第39話 電撃のジム戦 -Smiling grandpa- キンセツジムへと向かうアカツキの足取りは、思いのほか軽かった。 というのも、憂いが完全に消えてなくなったからだ。 昨晩、ナオミとテレビ電話で久しぶりに話した。 半月ぶりに見た母の姿は、ほとんど変わっていなかった。 アカツキの姿を見られたのがうれしかったのだろう、彼女は始終笑みを浮かべたままだった。 アカツキとしては、彼女と話をしてよかったと思っている。 いろんなことを話した。 今までのことが中心だが、何よりも驚いたのは、兄ハヅキが一度家に戻っていたということだ。 弟がトレーナーとして旅に出たことに対して、ハヅキは歓迎的だったという。 意外に思ったが、やっぱり兄ちゃんらしいな……結局はそういうことで納得してしまった。 それくらい、アカツキはハヅキを慕っているのだ。 というわけで、ジム戦を行うにおいて心配事はすべて取り払ったも同然。 安心してバトルに集中できる環境が整ったわけである。 「ジムリーダーがどんなポケモンを出してこようが、今のぼくなら絶対に負けない」 そんな自信に満ちた気迫が全身からあふれ出ているのを感じているのだろうか。 通りを行く人はアカツキに道を譲ってばかりだ。 立ちふさがる者など誰一人としていない。 もっとも、本人にそんな自覚はまるでなかったようだが。 「絶対に勝つよ。今なら負けないって、そう思えるんだ」 根拠のない自信だとは分かっているつもりだ。 人によっては、それを滑稽の一言で斬って捨てるであろうことも分かっている。 だが、下手な根拠で繕われた自信などよりはよっぽどマシというものだ。 昨日カリンが話してくれたところによると、キンセツジムでは炎タイプのポケモンが活躍できるとのこと。 ワカシャモとカエデを名指しで言っていただけに、それは間違いないだろう。 その時点で相手のタイプが数種類に絞られたものの、どのタイプかまでは分からない。 でも、有利であることに違いはないはずだ。 「お母さんのためにも、絶対に勝たなくちゃ」 ナオミはアカツキに最後にこう言った。 「頑張りなさい」 その言葉に鼓舞されているかのごとく、アカツキはひたすら燃えていた。 自分以外のすべてが目に入らないように、威風堂々と通りを歩いている。 それが言い知れぬ迫力を生み出しているのだ。 もっとも、どんな相手であろうと負けるつもりはない。 負けるつもりでポケモンバトルを挑む馬鹿がどこにいるだろうか。 いたなら、そいつはトレーナーどころか人間失格の烙印を押されて当然。 カリンの言葉によると、キンセツジムのジムリーダーはホウエン地方のリーダーでは最高齢らしい。 つまり、経験豊富で手ごわいということになる。 しかし、そもそもジムリーダー自体が普通のトレーナーとは明らかに違う『強さ』を有しているのだから、詮無いことだ。 表面上、どんな小細工があろうと戦いには然したる影響を及ぼさない。 それがポケモンバトルというものだ。 「カエデの実力も、見てみたいし」 アカツキとしては、ジム戦の中で、新しく仲間に加わったバクフーンのカエデ(♀)の実力を知りたいと思っている。 最終進化形なのだから、少なくともワカシャモより強いであろうことは容易に想像がつくが、想像はあくまでも想像。 イメージが形になることはない。 実際に目にするのが一番なのだ。 アカツキはおもむろにカエデのモンスターボールを手に取った。 自らの存在を誇示するかのように、開閉スイッチの近く――白い部分に『☆』のマークがある。 不思議なことに、トレーナーにはどのポケモンがどのボールに入っているか、見分けがつく。 標識にしたがって歩くこと十数分。 歓楽街を脇に通り過ぎてしばらくして、道の先にキンセツジムが見えてきた。 ジョーイに外観の特徴を聞いておいて正解だったと思わずにはいられない。 歓楽街の近くということもあって、派手な建物が多く、どれがジムか分からないという心配があった。 だから、ジョーイから聞いた特徴に合致する建物がすぐに見つかってホッとしている。 「あれがキンセツジム……?」 真黄色の建物を真っ直ぐに見つめ、アカツキはポツリとつぶやいた。 高さ的には周囲のビルに負けているが、そのインパクトは周囲のビルとは比べ物にならない。 建物全体が真黄色で、ガラスまで半透明な黄色となっている。 さらに、屋根には角だか何だか見分けがつかない、これまた黄色の突起が所狭しと生えている。 「変なの」 素直な感想はそれだけだった。 変だと、そう思うしかない。 近づくにつれて、掲げられた看板からそれがキンセツジムであることが分かった。 真昼間だというのに、ネオンライト全開で、赤青黄色と色を変じている。 「なんなんだ、これ……」 疑惑どころか、脱力さえしそうだ。 こんな変なジム、見たことがない。 カナズミジムもムロジムも、目の前のジムと比べればまともだった。 これがジムの特徴といえば特徴なのだろうが、ここまでド派手で悪趣味と呼べるのも珍しい。 その一言で済ませられればどれだけ楽か。 そう思ってしまうくらい。 「まあ、いいんだけど……」 どんな建物であっても、バトルをするのは中だ。 ポケモンリーグの規定で、バトルフィールドは派手にしてはいけないとされている。 今までのジムは地味だったので、今回もそれは間違いなさそうだ。 明らかに浮いている存在。 お世辞にも目の保養になるとは思えない外観を、なるべく 見ないようにして、アカツキは足早に駆け込んだ。 玄関は無用心にも開け放たれていたが、君の挑戦を待っていたと言わんばかり。 当然、臆することなく足を踏み入れる。 明かりも灯っていない廊下を抜けると、光に満ちた広間に出た。 あまりのまばゆさに、アカツキは目を閉じた。 ほぼ無意識のうちに腕で視界を覆う。 次第に光に慣れていき、ゆっくりと、恐る恐る腕を視界からどけると、そこは今までのジムと同じバトルフィールドだった。 入り口からすぐのところにバトルポジションがあり、縦長でフィールドが広がっている。 そして、フィールドの向こうには腕組みをした老人が立っていた。 ニコニコ笑顔の老人は、広間に入ってきたアカツキに視線を向けている。 「えっと……」 どう言い出したらいいものかと、アカツキが思案していると―― 「はーっはっはっはっは。ようこそ、我がキンセツジムへ!!」 ニコニコ笑顔は崩さず、老人が両手を広げ、大きな笑い声を交えながら言ってきた。 老人とは思えないほど声の通りがよく、さらに張りもある。 毎日声を出す練習でもしているのかと思ったが……恰幅のいい、人当たりもよさそうな老人だ。 老人を除いてバトルフィールドには人っ子一人いない。 この空間の広さがあまりにむなしく思えて仕方がないのは、至極当然のことだった。 「キミはチャレンジャーかね?」 「はい、そうです」 先ほどと変わらない音量で尋ねてくる老人の言葉に、アカツキは首を縦に振った。 言葉の合間にも欠かさず笑っているところを見ると、ワライダケでも食べたのだろうかと疑いたくなってくる。 それくらい、笑いの絶えない老人だったのだ。 「おお、自己紹介がまだだったな。 わしがキンセツジムのジムリーダー・テッセンじゃ。 街の皆からは『電撃爆笑オヤジ・テッセン老』と呼ばれておる!!」 「はあ……」 どういうリアクションを返してあげればいいのか分からず―― 適当な気持ちで適当な相槌を打ちながら、ため息を漏らす。 「変な呼び名……」 そう思ったが、口にはしないでおいた。 本気で笑ってしまいそうだから。 気持ちを切り替えて、バトルコートのポジションにつく。 変に言葉を返すと、余計に笑いを誘われそうな気がした。 「ぼくはミシロタウンから来ました、アカツキっていいます。 テッセンさん、ジム戦をしてください!!」 足を肩幅に広げ、踏ん張りながら声を張り上げると、老人――テッセンが何度も頷いてみせた。 いい声だ、よく聞こえておると言わんばかり。 「よかろう。 来るものは拒まず。これがこのジムにおけるモットーじゃからな!! では、ルールを説明しよう!!」 話はとにかく早かった。 笑いを交えながらなので、楽しいと言えば楽しいのだが、ややこしいと言えばややこしい。 どれがホンモノの言葉か分からないこともあるが、アカツキはちゃんと聞き取っていた。 肝心のルールは―― 二対二のシングルバトルで、どちらかのポケモンが戦闘不能になるか降参するまで続行。 普通のジム戦と変わらないルールに、ホッと胸を撫で下ろした。 もっとも、ジムによってはダブルバトルや変則的なルールを用いたバトルを挑まれることがある。 そう考えれば、少しはそういったバトルに慣れておいた方がいいのだが。 しかし、今はシングルバトル。 余計なことは考えない方がいい。 挑戦者のみポケモンの入れ替えが可能で、手持ちのポケモンのうち二体が戦闘不能になった時点で負けになる。 これもまた今までと変わらない。 「では、わしのポケモンからお披露目しようか!! 出でよ、ビリリダマ!!」 言うが早いか、テッセンは腰のモンスターボールを引っつかみ、コートの中へと投げ入れた!! バトルなのに、やっぱり笑っている。 モンスターボールは着弾と同時にポケモンを放出する!! 出てきたポケモンは―― 「ビリリ……」 電子音を思わせる甲高い声を上げるそのポケモンは、見た目だけなら、巨大化したモンスターボールといったところか。 だが、開閉スイッチがなかったり、一対の目を持っているあたりはボールと明らかに違う。 もちろん、球体である。 「ビリリダマ……? どんなポケモンだろう?」 アカツキはすかさずポケモン図鑑を取り出し、センサーをビリリダマに向けた。 バトルを有利に進めるのに欠かさない行為ということで、インターバルとして認められているようで、注意は受けなかった。 「ビリリダマ。ボールポケモン」 見た目どおりの説明がスピーカーから流れてくる。 アカツキは黙って説明に耳を傾けた。 少しでも有益な情報を引き出し、バトルで活かさなければならない。 新米トレーナーなのに、そこのところは実にしっかりしている。 「モンスターボールを作っている会社ではじめて発見されたことと姿形が酷似していることの因果関係は未だ謎である。 しかし、少しのショックですぐに爆発してしまうので、取り扱いには細心の注意が必要とされている」 「ば、爆発……」 半ば棒読みとも思えるその単語を耳にして、アカツキはビックリした。 少しのショックですぐ爆発すると言うことは、下手に攻撃したら、途端に爆発に巻き込まれると言うことではないだろうか…… だが―― 「それじゃあ、ビリリダマだってすぐに戦闘不能になっちゃうってことじゃ……」 そういうことだった。 そんなポケモンを敢えて一番手に出してきたということは、そうさせるつもりがないという意思表示に他ならない。 なら、攻撃を加えても大丈夫なはずだ。 トレーナーの指示があって初めて爆発する……それがトレーナーのついているポケモンの行動だ。 「さあ、キミのポケモンを出したまえ!!」 「ぼくは……」 最後にビリリダマのタイプをチェックし、図鑑をポケットにしまい込む。 「ビリリダマは電気タイプ……今回はアリゲイツ、休ませるしかない……」 ジムにはそれぞれ『タイプ』というものがある。 カナズミジムなら岩タイプ、ムロジムなら格闘タイプ、という具合に。 なら、キンセツジムのジム戦で用いられるポケモンは電気タイプ!! 電気タイプにめっぽう弱いアリゲイツは残念ながら、今回は休んでもらうしかない。 ということで、バトルに出すポケモンが決まった。 ワカシャモか、カエデだ。 「行くよ、ワカシャモ!!」 アカツキは声を大にしてモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 放物線を描いてフィールドに投げ込まれたボールが口を開き、ワカシャモを放出!! 「シャモぉぉぉぉっ!!」 腕を広げ、けたたましい鳴き声を上げるワカシャモ。 いつもどおりということでアカツキは何もなかったが、テッセンはさすがに一瞬笑みを崩した。 あまりの大音響と、反響して幾重にも聞こえてきたことに驚いているのだろう。 だが、すぐに朗らかな笑みを取り戻すと、ワカシャモに負けじと声を張り上げてきた。 何気にライバル心を煽られたのかもしれない。 「ほほほ、元気のいいポケモンじゃな!! その方が楽しみ甲斐があるというものじゃ!! ジャッジなどというものは不要!! というわけで、バトルを始めようぞ!!」 「はい!!」 ワカシャモとビリリダマが十メートルほどの距離を開けて対峙する。 張り詰めた緊張感の中、アカツキはしかし生まれた疑問を消すことができずにいた。 それは昨日、偶然再会したカリン女史の言葉だった。 ――ワカシャモとバクフーンが活躍できるわね。 だが、電気タイプのポケモンの弱点はただひとつ……地面タイプだけだ。 電気タイプの技をことごとく無効にされ、その上弱点となる攻撃を繰り出せる。 他のタイプの技を覚えさせていなければ、バトルにもならない。 挑戦してからどうのこうの言うつもりはないが、悔やまれるのは事実だ。 「意外と慎重じゃな。しかし、それではわしに勝てぬぞ!! それ、ビリリダマ、ソニックブームじゃっ!!」 どう攻めようかあぐねているアカツキに、ここまで来ても笑顔のまま、指示を下すテッセン。 「ビリリ……」 ビリリダマは電気音を発し、その身体から衝撃波を放った!! どういうわけか色のついている衝撃波が、ワカシャモへと向かって虚空を駆け抜ける!! 「ワカシャモ、避けて火炎放射!!」 食らったら痛そうなので、とりあえず避けた後で攻撃するように指示を下す。 幸い衝撃波のスピードはそれほど速くないので、楽々避わしてみせるワカシャモ。 着地した瞬間に息を大きく吸い込んで―― ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! すさまじい炎を吹き出した!! 炎は衝撃波の脇を通り抜けてビリリダマへと向かう!! これがヒットすれば、かなりのダメージを与えられるのは間違いない。 だが―― そう易々と致命傷を与えてくれるほど、ジムリーダーは甘くない。 亀の甲より年の功という言葉があるように、テッセンの指示は早く、適切なものだった。 「ビリリダマ、転がるのじゃ!!」 トレーナーとの息がぴったり合っていることを証明するかのごとく、ビリリダマがワカシャモ目がけて転がりだした!! 炎との距離が劇的に縮まることなどお構いなしに、ひたすら突っ込んでくる!! 「まさか、ダメージを受けてでも攻撃してくるつもりじゃ……」 恐れを知らぬ突撃兵を相手にしているように、アカツキは冷や汗が流れ落ちていくのを感じたが――それは違った。 炎に突っ込んだビリリダマは、それから程なく炎から抜け出てきたのだ!! それも、ダメージなどまるで受けている様子がなく、それどころか、スピードがぐんぐん上がっている!! 「カナズミジムの時と同じだ……」 アカツキは驚いたが、うろたえることはなかった。 カナズミジムでツツジとバトルした時と同じだったからだ。 あの時はアリゲイツの水鉄砲を吹き散らされたが、それが炎に摩り替わっただけ。 アカツキと同じように、ワカシャモも意外と冷静に構えていた。 接近戦ならお任せあれと言わんばかりに、悠然とたたずんでいる。 「ほう、意外と肝が据わっているポケモンじゃの。 気に入ったぞい!!」 テッセンがワカシャモに好意的な感情を抱いているのを当然知る由もなく――時間は進んでいく。 「ワカシャモ、受け止めて二度蹴り!!」 避けたところでどうにもならないと悟り、アカツキはダメージ覚悟の指示を下した。 やっとの思いで『転がる』という技の知識を頭の片隅から引っ張り出してきたのだ。 トレーナーズスクールで学んだことが、実戦で役立っている。 そのことを知れば、アヤカも校長ユキノも喜ぶことだろう。 ワカシャモが腰を落とし、衝撃に備える。 腕を広げて、いつビリリダマが来てもいいように体勢を整えた。 爆発的な勢いで両者の距離が詰まり―― どんっ!! ビリリダマの転がる攻撃が炸裂!! ワカシャモは吹き飛ばされたように見えたが―― 「なんとっ!!」 テッセンが声を上げた。 対照的に、アカツキは言葉が出てこなかった。 「シャモぉぉぉぉぉっ……」 ワカシャモは腹の底から搾り出すような声を上げながら、辛うじてビリリダマを受け止めていたのだ!! 吹き飛ばされないように全身に力を込めて。 すさまじい衝撃が襲い掛かってきたが、なんとか堪えられた。 「すごい、ワカシャモ……」 高速道路を走る車のような勢いで向かってきたビリリダマを受け止めてしまったのだ。 さすに、これにはアカツキも驚きを隠しきれなかったが、驚いてばかりもいられない。 「ビリリダマ、スパークじゃっ!!」 「投げ飛ばして!!」 テッセンの言葉に反応するように、ワカシャモに指示を下す!! 密着状態だと、技の命中率は100%に限りなく近くなる。 ゼロ距離なのだから、普通に放てば外しようがない。 「シャモぉっ!!」 ワカシャモがビリリダマを真上へ投げ飛ばした!! いきなり投げ飛ばされたことに驚いているのか、テッセンの指示がありながらも、ビリリダマは技を発動させることができなかった。 「今がチャンス!!」 上空へ投げ飛ばされたビリリダマに攻撃する術はない。 さらに、無防備ともなれば、この機を逃す理由も見当たらない。 空にいる相手に攻撃できる技を、ワカシャモは知っている。 ユウキとバトルした時に使ったことがある。 「スカイアッパー!!」 アカツキからそう指示が来るのを見越していたのだろう。 ワカシャモはいち早く膝を曲げ、ビリリダマに狙いを定めた。 そして、バネのようにすさまじい跳躍力を見せつける!! 一直線に真上に跳び上がったワカシャモが、ちょうど自由落下を始めたビリリダマへと、矢のように向かっていく!! 「ビリリダマ、しっかりするのじゃ!!」 その指示が飛んだ直後だった。 ばんっ!! ワカシャモがおもむろに腕を振りかぶり、強烈なアッパーをビリリダマに叩きつけた!! 落下途中だけに、下からのアッパーがより威力を増していた。 再び上昇を始め、天井に叩きつけられると、今度は落下を始めた。 重力に従って、ワカシャモも落下してくる。速度はほぼ同じだった。 さっ。 がんっ!! ワカシャモが軽やかに着地したのに対し、ビリリダマは勢いよく地面に激突した!! ただでさえ球体で、手も足も生えていないのだから、受身を取るなど論外である。 つまり、いつでも無防備。 「な、なんと……」 テッセンが驚愕の声を漏らす。 だが、どうあっても表情は笑っている。本気で病気じゃないかと疑いたくなってくるが…… 「やるのぉ、ビリリダマ、戻れぃっ!!」 強烈な一撃を受けたビリリダマを、迷うことなくモンスターボールに戻すテッセン。 長くポケモンと接していると、どれくらいの攻撃を受けたら戦えなくなるか、というリミットが分かるようになる。 無論、彼には分かっていた。 それほどに、ワカシャモの攻撃は強烈だった。 「ほっほっほ。 まさかビリリダマがやられるとは思ってもいなかったのぉ。 じゃが!! キミも我が切り札に勝てるかね!? 出でよ、レアコイル!!」 素早くモンスターボールを持ち替え、再びフィールドに投げ込む!! 「次はどんなポケモンだろう……」 アカツキは早まった心臓の鼓動を押さえ込むように、大きく息を吸い込んだ。 でも、今は有利に進んでいる。 テッセンのポケモンは残り一体。 アカツキはまだ二体残っている。勝ち目は十分にあるはずだ。 落ち着けと命じる。 焦りさえしなければ――冷静にバトルを運んでいけば、勝てると言い聞かせる。 投げ込まれたボールが口を開き、中からポケモンを放出した!! テッセンの言う切り札――レアコイルだ。 左右に磁石をつけた球体(?)が三つ固まったポケモンだった。大きさはワカシャモと同じくらい。 「やっぱり電気タイプかな……」 再びポケモン図鑑のセンサーを向ける。 「レアコイル。じしゃくポケモン。コイルの進化形。 強い磁力で機械を壊してしまうことがあるので、レアコイルの大量発生や到来を告げるサイレンを鳴らす街もあるらしい。 磁力線による電磁波で、周囲の気温を上げてしまうこともある」 カリン女史の説明から分かったことは、電気タイプの中でも強い部類に入るということだ。 磁力と電気は深い関係があると知っているから。 タイプは――ボタンをいくつか押して、画面に表示する。 「電気タイプと鋼タイプ……そっか。だから、カリンおばさん……」 今になってやっと分かった。 カリンが昨日、ワカシャモとカエデがジム戦で活躍できると言っていた理由。 鋼タイプのポケモンは炎タイプの技に弱いのだ。 電気タイプが一緒でも、鋼タイプがあればそれだけで有利になる。 「うん、絶対に勝てるよ!!」 どんなに強力な技を使ってこようと、苦手な炎タイプの技で文字通り集中砲火してやれば、勝つことができるはずだ!! 「わしの切り札はこのレアコイルじゃ。 鈍そうだと思ってなめてかかると、あっさりとノックアウトすることになるぞ。 肝に銘じておくがよろしい」 「はあ……」 自慢げにレアコイルのことを語るテッセンに、アカツキは困ったような顔を向けた。 どうも会った時からずっとこの人のペースに乗せられているような気がする…… 「では、こちらから行くぞっ。レアコイル、トライアタック!!」 なんて思っていると、不意をつくようにテッセンが先制攻撃を指示!! 不意を突かれた――と思ったのは、アカツキに原因があった。 ジャッジがいない以上、始まりと終わりを明確に区切ることができないということになる。 だから、インターバルでさえも、両者のポケモンが場に出ている以上は、戦いの最中ということだ。 故、不意を突かれたと考えること自体がある意味間違いだったりもするが、今はそんなことを論議している場合ではない。 レアコイルが三つの磁石を頂点とする三角形のエネルギーを放つ!! トライアタック…… その名前に聞き覚えはなかったが、炎、氷、電気タイプが合わさってノーマルタイプとなった、不思議な技である。 威力は高く、防御力の低いポケモンなら一撃で戦闘不能になるほどだ。 びゅんっ!! 三角形のエネルギーは左右に回転しながら、ワカシャモへと突き進む!! 「ワカシャモ、避けて火炎放射!!」 あれを食らってはさすがにひとたまりもないと判断して、アカツキはワカシャモに回避を指示した。 「シャモっ!!」 ワカシャモは後方へと飛び退いた。 刹那―― どんっ!! 先ほどまでワカシャモがいた場所に、エネルギー体が突き刺さり、小さな爆発を起こした!! 地震に襲われたかのような衝撃が地面を伝わってくる。 さっと着地し、ワカシャモが口を開いて炎を吹き出そうとした時だった。 「よく避けたな。 じゃが!! これは避けられるかな!? レアコイル、電撃波ッ!!」 テッセンの指示に、レアコイルの全身が光を帯びた!! 電撃波!? アカツキはこの技にも聞き覚えがなかった。 しかし、ポケモントレーナーズスクールでもらった分厚い本にはちゃんと載っている。 ばしゅっ!! レアコイルの身体から放たれた一条の電撃が、一瞬でワカシャモを貫いた!! 「ワカシャモ!!」 一体何が起こったというのか。 理解するにも時間がかかった。 だが、目の前で起こったことは厳然たる事実。それ以外の何者でもない。 すさまじい速度で放たれた電撃がワカシャモを貫いた。一瞬で。瞬きするほどの短い時間で。 光陰矢のごとしとはよく言ったものだ。 ワカシャモは仰向けに倒れ、目を回し、そのまま動かなくなった。 戦闘不能になった証だ。 「そんな、ワカシャモ……どうして?」 アカツキは声を震わせた。 ワカシャモが、線の細い電撃――それもたった一条を食らっただけで戦闘不能になるとは…… まさか、あの一撃にすさまじい破壊力が集束していたとでも言うのだろうか? 「キミは電撃波の威力を知らぬようじゃな!! では、特別に教えてしんぜよう!!」 ばっ!! テッセンは腕を広げ、大きな声で説明を始めた。 電撃波なる技は彼の自慢らしい。 「電撃波とはすなわち、このわしが長年を賭して生み出した、電気タイプの奥義なのじゃっ!!」 「お、奥義!?」 「そう!! 電撃を光のごときスピードで解き放つことで、相手の回避を許さず、確実にヒットするという、電気タイプの最高峰っ!!」 「避けられない技……そんなのが……?」 アカツキは信じられなかった。 いくらテッセンの説明が誇張されたものだとしても、そのすべてを否定する気にはならなかった。 そもそも、一瞬の出来事だったのだ。 レアコイルが電撃を放ち、それがワカシャモに突き刺さるまでの間が。 「それほど威力があるわけではないのじゃがな、手負いのワカシャモをノックアウトするには十分な威力を有しておる」 「手負い? そんな、ワカシャモは別に何も……」 アカツキは頭を振った。 それ以上は何も言わずに、モンスターボールにワカシャモを戻した。 信じられない気持ちはあった。 ワカシャモは手負い? ダメージを受けていたということ? アカツキには身に覚えがなかった。 考えられるとすれば―― 「まさか……」 全身が粟立つのを感じ、小さく漏らした。 そのつぶやきを拾ったらしく、 「そう!! キミのワカシャモはビリリダマの転がる攻撃を受け止めた反動でダメージを受けた。 そういうことじゃ!! さあ、次のポケモンを出したまえ!!」 「…………」 悔しかった。 ワカシャモのこと、分からなかった。 自分自身の不甲斐なさを心の奥底で感じながら、しかしアカツキはモンスターボールを手に取った。 『☆』のマークがプリントされている、モンスターボール。 「でも……絶対に勝ってみせるんだ」 ワカシャモのコンディションをちゃんと見極められなかったのには、自分に責任がある。 敵であるテッセンに気づかされるなんて思わなかった。 だけど、それをいつまで気にしていても仕方がない。 「テッセンさん。 ぼく、あなたに気づかされた……だから、絶対に勝ちます!!」 「よく吠えた!! それでこそチャレンジャーにふさわしい!! さあ、ポケモンを出すのじゃ!!」 その声に応えるようにして、アカツキが腕を振りかぶり、モンスターボールを投げ放った!! このバトルで最後となるポケモン―― アリゲイツを出すのは論外。 相性が悪い上に、あの電撃波を受ければ一発でノックアウトされかねない。 ダメージを受けていたとはいえ、ワカシャモを一撃で倒してしまったのだ。 なら、レアコイルを倒すのはカエデしかいない。 コートに投げ入れられたボールが口を開き、中からカエデが飛び出した!! 「バクフーンっ!!」 出てくるなり空を仰ぎ、吠えるカエデ。鳴き声に呼応するように、背中の炎が勢いよく燃え上がる!! ワカシャモが戦闘不能になったことを知っているのかいないのか、それまでは分からないが、やる気満々だ。 「ほう、バクフーンとな……じゃが、電撃波がある限り、わしに負けはないのじゃ!!」 「カエデ、火炎放射!!」 テッセンの言葉が終わるのを待たずして、アカツキはレアコイルを指差してカエデに指示を下した!! 先ほどの仕返しとばかりだが、事実その通りだ。 このバトルでカエデの実力を確かめる。 最終進化形である以上、折り紙つきなのは間違いない。 初バトルでも、不安はなかった。 カエデは大きく息を吸い込んだ。 必殺の火炎放射を繰り出す予備動作だ。 「レアコイル、電撃波で発動を止めるのじゃ!!」 弱点を突かれてはたまらない。 テッセンはレアコイルに速攻可能な電撃波を指示した!! ぴかっ!! レアコイルの身体が再び光る!! その瞬間、カエデが口を大きく開き、炎を吹き出した!! 「すごい……!!」 思わず感嘆のため息を漏らす。 ワカシャモの火炎放射とは段違いの威力。 カエデの口から吐き出された炎は、まるで津波のごとくレアコイルへと押し寄せていく!! つくづくとんでもないポケモンを手にしてしまったものだと思ってしまうが――それはむしろ誇らしく思える。 しかし、次の瞬間…… ばしっ!! 頬を引っ叩くような音と同時に、炎の中を高速で突き進んできた電撃がカエデに突き刺さる!! 「カエデ!!」 カエデは強烈な衝撃に襲われながらも、全身に力を込めて踏ん張った。 ワカシャモと比べて身体も大きいので、そう簡単には倒れない。 一方、カエデの火炎放射も、レアコイルとの距離を詰めつつあった。 電撃波を放ち終え、光った身体も元に戻っている。 「レアコイル、避けるのじゃ!!」 弱点の攻撃を食らってはたまらないと、テッセンの指示に、レアコイルがふらふらとした動きでフィールドの上の方へと逃げていく。 間一髪、カエデの火炎放射がその下をスレスレで通り過ぎていった!! あと少し遅ければ、炎の餌食になっていたところだ。 「レアコイル、相手が倒れるまで電撃波で攻撃し続けるのじゃ!!」 防戦一方では不利と判断したのだろうか、テッセンは徹底的な攻撃をレアコイルに指示する!! もともとの動きが遅くても、速攻可能な電撃波を用いて、手数で勝負するという腹積もりが見え見えだ。 「さっきと同じじゃ、絶対に避けられる……!!」 同じ攻撃は二度と通じない。 意表を突くのなら、別の方法でするべきだ。 レアコイルの身体が光り、電撃が撃ち出される!! 一瞬で空気を裂き飛来してきた電撃を、さすがのカエデも避けきれない!! 身体が大きい分、判定もあるということだろう。さっと飛び退いた途中、腕にまともに食らった。 威力はそれほどでもないので、二発受けてもカエデはまだまだ大丈夫そうだった。 「距離があっても、テッセンさんのレアコイルなら確実に攻撃を当ててくる……」 アカツキが必死に考えをめぐらせている間にも、連続で発射された電撃がカエデを打ち続ける!! 出会って数日でも、トレーナーのことを信じているのだろう、カエデはひたすら攻撃に耐えている。 このままじゃいけない。 打開策は必ず残されている。 「距離? もしかしたら……」 確実に攻撃を当てる方法。 アカツキはひらめいたような気がした。 レアコイルは距離があろうとなかろうと、必ず攻撃を命中させてくる。 限りなく命中精度の高い電撃波で。 対抗するには、距離を詰めるしかない!! 手数の多さでは、悔しいが敵わない。ならば、威力で勝負するしかない!! 「カエデ!!」 ひたすら攻撃に耐えているカエデを鼓舞するように、アカツキが声を大にして言った。 「レアコイルとの距離を詰めて!! ゼロ距離で火炎放射だ!!」 「バクフーンっ!!」 何度目かの電撃波を受けながらも、カエデはきっ、と大きく目を見開いて、駆け出した!! 風になびく体毛と背中の炎、それから頭の上にちょこんと乗ったリボンが、その勢いを如実に現していた。 アカツキよりも立派な体格をしていながら、四本足でフィールドを賭けるその姿は壮麗にして力強い。 ばしっ、ばしっ!! レアコイルはその場からまったく動かず、連続で電撃波を放ち続ける。 すべてがカエデに命中。ダメージを受けながらも、カエデは怯むことなくレアコイルとの距離を詰める!! 瞬く間に距離が詰まり、ジャンプ!! 「た、高い!!」 テッセンが驚愕の表情を浮かべた。 というのも、カエデはレアコイルよりも高くジャンプしたのだ!! ワカシャモの跳躍力には及ばないが、それでも天井までの高さの半分以上には達している。 ぐんぐんと距離が目に見えて縮まり―― 突如、レアコイルが電撃波を発射するのを止めた。 すごい迫力をみなぎらせた目で睨みつけられ、射竦められてしまったのだ。 背中の炎が実際よりも大きく見える。 「レアコイル!! 怯むな、最大出力の必殺・電磁砲じゃあっ!!」 「カエデ、攻撃させないで!!」 「バク、フーンっ!!」 カエデがレアコイルに飛びかかる!! がっ!! 腕でがっちりレアコイルをつかんで、距離をゼロ以上に引き伸ばさせない!! レアコイルの眼前に顔を持ってくるカエデ。 すっかり怯えきって、攻撃することさえ忘れているレアコイル。 レアコイルをつかみ、のしかかるように足をかけると、落下を始める。 がんっ!! 地面に叩きつけられたレアコイルに、止めとばかりにカエデが全力投球の火炎放射を浴びせかけた!! ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! すさまじい炎の奔流はフィールドにぶつかると跳ね返り、カエデを中心に、虚空という舞台で竜巻のように荒れ狂った!! 「おぉっ!! レアコイルっ!!」 さすがにこうなると冷静さを失ってしまうらしい。 テッセンが頭を抱えて悲鳴を上げた!! でも―― 「悲鳴を上げてるのに笑顔?」 バトルの途中だというのに、アカツキはそんなことを思ってしまった。 実際、テッセンは悲鳴を上げながらも笑顔だったのだ。 まともな神経状態とは思えないが…… 炎が荒れ狂う中、レアコイルは逃げ出すことなどできなかった。 のしかかられ、その上きっちりつかまれているのだ、そう簡単に逃げを許しはしない。 「戻るのじゃ、レアコイル!!」 テッセンは慌てて、炎によってダメージを受け続けているレアコイルをモンスターボールに戻した!! 事実、戦闘不能寸前のダメージを受けているのだ。豊富な知識と経験を持つテッセンの感覚に狂いはない。 捕獲光線がレアコイルを包み込み、モンスターボールへと引き戻していく。 途端にレアコイルの質感が存在と共に失われ、カエデはほんの数センチ、地面に落下した。 「バクフーン!?」 突然レアコイルがいなくなったことに驚き、炎を吐くのを止める。 十数秒経って、乱舞していた炎がさっと消えた。 フィールドに残ったのは、灼熱して揺らいでいる空気と、その中心に立っているカエデだけ。 「レアコイルを戻した?」 レアコイルが大きなダメージを受けたのは間違いない。 だが、戦闘不能にまでは至っていないはずだ。 アカツキが訝しがっているのを見て、テッセンは頭を振った。 「レアコイルはもう戦えるような状態ではなかったのじゃ。 キミのバクフーンの火炎放射がよほど強力だったのじゃろう、あのままでは保たないと思っての、戻したのじゃ」 「じゃあ……」 テッセンの言葉に、アカツキは胸を弾ませた。 単刀直入に言えば、テッセンが白旗を揚げたということになる。 どちらにしても、結論は同じ。 テッセンはアカツキの方へと、まだ熱の残るフィールドを歩いてきた。 呆然としているカエデの脇を通り抜け。 懐に手を入れ、何かを取り出した時、ちょうどアカツキの目の前にやってきた。 「うむ。キミの勝ちじゃ!!」 取り出してみせたのは、串に刺さった団子のようなバッジだった。 色は、串が銀色、団子がオレンジだ。 それが何を意味しているのか、アカツキはもちろん知っている。 「ダイナモバッジ。このキンセツジムを制した証じゃ。受け取ってくれたまえ!!」 アカツキの手を取り、握らせてくれた。 重さ的には五十グラムもないだろう。でも、その『重み』はそんなものとは比べ物にならなかった。 三つ目のバッジをゲットしたのだ!! 「ダイナモバッジ……」 勝利の実感が沸いて出てくる。 「しかし、驚いたの。 キミのようなトレーナーに負けるというのも、実に久しぶりじゃからなっ!! はーっはっはっはっ!!」 負けたというのに、豪快に笑うテッセン。 負けた悔しさというのが全然伝わってこなくて――いや、それどころか、清々したような表情にさえ見えてくるではないか。 さすがにこれには疑問が口を突いて飛び出した。 「テッセンさん。 どうしていつも笑ってるんですか?」 痛烈な皮肉を込めた言葉。 だが、本人にそのつもりはまるでなかった。受け取る側がどう取るか、ということだけだ。 「決まっているではないか」 テッセンはきっぱりと断言してきた。 「笑いというのは健康に良いのじゃ!! この歳になるとな、健康に執着というものを持つようになるのじゃよ。 ほれ、笑う門には福来ると言うじゃろう? わははははっ!!」 より豪快に笑う。 アカツキは正直、拍子抜けした。 健康にいいから笑う。たぶんそれは本当のことだろう。 でも、バトルに負けてまで笑っているのはどうしてなのだろうか。 分かるはずもない。 考え方、価値観がまるで違うから。 でも―― これだけは分かる。 「テッセンさん、負けてもぜんぜん後悔なんてしてないんだ」 それが彼の顔に浮かんだ微笑みの真実。 負けて後悔したことがあったアカツキには、とても重く感じられた。 それでも、いつかはそんな風に思えるようになりたい。 負けても後悔しないように、常に全力でバトルに臨みたい。 テッセンの笑みを見つめながら、そう思った。 第40話へと続く……