第35話 引き合う力 -PLUS & MINUS- カイナシティとキンセツシティを結ぶ110番道路を歩きながら、アカツキはひとつの疑問を抱いていた。 ――どうしてこの道路は変な形してるんだろう、と。 彼がそう思うのも、無理はなかった。 というのも、110番道路は、陸と空に設けられた二つの道路が何度も交差しているからである。 空に設けられているのは、ホウエン地方で唯一のサイクリングロードで、太いコンクリート柱で支えられている。 言うまでもなく、自転車でなければ通行できない。 だから、アカツキが通っているのは下の道路――トレーナーが主に通る道路だった。 ふたつの道路は、カイナシティ側とキンセツシティ側のそれぞれで合流する。 とはいえ、自転車など、仮に折り畳みが可能なタイプだとしてもお荷物になる。 持ってきているはずもない。 「でも、一度はサイクリングロードを自転車に乗って颯爽と下ってみたいなぁ」 およそ男の子というのは、自転車に乗ってサイクリングロードを駆け下りることを夢見るものらしい。 しかし、今は旅の途中。 『黒いリザードン』をゲットできれば、自転車どころか、リザードンの背中に乗って、空を悠々自適に駆け回ってやるのだ。 「キンセツシティまではもう少しだ」 手に持ったマップに視線を落とし、現在位置を確認する。 道路のあちこちにはキロポストが建てられ、そこに書かれている数字をマップと照合することで、現在地を知ることができるのだ。 カイナシティを出発して三日目の昼。 カイナシティとキンセツシティのちょうど中間地点と言ったところか。 カイナシティでは、たった一日の間にいろいろなことがあった。 広い道路を誰の目も気にせずに歩くというのは、羽を伸ばすという意味も含まれていた。 マップをリュックにしまって、再びキンセツシティへ向けて歩き出したところで―― 「ん?」 道の先から何かが走ってくるのが見えた。 何だろうと思い、再び足を止める。 近づいてくるにつれ、輪郭が鮮明になってきた。 「なんだろ、あれ?」 アカツキはポケモン図鑑を取り出すと、走ってくるものに向けてセンサーを向けた。 ぴぴっ、という音を立てて、センサーが反応する。 どうやら、ポケモンのようだ。 「マイナン。おうえんポケモン。 自分よりも仲間の応援を優先するという性格の持ち主。 身体から発する電気をショートさせて、派手に火花を散らしながら仲間を応援する。 また、仲間が負けそうになると、応援に力が入るのか、火花の数が増えるらしい」 カリン女史のありがたい説明が終わるよりも早く、そのポケモン――マイナンはアカツキの脇を通り過ぎて行った。 「マイナン……? これが?」 アカツキは通り過ぎたマイナンに身体を向け、ポケモン図鑑に視線を落とした。 身長はアカツキの膝ほどもなかっただろうか。 白とクリーム色が混ざったような色彩の身体に、くりくりした丸い瞳。 特徴といえるのは、身体の割に大きな耳と手が水色であることと、左右の頬に『−(マイナス)』が描かれているところだろうか。 尻尾は水色で、形状は一直線。頬と同じように、マイナスに見えないこともない。 「なんだろう、いきなり……」 マイナンは電光石火のごときスピードで脇を通り過ぎていった。 あまりに速かったので、表情までは見えなかったが、何か鬼気迫るものがあったように思う。 ポケモン図鑑の説明によれば、走り回るようなポケモンではないらしいのだが…… マイナンが走り去った方角には、アカツキが通ってきた道が続いている。 このまま道沿いに進めばカイナシティにたどり着くが……しばらく行った先は、道の脇に森が広がっている。 しかし、実に不可解。 普通、ポケモンというのは人間の通り道に容易に姿を現したりはしない。 よほど自己顕示欲の強いポケモンであれば、あるいは平気で道を歩いているようなこともあるかもしれないが…… 「ま、いっか」 別に、関係あるわけでもなし。 アカツキは走り去ったマイナンに背を向け、歩き出した。 だが、いずれそのマイナンをめぐるいざこざに巻き込まれるなど、想像すら抱けなかった。 「今日はここで泊まっていこうかな」 アカツキは道路の途中にあるポケモンセンターに立ち寄った。 野宿も悪くはないが、たまにはふかふかのベッドで眠りたい……そう思ってのことだった。 軽率だ、馬鹿馬鹿しい動機だとは言うなかれ。 なにせアカツキはまだ十一歳である。環境の変化にはかなり敏感なのだ。 丸太作りの、ログハウスを思わせるポケモンセンターのロビーは、外観よりも広く思えた。 テーブルとソファが中央部にいくつか並べられており、少年がふたり隣り合って腰を下ろし、何やら話に花を咲かせている。 「ジョーイさん、今日泊まりたいんですけど」 「かしこまりました。部屋は右側の通路を入ってすぐのところです」 「はい、ありがとうございます」 アカツキは部屋の鍵を受け取り、ぺこりと頭を下げた。 このまま明日の朝まで、借りた部屋で休んでいるのも悪くはないが、ロビーのソファに腰を下ろした。 リュックをテーブルに置いて、中から手の平サイズのタオルを取り出した。 それから腰のモンスターボールもテーブルに置いて、ひとつを手に取った。 「キレイにしなくちゃね」 きゅっ、きゅっと、モンスターボールを磨き始める。 息を吹きかけながら念入りに磨いて汚れを拭き取る。 燦々と降り注ぐライトに掲げながら、まだ汚れがないかと調べる。 ひとつ、ふたつと終えて、最後のひとつになったところで、気になる話が耳に飛び込んできた。 少し離れた場所に座っているふたりの少年のものだった。 先ほどまでは声も小さめで、よく分からないことを話していたから、大して気にもしていなかったが…… モンスターボールを磨く手を止め、聞き入る。 「おい、どうする気なんだよ。あのマイナン、結構怒ってたぞ?」 「うん、探しに行きたいのは山々なんだけど……今回は本気で怒ってたな。 プラスルとあそこまで激しくケンカしたのって、初めてなんだ」 「探しに行くんだろ?」 「そりゃあ……」 アカツキは少年たちの方に顔を向けた。 「――あれ?」 そのうちのひとりに見覚えがあり、眉をひそめる。 見てる方が恥ずかしくなるようなピンクのエプロンと、三角巾を身につけている少年だ。 と、アカツキの視線が気になったか、彼はこちらを向いて―― 「お、久しぶり〜。元気してた?」 第一声は再会を喜ぶものだった。 そこでアカツキは思い出した。 「セイジ……だよね?」 「ああ。覚えててくれたんだな、うれしいぜ」 少年――セイジは笑みを浮かべた。 旅に出て二日目に、とある災難で離れ離れになってしまったアチャモをアカツキの元に連れてきてくれた、ポケモンブリーダーだ。 それからバトルをして、ビギナーズラックも味方したのだろう、辛うじてアカツキが勝利を収めた。 「セイジ、知り合い?」 もうひとりの少年が、覗き込むようにアカツキを見つめる。 彼もアカツキと同じくらいの年頃で、地毛なのか染めたのか、鮮やかなグリーンの髪をしている。 身体の線が細く、表情もどこか弱気に見えるから、ひ弱な印象を持たせる少年だ。 その上、ちょっと変わったワイシャツとくすんだ緑の長ズボンに身を包んでいる。 お世辞にもファッションセンスは良くないが、そちらよりもむしろ、表面的なひ弱さに目が行く。 本人はもしかしたらこれで似合っていると思っているのかもしれないが……それは口にしないことにした。 「ああ。いつか話したろ。 トレーナーになりたてのやつに負けちまったって。それがこいつだよ。 名前はアカツキっていうんだ」 「よろしく」 アカツキは少年に微笑みかけた。 ひ弱そうに見える外見とは裏腹に、瞳は何やら複雑な思いを呈しているようで、外見とはまた違った印象をもたらしていた。 警戒していると思ったので、微笑みでそれを解こうと思ったのだ。 そんなアカツキの気持ちが通じたのか、少年も笑みを浮かべた。 「そうそう。こいつはミツル。オレのダチだ」 「ミツルです。よろしく」 紹介されて、少年――ミツルは頭を下げた。 「で、なに話してたの? マイナンがどうかしたわけ?」 アカツキの言葉に、ミツルの表情が曇る。 先ほどの笑みが嘘だったように、今やまるで病人にさえ見える始末だ。 「ああ……実はな……」 セイジは彼を横目で見つめた。 躊躇いがちな口調は、彼のことを考えているからだが、ミツルは自分から話し始めた。 セイジの気持ちを汲み取ったからかもしれない。 「マイナンがプラスルとケンカして、飛び出していったんだ」 「ケンカ?」 「うん」 オウム返しするアカツキに対し、ミツルは弱々しく頷いた。 これは本気で重症かもしれない……アカツキは思い切り沈みまくった彼の表情を見つめ、そう思った。 少しでも穿った見方をすれば、今のミツルは一家心中寸前の家主のようにすら見えてしまうのだ。 「プラスルとマイナン。知ってるだろ?」 「マイナンなら知ってるけど……プラスルって?」 「こういう感じのやつ」 セイジは傍にあったスケッチブックと鉛筆を手にとって、スラスラとプラスルのイラストを描いて見せた。 描かれたのは、先ほど見たマイナンによく似たポケモンだった。 「へえ……」 見た目はマイナンによく似ているが、もちろん違いもいくつかあった。 尻尾の形が『+(プラス)』になっているのと、頬にも同じように『+』のマークがあるのが、マイナンとの違いか。 体つきや雰囲気も、マイナンに似ている。 「プラスルもマイナンも同じ電気タイプでさ。 実はすっげぇ仲良しなんだ。 ふたりが近くにいると、お互いのパワーがアップする特性持っててさ、でも片方だけだとあんま強くないんだよ」 「ふーん」 「普段はすっげぇ仲いいんだけど、どういうわけかこいつのプラスルとマイナンがケンカして、マイナンの方が逃げちまったんだよ。 まったく理由も分からないし、突然のことだから、止める暇もなかった」 淡々と説明してのけるセイジとは対照的に、ミツルは俯いて、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。 原因が分からないから、苦しいのだろう。 人間、苦しい原因が分かれば。多少はその苦しみも和らぐ。 だが、分からなければ増幅される。 気持ちの持ち方ひとつで感じる痛みさえ変わってくるのだ。 「ん? マイナンが逃げ出したってことは?」 もしかしたら、という想像が脳裏に湧き上がる。 先ほど猛烈な勢いで脇を通り過ぎていったあのマイナンは、もしかすると…… 確かめるために、アカツキは口を開いた。 「そのマイナン、もしかしたら、カイナシティの方に向かったのかもしれないよ」 「え?」 その言葉に、弾かれたようにミツルが顔を上げた。 少しだけ表情が上向く。 「どうして知ってんだ?」 「さっき、マイナンとすれ違ったんだよ。 すごい勢いで走っていったよ。 ミツルのマイナンかどうかは分からないけど」 「きっと僕のマイナンだ」 ミツルは断言した。 ぎゅっと拳を握りしめながら。 彼がマイナンのことを真剣に想っていると分かる一幕だ。 「そっか。そのことでさっき話してたんだね」 「ああ」 ちらりとミツルに視線を向けるアカツキ。 自分のポケモンに愛情を抱けないような人間はトレーナー失格である。 『ポケモンは道具だ』などと一時期言われていた時代もあったが、それは遠い昔の話。 今やポケモンは人間と共に歩み、生きている存在だ。 かけがえのない大切なパートナーである。 だから…… 「探しに行くんだろ?」 「もちろん!!」 ミツルは声を大にすると、勢いよく立ち上がった。 がたんとテーブルが大きな音を立てるが、そんなことには一切構っていない様子だった。 一刻も早くマイナンを助け出したいという気持ちが、真剣な表情から、嫌というほど伝わってくる。 「マイナンのこと、本当によく考えてるんだな……」 アカツキはミツルの真摯な様子に胸を打たれた。 先ほどまで、今にも死にそうな顔をしていたのに、今は違う。 ポケモンのために命賭けますと言わんばかりの、そんな表情をしている。 「で、物は頼みってやつなんだけどさ、手伝ってもらえないか? マイナン探すの」 「分かった。手伝うよ」 「サンキュ。恩に着るぜ」 「ありがとう、アカツキ」 アカツキが快諾すると、ふたりは交互に礼を言った。 照れくささを感じながら礼を受け、アカツキも立ち上がった。 「探しに行こう!!」 「このあたりですれ違ったんだ」 アカツキの言葉に、ミツルは目を凝らして道の先を見つめた。 先ほどマイナンとすれ違った場所。 何の変哲もない、道路の途中だ。 「カイナシティ方面ってことは……本気でカイナシティまで行ったのかもしれないな」 「ううん、それはないと思う」 「ん?」 セイジがため息混じりに言うと、ミツルは首を横に振った。 自分のポケモンのことだから、自分が一番知っていると言わんばかり。 「どうして?」 「僕のマイナン、本当はすごく寂しがりやなんだ。 だから、そんなに遠くには行っていないと思うよ」 「そうなんだ……でも、捜索範囲、本気でこれは広すぎると思わない?」 「ああ、すっげー広いな」 アカツキもセイジも空を仰いだ。 タイミングを計ったわけではないが、ほぼ同時だった。 どうやら、お互いに同じことを考えていたらしい。 つまり―― すごく大変なことかもしれない、と。 だが、それでもあきらめるつもりにはなれなかった。 ミツルがやる気になっているのだ。 大変だから……という理由で「じゃ、頑張ってね」とカミングアウトする気にはなれない。 「マイナンの気持ちになって考えてみたんだけど。 たぶん、目立たない場所にいるんじゃないかって……」 「目立たない場所?」 「うん」 ふたりはミツルを見つめた。 彼の視線は、道の脇に広がる森に向けられていた。 「あそこにいるの?」 「たぶん。でも、探してみなきゃ始まらない」 「ま、そりゃそうだな。んじゃ、行くとすっか」 どちらにしろ、宛などはなく―― 手当たり次第に探すしかなかった。 とりあえずは道なりに進んで、道路の脇に広がる森に入ることになったのだが、森の傍まで来ても、マイナンは見つからない。 「おい、無理すんなよ、ミツル」 「え?」 先頭を歩くセイジが立ち止まったことで、アカツキとミツルも足を止めた。 アカツキは振り返り、ミツルの顔を見つめた。 「ミツル、大丈夫?」 ミツルの額には大粒の汗が浮かんでいた。 息遣いもどこか荒い。 思いきり疲れているようにしか見えない。ただ歩くだけ、というのに。 「だ、大丈夫」 「あのな〜、無理すんなって。 そりゃマイナンが大切だってのは分かるけど、だからっておまえが身体壊しちゃ元も子もねえってば」 「……? どういうこと?」 強がっているようにしか見えないミツルをたしなめるセイジを見て、アカツキは首を傾げた。 普通に見れば、親友を気遣っている光景でしかないが、それだけではないような気がする。 神経が張り詰めていたからと言っても、ただ歩くだけでこんなに疲れるはずがない。 アカツキが疑問符を浮かべているのに気がついて、セイジはミツルの背中をさすりながら、顔だけ振り向いてきた。 「ああ、アカツキは知らないっけ。 ミツルはさ、生まれつき身体があんま丈夫じゃねえんだ。 今までトレーナーとして旅してこれたってのが不思議なくらいなんだがな……」 「そうなんだ……」 ただ体力がないだけの根性なしかと思ったが、そうではないらしい。 生まれつきなら、防ぐ手段などあるはずもない。 それこそ、ミツルにとっては不幸でしかないのだろうが。 「だから、大丈夫だってば……」 「全然そう見えないって。 とはいえ、ここからポケモンセンターに戻るってのも大変そうだしな……」 強がっているようにしか見えないミツルを半眼で見つめながら、セイジは腕を組んで唸った。 ミツルはマイナンを探したがっている。 でも、彼は非常に疲れやすい体質。現在かなり疲れている様子。 「ミツル、無理しない方がいいよ。 ぼくたちが探すから、休んでた方が……」 「探す!!」 ミツルは声を荒げ、心配そうに言うアカツキを睨みつけた。 一瞬、あまりの剣幕に怯んでしまったが―― その剣幕も、長続きはしなかった。 興奮して身体に障ったのか、すぐに咳き込んでしまった。 「ほらほら、ケンカしてる暇があったら探すぜ。ミツル、やれるか?」 「もちろん……」 ミツルは探すと言い張っているが、これ以上森を歩き回らせるのは、お世辞にも得策とは言いがたい。 「仕方ねえ。コドラ、出て来い」 セイジがモンスターボールをかざすと、口が開いて、閃光に包まれたポケモンが姿を現した。 閃光が消えた後には、コドラというポケモンが残された。 「これがコドラ……」 初めて見るポケモン。 半ば条件反射のごとく、ポケモン図鑑のセンサーを向ける。 「コドラ。てつヨロイポケモン。ココドラの進化形。 石や水に含まれる鉄分を食べることで、鋼の身体がより硬く鍛えられる。 鉄鉱石の豊富な山に住処を設けるが、鉄を採りに来る人間とよく縄張り争いを繰り広げている」 「へえ……」 カリン女史の説明に、ミツルが食い入るようにポケモン図鑑を見つめた。 面白いものがあるんだなぁ、と思った。 「コドラに乗れよ。 乗り心地はあんまよくないかもしんないけど、それでも歩くよりは疲れないはずさ」 「うん、ありがとう」 ミツルは少々躊躇ってはいたが、セイジに促されるまま、コドラの背にまたがった。 銀と黒のヨロイに囲まれた、四本足で歩く怪獣……それがコドラの容姿だった。 進化前のココドラと比べると、身体の大きさは倍どころか三倍はあるだろうか。 存在感やボリュームはそれ以上だ。 アカツキとセイジが歩き出すと、ミツルを背に乗せたコドラも、彼らの後を追った。 セイジの言うとおり、コドラの乗り心地はあまりよくなさそうである。 ミツルはいつ振り落とされるかも分からないと言わんばかりの表情で、必死にしがみついている。 「セイジ、コドラなんて持ってたんだね」 チラリと目を配りながら、アカツキが言った。 「ああ」 セイジはふっと息を漏らし、頷いた。 アカツキとバトルをした時はまだゲットしていなかった。それだけの話だ。 ゲットした時、すでにコドラだった。 ポケモンブリーダーだけあって、ポケモンのコンディションを見抜く目は確かだ。 コドラの身体の艶のよさ……澄み切った銀色のボディが何とも言えず、手持ちのポケモンを総動員してようやくゲットしたほどだ。 ピンクのエプロンをかけた軽薄なブリーダーと思いきや、ポケモンに対するこだわりは人一倍なのだ。 「いろいろと苦労してゲットしたんだ。 だからさ、こいつでポケモンコンテストの全種目制覇したい気分だぜ」 「す、すごいんだね……」 ポケモンコンテストの全種目制覇と聞いて、アカツキはビックリした。 カイナシティ、シダケタウン、ハジツゲタウン、ミナモシティの四都市で、それぞれランクの違うポケモンコンテストが行われている。 ポケモンバトルのようにただひたすら戦うというものではなく、ポケモンの魅力で戦う、紳士淑女のイベントだ。 どちらかというと、ポケモンバトルの好きなアカツキには無縁のイベントではある。 しかし、ポケモンコーディネーターになって前種目マスターランク制覇、という夢を抱いている人間も、実際少数ではない。 で、セイジはそのひとりなのだ。 夢は大きく描く方がいいに決まっている。アカツキは素直に彼の夢の大きさに感服した。 「そういや、あれからいろいろあったんだろ?」 「うん、まあね」 「半月も経っちゃいないけど、何か変わった気がするな。なんていうか、雰囲気っていうか……」 「よく言われる」 アカツキは苦笑混じりに頷いた。 どうして会う人はみんな、雰囲気が変わったと口を揃えるのだろう? 確かにアカツキ自身、少しは変わったという自覚があるものの、大きく変わったとまでは思っていない。 せいぜい、ポケモンのことが分かるようになった。 トレーナーとして少しは腕が上がった……せいぜいがその程度だ。 アカツキが苦笑していると、ミツルが問いかけてきた。 コドラの背中に乗って休んでいるだけあって、疲れが取れてきたのだろう。顔色もどこか良くなったように見える。 「アカツキはどこの街から来たの?」 「ぼくはミシロタウンから来たんだ。ずいぶん遠くまで来たなって思うよ」 「ふーん」 「ミツルは?」 会って数十分しか経っていないと言うのに、すっかり友達気分だ。 アカツキとしても悪くないと思っている。 友達が多いのはいいことだ。 「うん、僕はトウカシティなんだ。 でも、ちょっと前にシダケタウンに引っ越したんだ。あそこの方が空気がきれいだって」 「そうなんだ……」 アカツキもシダケタウンのことは知っている。 エントツ山の麓にありながら、風向きの関係で火山灰が降り注ぐこともない。 澄み切った空気で有名な、だけど質素な町である。 「でも、友達はみんなトレーナーとして旅に出ちゃって。 僕も旅に出たいって思ったんだ。 お父さんとお母さんを必死に説得して、やっと旅に出られたんだよ」 「へえ……いろいろと大変だったんだね」 「うん」 相槌を打つと、ミツルは大きく頷いた。 ちゃんと話を聞いてくれたのがうれしかった。 「しっかし、こうも障害物が多いと、マイナンを探し出すのは骨だな」 「そうだね」 「ミツル。おまえが呼びかけてみるってのは?」 「うーん…… 僕はプラスルの味方だって思われてるかもしれないし。余計に遠くへ逃げちゃうかも」 「そっか。それは困ったな」 口調とは裏腹に、立ち止まらない。 それから小一時間ほど探したが、一向にマイナンの影も形も見当たらなかった。 森の中には身を隠す場所がごまんとあるのだ。 そう簡単に見つからないとは思っていたが、まさかここまでとは…… さすがにアカツキもセイジも疲れを見せ始めた。 鬱蒼と生い茂る森の木々。枝と葉に覆われて太陽の光もあまり差さない。 どこか暗くジメジメしていて、言い知れない圧迫感というのが八方から絶えず押し寄せてくる。 「マイナン、大丈夫かな……」 ミツルが、今にも消え入りそうな声でつぶやいた。 コドラの乗り心地があまりよくなかったのか、表情も曇りきっている。 マイナンの事を考えると、どうしてもこんな顔になってしまう。 心配していることが分かるから、決して悪いことばかりではないのだろうが。 「まあ、オレからはどうも言えねえけど、あんま悲観的になるなよ。 どうせ今頃、おまえに会いたがってるって」 「だといいけど……」 セイジのフォローも、ミツルにはあまり効果がなかったらしい。 曇ったままの表情は、晴れる兆しさえ見せていない。 ――――っ。 「?」 アカツキは弾かれたように顔を上げた。 声が聞こえたような気がしたのだ。 あたりを見回してみるが、何も変化がない。どこを見ても同じ景色。生い茂る木々。 でも―― 「気のせいなんかじゃない……」 アカツキは自分の感覚を疑いはしなかった。 わずかでも可能性があるなら、それに賭けてみたい。 失敗を恐れて何もできないような、そんな人間にはなりたくない。 「声……」 「ん?」 アカツキが漏らしたつぶやきに、足を止める。 ミツルとセイジ、それとなぜかコドラまで視線をアカツキに向けた。 「声が聞こえたような……そんな気がする」 「声?」 「うん。今にも消えそうなほど、小さかったけど、あれは確かに声だった」 「どっちからだ、分かるか?」 「たぶん、こっち……」 アカツキはその方向を指差した。指先が震えているのは、確証を持ちきれていなかったからだ。 でも、だからといって物怖じするのは嫌だった。 歩き出してしばらく経つと、再び声が聞こえてきた。 先ほどよりは大きかったので、セイジやミツルもちゃんと聞き取れた。 「ホントだ、声がするな。ん、これって……」 セイジが訝しげに眉をひそめながらつぶやく。 聞き覚えのある声。 「まさか、この声……」 ミツルの顔色が変わった。 でも、先を歩くふたりは、それに気づかない。 ポツリつぶやいた言葉も、草や木の枝を踏む音でかき消された。 「なあ、ミツル、これって……」 「うん、マイナンの声だよ」 「じゃあ急がなきゃ!!」 トレーナーがポケモンの声を聞き間違えるとは思えない。 なら、この弱々しかった声の主は―― アカツキの足は自然と速まった。 「お、おい!!」 セイジが慌てて追ってくる。 コドラもスピードをアップした。 おかげで、背中に座っているミツルも、今まで以上に身体に力を込めて、振り下ろされないよう必死にしがみついている。 草を踏んで、倒木の幹を飛び越え、どれくらい走っただろうか。 走り続けて、胸が痛み始めた時、視界が開けた。 「あ!!」 背後からミツルの声がする。 同時に、アカツキは立ち止まった。 「マイナン!!」 そこにいたのは間違いなくマイナンだった。 地べたに座り込んで、怯えた視線を向けているのは―― 「どっごーむっ!!」 大声で凄むポケモンだった。 薄い紫色のボディに、虫歯にでもなって抜けたのか、歯が左右に一本ずつしか生えていない。 耳がスピーカーのように見えるのは、果たして気のせいか…… 背丈こそアカツキたちより小さいが、それに輪をかけて小型のマイナンにとっては、恐怖の象徴にでも映っているらしい。 「って、襲われてるよ!!」 「助けなきゃ!!」 状況はすぐに飲み込めた。 「ありゃドゴームだな。ややこしい相手だぜ」 「ドゴーム?」 「そう。あの耳をスピーカー代わりに、恐ろしいほどデカい声を相手に叩きつけるやつさ」 「じゃあ……」 アカツキはポケモン図鑑の代わりに、モンスターボールを手に取った。 ドゴームが一歩ずつ、マイナンに迫る。 対照的にマイナンは地面を拭き掃除しながら後退するが、その距離は徐々に詰められていく。 こんな状況でポケモン図鑑を出して、悠長にカリン女史の説明に聞き入ることなどできない。 ドゴームには悪い気もするが、マイナンを助けなければならない。 「マッスグマ、マイナンを助けて!!」 思い切りモンスターボールを投げ放つ!! 一直線に前方へ飛んでいくボールは、空中で口を開き、ジグザグマを放出した。 「ぐぐぅぅ……」 喉を鳴らすマッスグマ。 「へえ、マッスグマなんて持ってたのか」 しなやかなマッスグマの身体を見つめ、セイジが感嘆の声を漏らす。 そんなことには取り合わず―― マッスグマは出てくるなり、駆け出した!! 「速い!!」 ミツルが驚愕の声を上げた。 これにはアカツキも驚いた。 ジグザグマは矢のような勢いで、一直線にマイナンを目指している。 進化前とは比べ物にならないスピードだ。 ポケモン図鑑によると、時速100キロ近いスピードを出すことがあるらしいが……まさに今見せているのがそれだ。 「マイ?」 マイナンは急接近してくるマッスグマに気づいて、振り向いた。 目が涙で潤んでいる。 怖い思いをしたのだろうが、それももう終わりだ。 「ドゴームっ!!」 ジグザグマの足音に刺激されたか、ドゴームがマイナンにすごい勢いで迫ってくる!! マイナンめがけて腕を振り下ろし―― ひゅっ!! 風を切る音だけが虚しく響く。 間一髪のところで、マッスグマがマイナンを口にくわえて助け出したのだ。 「ナイスだぜマッスグマ!!」 息を飲む救出劇に、セイジが声援を贈る。 瞬く間に引き返し、ミツルのもとにマイナンが届けられた。 「マイナン!!」 腕を広げた彼の胸に、マイナンが飛び込む!! ケンカしたといっても、淋しかったのだろう。 こんな森の中で一人、ドゴームというポケモンに怖い思いをさせられたのだ。 「大丈夫だった?」 「マイ!!」 胸から顔を離し、涙で潤んだ目をミツルに向ける。 彼は笑顔だった。 ケンカのことなど、どうでもいいと思っているのだ。 マイナンが戻ってきてくれたら、それだけでいい。 しかし、感動の再会はそこで終わりだった。 「あのさ、感動の再会はもう少し後にしてもらいたいんだけど」 「え……」 ポツリ漏らしたアカツキに、ミツルは呆然としたが、彼の言葉の真意に程なく気づいた。 マイナンをいじめる(?)邪魔をされたドゴームが、標的をアカツキたちに変えたのだ。 怒りに顔を染めて、目つきも尖らせて、どすん、どすんと大きな足音を立てながらこちらに向かってくる。 「何とかしてあいつを倒すなりゲットするなりしないとな」 セイジはモンスターボールをつかんで、言った。 その顔に一筋の汗が流れ落ちたのは、ドゴームの発する妙なプレッシャーに気圧されているからだ。 もちろん、それはアカツキも同じ。 「ぼくがやる」 「ああ、無理ならオレが何とかするぜ」 「うん」 アカツキはギュッと拳を握りしめた。 「マッスグマ、頭突き!!」 指示を下すと、マッスグマは再び矢のような勢いで駆け出した!! 数秒も経たずに間合いを詰め、ドゴームの腹に石頭を潜り込ませる!! マッスグマのことなど目に入っていなかったのか、ドゴームはまともに頭突きを受けて吹き飛んだ!! 「お、やるじゃん!!」 セイジが歓声を上げる。 ドゴームは何回転かして、ようやく止まった。 ほとんど間を置かずに立ち上がり、より敵意を強めた眼差しを向けてきた。 「って、あんまり効いてないような気が……」 「でも、まともに入ったはずだよ」 「そりゃそうだが……」 むっとして言い返すアカツキから、決まりの悪そうな顔をして目を逸らすセイジ。 だが―― 「そんなことしてる場合じゃないって!! ハイパーボイスが来るよ!!」 大きく息を吸い込んだドゴームを驚愕の眼差しで見つめながら、ミツルが声を荒げた。 彼にしがみついているマイナンは、先ほど以上に怯えた視線をドゴームに向けている。 「なに、ハイパーボイスだぁ!?」 「それなに?」 なんてやり取りをやっているから―― 「どっごぉぉぉぉぉぉむっ!!」 ドゴームが雄たけびを上げる!! その瞬間、すさまじい圧力がアカツキたちを吹き飛ばした!! 「うわっ!!」 突然横風にあおられたように、宙を舞って地面に叩きつけられる!! 幸いみんな一丸となって吹き飛ばされたので、孤立するようなことはなかった。 「う、くっ……」 痛みが走る身体を起こすと、怒りに満ちた表情のドゴームが迫ってくるのが見えた。 スピードこそ緩慢だが、かえって最悪と思えた。 弄るような気がしたのだ。 「マッスグマは……?」 偶然か、アカツキの目の前で目を回して倒れている。 「うそ、マッスグマが一撃で……」 アカツキは震えた声を漏らした。 マッスグマはダメージなど受けていなかったはずだ。それが、今の一撃(?)であっさりKOされてしまったと言うのか? そういえば、ミツルが「ハイパーボイスが来る」と言っていたが…… 「あ、あれがハイパーボイスだとはな……う、噂に違わぬ威力だ。 自分の身体で体験するとよく分かる」 「感心してる場合じゃないよ……」 変なところで感服しているセイジに突っ込みを入れたのは、やっとの思いで身体を起こしたミツルだった。 身体があまり丈夫にできていないと、辛いらしい。 マイナンが寄り添い、心配そうな顔を向けている。 「ノーマルタイプの中でも高い威力を誇るのがハイパーボイスだよ。 『防音』の特性を持っているポケモンならダメージを受けずに済むけど……」 アカツキがハイパーボイスのことを知らないと踏んで、こんな時だというのにミツルが講釈ぶった口調で言う。 ハイパーボイスはノーマルタイプの技で、すさまじい声を敵に叩きつける技だ。 ハイパーという名を持つだけあって、威力はかなり高い。 「じゃあ、どうやって攻撃すれば……」 近づこうにも、ハイパーボイスを出されれば、声が届く範囲内ならどこでも攻撃を受けてしまうということになる。 マッスグマは戦闘不能。 アカツキはすかさずモンスターボールに戻した。 悲しいが、彼のポケモンは誰一人として『防音』の特性を持っていない。 無論、ミツルやセイジも同じことだ。 お世辞にも優勢とはいえないこの状況をどう乗り越えればいいのか。 三人とも同じことを考えていた。 しかし、手立てがない。 たくさんのポケモンで同時攻撃を狙っても、ハイパーボイスでまとめて攻撃される。 マッスグマを戦闘不能に追い込んだところを見ると、威力はとても高い。 二の舞を踏む可能性の方が高いくらいだ。 だが、何もせず逃げても埒が明かない。 「オレのポケモンじゃあ、接近するまで時間がかかる。 コドラも結構ダメージを受けてるから、無理だな」 セイジはいつの間にやらコドラをモンスターボールに戻していたようだ。 「強力な攻撃で、一発で倒さないとヤバいぞ」 「強力な攻撃……」 立ち上がり、つぶやく。 アカツキの脳裏に浮かんだのは、ワカシャモの火炎放射だった。 火炎放射なら一撃で倒せるかもしれない。 だが、万が一倒せなかったら――らしくないことだが、失敗を恐れる心は持っているのだ。 「もしかしたら……アカツキ、セイジ。僕がやってみる」 「ん?」 チラリと視線を向けるセイジ。 ミツルの目には強い意志の輝きが色濃く浮かんでいた。 「それなら、任せるぜ。どうせオレには手立てがない」 「うん。 プラスル、出てきて!!」 ミツルが手に持ったモンスターボールを頭上に掲げると、彼の意志に反応してプラスルが飛び出してきた。 見た感じ、プラスルとマイナンはうりふたつだ。 耳の色と頬の模様、尻尾の形が異なること以外はまったく同じだ。背丈も。 「ぷらっ!!」 「マイ!!」 こんな時にケンカなどしていられないと、ふたりは協調する姿勢を見せた。 トレーナーのピンチにケンカなどしていては、末代までの恥だとでも思っているのか。 でも、ミツルはうれしかった。 ケンカしたふたりは、共に手を取り合い困難へ立ち向かおうとしているのだ。 うれしくないはずがない。 と、プラスルとマイナンの身体を淡い光が包み込んだ。 「な、なに?」 一体何が起こったのか。 アカツキは知らなかったが、プラスルの『プラス』、マイナンの『マイナス』、それぞれの特性が発動した瞬間だった。 「プラスルとマイナンの特性さ。 お互いが近くにいると、パワーアップする。それも、劇的にな」 「そうなんだ……」 磁石の、N極とS極はひきつけ合う性質を持つ。 それと同じで、プラスルとマイナンはお互いをパワーアップする特性を有しているのだ。 二体のポケモンが持つ電気タイプの技の威力が通常の倍になるという、劇的なパワーアップ。 「プラスルとマイナンが同時に電気タイプの技で攻撃すれば、きっと倒せるはずだよ」 「そうしたらオレがゲットするぞ。あの声は自然災害だ」 「うん。お願い」 残念ながら、アカツキの出番はなさそうだ。 何もしないまま終わらせるのは癪だが、仕方がない。 パワーアップしたプラスルとマイナンを見るのも悪くはないと考えたからだ。 その間にも、じりじりと間合いを詰めてくるドゴーム。 ハイパーボイスを発動するには一瞬のチャージが必要となる。 そこを突いて攻撃するしか手はない。 発動されたら、プラスルとマイナン程度の体力では一撃で戦闘不能になる。 だから、チャンスは一度きり。 「プラスル、マイナン!! 行くよ、10万ボルト!!」 びしっ、とドゴームを差して指示するミツル。 ばじばじばじっ…… プラスルとマイナンの頬にある電気袋の表面に電気が走る。 そして―― どんっ!! プラスルとマイナンの10万ボルトが発射された。 想像を絶する電撃が、ドゴームに襲い掛かる!! 「す、すごい……」 呆然と漏らすアカツキのつぶやきは、強烈な電撃が地面を抉りながら突き進む音にかき消された。 「どご!?」 ドゴームには避けられなかった。 攻撃範囲が広く、一瞬で数十メートル移動できるような素早いポケモンでなければ回避は不可能だ。 無論、ドゴームは素早さに優れたポケモンなどではない。 ドゴームを直撃した電撃は天を貫かんばかりの光の柱を生み出した。 「よし行くぜ。モンスターボール、ゴー!!」 セイジが光の柱へとモンスターボールを投げ放つ!! 吸い込まれるようにして光の柱に消えるモンスターボール。 ある程度の耐電性があるが、それも役に立つかどうか……微妙なところだが…… どれくらいの時が経っただろう。光の柱は轟音を立てながら、徐々に小さくなっていく。 光の柱が消えた後には、モンスターボールひとつが残された。 動かないモンスターボールが物語る真実はひとつしかない。 「よし、ゲットだ!!」 セイジがガッツポーズをして、ボールへと歩み寄る。 W10万ボルトでダウンしたドゴームは、抵抗することもできず、モンスターボールに収まったのだ。 「す、すごいね、今の……」 「うん。ダブルバトルでしか使えない必殺技だよ」 未だに驚きを隠しきれないアカツキに微笑みかけるミツル。 これは一種の自慢だが、シングルバトルでは使えないのが悩みの種だ。 それはプラスルとマイナンの特性上、仕方のない話だった。 引き換え、ダブルバトルで使用すれば、一発で相手のポケモンをノックアウトすることだって十分に可能なのだ。 と、バトルも終わったところで―― 「プラスル、マイナン。すごかったよ」 ミツルはしゃがみ込んで、プラスルとマイナンの頭を優しく撫でた。 照れているのか、ふたりとも顔を赤らめている。 そこに仲の悪さなど微塵も感じられない。 すっかり元通りだ。 でも―― 「僕はプラスルもマイナンも大好きだ。 だから、ケンカなんてしちゃダメだよ」 諭すように言うと、プラスルもマイナンも俯いてしまった。 互いに負い目を感じているのだろう。 なら、大丈夫。 お互いが悪いと思っているのなら、同じ間違いは二度と起こらないはずだ。 アカツキはその光景を見て、胸を打たれた。 アカツキとアリゲイツは、ミシロタウンにいた頃、何度もケンカした。 幼いアカツキが癇癪を起こして、それがケンカに結びついたことがほとんどだった。 その度に、兄ハヅキか母ナオミが仲を取り持ってくれた。 時に叱り、時に慰め。 衝突が何度もあって、アカツキとアリゲイツの絆は深く強く育まれて行ったのだ。 ミツルとプラスル、マイナンはきっとそうなるのだろうと思った。 その友情を、ほんの少しだけうらやましいと思っている自分に気が付いて、苦笑した。 第36話へと続く……