第41話 キレイ好きなポケモン -Cleaning purely- インタビュアー・マリとのダブルバトルを終えたアカツキは、再び111番道路を北上した。 エントツ山の向こうへと夕陽が沈みかけた頃、ようやくポケモンセンターにたどり着いた。 南北に伸びる111番道路にある唯一のポケモンセンターであり、エントツ山や砂漠へ向かうトレーナーの前線基地でもある。 だから、佇まいはしっかりしていて、大きさもそれ相応のものだった。 中にはたくさんのトレーナーがいるんだろうな…… そう思いながら自動ドアをくぐると、しかしロビーには人の姿はほとんどなかった。 「あれ……」 拍子抜けし、間抜けな声が漏れる。 ロビーの両脇に置かれている長椅子はガラガラ。 カウンターの向こうにいるジョーイも忙しそうに、右往左往している。 「あ、そうだ。 カエデとワカシャモを診てもらわなくちゃ」 あまりの人気のなさに忘れてしまった目的をようやく思い出した。 そうだ。 ここに来たのは、先ほどのバトルで傷ついたポケモンを回復させるためと、今晩の宿を確保するためだ。 もっとも、この『込み具合』では部屋も選び放題のようなものだろう。 アカツキはカエデとワカシャモの入ったボールを手に取って、ジョーイのいるカウンターへと歩いていった。 その合間に、左右に視線をめぐらせる。 床はピカピカに磨き上げられており、視線を落とせば、溶け込んだように自分の姿が映っているのが見える。 「すっごくキレイだ…… ジョーイさんとラッキーがよく働いてるんだな……」 ピカピカの床を土足で歩くことにちょっとしたためらいを感じながら、なるべく歩数を少なくしようと、大股で歩いていく。 ポケモンの世話は言うに及ばず、掃除、洗濯、炊事に至るまで、ポケモンセンターの業務はジョーイとラッキーのものである。 だから、床を磨き上げたのも、ジョーイとラッキーなのだ。 その働きぶりが目に浮かぶ。 そういう人がいると、かなり励みになる。他の人が頑張ってる。 だから『ぼくも負けてはいられない!!』という具合に。 実に単純な思考の持ち主である。 と、カウンターの前まで歩いていくと、いつものスマイルを浮かべたいつものジョーイが出迎えてくれた。 「ポケモンの回復お願いします」 「はい。かしこまりました。 ところで、今日はお泊りになりますか?」 「あ、はい」 アカツキは頷いて、手に持っているモンスターボールをジョーイに渡した。 ジョーイはすぐ傍にある回復装置にモンスターボールを丁寧にセットして、壁にかけられたルームキーをカウンターに置いた。 「廊下の突き当たりになります。こちらから行かれると近いですよ」 「ありがとうございます」 アカツキはルームキーを受け取り、礼を言った。 ポケモンの回復には十秒から数十秒ほどかかるので、その間の退屈を紛らわすべく、さり気なく世間話に持ち込む。 話題はもちろん―― 「ジョーイさん。ポケモンセンター、すっごくキレイですね。 歩くのもなんだか悪い気がしちゃいます」 「そ、そう? ありがとう……そう言ってもらえるとうれしいわ」 誉められたのに、しかしジョーイは浮かない表情で返してきた。 言葉とは裏腹に、全然うれしそうに聞こえない。 どうしたのだろう? アカツキはそんな彼女を見つめ、首をかしげた。 それから、再びロビーを見回す。 ピカピカに磨き上げられた床。そこまでするのに一体何時間かかるだろう。 並大抵の努力でないのは間違いない。 そこを誉められたのだから、普通はうれしくてうれしくてたまらないはず。 なのに、ジョーイは浮かない表情。 どう考えてもおかしかった。 「はい、回復が終わりましたよ。どうぞ」 「ありがとう、ジョーイさん。それじゃあ……」 回復を終えたポケモンの入ったボールを機械から取り出した時には、すでに彼女の顔にも笑みが戻っていた。 職業病ともなると、気が滅入っていてもすぐに営業スマイルに戻れるのだろうか。 アカツキはモンスターボールを受け取ると、もう一度礼を言って、ロビーを後にした。 ジョーイに言われたとおり、カウンター脇の廊下の突き当たりに、今日泊まる部屋があった。 鍵を開けて部屋に入ると、爽やかな風が天井から吹きつけてきた。 見上げてみると、送風機が動作しているのが見えた。 おかげで、少しばかり汗をかいた身体には気持ちよい。 部屋は小ぢんまりしていて、ベッドとデスクがあるだけだ。 見た目では普通の部屋とまるで変わらないが、別に構わない。 一晩の宿にそれ以上を求めるのは罰当たりな話だろう。 寝泊りに不自由しなければそれでいい。 「やっぱりこの部屋もキレイだな」 ベッドメイクは完璧で、シーツにも布団にもシワのひとつさえできていない。 デスクと床にはほとんど埃がない。 細かなところまで手入れが行き届いていて、泊まる方もすごく気分がよくなれる。 こんなポケモンセンターも珍しいだろう。 「みんなの回復は済んだことだし……今日はゆっくり休もう。 もうすぐエントツ山だもんね。休める時に休まなくちゃ」 ふかふかのベッドに腰を下ろし、リュックを傍に置く。 とりあえず、今日はゆっくり休むことにした。 月が中天にかかる頃――つまり真夜中。 きゅきゅきゅっ。 小さな音が、部屋の中に響いた。 「ん?」 微かな物音も、アカツキは見逃さなかった。 虫でも入ってきたのだろうか……そう思いながら身を起こし、寝ぼけ眼を擦って室内を見渡す。 それほど広くないから、室内の異変はすぐに見て取れる。 ベッドの下にはアカツキのポケモンが安らかな表情で、安らかな寝息を立てている。 窓は少し開けてある。 というのも、風通しをよくしたかったからである。 それに、泥棒とかが入ってきたとしても、人間より格段に五感に優れているポケモンの感覚を欺くことはほぼ不可能。 少しの危険でも察知すれば、それをトレーナーに知らせることだろう。 「あれ?」 アカツキは床を這っている黒い塊を見つけた。 どうやら、先ほどの音はその塊が発したもののようだ。 きゅきゅきゅっ。 ピカピカの床を靴底で撫で回すような音が小さく響く。 その塊は左右に長く、小さな音を立てながら床を這い回っている。 触れるか触れないかといった距離にまで近づかれても、アリゲイツたちは何の反応も示さない。 「これって……?」 怪訝に思いながらポツリつぶやくと、黒い塊が反応した。 小さく震えると、素早い動きで窓の外へと飛んでいってしまった。 「あ!!」 一瞬のことに反応が遅れる。 窓の傍に歩み寄り、外を見やる。 月明かりの空に、黒い塊が羽根をバタつかせながら飛んでいくのが見えた。 逆光で、色までは確認できなかったが、大きさとしては人の頭と同じか少し小さいくらい。 部屋の中で見た限りでは、そうだった。 「何だったんだろう……?」 一体何が起こったというのか。 ワケが分からず、アカツキは首をかしげた。 「ゲイツ……?」 アカツキの影がかかって、アリゲイツが目を覚ましてしまった。 「あ、アリゲイツ。なんでもないよ。大丈夫」 アカツキは身を屈め、頭をもたげたアリゲイツの背中を優しく撫でてやった。 すると、アリゲイツは何事もなかったように再び眠りに就いた。 「でも、一体何なんだろう?」 意味が分からぬまま、アカツキは再びベッドで横になり、目を閉じた。 眠りに落ちるまでの間に考えたことがあった。 「どうして、アリゲイツは何もしなかったんだろう?」 アリゲイツだけではない。 カエデやワカシャモも。 変な物体がいたにもかかわらず、迎撃しようとしなかった。 水鉄砲でもぶっ放せば、アカツキだってすぐに目を覚ますだろう。 それをしなかったのはなぜか? 答えはすぐに出てきた。 「危険な存在じゃなかったからなんだね」 視覚、聴覚、嗅覚。 それら五感のすべてが人間を超越したポケモンが、危険を感じないはずがない。 それがなかったということは、一片の危険すらなかったということに他ならない。 害がないと肌で感じていたからこそ、何もしなかったのだ。 そのことに気づいて、ふっと安堵感が全身に広がっていく。すぐに眠りに落ちた。 翌朝。 目が覚めると、室内の異変にすぐに気がついた。 眠気が一気に吹き飛んでいくのを頭の片隅で感じながら、声を上げる。 「ど〜なってんの!?」 その声に、アリゲイツたちは弾かれたように飛び起きた。 アカツキはベッドの上で、上体を起こした状態で、室内の異変を見つめていた。 「ゆ、床がキレイになってる……」 言葉どおり、床はピカピカに磨き上げられていた。 少なくとも――記憶している限りでは、少なくとも昨日来た時点ではここまでキレイではなかったはずだ。 キレイと言えばキレイだが、艶が幾分か損なわれていた。 それでも不快に思うほどではなかった。 それが、起きてみればなんと……ピカピカに磨き上げられているではないか!! 一体何が起こったというのか。 「ゲイツ!?」 アリゲイツたちもトレーナーと同様に驚いていた。 自分たちが寝ていた場所以外の床がキレイになっているのだ。 下を見れば、鏡のように自分の顔を映し出してくれる。 フローリングゆえに、木目調が微妙にマッチしていい感じに見える。 「一体何があったのかな……?」 アカツキはベッドから降りて、室内を隅から隅まで見渡した。 床はすべて磨き上げられており、角にはわずかな埃すら見られなかった。 これは明らかにプロの掃除屋がやったようだ。 だが、掃除屋など入れた記憶はない。 そもそも、昨日は一日中部屋に閉じこもっていたのだ。 ルームキーがなければ室内に入れないし、ちゃんと内側から鍵とチェーンをかけておいた。 それすら打ち破って入ってきた可能性は……どちらにしろ、いくらなんでも脈絡がなさ過ぎる。 アカツキの『仲間たち』を欺くことのできる人間は存在しない。 現に、アリゲイツはミシロタウンにいた頃、夜分家に忍び込んできた泥棒を水鉄砲で見事にノックアウトして見せたほどだ。 「もしかして……」 昨日から今までの記憶を順番に並べていって、とある可能性に行き着いた。 おぼろげに記憶している出来事。 夜中―― 音が聞こえて、思わず目が覚めた。 身体を起こして室内を見てみると、床を這い回る黒い塊が目に入った。 大きさはそれほどでもない。 アリゲイツたちが何もしなかったことを見ると、それは危険な存在でなかったということなのだろう。 「……あれだ」 考えられるのはそれだけだった。 掃除屋が入るとは聞いていないし、そういった形跡も見られない。 ジョーイのことだから、そういったことは事前にちゃんと言ってくれるだろう。 それでもない、ということは…… 「もしかして、あの塊が床を磨き上げてくれたのかな?」 床を這い回る黒い塊。 きゅきゅきゅっ、という小さな音。 今にして思えば、それはきっと床を磨き上げるための音だったのだ。 「でも、あれって一体何なんだろう?」 危険な存在ではない塊。 気になるのは、それが一体何者だったのか、ということだ。 人が取った部屋に無断で侵入したことに対してどうこう言うつもりはないが、それが何であるのか、知りたいと思った。 「窓の外に逃げていったな……確か、あっちの方に」 窓を開け、外を見やる。 少し向こうに見える塀までがセンターの敷地で、一本の大きな木と、その傍に池がある。 この部屋から見えるのは、それくらいだろう。 塀の向こうはほとんど見えないから、考える必要もない。 「ん?」 空から青い塊が三つほど飛来してくるのが見えた。 白い羽根を持った塊は、見たところポケモンのようだ。 「あれって?」 大慌てでデスクから図鑑を引っつかみ、池に飛来した塊に向ける。 「チルット。わたどりポケモン。 羽根は綿のような感触で、とにかく気持ちよい。 人の頭にちょこんと帽子のように乗ることがある。 また、白い羽根で掃除をするのが大好き」 図鑑から流れてきた説明を聞き、池で水浴びを始めたポケモン――チルットと図鑑に映し出された姿を見比べる。 左右に綿毛のような白い羽根が生えており、青い塊に見える体。 色は少し水色に近いだろうか。 「へえ……」 アカツキは嘆息した。 面白いポケモンがいるものだ。 自分の羽根で掃除するのが好きだなんて。 ほとんどのポケモンはその『逆』だというのに。 まあ、千差万別という言葉が人間と同じように当てはまるものなのだろう。 「掃除!?」 ふと気づく。 声が裏返っていることにすら気が回らないほど、重大な事実に直面したような気がしたのだ。 図鑑から池に視線を移す。 すると―― 「あのチルットだけ、羽根が汚れてるな……どうしてだろう」 水浴びで戯れているチルットの一体だけ、羽根が汚れていた。少し黒ずんで見える。 「それに、元気なさそう……」 他のチルットと比べてみると、いささか元気がなさそうだ。 辛い表情をしているわけではなかったが、なんとなくそう思える。 ポケモンと何年も暮らしてきたから、些細なことでも分かってしまう。 ミシロタウンで過ごしていた頃、アリゲイツの体調が悪いことに一番に気がついたのがアカツキだった。 アリゲイツが皆に心配をかけまいと振る舞っていたこともあって、ナオミやハヅキはアカツキに指摘されるまで気づかなかった。 だから、確信を持てる。 「ジョーイさんに見てもらおう。みんなはここにいて。いいね?」 アカツキはポケモンをその場に残し、ひとり部屋を出て行った。 あのチルットが部屋の掃除をしてくれたのだ。 いきなり起きてきたから、きっと驚いて逃げてしまったのだろう。 廊下を抜け、ロビーを出口へ向けて一直線に走り抜けていく。 ジョーイやロビーに居合わせたトレーナーは不思議そうな顔を向けてきたが、そんなものは目に入らなかった。 外に出て、建屋を迂回するように池へと向かう。 位置関係はだいたい分かっているので、迷うことはなかった。 池にたどり着くと、アカツキの足音に驚いたのか、チルットたちが一斉に羽ばたいて空に飛び立とうとした。 「あ、待って!!」 声をかけて駆け寄るも、遅かった。 ばさばさっ!! 羽毛を撒き散らし、チルットは飛び去ってしまった。 しかし、一体だけ飛び立てなかったチルットがいた。 「あれ?」 羽根が汚れているチルットだ。 必死に羽根を動かすのだが、飛び上がれない。 付着した汚れの重さで、飛び上がれなくなってしまったのだ。 「飛べないの?」 羽根の汚れたチルットの傍で膝を折り、話しかける。 チルットは哀しそうな目をアカツキに向けてきた。 潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。 仲間に置いてきぼりにされたと思ったのか、それともアカツキに何かされると思っていたのか。 どちらかは分からないが、助けなければ。 「大丈夫。ジョーイさんに見せるだけだよ。このままじゃ、飛び立てないんだよ?」 優しく声をかけながら、チルットを抱き上げる。 はじめは汚れた羽根をばたばたさせて抵抗していたが、アカツキの優しさに触れたからだろう、すぐにおとなしくなった。 何かを期待するような眼差しで見上げる。 気持ちが伝わったのだろうとアカツキは思った。 「さ、行くよ」 微笑みかけ、歩き出す。 どんなポケモンだって仲良くなれる。偏見なんて持たない。 アカツキは子供のように先入観を持たない男の子だ。 一般的に嫌われているポケモンでも、すぐに仲良くなれると思っているし、気持ちだってちゃんと伝わると思っている。 そういった飾り立てない優しさが、チルットを安心させたのかもしれない。 彼の腕の中で、すやすやと眠ってしまった。 眠ったチルットを起こさないように、でも急いでポケモンセンターに舞い戻る。 「ジョーイさん!!」 ジョーイの待つカウンターまで一気に走って、頼み込んだ。 チルットを見ると、ジョーイの顔色が変わった。 「このチルット、治してあげてください!! 羽根が汚れちゃって……」 「分かりました。君もついて来て下さい。 奥の部屋でチルットの羽根の汚れを洗い流すので、手伝って欲しいんです」 「あ、はい」 ジョーイにチルットを渡すと躊躇うことなく、カウンターの中に入っていく。 カウンターの奥の部屋は、シャワールームにストレッチャー、手術台などが混在していた。 どんな手術でもできるように、設備を整えているのだろう。 だが、今回は羽根の汚れを洗い落とすだけだ。 シャワールームに入れて、シャワーのスイッチをオンする。 手で温度を確かめて、チルットをシャワーに当てる。 チルットはいきなりの刺激にビックリしていたが、すぐに慣れたようで、気持ちよさそうな表情を浮かべる。 程よい暖かさらしい。 「君は左の羽根を洗ってください」 「洗うって?」 「手で揉み込むようにすれば汚れが取れると思います」 「わかりました」 ジョーイに言われたとおり、チルットの羽根を揉み洗いする。 時々、自然原料の洗剤を使って、泡立てながら洗う。 その合間に、ジョーイが訊ねてきた。 「このチルット、どこで見かけたの?」 「池にやって来たのを見て……汚れてるから、ジョーイさんに見せた方がいいと思って」 正直に答えると、ジョーイはニコッと笑みを深めた。 「正解ね」 「え?」 いきなり『正解』と言われてもピンと来なかった。思わず手を止める。 「君の行動は正解よ」 手が止まったところに、ジョーイは笑みを向けてきた。 その笑みが「手を動かしてね」というものであると解釈して、アカツキは慌てて手を動かした。 すると、再び話しかけてきた。 「チルットはね、キレイ好きなポケモンなの。 その羽根でキレイにモノを磨くのよ。 でも、汚れちゃうとちゃんと洗うのよ。汚れたままだとあまり身体によくないから。 このチルットはちょっと汚れすぎているわね」 「そうなんですか……汚れてるといけないと思ったから……」 「そうね。 でも、これくらいなら、ちょっと揉み洗いすればすぐに汚れが取れるわ。 君の発見が早かったからね。ありがとう」 「でも、このチルット、ぼくが泊まってる部屋を掃除してくれたみたいなんです」 「そうなの…… もしかすると、チルットがポケモンセンターを掃除してくれてたのね。 ロビーの床、すごくキレイだったでしょう?」 「ああ……って!?」 「そうみたいね、どうやら」 ジョーイは苦笑した。 アカツキの想像が正しいと物語る笑み。 このチルットは、どうやらポケモンセンターの掃除をしてくれていたらしい。 だから、羽根がこんなに汚れていたのだ。 揉み洗いした羽根から汚れが水に溶けて、床を黒く染めていく。 チルットは夢見心地といった表情で身を任せている。 「だったら、私たちにとっては恩人だもの。ちゃんとキレイに洗ってみせるわ」 洗い始めてから五分くらいたって、しつこい汚れも完全に落ちた。 元の白い羽根に戻っている。 洗剤のおかげで艶も出てきたので、これ以上ないくらいキレイになった。 「わあ、すっごくキレイ」 「そうね。チルットの羽根はこれくらいキレイなのが普通なの」 「チルッ!!」 キレイになった羽根を見つめ、チルットはうれしそうに何度も羽ばたいてみせた。 「わっ!!」 羽ばたくと水滴が散って、顔にかかる。 だが、アカツキは笑っていた。 これでいいと思った。 ポケモンは、これくらい元気でないとポケモンじゃない。 ちょっと元気すぎるくらいがちょうどいいのだ。 「よかった。ホントに元気になったね」 「チルッ、チルッ!!」 アカツキの言葉に、チルットはうれしそうに甲高い鳴き声を上げた。 身体が軽くなったことをアピールするように、ふわりと浮かんでみせる。 「元気になってよかったわ。 薬の投与も考えたけど、そこまで汚れはひどくなかったみたい」 ジョーイは笑みを深め、チルットの頭を撫でた。 「あなたのおかげで、すっごく助かったわ。ありがとう、チルット」 「チルッ!!」 チルットは羽ばたくと、アカツキの頭に乗っかった。 頭に乗ったという感覚がないほど、チルットは軽かった。 シャワールームで自分の顔を見てみると、綿のついた青い帽子をかぶっているように見えてきた。 「はは、こういうのもいいかも」 まるで違和感がない。 これも、チルットの雰囲気なんだろうと思った。 「じゃあ、チルットを仲間の元に帰さなくちゃ」 「そうね。ポケモンセンターを掃除してくれたということは、この近くに巣があるはずよ」 「そうですね。 チルット、仲間の元に戻ろうね」 「チルッ!!」 「片付けはしておくわ。君が帰してあげて」 「はい、分かりました」 アカツキは手足をタオルで拭くと、シャワールームを後にした。 再びチルットがいた池に戻る。 すると―― 「チルッ!!」 待っていたように、空から仲間のチルットがやってきた。 「チルッ!!」 チルットがアカツキの頭から飛び立つと、仲間のチルットが寄り添って、空高くへと飛んでいった。 一瞬、チラリとアカツキの方を振り返った。 「チルット、これからも頑張ってね」 笑顔で手を振って、アカツキはチルットと別れた。 その姿が励みになったのか、チルットは元気に羽ばたいていった。 すぐに塀を越えて、見えなくなった。 「キレイ好きなポケモンかぁ……いいなぁ」 ため息を漏らした。 だが、無理にゲットするのも気が引ける。 「とりあえず、戻ろっか」 特にすることもなくなったので、部屋に戻ることにした。 今になって思い出してみれば、ポケモンたちを部屋に置いてきたままだったのだ。 「うわ、みんな待ってるよぉっ!!」 気づいて、一目散に部屋へと戻った。 あまりの慌てぶりに、ジョーイが『何事かしら?』といった視線を向けてきた。 しかし、そんなことが気にならないくらい、急いでいた。 息を切らしながら部屋に戻ると、みんなちゃんと待っていてくれた。 「ゴメン!! 遅くなっちゃった……」 アカツキは手を合わせて謝った。すぐ戻ってこられると思っていただけに、余計待たせてしまったという意識が強い。 だが、みんなは「待たされた」と思っていないようで、笑って許してくれた。 窓から身を乗り出して、アカツキがチルットを助ける現場を見ていたからだ。 そういったトレーナーの行為が正しいと認識しているからこそ、責めることもない。 「さ、ご飯食べて出発しよっか!!」 「ゲイツ!!」 「シャモっ!!」 「バクフーンっ!!」 ご飯という言葉に反応して、元気に騒ぎ出すポケモンたち。 彼らを尻目に、アカツキはリュックを背負い帽子を被ると、部屋を後にした。 「みんなすっごくよく食べてたなぁ……」 111番道路を再び北へと歩きながら、アカツキはポケモンセンターでの朝食を思い出していた。 アリゲイツもワカシャモもカエデも。 みんなポケモンフーズをここぞとばかりにたくさん食べたのである。 味が良ければ歯ごたえも良く、これは食べない方がおかしいというシロモノだったのだ。 アカツキは和風の朝食で、取り立てて説明するほどのモノではなかった。 白いご飯に焼き魚に味噌汁に納豆、それと漬物を少々。 食事が終わってからは、ポケモンをちゃんとモンスターボールに戻してある。 道路を歩くのに出してはいけない、というわけではない。 木陰で休む時はともかく、徒党を組んで道路を行くなどという趣味がアカツキにはないので、そうしないだけだ。 「うーん、やっぱり青い空が気持ちいいなあ」 ふと立ち止まり、背筋をピンと伸ばす。 大きく背伸びして、新鮮な空気を目いっぱい吸い込んだ。 空を仰ぐと、これ以上はないというほどの晴天が広がっている。 エントツ山も、今日はくっきり見える。雲が晴れ、灰色の山並みが良く見える。 灰色なのは、山の木々に火山灰が降り積もったためである。 登山道はちゃんと整備されているが、山林にはほとんど手がつけられていない。 たまに火山灰を取り除くことはあるが、それだけである。 針葉樹林なので、火山灰が積もっても大して害にはならないというのも理由のひとつとして挙げられる。 中腹より山頂にかけては、岩肌がむき出しになっている。 「あんなに上じゃなかったような気がする。 確か、山頂付近は危険だから立ち入り禁止って誰か言ってたし……」 登山道は、ロープウェイのある中腹までしか整備されていない。 それより上は道なき道を登るしかないのだが、そこまでするつもりはない。 まあ、リザードンが山頂に棲みついているとすれば、無茶でも平気でやってしまうのだろうが。 「あそこにいるんだ、間違いなく」 嫌でも期待が高まる。 ドキドキし始めた気持ちと連動して、胸の鼓動も高鳴るのを感じた。 手を当てて、気持ちの高揚を確かめる。 「もうすぐ……もうすぐなんだ」 拳をギュッと握り、口に出そうとした時だった。 何か違和感があった。 「?」 何かが触れたような、そんな感覚。 辺りを見回してみても、何もいない。 「気のせい?」 確かに何かに触ったような、そんな感じがしたのだが…… 「チルッ」 頭上から声が聞こえてきた。 「あ、もしかして……」 アカツキは帽子に手を伸ばした。 ふわふわした感触。 たとえるなら、羽毛のような柔らかさ。優しく、暖かい何かだ。 アカツキは頭に留まった『それ』を優しくつかんで、顔の前に持ってきた。 「チルッ!!」 「チルット……もしかして、さっきのチルット?」 「チルッ!!」 アカツキの手の中にすっぽり納まって、元気な鳴き声を上げたのはチルットだった。 パッと見では個体の判別がつかないのがポケモンだが、アカツキには分かった。 さっきポケモンセンターで羽根を洗浄したチルットだ。 元気良くお友達と飛び立ったとばかり思っていたのだが……どうしてこんなところにいるのだろう? 「こんなところでどうしたんだい? 友達と一緒じゃないの?」 怪訝そうな顔で訊ねても、チルットは元気に鳴き声を上げるばかりだ。 すっかりアカツキに懐いてしまっている。 楽しそうにはしゃぐチルットに、羽根が汚れている時に見せた寂しさはなかった。 改めて感じたのは、小さな身体に宿る大きな温もり。 温度ではなく、容量として確かに感じられる温もりがあった。 楽しそうなチルット。 自分の意志でここに来たということが、その表情から読み取れる。 読み取れないとすればよほどの馬鹿だ……アカツキはそんなことを思いながら、再び問いかけた。 言葉は通じなくても、気持ちはきっと通じるはず。 そのために言葉があるのだ。気持ちを伝える手段として。 「ねえ。もしかして、ぼくと一緒に行きたい、とか?」 「チルッ!!」 アカツキの言葉に、チルットは綿毛のような羽根をバタつかせた。 「そっか……じゃ、行こうか。ね?」 「チルッ!!」 手から離れ、アカツキの周りを飛び回るチルット。 とてもうれしそうなその様子に、アカツキはあっさりと決めた。 チルットが一緒に行きたいのなら、一緒に旅をしよう。 どんなポケモンでもすぐ友達になれるという自信がどこかにあったから、すぐに受け入れることができる。 「チルット。一度、ぼくのモンスターボールに入ってね」 腰からボールをつかむと、チルットに告げる。 すると―― 「チルッ!!」 チルットはモンスターボールめがけて一直線に飛んできた。 それを承諾と解釈して、アカツキは軽くモンスターボールを放り投げた。 ぽんっ。 軽い音を立てて、ボールとチルットが触れ合う。 口が開いて、チルットの姿がボールに吸い込まれた。 手を差し出して、アカツキは自由落下を開始したボールを受け止めた。 当然、抵抗はなかった。 ポケモンが自分の意志で入ると決めた以上、抵抗する意味がないからだ。 「チルット。キミも今日からぼくたちの仲間だよ。一緒に頑張ろうね」 優しく語りかけると、日の光を照り受けたボールが微かに震えた。 アカツキは新しい仲間の誕生に、心を弾ませるばかりだった。 第42話へと続く……