンを使ってくるんだろう。 アカツキは誰を出すべきか慎重に検討していた。 事前に教えられたルールでは、一対一の時間無制限一本勝負。 どちらかのポケモンが戦闘不能になるか、トレーナーの判断で降参するまで戦いは続けられる。 「青コーナー、この連絡船に務める船員において、ポケモンバトルではナンバーワンの実力を誇るギンタ選手!! 対する赤コーナーは、新進気鋭の若きトレーナー・アカツキ選手です!! 経験豊富なギンタ選手に対してどのような戦いを展開するのか、要チェックの戦いとなること間違いなしです!!」 実況が勝手にハイになって絶叫している。 そんなのがあまり耳に入らないほど、アカツキは真剣に誰を出すべきか悩み続けていた。 三択問題でしかないのだが、それが十択二十択あるような気がするのだ。 アリゲイツ、ワカシャモ、ジグザグマ。 それだけでしかないのだが…… フィールドの向こうにいるギンタとやらに勝ったら、次は決勝。 間違いなくアヤカが勝ち進んでくるだろう。 彼女は元ジムリーダーということもあって、並のトレーナーでは間違いなく歯が立たない。 ツツジに輪をかけたような強さだとユウスケが言っていたのを思い出す。 「お互いにポケモンを出してください」 熱気渦巻くフィールドの端で、熱気を打ち払うような静かな声が響く。 このイベントのために特別にポケモンセンターから派遣されてきたジョーイで、バトルのジャッジも務めるのだ。 どこをどう見てもカナズミシティやその他の町のジョーイと同じようにしか見えない。 とびきり出来のいいクローンというか……それとも悪夢を現実にしたようなものというか…… 素直には信じられない光景だろうか。 「ふん、相手がガキだろうが俺は手加減しねぇぜ!! 行くぜヘイガニ!!」 ギンタがモンスターボールを投げる!! 弧を描いて落下するボールの口が開き、ポケモンがフィールドに出現した。 「ヘイ……ヘイ!!」 ナンパしてるような声を出したのはヘイガニ――ギンタが繰り出してきたポケモンだ。 「ヘイガニ……って?」 スクールで習ったような気がしたものの、思い出すのが面倒で、アカツキは図鑑を取り出して、センサーをヘイガニに向けた。 身長はアカツキの膝ほどもない。 六本の短い脚に、腕のような二本のハサミ。赤と泥色の身体という、パッとした特徴があまりないポケモンだ。 「ヘイガニ。ごろつきポケモン。 鋭いハサミで獲物を捕まえる。 生命力が強く、元は外国に住んでいたが人間によって連れてこられ、どんどん数を増やしている。 好き嫌いがないので何でも食べる。汚い水でも平気で暮らせるだけの身体能力を秘めている」 「へえ……」 アカツキは図鑑をポケットにしまいながら思った。 要するに、強いカニというわけだ。 カニというよりはちょいと大きめのザリガニというイメージだ。 だが、船員でナンバーワンの実力者となると、決して油断できる相手ではない。 「ヘイガニって水タイプだから……ああ、草タイプとか電気タイプのポケモン、ぼくにはいないんだっけ」 弱点を突けるポケモンはいない。その技も使えない。 となると、地道にポイントを稼ぐしかないだろう。 決勝に出ることを前提とするなら、ワカシャモかアリゲイツはノーダメージで残しておきたい。 となると…… 「君になるかな」 アカツキは残る一体の入ったモンスターボールをつかんだ。 「ジグザグマ、行くよ!!」 本来ならここでアリゲイツを出すべきだったのだろう。 アカツキはそれを承知でジグザグマに決めたのだ。 ポケモンを育てるなら満遍なく、というセオリーがあり、アカツキはそのセオリーを履行していない。 ワカシャモやアリゲイツと比べると、ジグザグマがあまり育っていないのだ。 よくよく考えれば、ほとんどバトルなどさせたことがない。 ゲットしてからも、せいぜいアヤカとの特訓の時くらいしかさせていなかったから、ぜひここでバトルさせよう。 幸い、ヘイガニは進化前のポケモン。 実力的には大きく劣っているということはないだろう。 これが進化後のシザリガーだったりするとかなりキツイのだが、ヘイガニならまだ何とかなる。 アカツキが投げ放ったモンスターボールは弧を描いて落下。 着弾の寸前に口を開き、閃光を身にまとったジグザグマをフィールドに放出した!! 「ジグザグぅ!!」 ジグザグマはフィールドに出てくるなり身体を震わせて、可愛い鳴き声を上げた。 「きゃー、かわいい!!」 と黄色い悲鳴を上げる女性が数人。 それは気に留めず―― 「へっ、かわいいだけじゃ勝てねえぜ!!」 ギンタはアカツキのジグザグマを見て、鼻を鳴らした。 進化もしていないただのジグザグマなど、余裕だと言わんばかりだ。 戦う前から余裕を見せつけられても、アカツキは冷静でいられた。 というのも…… 「ジグザグマ、とてもやる気みたいだし」 相手の方を向いていながらも、その背中から漲るやる気。 アカツキはそれを感じ取り、ジグザグマを選んでよかったと思った。 ジグザグマ自身の能力というのもあるのだろうが、ここからはアカツキのトレーナーとしての実力でカバーしていかなければならない。 「ヘイガニ対ジグザグマ。バトル、スタート!!」 ジャッジとしては悪くない掛け声と共に、バトルの火蓋が切って落とされる!! 「ヘイガニ、バブル光線だ!!」 ジグザグマを指差し、先制攻撃を仕掛けてきたのはギンタだった。 ヘイガニは無言でふたつのハサミを開いて―― ババババババババっ!! 泡のような光線をジグザグマに向けて発射してきた!! 「バブル光線……」 スクールで習ったことがすんなりと脳裏に浮かんだ。 バブル光線……水タイプの技で、威力はそれほど高くないが、連続ヒットする可能性が非常に高い。 質より量というのをモットーとするトレーナーなら、水タイプのポケモンには必ずと言っていいほど覚えさせている。 ありふれた技と言えるが、その分付け入る隙もあるのだ。 「ジグザグマ、避けて体当たり!!」 「ぐぐぅ!!」 ジグザグマは迫り来るバブル光線を軽いフットワークで見事に避わすと、ヘイガニ目がけて駆け出した!! 「ぬぅ、バブル光線を避けるとは……なかなかやるな」 一発目を避けられたことで気勢を削がれたのか、ギンタは苦々しい口調で吐き捨てるように言った。 だが、ナンバーワンの肩書きは伊達じゃない。 ギリギリまでジグザグマを引きつけて―― 「『守る』だ、ヘイガニ!!」 「ヘイ……!!」 ギンタの指示にヘイガニが両のハサミを眼前で交差させる。 「何するつもりだろう……」 アカツキは訝しく思いながらも、何も指示を下さなかった。 ジグザグマの体当たりがヒットする直前、ヘイガニの身体が淡いブルーの光に包まれた!! そして、攻撃がヘイガニにヒットした瞬間、剣戟の響きと共にジグザグマが大きく弾き飛ばされる!! 「ジグザグマ!!」 一体何が起こったのか。アカツキはジグザグマに向かって叫んだ。 今のワケ分かんないことでダメージでも受けているのではないか……だが、その心配は徒労に終わった。 「守る……か。考えてるわね、多少は」 フィールドの外でバトルを見守りながら、アヤカがポツリとつぶやいた。 ギンタは攻撃一辺倒と思わせるような性格をしていながら、実は防御も取り入れている。 トレーナーとして常識だと言ってしまえばそれまでだが、実際『守る』という技をポケモンに覚えさせるトレーナーはあまり多くない。 「どっちが勝ってもおかしくないかも。ま、できればアカツキ君と戦いたいけど」 それも結局はその本人の努力次第でだ。アヤカがいくら願ったって、それは彼女が決める問題じゃない。 ……と、彼女があれこれと考えている間にもバトルは続いていた。 ジグザグマはダメージを受けていないみたいなので、アカツキはとりあえずホッと胸を撫で下ろした。 というのも、守るというのはその名の通り防御の技だからだ。 相手が繰り出してくる攻撃を必ず防御できるという、ある意味反則的な技だ。 とはいえ、そんな技だからデメリットも存在する。 この技は多大なエネルギーを使うため、次に使うのにはそのエネルギーがチャージされなければならない。 よって、一定の時間を置かなければ使えない。 変わり続ける流れの中で、どう使いこなすか……それが難しい技だが、単純に攻撃を防ぐというだけでも、意味合いは大きい。 ジグザグマの攻撃を防いだヘイガニに、ギンタが指示を下す。 「ヘイガニ、クラブハンマー!!」 「ジグザグマ、こっちも攻撃だよ!! 頭突きだ!!」 同時にアカツキも攻撃技を指示すると、ジグザグマが前傾姿勢を取った。 ヘイガニはカニという見た目を裏切るスピードでジグザグマに接近してきた!! 「早い!!」 アカツキは驚愕の声を上げた。 というのも、ヘイガニが今まで動いていなかったから、そのスピードを読みきれていなかったのだ。 ヘイガニのハサミが光を帯びる。クラブハンマー発動の瞬間だ!! ジグザグマがようやっと駆け出した、その時。 ばごんっ!! 「ぐぐーっ!!」 ヘイガニのクラブハンマーがジグザグマを打ち据えた!! ジグザグマとヘイガニの勢いがあまりに違いすぎた。 もう少しジグザグマの勢いがあれば、どうなっていたか分からない。 ジグザグマは大きく吹き飛ばされ、フィールドを毬のように転がった!! 「ジグザグマ!! 大丈夫!?」 「ぐぐーっ!!」 ジグザグマはアカツキの目の前まで転がってきたが、あっさりと立ち上がった。 ダメージはそれほど大きくないらしい。 「ちっ……急所に入らなかったか……運のいいヤローだぜ」 ギンタは立ち上がったジグザグマを見つめ、舌打ちした。 クラブハンマーはハサミでぶっ叩くという見た目からは考えられないが、水タイプの技。 威力は高いのだが……それを食らってもジグザグマは一撃で戦闘不能に陥らなかった。 「よかった……」 クラブハンマーを受けて、一時はどうなることかと思ったが……ジグザグマはそれほど大きなダメージを受けていない。 ギュッと、握り拳に力を込めて、アカツキはジグザグマに指示を下した。 「ジグザグマ、頭突きだ!!」 「ぐぐぐぐーっ!!」 ジグザグマは怒りに燃えていた。 前傾姿勢を取ると、瞬時に駆け出す!! まるでそれは矢のようだった。 「な、なにーっ!!」 ギンタの顔が引きつった!! ジグザグマのスピードが、彼が考えるよりも上だったからだ。 「へ、ヘイガニ!! ハサミギロチ……」 慌てて技を指示するが、技の名前が出終わらないうちに―― どんっ!! ジグザグマの頭突きがクリーンヒットし、大きく吹っ飛ばされるヘイガニ!! ――その方向が非常に不幸としか言いようがなかった。 フィールドの四隅に立てかけられている鋼鉄製のポール……そこにまともに激突し、地面にぽてっと落下するヘイガニ。 「ヘイガニ!!」 ギンタが叫ぶ。 それを合図にするようにジョーイがヘイガニに駆け寄り、その表情を見やる。 決して触れることなく、地面につけそうなほど頭を低くして、やっと分かった。 「ヘイガニ、戦闘不能!! ジグザグマの勝ち!!」 「やったーっ!!」 「ぐぐーっ!!」 勝ちが決まり、アカツキは天にも昇る気持ちだった。 拳を突き上げ、喜びを全身で表す。割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。 ジグザグマが駆け寄ってくると、アカツキは両腕を広げて迎え入れた。 「ぐぐーっ、ぐぐーっ!!」 初めてのバトルで勝てて、ジグザグマもうれしいらしい。 アカツキの服に何度も頬を摺り寄せ、うれしさを表現している。 「けっ、やるじゃねーか。戻りな、ヘイガニ!!」 ギンタは素直に負けを認め、ヘイガニをモンスターボールに戻した。 「俺に勝ったからにゃ、次も勝てよな!!」 乱暴な励ましをくれて、彼はフィールドを去った。 「勝ったね、ジグザグマ。キミ、すごいよ」 「ぐぐーっ」 「うん。疲れただろ? ゆっくり休んでてね」 アカツキはジグザグマの背中を優しく撫でると、モンスターボールに戻した。 「でも、本当にすごいな……」 ジグザグマの頭突きの威力はかなりのものだということは、ゲットする時によく分かった。 アチャモを一撃で戦闘不能にしたほどだ。 だが、ここに来て、ヘイガニを一発でノックアウトしてしまうとは思わなかった。 それだけ、ゲットしてから育ったということなのだ。 さすがにワカシャモやアリゲイツには及ばないが、進化前にしてはかなり戦る(やる)……バトルを見ていたアヤカはそう思った。 「こりゃ楽しみじゃない……」 笑みが深まった。 「第一戦は、アカツキ選手の勝利です!! さあ、続いて第二戦に移りましょう!!」 歓声と拍手が止まないうちに、実況が次のバトルの開始を告げる。 アカツキはフィールドから降りた。 次のバトル――アヤカと戦うことになったトレーナーとすれ違う。彼の表情は真剣だ。アヤカの強さは本気でハンパじゃない。 一体どこまで戦えるのか。 フィールドの傍で、アカツキは次の戦いを見守ることにした。 できれば、決勝でアヤカと戦いたい。 「第二戦は、青コーナー、麗しきレディ、アヤカ選手!! 対する赤コーナーは、目つきの鋭い好青年、コウイチ選手!!」 「お互い、ポケモンを出してください」 ジョーイが定位置へと戻る。 フィールド上でアヤカと相対する青年は、黒い髪を好き勝手な方向に刎ねさせ、目つきは実況の言う通り鋭く、凶悪と言ってもいい。 首元にぶら下げているネックレスはドクロの数珠みたいで、胸元の開いた変な服。 とてもまともな青年とは思えないのだが、実力もそういうものなのか……果たして。 「くっくっく……きさまは運が悪い……この俺と戦うことになるとはなぁ……」 三流ホラー映画で出てくるゾンビのような不気味な声を上げながら、青年――コウイチは腰のモンスターボールをつかんだ。 「気味悪いなぁ……」 彼の声は寒風のようだった。いつの間にか鳥肌が立ち、アカツキは両腕をさすった。 とにかく不気味だで、変な人としか思えない。 アヤカがこんな人の相手をしなければならないとは……自分のことでもないのに、妙に心配してしまう。 ……が、アカツキの心配を余所に、バトルは着実に進んでいた。 「行けぃっ、俺の第一のしもべ!! サマヨール!!」 「サマヨール?」 聞いたことのないポケモンの名前にアカツキが眉根を寄せていると、コウイチがモンスターボールを投げた!! 放物線の頂点で口を開き、ポケモンを放出する!! 「さまよぉぉぉぉぉるっ……」 飛び出してきたポケモンは、トレーナーと同じような、不気味な声を上げた。 見た目にも不気味で、まるで太ったミイラ男のようだった。 全体的に灰色で、赤々と光る一つ目。 両手を交互に前後させているあたり、手招きしているように見えるが…… 初めて見るポケモンだったので、図鑑で確かめてみる。 「サマヨール。てまねきポケモン。ヨマワルの進化形」 本当に手招きだし…… アカツキがそう思っている間にも、カリン女史の説明がスピーカーから流れ続ける。 「身体の中身は空洞で何もない。 どんな大きさのものでも吸い込んでしまうと言われ、妖しげな手の動きと一つ目の力で、相手を強い催眠状態に陥れることができる」 「すごいポケモンだな……」 進化形のポケモンは総じて能力が高い。 サマヨールの身長はアヤカと同じくらいで、漂わせる不気味な雰囲気が、何か躊躇わせるような…… だが、アヤカはサマヨールを見つめながら笑みを浮かべていた。 「サマヨールか……なかなか手ごたえのある相手ね」 「そんな減らず口を叩けるのも今のうちだけだぁ……ぐぁはははははははっ!!」 両手を挙げ、コウイチが哄笑した。 ポケモンはトレーナーに似るという言葉があるが……この場合はトレーナーがポケモンに似ているのかもしれない。 ゴーストタイプの使い手ね……アヤカはコウイチがゴーストタイプの扱いに慣れていると直感した。 「ま、どうでもいいんだけどね」 「強気は止めておけ。後々で後悔することになるぞぉ……きさまが泣き叫ぶ様が脳裏に浮かぶようだなぁぁぁ……」 「そっちこそ、身のほど知らずの強気は止めておきなさい。 わたしは、この子で行くわよ」 ウインクし、アヤカは手にとったモンスターボールにキスをした。 よほど大切なポケモンなんだなとアカツキは思った。 彼女がキスするほどのポケモンだ、ステディってヤツかもしれない。 「カモン、フライゴン!!」 中のポケモンに呼びかけながら、モンスターボールを投げる!! 「フライゴン……? 聞いたことないなぁ」 とりあえず、ポケモンが出てくるまで待ってみることにしよう。 アカツキはモンスターボールからポケモンが出てくるのを今か今かと待ちわびた。 ほんの数秒が引き伸ばされる。 ボールは着弾の寸前に口を開き、ポケモンを放出した。 ごぉぉぉぉぉぉんっ!! 飛び出してきたポケモンは低い唸り声を上げた。 「フライゴン……?」 図鑑のセンサーを向けると、液晶に飛び出してきたポケモンと同じ絵が映し出される。 「フライゴン。せいれいポケモン。 ナックラーの最終進化形で、ビブラーバの進化形。 砂漠の精霊と呼ばれている神秘的なポケモンで、羽根のはばたきで砂嵐を巻き起こす。 飛んでいる時はいつでも砂嵐の中であるため、その姿を見るのはきわめて難しい」 とにかくすごそうだ。 全体的に緑色の身体で、赤い膜のようなものに目が覆われているのは、恐らく砂を目に入れないための工夫だろう。 赤い枠で囲まれた羽根を伸ばせば、アカツキの身長よりも高いかもしれない。 小型のドラゴンを思わせるが、実際フライゴンはドラゴンタイプのポケモンである。 とはいえ…… 「アヤカさん、あんなポケモンを持ってたんだ……」 精霊……砂嵐を巻き起こしながら飛ぶと言われているポケモンだ。 サマヨールに負けず劣らずすごいのは間違いない。 「すごいバトルかも……」 アカツキは期待しまくっていた。 進化形同士のバトルだ。すごいことになるのだろう。 確かにすごいという意味では間違っていなかったのだが…… フライゴンの大きさはアヤカを背中に乗せられるくらいである。 サマヨールと比べるとかなり大きいということになる。 「ぬぅ、フライゴンとは…… くくくっ、そちの弱点を突ける技、サマヨールは持っておるのだよ!! くくくくくっ……!!」 コウイチは胸中で不気味なつぶやきを発した。 それが終わった直後、 「サマヨール対フライゴン、バトルスタート!!」 「サマヨール、冷凍ビームをお見舞いしてくれてやがりなさいぃぃぃぃぃっ!!」 甲高い声でコウイチが先制攻撃を宣言!! 金切り声のような声質に、アカツキはびくっと震えた。 良かった……この人の相手しなくて……対戦相手が異なっていたことに、密かに感謝した。 「冷凍ビームか……確かに弱点ね。食らえばとにかく痛いけど……」 サマヨールが両手で大きく円を描くと、虚空に白い光線が出現し、勢いよくフライゴンへと向かって突き進んでいく!! 冷凍ビーム。 氷タイプの技で、威力が高い。 さらに直撃すれば相手を氷漬けにすることができるという、かなり凶悪な技である。 フライゴンのタイプは地面とドラゴン。 氷タイプを最も苦手としているのだが、アヤカは氷タイプの技に対抗するために、ちゃんと手を打ってあった。 元ジムリーダーだけあって、苦手な技を使うポケモンとも戦えるように工夫してあるのだ。 「おとなしく食らうと思ってる? 砂嵐!!」 アヤカの指示が飛び、フライゴンが羽ばたく!! ヴヴヴヴヴヴヴヴっ!! 低い羽音が辺りに轟くのとほぼ同時に、フライゴンの周囲に砂嵐が巻き起こった!! まるで砂の壁で囲まれているかのようだ。 「くくっ、やるな……」 コウイチは舌打ちした。 冷凍ビームが砂の壁に直撃し、虚しく消える。フライゴンを捉えた形跡はない。 なるほど、苦手なタイプを受けないための防衛策は整えてあったらしい。 それなら……確実に相手に当てられる技を、コウイチは知っている。 「サマヨール、シャドーパンチ!!」 「なるほどね……そう来ますか」 しかしアヤカは冷静だった。 口の端に冷笑とも思えるような笑みを浮かべている。 サマヨールの手が動く。 地面に向かって振り下ろし―― そのまま吸い込まれたような感じだった。激突した音が聞こえてこない。 シャドーパンチ……空間を越えて、相手の影から攻撃するという技。 影があればほぼ確実にヒットするので、特に夜はその真価を発揮するのだ。 影は闇に紛れて見えなくなる。 今頃、砂の壁に囲まれたフライゴンの影から拳が脱け出し、攻撃していることだろう。 「くくくっ……」 コウイチは笑った。 いかにフライゴンといえど、影さえあればサマヨールのシャドーパンチがヒットする。 砂の壁はおよそ数十メートル上空にまで達しているが、その程度の距離なら射程圏内だ。 「喰らうがいい、影の拳を!!」 「おあいにくさま。 黙って食らうとでも思ってる? フライゴン、必殺のドラゴンクロー!!」 その瞬間―― ずばっ!! 砂の壁が音を立てて弾け、フライゴンが飛び出してきた!! 刹那、その影からサマヨールの拳が現れた!! 影と同じで黒く染まった拳が、サマヨール目がけて飛行するフライゴンに向かって伸びる!! 影が移動すれば、同じように黒い拳も移動する。 相手が動けば影も動く。それに応じて攻撃範囲が変わる。 よって、ほぼ確実にヒットするのだ。 フライゴンとサマヨールの距離が縮まっていくにつれて、同じようにフライゴンと影から伸びる黒い拳の距離も縮まる。 ぼっ!! フライゴンの脚にある鋭い鉤爪に赤い光が宿る。 ドラゴンの力……と言うしかない光。 黒い拳がフライゴンを捉えるのが早いか、それともフライゴンのドラゴンクローがサマヨールに炸裂するのが早いか。 微妙なところだったが、勝利の女神が微笑んだのは―― ずしゅっ!! フライゴンのドラゴンクローが炸裂!! サマヨールの頭上に赤い線が残る。 ドラゴンクローの威力が高いという証だ。しばらく経って、その線は消えた。 フライゴンは上からすれ違いざまに一撃を加えたのだ。 サマヨールはシャドーパンチを繰り出している最中、動くことはできない。 動くということは、シャドーパンチをキャンセルするということになる。 そこを見事に突いた攻撃。 だが、それだけでは終わらなかった。 フライゴンがサマヨールの頭上を通り過ぎた直後、影がサマヨールと重なって―― どごんっ!! 影の拳が『サマヨール』を直撃したではないか!! 「な、なぁっ!?」 コウイチは驚愕した。 ドラゴンクローとシャドーパンチがダブルで炸裂したのだ。 かなりのダメージを受けたのは間違いない。 サマヨールはシャドーパンチを解除するが、もう遅い。 影が重なった瞬間――影から伸びた拳がサマヨールを直撃したのだ。 影を利用するがゆえに、それが重なれば自分自身も攻撃を食らうことになる。 そして、アヤカはトドメの一撃を指示した。 「フライゴン、竜の息吹!!」 フライゴンはくるりと向きを変え、サマヨール目がけて緑色のブレスを吐き出した!! 竜の息吹……名前どおりドラゴンタイプの技で、相手にダメージを与え、さらに麻痺に陥れるという恐ろしい技だ。 緑のブレスは、振り返る暇もなくサマヨールを飲み込んだ!! 「うおっ、サマヨォォォォォォール!!」 コウイチが頭を抱えて叫んだ!! フライゴンの緑のブレスがサマヨールを蹂躙!! 緑が消え去った後には、仰向けに倒れて目を回しているサマヨール!! ドラゴンタイプの威力の高い技を連続で受け、たまらずダウンだ。 これにはジョーイが駆け寄る必要もなかった。 「サマヨール、戦闘不能!! フライゴンの勝ちです!!」 「なんと!! 強力なドラゴンタイプの技を駆使し、アヤカ選手、華麗なる勝利を収めました!!」 先ほどよりも大きな歓声と拍手が巻き起こる!! 「ば、バカな…… この俺が……この俺がぁ……なぜきさまのような女に負けるのだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 絶叫が響く。 アヤカはコウイチを冷めた視線で見つめるばかり。 「わたしを女と思って甘く見てたのね。 そんなんじゃ、百年経ってもわたしには勝てないわよ。 少しはできると思ってたけど、それじゃあねぇ……」 アヤカはふよふよ浮かんでいるフライゴンをモンスターボールに戻した。 「つ、強い……」 アカツキは身体を震わせた。 アヤカのフライゴン……恐ろしいまでの強さだ。 相手の攻撃を避けるための砂嵐、ドラゴンタイプの大技であるドラゴンクロー、ステータス異常を引き起こす竜の息吹。 実用性の高い技を駆使し、ノーダメージで勝利したのだ。 そんなアヤカに、果たして自分は勝てるのだろうか…… 望みは捨てたくないが、その可能性は極めて低いと言わざるを得ない。 そればかりは認めるしかないだろう。 「これが、アヤカさんの実力なんだ……」 震えが止まらない。 コウイチは決して弱いトレーナーではない。 だが、アヤカの前では霞んで見える。 彼女は明らかにツツジよりも強い。 下手をすれば、どのジムリーダーよりも強いのかもしれない。 とんでもない人にスクールでいろいろと教わってたんだな……アカツキは気がつけば笑っていた。 「でも、ぼくは戦うよ……負けを認めるのは、最後でいい」 震える拳に力を込め、ギュッと握りしめる。 「おぉぉぉぉサマヨぉぉぉぉぉール、この俺が負けるとはぁぁぁぁぁぁ……うがぁぁぁぁぁ」 コウイチは錯乱状態になりながらもサマヨールをモンスターボールに戻し、千鳥足で、しかし何とかフィールドを後にした。 観客に紛れ、すぐに姿が見えなくなる。 さすがはゴーストタイプ使いといったところか。 「さて、第二戦も終わったところで、第一戦を制したアカツキ選手とアヤカ選手による決勝戦を行います!!」 歓声がいよいよ大きくなる。 アカツキは一歩ずつ、ゆっくりとフィールドへの階段をのぼった。 フィールドに残ったままのアヤカは腕を組み、笑みを浮かべながらアカツキを見つめていた。 「楽しみにしてたわ……大きくなった君と、戦うのをね」 正直、そう思った。 フィールドに登りつめたアカツキの表情。 とても真剣で、アヤカは大好きになれた。 ひとりのトレーナーとして……男としての顔だ。 そんな彼と勝負するのなら、楽しみに決まっている。 「決勝戦、アカツキ選手対アヤカ選手です!! どんなポケモンが出てくるのでしょうか!!」 「ポケモンを出してください」 ジョーイに促され、先にモンスターボールを投げ放ったのはアヤカだ。 「君に対しては、わたしの最強のポケモンでお相手しましょう!!」 その声と共に、ポケモンが飛び出してくる!! ごどらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 飛び出してきたポケモンは、天にも轟くような雄叫びを上げた。 「あ……す、すごい……これがアヤカさんの……」 出てきたのは、アヤカの背丈さえ圧倒的に上回るポケモンだった。 身長およそ二メートル五十センチ。さながら黒い巨人。 立派な体格で、攻撃力、防御力共に高そうな、マジで最強と呼ぶに相応しいポケモンだ。 「なんと、アヤカ選手のポケモンはボスゴドラです!! 最強と名高いポケモンの登場だぁっ!! アカツキ選手はボスゴドラを相手にどのポケモンで戦うのでしょうか!!」 実況がヒートアップする。 アヤカのポケモンが誰の目にも立派に映るのだから、無理はない。 「ボス……ゴドラ……」 アカツキはポケモン図鑑のセンサーをボスゴドラに向けた。 金属光沢を帯びた頭部を除くと、漆黒。だが、とにかく固そうなのがよく分かる。 「ボスゴドラ、てつヨロイポケモン。 ココドラの最終進化形で、コドラの進化形でもある」 「ココドラの最終進化形……!?」 アカツキはアヤカのココドラをトウカの森で見た。 とにかく小さなココドラと違い、アヤカの傍に佇むボスゴドラの貫禄と言ったら……名前どおりボスの貫禄だ。 恐ろしいほどのプレッシャーを感じる。 「山ひとつを縄張りにしており、荒らした相手はどんなに小さかろうと容赦なく叩きのめしている。 その反面、山が荒れると、せっせと土を運び木の苗を植えて縄張りをキレイに掃除するなど、優しい一面も持つ」 「さあ、君はどんなポケモンを出してくる?」 アヤカはアカツキがポケモンを出してくるのを待った。 どんなポケモンが出てくるにしても、勝つ自信はある。トレーナーになって十日程度の男の子に負ける気はしない。 「タイプは……」 図鑑によると、鋼と岩。 岩タイプを持っているから、アリゲイツの水鉄砲が効果が高い。 鋼タイプを持っているから、ワカシャモの二度蹴りも効果が高い。 どちらを出しても相性的には大して変わらない。 だから―― 「アリゲイツ、君に決めたよ!!」 アカツキはアリゲイツのモンスターボールをつかみ取ると、勢いよく投げ放つ!! 放物線を描くボールは、その頂点で口を開き、アリゲイツをフィールドに登場させる。 「ゲイツ!!」 アリゲイツは対峙するポケモンがどんなに大きくても一向に怯まない。 身長はおよそ三倍で、ボリュームなど十倍近くは違うだろうか。 それでも…… 「アヤカさん、ぼくは最後まで頑張るよ」 「それでいいわ」 軽い会話を交わし。 「ボスゴドラ対アリゲイツ。バトルスタート!!」 バトルが始まる!! 「アリゲイツ、水鉄ぽ……」 アカツキが先制攻撃をしようとした矢先―― 「見え見えよ、金属音!!」 アヤカが先に指示を下し終える!! ボスゴドラが口を開くと、辺り一体に金属同士を擦り合わせるような音が響いた。 ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ……!! 「な……何、これ!?」 アカツキは突如聞こえてきた不協和音に耳を抑えた。 金属音……嫌な音という技と同種で、辺り一体に不協和音を響かせる。 アリゲイツは頭を抱えてうずくまってしまった。嫌な音なのだ、金属音は。 「今よ、ボスゴドラ。破壊光線!!」 いきなり破壊光線を指示するアヤカ。 一気に決めてしまうつもりらしい。 ボスゴドラは口を開いたまま、その中にオレンジの輝きを生み出した。 「さ、させないよ!! アリゲイツ、立って!! 水鉄砲だっ!!」 破壊光線にはチャージが必要。 なら、その間に放たせないようにすればいい。 アカツキは歯を食いしばって不協和音を振り払い、アリゲイツに指示を下した。 そんなトレーナーの強い気持ちを感じたのか、アリゲイツはきっ、と瞳を大きく見開いて、水鉄砲を発射した!! 「へえ、骨あるのね。その方が、面白くなりそう」 アヤカは徐々にヒートアップしつつある気持ちに気づいた。 破壊光線一発で決めてしまうつもりだが、アカツキはそれを拒もうとしている。 そのために水鉄砲を撃たせた。 確かに―― 「破壊光線にはチャージが要る。 もっとも、それは最大威力で放つ時だけ。 威力は下がるけど、チャージ時間を減らせる上に、放った後の硬直時間も短縮できる…… そのことを、改めて教えてあげる」 アヤカは技の特性を知り尽くしていた。 だから―― 「君の強い意志がアリゲイツに伝わっても、それをわたしが粉砕する!! 発射よ、ボスゴドラ!!」 ボスゴドラの口に灯る輝きは徐々に強くなっていくが、最大威力とは程遠い。 それでも並のポケモンなら軽く戦闘不能にできるだけの威力はある。 アリゲイツの水鉄砲がボスゴドラに突き刺さる寸前―― どおぉぉぉぉっ!! ボスゴドラが破壊光線を発射した!! ちゃんとチャージした時よりも威力は劣るが、それでも十分すぎる威力を持っている。 ハイドロポンプほどの大技ならともかく、水鉄砲程度なら吹き飛ばせる。 水鉄砲を真っ二つに裂きながら、破壊光線が突き進む!! 「なっ!! 水鉄砲が!!」 アカツキは驚きを隠そうともしなかった。 破壊光線のチャージ時間はもっと必要なはず。 チャージ時間を短くすれば低威力になることは知っていたが、まさか本当に放ってくるとは。 「アリゲイツ、避けて!!」 アカツキの指示に、アリゲイツは水鉄砲を裂きながら進んでくる破壊光線から身を避わした。 「もう一発水鉄砲!!」 今ならチャージする暇もない。 アカツキはそう踏んで、指示を下した。 アリゲイツは着地と同時に再び水鉄砲を発射した!! 「なら……」 水鉄砲を食らえば、ボスゴドラでもそれなりのダメージは受けるだろう。 アリゲイツの水鉄砲がどれほどの威力か知っているから、何発食らっても平気か、くらいの予想はつく。 とはいえ…… ノーダメージ勝利を目指すのなら、かなりの手間隙がかかるだろう。 勝利を確実に近づけたいなら、多少はリスクを冒す必要もある。 そう、たとえるなら―― 「ボスゴドラ、そのまま動かず10万ボルト!!」 「ええっ!?」 避けもせず攻撃に打って出てくるとは、アカツキとしてはまるで予想もしていなかった。 素っ頓狂な声も隠そうとさえしない。 ボスゴドラはアヤカの指示通りその場を一歩も動かず、二本の角から電撃を発射した!! 「ツツジさんと同じだ……」 アカツキは直感した。 この戦法はツツジと同じ。 弱点となるポケモンをも返り討ちにしてしまう技の覚え方。水タイプのアリゲイツには、電気技の10万ボルト。 アリゲイツの水鉄砲がボスゴドラに突き刺さる!! 苦渋に満ちた表情を浮かべるボスゴドラ。 だが、電撃を止める素振りはない。 肉を斬らせて骨を断つ……リスクを冒してでも勝つというアヤカの心意気が伝わってくるようだ。 弱点でも、どれほどのダメージが行っているのか分からない。 何しろボスゴドラは最終進化形のポケモンである。体力など並外れているに違いない。 倒すのなら、水鉄砲を何十発とヒットさせなければならない……のかもしれないのだ。 それでも、勝てる望みが一パーセントでも残されているのなら、それに賭けるしかない。 『逃げる』『降参する』という二つの選択肢を永久に放逐したアカツキには、『戦う』ということしか残らないのだ。 それを勇気と讃えるか、無謀と笑うか。それだけの違いでしかない。 だが、ボスゴドラの10万ボルトが狙い違わずアリゲイツを直撃した!! 「ゲイツっ!?」 苦手なタイプの技だけに、アリゲイツはかなりのダメージを受けたようだ。 そして、アリゲイツの動きが止まる。 一瞬であっても、アヤカにとっては十分すぎる時間だった。 「ボスゴドラ、目覚めるパワー!!」 トドメの技だ。 「ごどらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 ボスゴドラが天に向かって咆える!! すると、周囲に光の球が現れた。 「目覚めるパワー……アリゲイツ、大丈夫!?」 「ゲイツ!!」 アリゲイツは大きなダメージを受けていない。 ボスゴドラの『特殊攻撃力』がそれほど高くなかったのが幸いしたのだろう。 ノズパスのように、電磁砲などという最強クラスの技を放たれれば話は別だが。 「目覚めるパワーって、確か……」 アカツキは思い返していた。 スクールの授業で習った覚えがある。 確か、使うポケモンによってタイプと威力が異なるという技だ。 弱いポケモンでも高い威力を出せるが、タイプが固定されているのでオールラウンドに使えないのが難点だと言っていた。 だが―― 「アヤカさんがそれを出してきたってことは、威力が高いってこと!?」 考えられる可能性はふたつ。 威力がめちゃくちゃ高いか、そこそこ威力があってアリゲイツの弱点を突けるタイプであるか。 どちらにしても、まともに食らうとそれだけで戦闘不能にされかねない。 「アリゲイツ、水鉄砲、最大出力で!!」 「ゲイツ!!」 アリゲイツは口を開き、深呼吸。 それから間を置かず、最大パワーの水鉄砲を発射した!! ハイドロポンプに匹敵するような威力の水鉄砲が、ボスゴドラに迫る!! だが、ボスゴドラがもう一度天に向かって咆えると―― ぎゅいーんっ!! 周囲に出現した光の球が回転を始め、光の波動をアリゲイツ目がけて放った!! これではどのタイプか、見分けもつかない!! 光の波動はアリゲイツの水鉄砲とぶつかっても互いに相殺されることなく、問答無用で突き進んでいく!! 「打ち消しあわない?」 おかしかった。 どう考えても、エネルギー同士が衝突すれば、相殺が起こるものだ。 それが起こらないということは……? 考える暇すら、与えてもらえなかった。 アリゲイツの水鉄砲がボスゴドラを直撃し、光の波動がアリゲイツを幾重にも薙いで消滅する!! 「アリゲイツ!!」 「ボスゴドラ!!」 互いが叫んだのは同時だった。 ボスゴドラは水鉄砲を何とか堪え切る。 一方アリゲイツは―― 「ゲイツぅぅぅ……」 光の波動をまともに受けて、仰向けに倒れた。 「わたしのボスゴドラの目覚めるパワーは草タイプ……食らえば痛いわよ」 アリゲイツは立ち上がるのか。 今の一撃で大ダメージを受けたのは間違いない。 「アリゲイツ!! 立って!!」 アカツキが叫ぶものの、アリゲイツはどうも戦えそうにない。 だらりと肢体を投げ出して、仰向けに倒れたまま。 ジョーイがアリゲイツの表情を覗き込み―― 「アリゲイツ、戦闘不能!! ボスゴドラの勝ちです!!」 「負けちゃったな……」 意外にも、アカツキは素直に負けを受け入れることができた。 「激戦を制したのはアヤカ選手!! よって、アヤカ選手の優勝です!!」 勝者が定まったところで、歓声が一際大きくなる。 素晴らしいバトルを見せてくれてありがとうと言わんばかりに、観客の顔には賞賛の笑みが浮かんでいた。 アヤカだけでなく、敗者であるアカツキですら褒め称えたのだ。 「アヤカ選手にはポロック一年分が与えられます!! 皆様、今一度、盛大な拍手をお贈りください!!」 言われなくても――拍手と歓声は当分止みそうにないほど、大きかった。 「アヤカさん、ぼくの負けだよ」 「うーん……結構楽しめたな。予想以上に、ね」 バトルが終わった後、アカツキとアヤカはフィールドがあった場所で、握手を交わした。 アカツキは全力を出して戦った。 だから悔いはない。 悔しいが、それはこれから強くなっていけばそれで済むだけのことだ。 「あれからまた成長したのが分かるわねぇ。 ボスゴドラにあそこまでのダメージを与えるなんて、ホント、すごいよ、君は」 「ありがとう。 でも、ボスゴドラなんてポケモン持ってたんだ……バトルする時まで分からなかったよ。 フライゴンなんてドラゴンポケモン持ってるし……」 「うふふ、レディにはいろいろあるのよ。人に言えないゲットの秘密とか、ね」 「ははは」 ふたりは声を上げて笑った。 いいバトルができたと、アカツキは素直に思った。 アヤカのボスゴドラには、悔しいが今の自分では勝てそうにない。 フライゴンも同じことだろう。 だが、いつかまた戦う時が来たら、その時は絶対に勝つ。 アカツキは広がる青空に誓って、拳を握りしめた。 船は静かに海原を行く。 第21話へと続く……