第30話 ダブルバトル!! アカツキVSハルカ -Vivacious fighting- 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」 彼女の顔を見つめながら、アカツキはただただ驚愕の叫びを上げていた。 先ほどまで日光浴を楽しんでいた少女。 ワカシャモとヌマクローが声を上げて騒いでいたから、目を覚ましたのだろう。 その彼女を見つめるアカツキの顔は驚愕に引きつっていた。 というのも…… 「は、は、ハルカ!?」 「アカツキじゃない!!」 日光浴を楽しんでいたのは、なんとハルカだったのだ。 「どうしたの、こんなところで……」 「見て分からなかった? 日光浴。これが気持ちいいのよ」 「えーと……」 当たり前の言葉を返され、アカツキはなにやら視線を逸らした。 なにせ、彼女はビキニ姿である。 どこに目をやればいいのか分からなかったのだ。 それに、どことなく頬に朱が差しているのは、果たして…… 「でも、驚いたな。 アカツキがこんなところにまで来るんだもの」 「それはぼくのセリフだよ。君の方こそ、まさか日光浴なんてしてたなんて……でも、久しぶりだね」 「そ〜ね。二週間ぶり……くらいだっけ?」 「うん」 久しぶりの再会でも、すぐに打ち解け合うことができたのは、ふたりが親友同士だったからだ。 先ほどまでの驚きが影を潜め、代わりに浮かび上がってくる安堵感。 親友としての間柄を、アカツキは感じずにいられなかった。 ハルカはヌマクローと仲良くはしゃいでいるワカシャモに目をやった。 彼女の視線を追うアカツキ。 タイプがまるで反対……ワカシャモにとっては、バトルするとしたら相性は半ば最悪であるにも関わらず、とても仲がよろしいことで。 友情はタイプをも超える、というのだろうか。 「仲、よさそうだね」 「そうね。アチャモが進化したんでしょ? あたしのヌマクローもね、ミズゴロウが進化してくれたの」 「そうみたいだね」 アカツキは頷いた。 旅立ちの際にアカツキとハルカ、ユウキがそれぞれ手にしたポケモン。 アチャモ、ミズゴロウ、キモリ。 アチャモはワカシャモに、ミズゴロウはヌマクローに、キモリはジュプトルに、それぞれ進化を果たした。 進化しても、お互いのことは覚えているのだろう。 出会い頭に火炎放射を浴びせたり水鉄砲を浴びたりなどという事態にはなっていないから、それは間違いない。 「ハルカは元気してた?」 「もちろん。そういうアカツキは?」 言いながら顔を向けられ、アカツキはドキッとした。 どうしてこんなに胸がドッキンドッキンするのだろう。 子供である彼にその理由は分かるはずもなかった。 気づくとしても、むやみやたらに先のこととなるだろう。 「ぼくは……まあ、それなりに元気にしてたよ。うん」 頬をポリポリ掻きながら、照れくさそうに言う。 そんな彼の表情があまりにあどけなくて、ハルカはニコッと笑みを深めた。 約半月前に同じ町を旅立った男の子は、旅立ちの時とまるで変わっていない。 彼が純粋な夢を語ってくれたことを思い出した。 「そういえば、黒いリザードンは見つけられた?」 「ううん、まだ途中だよ」 アカツキは首を横に振った。 今はまだその途中。 先はまだまだ長い。 アカツキ自身、それを自覚しているから、やきもきする気持ちを自制できる。 「そう。ま、これからだもんね。旅はまだ始まったばっかだし」 「うん。ハルカはどう? お父さんのようなトレーナーになれそうかい?」 「どうだろうねぇ」 ハルカはクスッと小さく笑い、傍らのバッグから着替えを取り出し、ビキニの上に着込んだ。 彼女の父とは、トウカシティのジムリーダーでもあるセンリのことだ。 彼の器の大きさには、アカツキもその場で尊敬さえ抱いた。 そんな彼のようになりたいのだから、さぞかし志は高いのだろう。もちろん、ハードルも。 「積もる話もあると思うけど……」 「?」 ハルカは椅子の傍に置いてあるバッグに手を伸ばした。 中に手を突っ込んで、すぐさま取り出す。彼女の手に握られていたのは、モンスターボール。 「もしかして……」 「そう。そのもしかして、よ」 ハルカは笑みを浮かべながら言った。 「ポケモンバトル、しましょ」 「……うん……いいけど」 アカツキは拒否しなかった。 ポケモンバトル自体が嫌いと言うわけではない。 だが、和気藹々としているワカシャモとヌマクローを見ていると、仲良しなふたりを戦わせていいのかと、そう思ってしまうのだ。 バトルで万が一友情(?)にヒビが入ろうものなら、それこそ一大事だ。 アカツキがどうも浮かない表情をしているのとは対照的に、ハルカはあっけらかんとしていた。 彼のようなことを考えていないからだろう。 「ほら、あたしもキミもポケモントレーナーなわけでしょ? 挨拶代わりにポケモンバトル。よくあることよね」 場を和ませるための言葉も、イマイチ効果が薄い。 アカツキはやはり表情を曇らせたままだ。 「あたし、お父さんみたいに強くなりたいわけね。 キミとバトルすることで、あたしがどこまでトレーナーとして強くなれたか、分かる気がするのよ」 「それは、いいんだけど……ねえ、ハルカ。 ワカシャモとヌマクローを戦わせるの? こんなに仲がいいのに……」 「え?」 ハルカはアカツキにつられるように、仲良く遊んでいるパートナーに目をやった。 幸せそうなヌマクローの顔。 今の今まで、こんな表情を見せたことがあっただろうか? 否。 笑顔なら何度も見てきた。 でも、今まで以上に素敵で輝いた笑顔。 アカツキの言いたいことが分かった。 幸せそうなヌマクローとワカシャモをバトルさせれば、その笑顔が見られなくなるかもしれない。 友情に亀裂を入れてしまうかもしれないことを、アカツキは危惧していたのだ。 今になって気づくなんて、あたしもまだまだよね。 ふっと息を漏らし、笑みが深まる。 アカツキはヌマクローとワカシャモを戦わせたくなかったのだ。 仲良しなふたりをバトルで引き裂きたくなかった。 だが―― ハルカにもハルカの言い分がある。 「でも、だからこそ、心置きなく戦えるんじゃない? お互い、負けたくないって思ってるの、きっと」 「そうなのかな……」 「ねえ、本当に仲良しだっていうんなら、バトルだけで友情に亀裂なんて入ると思う?」 「それは……」 アカツキは、はっとした。 どうして、ワカシャモとヌマクローの友情が『その程度』だと思っていたのだろう。 本当に仲がいいのなら、たったひとつの小さなきっかけでその友情が壊れてしまうことがあるだろうか。 その程度の友情が真の友情なのだろうか? 「やっぱキミって優しいよね。 あたしも、それっていいと思うよ。 でも、バトルとなったら話は別。 あたしも、キミも。トレーナーなんだから。 精一杯、力を出し切って戦わなくちゃ!!」 「分かった……」 アカツキは頷いた。 もう、迷ったりなんかしない。 先ほどまでの浮かない表情が嘘であるかのように、彼の瞳には強い意志の輝きが宿っていた。 トレーナーとして、精一杯のバトルをするという、強い意志だ。 そんなアカツキの意気込みを感じ取ってか、ハルカも俄然やる気になってきた。 「ハルカ。ルールなんだけど……」 「そうね、何がいいかしら?」 「ダブルバトルなんてどうかなぁ?」 「ダブルバトル? 何、それ?」 「え、知らないの?」 「うん」 ハルカはダブルバトルを知らないらしい。 とはいえ、アカツキもアヤカに教えられるまでは、中身はおろか名前さえ知らなかったのだ。 一概に彼女を無知と決め付けることはできない。 「ぼくも人から聞いたんだけど、ダブルバトルってのは……ほら、普通は一対一で勝負するでしょ?」 「うん」 「でも、ダブルバトルは二対二の勝負なんだ。 お互い二体ずつポケモンを出して勝負する。 どっちかのトレーナーのポケモンがすべて戦闘不能になったら、その時点で負け。そんな感じ」 「へえ……そんなバトルがあったんだぁ……」 ハルカは興味津々と言った様子で、アカツキの話に聞き入っていた。 「よし、決めた。それにしましょ」 「早いね……」 「もちろん。そんな面白そうなルール、試さないワケないっしょ?」 「まあ、そりゃそうなんだけど……なんだかなあ……」 アカツキは首を傾げ、頬を掻いた。 目の前にいる女の子は、面白いものには積極的にアプローチするらしい。 無茶というか、何と言うか……でも、何事もやらないよりやる方がいいに決まっている。 そういったところでは、二人とも同じ意見を持っていた。 「んじゃ、お互い二体ずつポケモンを……」 アカツキは彼女の言葉を背中で聞きながら、ワカシャモを呼び寄せた。 和気藹々としていたところを妨害されたも同然だが、ワカシャモは素直にトレーナーの指示に従った。 もしかすると、これからのことを予感していたのかもしれない。 対するヌマクローも、笑みはそのままでハルカの方へ歩いていく。 ふたりは約十五メートルの距離を取り、対峙する。 先ほどまでの人懐っこい笑みは影を潜め、アカツキを見つめるハルカの表情は引き締まっていた。 真剣そのものだが、口の端に浮かんだ微かな笑みは、バトルするのが楽しみだわ、と物語っているかのようだった。 「ハルカはきっとヌマクローを出してくる……」 アカツキは直感した。 ヌマクローのタイプは、図鑑によると水と地面。炎タイプのワカシャモからすれば、相性的に悪い……どころか最悪だ。 なら、ワカシャモを外して、アリゲイツとジグザグマで勝負するか……相性の悪さを考えなければ、それが一番だ。 だが、傍らのワカシャモに目をやって、その考えが変わった。 いつになく真剣な目をヌマクローに注いでいる。 お友達で……それでいてライバルということか。 トレーナーと同じように、お互いをライバル視しているのかもしれない。 それなら…… 「キミの気持ち、無駄にしたくないな……」 ワカシャモの肩に手を置いて、そっとつぶやく。 その言葉の意味まで理解したのか、ワカシャモは頷いてみせた。 「よし……」 アカツキは出すポケモンを決めた。 もうひとつ、モンスターボールを手に取って―― 「あたしから出すわよ!!」 堂々と宣言し、手にしたモンスターボールを投げるハルカ。 投げた数がひとつということは、ヌマクローを出してくるつもりだ。 彼女の投げたモンスターボールはすぐに口を開き、ポケモンを放出した。 そのポケモンは―― 「るぅぅぅぅ……」 「どう!? あたしのキルリアは!?」 「キルリア?」 ハルカが繰り出してきたポケモン――キルリアに向けて、図鑑のセンサーを向ける。 見た目は、白い衣装に身を包んだバレリーナだ。 「キルリア。かんじょうポケモン。ラルトスの進化形。 トレーナーの明るい感情に触れることで、強く美しく成長すると言われている。 小柄ながらも、その身に宿したサイコパワーで幻の景色を映し出すことがあるという」 「初めて見るポケモンだな……」 タイプはエスパー。 格闘タイプのワカシャモにはかなりキツイが、根性とその他いくつかがあれば、なんとかなるはずだ。 背中にまで届いた緑の髪をきっちり左右に分け、髪を押しのけて生えている赤い出っ張りは耳だろうか。 見方によっては角に見えないこともない。 髪によって片方の目が隠れてしまっている辺り、どうも陰のある雰囲気を作り出している。 でも、だからこそ油断はできない。 何事も、見た目ではないのだ。 すらりとした全身は、やせ細っているようにも思える。 首からお腹までは裾の広がったドレスのような感じで――でも、おそらくは身体の一部分だろう。 そこからはみ出すように、細長い緑の足。 身長こそヌマクローと大差ないが、ぱっと見た目、変わった女の子に見えないこともない。 「一体どこでゲットしてきたんだろう……」 なんてキルリアを見ながら思っていると―― 「さ、キミのポケモンも見せてよね!!」 「もちろん」 アカツキは頷いて、モンスターボールを投げた!! 放物線を描いて落下したボールは口を開き、中からジグザグマが飛び出してきた!! 「ぐぐーっ!!」 元気な声を上げるジグザグマを見たハルカは瞳を輝かせて―― 「いやーん!! かっわいーっ!!」 バトルすることすら忘れ、一目散にジグザグマの元へと猛ダッシュ!! 「ぐ、ぐぐっ!?」 一瞬で間合いを詰められ、ジグザグマはビックリした。 もっとも、ビックリしたのはアカツキもワカシャモも同じだったが。 「かわいいポケモンじゃない。どこでゲットしてきたの? いや〜ん、かわい〜」 ぷにぷにとジグザグマの頬を指でソフトに突いてみたり、ジグザグ模様の毛が生えた背中を撫でてみたり。 「えっと……」 これにはどう対処すればいいものか。 アカツキは呆然とハルカを見つめた。 まさか無理やり引き離すわけにもいかないし…… それに、ジグザグマに嫌がっている様子は見られない。 ビックリしてはいたものの、喉を撫でられて、 「ジグザグぅ……」 気持ちよさそうな声まで出している。 その様子を見つめているハルカのポケモン――ヌマクローとキルリアの視線が、どことなく痛いく感じるのは気のせいだろうか……? 俺たちのトレーナーを横取りするな、他人のポケモンのくせに……とでも言いたそうに。 刃物のような視線に耐えかねて、アカツキはハルカに言葉をかけた。 「ね、ねえ、ハルカ。そろそろ始めない?」 「そうね」 粘られると思っていただけに、あっさり引き下がってくれたのは意外だった。 だが、最後に―― 「ジグザグマちゃん。 ごめんね、今回はバトルだから、あなたにも攻撃しちゃうけど……許してね」 律儀にもそんなことを言って、それから持ち場に戻った。 「さ、始めましょっか。アカツキはワカシャモとジグザグマでいいのね?」 「うん!!」 なんて紆余曲折はあったが、ようやくダブルバトルが始まろうとしていた。 アカツキもハルカも、ダブルバトルには不慣れなのだ。 どんなバトルになるか、まるで予想もつかない。 だが―― 「あたしから行かせてもらうわよ!!」 啖呵を切って、指示を下す。 「ヌマクロー、ワカシャモに水鉄砲!! キルリア、瞑想!!」 彼女の堂々とした指示に、ヌマクローが口を開いて、水の本流を発射した!! キルリアはその場で動かず目を閉じる。 さすがはジムリーダーの娘ということか……初めてのダブルバトルにもかかわらず、萎縮することなく、むしろ堂々としている。 「相性が悪いなら……速攻で決める!!」 長引けば長引くほど、不利になる。 アキレス腱はワカシャモ。 しかも、ハルカのポケモンはワカシャモの弱点を突くような、嫌らしい布陣。 なら、せめてどちらかでも一撃で倒すつもりでなければ!! ギュッと拳を握りしめ―― 「ワカシャモ、避けてキルリアに火炎放射!! ジグザグマはヌマクローに頭突きだ!!」 防御などしていては、すぐに負ける。 ハルカがトレーナーとしてどこまで腕を上げたかは分からないが、進化を経たポケモンが相手である以上、ここは一気に決めるしかない。 ワカシャモは向かい来る水流から身を避わし、炎をキルリアめがけて噴き出した。 「か、火炎放射!? うっそーっ!!」 ハルカはワカシャモの炎を見て驚きまくっていた。 相性で勝てると思っていただけに、こんな強力な技を覚えていたとは。 もっとも、キルリアのエスパータイプは格闘タイプに強いだけで、炎タイプとは普通の相性である。 だから、こんな炎を食らえば大ダメージは必至。 「ヌマクロー、火炎放射を消して!!」 こんなのをまともに食らった日には、確実に戦闘不能だ。 キルリアの体力の低さは、ハルカにも分かっていた。 だから、食らわないようにするしかない。 キルリアは瞑想中。瞑想が終わるまでにその場を動いてしまえば、その効果が発現しない。 ヌマクローが、キルリアめがけて突き進む火炎放射へと水鉄砲を発射する!! 威力もスピードも、アリゲイツとほぼ互角だ。よく育てられているのが分かる。 だが、その隙にジグザグマが懸命にヌマクローへと駆け出していた!! そこまで狙っていたわけではないが、ヌマクローが火炎放射に気を取られているのはラッキーだった。 それくらい、インパクトの強い技だったということだ。 火炎放射と水鉄砲がぶつかり、水蒸気が立ち込める!! 「うわ、何なのよこれ!!」 視界を塞がれ、うろたえるハルカ。 一応、火炎放射を食い止めることには成功したのだが、その先は―― 「ぐぐーっ!!」 勢いづいたジグザグマは、瞬く間に間合いを詰めて、ジャンプ!! 水蒸気の中へと臆することなく突っ込んでいく!! ぶあっ!! 艶々の体毛に水滴がつく。 だが、そんなことにこだわってはいられない。 すぐさま水蒸気の霧の中を抜け、その先に―― 「ヌマクロー、避けて!!」 「ワカシャモ、キルリアに火炎放射!!」 両者が指示を下した、その刹那。 どんっ!! 水蒸気の中から飛び出してきたジグザグマの頭突きが、ヌマクローの顔面に突き刺さった!! 「クローっ!!」 悲鳴をあげ、仰向けに倒れるヌマクロー。 「ああ、ヌマクロー!!」 頭突きがまともに入った。ダメージはかなりのものだ。 だが―― ワカシャモの援護を得ていないジグザグマは、格好の的だ!! 今なら、ジグザグマを倒せる。 無論アカツキもそれを見越して火炎放射を放ったわけだが、それが届く前に、ハルカが攻勢に出た。 「今よ、キルリア。サイコキネシス!!」 「ジグザグマ、体当たり!!」 アカツキも慌てて指示を下すが、わずかに遅かった。 水蒸気が晴れて最初に見えたのは、キルリアの身体が淡いブルーの光に包まれているところだった。 サイコキネシス? 聞いたことのない技だ。 だが、サイコキネシスは、トレーナー泣かせの技として有名なのだ。 エスパータイプの技でも高い威力を誇り、相手の自由を奪った上でダメージを与える。 ダブルバトルでは、それこそ凶悪なまでの効果を発揮するのだ。 「面白い……面白いじゃない、ダブルバトルって!!」 ハルカはダブルバトルに底知れぬ魅力を感じていた。 シングルバトルではとても考えられないような戦略性の高さ。 二体同時に動かさなければ相手に勝てないという緊張感、臨場感。 それらが、ふたりを別世界へと案内していた。 だから、気づかなかった。 周囲にすっかり人だかりができていることに。バトルに完全に集中しきっていたのだ。 まあ、トレーナーがバトルに集中して他に気が回らなくなるというのは、ままあることだから、仕方ないか。 いきなりビーチの端でバトルが始まって、第一発見者が友達にその模様を携帯電話で報告。 報告を受けた友達が思いっきり騒ぎ立てながら移動したものだから…… しかもその友達がやたらと美人で、その影響を受けた卑しい男たちがそれこそ束になっていた。 ふたりのバトルはすっかりショーさながらの雰囲気に包まれてしまっていた。 もっとも、そんな経緯があったことなど、当のふたりはまるで知らなかったが。 体当たりがキルリアに命中する直前、ジグザグマの動きがピタリと止まった。 「え?」 一体何が起こったと言うのか。 空中で、飛びかかる体勢で、ジグザグマは完全に固まってしまったのだ。 身体が石になったように、まるで動かない。 「キルリア、そのままジグザグマを盾にするのよ!!」 「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」 これにはアカツキもビックリ仰天。 ワカシャモの火炎放射がキルリアに迫るが、キルリアはさっとジグザグマの影に隠れた。 そして―― ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 火炎放射がジグザグマとキルリアを飲み込んだ!! 「ああ、ジグザグマ!!」 まさかこんな使い方をされるとは予想もつかなかった。 攻撃と防御を兼ねた、絶妙(?)な技の使い方だ。 「シャモ!?」 ワカシャモはドキッとした。 キルリアに放ったつもりの火炎放射が、いつの間にか味方であるジグザグマまで巻き込んでしまっているではないか!! 咄嗟に炎を吐くのを止めて、事態を見守る。 炎が消えた後に残っていたのは…… 『あっ!!』 アカツキとハルカは同時に叫んだ。 ジグザグマとキルリアが、仲良く倒れているではないか!! 両者ともあちこち身体を焦がして、目を回して倒れている。 「うそ、なんて威力なの……」 ハルカは呆然とつぶやいた。 必殺の『ジグザグマ・シールド(即席で命名)』でさえ、火炎放射の前には無力だったということになる。 もっとも、サイコキネシスで拘束した相手を広範囲の技に対する盾にするというのは、ついさっき思いついたばかりだったのだが…… つくづく恐ろしいことを考える女の子である。 だが、これも立派な戦術。 利用できるものは何でも……それこそ相手のポケモンや自然の条件などを利用する。それがポケモンバトルの真骨頂だ。 「ジグザグマ……」 アカツキは味方を巻き込んでしまったという罪悪感を抱いていた。 こうなったのは、明らかに自分のミス。 攻撃範囲まで頭に入れていなかった、痛恨のミスだ。 もう起こってしまったのだから、悔やんでも悔やみきれるものではないが、それでもこれから挽回してみせる。 固く拳を握りしめ、 「戻って、ジグザグマ!!」 「キルリアも!!」 ほぼ同時にふたりはそれぞれのポケモンをモンスターボールに戻した。 「しっかし……キルリアが一撃でやられちゃうなんて…… 確かに、体力には自信なかったけどさ」 ハルカはワカシャモの火炎放射の威力に、背筋を震わせた。 ジグザグマ・シールドをすら粉砕する威力。 キルリアが体力的に優れないポケモンであることを差し引いても、威力はすさまじいと言わざるを得ない。 「大変なのはこれからか……」 むくっと起き上がったヌマクローを見つめ、アカツキは胸中でつぶやいた。 キルリアを倒したとはいえ、ジグザグマまで戦闘不能になってしまったデメリットは大きい。 ワカシャモの苦手なタイプがひとつ減ったとはいえど、ヌマクローが相性的に最悪なのは変わりがない。 一対一の分、気苦労が減ったのは……唯一の収穫かもしれないが。 ヌマクローの目つきが変わった。 『本気』を知らしめるような目つきだ。 戦いはこれからが本番だと言わんばかり。 もちろん、アカツキもそう感じているわけで…… 「やるわね、アカツキ。 正直、ここまでやるなんて思ってなかったわ」 「ぼくも。ハルカって、意外と強かったんだね」 などと軽口を叩き合う。 それでも、まだギャラリーの存在に気づかない。 空気のように無視し続けている。 お互い、相手のことを認め合った。だから、バトルを純粋に楽しめる。 勝ち負けを度外視して。 「でも、勝つのはあたしよ。分かってるでしょ? 相性じゃ、キミの方が不利なんだもの」 「相性ひとつですべてが決まるほど簡単じゃないと思うよ」 「そうかもね」 苦笑するハルカ。 ポケモンバトルが数式や理論で成り立つものではないと、常々センリから言われ続けてきただけに、すんなり納得できる。 「ワカシャモ、接近戦で一気に決着つけるよ。二度蹴り!!」 アカツキが先手を取った。 水タイプのヌマクロー相手では、火炎放射は効果が薄い。それなら、格闘タイプの技で蹴散らすのみだ。 接近戦なら、ワカシャモの右に出るポケモンなどそうはいない。アカツキはそう踏んでいる。 「シャモぉぉぉっ!!」 耳に痛い雄叫びを上げながら、駆け出すワカシャモ。 「やっぱり接近戦で来たわね……!!」 予想はしていた。 ワカシャモのタイプは炎と格闘。図鑑を見たわけではないが、一応予備知識として頭に入れていたのだ。 だから、効果の薄い炎タイプよりも、格闘タイプに頼ってくるであろう事も、容易に想像がつく。 「だけどね、接近戦はヌマクローだって、結構得意なんだよ」 ハルカは内心ほくそ笑んだ。 ヌマクローのタイプは水と地面。地面タイプは物理攻撃だ。 もっとも―― 「ヌマクローにはヌマクローなりの戦い方ってものが、あるんだよ〜」 だから、それをこれから見せてやるのだ。 「ヌマクロー、マッドショット!!」 「マクローっ!!」 ヌマクローが口を大きく開くと、泥のボールを吐き出した!! どどどどどどっ!! 猛烈な勢いで泥のボールが飛んでくる!! 「マッドショット……地面タイプの技か!!」 ポケモントレーナーズスクールで習った知識がここで役に立った。 マッドショット……地面タイプの技で、泥を凝縮したボールを吐き出して攻撃する。 それだけを聞くと汚い技に聞こえるが、これも立派な技である。 ともかく、泥のボールに当たると、まとわりついた泥によって素早さが下がってしまうのだ。 そんな技を受ければ、状況はますます不利になる。 ならば…… 「ワカシャモ、火炎放射で焼いちゃって!!」 避けたら避けたで、水鉄砲が来るに違いない。 アカツキはそう考えて、指示を下した。 ワカシャモは器用にも、走りながら炎を吐き出す!! 泥と炎が真正面からぶつかって、泥の水分が吹き飛ぶ。 瞬く間に推進力を失って、ただの土塊となって地面に落ちていく。 「今よ、ヌマクロー。水鉄砲!!」 言い終えるが早いか、ヌマクローは水鉄砲を発射!! 木の板なら撃ち抜く勢いの水鉄砲が、狙い違わずワカシャモにクリーンヒット!! 「ワカシャモ!!」 苦手な技をまともに食らって、ワカシャモはたじろいだ。 水鉄砲にさらされ、徐々に押される。 だが―― きっ!! 赤い目を見開いて、吹きつけてくる水の流れに逆らうように前へと進んでいく!! 「え……!?」 これにはハルカも驚いた。 ワカシャモにとって効果抜群な水タイプの技。 自慢じゃないが、ヌマクローの水鉄砲はかなり強力だと思っている。 だが、それをまともに食らって、あまつさえダメージを受けていると言うのに、それでも進んでくるなどと…… とてもではないが信じられない光景だった。 「ワカシャモ、頑張って!!」 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……」 アカツキの声援に背中を押されるように、じりじりと、少しずつ、しかし着実にヌマクローとの距離を詰めていく。 「ヌマクロー、全力でやっちゃって!!」 このまま接近戦に持ち込まれては、水鉄砲もマッドショットも使えなくなる。 なら、その前にノックアウトするしかない。 ハルカはそう判断したようだった。 彼女の指示を受けて水鉄砲を強めるヌマクロー。 次第に強くなる流れにも、ワカシャモは負けなかった。 恐るべき根性を伴った底力を如何なく発揮し、一メートル、また一メートルと間合いを詰めていった。 「ど、どこにこんな根性があるっていうの?」 ハルカは驚愕した。 ポケモンはトレーナーを映す鏡という言葉がある。 もしかしたらこれがそうなのかもしれない……およそ考えられないような状況を説明するにはもってこいの言葉だった。 ワカシャモの体力は限界ギリギリまで磨り減っている。 言い換えれば、弱い攻撃でも、一発ヒットすればそれで終わりと言うことになる。 しかし、絶え間なく水鉄砲を受けていながら、ワカシャモは倒れるどころか、力強い歩みを見せているではないか。 「ヌマクロー、もっと強く!!」 指示するものの、ヌマクローの水鉄砲はこれが限界だった。 必死の形相で水鉄砲を発射し続けるヌマクローの表情は鬼気迫るものがありながらも、疲れが色濃くにじみ出ている。 「負けない」 アカツキはポツリとつぶやいた。 ワカシャモはこんなに簡単に負けるようなポケモンじゃない。 トレーナーとして誰よりも誇れる、大切な仲間だ。 今までにだってピンチは何度もあった。 その度に首の皮一枚で切り抜けてきたのだ。今回も、負けたりはしないはず。 確かな信頼感。 ポケモンとトレーナーの絆は、目には見えなくてもお互いにちゃんとつながっている。 心と心で感じ合える。 それを立証するかのように、ワカシャモは水鉄砲に逆らい続け、やがてヌマクローの手(前脚)をがっちりつかんだ。 「クローっ!?」 驚愕の表情を見せるヌマクロー。驚きで水鉄砲を吐くのを止めてしまった。 「ヌマクロー、負けちゃイヤ!!」 切羽詰ったハルカの声。 その声にはっとして、ヌマクローがワカシャモの腕をつかむ。 お互い負けられない気持ちが働き、がっちりと組み合っている。 アカツキもハルカも、それぞれのポケモンが持つ最大の強み――近距離、遠距離共に使える技を指示しなかった。 距離が近すぎるせいで、まず間違いなくバックファイアにさらされる。 そうなると、それだけで戦闘不能になりかねない。 ぐぐぐぐ…… 必死の形相で組み合うワカシャモとヌマクロー。 仲がいいからこそ、余計に負けられないと思っているのだろう。 勝ち負けがハッキリしても、その仲にヒビが入ったりしないことに、アカツキはその光景を見て悟った。 「負けたくないって思ってるのは、友達だから……なんだな……」 ユウキと戦った時もそうだった。 相手がユウキだから負けたくないって、強く思ったのを、思い出した。 「負けたくはないけど…… でも、勝ち負けより大切なものって、きっとあるんだ。 精一杯頑張ってくれれば……負けたっていいって思えるよ」 ツツジとの勝負に敗れたことが、アカツキが抱いていた『負け=それで終わり』という概念を打ち砕いてくれた。 だから、今ではもうあまり勝ち負けにはこだわらなくなった。 もちろん、勝つのが一番いいに違いないが。 と、戦う二体のポケモンの向こうに陣取っているハルカに視線をやると―― 彼女も、アカツキの顔を見つめてきた。 口の端に笑みが浮かんでいる。お互いの強さを認め合っていると分かった。 ならば―― 「ワカシャモ、切り裂く攻撃!!」 「ヌマクロー、突進よ!!」 ほぼ同時に指示を下す両者。 ワカシャモはヌマクローの脚を離し、その腕を思いっきり振りかぶった!! ヌマクローもワカシャモの腕を離し、前傾姿勢を取った!! そして。 どんっ!! ワカシャモの切り裂く攻撃がヒットした瞬間、ヌマクローの突進もまたワカシャモにヒットした!! 吹き飛ばされ、毬のようにビーチを転がるワカシャモ。数回転して、やっと止まる。うつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かない。 切り裂く攻撃を受けて、仰向けに倒れるヌマクロー。 お互いの会心の一撃。 しかも、お互い体力はギリギリだった。 唾を飲み下し、手に汗握りながら成り行きを見守る。 一分が過ぎ、しかしワカシャモもヌマクローも立ち上がる気配どころか、指の一本さえ動かない。 「ハルカ。お互い、これ以上のバトルは無理みたいだね」 「そうみたいね」 アカツキの言葉に、笑みを浮かべるハルカ。 満足いく戦いができたと、そう物語っている笑みを受けて、アカツキも表情をほころばせた。 『戻って』 ふたりとも、それぞれのパートナーをモンスターボールに戻した。 と、そこで…… わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 二人を取り囲んでいたギャラリーから歓声が上がった。 拍手と声援が、激しいバトルを繰り広げたふたりに贈られる。 そこで初めて、アカツキもハルカもギャラリーの存在に気づいた。 それくらい、バトルに没頭していたのだ。 こんな大勢の人に見られていたなんて……アカツキの顔は見る間に紅く染まっていった。 恥ずかしい気持ちでいっぱいになったのだ。 それはハルカも同じだったようで、余所余所しく視線を泳がせている。 「いいバトルだったわよーっ!!」 バトルの第一発見者である女性――要するに、ギャラリーを連れてくるきっかけを作った女性が、声を大にして言った。 いよいよ歓声が大きくなる。 あふれんばかりに、耳が痛くなるほどに。 「あははは……」 アカツキは力なく笑った。 バトルに没頭し火照っていた身体も、急激にその熱を失って。 ただ、笑うしかなかった。 第31話へと続く……