第25話 初対決、アカツキVSユウキ -Cause he is my RIVAL!!- 「さ、いっちょやるか!!」 「うん!!」 ユウキの言葉に、アカツキは大きく頷いた。 共に手にしているのは、それぞれのパートナー……大切な仲間が入ったモンスターボール。 そう、彼らはポケモンバトルを始めようとしているのだ。 ユウキに連れられアカツキがやってきたのは、ムロタウンから少しばかり離れた浜辺だった。 ポケモンセンターから歩いてくることおよそ三十分。 周囲は見渡す限りの砂浜で、ポケモンが存分に暴れても問題ない。 被害を及ぼそうにも、賠償対象となるモノ(人家や建造物など)がないから。 アカツキとユウキは、十五メートルほどの距離を開けて対峙していた。 アカツキは真剣極まった表情を浮かべていたが一方のユウキは目を細め、余裕でもあるのか、口元に笑みなど浮かべていた。 互いに、対峙した相手をじっと見つめている。 耳に入るのは潮騒の音。 子守唄のように心地よい音も、ふたりを眠りに誘うものにはなり得なかった。 なにしろ、これからバトルするのに緊張感が漂い、睡魔が入り込む余地などなかったからだ。 「へえ、いい表情するようになったじゃねーか」 ユウキはユウキで、バトルするのが楽しみで仕方なかった。 アカツキとは違った『楽しみ』をこれから満喫するのだ。 十数日ぶりに再会した親友がどれほど強くなったのか。 それを確かめるのにいい機会だ。 バトルという形で、どれほどの成長を遂げたか、見せてもらいたい。 ユウキはトレーナーを志しているわけではないが、いずれ研究者になるのに、ポケモンのことを知らなければ話にならない。 ポケモンのことを知るという意味で、トレーナーをやっているに過ぎない。 だから、アカツキとは基本的にトレーナーに対する考え方が違う。 アカツキの腰のモンスターボールを見やり、口を開く。 「おまえの手持ちポケモンは三体だな」 「うん」 「なら、三対三のシングルバトルでいくぜ。 形式は勝ち抜きで、オレかおまえのポケモンがすべて戦闘不能になったら勝敗がつく。 それでいいだろ?」 「もちろん!!」 ユウキが提示したルールに、アカツキは頷いた。 別にどのようなルールでも構わなかった。 三体しかいないのに四体とか、そういった非常識なルールは別としても、普通にこなせるルールだったから、何も問題はない。 「んじゃ、オレから行くぜ」 ユウキは軽くモンスターボールを上に放り投げ、 「出て来い、オオスバメ!!」 受け取ると、今度は思い切り放り投げる!! ボールが最高点に達した時、口が開いてポケモンが飛び出してきた!! 「すばーっ!!」 ユウキのポケモンは、飛び出してくると羽ばたきながら甲高い鳴き声を上げた。 「オオスバメ……? 初めて見るポケモンだ……」 アカツキはすかさずポケモン図鑑を取り出し、蓋を開いてセンサーをオオスバメに向けた。 液晶にその姿が映し出され、説明が流れた。 「オオスバメ。ツバメポケモン。スバメの進化形。 遥か上空を、円を描くように飛び回り、獲物を見つけると急降下。 足の爪でがっしりつかんで逃さない空のハンターだが、艶のある羽の手入れは決して怠らない。 オオスバメが二体以上集まると、必ずお互いの羽をキレイに手入れするという几帳面な部分もある」 「へえ……」 図鑑のポケモンと、目の前にいるポケモンを見比べる。 艶やかな藍色の身体に、鋭く尖ったくちばしは鮮やかな黄色を呈している。 図鑑の説明通り、几帳面なことを現すように、毛並みは色艶共に整っていて、陽光を照り受けた身体は美しくさえ見えるほどだ。 背の高さはユウキの腰と同じくらいだが、アカツキに向けられている目つきが、身体の大きさよりもさらに大きく自分を見せている。 鋭い眼光とはこういうことを言うのだろう。 「ユウキ、鳥ポケモンなんて持ってたんだ……」 驚く反面、さすがはユウキだな、と思う気持ちがアカツキにはあった。 ユウキならどんなポケモンでもゲットできると思っているからだ。 なにせ博士の息子だけに、ポケモンに関する知識量は並の大人よりも断然上である。 ポケモンの習性なども知っていて、それを利用してゲットすることなど造作もないはずだ。 手ごわい相手でも、知的な作戦でその難易度(ハードル)を限りなく下げるに違いない。 つまり―― 「今までの誰よりも手ごわいってことかな……」 アカツキはそう感じていた。 実力だけで言えば、ユウキよりもアヤカの方が上だろうが、アヤカはアカツキやユウキとはそもそも次元が違うトレーナーだ。 元から勝てそうにないのだから、手ごわいという言葉で表すことはできない。 ユウキとは、トレーナーとしてのキャリアはそれほど差がないから、実力がかけ離れているということもないだろう。 だからこそ、手ごわいと言い表すことができるのだ。 「さ、アカツキ。おまえのポケモン、見せてみな」 「ぼくは……」 アカツキは手にしたモンスターボールの中にいるパートナーを信じ、そのまま投げ放った!! 「行くよ!!」 モンスターボールは着弾寸前に口を開き、アカツキのパートナーを浜辺に放出した。 「ゲイツ!!」 出てきたのはアリゲイツ。 出てくるなり、ボディビルダーのように鍛え上げた身体を見せ付けるポーズを取った。 「ふふ……」 ユウキはアリゲイツを見つめ、笑みを深めた。 結局のところ、アカツキもアリゲイツも本質は変わっていないということが分かったのだ。 とりあえずは一安心……といったところか。 「アリゲイツ、久しぶりだな。元気してたか?」 バトルの前にひとまずあいさつ。 「ゲイツ!!」 ユウキのあいさつに、アリゲイツは大きく頷いた。 「さあて、始めるぜ!!」 「オッケー!!」 何はともあれ、親友同士の初バトルが幕を開けた。 「オオスバメ、飛び上がれ!!」 ユウキの表情が一瞬で真剣なものに変わった。 笑みはどこか暗いところに潜め、引き締まった表情からは、バトルに対する並々ならぬ意気込みが感じられた。 「すばーっ!!」 オオスバメはさらに翼を広げ、高く飛び上がった!! 簡単には攻撃されない高さまで。 「――なにせ、アリゲイツには水鉄砲があるからな。距離は空けておくに限るぜ」 ユウキは胸中でポツリとつぶやいた。 アリゲイツは水タイプのポケモン。 接近戦では引っ掻く攻撃や切り裂く攻撃、噛みつくなどの強力な技を扱える。 さらに、遠距離も水鉄砲で攻撃できる。 遠近優れたポケモンではあるが、オーダイルへの進化を控えているだけに、実力的には粗削りな部分が拭いきれない。 「――突くならそこか。ソフトに……な」 ユウキは作戦を瞬時に組み上げた。博士の息子としての頭脳がフルに回転していた。 「アリゲイツ、水鉄砲!!」 アカツキはオオスバメを指差して叫んだ。 飛んでいる相手に近づくなど不可能だ。 それなら、水鉄砲で攻撃するより他はない。 アリゲイツはオオスバメに照準を絞り、口を大きく開いて水鉄砲を発射した!! 「うん? 思ってたよりも強えかもな……」 ユウキはオオスバメに向かって突き進んでいく水鉄砲を見つめ、眉をひそめた。 威力、スピード……どちらを取っても申し分ない。 ミシロタウンで暮らしていた頃とは威力が違う。 「十日足らずでここまで水鉄砲を強化するとはな、どんなバトルを経験してきたのか…… カナズミジムを攻略するのに、水タイプは必須だから……ってとこか?」 ユウキはひとつだけ、勘違いをしていた。 アカツキがカナズミジムでツツジに勝てたのは、実のところワカシャモのおかげなのだ。 ワカシャモの格闘タイプを最大限に生かした戦いで、勝利を収めた。 水タイプも岩タイプに対して効果抜群だから、ユウキがワカシャモをアリゲイツと勘違いしても、それはそれで仕方がなかった。 ちなみに、ユウキはワカシャモを一度も見ていない。 「オオスバメ、影分身!!」 ユウキの指示に、オオスバメの姿がふたつ、四つと瞬く間に増えていった。 「ええっ!? 何、それ!?」 アカツキは思い切り悲鳴を上げた。 相手がユウキだから、感情を隠さないのかもしれない。 隠す必要がないほど、ユウキはアカツキのことをよく知っている。 隠し立てすればするほど、内面を見抜かれているような気がしてならなかったのだ。 影分身……ポケモンの姿を増やす技で、分身によって相手を惑わせ、回避率を上げるという効果を持つ。 回避率を上げるというより、攻撃の命中率を下げる。 もっとも、相手の攻撃を当たりづらくするのだから、同じことではある。 わずか数秒の間に、オオスバメの姿は二十を上回るほどに数を増していた。 上空からアリゲイツを見下ろすオオスバメの群れ。 ばしゅっ!! その群れの一体を水鉄砲が直撃するが、何もなかったかのように通り抜けると、水鉄砲を受けたオオスバメの姿が掻き消えた。 「当たってない!?」 アカツキが驚愕に目を大きく見開いていると、ユウキの反撃が始まった。 影分身は何もパフォーマンスのために使わせたものではないのだ。 「オオスバメ、つばめ返しで決めてやれ!!」 『すばーっ!!』 オオスバメの群れが、ギラギラとくちばしを光らせながら、一斉にアリゲイツ目がけて降下する!! 「アリゲイツ、水鉄砲撃ちまくって!!」 今のアカツキにできるのは、せいぜいがそれくらいだった。 「ホンモノはひとつだけ……きっとそのはず……」 いくらアカツキでもそれくらいは分かった。 分裂でもしない限り、その数を増やすことはできない。 今アリゲイツ目がけて降下しているオオスバメの群れは……恐らくは一体を除いたすべてがニセモノ。 つまり、いくらニセモノに攻撃をヒットさせても、ホンモノにダメージを与えることはできない。 ニセモノを減らせば減らすほど、相対的に命中率は上がっていくが、その分時間を費やすことになる。 その時間が、このバトルでは致命的なまでの隙を生み出す。 「なんて速いポケモンなんだ……!!」 アカツキは唇を噛みしめた。 アリゲイツの水鉄砲がオオスバメを一体直撃するが、それはニセモノだった。 二体減ったからといって、オオスバメはまだ二十体近くいるのだ。 命中率はお世辞にも高いとは言えない。 オオスバメはスピードが身上と言っても差し支えないほど、身軽なポケモンだ。 鳥ポケモンだけあり、スピードは全ポケモンの中でもトップクラス。 アリゲイツが二発目の水鉄砲を発射するよりも早く、オオスバメの群れが攻撃を繰り出してきた!! ばすばすばすばすっ!! 目にも留まらぬ連続攻撃が、アリゲイツを打ち据える!! 「アリゲイツ!!」 無数のオオスバメがアリゲイツを翻弄する!! 「どうすればいいんだ……」 アカツキには有効策が打ち出せなかった。 ただ、ホンモノはただ一体のみ。他はすべてニセモノ。 つまるところ―― 「当たっているのは、ホンモノのオオスバメが繰り出した攻撃だけ……じゃあ……」 ほんの少しだけ分かってきた。 ユウキの作戦……あと、トリック。 ユウキは恐らく、スピードを最大限に活かした攻撃を連続で仕掛けてくるのだろう。 圧倒的なスピードで繰り出された連続攻撃で、相手に反撃のヒマさえ与えずに一気に勝利を収めてしまう…… 超攻撃的な布陣と言えるだろう。 攻撃は最大の防御と言うが、実にその通りだ。 反撃さえさせなければ倒されることはないし、何より防御に手数を回す必要がない。 「ゲイツ……」 連続攻撃を受け、アリゲイツにも疲れが見え出した。 オオスバメが繰り出しているのはつばめ返し。 スピードで相手を翻弄する技で、ただでさえ素早さに優れているオオスバメがこの技を使うと、凶悪と言わざるを得ない。 威力こそそれほど高くないものの、塵も積もれば何とやらという言葉通り、少しのダメージが積もりに積もって倍加していく。 奥歯を噛みしめて戦況を見守るアカツキを見て、ユウキが声をかけた。 「どうしたアカツキ。手も足も出ないか?」 「そんなことないもん!!」 「なら、オオスバメを倒してみせな」 アカツキは怒声で言葉を返しながら、ギュッと拳を握りしめた。 ユウキは自分のことを馬鹿にしているわけではない。 やる気の炎をより熱く強く燃え上がらせるために、わざと油を注いでいるのだ。 「でも……どうすれば……」 打開策がどうにも見当たらない。 ばしばしと、アリゲイツにつばめ返しが次々とヒット。 疲れもいよいよ色濃くなってきた。 オオスバメの最大の武器は、自身が持つスピードだ。 要するに、そこさえ潰すことができたなら……勝機を見出すことができるかもしれない。 だが、それが何よりも難しい。 攻撃を加えては離れるヒット・アンド・アウェイ戦法。 それが高速で繰り返されているのだから、手を出す暇があるかどうか。 分の悪い賭けであるのは否めない。 アカツキは居たたまれない気持ちになりながら、アリゲイツを見つめていた。 積もりに積もったダメージが、足元を心許なくさせている。 影のように忙しく動き回るオオスバメの群れ。 アカツキは小刻みに震えているアリゲイツの足元を見つめた。 指で軽く突いただけで、足腰が折れてしまいそうなほどに頼りない。 「あれ……?」 と、ふと違和感が過ぎる。 一瞬ごとにアリゲイツにダメージが累積していく。 オオスバメも連続攻撃で疲れが見え始めたものの、そのスピードはほとんど衰えていなかった。 スピードと共に、連続攻撃にもついていけるよう、体力増強の育て方をしていたらしい。 「もしかしたら……」 脳裏にひらめく何かがあった。 その正体はよく分からないし、違和感を確かめている暇はない。 アリゲイツが受けたダメージを考えると、一瞬さえ惜しく思える。 「よし……行くよ、アカツキ」 アカツキは胸に手を当て、胸中でつぶやいた。 どのみち、これに賭けるしかないのだし、賭けに対する決意を完璧なものにしたい。 そう思って、自分自身に言い聞かせた。 「アリゲイツ!!」 「うん?」 アカツキが声を上げ、ユウキは眉を動かした。 「何か思いついたような顔だな。まあ、どんなものか、楽しみに待ってるけどよ」 どのような手段を講じようと、それを瞬殺するだけの策が頭の中にはある。 「ホンモノのオオスバメは一体だけだ!! アリゲイツ、オオスバメの影を追って水鉄砲!! キミにならできるよ!!」 きっ!! アカツキの声に鼓舞されたように、アリゲイツは目を大きく見開いた。 トレーナーの――家族の信じる気持ちがびんびん伝わってくる。 信頼に応えねば!! アリゲイツはその一心で、口を開いた。 「影を追う、か。追えるだけのスピードがあれば……の話だけどな」 ユウキはしかし、至極冷静だった。 余裕を振りまいているわけではない。 ここで慌てたところでアカツキが調子に乗って攻めてくるわけでもないし……何より、慌てたくはない。 「オレはいつか親父や母さんのような博士になるんだ。 これくらいのことで慌ててたまるか」 ……と、胸中で一言つぶやけば、動揺などすぐにでもかき消せる。 チラリと足元に視線を落とすアリゲイツ。 一瞬ごとに攻撃を加えてくるオオスバメ。 仮に影から本体の位置を察したとしても、次の瞬間には違う位置に移動している。 アカツキはオオスバメの本体を見抜く方法に気づいた。 それは、影を追うというものだった。 分身は分身ゆえに、光を透過し、影を地面に落とさない。 だから、影を落としたオオスバメがホンモノということになる。 しかし、それを追うのは口で言うほど簡単なものではない。 次々と移り変わる影の位置。 まともに追おうと思うと、逆にそちらに意識が向いて、相手の攻撃に対して無防備な姿をさらしかねない。 だが、アリゲイツは躊躇うことなく、先ほど見た影から本体の位置を割り当て、釈然と顔を上げた。 大きく息を吸い込んで―― ぶしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! 強烈な水鉄砲を発射する!! 軌道上にオオスバメの姿が現れては消えていく。 ホンモノか、ニセモノかも分からない。 水鉄砲が次々とオオスバメに直撃して―― 「すばーっ!!」 「うげ、マジ!?」 ユウキは顔を引きつらせ、悲鳴を上げた。 慌てたくないのに、慌ててしまった。 それは―― 「やった、当たった!!」 一方、アカツキはぱーっ、と表情を輝かせた。 そう、アリゲイツの水鉄砲は、見事ホンモノのオオスバメを射抜いたのだ!! 「ちっ、そういうことか……やられたな」 ユウキは舌打ちした。 スピードを最大限に活かした戦いで、反撃のヒマすら与えずに瞬殺するのがユウキの戦略(タクティクス)。 だが、それには致命的な弱点がひとつだけ存在する。 そのことに気づいたのだ。 親友との戦いでそれに気づけた。皮肉もここまで来ると滑稽に過ぎるのだが、気づかせてくれたのだから、滑稽と笑うことなどできない。 なにしろ、今までトレーナーと戦ったことがなく、野生のポケモンにスピード重視の戦いばかり挑んできたのだ。 野生のポケモンと、トレーナーのついたポケモンとの戦い方は違う。 「なるほど、そういうのもアリってことなんだな」 ユウキの戦略における弱点とは、そのスピードの『高さ』だったのだ。 素早く攻撃を畳み掛けることで、攻撃力の低さを手数でカバーできる。 攻撃面ではこれ以上ないほど有用な戦略ながらも、防御面ではそれが仇となったらしい。 あまりに速すぎるがゆえに、一瞬の反応の遅れが命取りになる。 速すぎるからこそ逆に避けられなかったのだ。 もっとも、アカツキは運良く攻撃がヒットしたと思っていただけなので、そこまで深い戦略が隠されていたとは知る由もない。 オオスバメは地面に落ちると、それっきり動かなくなった。 「やるじゃねえか。さすがに簡単には勝たせてもらえそうにないな」 ユウキは戦闘不能に陥ったオオスバメをモンスターボールに戻した。 しかし、彼の顔には笑みが浮かんでいた。 親友がここまで強くなったとは……胸に満ちてくるのは、これ以上ない喜びと充実感。 アリゲイツの水鉄砲一発で戦闘不能になったのは、その威力がすさまじいということもあるだろう。 それにい、オオスバメが高速で飛び回っていたためにスタミナを消費し尽くす寸前だったこともあるとユウキは判断した。 「ユウキ。オオスバメ、戦えないの?」 一発でノックアウトしたという自覚がないのか、アカツキは首を傾げた。 オオスバメがスタミナを消費し尽くす寸前だったことは分からなかったらしい。 攻撃の熾烈さを見れば、それが分からなかったとしても不思議ではない。 「ああ、必要以上に戦わせちゃ、トレーナー失格だかんな」 「うん、そうだね」 ユウキの言葉に、アカツキはあっさりと頷いたが、 「って、なに頷いてやがる」 「えへへ」 鋭い一言で突っ込まれ、アカツキは恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を泳がせた。 「ま、いいや。おまえがここまで強くなったってのがよく分かったからな。 んじゃ、次行くか」 モンスターボールを持ち替えるユウキ。 泳いでいたアカツキの視線が、モンスターボールに釘付けになった。 ユウキは次にどんなポケモンを出してくるのか。 使用可能なポケモンの数では一体こちらの方が多いが、数ほどの余裕はない。 何しろ、アリゲイツはかなりのダメージを受けている。 下手をすれば、次の攻撃を受ければそれだけで戦闘不能になりかねない。 それに―― 「ユウキなら、間違いなく草タイプか電気タイプのポケモンを出してくるはず…… 五体のポケモンから選べる分、ユウキの方が有利だよな」 アカツキは自分でも不思議に思うほど冷静に考えていた。 アリゲイツでユウキの二体目まで倒せるとは思っていない。無意味に慌てたところで自分を不利に貶めるだけ。 「アリゲイツは水タイプ。 なら、オレはこいつだ!! ライボルト、行ってこい!!」 ユウキが大きく振りかぶり、モンスターボールを投げ放つ!! 放物線を描いて落下するボールの口が半ばで開き、閃光と共にポケモンを出現させる!! 「ごごーんっ!!」 低いような高いような唸り声を上げたのは、もちろん、出現したポケモンだった。 「ライボルト……?」 見たことのないポケモンを目の前にして、アカツキは図鑑で調べることにした。 ユウキも、それくらいの時間は与えてくれるだろう。 図鑑のセンサーをライボルトに向ける。 センサーがその姿をキャッチして、液晶に一般的なライボルトの写真を映し出す。 「ライボルト。ほうでんポケモン。ラクライの進化形。 鬣からいつも放電しているため、火花で山火事を起こしてしまうことがある。 空気中の電気を鬣に集め、戦いの時には雷雲を作り出すことがあるらしい」 カリン女史の説明を聞き終えて、図鑑をポケットにしまう。 視線をライボルトに移し、観察開始。 背の高さはユウキの腰より少し高いくらい。 青い全身のところどころに黄色い毛が生えている。 静電気で逆立っているのか、全身の毛が針のように見える。 「電気タイプのポケモン……」 説明を聞けば、嫌でも分かってくる。 水タイプのアリゲイツでは、相性的に不利……それでも、負けが確定するわけではない。 「さぁ、攻撃してきな」 「遠慮なく……」 何を考えているのか、ユウキは先制を譲ってきた。 アカツキはギュッと拳を握りしめ、アリゲイツに指示を下した。 「アリゲイツ、水鉄砲!!」 指示に応え、アリゲイツが口を開いて水の奔流を吹き出した!! 先制攻撃をさせてくれるなら、その好意を受け取っておくべきだろう。 そもそも相性が不利なら、相手の攻撃を受ける前に、攻撃を畳みかけて倒すしかない。 「やっぱ水鉄砲で来たな……だけど、威力が強まったか。『激流』の特性だな」 ユウキは口の端に笑みを浮かべた。 接近する必要がなく、それでいて威力としてもまあまあな水鉄砲を繰り出してくることは、予想済みだ。 しかし、その威力が先ほどよりも幾分強くなったのは、ポケモンがそれぞれ持っている『特性』による部分が大きいだろう。 アリゲイツの『特性』は『激流』。 ピンチに陥った時に、水タイプの技の威力がアップする。 だが、それくらいはお見通しだ。 ユウキは淡々とライボルトに指示を下す。 「ライボルト、電光石火!!」 突き進んでくる水鉄砲を睨みながら、ライボルトは前傾姿勢を取って―― ひゅんっ!! 風の唸る音と共にアリゲイツ目がけて駆け出した!! 「うそっ、速いっ!!」 アカツキはライボルトのスピードに驚くばかり。 さっと横に飛びのくと、水鉄砲をあっさり避わし、アリゲイツ目がけて一直線に駆けてくるではないか。 「アリゲイツ、慌てないでもう一発水鉄砲!!」 驚きを隠すように、わざと声を大にして水鉄砲を指示。 アリゲイツがあんぐりと口を開いたところに―― 「スパーク!!」 ユウキの指示が届く!! びりびりっ!! ライボルトの身体の表面に、黄色い光が迸った。 「電気タイプの技!?」 気づいた次の瞬間―― ばしーんっ!! 黄色い光を身にまとったライボルトが、アリゲイツに体当たりを食らわした!! 強烈な体当たりにたまらず吹き飛び、地面に叩きつけられるアリゲイツ!! ライボルトからアリゲイツに、黄色い光が乗り移り、ぱしぱしと乾いた音を立てて弾け飛ぶ。 「アリゲイツ……」 アリゲイツは必死に立ち上がろうとしているものの、ダメージがあまりに大きすぎて、それさえままならない。 「まだ立ち上がろうとするとはな……さすがだけど、止めといた方がいいな。 これ以上いたぶる趣味はねえし」 なんて思ったことがアカツキに通じたのかは分からない。 アカツキはおもむろにモンスターボールを手に取ると、 「アリゲイツ、もう戻って」 了承を得ることもなく、捕獲光線を発射。 アリゲイツを捕らえた赤い光線は、モンスターボールに戻っていった。 「お疲れさま。ゆっくり休んでて」 小さく労いの言葉をかけ、アリゲイツが戻ったモンスターボールを腰に戻した。 アリゲイツを倒したライボルトは、ゆっくりと、余裕をみせつけるように、ユウキの傍まで戻っていった。 「スパーク……電気タイプの技かな。 いくら疲れてるっていっても、アリゲイツを一発で倒しちゃうんだもの。 強力だな……どうしよう」 アカツキは次にどちらを出すか、決めかねていた。 ワカシャモかジグザグマか。 どちらかしかないのだが、どちらにすればいいのやら。 ユウキは手持ちポケモンをスピードあふれるメンバーで固めているだろう。 オオスバメ、ライボルトと立て続けに、素早さに優れているポケモンを繰り出してきたところからして、間違いない。 スピードに特化したバトルこそ、ユウキの得意分野だ。 さて、アリゲイツをノックアウトしたライボルトの『スパーク』とは、どのような技か。 名前からも連想できる通り、電気タイプの技。 身体に強烈な電撃をまとって体当たりを食らわせる技だが、スピードのあるポケモンが使うと、これまた凶悪なことになる。 苦手なタイプの技を受け、アリゲイツは敢え無くノックアウト。 「これで振り出しに戻ったな。アカツキ、次のポケモンを見せてくれ」 「うん」 背中を押されるようにして、アカツキは次のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 「次は……ジグザグマ。君に決めたよ!!」 「ん? ジグザグマぁ?」 目を細めながら勢いよく投げ放ったモンスターボールを見つめ、ユウキはポツリとつぶやいた。 次のことを考え始めるより早く、着弾と同時に口を開き、ボールからジグザグマが飛び出した。 「ぐぐーっ!!」 飛び出してくるなり、元気な鳴き声を上げる。 茶色くて円らな瞳に見つめられると、どうも戦う気が失せそうになるが、ここで本当に失せてはならない。 ポケモンバトルに私情など挟んでは挟んではならない。 戦いである以上、相手に情けをかけるのは失礼に当たる……と、母親であるカリン女史から口を酸っぱくして言われたのを思い出した。 トレーナーでもないのに、どうしてそこまで真剣に熱弁を振るっていたのか。 よく分からなかったが、彼女の言葉が間違っていなかったということくらい、ユウキなら十分に理解していた。 「しかし、ジグザグマなんてゲットしてたとはな……あとはアチャモだけ。 となりゃ、ライボルトだけで勝てるかもしれないか」 とはいえ、ライボルトよりも二回り以上も小さい相手でも、油断は禁物である。 『窮鼠ネコを噛む』なんて言葉があるように、相手がどんなに小さきものであっても、全力を尽くして刈り取らなければ。 それがポケモンバトルの理。 「ジグザグマか……ま、いいや。こっちから行かせてもらうぜ!! ライボルト、電磁波で動きを止めろ!!」 先ほど先制攻撃を譲ったということで、今回はこちらから。 ユウキの指示に、ライボルトが四本の脚を広げ、踏ん張る。 先ほどと同じように、身体の表面に黄色い光が迸る。 「電磁波って……あ、ノズパスが使ってた」 気づいた時にはすでに、ライボルトが電撃をジグザグマ目がけて発射していた。 電撃は途中で網のように広がりながら、ジグザグマに迫る。 「ジグザグマ、避けて頭突き!!」 「ぐっぐーっ!!」 ジグザグマは駆け出すと、電磁波の範囲から逃れるべく大きな円弧を描きながらライボルトに迫る!! どうやらライボルトには、電磁波をアレンジする術を持っているらしい。 網の目のように広げるなど、普通のトレーナーならまず考えつかないことだ。 もっとも、アカツキはユウキのことを普通のトレーナーなどとは見ていなかったが。 網となった電磁波が降り注ぐが、ジグザグマは間一髪のところで避わしていた!! 「よし、いける!!」 アカツキはギュッと握り拳に力を込めた。 いくらスピードが自慢でも、そのスピードが発揮される前に叩きのめせば、それでいいのだ。 電磁波を避けられたものの、ライボルトは冷めた視線をジグザグマに向けているのみ。 これといって攻撃しようと言う気がない。 「罠、かな?」 ドキリとしたが、罠ならもっと周到に張り巡らせるだろう。 ユウキは博士の息子だけあって、頭の回転が速いのだ。 それに、ポーカーフェイスの名人でもある。 なんてことのない表情を見せていても、油断はできない。 「大丈夫。行ける!!」 どんな罠でも、かからなければいい。 かかったらかかったで、相手の懐に入り込みさえすれば…… ライボルトとの距離を詰めて、ジグザグマが大きくジャンプ!! 頭を前に突き出して、頭突きの体勢に入る!! 距離がぐんぐん狭まっても、ユウキは指示を下さない。 ギリギリまでおびき寄せてからということらしいが、そうは問屋が卸さない。 アカツキは念のために、その後のことも頭に入れていた。 お世辞にも頭がよさそうに見えないアカツキも、考える時は考えるのだ。 「ぐーっ!!」 がすっ!! ジグザグマの頭突きがライボルトにクリーンヒット!! 「よし!!」 アカツキは思わず声を上げた。 真正面から、完璧な形で決まったのだ。かなりのダメージが望めるだろう。 だが、ユウキの罠がここで口を開く。 びりっ!! ライボルトの身体の表面を黄色い光が走り、瞬く間にジグザグマに転移する!! 「ぐぐぅ?」 ジグザグマは着地した瞬間、動けなくなった。 必死に身体を捩ろうとしても、思うように身体がついていかない。 「ジグザグマ?」 一体何があったというのか。 アカツキには分からなかったが、ユウキの笑みが雄弁に物語っていた。 「――罠にかかった」 と。 ライボルトはさっと飛び退いた。 そこへユウキの指示が飛ぶ!! 「動けなきゃどんなポケモンも怖くない。ライボルト、必殺の雷!!」 「ごごーんっ!!」 「ジグザグマ!!」 動けない。ユウキはそう言った。 ジグザグマは困り果てたような表情で、何とか動こうとするが、なかなか思うように行かない。 ライボルトが身体を震わせると、身体の表面に大量の電気が集まった!! 雷――トレーナーズスクールの授業で何度か触れた覚えのある技の名前。 電気タイプ最強の技で、雷を思わせるほどの強烈な電撃で攻撃する。 距離が開くと当たりにくくなるものの、威力は抜群。 電気タイプのライボルトが使えば、その威力は最大限に高まると言えるだろう。 そんな技を動けない状態で食らったら、どうなるか……アカツキの背を戦慄が駆け抜ける!! ライボルトの身体から、凄まじい電撃が槍のように飛び出し、ジグザグマ目がけて虚空を走る!! 「アカツキ、ひとつ教えとく」 バジバジと音を立てる電撃に負けないくらいの声を張り上げ、ユウキが言った。 「ライボルトの『特性』は『静電気』だ。 物理攻撃でその身体に触れたポケモンを例外なく麻痺させる『特性』さ。 よく覚えとくといい」 「『特性』……忘れてた……」 アカツキはポツリと、投げ遣り気味に言った。 トレーナーズスクールで、『特性』というのを教わった気がする。 アカツキからすればかじる程度のものだったのだろうが、ポケモンバトルにおいてそれを駆使して戦っていくのは常識中の常識である。 それぞれのポケモンに備わった『特殊能力』と言えばいいだろうか。 ライボルトならユウキの言うような『静電気』、アリゲイツなら『激流』と言ったように。 それぞれ、相手を麻痺させたり技の威力がアップしたりと、様々な効果を秘めている。 同じ種類のポケモンでも、『特性』が違うことがある。 ライボルトを例に取れば『静電気』と、電気タイプの技を一身に受ける『避雷針』。 『避雷針』は、ダブルバトルでは非常に重宝する『特性』と言える。 水タイプのポケモンをかばいながら戦えるのだ。 それら『特性』を上手に使いこなしてバトルを進めていくことが、トレーナーとしての醍醐味だ。 アカツキはそこまでできていなかった。 電気の槍がジグザグマ目がけて突き進んで―― ばしーんっ!! 「ぐぐーっ!?」 電気の槍が突き刺さり、ジグザグマを打ち据える!! 悲鳴だか何だか分からない声を上げて、ジグザグマが地面に倒れた。 「ぐぐぅぅぅぅぅ……」 目を回してぐったりしている。 どうやら、今の一撃で戦闘不能になってしまったらしい。 「あ、ジグザグマ!!」 アカツキはジグザグマのもとに駆け寄った。 強烈な電撃を受けてビリビリ痺れたのか、ジグザグマはがくがとく震えていた。 その身体を抱き上げて、 「ごめん、ぼくのミスだった……ゆっくり休んでてね」 詫びと労いをかけたのち、モンスターボールに戻すと、元の位置に戻る。 「さて、オレのリードだな。この勢いで勝たせてもらうぜ。 おまえに残っているのはアチャモだけ。さ、出しな!!」 ユウキは余裕綽々と言った様子だった。 アカツキのポケモンで一番手ごわいのはアリゲイツだ。 進化形ということもあるだろうし、何よりもアカツキとの絆が恐ろしい。 絆も強さのひとつよとカリン女史に言われたことが影響しているのかもしれない。 しかし、そのアリゲイツはライボルトが一発でKOしたから、後は……そんなに怖くない。 アカツキはジグザグマのボールを腰に戻すと、最後のひとつを手に取った。 ワカシャモのモンスターボールだが、ユウキはこの中にアチャモが入っていると思い込んでいる。 カナズミジムをアリゲイツで勝ち抜いたと思っているのだ。 アチャモがワカシャモに進化したなどとはさすがに考えていないのだろう。 「アチャモと勘違いしてる……?」 アカツキはユウキの目をまっすぐに見据えた。 ユウキもちゃんと見返してくる。 アチャモと勘違いしてくれているのはありがたいが、場に出てくれば、その勘違いもなくなるだろう。 そこに付込むことは不可能。 なら―― 「真正面からぶつかって勝つしかない!!」 アカツキはそう思いつつ、ポケモン図鑑を取り出して、ライボルトの『特性』を調べ始めた。 少しくらいの時間ならくれると判断したからだ。 「ライボルトの特性は……静電気。 攻撃で触れたポケモンを麻痺させる……確実性はないけど、麻痺させられると痛いな……」 確実に麻痺させるなら、それは反則だ。 そういったバランスがどこかしらで取り入れられているらしく、麻痺の確率は三割程度だとか。 「ワカシャモの特性は? 猛火……ピンチになると炎タイプの技の威力が上がる。 起死回生の一手ってところかな」 ワカシャモの特性を調べてみたものの、普段はあまり使えないと分かって、少々ガッカリ。 ピンチの時こそ真価を発揮するというのも悪くはないが、静電気のように汎用性に富んでいれば…… 「ユウキ。ぼくの最後のポケモン、ちゃんとその目で見てね!!」 「おう」 ユウキが笑みを深め――アカツキはモンスターボールを投げる!! 力を込めて投げたボールは普段よりも少し遠く飛んで、円弧を描いて落下してくる。 ワンバウンドした後に口を開き、ポケモンを放出する!! 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 飛び出してくるなり、けたたましい鳴き声を上げたのはワカシャモだ。 それを見て、ユウキの笑みが崩れた。 「わ、ワカシャモ……? 進化してたのか……」 さすがにこれには驚いた。 てっきりカナズミジムをアリゲイツで勝ち抜いたとばかり思っていたのだが…… もしかすると、もしかするのかもしれない。 「まさか、ワカシャモで?」 どちらにしても、現実が変わるわけではない。 「ま、進化してたとは思わなかったけど……おかげで楽しめそうだ」 アチャモなら苦もなく倒せるだろうが、ワカシャモともなると、そうもいかない。 アカツキの兄・ハヅキのバシャーモの強さは本気で身震いするほどだったから。 それに少し劣るにしても、決して油断できる相手ではない。 アチャモからワカシャモに進化すると、途端に攻撃的な性格に早変わり。 「ユウキ、今度はぼくから行かせてもらうからね!!」 「来い!!」 「ワカシャモ、火の粉!!」 アカツキの指示に応え、ワカシャモが口から無数の火の粉を吐き出した!! 「アチャモの火の粉とはやっぱ比べ物になんねえか…… ま、ワカシャモの武器は炎だけじゃない。 格闘タイプを使うように仕向けりゃ『静電気』でイチコロさ」 とりあえずの作戦を立てる。 「ライボルト、電光石火で避わして噛みつく攻撃!!」 ワカシャモの火の粉を凄まじいスピードで避け、瞬時に迫るライボルト!! ライボルトはラクライの時から、身体に蓄えられた電気をエネルギーに変えて、莫大な瞬発力を生み出すことができる。 その瞬発力を筋肉に伝えて、凄まじいスピードで駆け出せるのだ。 「シャモ!?」 火の粉を避わされ、さらに一瞬で間合いを詰められるとは思っていなかったワカシャモはビックリしていた。 いくら攻撃的になっても、ビックリする時はビックリするらしい。 ライボルトが口を大きく開いて、整然と揃った牙で噛み付こうとする!! 「ワカシャモ、二度蹴り!!」 この状態から火の粉ではとても間に合わない。 それに、間合いがゼロだと巻き添えを食らう。 アカツキはそう判断して、二度蹴りを判断した。 『静電気』で麻痺するかもしれないと言うリスクを考慮してでも、攻撃に転じなければならない。 ユウキの言う防御とは、攻撃の手数だ。 だから、ここはそれを見習わなければならない。 見よう見まねでどこまでできるかは分からないが。 がぷっ。 ライボルトの噛みつく攻撃が、ワカシャモの腕に決まる!! ぐっ。 ワカシャモは迸る痛みに歯を食いしばりながらも、腕に食いついてきたライボルトに必殺の蹴りを食らわした!! がっ、がっ!! 二回連続で決まった蹴りに、ライボルトが宙に投げ出された!! 「ライボルト!! ちっ、麻痺しなかったか!!」 ユウキは迂闊だと思った。 どうやら『静電気』に頼りすぎていたらしい。 確率はせいぜいが三割強。 絶対に麻痺させられるわけでない以上、ここは持ち味である手数の多さで相手を圧倒しておくべきだったのだ。 相手がアカツキだったから、遠慮していたのかもしれない。 しかし―― 「よく分かったぜ。 遠慮なんかすることないくらい、強くなったってことがさ、アカツキ!!」 闘志の炎がいよいよ激しく燃え盛る。親友がここまで強くなってくれて、とてもうれしいのだ。 「ワカシャモ、火の粉!!」 「10万ボルト!!」 火の粉に10万ボルトなら、確実に打ち勝てる。 技の威力に差があることから、ユウキはそう判断した。 ワカシャモが口を開き、火の粉を吐き出す!! 宙に投げ出されたライボルトは、不安定な体勢ながらも、全身から電気の槍を発射した!! 火の粉と電気の槍は真正面からぶつかり、爆音を立てた!! だが、威力では10万ボルトの方に分があり、火の粉を相殺して残った分が、ワカシャモに降り注ぐ!! 「今ならできるかな……」 アカツキはギュッと拳を握りしめた。 ワカシャモが扱える格闘タイプは、何も二度蹴りだけではない。 二度蹴りが一番使いやすいので、それ以外をあまり使わないというトレーナーは確かに多い。 だが、本気でワカシャモを格闘タイプと考えるなら、それだけでは不十分だ。 弧を描いて落下してくるライボルトは、空中で器用に体勢を整えた。 アカツキは口を開き、ワカシャモが扱える格闘タイプの技――それもかなり威力の高い技の名前を叫んだ。 トレーナーズスクールで支給された本に載っていた。 「スカイアッパー!!」 彼の言葉に応え、ワカシャモが膝を曲げ、跳び上がる!! 発射されたミサイルのような勢いで、重力に負けることなくライボルトに迫る!! 「おいおい、マジかよ」 ユウキは今さらながら慌てふためいていた。 先ほどまでの余裕はどこへやら。 スピードで撹乱すればどんな相手でもノックアウト。 そう思っていただけに、衝撃的だった。 「ライボルト、10万ボルト!!」 何もしないままスカイアッパーなど決めさせたりはしない。 格闘タイプの技の中で、スカイアッパーはかなり特殊だった。 名前どおり、空にいる相手でも平気で捉えてしまうのだ。 「ごごーんっ!!」 ライボルトが全身の体毛を擦り合わせ、電気を生み出し、槍として撃ち出す!! 一直線にライボルトに向かっているワカシャモに回避手段はなく、10万ボルトをまともに食らった!! 「ワカシャモ、負けないで!!」 アカツキの気持ちが通じたのか、ワカシャモは負けることなくライボルトに迫り―― 腕を大きく振りかぶり、アッパーを食らわした!! どんっ、という音が響き、ライボルトが大きく弾き飛ばされ、地面に落ちていく!! 「ライボルト!!」 ユウキの叫びも虚しく、ライボルトは地面に叩きつけられると、目を回してそのまま動かなくなった。 一方、ワカシャモは―― 10万ボルトを受けたことで着地にやや失敗したようだったが、それによるダメージは少なくて済んだ。 「シャモっ!!」 どうだ俺の実力は、と言わんばかりに胸を張る。 「よかった……」 アカツキはホッと胸を撫で下ろした。 今の10万ボルトで大きなダメージを受けたのではないかと思ったが、ワカシャモの闘志はその程度で削がれるようなシロモノではなかった。 「やるな……オレの予想以上だ」 ユウキはライボルトをモンスターボールに戻した。 これで一対一。 最後のポケモンで戦うことになり、互いに後がなくなった。 もっとも、状況だけ見ればユウキの方が若干有利か。 「ユウキ……?」 「おまえ、すっげー強くなったな。 オレとしても、その方が戦い甲斐あるってモンだけどな」 「もちろん!! いつまでもユウキに負けてなんかいられないよ!!」 「はは、違いねえ」 アカツキもユウキも、戦いの最中だというのに、大声で笑った。 初めてのバトルで互いの実力を認め合ったからこそ、そうやって笑い合える。 「さあて、オレも最後のポケモン、出すことにするぜ」 モンスターボールを腰に戻し、最後のポケモンを……決めたいところだが、ワカシャモに対して有利なタイプを持つポケモンはいない。 格闘タイプに有効な飛行タイプは、オオスバメしか持っていないのだ。 「ま、それでもやらなきゃならないことに変わりはないんだしな」 選び、モンスターボールを手に取った。 「おまえのアチャモは強く進化したけど、オレのキモリも負けちゃいないぜ」 「キモリ? じゃあ……」 「そうさ。来い、ジュプトル!!」 ユウキはモンスターボールを放り投げた!! 弧を描くボールは頂点で口を開き、彼のポケモンを場に放出した!! 「ジュプトール!!」 緑のトカゲを思わせるポケモン――ジュプトルは出てくるなり、威勢のいい鳴き声を上げた。 俺も負けないぞと言わんばかりだ。 ユウキの腰よりは高いけど、肩よりは低い。 ライボルトと同じくらいの背で、頭と腕に葉っぱを生やしている。 「キモリの進化形……?」 アカツキはすかさず図鑑を取り出し、ジュプトルの姿をセンサーで捉えた。 「ジュプトル。もりトカゲポケモン。キモリの進化形。 身体から生えた葉っぱは、森の中で敵から姿を隠す時に便利。 枝から枝へと身軽に飛び移り、どんなに素早いポケモンでも、森の中でジュプトルを捕まえることは不可能だと言われている」 液晶に映し出されたジュプトルの姿を見つめながら、カリン女史の説明に聞き入る。 「やっぱり素早いポケモンなんだ」 ユウキと言えばユウキらしい。 どうあっても素早いポケモンでバトルをしたいようだ。 「オレから行かせてもらうぜ。ジュプトル、電光石火!!」 アカツキが侮れる相手でないと身をもって実感したユウキは、手数の多さで勝負する方法に打って出た。 持ち味を活かした方が、よりよいバトル展開を運べそうだからだ。 ジュプトルはユウキの指示を受けるが早いか、ものすごいスピードで駆け出した!! 「速っ!!」 アカツキは驚きを禁じえなかった。 ジュプトルは、オオスバメ、ライボルトに輪をかけて速かったのだ。 だからって、何もしないままではジュプトルの攻撃をまともに食らってしまう。 「草タイプなら炎タイプの技が弱点のはずだ……」 ギュッと拳を握りしめる。 スピードでは、とてもではないが敵わない。 ならば、正攻法で――相性が有利なことを軸にして戦うしかない。 「ワカシャモ、火の粉!!」 「シャモぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 毎度毎度のことながら。 ワカシャモはけたたましい鳴き声を上げると、口から火の粉を吐き出した!! しかし、火の粉をまともに食らってくれるほど、ユウキは甘くなかった。 「苦手な攻撃もな、当たらなけりゃ痛くねえんだよ!!」 彼の言葉に反応するように、飛来してくる火の粉をさっと避けるジュプトル!! 確かに、苦手な攻撃も、当たらなければ何の意味もない。 「うわ、避けられた!!」 アカツキは思い切り慌てた。 だが、ジュプトルのスピードを逆手に取る方法なら考えてある。 接近戦なら、そのスピードを十分に活かすことはできないだろう。 そうなれば、接近戦が得意なワカシャモの独壇場となる。 火の粉を避けながら、しかしジュプトルはスピードを落とすどころか、ぐんぐん加速しながらワカシャモに迫る!! 「懐に飛び込ませて、それから一気に……」 アカツキのプランは当たり前のごとく、ユウキには見抜かれていた。 考えることはお見通し、親友というのは時にズルくなるものだ。 「ジュプトル、リーフブレード!!」 ワカシャモに最接近したジュプトルに、ユウキの指示が届く。 「今だ、二度蹴り!!」 攻撃を出すのなら、避けることはないはず。 そう踏んで、クロスカウンター覚悟でアカツキもワカシャモに指示を下した。 だが―― しゃきーんっ!! ジュプトルの腕の葉っぱが瞬時に逆立つと、淡い緑の光を帯びる。 剣の形を取った葉っぱが、ワカシャモを薙ぎ払う!! 「ワカシャモ!!」 二度蹴りを出すよりも早く、ジュプトルの攻撃がヒットしたのだ。 リーフブレードは草タイプの技 。腕の葉っぱに力を込めて、剣のように相手を攻撃する。 ジュプトルの攻撃がヒットしたことで、ワカシャモは攻撃に打って出ることができなくなった。 そこへ―― 「追い討ちで叩きつける攻撃!!」 思わぬ一撃に怯んだワカシャモに、ジュプトルが尻尾を勢いよく叩きつける!! 「ワカシャモ、二度蹴り!!」 今なら攻撃を回避されることはない。 アカツキの考えが伝わったのか、ワカシャモはダメージを受けながらも鋭い蹴りを繰り出した!! がすっ、がすっ!! 攻撃直後のジュプトルに、二度蹴りがクリーンヒット!! 威力抜群の蹴りを二発も受け、ジュプトルは大きく吹き飛ばされる。 「ジュプトル!! ちっ、技の硬直時間を狙うとはな、考えやがったな」 ユウキは舌打ちした。 ジュプトルが繰り出したのは、追い討ちという技。 攻撃直後に発動でき、続けて他の技を繰り出せるという、いわば潤滑油のような技だが、無論欠点がある。 使えば使うほど、続けた技の後にできる隙が大きくなる。 なので、普通は多くても二段目までで止めておく。 「いいよ、ワカシャモ。その調子!!」 「シャモぉぉぉぉぉぉっ!!」 アカツキが誉めると、ワカシャモはいつにも増して大きな声で鳴いた。 誉められてうれしいのだろうか。 「だが、バトルはこれからだ!! ジュプトル、高速移動で撹乱するぜ!!」 「ジュプトール!!」 鋭い蹴りを受けた恨みでもあるのか、ジュプトルはいよいよ眼差しを尖らせて、駆け出す!! 「さっきよりも速い!!」 スピードが明らかに違う。 高速移動は直接相手に攻撃する技ではないが、スピードを高める働きを持つ。 そこから別の技につなげることで避けられにくくするといった使い方ができる。 無論、ユウキはそういった使い方をするつもりだ。 「ワカシャモ、火の粉!! 火の粉ったら火の粉だっ!!」 がむしゃらでも、やるしかない。 アカツキはワカシャモに、ひたすら火の粉を発射し続けるように指示を下した。 ぼんぼんぼんっ!! ワカシャモが吐き出す火の粉はかなりの広範囲に渡っていたが、ジュプトルはそれらを巧みに掻い潜りながら、ワカシャモに迫ってくる!! あまりのスピードに、とてもではないが追いつけない!! 「叩きつける!!」 みるみるうちに距離が詰まり、ユウキの指示を受けたジュプトルが尻尾をワカシャモに叩きつけた!! 「ワカシャモ、負けないで!! 火の粉!!」 負けたくない。 その一心で、アカツキは声を大にして叫んだ。 ジュプトルは攻撃を加えたら再び高速移動で離れる。そして近づく。 ヒット・アンド・アウェイ戦法で、じわりじわりとワカシャモを追い詰めていった。 あまりに攻撃間隔が短いため、ワカシャモは火の粉を出す暇さえない!! 手数の多さで相手に反撃を許さない。ユウキの戦いの真骨頂だ。 ダメージが積もりに積もって、ワカシャモは立っているのがやっとの状態だ。 「よし、このまま一気に――」 プランを組み上げて、実行に移そうとした時だ。 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 史上最大級の鳴き声をワカシャモが発した!! ムロ島はおろか、下手をすれば海を隔てたミシロタウンにまで響くかもしれない、とにかく大音響!! 「うわっ、なんだ!?」 アカツキもユウキも思わず耳を塞ぎ、ワカシャモを凝視する。 ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! ワカシャモが口を大きく開き、紅蓮の炎を吐き出した!! 『火炎放射!?』 アカツキとユウキはほぼ同時に叫んでいた。 ワカシャモの吐き出した炎は、火の粉がいくつ集まっても起きないような、大きく激しい炎だった。 火炎放射は文字通り炎タイプの技で、威力は高い。 紅蓮の炎で相手を包み込んで攻撃するのだ。 「ジュプトル、避けろ!!」 指示を下したものの、あまりの炎の強力さに、ジュプトルも足が竦んでしまった。 それでもまともに食らえば痛いということは分かっているようで、慌てて避けたが、頭の葉っぱに炎が燃え移る!! 「ジュプジュプジュプ……!!」 ジュプトルは大慌てで葉っぱに燃え移った炎を消そうと、葉っぱを地面に擦りつける。 「火炎放射……ワカシャモ、そんな技使えたんだ……」 アカツキは呆然と立ち尽くしていた。 今、攻撃すれば確実に勝てるというのに、ワカシャモがこんなに強力な技を使えたことに驚くばかりだ。 スカイアッパーといい、火炎放射といい。 それぞれのタイプの中でも威力は高めな技だ。 「ちぇっ、ジュプトル、戻れ!!」 どうにも上手く炎を消せないジュプトルを、ユウキはモンスターボールに戻した。 「え、どうして!?」 まだバトルの決着がついていないと、アカツキはユウキを見つめた。 バトルの途中なのにどうしてポケモンを戻したのか。 「今日のところはここまでにしとこうぜ。おまえの実力はよ〜く分かったからさ」 「え?」 ユウキの言葉に、アカツキは唖然としたが、 「引き分け。このままじゃ何時間経っても決着つかないかもしれないからな」 「うーん、ユウキがそう言うなら……」 そこまで言われて、アカツキは渋々納得したようだ。 釈然といかない部分は確かにあるが、確かにユウキのポケモンをボコるのは、どこか躊躇いがある。 それも、最初に選んだポケモンならなおさらだ。 それぞれのポケモンは仲良く過ごしていたのだろうから、徹底的にやり合いたくはないだろう。 「ワカシャモ、戻って」 アカツキもワカシャモをモンスターボールに戻した。 ポケモンを戻し終えたアカツキの傍まで、ユウキが歩いてきた。 バトルを終えた彼の表情は、ミシロタウンで遊んでいた頃と何一つ変わっていなかった。 「おまえがここまで強くなってるなんて、バトルするまでは予想もしてなかったぜ。 おかげでオレの弱点ってのも分かったし、いい勉強になった。ありがとよ」 「え、ぼくの方こそ……ユウキとバトルできてよかったよ」 差し出された手をギュッと握る。 ポケモントレーナーとして、親友としての絆がまた一段と深まった証だった。 「次は負けないからな」 「ぼくだって。次は勝つから」 「ああ、楽しみにしてるぜ」 ユウキもアカツキも、笑みを深めた。 同郷の親友であり、そしてポケモントレーナーとしてのライバルになった瞬間だった。 第26話へと続く……