第23話 強さのかたち -His strength- 「サメハダー、ハイドロポンプ!!」 先制攻撃を仕掛けたのはアオギリの方だった。 目の前にいる相手――ダイゴは、自分などよりもよほど強いトレーナーだ。 ポケモンもよく育てられているし、ダイゴ自身のトレーナーとしての強さも突出している。 そんな格上の相手に勝つには、何が何でも先手を取って攻撃しまくるしかない。 破れかぶれに見えながらも、それが一番効果的であることにアオギリは長年の経験から気づいていた。 アオギリの指示を受け、サメハダーは口を大きく開くと、弾丸のごとき勢いの水塊を吐き出した!! 距離は十メートルと開いていない。 ものの一秒と経たずにダイゴのポケモン――メタグロスに直撃するはずだ。 メタグロスのタイプは鋼とエスパー。 水タイプの技なら、効果抜群とまではいかなくとも、それなりのダメージは期待できるはずだ。 だが、そうは問屋が卸さなかった。 「念力」 ダイゴがポツリとつぶやくと、一直線にメタグロスに迫っていた水塊が軌道を変え、天井目がけて舞い上がっていった!! 「な、なんだと!?」 これにはさすがのアオギリも驚くしかない。 開いた天井の穴から外に飛び出した水塊は、戻ってこなかった。 「馬鹿な、念力のフィールドで捉えられるスピードではなかったはずだ……常識が通用しない相手だというのか」 アオギリは胸に芽生えた動揺を押し殺そうと必死だったが、そう都合よく押さえ込めるものではなかった。 拳がわなわなと震え、ほんの少しでも気を抜けば震えが全身に伝わってしまいそうだ。 「ほら、どうしたんだい? もう終わり?」 「ぬぅ……舐めるな!! サメハダー、ロケット頭突き!!」 小馬鹿にするような口調のダイゴを睨みつけ、アオギリは再び指示を下した。 サメハダーは足もないのに、ヒレで器用に飛び上がる。 お尻の穴から水をジェット噴射して、猛烈な勢いでメタグロスへ向かって頭突きを繰り出した!! 『ロケット頭突き』と『頭突き』の違いは、単純な勢い――つまりは威力だけである。 もちろん、ロケットと名の付く方が威力は高いのだが…… 空気を切り裂きながらメタグロスへ向かうサメハダー!! メタグロスは顔を上げ、赤い双眸をサメハダーに向けた。 サメハダーのタイプは水と悪。 メタグロスのエスパー技は、サメハダーに対してまったく効果がない。 恐るべき効果を持つサイコキネシスでさえ無効化できるのが、悪タイプの最大の強みだ。 その強みを最大の武器として、攻撃の幅を広げていく……それが、アオギリが思いつく限り、もっとも有効な作戦だった。 サメハダーとメタグロスの距離がみるみるうちに縮まる!! ぐっと拳を握りしめて真剣な表情を注いでいるアオギリとは対照的に、ダイゴは冷静沈着で、メタグロスに特に指示も下さなかった。 「サイコキネシスが効かないと踏んで、ギリギリまで引き付けてから迎え撃つつもりか……ふん、そう上手く行くか?」 何も指示を出さない相手の腹の内を探りつつ、アオギリは握りしめた拳に力を込めた。 指示をしなければ、ポケモンは相手の攻撃を受けてしまう。 鋼タイプの防御でロケット頭突きの威力は抑えられるだろうが、それでもノーダメージというわけにもいくまい。 だから、肉を斬らせて骨を断つ……ダイゴがそんなことを考えているのだと思い、アオギリは次の攻撃に備える。 一方、戦闘不能を免れたアリゲイツとジグザグマは、ダイゴの傍で成り行きを見守っているだけだった。 見るからにハイレベルなバトルに、呆気に取られている様子だ。 トレーナーであるアカツキはその傍で気を失っている。 ワカシャモはサメハダーのハイドロポンプを受けて戦闘不能にされてしまったが、一足先にダイゴがモンスターボールに戻しておいてくれた。 サメハダーとメタグロスの距離が瞬く間に縮まり、渾身のロケット頭突きがメタグロスにクリーンヒット!! 「これならどうだ!!」 メタグロスの防御力の高さは無論知っているが、サメハダーも攻撃力が非常に高いポケモンとして定評がある。 ならば、少しでもダメージを与えられるはずだし、ゼロ距離を利用して追い討ちをかけることもできる。 ぶつかった勢いを反動として利用し、サメハダーがメタグロスから離れ―― 「な……効いていないだと?」 メタグロスの身体に傷らしい傷がひとつもついていないのを目の当たりにしたアオギリは、本気で言葉を失ってしまった。 サメハダーの攻撃力の高さは、アオギリのポケモンでナンバーワンだ。 しかし、今の今までダイゴと正面切って戦ったことがなかった。 部下に任せて自分は本来の目的を遂行……というパターンだったが、今回はそれが潰されてしまった。 ゆえに、彼の実力を十二分に測りきれていなかったのだ。 部下たちの報告を受けて、彼が相当強いと分かっていても、その度合いを正確に見通すことができていなかったのだ。 「メタグロスの防御力はピカイチでね。 何の対策もとらずにロケット頭突きなんて受けるとでも思ったのかい?」 ダイゴの言うことは、もっともだった。 ロケット頭突きの威力の高さは、ダイゴも分かっていたことなのだ。 いくらメタグロスの防御力が高くても、ロケット頭突きなど受ければ、無論ただで済むはずがない。 「『鉄壁』か……」 アオギリは乾いた声でつぶやいた。 ポケモンの防御力を劇的に上昇させる技、鉄壁。 メタグロスはダイゴから指示を受けなくても、自らその技を使い、防御力を上昇させていたのだ。 トレーナーの指示を受けずとも自ら考え行動する……なんと恐ろしいポケモンか。 水タイプの技は念力で弾かれ、かといって物理攻撃に切り替えても、メタグロスが『鉄壁』により呆気なく防ぐだろう。 結局、ダイゴはギリギリまで相手を引き付けてから攻撃に転じるなどという策を考えてはいなかった。 適切な防御で相手の攻撃をワンパターン化させ、そこから反撃に転じるつもりだったのだ。 「くっ……まさかここまでとはな。 道理で、あんな下っ端どもじゃ一瞬でやられるわけだ」 壁際でお寝んねしている部下に一瞥くれると、アオギリは同情も哀れみも感じさせないつぶやきを胸中で漏らした。 こんなことなら、別の任務に就かせていた幹部を総動員しておくべきだった。 そうしていれば、少なくとも、ここまで状況が悪化することもなかったはずだ。 とはいえ、今さらこんなことを悔やんでも仕方がない。 今幹部を呼び寄せたとしても、間に合わないだろう。 マグマ団に先を越されるか、ダイゴのメタグロスに完膚なきまでに叩き潰されるか…… どちらにしても、面白い展開は望めない。 ならば、長居は無用だ。 「おまえさんの強さを測り間違えた俺の迂闊だったな」 「ならば、おとなしく彼らをつれてアジトに引き揚げることだ。 僕も鬼じゃない、アジトまで追跡して叩き潰すなんてマネはしないよ。 僕一人じゃなくて、信頼できる仲間たちを引き連れてね」 「ちっ……今回は引き揚げる。 だが、これで終わったと思うなよ。 俺たちの理想はどんな宗教や理念よりも崇高だ。 いつか、必ず海を広げてみせる。 母なる海こそ、本来人類が住むべき場所なんだからな」 負け惜しみにしか聞こえないセリフを吐くと、アオギリはサメハダーをモンスターボールに戻した。 ダイゴは何もせず、アオギリたちを見逃すことにした。 深追いは禁物だし、何より戦う気のない相手を叩きのめしたところで、こちらが犯罪者になるだけである。 ポケモンを使い、故意に人間を傷つければ、立派な傷害罪だ。 人間とは比べ物にならない力を持つポケモンを用いたなら、普通の傷害罪よりも重い刑が適応される。 言うまでもなく、少なくとも十年以上は刑務所の中でクサイ飯を食うことになる。 それだけはダイゴとしてもカンベンしてもらいたいところだった。 自分だけで済むのならまだいいが――本当は良くないが――、なにせ父親はあのデボンコーポレーションの社長である。 彼の顔に泥を塗るようなことがあれば、それだけでデボンの名は地に堕ちる。 だから、何もしないことにした。 甘いと言われてもそれは仕方がない。 アオギリは懐から金属の筒を取り出すと、それを地面に叩きつける。 刹那――眩いばかりの光が視界の隅々まで染め上げていく!! ダイゴはとっさに目を閉じた。 「炸裂弾(フラッシュ・ボム)か……なかなか粋なことをしてくれるね」 目を閉じるのがもう少し遅ければ、強烈な光に目を灼かれていたかもしれない。 最悪の場合は失明だ。 光が瞼の裏まで食い込んで、しばらくは目を開けられなかった。 だが、アオギリがおとなしく去ってくれるだろうとは思っていた。 もし何か企んでいたとしても、メタグロスには通じない。 攻撃力、防御力、体力と三拍子優れたメタグロスに愚策は通用しないのだ。 「だが……まだあきらめるつもりがないなんて…… あきらめが悪いのか、それとも本気でそれで人類を救えるなどと考えてるのか。 僕には分からないけどな」 そう思いながらしばらく経って―― 光が薄れてきたのを感じて、うっすらと目を開けた。 光はすでに消えており、アオギリの姿はなかった。 辺りを見回してみたが、彼の部下たちもきれいさっぱり消えていた。 アオギリがとっさに他のポケモンを出して、回収したのだろう。 しかし、とりあえずこれで終わったらしい。 意外と呆気ない幕切れだったように思えたが、無駄な戦いをするよりはまだいい。 無益なら、しない方がいいに決まっている。 ポケモンが傷つかなくて済むから。 「まあ、おとなしく退いてくれただけでもありがたいか。 変なこと企んでたって、カゲツやフヨウが笑いながら潰してくれるだろうし……」 仲間の笑顔を思い浮かべ、ふっとため息を吐いた。 今はひとりで気楽に旅などしているが…… 「今はのんびりするかな。後々忙しくなりそうだし」 本来なら、ダイゴは多忙な身なのだ。 だが、『彼女』のおかげで悠々自適な生活を送れる。 感謝しても感謝しきれないくらいだ。 だから、今は精一杯羽を伸ばすことにしよう。 自分のやりたいことを納得いくまでやって、誇りに満ちた顔であの場所に戻ろう。 そう決めていたのだ。 「そうだ」 ダイゴは膝を折り、笑みを浮かべながら、気を失っているアカツキを見つめた。 鳩尾に拳を突き込まれて気絶させられているが、表情は穏やかだった。 もしかしたら、ダイゴがアオギリたちをどうにかしてくれると思っているのかもしれない。 それとも、楽しい夢でも見ているのか…… アリゲイツとジグザグマが心配そうにトレーナーの顔を覗きこんでいることに気がついた。 ダイゴはアリゲイツのトサカをそっと撫でながら、優しい口調で言った。 「大丈夫。すぐに起きる。それまでは傍についていてあげなよ」 「ゲイツ……」 彼の優しさが伝わってか、アリゲイツは大きく頷くと、すぐに心配そうな表情をどこかに吹っ飛ばした。 それはジグザグマも同じだったらしいが、アリゲイツほど長くアカツキに接していない分、まだどこかで心配しているようだった。 アリゲイツとジグザグマがパニックになることはないと判断すると、ダイゴは立ち上がり、周囲に視線を這わせた。 「あった。これだよ、これ……」 壁際に窪みを発見し、ダイゴはそこへ向かって歩いていった。 もちろん、メタグロスも一緒である。 屈んで、視線を窪みの高さと合わせる。 窪みの奥に赤々とした輝きが見て取れる。 アカツキが先ほどルビーか何かかと疑問符を浮かべて見つめていた窪みである。 「何度も見てきたつもりだけど、見落としていたのかな。 まあ、見つかってよかった」 輝ける鉱石に手を触れなくても、それが何であるか、ダイゴには分かった。 元はと言えば、それを手に入れるために彼はこの洞窟に何日も入り浸っていたのだ。 ダイゴは壁から離れると、メタグロスに指示を下した。 「メタグロス、メタルクロー。洞窟が崩れない程度に加減しておくれ」 「ごごーっ」 メタグロスは金属を擦り合わせるような鳴き声を発すると、四本ある脚の一本を振り上げた。 丸太ほどとは言わないが、重量感のある脚は相対する者に相当なプレッシャーを与えるだろう。 メタグロスは振り上げた脚を壁に叩きつけた。 がごんっ!! びりびりっ!! 脚が食い込み、そこを中心に四方にヒビが入った。 あまりの大音に、アリゲイツもジグザグマもビックリしてダイゴたちの方に振り向いた。 アカツキの容態は気がかりだが、それ以上にダイゴがやろうとしていることの方に興味をそそられてしまったのである。 メタグロスはアリゲイツとジグザグマの視線をまるで気にしていないようで、連続で脚を壁に食い込ませた。 その度にヒビが広がっていく。 そして、三度目のメタルクローが壁を直撃し、ヒビの刻まれた壁が音を立てて崩落した。 がらがらと小さくなった壁の破片が地面に落ちて、砂埃を立てる。 破片のいくつかが直撃しても、メタグロスは気にしていなかった。 鋼タイプの持ち主だけあり、壁がちょっと崩れたくらいでダメージを受けるような身体ではないのだ。 崩れ落ちた破片が積み木のように散乱する中、ダイゴはこれ以上の崩落の危険性がないと判断し、 「メタグロス、ありがとう。戻っていいよ」 労いの言葉をかけて、メタグロスをモンスターボールに戻した。 それから、散乱した壁の破片をどかしながら、赤い輝きを放っていたモノを探し出す。 メタグロスがちゃんと加減してくれていたから、破片の数はそれほど多くなく、すぐに目的のモノをすぐに見つけ出すことができた。 「おっ、これこれ……やっと見つけたぞ、炎の石」 赤い輝きを放つ石を手に取って、ダイゴは満面の笑みを浮かべた。 この笑みを誰かが見ていたなら、こう評すに違いない。 屈託のない、純粋な子供のような笑みだと。 ダイゴの手の平と同じくらいの大きさの赤い石は、炎ポケモンの進化を促す力を秘めている。ロコンやイーブイなどを進化させるのだ。 ダイゴの手持ちに進化待ちのポケモンはいないが、珍しい石を集めるのが趣味という彼には、ただ持っているだけで価値があるのだ。 炎の石のほかにも、水の石、雷の石など、それぞれのタイプに合ったポケモンの進化を促す石が存在する。 ダイゴとしてはそのすべての種類をコンプリートしたい…… それが彼のささやかな夢だったりする。 「あとふたつ……太陽の石と、月の石なんだけど、そのふたつはやたら手に入れるのが大変なんだよなぁ……」 発掘した炎の石の表面をスーツの袖で軽く磨くと、懐に収めた。 「とりあえず、ここに来た目的も達成されたわけだし……次は、と」 気を失ったままのアカツキの傍まで歩いていくと、彼を背負った。 気を失ったアカツキはひどく従順だった。素直にダイゴに背負われる。 「ポケモンセンターに戻ろう。そこまでは僕が運んでいくよ。 さ、君たちもついておいで」 「ぐぐーっ!!」 「ゲイツ!!」 ダイゴの優しい声音に安心したのか、アリゲイツとジグザグマは彼の後について歩き出した。 ダイゴは光あふれる空間から闇に満ちた洞窟に足を踏み入れたが、どこに何があるのか心得ているようで、立ち止まることなく進んでいった。 「ゲイツ……」 アリゲイツはそんなダイゴのことを素直にすごいと思った。 自分がもっと大きくて力持ちなら、アカツキのことを彼に任せることもないだろう。 進化してそうなる、ということは考えたことがなかったが、どこか悔しかった。 でも、ダイゴがとてつもない存在かもしれないと思うのは、ジグザグマも同じだった。 「ぐぐーっ……」 彼のポケモンの強さは、自分たちが数百と束になってかかっても、それすらまとめて撃破してしまうのだろう。 そう思えて仕方がない。 そんなポケモンたちの想いなど知らぬ存ぜぬと言わんばかりに、ダイゴは振り返ることさえしなかった。 闇の中で振り返っても、方向感覚が狂うだけ。 歩き出して三十分と経たないうちに、ダイゴたちは石の洞窟を後にした。 太陽の光が燦々と降り注ぐ砂浜に出ると、ダイゴは笑顔で空を仰いだ。 「やっぱりホンモノの空の下の方が気持ちがいいね。君たちも、そう思うだろう?」 微笑みかけると、アリゲイツもジグザグマも大きく返事した。 「ふふふ……」 ダイゴには不思議な魅力があった。 先ほど出会ったばかりの、しかもトレーナーのついているポケモンがすっかり心を許したのだ。 ジグザグマならともかく、アリゲイツはそう簡単に騙されるほど馬鹿ではない。 「そういえば、君のことをあまり詳しく聞いていなかったな……」 ダイゴは胸中でポツリとつぶやいた。 背中で眠っている男の子のことを、自分はまったくといっていいほど知らない。 アヤカとの接点があって知り合ったようなものだ。昨日までは存在さえ知らなかった男の子。 「アヤカは人を見る目に長けているからな……」 波が砂浜に寄せては返す心地良い音を耳に挟みながら、ムロタウンへと戻る。 その間中、ダイゴはアヤカのことを考えていた。それと、彼女を通じて知り合ったアカツキのことも。 アヤカと彼女の妹であるツツジと知り合ったのは、ダイゴの父――ツワブキが彼女らの父親の親友だったからだ。 広い世の中、どこにでも転がっているような出会い方だったが、出会ってからもそれなりに仲はよかったように思える。 ポケモントレーナーという共通項も手伝ってか、すぐに打ち解けることができた。 夕陽に染まった茜空を背景に、お互いの夢を語り合ったことさえあるのだ。 ツツジよりも、アヤカの方がダイゴとは親しいだろう。 ツツジはポケモントレーナーズスクールの生徒だったこともあって多忙だった。 「もう、しばらく会っていないからな…… しかし、こんな形で再会することになるとはね。僕にも予想できなかったよ」 アヤカはポケモンセンターで熱を出して寝込んでいる。 それを知らせるのと、ツワブキからの手紙を届けるという目的でアカツキは石の洞窟を訪れ、そこでダイゴと出会った。 世の中、何があっても不思議ではないということか。 ふっと息を吐き、ダイゴは立ち止まった。 ムロタウンまではまだ少しかかる。 立ち止まったのは、アカツキの息が首筋にかかったからだ。それも、少し大きな息。 「お目覚めかな、アカツキ君?」 「あ……え……ええっ!?」 目を覚まし、アカツキは寝ぼけた声を上げたが、すぐに自分の置かれた状況を察し、寝ぼけ眼を一層大きく見開いた。 「だ、ダイゴさん!? どうしてぼくが……」 「まあ、慌てないでくれ。今降ろすからね」 ダイゴが屈みこむと、アカツキは慌てて彼の背中から降りた。 「ゲイツっ!!」 「ぐぐーっ!!」 背中から降りると、一目散に駆け寄ってきたポケモンたちの頭を撫でた。 「心配してくれてたんだね、ありがとう」 ニコッと微笑みながら、優しい言葉をかけた。 それから、どうしてダイゴに背負われていたのか、その経緯を思い出した。 「えっと、確か…… アオギリとかいう髭もじゃの男にパンチ食らわされて気絶したんだっけ。 ……むちゃくちゃ哀しいけど」 辺りを見回す。 見覚えのある景色。ムロタウンと石の洞窟を結んでいる海岸線の道。 とはいえ、道とは名ばかりで、延々と砂浜が続いているだけ。 どれくらいの時間が経ったのかは、太陽の傾きからすぐに知れた。 ポケモンセンターを出てから、何時間も経ってはいない。 「とりあえず、説明しておくよ」 ダイゴはホッとした表情で思案顔のアカツキに目をやると、 「アオギリと彼の仲間たちは僕の説得に応じておとなしく退いてくれたんだ。 向こうとしても、僕としても……あまりケンカはしたくなかったんでね。 利害の一致で事態は丸く収まったよ」 「そうなんですか……」 アカツキは理解した様子だった。 ダイゴとしては少々ぼかして話したのだが、これだけで理解してくれているのなら、それに越したことはない。 余計な心配をかけても仕方がない。 「彼らの目的など話しても、君には理解してもらえないだろうから……」 今時そのような話、子供でも信じたりしないだろう。 子供の絵空事よりも陳腐な彼らの理想。目的。最終到達点。 それでも、彼らは本気で信じているのだ。滑稽でしかないのに。 「でもダイゴさん、どうしてあんな人たちがあそこにいたんですか?」 首を傾げて問うアカツキに、ダイゴは言葉を返した。 半分は本当のことだが、残った半分についてはウソをつくつもりはなかった。 「僕と同じでね、これを探しに来たんだろう」 懐から赤い輝きを放つ炎の石を取り出すと、アカツキは「あっ」と声を上げた。 洞窟の、光差し込む広間で見た、壁の窪みの奥にあった輝きと同じものだ。 それが、ダイゴの手の中にある。 「見覚えがあるみたいだね。 これは炎の石っていうんだ。 炎タイプの一部のポケモンが進化するのに必要となる石なんだよ」 「そうなんですか……」 見覚えはあっても、知らなかった。 炎タイプのポケモンが進化するのに必要な石…… ポケモンが進化するために石の力を借りるということは聞いたことがあるのだが、炎タイプというところで、ワカシャモに行き当たった。 「ぼくのワカシャモには必要なのかな……って、ワカシャモは!?」 今頃になってワカシャモの姿が見当たらないことに気づいて、アカツキは忙しなく周囲を見渡した。 だが、その姿が目に見えるところにあるはずがない。 「ああ、ワカシャモはモンスターボールに戻しておいた。 あのままにするのはトレーナーとしての流儀に反するからね」 「あ、ありがとうございます、ダイゴさん」 アカツキは礼を言った。 ワカシャモをボールに戻しておいたこと。 それと、自分を背負って洞窟を出てきてくれたことに対して。 「いや、礼を言われるほどのことじゃないよ。 ところで、君のワカシャモだけど、炎の石を必要としない進化の仕方だよ。 もう少し成長すれば、バシャーモに進化できるかもしれないね。 もちろん、それは君たちの努力次第だけど」 「え、本当ですか!?」 思いがけないことを言われ、アカツキは素っ頓狂な声を上げた。 炎の石を必要としない進化の仕方…… というのが心に引っ掛かったが、もう少し成長すればバシャーモに進化できるかもしれないと言われたことがうれしかった。 尊敬している兄ハヅキにとって最大のパートナーであるバシャーモ。 その姿を直接目の当たりにしたアカツキが抱いたのは、大きくて温かくて頼もしいといった、期待の感情だった。 そのバシャーモに、もう少ししたらワカシャモが進化できるかもしれないのだ。 うれしくないわけがない。 ただ、ワカシャモが進化したがらないのなら、無理にそこまでさせる必要はない。 それくらいは、トレーナーとして最低限度の知識であり、意識(モラル)だ。 いつか機会があったら訊いてみようか……そんなことを思っていると、ダイゴがアカツキの肩に手を置いて、言葉をかけてきた。 「さあ、行こうか。アヤカが僕を待っててくれてるらしいから」 「はい!!」 ダイゴの傍について歩き始めて、アカツキは彼のぬくもりを感じた。 言葉では言い表せないような、すべてを暖かく包み込んでいてくれる抱擁感。 何気ない彼の表情、仕草。そこから伝わってくる大きな人間性。 社長の息子というだけあって(?)、人柄も普通の人間とは比べ物にならないほど良い。 「ダイゴさん……すっごくいい人だな……」 アカツキは助けてくれたことも含めて、すっかりダイゴのことを信用しきっていた。 「ところでダイゴさん」 「うん?」 「さっき、炎の石を必要としない進化の仕方って言いましたよね」 疑問を投げかけられ、ダイゴは嫌がることなく、ちゃんと答えてくれた。 「ああ。進化の仕方はいくつかあるんだよ。パターン分けできるって意味でね」 「ぼく、あまり知らないんです。よかったら教えてくれませんか?」 「いいよ」 快い返事。 アカツキがダイゴのことを信用しきってしまうのも無理はなかった。 人当たりの良さは、意識してできることではないからだ。 「君の手持ちポケモンはぜんぶ、レベルアップによって進化するタイプだよ」 「レベルアップ……?」 「そう、バトルとかで経験を積ませると進化する。 そのほかにも、さっき言った『石』で進化するポケモンもいるんだ。 炎の石なんて進化に必要な石のひとつに過ぎないんだけど、他に『水の石』『雷の石』『太陽の石』『月の石』があるんだよ。 なんでも、他の地方じゃ『光の石』とか『闇の石』ってモノで進化するポケモンもいるとか」 「へえ……」 進化にもいろいろあるんだなぁ…… アカツキは興味津々と言った様子でダイゴの話に聞き入っていた。 勉強になるって分かるから、なおさらだった。 「トレーナーとの信頼関係が完全なモノになった時に進化するポケモンもいる。 後はコンディションとか……ヒンバスってポケモンは知ってるかい?」 「ヒンバス……っていうと、ちょっとカッコ悪い?」 「そう」 アカツキは躊躇いがちに答えた。 というのも、ダイゴの言うヒンバスというポケモンが、お世辞にも、誰もが欲しがるようなポケモンではないからだった。 さかなポケモン・ヒンバス。 ポケモン雑誌とかを読んで、おおよそのことは知っている。 いつかユウキに「どんなポケモンなの?」と訊ねたことがあったが、彼は口の端に笑みを浮かべながらこう言った。 「あんまパッとしないポケモンだけど、捨てたモンじゃねえんだよ」 どういう意味か、分からなかったが、少なくとも何かしらの意味があるのは間違いない。 もしかしたら、ダイゴはその答えを握っているのかもしれない。 そう思うと、話を聞き入るのにも自然に熱が入る。 「ヒンバスは誰からも相手にされないポケモンだ。 それでも大切に育ててコンディションを良くしておくとね、ちゃんと進化してくれるんだよ。 ミロカロス……いつくしみポケモンって言ってね。 すごく美しいポケモンになるんだよ」 「そうなんだ……すごいなぁ……」 道理でユウキが捨てたモンじゃないと言ったわけだと、アカツキは妙に素直に納得していた。 ポケモンはたくさんの種類が存在し、複数の進化形態を持っている。 それだけのことなのに、こんなに心が弾む……たくさんのポケモンを見つけて、もっともっといろんなことを知りたい。 アカツキはいつしかそう思えるようになっていた。 「そういえば、ダイゴさんはどんなポケモンを持ってるんですか?」 「僕のポケモンかい?」 アカツキは頷いた。 ダイゴは笑みを崩すことなく、腰のモンスターボールに手を触れた。 左右に三つずつで、合計六つ。手持ち制限ギリギリだ。 その中には、自分にとってかけがえのないパートナーが入っている。 同じ時を刻んでいるのである。 「僕は鋼タイプのポケモンが大好きでね」 「鋼タイプ……」 「そう。鋼タイプさ」 トレーナーズスクールで習ったところによると、鋼タイプといえば、防御力に優れたポケモンが多いタイプだ。 また、攻撃面では、岩や氷といった硬いタイプに対して効果抜群。 ダイゴはそんな鋼タイプのポケモンが大好きという。 そりゃ誰だって好みのポケモンというのはあるものだし、それがタイプで凝り固まっていても、何ら不思議ではない。 もっとも―― 「ぼくはどんなポケモンでも大好きだけど」 アカツキにとってポケモンはポケモンであり、それゆえに分け隔てはしない。 どんなにカッコ悪いポケモンだって、コイキングのように跳ねることしか芸のないポケモンであっても、素直に好きになれる。 それがアカツキという男の子の、ポケモントレーナーとして誰よりも優れている部分だった。 「手持ちぜんぶが鋼タイプってわけじゃないけど…… そうだね、今はまだ二体だけかな。 他のタイプも揃えておかないと、オールラウンドに対応できないから」 「そうですね」 一タイプで凝り固まっていれば、苦手なタイプのポケモンが出てきた時に圧倒的に不利になる。 それを避けるために、複数のタイプでそれぞれの弱点を補い合えるようにチームを組む。 ダイゴもまた、鋼タイプの弱点を補えるタイプのポケモンを持っている。 とはいえ、控えめな言い方というのは否めないだろう。 彼はツツジやアヤカよりも強いトレーナーなのだ。 相性の不利があったとしても、実力で何ら問題なく乗り越えられるのだが…… メタグロスという、最強クラスのポケモンを持っているところからして、それは間違いない。 だが、メタグロスを直接見ていないアカツキには分かるはずもなかった。 「君のポケモンは外に出ている二体とワカシャモの、合計三体なのかい?」 「はい。ゲットしたいとは思うんですけど……」 「ゲットできないとか?」 「いえ、あんまり機会がないらしくて」 「それはいけないね。 機会は待つものじゃなく、自分で手に入れるものだよ。 ポケモントレーナーとして大切なことのひとつだ。覚えておくといい」 「はい」 照れているのか、アカツキは頬を紅潮させ、後ろ頭をポリポリと掻いた。 確かに機会というのは訪れるのを待つだけでは、訪れる前に去ってしまうのだろう。 今までだって、ポケモンをゲットしようと思えばゲットできたはずだ。 できなかったのではなく、してこなかったのだ。 人からそんなことを教えられるなんて……アカツキは恥ずかしさでいっぱいだった。 できるなら穴を掘って隠れたい……そんな気持ちさえ抱いているほどだ。 「でも、君はまだまだこれからさ。 たくさんのポケモンと出会って、ゲットしたければゲットすればいいんだよ」 「はい。でも、ダイゴさんはおいくつなんですか?」 「は? 僕の年齢?」 「そうですけど……」 どういったら年齢に話が飛ぶのか……ダイゴは分からず、呆気に取られた顔をアカツキに見せた。 そういった表情をしていると自分で気づいて、コホンと咳払いひとつ。 気分を変えたところで笑みを浮かべ直す。 「いくらなんでも飛躍しすぎ……」 そんなことを思ったものの、聞かれたからには答えなければならないだろう。 年齢など、別に告げたところで不利になるとは思えない。 「二十七だよ。君よりもずいぶんと年上になるけど」 「そうですね……ぼく、まだ十一になったばかりですから」 「それじゃあ、トレーナーになりたてってことだね」 「まだ十日くらいです」 「ふーん……はじめは誰でもそんなものさ。僕もそうだった」 ダイゴはアカツキに、昔の自分を重ね合わせていた。 好奇心旺盛で、見るもの聞くもの何でも興味を抱いている……もう戻らない時間。 思い出すだけ甘く切ない気持ちに陥るだけだと知りながら、それを止められない自分がいる。 「滑稽だね……感傷に浸るわけでもあるまいし」 胸中で笑う。 取り戻せないものに向かって必死に手を伸ばす様は、滑稽といえば滑稽だ。 だが、思い出して甘く切ない気持ちに陥るような過去があるからこそ、今の自分がある。 だから、 「大切にはしたいけどね」 思い出とは生きてきた証である。 そのことがあった、という証。脳に刻み込まれた見えざる履歴書。 それを大切にしないというのは、今までのことを否定するのと同じだ……ダイゴはそう思っている。 「君は最初のパートナーにアチャモを選んだようだね」 「はい。ダイゴさんは?」 「僕はキモリだったよ。今じゃ最終進化形までなっちゃったけど……持ちきれないから、親父に預けてあるよ」 「そうなんですか……」 キモリの最終進化形はジュカイン。 みつりん(密林)ポケモンと呼ばれ、深い森で戦えば無敵と言われている、森林の王者だ。 「ユウキもキモリだったよな……進化したのかな?」 後々バトルすることになれば、その時に分かるかもしれない。 後で分かるものを今無理に求めたりはしない。 アカツキは意外と我慢強い男の子だった。 「もうそろそろムロタウンに着く頃だな……」 前方に目を向けると、言葉通り、ムロタウンの閑静な街並みが道の先に広がっていた。 「ポケモンセンターに着くまでに、アヤカのことでも聞いておこうかな。 近況とか……その他にもいろいろとね」 「いいですよ」 アカツキは快諾した。 「寝込んでいるアヤカに話させるわけにもいかないからね…… まあ、君なら彼女のこといろいろと見てるだろうし」 「え、そんなでもないですよ。ぼくはアヤカさんにすっごくお世話になっちゃって…… そんなことくらいしか」 「いや、それでいいんだ。そういった方が僕も好きだからね」 ダイゴは微笑んだ。 アヤカの近況であれば、どんなことでもいい。 とはいえ、少々戸惑い気味の男の子から聞きだせるのは、少なからず上向いた話に違いないが。 「ぼくとアヤカさんが出会ったのは、トウカの森なんです」 「うん?」 ポツリポツリと話し始めたアカツキに視線を向け、聞き耳を立てるダイゴ。 どんな話をされても、楽しんで聞けそうな気がする。 彼の期待を裏切るような男の子ではあるまい。 「キノココをゲットするのを手伝って欲しいって頼まれて。 その、アヤカさん、虫とか草タイプのポケモンが苦手だって言って……」 「そうだね……彼女は昔からそうだったよ。 女の子はああいうの嫌いなんだなって、彼女を見て思ったんだ」 「そうかもしれないですね」 ダイゴの微笑みにつられて、アカツキも笑みを浮かべた。 どういうわけか、ダイゴと話していると、こちらまで楽しい気分になる。 これも彼の人柄だろうとアカツキは思った。 これもきっと、ひとつの『強さ』なのだろうと確信した。 第24話へと続く……