第46話 流れ着いた先 -Where are you?- 穴に落ちた男の子のことが、頭から離れない。 その光景が瞼の裏に焼きついて、眠りに就こうとする時でさえ、頭に浮かんでしまう。 「あたいは……本当に何もできへんかったんか?」 自室のベッドの上で、膝を抱えながらポツリつぶやく。 その表情は哀しみに曇ってしまっていた。 枕元に佇むテディベアがつぶらな瞳を向けていることさえ、気にならない。 キミのせいじゃないよ……そんな風に見えてくるのは、本気で落ち込んでいるからだろうか。 あれから三日が過ぎた。 アスナはエントツ山から、自宅のあるフエンタウンへと戻ってきていた。 家路をたどるその足取りは、囚人に課すような錘を引きずっているように、重々しいものだった。 自分でそれを覚えているのだから、たいしたものだとつくづく思う。 「あの時、あたいは……」 思い出したくないが、思い出す。 事あるごとに、あの時の光景が蘇ってくる。 エントツ山で、マグマ団とアクア団が争いを繰り広げていた。 各地から攫ってきた炎ポケモンを使い、死火山であるエントツ山を再び噴火させ、陸地を広げることを目論んでいたマグマ団。 母なる海を広げるべく、それを阻止しようとしたアクア団。 アスナはそれに紛れて逃げ出してきたのだが…… 幸い、戦場をいそいそと逃げ出す少女より、目の前にいる敵を叩き潰すことをお互いに優先したらしい。 本格的な争いが始まる前に、それは起こった。 アスナは、彼女の大切なポケモンであるコータスを連れ去られ、取り返すべくマグマ団のメンバーを追った。 その時、彼女に協力してくれた男の子が、突然地面に空いた大穴に落ちてしまったのだ。 結局―― 何もできなかった。 悲鳴を上げながら穴に落ちていく男の子の手をつかむことも、できなかった。 アスナは無力感に打ちひしがれたまま、半ば無意識に戦場から逃げ出していた。 コータスを助けた覚えはなかったのだが、どういうわけか彼女の手元にある。 理由を確かめる気にならないのは、男の子を助けられなかったという罪悪感に苛まれているからだ。 半ば無理やり巻き込んだ挙句、このようなことに…… あれから三日。 エントツ山が噴火しなかったということは、マグマ団の作戦が失敗したと言うことなのだろう。 アクア団が妨害に成功したからか、あるいは警察が踏み込んで行ったからか。 確かめる術など何通りもあるが、今となってはどうでもいいことだ。 男の子を助けてやれなかったことだけが、アスナの心を支配していた。 助けることはできたはずだ。 それなのに助けられなかった。 罪悪感と無力感がザクザクとナイフのように心を突き刺しては、哀しみが染みていく。 「あたいは逃げ出したんや。 やるべきことがあったんに、それをぜんぶ投げ出して……」 行き着く答えは同じだった。 男の子を見捨てて逃げ出したということだけだった。 「コータスは戻ってきた。 でも、あいつは戻って来ないんや」 あの穴はどこに続いていたのだろう。 穴の向こうは暗闇が広がっていた。 黒という色を越えた、夜の闇だ。 乾いた地面に叩きつけられたら、まず無傷では済まない。 運が悪ければ命を落とすこともある。 むしろ、三日も見つからないとなると、その可能性が高い。 警察には捜索届けを出しておいたが、今のところ見つかったという報告はない。 吉報を期待してはいるが、もしかしたら期待できないのかもしれない……と思い始めた気持ちはどうにもならないのかと思案する。 どちらにしても詮無いことと言わざるを得なかった。 もっとも、穴に落ちたのは男の子ひとりではなかった。 アクア団の男女数十人も落ちたのだ。 彼らの消息も定かではない。今でも仲間の行方を捜しているのだろうか? だとすれば、今の自分は何様なのだ? 逃げ出したまま、現実と向き合おうとしない自分は? 人様のことをとやかく言える立場か? 「言えやせえへんのや……あたいには何もできへんのやから」 忘れてしまいたい。 自分の不甲斐なさを思い出すだけなのだから。 だが―― あきらめるつもりにはならなかった。 男の子の無事を確かめるまでは、あきらめない。 だが、アスナにできることなど高が知れていた。 今頃は警察の現場検証が始まっているだろうし……エントツ山の中腹より山頂側へ行くことはできない。 仮に行くことができたとしても、穴がどこに繋がっているのか分からない以上、どうすることもできないのだ。 空を飛ぶことのできるポケモンに乗って穴に飛び込むという荒業もあるが、彼女は空を翔けるポケモンを持っていなかった。 今さらのように悔やまれるが、どうしようもないことだ。 「無事でいてくれることを祈ることしかできへんな、今のあたいには……」 アスナは切なさを抱えたまま、外を眺めた。 いつもと変わらぬ日常が、窓の外で営まれている。 「あたいは卑怯者やな……ホンマに」 少年はハジツゲタウンのポケモンセンターのロビーで、ジュースを片手に佇んでいた。 ハジツゲタウンはホウエン地方最北の町で、隕石がよく落下してくることで有名な町だ。 規模としてはミシロタウンよりも小さく、住人も少ない。 静かな環境が集中力を増してくれるということか、ポケモンセンターのすぐ近くにポケモンコンテストの会場がある。 そのせいか、ロビーにはコンテストに備えているトレーナーの姿が見受けられる。 ポケモンのコンディションの確認をしていたり、ポケモンの髪を念入りに梳いていたり。 そういえば、明日が月に一度のポケモンコンテストの開催日だったっけ……少年はジュースを喉に流し込みながら胸中で漏らした。 ガラス張りのロビーの外――センターの敷地内には小川が流れている。 それがどうしたと言われれば困るのだが、事実だから仕方がない。 小川の向こうにはポケモンバトルのコートが二面並んでいる。 コンテストの二次審査のために技に磨きをかけているトレーナーたちで埋まっており、そこだけ別世界と思えるようだ。 コンテストのバトルは普通のバトルと違い、いかに華麗に相手を攻撃してポイントを奪うかといったことを重視する。 相手にダメージを与えられても、カッコ悪かったりしたら減点になってしまうのだ。 いろんな意味で、ポケモンバトルとは勝手の違うバトルが繰り広げられている。 「あとはホウエンリーグが始まるまで待つだけ…… でも、たくさんのバトルをこなして、もっともっと実力をつけなくちゃ、勝ち抜けやしないんだろうな」 飲み干したジュースの缶をゴミ箱に放り投げ、見事ホールインワン。 ため息を漏らし、これからのことを考えてみる。 ホウエンリーグに出場するのだが、出場に必要な八つのバッジはすでに集め終え、後はポケモンのレベルアップを行うだけ。 無理のないペースで、徐々に全体を底上げする形でやっていけばいい。 だから、慌てる必要などない。 考えようによっては時間が十分すぎるほどあると言ってもいいし、逆に足りないと言ってもいい。 どちらにせよ、やるべきことをやるということに変わりはない。 「今の僕の実力なら……優勝も狙えるはずだ」 自信過剰と思われても仕方のないセリフが口を突いて出る。 だが、それは揺ぎ無い自信のあらわれだった。 ジムリーダー八人に勝ったという事実に裏打ちされた自信は、水をかけられても消えない炎のように存在している。 優勝を狙わない出場者などいない。いたらそいつは一回戦敗北決定である。 「大切なパートナーがいる……だから、大丈夫」 ホウエンリーグ出場のために選りすぐった六体のポケモンが今、腰に差したモンスターボールに入って休んでいる。 「はあ……アカツキは今頃どうしてるんだろうなぁ……」 自分と同じトレーナーとして旅に出たという弟のことが頭に浮かんだ。 少年――ハヅキは、もう一年以上弟に会っていない。 ミシロタウンに戻った時に会えるだろうと思っていたが、その時にはすでにトレーナーとして旅に出ていたのだ。 自分と同じ、最初のポケモンにアチャモを選んで。 もっとも、ハヅキのアチャモはすでに最終進化形であるバシャーモにまで進化を果たしている。 「誕生日プレゼント、今もまだ渡せてないんだよな……」 弟のために買ったプレゼントは、今もリュックの中にある。 すでに誕生日から一ヶ月以上が経っているが、未だに渡せていない。 渡したいとは思うが、どこにいるかも分からないのだ。 いつか会える時は訪れるだろうが、正直、その時を漫然と待つだけというのは性に合わない。 少しでも早くプレゼントを渡して、トレーナーとして旅に出たことを祝福してあげたい。 それに…… 「トレーナーなら、一度はバトルもしてみたいし」 兄弟という枠に囚われず、ひとりのトレーナーとしてポケモンバトルをしてみたいものだ。 まあ、キャリアが違う分、実力にも抗えないほどの差がついているのだろうが、それでもいい。 弟はそれを嫌がるかもしれないが、負けたくらいでへこたれるような弱い男の子ではないと信じている。 「アリゲイツも一緒だから、大丈夫だとは思うけど」 家族同然のポケモンと一緒なら、何があっても大丈夫だろう。 結ばれた強い絆は、大斧であっても断ち切ることはできない。 と、不意に小川を何かが流れているのが目に入った。 小さく浮き沈みを繰り返しながら川を流れていく三つの球体。 「あれは……」 ハヅキはその球体に見覚えがあった。 トレーナーなら誰でも――いや、赤ん坊以外なら誰もが見たことのあるもの……ポケモンが入っているモンスターボールだ。 どうしてそんなものが三つも流れているのか。 居ても立ってもいられず、ロビーを出て小川の辺まで走っていった。 幸いなことに川の流れはそれほど速くなく、敷地を出る前に三つとも手に取ることができた。 「三つも流れてるなんて……ポケモンは入ってるのか?」 見た目だけだと、ポケモンが入っているのかいないのかまでの区別はつかない。 モンスターボールは傷だらけだった。 何か硬いものに何回もぶつかったのだろう。 「ん、これって?」 三つのうちのひとつの開閉スイッチの近くに「☆」マークがあるのを見つけた。 何か特別な意味があってこのようなマークをつけたのだろうが……さすがにこればかりはボールの持ち主でなければ分からない。 「ん、持ち主?」 不意に気づく。 市販されているモンスターボールにこのようなマークはない。 大量生産されている時代、ひとつだけにマークをつけるということはまずない。 となると…… このボールは誰かの所有物ということに他ならない。 残りのふたつにはマークがついていないが、傷の具合からすると、同一人物のものである可能性が極めて高い。 「どうして流れてきたんだ? 確か、この川の源流は……」 川の上流を目で追っていくと、高くそびえる山に行き当たった。 南の方角にそびえ立つその山は、ホウエン地方で最も高い山。名をエントツ山という。 かつては活発に活動していた火山だったが、今はすでにその機能を失い、死火山と化している。 もっとも、そのおかげで中腹までハイキングコースが設けられているのだが。 「そんなに上流から流れてきたから、川底の岩にぶつかって傷がついたのか……?」 ハヅキはモンスターボールの隅々までを詳しく見回した。 何か所有者の手がかりがないか、探しているのだ。 誰かのモンスターボールである以上、それを持ち主に返すのは人間として当然の行為だ。 「とりあえず、出してみよう」 どんな凶悪なポケモンが入っていても、制するだけの実力を、自分のポケモンは持っている。 そう信じているからこそ、躊躇うことなく決められる。 「出ておいで」 三つを一度に軽く上に放り投げる。 トレーナーの呼びかけに従ったわけではないので、出てくるかどうかは正直微妙なところだった。 だが―― ぽんっ、ぽんぽんっ!! 三つのボールは口を開き、中からポケモンを放出した!! 空になったボールをキャッチし、ハヅキは出てきたポケモンを見つめた。 一体は背中から炎を燃やしていて、立った両耳の間にピンクの水玉模様のリボンをつけている。 ハヅキと同じくらいの背丈のポケモンだ。 続いては、オレンジ色の上半身に、ズボンでも履いているかのような、茶色い足をしたポケモン。 赤い双眸でハヅキを上目遣いに睨みつけており、気の強さが窺い知れる。 頭のてっぺんには赤いトサカが炎のように映えている。 最後に―― 「ゲイツ?」 見知らぬ場所に放り出されたように、しきりに辺りを見回しているワニのようなポケモンだ。 ハヅキは三体とも知っている。 リボンのポケモンはバクフーン。ヒノアラシの最終進化形で、炎タイプ。 睨みつけているポケモンはワカシャモ。 ハヅキも最初の一体として選んだアチャモの進化形で、バクフーンと同じく炎タイプ。 忙しなく周囲を見回しているのはアリゲイツ。ワニノコの進化形で、水タイプ。 面白い取り合わせのポケモンが一堂に会していると言ってもいいだろうと思った。 バクフーンはじーっとハヅキを見つめている。 ワカシャモと違って、敵意をむき出しにしていない分、穏やかなポケモンだと思わせる。 リボンがついているところから、女の子だろうか。 「すごい取り合わせだけど……」 ハヅキは腕を組んで唸った。 よくよく見てみると、三体とも『最初の一体』として名を連ねているポケモンの進化形なのである。 『最初の一体』とは、トレーナーとして旅に出る時に、最初のパートナーとしてもらえるポケモンのことを指す。 ワカシャモはホウエン地方における『最初の一体』――アチャモの進化形。 バクフーンとアリゲイツは、遥か北にあるジョウト地方における『最初の一体』の進化形。 違う地方の『最初の一体』を手持ちにしているトレーナーというのは、結構珍しい存在なのだ。 たくさんの地方を旅してきたトレーナーか、トレードを重ねたトレーナーか。 どちらにしても、目の前にいる三体のポケモンのトレーナーに興味が湧き上がった。 「そういえば、アカツキはアリゲイツを持っていたっけ。それと、アチャモも」 目の前にいるポケモンは弟の手持ちに似ているような気もしないわけではないが、別のトレーナーのポケモンだろうと思った。 ポケモンの揃え方はトレーナーごとに千差万別だが、その中には似たような組み合わせも存在する。そうだろうと思った。 ニヤリ。 バクフーンが頬を赤らめ、笑みを浮かべた。 「え……」 ハヅキは何となく嫌な予感がして、思わず一歩後ずさりした。 これでも勘は鋭い方だ。 万に一つも外さない自信があったから、こうして下がったわけで…… が、ハヅキの予想に反して、バクフーンは飛び掛ってきたり抱きしめてきたりはしなかった。 ホッと安堵のため息を漏らし―― 「ゲイツ!?」 突然アリゲイツが声を上げた。 アリゲイツを見てみると――目が合った。 「ん?」 ハヅキは不思議な感情を抱いた。 このアリゲイツ、ただのアリゲイツではないような気がする……根拠も証拠もないが、何となく、そう感じた。 「ゲイツ、ゲイツ!!」 突然――何の前触れもなく――、アリゲイツが騒ぎ出した。 腕を激しく打ち振って、ハヅキに向かって何かを話している。 「何を言ってるんだい?」 残念ながら、ハヅキほどのトレーナーであっても、ポケモンの言葉を理解することはできない。 必死の形相をしているから、ただならぬ何かを伝えようとしているのは分かるのだが…… 中身まではさすがに理解できなかった。 何かを伝えようとしている。 何か……何かって、何? トレーナーとはぐれてパニックになっている? それとも、トレーナーが極悪人で、その罪を公表したがっている? どちらにしても、その意志を読み取ることはほぼ不可能だ。 「アリゲイツ、もう少し落ち着いてごらん」 アリゲイツの傍まで歩いていって、膝を折る。 ――ポケモンと同じ目線に立つことで見えてくるものもあるんだよ―― トレーナーの先輩である、とある青年からそう教わったのだ。 「え……?」 確かに、同じ目線に立つことで見えてくるものはあった。 いや―― 決定的なものだった。 アリゲイツのお腹の模様。 原始人が着ていた(?)毛皮を思わせるような模様が腹にある。 それは一体一体、それぞれが微妙に異なっていると、オダマキ博士から聞いたことがある。 「まさか……」 ハヅキはその模様を見て驚愕した。 信じられない気持ちで胸がいっぱいになる。 鷲づかみにされたような、胸の痛みが迸るのは、果たして…… 「まさかおまえ、アカツキのアリゲイツなのか?」 「ゲイツ!!」 「な……」 落雷が直撃したような衝撃に襲われ、危うく足腰が砕けそうになった。 「どうしてアカツキのアリゲイツがこんなところに…… じゃあ、もしかしてこのワカシャモとバクフーンは……」 残る二体のポケモンにも目をやる。 ワカシャモは相変わらず敵意の視線を向けており、バクフーンはニコニコ笑顔を振りまいていた。 もしかしたら……とは思っていた。 アリゲイツとワカシャモを見た時点で、可能性のひとつとして考慮していたのだが、まさか……という気持ちが正直強かった。 「しかし、どうして……」 ホウエン地方のどこかを旅しているはずの弟。そのポケモンがどうしてここにいるのか。 小さくても力強い小川の流れに乗っていたのはなぜか? 考えたくはない。 考え出せば、坂道を転がり落ちる岩のように、止まらないような気がするのだ。 だが―― 知らなくてはならないことだ。 それが悪い結果であっても。 「アリゲイツ、落ち着いてくれ」 穏やかな口調で、パニックを起こしているアリゲイツをなだめる。 それは自分自身に向けられた言葉でもある。 落ち着いて……兄である自分が落ち着かなくてどうするのか。 アリゲイツの肩に手を置いて、訊ねる。 「アカツキはどうしたんだ? 一緒じゃ……ないのか?」 アリゲイツからの答えはノーだった。 ゆっくりと、残念そうな顔で首を横に振る。 「…………」 ハヅキは肩を落とした。 ある程度予想できた答えだったからだが、それでも驚きは隠しきれない。 「そっか……」 弟の身に何かがあった…… 残念ながら、それは間違いなさそうだ。 「アカツキのことを聞いた瞬間に、ワカシャモもバクフーンも表情が曇った……間違いなさそうだな」 先ほどまでの敵意はどこへやら。 ワカシャモはすっかりいじけてしまっていた。 バクフーンに至っては、しゃがみ込んで地面に「の」の字を書き出している始末だ。当然、表情は暗く沈んでいる。 これはどう考えてもただごとではない。 「ゲイツ、ゲイツ!!」 アリゲイツは再び騒ぎ出した。 ビシッと、とある方向を指差す。 その先は―― 「エントツ山? そこから流れてきたのか?」 「ゲイツ!!」 ハヅキの問いに、今度は自信たっぷりに頷くアリゲイツ。 アリゲイツはアリゲイツで、何とかしてもらいたいと思っているのだ。 トレーナーの――アカツキの兄である彼にしか、頼れる存在がいないのである。 実に切実な願いだった。 「じゃあ、アカツキはエントツ山にいたのか……」 そういえば、弟の夢は『黒いリザードン』に会うというものだった。 いくらハヅキでも百パーセント本気で信じているわけではないが、叶うと良いなとは思っていた。 七年前……ハイキングコースでひとり迷子になってしまった弟を、『黒いリザードン』が連れ戻してくれたというのだが…… いかんせん、物証がないので、どうにも疑わしい。 だが―― 「アカツキは本気だった……だから、トレーナーとしてリザードンに会いに行ったのか……」 そう考えれば全てのつじつまが合う。 しかしながら肝心なのは、そこから先である。 アリゲイツたちがここまで流されてきた理由。 この小川の源流は確かにエントツ山だが、源流はあくまでも源なので、その流れはとにかく糸のようにか細い。 いくらなんでもそんな小さな流れに飲み込まれたりはしないはずなのだが…… 記憶が正しければ、この川はもう少し下流で大きな流れに変わる。 だから、余計に解せない。 「アカツキのこと、探してほしいんだな?」 「ゲイツ!!」 「シャモ!!」 「バクフーンっ!!」 一斉に嘶くポケモンたち。揃って真剣な眼差しをハヅキに注いでいる。 「おまえ、幸せなんだな……こんなにもポケモンに慕われてるなんて……」 弟のことをうらやましく思った。 もちろん、ハヅキとて負けているつもりはない。 ポケモンとは切っても切れない強い絆で結ばれていると信じている。 「ああ、分かった。 一緒にアカツキのこと、探そう。おまえたちを必ずあいつの元に帰す。約束する。 だから、一緒に行こう」 「ゲイツ!!」 アリゲイツは力強く頷いた。 その瞳には希望が宿っていた。一点の曇りも見られない、ガラスのような瞳だ。 ワカシャモとバクフーンの総意――アリゲイツは弟のポケモンのリーダーなのだろう。 「よし、これからすぐにでも向かおう。 が、その前に……」 ハヅキはポケモンたちを引き連れて、ロビーに戻った。 彼にしか頼れない以上、ポケモンたちは素直に従った。 ロビーの隅っこにあるテレビ電話の受話器を手にとって、十桁の番号を打ち込む。 プルルルルル…… 呼び出し音が鳴る。 ハヅキは画面越しに相手が出るのを待った。 五回ほど呼び出し音が鳴った後、相手が出た。 彼にとっては見慣れた顔。いや、アリゲイツとワカシャモにも。 カエデは初対面なので、不思議そうな顔を相手に向けている。 「お久しぶりです、オダマキ博士」 「ハヅキ君か。久しぶりだね。元気にしていたかい?」 「ええ、まあ」 画面に映っていたのは、オダマキ博士だった。 弟同様一年以上会っていないが、どうやら変わらない毎日を過ごしているようだ。 屋内で研究していると思ったら、何を思ったかいきなり飛び出してその日は帰ってこなかったとか…… 妻のカリン女史がカンカンに怒っていたという話を聞いたことがあるくらいだ。 博士の方は、一年ぶりにテレビ越しに映る少年の姿に、感慨深げな表情を向けていた。 一年経てばこれくらい成長するのが少年期というものだと思い知らされるばかり。 「ところで、君の傍にいるポケモンは? そのアリゲイツ、もしかすると……」 「はい、アカツキのアリゲイツなんです。 あと、ワカシャモとバクフーンもアカツキのポケモンなんです」 「そうか……」 オダマキ博士は、画面越しだというのに、食い入るようにポケモンたちを見つめてきた。 画面越しでも分かるのだろうか、カエデの毛艶のよさが。 それとも…… 「しかし、アカツキ君のポケモンをどうして君が?」 「それが……」 当たり前の疑問を投げかけたら、ハヅキは俯いてしまった。 普段の彼からは想像できないような表情に、何かあると博士は悟った。 無理に聞き出すようなことだけはしない……話し出すのを待つだけだ。 ハヅキは少し躊躇った後、意を決したように顔を上げ、話し始めた。 「多分……アリゲイツの様子だと、アカツキの身に何かがあったようなんです。 それで、僕はあいつを探しに行こうと思っているんですが…… ポケモンたちを連れて行きたいので、僕のポケモンを預かってもらいたいんです」 「そうか……分かった」 博士は多くを聞かずに頷いてくれた。 話せば話すほど、考えが悪い方へ落ちていくと分かっていたのだろう。 ハヅキは博士に気を遣わせてしまったと思ったが……だが、その配慮に感謝するしかなかった。 「一刻も早くアカツキ君を見つけてくれ。 あの子のことだ……ポケモンを見捨てるようなことだけはしていないはずだ。 だとすれば、何かがあったと考えるのが自然だろう」 「はい」 「頼めるのは君だけだ。 ユウキにも手伝わせたいが、あいつは今どこにいるか分からない。申し訳ないが……」 「いいえ、これは僕たち兄弟の問題ですから」 「そうか……」 オダマキ博士は、ユウキにポケギアを持たせなかったことを無性に悔やんだ。 ポケギアとは、携帯電話と電子地図が一体になった機械である。 残念ながらユウキはポケギアを持っていない。 持っていたら、今すぐ連絡してハヅキに協力させるのだが…… 無いものねだりをしても仕方がない。 だが―― 「私もいろいろと手を尽くしてみよう。 今頃なら女房がキンセツシティ近辺にいるはずだから、手伝わせる」 「すいません。お願いします」 カリン女史がキンセツシティにまで遠出したことに驚きを感じながらも、正直心強かった。 彼女は、博士になる前はポケモントレーナーだったのだ。 それも、半端じゃないほど強かったらしい。 あまりその頃のことを話したがらなかったようで、ナオミに聞いても教えてもらえなかった。 親友同士の秘密ということで、その胸にしまっているのだろう。 「それじゃあ、転送の準備を始めてくれ」 「分かりました」 ハヅキはモンスターボールを三つ、電話の脇にあるモンスターボール転送装置にセットした。 数年前までは一度に一つしか転送できなかったが、今は手持ち限度の六つまで一気に転送できるようになった。 今のハヅキには一秒も惜しいので、システムの整備に感謝した。 ボールをセットしたかは相手からも確認できるので、セットした直後に、ボールに光が照射された。 擬似的にデータ化して、光ケーブルを通じて一瞬で博士の研究所に転送された。 光が消えた後には何も残らない。 「転送完了だ。それじゃあハヅキ君。アカツキ君のことを頼む」 「はい!!」 真剣な眼差しを向けてくるオダマキ博士に、ハヅキは決意を秘めた表情で頷いた。 「博士、それでは失礼します」 「ああ」 ハヅキは電話を切った。 画面がブラックアウトし、博士の顔が消えた。 受話器を置いて、立ち上がる。 その時を待っていたように、弟のポケモンたちはハヅキを見上げた。 六つの瞳に見つめられ、ハヅキは頷いた。 「よし、行こう。 必ずアカツキを見つけるんだ」 「ゲイツ!!」 「シャモ!!」 「バクフーン!!」 ハヅキたちは駆け足でポケモンセンターを後にした。 弟を探して、彼の元にポケモンを帰すために。そして、無事な姿を見るために。 「プレゼントを必ず渡すんだ……」 誕生日の時に渡せなかったプレゼントを、今度こそ必ず、この手で渡す。 ハヅキは決意の炎を熱く燃え上がらせていた。 第47話へと続く……