第40話 インタビューバトル -Interviewer- アカツキは111番道路を北へと歩きながら、今までゲットしたリーグバッジを見つめた。 道幅は広く、その上人通りがあまりないので、誰かとぶつかる心配はない。 ケースに整然と並べられているバッジは三つ。 「ストーンバッジに、ナックルバッジ。それと、ダイナモバッジだ」 昨日、キンセツジムでジムリーダーのテッセンと激しいバトルの末にゲットした三つ目のバッジ。 今現在、ホウエンリーグに出るつもりのないアカツキにとっては無用の長物かもしれない。 でも、ホウエンリーグに出るためのチケット以外の意味合いが、目の前のバッジにはある。 「これで三つかぁ…… ぼくも、少しはトレーナーとして強くなったってことなのかな?」 ジム戦を制した証。 それは、トレーナーとして一定以上の技量を備えたという証でもある。 もちろん、ここまで来るのには平坦な道ばかりではなかった。 旅立って一ヶ月と経っていないのに、今まで生きてきた時間分よりもたくさんの出来事に見舞われた。 いいことばかりではなかったが、それでもいいと思えるのは、夢の待つ場所へと近づいているからだ。 道の向こうやや左手に、薄く霞んで見える山がある。 天を穿つかのようにそびえる山こそ、アカツキが『黒いリザードン』と出会ったエントツ山である。 遥か遠くにあり、たどり着くまでには五日ほどはかかるだろうか。 なのに、今アカツキの胸はこれ以上ないほどに弾んでいるのだ。 この状態でたどり着いたら、本気で心臓発作さえ起こしかねない。 まあ、若いからその心配はないのかもしれないが。 「もうすぐ会えるんだよ。リザードン」 夢が叶うという期待に胸を弾ませている足取りは当然、軽やかだった。 まるでステップでも踏んでいるかのような足取りで、ウキウキ気分丸出し。 人通りがないから、誰の目も気にせずにはしゃげる。 何しろ出会ったのは七年以上も前になる。 だから、今までにゲットされてはいないだろうかと心配もしたが、そんなのは考えないことにした。 やる前から失敗のことを考えるなんて、そんなことはしたくない。 ポジティブシンキングをモットーにしているアカツキならではの考え方だ。 期待に胸を弾ませてはいるものの、今日は残念ながら晴天というわけではなかった。 灰色がかった白い雲が一面、青い大海原を埋めてしまっている。 ところどころ、染みのように青い空が覗く箇所もあったが、それは遥か東の方だ。 真上は雲が立ち込めている。 「今なら……リザードンをゲットできるかもしれない」 アカツキはギュッと拳を握りしめた。 再びエントツ山に視線をやりながら、思う。 カナズミジムではツツジと、ムロジムではトウキと、そしてキンセツジムではテッセンと戦った。 多少納得いかない勝利もあったが、勝ったことは事実だ。 しかし、そのおかげで、少しは自信がついた。 トレーナーとして成長したことも、ポケモンがレベルアップしていることも実感できる。 だから、今ならリザードンをゲットできるかもしれない。 リザードンは、気高きポケモンである。 テレビや雑誌で見た外見は、赤い竜そのもの。気性は荒く、それでいて実力も優れている。 そんなポケモンをゲットしようとしているのだから、それなりの実力を身につけてからでないと、返り討ちに遭うのが関の山。 もう少し実力をつけてから……とも思ったが、せっかく近くまで来ているのだから、一度試してみたい。 無理なら無理で、その時はリベンジを誓えばいい。 もっと強くなって戻ってくると宣言すれば、それでいいのだ。 今はただチャレンジあるのみ!! 「カエデも、すごく強いって分かったし」 腰に差してあるモンスターボールに触れながら、ポツリつぶやく。 思い出したのは、昨日……キンセツジムでのジム戦だった。 テッセンのレアコイルを前に、ビリリダマと戦った時のダメージが残っていたワカシャモは敢え無くノックアウトされてしまった。 電気タイプのポケモンを相手にするのに、水タイプのアリゲイツを出すのはそれだけで自殺行為もいいところだった。 消去法で、カエデを出すことに決めたのだが…… やっぱり強かった。 相性が有利だったのは言うまでもないことだが、なにせ最終進化形のポケモンである。 強さは半端じゃなかった。 『電撃波』を何発食らってもピンピンしていたし、パワー、スピード、スタミナと、どれをとってもすごい。 これで女の子だというのが信じられない。 まあ、ポケモンバトルに性別など関係ないと言ってしまえば、それまでかもしれないが。 「アリゲイツとワカシャモが落ち込まなきゃいいけど」 自分たちよりも強い女の子。 身体つきは言うに及ばず、何をとっても敵いそうにない相手。 それが仲間なのだから、心強いと言えば、そうかもしれない。 レアコイルに飛びかかり、そのまま地面に叩きつけてしまうほどである。 これにはアカツキも脱帽してしまったものだ。 火炎放射はフィールドで荒れ狂ったし…… 「正直、頼もしいよ。キミがいれば、リザードンだってゲットできちゃうかもね」 ジム戦を制したことはもちろんだが、カエデの実力を見て、リザードンと互角以上に戦えるかもしれないと思ったのだ。 リザードンは炎タイプと飛行タイプを併せ持つポケモン。 相性からすればアリゲイツが有利なのだが、実力でそれさえひっくり返されかねない。 その分、カエデなら同じタイプだから防御には優れている。 攻撃には難があるが、カエデなら大丈夫だと思える。それくらい、彼女は強いのだ。 期待に胸を弾ませながら歩くうち、岩場に差し掛かった。 振り返ると、キンセツシティが小さく見える。 高層ビルさえも、立てた親指より小さくなっていた。 アカツキが歩いている111番道路は、キンセツシティと、ホウエン地方中部に広がる砂漠をつないでいる道路である。 エントツ山は、砂漠の入り口から西に延びている112番道路を進んでいけばたどり着ける。 もっとも、今ではロープウェイがあるので、麓から中腹まではスルーで登れるのだが。 麓から登るのであれば、112番道路をさらに西へ進み、フエンタウンの登山道から登るしかない。 どちらがいいだろうと、地図を見ながら思う。 エントツ山で『黒いリザードン』と運命的な出会いをしたことは覚えているが、大まかな位置までは覚えていなかった。 何しろ、『黒いリザードン』のことで頭がいっぱいだったので、景色とかまでは分からなかった。 それを踏まえると、下から攻めるか上から攻めるかという、二者択一をひたすら考えてしまうことに。 「あの時はピクニックだったから、きっと登山道使ったんだろうな」 確か、そうだったような気がする。 ロープウェイに乗った記憶がないので、そう判断するしかない。 「ね〜、君ぃ〜っ!!」 「?」 突然声をかけられ、視線を上げる。 少し先で、男女がこちらを見つめている。 女はマイクを片手に握り、男は肩に黒い塊のようなものを担いでいる。 遠目にはそれが何であるか分からなかったが、重そうだった。 声をかけてきたのは、どうやら女の方らしい。 どうして声をかけられたのか分からず立ち止まっているアカツキに、女が軽快な足取りで走ってきた。 淡いブルーの髪を風になびかせ、ヘソ出しルックとかなりラフな格好。 手にはコードレスマイク。どこかに発信機でもあるのだろう。 彼女の後を追って、男がゆっくりと走ってきた。 肩に担いでいるものがよほど重いのだろう、彼女とは対照的に、足取りはどこかたどたどしかった。 ラフな格好は女と同じ。 歳も二十代半ばと、二人して同年代といったところか。 「これ、カメラ?」 アカツキが指差して訊ねると、女は頷いた。 「そうよ。テレビカメラ。ね、見れば分かるでしょ?」 何も知らない子供に教えるように、男が担いでいる黒い塊の前でポーズを決めてみせた。 確かに、よく見てみればそれがカメラであると認識できる。 よく取材記者が持っている大型のカメラだ。 「君はトレーナーかしら?」 「そ、そうですけど……」 興味深そうな顔でアカツキの腰を覗きこむ女に、アカツキはビックリしながら頷いた。 一体なんだと言うのか。 現れ方に脈絡がなかったような気がする。 先ほどまでは道にいなかったはずだ。目立たない場所にでも隠れていたのだろうか。 「ああ、名乗り遅れたわね。 わたしはマリ。こっちのカメラマンはダイっていうんだけど」 「はあ」 「わたしたち、ホウエン第一テレビのインタビュアーなんだけどね」 「いんたびゅあー? なに、それ?」 聞きなれない言葉に、アカツキは首をかしげた。 英語はあまり得意ではないのだ。 「取材記者だと思ってもらえればいいわね。 Interviewer……インタビューする人って意味よ。 時間があったら辞書を引いて調べてみてね。 えっとね、わたしたち、取材のためにこの道路にここ数日ほど張り込んでるんだけど」 そう言って、マリは岩場を指差した。 その時ちょうど風が吹いて、岩場の一部が揺れたように見えた。 「? テント?」 「そうよ」 岩のように見えたのは、テントだった。 色も周囲の景色と酷似しており、パッと遠目には、風が吹かない限り周囲の岩と見分けがつかないだろう。 と、アカツキはマリの腕章に目を留めた。 『HOUEN 1st』と書かれているその腕章は、テレビで度々見かける。 ホウエン第一テレビ……ホウエン地方にあるテレビ局で一番大きい局だ。 アカツキの好きなアニメやクイズ番組なども、この局が放送している。 ホウエン地方の住人にとってはメジャーなテレビ局だ。 「最近始まった番組が好調でね、わたしたちは取材のためにこの道を通ったトレーナーに話を聞いているってわけ」 「その番組って?」 「『トレーナーを求めて』って番組なの。 半月ほど前にオンエアーされたばかりだから、旅をしてると、分からないかな?」 「うん。あんまりテレビとか見てないから」 アカツキは頬を掻いた。 ホウエン第一テレビの新番組を見たことがないというのは、時代遅れと同義なのである。 だから、少しだけ恥ずかしくなった。 「どんな番組なんですか?」 アカツキは恥ずかしい気持ちを忍んで、思いきって訊ねてみた。 新番組が好調という話を聞いて、どんな番組なのか気になったのだ。 「旅するトレーナーをつかまえてはバトルをして、ビデオを編集してハイライトシーンを放送するという番組なの」 「そうなんですか、バトルを……って、ええ!?」 マリの言葉を反芻し、はたと気づく。 バトル……彼女はそう言ったのだ。 「じゃ、じゃあ……」 「ええ。ダイ君。カメラ・スタート」 「オッケー、始めます」 きぃぃぃ。 レンズが動く音が聞こえた。 それを合図に、マリがマイクをアカツキに向けた。 取材が始まったのである。 カメラに映った光景がすべてテープへと録画されていく。 「トレーナーを求めて。 今日……6月13日で、放送はちょうど十回目になります!! そんな記念すべき日にも、わたしたちはまたひとり、若きトレーナーに会うことができました。 これもまた、天のお導きなのでしょうか?」 などと、聞いている方が恥ずかしくなるようなことを大声で言うマリ。 レポーターとしての務めなのだろう。 一向に恥ずかしそうな様子が見られない。 「さあ、今回のチャレンジャーは、こちらのトレーナーです!!」 その瞬間、カメラのレンズがアカツキに照準を合わせた。 「え……」 アカツキはビックリした。 もしかして、これが後で編集されてテレビで放送されるの? 今さらそんなことを考えた。 「さあ、君の名前を聞かせてちょうだい。あと、出身地とかもあるとありがたいんだけど」 「ぼくは、ミシロタウンのアカツキです」 「グレイト!!」 アカツキが戸惑いながら言うと、マリはガッツポーズなど取りながら、カメラに向き直った。 「ミシロタウンから遠路遥々やってきたこちらのアカツキ君が、今回のチャレンジャーです!! 一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!! 今から楽しみで仕方がありません!!」 勝手にテンションを高めていく。 プロ野球の実況がこんな感じで毎日ハイテンション状態。 あれでよく血管がブチ切れないものだと、変なところで感心していたりするのだが……インタビュアーってこんな人ばっかなのかな? 半ば偏見を抱いてしまうのも、無理はない。 そういう人に今まで会ったことがないから、そんな先入観を抱いてしまうのである。 「ルールは今までと同じ、ダブルバトルです!! わたし、インタビュアーのマリと、チャレンジャー・ミシロタウンのアカツキ君によるダブルバトルを皆様にお届けします!! 毎度のことですが、普通にやると時間がかかるので、ハイライトシーンだけを特別に編集してのお届けで〜す!!」 そういえば、まずは録画って言っていたか。。 録画した映像を切り取ってつなげて、それで放送する。 「ダブルバトル、知ってるでしょ?」 「あ、うん」 「それじゃあ、早速始めましょう!!」 すっかり我を忘れているのだろう。 マリは声が裏返っていることにすら気づいていない様子で、アカツキとの距離を開け始めた。 バトルで必要とされているのは、およそ十五メートル。 それ以上ならどれだけ距離を空けてもいいらしい。 もっとも、アカツキはそんなことをまるで知らなかったが。 だが、バトルをするということで、アカツキはワクワクしていた。 引っ込み思案な(?)性格ではあるが、ポケモンバトルは意外と好きらしい。 「出すポケモンは二体よ。二体とも戦闘不能になったら負け。 それじゃあ、行きましょ〜!!」 マリは腰からモンスターボールをふたつ引っつかむと、腕を胸の前で交差させながら投げ放つ!! 左右に投げられたモンスターボールは空中で口を開き、ポケモンが飛び出した!! 「どっごーむっ!!」 「ビリリリ」 飛び出してきたポケモンは…… 「げ、ドゴーム……」 アカツキは呻いた。 両方見覚えがあるが、片方――スピーカーのような耳を持ったポケモンには特に覚えがあった。 なにせ、大音響が衝撃波となって見境なく攻撃してくるという、凶悪な技を使ってきたから。 自分の身体でそれを味わったので、嫌な印象を少なからず持っている。 そしてもう片方は―― 「レアコイル……じゃないなぁ。あ、もしかして進化前かな」 なんてことを思いながら図鑑を開いてみる。 磁石を耳のように左右につけている丸い金属の塊に見えるポケモンにセンサーを向けてみると、 「コイル。じしゃくポケモン。 電線にくっついて電気を食べる。 左右のユニットから電磁波を出すことで重力を遮り宙に浮かぶが、その原理は今のところ解明されていない」 確かにコイルは浮いている。 カリン女史の説明はイマイチ要領を得ていなかったが、まあ事実だからそれでよしとした。 「電気タイプとノーマルタイプ。弱点は少ないけど、ワカシャモなら両方突ける!!」 コイルは鋼タイプも持ち合わせているのだ。 だから、格闘タイプのワカシャモは、コイルとドゴーム両方に相性が有利だ。 ダブルバトルで出すポケモンが決まった。 「アリゲイツ、今回もお休みだよ。ごめんね」 コイルは電気タイプ。 だから、アリゲイツは出さない方がいい。 アカツキはモンスターボールをふたつつかんで、投げる!! ぽんっ、ぽんっ!! ほんの少しタイミングをずらして、ポケモンが飛び出した!! 「シャモぉぉっ!!」 「バクフーンっ!!」 飛び出してきたのはワカシャモとカエデだ。 炎ポケモンのタッグ。 相手が水タイプや岩タイプなど、弱点となるポケモンを出していないから、別にこれでも問題はない。 むしろこちらはワカシャモがコイルにもドゴームにも有利に戦えるのだ。 多少弱点を突かれたところで負けはしない。 「なるほど。 君のポケモンはワカシャモとバクフーンね。両方とも炎タイプ。 わたしのポケモンが弱点を突けないってことを考えて出したのね? さすがだわ!! さすがにチャレンジャーは違うわね!!」 マリはマイクを片手に叫びながら、天を仰いだ。 「えっと……」 アカツキは首をかしげた。 どうリアクションを返せばいいのか分からない。 ダイは無言でカメラを回している。 録画の度にこういうことをしているから、慣れてしまったのだろうか。 だとすれば、慣れとは実に恐ろしいものだ。 「さあ、それじゃあ行きましょうか!! ドゴーム、ハイパーボイス!! コイル、電磁波!!」 一方的にバトル開始を宣言し、指示を下すマリ。 どこか活き活きしているように見えるのは、果たして気のせいか。 インタビュアーよりもトレーナーとしての方が似合っているような気がするのも……そんなことを気にしている暇はない。 コイルが左右のユニットに電気を生み出しているし、ドゴームが大音響を放つために息を大きく吸い込んだのだ。 「ワカシャモ、カエデ、火炎放射だーっ!!」 びしっとマリを指差し、アカツキは二体同時に同じ技を指示した!! タイプが同じだから、同じ技で威力倍増を狙えるというわけである。 アカツキの指示に、ワカシャモとカエデが同じタイミングで息を吸い込み、口を開く。 そして、炎が吐き出された!! 「え、なに、きゃーっ!!」 途中で合わさって膨れ上がった炎を見つめるマリの顔はすっかり青ざめていた。 火炎放射は、一体が使っただけでも十分な威力があるのだ。 それがふたつ合わされば、どうなるか。 炎が津波のように押し寄せているようなものだ。まともな方法では消火などできない。 だが、予想外の攻撃に青ざめるトレーナーよりは根性があるらしく、コイルは左右のユニットから電撃を発射した!! 電撃は炎を突き破り、ワカシャモに命中!! 「シャモ!?」 絡みつく電撃に驚いて、ワカシャモは炎を吐くのを止めた。 途端に炎の勢いが弱まるが、それでもたいしたものだった。 「どっごーむっ!!」 ドゴームがすさまじい音量を誇る声を出した!! 空気を捻じ曲げんばかりの大声に、炎も一瞬だけ揺らいだが、何事もなかったかのようにドゴームへと突き進む!! 幸い、コイルへの進攻は食い止めたらしい。進路転換をしたのである。 が―― ドゴームはハイパーボイスを使っている最中。 とても避けるなどという行動は取れるはずもなく。 ぼぉぉぉぉぉっ!! 押し寄せてきた炎の津波に飲み込まれる!! 炎の津波はその場に留まり、十秒ほどして消えた。 ずるずる、ぽてり。 唖然とした顔で真っ黒コゲになったドゴームは、使い古された松明のようにも見えた。 それから程なく倒れ、動かなくなる。 「ああっ、ドゴーム!!」 「カエデ、もう一発火炎放射!!」 倒れたドゴームを見て、ヒステリックな悲鳴を上げるマリ。 彼女を置き去りに、アカツキは残ったコイルを倒すべくカエデに指示を下す!! ワカシャモは麻痺していて攻撃を出せないのを、アカツキは知っている。 何しろ、電磁波とはカナズミジムでツツジとバトルした時に出されたことがあるのだ。 電磁波は相手を麻痺させる技。麻痺すれば攻撃も防御もできない。 ドゴームは戦闘不能。 残りはコイルだけだ。カエデだけでも十分に勝てる。 アカツキはトレーナーとして、そういった判断もしていた。 だから、悪いとは思いながらも、ワカシャモは捨て置いている。 カエデがもう一度息を吸い込んで、炎を吐き出す!! 「コイル、空へ逃げるのよ!! そうしたら雷で攻撃するの!!」 ドゴームをモンスターボールに戻し、負けじと指示を出すマリ。 ――このまま押し切られてたまるものですか。 鬼気迫る形相でバトルに臨んでいる彼女は、インタビュアーなどではなかった。 下手をすれば鬼神にさえ見える。 まあ、恐らく、このシーンはカットされるだろう。 こんな表情を映せば、視聴率低下は避けられない。 どこのテレビ局でも、そういうのは忌み嫌っている。 カエデの炎が矢のようにコイルめがけて突き進む!! だが、ゆらゆらとゆっくり空へ登っていくコイルには届かなかった。足元スレスレの場所を通り過ぎていくのみ。 「カエデ、あきらめないで!! 当たるまで火炎放射!!」 「させないわ!! コイル、雷を降らせるのよっ!!」 カエデが三度息を大きく吸い込んだ瞬間―― ばりばりっ!! 大気を裂いて、空から数十条の電気の槍が降り注いだ!! 電気タイプ最強の技、雷だ。 距離が開けば開くほど命中率が低くなるが、当たればダメージは大きい。 攻撃範囲を広くすることもできるが、そうすると威力が下がる。 マリは命中精度を第一に考えているらしかった。 「バクフーンっ!?」 カエデは轟音と共に降り注いでくる電気の槍に驚いて、空を仰いだ。 ばしーんっ!! 一条の槍が、カエデに突き刺さる!! 「カエデ!!」 アカツキが発した声は、雷が突き刺さる轟音によってかき消された。 電気の槍に撃たれ、カエデはきつく目を閉じる。 いくら強くても、痛いものは痛いらしい。 電気の槍がすべて降り注いだ後―― 幸い、ワカシャモには一発も命中しなかったようだ。 体中を電気の鎖に縛られて身動きひとつ取れなかったから、攻撃対象として認識されなかったからだろうか。 「カエデ、大丈夫!?」 その言葉に、カエデは目を大きく見開いた!! 怒りに満ちた表情で、空に浮かんでいるコイルを睨みつける!! 「ウソ!! 雷を食らって平気なんて!!」 マリはヒステリックに叫んだ。 だが、それは間違いである。 数万ボルトもの電圧を有している雷を食らえば、地面タイプ以外のポケモンなら痛みや猛烈な痺れを感じる。 だから、平気などでは決してないのだが…… カエデは実際五体満足だから、そう見えても仕方ないのかもしれない。 『痛かったじゃないの、ザコの分際で!!』 カエデの鋭い視線を、コイルはそう受け止めていた。 ぷすぷすと体毛の一部を焦がしながら、しかしカエデの迫力は有無を言わさぬものだった。 「バクフーンっ(仕返しだーっ)!!」 カエデは甲高い声を上げると、先ほどとは比べ物にならないほどの大きさの炎をコイルめがけて吐き出した!! 見た目だけなら大文字に匹敵するが、果たして中身は…… 「コイル、避けて避けて!! あんなの受けたら絶対……あぎゃーっ!!」 マリの言葉が終わらぬうちに、矢のような勢いで突き進む炎がコイルを包み込んだ!! 「え、カエデ……」 アカツキは信じられないと言った表情でポツリと漏らした。 指示していないのに、カエデは火炎放射を使ったのだ。 感情的になって突っ走ったなのかもしれないが、実際、トレーナーの指示なしでもある程度は考えて行動するポケモンはいる。 ホウエンリーグ四天王や、四天王を統括するチャンピオンのレベルなら、そんなポケモンで手勢を固めているものだ。 炎が行き過ぎて―― 炎の色に染まったコイルが、目(?)を『×点』にして地面に落ちていく。 「ああ、ジーザス!!」 マリは頭を抱えて叫んだ。 地面に落ちたコイルは動かなかった。 弱点の一撃を受けて、敢え無くノックアウトだ。 「あれ、勝ったの?」 アカツキは呆然としていた。 自分で指示した技で勝利を収めたわけではないから、実感が持てないのだ。 現に、麻痺しているワカシャモとカエデは未だモンスターボールから出たまま。 対するマリのポケモンは、ドゴームがすでに戦闘不能。そして、コイルも…… 「でも、認めなければならないようね」 意外と早くマリは立ち直り、コイルをモンスターボールに戻した。 ダブルバトルは、意外と早く終焉を迎えることとなった。 「わたしの負けね。 やっぱり、この道を通るトレーナーは強いわ」 ため息混じりに、しかし笑みなど浮かべながら、マリは手でダイに指示を下した。 カメラがワカシャモとカエデに向けられる。 勝ったトレーナーのポケモンを撮っておきたいらしい。 「炎タイプの燃え滾る情熱!! それが『W火炎放射』となってわたしのドゴームをノックアウトした…… その威力はわたしが見たとおり、すさまじいものでした。 では、わたしに勝利したトレーナー、アカツキ君に、感想を伺いたいと思います!!」 「……? わっ!!」 一瞬で間合いを詰められ、アカツキは思わず後退りしてしまった。 マイクを向けられ、ドキリとする。 「アカツキ君。このバトルは君が勝ったけど、その感想を聞かせてちょうだい」 「え……感想?」 「そうよ」 マリは頷き―― ダイがカメラをアカツキに向けた。 そのことに気づいて、心拍数が急上昇だ。 身体が熱を帯び、酔ったような気分になりそうだ。 だが、逆にカメラに撮られているということで、強い自制心が働いた。 「えっと……」 それでも緊張は隠しきれず。 アカツキは思ったことを素直に言葉に出すのに、嫌というほど時間がかかった。 かかり過ぎた。 「いろいろとぼくにも学ぶべき部分があるって分かりました」 たったその一言のために、数十秒も要してしまった。 その間もカメラが回り続けていたわけだが、放送する時にその空白はカットされるのだろう。 どちらにしても、詮無いことではあったが。 「ワンダフォ〜!! 数分とないバトルで学ぶべき部分があると分かっただけでも、実にすばらしいことだと、視聴者の皆さん、そう思いませんか!?」 アカツキの肩に手を置いて、マリは声を弾ませた。 さすがはインタビュアー、ちゃんとカメラに収まるように計算して立ち位置を調整しているのは明らかだ。 「若きトレーナーの今後の活躍が楽しみですね!! では、今回の放送はここまでです。それでは皆さん、次の放送までごきげんよう!!」 と、そこでカメラが動きを止めた。 録画はここで終了するようだ。 「ふう……ダイ君お疲れ〜」 「お疲れ〜っす」 互いに労ってから、マリは笑みをアカツキに向けた。 「いや〜、君強いのね〜。驚いたわ〜」 「えっと……」 「まさか炎タイプのポケモン二体が同じ技を使って、威力を倍増させるなんて、わたしじゃ考えつかなかったわね。 結構勉強になったわ」 「戻って、みんな」 アカツキはワカシャモとカエデをモンスターボールに戻した。 バトルが終わった以上、カエデはともかくワカシャモまで外に出している必要はない。 麻痺しているのだから、ボールの中で休んでもらった方がいいに決まっている。 「ぼくの方こそ勉強になっちゃって、ありがとうございました」 「いえいえ。礼を言うのはわたしも同じ。撮影に協力してくれてありがとう」 差し出された手を、アカツキは強く握り返した。 「それじゃあ……」 「ええ。これからも頑張ってね。応援しているわ」 「はい」 頷いて―― アカツキはマリたちと別れ、道路を北へと歩き出した。 たった一度のバトル。 でも、そこから学ぶことは数多くあった。 ワカシャモとカエデ。同じタイプのポケモンだからこそ可能となる、同じ技の重ねがけ。 ふたりの火炎放射が合わさって、絶大な威力となった。 その一撃で、ドゴームをノックアウトしてみせたのだ。 ダブルバトルは二度目だが、不思議なことに何度もやったことがあるような気がした。 それが慣れであると気づいたのは、それから少し経ってのことだった。 鋏と何かは使いようという言葉があるが、それはダブルバトルが一番似合っているように思える。 バトルで用いる二体のポケモンが、互いの弱点を補い合えるような組み合わせにしなければならないのは当然のことだ。 だ が、それ以上に、同じタイプで揃えることで、そのタイプの技の威力を最大限まで高めることができるのだ。 ダブルバトルを採用しているジムも、ホウエン地方にはあるという。 だから、この経験は無駄にならないはずだ。 もっとも、同じタイプで揃えたことによって、弱点を突かれると一気に不利になるのは言うまでもない。 それさえもひっくり返すような技を覚えさせれば、それはそれで有利に運べるのかもしれない。 そう思うと―― 「ダブルバトルって意外と奥が深いんだな……」 シングルバトルではとても立てられないような作戦も、平気で立てられる。 シングルバトルの非常識も、ダブルバトルでは常識に変えることができるのだ。 その可能性は無限大に広がっていると考えてもいいだろう。 「いつかそんなジムに行くこともあるだろうから、その時までにもっと頑張らなくちゃ。 リザードンに少しでも近づけるようにね」 つぶやいて、エントツ山の方角に顔を向けた。 心なしか、先ほどよりも霞んで見えた。 第41話へと続く……