第28話 兄弟 -Go to next- 荷物をまとめて、リュックを背負う。 腰にモンスターボールが三つあるのを確かめて、部屋を後にする。 部屋を出たところで、不意に背後から声をかけられ、アカツキは振り返った。 「ユウキ……」 振り向いた先には、見慣れた意地悪な笑みを浮かべる親友の姿。 なのに、彼を見つめるアカツキの表情は、複雑にゆがんでいた。 というのも…… 「出発するんだな」 「うん」 言い当てられ、アカツキはただ頷くしかなかった。 旅支度を整えた姿を見れば、嫌でも出発することは理解できるものだ。 どう言い出せばいいかも分からなかったし、それに……永遠の別れというわけでもない。 アカツキは脳裏に浮かびかけた「さよなら」という言葉を消し去った。 今生の別れというわけではないが、それでもやはり寂しさは拭えない。 アカツキが黙りこくっているのを見て、ユウキはため息混じりに漏らした。 「しっかし、何も言わずに出発ってのは、ちょいと気が利かねえよな」 「ごめん……」 本気で返す言葉がない。 ユウキに会わずに出発するつもりだったから、なおさらだ。 途端に湧き上がってくる、彼に対する申し訳のなさ。自分自身に対する罪悪感。 だが、そういった感情を抱いていることを察したユウキは、ちゃんと助け舟を出してくれた。 「いいんだよ。 どうせ、おまえとはいつかまた別れるって分かってたわけだしな。 おまえはおまえの夢を目指して行く。それだけだろ? 別に悪いなんて思う必要なんてないって」 「…………」 アカツキは今にも泣き出しそうな表情で、ユウキを見つめたままだ。 「逆効果だったか……」 アカツキの性格を分かった上で言ったつもりだったのだが…… もしかして、ぜんぜん効果がない? そう思った時だ。 アカツキの表情が晴れやかになった。 「そうだよね。ありがと、ユウキ」 先ほどまでの、泣き出しそうな顔はどこへやら。 心に立ち込めていた暗雲も強い風でどこか遠くへ吹き飛ばされて……アカツキの心の中もすっきり晴れ模様。 一点の曇りも見られなかった。 彼自身も、それに対して驚きを感じつつも―― 「でも、心配かけたくなかったんだ。 ほら、ユウキってば、昔から意外と心配性なところとかあるし」 「まあ否定はしないけどさ」 ユウキは痛いところを突かれたようで、何気にアカツキから視線を逸らしながら頬をポリポリと掻いた。 ユウキがアカツキのことを分かっているように、アカツキもユウキのことは分かっているつもりだ。 彼が目を逸らして頬をポリポリ掻くというのは、それが図星であるという証拠。 伊達に親友なんぞやってない。そういうことだ。 「で、どこに行くんだ?」 話題を逸らしたい一心で紡いだ言葉に、しかしアカツキは気づく様子すらなく頷くと、 「カイナシティに行くよ。カナズミシティに戻っても仕方ないし」 「ま、そりゃそうだ」 ユウキまで頷く。 別に用があるわけでもないのにわざわざカナズミシティに戻る必要もない。 むしろ、新天地を目指した方がいいに決まっている。 ユウキだって、一筆書きの要領でホウエン地方を巡ろうと思っているのだ。 「ほら、いつか話したでしょ。ぼく、黒いリザードンをゲットするんだって」 「ああ」 言われて、思い出した。 アカツキの夢は、実在するかも分からぬ『黒いリザードン』に会って、ゲットすること。 話だけ聞けば本気で子供の絵空事と思えるようなことでも、アカツキは本気にしている。 嘘を言っているなどとは、ユウキも思いたくない。 ただ…… 「やる気なんだから、それをへし折るようなマネだけはしちゃいけねえよな」 それくらいのことは当然分かっていた。 アカツキの道を妨げるようなことだけは、親友として、人間として、してはならない。 どんな理由があろうと、他人の夢を壊すのは最低の行為だ。 「リザードンをゲットできるだけの実力を身につけたいんだ。 だから、次はキンセツシティに行ってみる」 「そっか。キンセツシティならジムがあるからな」 ユウキは言いながら、目を細めた。 目の前にいる親友は、ミシロタウンを旅立つ前と比べて、すごく大きくなった。 男の子としても、トレーナーとしても。 極端な話、昨日バトルした時と比べても、一回り、あるいは二回り大きくなった。 彼がトレーナーとして強くなるというのは、ユウキにとって楽しみでもあった。 なぜなら、負けたくないと素直に思うようになっていたから。 次に戦う時は、もっと強くなった親友と戦いたいからだ。 その分、ウカウカしていられないのもまた、事実だったりするのだが…… トレーナーとして強くなるには、バトルの経験を重ねて、ジムに挑戦するのが一番だ。 最高の近道と言っていいが、それは決して簡単なことばかりではない。 時に難しい事態に、くじけてしまうような事態に直面するかもしれない。 だが、ユウキは信じている。 「こいつなら大丈夫。何があったって乗り切っていける」 気は強くないものの、彼の心の中にある『折れない闘志』はホンモノだ。 世界に自慢できるくらい。 やる前からあきらめるのは、負けを認めるのと同じこと。 小さな頃からそうだった。 近所の子とケンカしては負けて、擦りむいたりして。 でも、負けたままでは終わらなかった。勝つまで何度でもケンカした。 その根性は、ユウキもオダマキ博士も面食らうほどだった。 「そういや、そんなこともあったっけ」 ユウキはその時のことを思い出し、苦笑した。 不意に笑みを浮かべたユウキを見て、アカツキは首をかしげた。 一体何があったんだろう? 不思議なものでも見るような視線を向けている。 「いや、昔のこと思い出しちまってな。 でもよ、やるんなら最後までやれよな。 黒いリザードン、ゲットしたらオレに最初に見せるって約束したもんな」 「もちろん!! 絶対ゲットするよ!! だから、そのためにももっと、トレーナーとして強くならなくちゃ!!」 「よし、その意気だ」 ユウキは負けたな、と思った。 アカツキほど前向きで一生懸命な男の子も、そうはいないだろう。 どちらかというと自分は熱く燃えるよりも、冷静に辺りを見回してから、じっくりじっくり進んでいくタイプだ。 平たく言えば熱血的な性格ではない。あいにくと自分にはそういうのは似合わない。 ユウキがあれこれと自身の性格について考えていると、アカツキが問いかけてきた。 「ユウキはどうするの?」 「オレ? そうだな、もうしばらくはここにいることにするさ。 この島はさ、ポケモンにとってすっごくいい環境なんだ。 だから、いいポケモン、見つけられるような気がするんだよな」 「そっか。なんていうか、ユウキらしいね」 「まったくだ」 お互い、笑い合った。 他愛のない話で盛り上がれる。笑い合える。 お互いの存在がとても貴重で、しばしの別れを選ぶのが、辛いと思える時もある。 だが、自分の目指すもののためには、耐えなければならない。 それが今だ。 アカツキもユウキもそのことを心の中で噛みしめていた。 だから…… 「もう行くよ、ユウキ」 「ああ」 ユウキは頷いた。 必要以上に言葉を交わすと……別れにくくなってしまうから。 アカツキは背を向けて、歩き出した。 別れを惜しみながらも、しかし彼の表情は晴れやかだった。 夢へ向かって自分の道を歩いていく、誇り高い気持ちを抱いている。 そんなアカツキの背中に、ユウキはありったけの気持ちを込めた言葉をぶつけた。 それが、旅立っていく彼に対するせめてもの餞。そして励まし。 「次バトルする時は、オレが勝つからな!!」 親友の言葉と気持ちを背中で受け止めて。 アカツキは言葉を返さず、振り向きもせず。 ただ、右手を挙げて、それに応えた。 「勝つのはぼくだよ」 そういった意味を込めて。 それから一度も振り返ることなく、アカツキはポケモンセンターを後にした。 向かうは、ムロタウンの北にある定期船の港だ。 そこから船に乗って、カイナシティへ行く。 昨日のうちに、アヤカから船賃はもらってあった。 別々の場所に行くと、残りのお金を二等分してくれたので、お金の心配はしなくてもいい。 それに、何よりも、今のアカツキに心配事など何もなかった。 「またひとりになっちゃったな……」 アカツキは両手を頭の後ろで組みながら、ポツリとつぶやいた。 昼間だというのに、ムロタウンは静かだった。 ゴーストタウンというわけではないが、派手な賑やかさがないのだ。 静かな賑やかさ、とでも言えばいいだろうか。喧騒などではなく、程よい活気がある。それだけだ。 ミシロタウンもこんな感じだ。 最近は港ができてきたことで、少しは喧騒も起こるようになってきたが。 それでも、まだいい方だ、カナズミシティやトウカシティと比べれば。 アカツキの心は不思議と落ち着いていた。 ダイゴ、アヤカ、そしてユウキ。 短期間に三人、親しい人と別れたのに、淋しさをまるで感じない。 いつかまた出逢えると分かっているから。 「その時までに、ぼくも強くなってなくちゃいけないってことなんだけどね」 リザードンをゲットできるほどの強いトレーナーになる。 それがアカツキの現時点での第一目標だ。難関を突破してこそ、初めてリザードンをゲットしに行くことができる。 何があってもあきらめない、不屈の闘志を持つ男の子でも、自分を律する強い意志を持ち合わせているのだ。 カナズミジムでの失敗に懲りた以上、同じ間違いは二度と犯さない。 いろいろなことを考えながら歩くうち、港にたどり着いた。 ブースで乗船券を買って、カイナシティ行きの船に乗る。 とりたて豪華な船ではなかったが、ただ海を渡るだけならそれで十分。 アヤカから分けてもらったお金で、とりあえず個室を確保した。 他の人がいると、いろいろと考えるのに集中できないという理由があった。 船に乗り、カイナシティまで、今日を含め二日間を過ごす個室へと足を踏み入れる。 疲れていたわけでもないのに、どういうわけかベッドに滑り込む。 ふわふわのベッドの感触が、妙に気持ちいい。 アカツキはごろりと仰向けに転がった。 リュックを適当な場所に放り投げて、大の字で寝転がる。 「カイナシティかぁ……どんな人が待ってるんだろう」 未だ見ぬ港町に思いを馳せる。 ほどなく船はムロ島を出港し――アカツキはベッドから降りて、窓から外を眺めた。 次第に遠のいていくムロ島を見つめながら、これからの出来事に、ただただ思いを馳せるばかりだった。 ムロ島から遠く離れた場所。 ここはミシロタウン。 眼下に町を見下ろす丘に、ひとりの少年が立っていた。 荷物の詰まったバッグを肩から提げて、腰には六つのモンスターボールを差している。 「久しぶりだな……」 ポツリとそうつぶやいて、少年は故郷へと足を踏み入れた。 町に入って、家にたどり着くまでに、知り合いと久しぶりに出会い、他愛のない話をして別れる。 それを何度繰り返しただろう。 生家に近づいてきたところで、改めて静かな町並みを見渡した。 「何も変わってないな。相変わらず」 そう言った少年の顔に笑みが浮かぶ。 この町が変わっていないから、安心した。 自分の故郷。大切な場所。 変な意味で変わらないでいてくれてよかったと思えるのだ。 それも、彼がこの町をこよなく愛しているからこそ。 旅をしている間、この町のこと、家族のことを忘れた日は一日たりともなかった。 それくらい、愛している。 変わっていないのは、何も町並みだけではなかった。 家も、変わっていなかった。 相変わらず小奇麗で、几帳面な母の性格を代弁しているかのようだ。一年前と、何一つ変わっていない。 ここ一年ほど、家に戻っていなかったのだが、もちろんそれには理由がある。 とある調べごとがあって、時間が経つのを忘れてしまったのだ。 で、気づいたのがつい先日だった、というわけである。 しばらく考え事をした後、少年は扉を開け、家に入った。 「ただいま」 大きな声で言うものの、返事がない。 だが、返事の代わりにどかどかと家捜しするような音が聞こえてきた。 それも、徐々に大きくなっていく。 「やれやれ。相変わらずだな、母さんは……」 少年はふっと息を吐いた。 几帳面で懐が大きい割には、変なところで慌てんぼうで……そんなところが、少年は好きだった。 完璧な母親でなくてもいい。ちょっとくらいマヌケなところがあってもいいくらいだ。 靴を脱いでフローリングの床に足を踏み入れたところに、 「お帰りなさいハヅキ!!」 むぎゅぅっ!! エプロン姿の母親が何の前触れもなく少年の目の前に現れ、ものすごいスピードで抱きしめた!! 「う、わっ!!」 少年――ハヅキは驚きを隠さなかった。 こんなところを他人に見られては、後々までからかわれ続けるのは間違いないのだが、玄関のドアが閉めきられており、その心配はなかった。 母親はすぐに息子から離れると、ニコっと微笑んだ。 「ただいま、母さん」 「久しぶりね……元気してた?」 「もちろん。僕が落ち込む姿なんて想像できる?」 「できないわね」 言い終えて、母親――ナオミは首を横に振った。 彼女の表情は喜びで満ちあふれていた。一年ぶりに息子が帰ってきたのだ。うれしくないはずがない。 一年ぶりに会う母親は、少し老けたような気もした。 しかし、そんなことを面と向かって口に出そうものなら、本気でフライパンで殴られるのは間違いない。 それでも、やはり母親は母親だ。 家の外観と同様に変わっていない。 「さ、こんなところで話するのもなんだから、ほら、リビングに来なさい」 「うん、そうするよ」 いろいろとあって、リビングに場所を移すことになった。 ナオミとハヅキは、食卓を囲む椅子に向かい合うように座った。 母親の笑顔を見ることに飽きたわけではないが、何か足りないような気がして、辺りを見回す。 「そういえば、アカツキは?」 「旅に出たわ」 「そっか」 やはり……やけに静かなのは、そういうことだったのか。 ハヅキは妙にすんなり納得した。 そういえば、弟はもう十一歳になったのだ。 トレーナーとしてスタートラインに立つ日である誕生日に帰ってこられなかったのは、悪いと思っている。 家に戻ったら、そのことについて謝るつもりでいた。 せめてもの償いにとプレゼントも買ってきたのだが、旅に出てしまったのでは、当分渡す機会もないのだろう。 ハヅキにとって、弟アカツキはかけがえのない存在だった。 幼い頃に、誰も望まぬ父親と別れ、それからはナオミとアカツキだけが家族だった。 四つ下の弟はあまり気が強くないものの、勝つまではあきらめないという芯の強さを秘めている。 現に、近所の子とのケンカでは、勝つまではあきらめなかった。 そんな無鉄砲で無邪気な弟の性格を思い浮かべ、苦笑する。 「ところでハヅキ。どうして一年も戻ってこなかったの? 理由くらい、聞かせてもらえるんでしょ?」 「うん。いろいろと調べたいことがあってさ。 きっと、母さんも望んでることだと思って。だから、帰ってこられなかったんだ。 手がかりがなくなってしまうような気がして」 「そう……」 ナオミは目を伏せた。 笑みが影を潜め、何か物悲しさを感じさせる、沈んだ表情に。 彼女が何を考えているのか、無論ハヅキは知っている。 だから、これ以上のことは言わないことにした。余計に哀しませるだけだ。 「ところで、アカツキはユウキと一緒に旅に出たのかい?」 「ええ。ハルカちゃんっていう女の子が隣に引っ越してきてね、彼女と三人で」 「そうなんだ。いいな……」 ハヅキは正直にうらやましい気持ちを言葉に出した。 アカツキはなんて幸せなんだろう。 誕生日が違うというのに、ユウキと、あとひとり――ハルカという女の子と三人で旅に出られるなんて。 ハヅキの時は違った。 同い年の友達とは誕生日が近くなかったから、たったひとりだった。 オダマキ博士の研究所までアカツキとナオミが見送りに来てくれたが、淋しさは拭いきれなかった。 もっとも、今になってはそれもいい思い出かもしれない。 今では、家族と同等のパートナーに恵まれているから、淋しさなど微塵も感じない。 「そうそう、あなたと同じでアチャモを選んで行ったわよ」 「やっぱり」 「あら、分かってたの?」 「そんなことじゃないかって思ってたよ」 意外そうに訊ねてくるナオミに、ハヅキは頷きかけた。 いつだったか、アカツキにバシャーモのことを話したことがある。 彼がせがんでくるものだから、やむなく、バシャーモの進化前――アチャモのことも絡めて話したことはある。 もしかしたら、その話に感銘を受けて、もしかしたらアチャモを選んだのかもしれない。 まあ、アカツキが自分の意志で選んだのなら、それに対して言うことはない。 旅立ちに際してパートナーを選ぶのは、トレーナーとしての第一歩だ。 自分で決めること。誰がどんなことを言っても、結局、選ぶのは自分の意志なのだ。 「そうだ、アカツキから連絡はあったりした?」 「全然。まあ、まだ半月だからね……どこかで元気にしていると思うけど」 表情とは裏腹に、心配しているのが分かる。 親心というのはそういうものだ。今だからこそ、ハヅキにも分かる。 「そうだ、母さん」 「なに?」 母を励まそうと思い、ハヅキはズボンのポケットから空色の箱を取り出すと、ナオミに手渡した。 不思議そうな顔で箱を見つめる。 「この箱は?」 「開けてみてよ」 促されるまま、ナオミは蓋を開いた。 「あら……」 箱の中で二列に整然と並んでいるバッジを見つめる。 見覚えはないが、八つのバッジが何を意味しているのかくらいは知っている。 ナオミも、一時期トレーナーとして旅をしていた時期があったからだ。 「おめでとう……と言えばいいのかしら?」 「まだ入り口に立ったばかりだけどね」 ニコッと微笑みかけられ、ハヅキは恥ずかしそうに視線を逸らした。 心なしか、頬が紅く染まっていた。 十五歳になって、表情も態度も大人びてきたと言っても、やはり親の前では、子供は子供なのだということを、改めて感じてしまう。 ナオミはそっと蓋を閉じて、箱をハヅキに返した。 「今年のホウエンリーグには出るつもりなのね」 「うん。僕自身の実力を確かめたいんだ。 トレーナーとして頑張ってきた四年間、どれくらい強くなれたか。 確かめるのにいい機会だと思って」 「そうね」 ホウエンリーグ。 一年に一度催される、ポケモンバトルの祭典だ。 ホウエン地方全土から、腕に覚えのあるトレーナーが参加する祭典。 行われる場所はホウエン地方の東端に位置するサイユウシティ。 美しい花が咲き乱れるポケモンの楽園に設けられたスタジアムで、熾烈なポケモンバトルが行われる。 普段は滅多に人前に姿を現さないと言われているホウエンリーグ四天王が来賓として招かれるなど、バトル以外でも見所のある祭典だ。 そんな祭典に、ハヅキは参加するつもりなのだ。 それなら、親として応援しないわけにはいかない。 今まで頑張ってきた成果を見せて欲しいとさえ思っているくらいだ。 「頑張りなさいよ。やるからにはやっぱり優勝しか狙ってないんでしょ?」 「当然さ。優勝狙わずに大会出る人なんていないと思うんだけど?」 「ま、そりゃあそうね」 ナオミは苦笑した。 ただ出場するだけなら、一回戦で負けて終わりだろう。 出場者は皆、優勝を目指して各地のジム戦を制してきた猛者ばかり。 中途半端な気持ちで挑んでも、あっさり折られておしまいである。 ハヅキがやる気満々なのを見て、ナオミは小さくため息をついた。 もう一人の息子がホウエンリーグに出る気がなさそうなのを思い出したからだ。 「アカツキは出るつもりがないみたいだけど……」 「まあ、そうだろうね。 『黒いリザードン』のこと、未だに忘れられないみたいだし。 でも、それはそれでいいと思えるよ。夢があるって、いいことじゃないか」 「そうね」 どんな夢であれ、抱かないよりは抱く方がいいに決まっている。 人様に迷惑をかけてしまうような夢ならともかく、アカツキの抱く夢は『黒いリザードン』に会うことなのだ。 どう解釈しても人様に迷惑をかけることではない。 だが、ナオミもハヅキも、心の底から『黒いリザードン』なる存在がいるとは信じきれていなかった。 百聞は一見にしかずという言葉があるくらいだ、無理もない。 それでも、信じてやりたいという気持ちはある。 真っ向から否定できるだけの証拠があるわけでもないのだ。 曖昧だからこそ、疑うのはやめておいた。 不必要な言動は、夢の実現に燃えているアカツキを傷つけてしまうだけだ。 「でもね、わたしはどちらも応援してるわ。なんたって、自慢の息子だもの」 それからは、しばらく無言だった。 話の種が尽きたわけではない。 ただ……ハヅキは窓の外を見つめた。 果てしなく広がる青い空。 同じ空の下、弟はどこを旅しているだろう。 元気にしているだろうか? アリゲイツも一緒にいるようだし、心配する必要などないのかもしれないが、それでも拭いきれないものがある。 勝つまでは絶対あきらめないという性格が仇になってしまわないかと。 「アカツキ、いつか会えればいいな……」 会って、一度でいい。トレーナーとしてバトルでもしてみたいものだ。 「ハヅキ、今日はゆっくりしていくんでしょ?」 「うん、そのつもり。今日はゆっくり休むよ。明日、また出て行くけど」 「そう。ホウエンリーグに出るんだもんね。頑張んなきゃ」 ナオミはウインクひとつして、ハヅキに見えるように、ギュッと拳を握りしめた。 頑張りなさいという、彼女なりのメッセージだった。 無論、頑張らないわけにはいかないではないか。 今まで戦ってきたジムリーダーが、渡してくれたバッジに賭けても。 ハヅキは次への目標を、しかし言葉にこそ出さなかったものの、静かに心の中で見据えていた。 第29話へと続く……