第48話 寄道〜ニューキンセツへ -Underground- 「今さらになって思うんだけど……」 そう前置きして、アカツキは話し始めた。 「どうしてぼくたち、ここにいるんだろうね?」 「そりゃ、テッセンさんに頼まれたからでしょ? ニューキンセツの発電装置に異常が見られたから見てきてほしいって」 「うん、まあそりゃそうなんだけど……」 結局、そういうことだったんだ。 堂々巡りの考えに終止符を打って、アカツキはため息を漏らした。 隣を歩くミツルはどこか呆れ顔。 そんなこと考えたってどうになるわけでもないのに……そう思っているのが丸分かりだった。 「テッセンさん、本当に腰痛だったのかな?」 「怪しいけど……どうだろう。僕にも分からない」 「本当にそうだったら、って考えたら、ぼくたちしか行く人いなかったわけだよね?」 「ううん。 街中をブラブラしてれば、旅してるトレーナーなんていくらでも捕まりそうだけど」 ミツルの答えは至極まっとうなものだった。 口調がどこか苛立っているように感じられるのも無理はないと、アカツキは再びため息を漏らした。 そもそも、ミツルが同行してくれたのは、アカツキのポケモンたちを取り戻すためである。 こんなところで道草をしている場合などではないはずだ。 誰よりもそれを自覚しているからこそ、苛立ちを隠しきれないのだ。 ふたりは通路を歩いていた。 それほど幅が広くない通路で、両側に電気の明かりが灯っているため、歩く分には苦労しない。 少し傾斜のついた通路は、地下へと続いている。 「困ってたら助けるのは当たり前だと思うけど…… 何も僕たちじゃなくてもいいと思うのは、気のせいかな?」 「たぶん。 でも、他の人だったとしても、テッセンさんの頼みを聞いていただろうし…… それにさ、断るの、何か気が引けるじゃない?」 「そうだよね。きっとそうなんだよね」 ミツルもため息を漏らした。 運が悪かったとあきらめるしかない。悪い犬に追い掛け回されているような気分になる。 話は数時間前に遡る。 はぐれてしまったポケモンを取り戻すべく、アカツキはミツルと共にシダケタウンからエントツ山へと向かっていた。 キンセツシティに立ち寄った際、身体が丈夫でないミツルのことを考えて、ポケモンセンターで宿を取ることにしたのだが…… ポケモンセンターへ続く道の途中で、キンセツジムのジムリーダーであるテッセンとバッタリ再会したのだ。 「ちょうどよかった。 実はキミたちに頼みたいことがあるんじゃが……」 相変わらず豪快な笑みを浮かべ、テッセンは戸惑いを隠しきれないミツルを余所に、話を始めた。 「実はの、この街の近くにニューキンセツという地下都市があるんじゃが…… そこの発電機の監視をしているコンピューターから何も情報が上がらなくなっての。 調査をしようにも、わしはギックリ腰が再発して――うお、いたたたた……というわけで、キミたちに頼みたいんじゃよ」 なんて、笑いながらギックリ腰で今にも倒れそうなフリなどしてみせて、アカツキたちに頼み込んできたのである。 正直、断ろうかと思っていたアカツキだったが、 「もしかしたら本当にギックリ腰かもしれない……」 という一抹の不安を拭いきれず、結局引き受けることになったのだ。 ミツルは、 「僕たちは今急いでるんです。それなら別の人に……」 と言いかけたのに、アカツキが彼の言葉を遮るように、 「分かりました」 なんて言ってしまったのだ。 で、結局は後の祭りというやつで…… テッセンは喜んでアカツキに鍵を渡した。 「これはニューキンセツの入り口の鍵じゃ。 中には電気ポケモンが棲み付いておるかもしれんから、くれぐれも気をつけてな」 電気ポケモン…… 不吉な予感を抱きながら、しかし鍵を返すわけにも行かず、アカツキたちはニューキンセツへと向かう羽目になったのである。 と、これが事の始まり。 「この先にニューキンセツがあるんだよね?」 「テッセンさんの話だとそうみたいだね。 でも、地下都市っていうからには大きいのかな?」 「たぶんね」 アカツキは頷いた。 ニューキンセツへと続く入り口は、テッセンの言うとおり、キンセツシティからそれほど離れていない場所にあった。 傍目に見る分には、入り口に頑丈な扉がついたトンネルみたいな感じだったのだが、中に入ってみると、これが広いこと広いこと。 幅はそれなりだが、長さがとてもとても……十分歩いてもまだ先が続いているほどなのだ。 もしかしたら、キンセツシティの地下に入っているのかもしれない。 方角的にも間違っていないはずだし、深さもそれなりのところまで達しているはずだ。 「でも、どこまで続いてるんだろうね。 なんか、このままずっとこんな通路が続いてたりしてそうな気がするんだけど……」 「テッセンさんがウソをついてるとは思えないんだけどね……」 アカツキは周囲を見回した。 通路は床も天井もアスファルトで固められていて、崩落やひび割れの心配はなさそうだ。 それなりに対策を施しておかないと、地下に向かって掘り進むということはできないのだろうが…… 「でも、こんなところに発電機があるなんて…… キンセツシティの電力を賄ってるのって、もしかしたらニューキンセツにある発電機だったりして」 「なるほどね……だから、テッセンさんは僕たちに頼んだのかな? まあ、僕たちじゃなくてもいいんだろうけど、誰かに頼むつもりだったのかも」 ミツルの言葉に、アカツキは頷いた。 コンピュータから情報が上がらない原因を探る必要があった。 だからこそ、テッセンはニューキンセツに行ってくれる誰かを探していたのではないか? 不意にそう思った。 豪快なテッセンらしい大胆な行動ではあるのだが…… どうも押し付けられたような気がして仕方がない。 それはともかく…… 「ぼくたちのことを信用してくれてるって考えれば、そんなに悪い話でもないような気がするんだけどさ」 「そうだね。癪だけど」 ミツルはどうにも苛立ちが収まらない様子。 だが、仕方がないと納得していたので、声を荒げたり怒ったりするようなことはなかった。 引き受けたのだから、コンピューターの回線が切れた原因をきっちり、テッセンに突きつけてやらなければ。 「電気ポケモンがいるかもって言ってたけど…… ミツルはプラスルとマイナンを持ってるんだよね?」 「うん。電気タイプはふたりだけだよ」 「そういえばさ、ミツルのポケモンってあんまり見たことないんだよね。 よかったら見せて」 「いいよ。同じ景色ばかりで見飽きてたところなんだ」 突然の頼みごとにも、ミツルは快諾してくれた。 それだけ、テッセンの『頼みごと』に対していい感情を抱いていなかったのだろう。 ミツルの腰には四つのモンスターボールが差してあった。 四つすべてを手に取って、 「みんな、出てきていいよ!!」 ミツルの言葉に応えて、モンスターボールの口が開き、ポケモンたちが一斉に飛び出してきた!! ぽんぽんぽんっ!! ボールの口が開く音が何度も反響して、やたらとうるさく感じてしまうのはともかくとして…… 「プラスルっ!!」 「マイ!!」 まず目に飛び込んできたのはプラスルとマイナンだった。 見た目がよく似ているので、双子じゃないかと疑いたくなるところだ。 残りの二体は…… 「見たことないなぁ……」 アカツキはズボンのポケットからポケモン図鑑を取り出して、センサーを向けた。 「ラルトス。きもちポケモン。 頭の角で人の気持ちを感じ取る。トレーナーが明るい気分の時には、一緒になって喜ぶ」 一体は赤い角と緑の髪(?)と白い身体をしたポケモン。 名前はラルトスというらしい。 プラスルと同じくらいの背の高さで、アカツキを見上げている目がとてもチャーミング。 小柄な身体に赤い角は不似合いと思えるが、どこか憎めない可愛さがあって、いい感じだ。 もう一体は…… 「ビブラーバ。しんどうポケモン。ナックラーの進化形。 二枚の羽根を激しく振動させて超音波を出し、獲物を気絶させる。 人間でも頭痛を起こしてしまうほど強い音波を出すことがあるらしい」 「へえ……」 黄色いアリがベースで、黒縁に囲まれた緑色の羽根が背中とシッポについている。 羽根まで含めれば、その大きさはミツルの腰くらい。 大きな緑の目が印象的で、こちらも憎めない顔立ちをしている。 「この子が進化するとフライゴンになるんだよ。ね?」 「ブルブル……」 ミツルが話しかけると、ビブラーバはうれしそうに(?)、羽根を震わせた。 「へ、フライゴン?」 「うん」 アカツキはその名を聞いて驚いた。 咄嗟に図鑑で調べてみる。 すると―― 「本当だ……」 進化形態が一目で分かった。 ビブラーバからフライゴンへと矢印が向けられている。 矢印の先にあるポケモンに、アカツキは見覚えがあった。 せいれいポケモン・フライゴン。 砂漠に住むといわれていて、飛ぶ時には周囲の砂を巻き上げ、砂嵐の中心にいるために、その姿を見るのは極希らしい。 が、アカツキは一度フライゴンを見たことがある。 アヤカがポケモンバトルで使っていた。 ドラゴンタイプのポケモンで、ドラゴンクロー、竜の息吹など、強力な技を駆使していた。 最終進化形だけあって、その実力は凄まじいの一言だった。 ミツルが、進化後にフライゴンを控えているポケモンを持っているとは思わなかった。 でも…… 「キミが来る少し前くらいに進化したんだよ。 だから、フライゴンになるのはもう少し先だと思うな」 「ふーん……」 一気に二段階進化をすることはないらしい。 ある程度のレベルを備えていれば別だが、そういったポケモンは数が少ない。 「電気タイプのポケモンが来ても、ビブラーバがいれば大丈夫だよ。 電気タイプの技は効かないから」 「そっか。地面タイプだもんね」 「うん」 ビブラーバは地面タイプ。 地面タイプのポケモンは、電気タイプの技の効果を一切受けない。 電気タイプ最強の技である雷をまともに食らっても、痛くも痒くもないのである。 そういった、特定のタイプを無効にできるポケモンというのはバトルにおいてかなり貴重と言える。 「アカツキのポケモンはチルットだったよね?」 「うん」 話を振られて、アカツキはチルットのボールを手に取った。 見た目どおりチルットは鳥ポケモン。 電気タイプの技にはめっぽう弱い。 だから、ここではあまり出さない方がいいのである。 ニューキンセツには電気ポケモンが棲んでいる――テッセンはそう言っていた。 本当なら、チルットなど一撃でノックアウトされかねない。 「でも、ここじゃ出さないよ。 電気タイプには弱いから。ごめんね、ミツル」 「いいんだ。だって、その通りだし……」 ミツルは首を横に振った。 不要にポケモンを傷つけるようなことがあってはならない。 電気タイプのポケモンが棲み付いていると思われている以上、弱点のポケモンを出すのはオウンゴールを誘うようなものだ。 アカツキはチルットのボールを腰に戻して、前方に視線を戻した。 「もうすぐニューキンセツだよ」 「そうみたいだね」 通路も終わりに差し掛かりつつあった。 視界の先に、いかにも重そうな鉄の扉が見えてきた。 「あの向こうがニューキンセツ……どんな場所なんだろう?」 アカツキは人知れずドキドキしていた。 ポケモンを持っていないも同然の状態だけに、危険といえば危険なのだが、その危険すら飛び越えて、心が弾んでいるのだ。 鉄の扉の先にあるというニューキンセツ。 地下都市というだけあって、それ相応に広いのだろう。 もしかしたら、頭上にあると思われるキンセツシティよりも広いのかもしれない。 それからほどなく、ふたりは鉄の扉の前にたどり着いた。 鉄の扉に手を触れても電気が来ないということは、恐らくはアースなどの絶縁処理を施しているのだろう。 「この先にニューキンセツが広がってるんだね」 感慨深げに、ミツルが鉄の扉を見上げながらつぶやいた。 鉄の扉は巨大で、高さも横幅も三メートルくらいあるだろうか。 数トンはくだらない。こんなものを手で押したり引いたりして開けることなど、人間の力なら到底不可能。 そんな扉をどうやって開けるのか。 傍に小さな入り口もなければ、壁との間にはアリが這い出る隙間さえない。 答えは簡単だった。 扉の脇に、テンキーと、打った数字を現す画面があった。 「確か、四桁の暗証番号を入れればよかったんだよね」 「うん」 アカツキは恐る恐るテンキーに指を伸ばし、テッセンから聞いた番号を打ち込んだ。 間違えていませんようにと祈りながら打ち込むと、ピピッと小さな音がした。 そして。 ゴゴゴゴゴ…… いかにも重たそうな音を立てて、扉が押し開かれる。 「うっわ……」 扉を開けた張本人であるアカツキが驚くほど、扉は重かったらしい。 扉がスライドしたと思われる箇所には、すごい傷ができていた。 だが、どれもついさっきつけられたような真新しいものではなかった。 いや、重そうな音を立てるくらいだから、床との接触面が錆びついていたのかもしれない。 まあ、どちらにしろニューキンセツへの道は開かれた。 しかしながら十一歳の男の子に原因が分かるほど簡単とはとても思えない。 発電機の他に、発電機の監視を行っているコンピューターがあり、異常が打ち出されているはずだとテッセンは言っていた。 そのコンピューターから回線を通じて情報統制局に情報が行っているはずなのだが、どういうわけかその回線が切れてしまった。 回線が切れても、コンピューター単独で異常を打ち出すことがあるらしい。 だから、直接そのコンピューターの元まで行かなければ原因が分からないのだ。 実に厄介な障害と言わざるをえない。 引き受けた以上は、きっちりと責任を持って原因を追究しなければならない。 アカツキは気持ちを切り替えて、ニューキンセツへと足を踏み入れた。 人の存在を感知するセンサーが設けられているらしく、すぐに明かりがついた。 暗闇が一瞬にして晴れて、そこには―― 「これが地下都市? なんか、イメージしてたのと違うね」 「うん」 アカツキは呆気に取られつつ、ミツルの言葉に頷いた。 目の前に広がっていたのは、開発途中で打ち捨てられたような、街並みと呼ぶにはあまりに稚拙なシロモノだった。 「現代科学の粋を結集しててさ、何かロボットとか徘徊しててSF映画みたいな雰囲気を予想してたんだけど……」 ミツルはそう言って、頬を掻いた。 無論、目の前に広がっている光景はそのようなものとは程遠かった。 床は荒れ放題で、壁もところどころ鉄板が剥がれかけていたりする。 その上段ボールが散乱しており、中には設計図のような紙が乱雑に詰め込まれていた。 これが地下都市かと第三者に聞けば、絶対に首を横に振るような有様。 「なんか、ガッカリしちゃったな」 期待をして損をした。 そう言わんばかりに、ミツルは肩を竦めた。 「まあまあ、そう言わないで。 ぼくだってガッカリしてるんだから。 まあ、それより、早くコンピューターを見つけ出して、履歴をプリントして帰ろう。 別に、解決しろって頼まれたわけじゃないんだし」 「そうだな。じゃ、行こっか」 ため息と共に嫌な気分を吐き出して、歩き出す。 完全に都市として開発されたわけではないらしく、障害物はほとんどなかった。 先ほどの通路と同じで、一本道だった。 多少折れ曲がったりはしているものの、分岐がなかったので、進む分には困らない。 「まだ開発してないのかな?」 「そうかもね。この様子じゃ、捨てられたって感じだもん」 歩きながら周囲を見回しては感じたことを口に出し合う。 荒れ放題のニューキンセツは、都市として機能していないことは言うまでもない。 もっとも、それ以前に開発する気があるのかと疑いたくなってくるような場所だった。 配線は床でぐちゃぐちゃに絡まっているし、芯線がむき出しになったまま天井からぶら下がっている箇所まであった。 何らかの原因で開発がストップしたか、打ち捨てられたか…… どちらにしても、来てみてあまり気分がいい場所と言えないのは事実だった。 「電気ポケモンなんてどこにいるんだろう。見当たらないね」 「うん」 テッセンは電気ポケモンが棲んでいると言っていたが、その姿は今のところ見当たらない。 電気タイプのポケモンといえば、一番有名で人気があるのがピカチュウである。 可愛いというのがその理由らしい。 その他にも、ラクライやライボルト、コイル、レアコイルなどがいる。 ミツルが持っているプラスルとマイナンも、電気タイプのポケモンである。 「本当にいるのかな、こんなところにポケモンなんて……」 こんな荒れ果てた場所にポケモンが棲みついているとは思えないのだが……棲む理由もなさそうだし。 「って、本当にいるよ」 「ウソ……」 アカツキが指差した先を見つめ、ミツルは愕然とつぶやいた。 本当にいたからだ。 通路を塞ぐようにして、何体かポケモンの姿があった。 ふたりは立ち止まり、その姿を凝視した。 「コイルにビリリダマだね」 「どうするの?」 「おとなしく通してくれそうにないし、この際、悪いんだけど倒すしか……」 「じゃあ、僕が引き受けるよ」 ミツルが一歩前に踏み出した。 アカツキのチルットでは分が悪い。 なら、ここはミツルに任せるしかない。 それに…… 「ミツル、どれくらい強いのかな……」 彼のトレーナーとしての腕を知るのにもいい機会だ。 人任せなのは性に合わないが、この際仕方がない。 ミツルが戦う意志を明確にしたことを察知したのだろう、コイルとビリリダマがこちらに向かってきた。 臨戦態勢なのは、雰囲気でよく分かる。 一体ミツルはどのポケモンで相手をするのか…… 実に興味深いところである。 ミツルの前に、四体のポケモンが立ちはだかる。 プラスル、マイナン、ラルトス、ビブラーバ。 「プラスル、マイナン、一気に決めるよ!! 10万ボルト!!」 コイルとビリリダマを指差して、高らかに叫ぶ。 名前を呼ばれた二体はお互いに見つめ合い、頷く。 プラスルとマイナンの特性『プラス』『マイナス』を発動。 お互いが近くにいる時、パワーアップするという、ダブルバトル専用の特性である。 これが発動したら、並のポケモンならあっさり倒せるほどの力を生み出せるのだ。 バチバチとプラスルとマイナンの身体から電気が放出され―― 「プラスルっ!!」 「マイっ!!」 ずごーんっ!! 凄まじい電撃がコイルたち目がけて突き進む!! 「って、前見た時よりすごい!!」 アカツキが驚愕の叫びを上げるも、電撃が空気を焼きながら突き進む音にかき消されてしまった。 突如として飛来してくる電撃に、コイルとビリリダマの前進が止まった。 ミもフタもない言い方をしてしまえば、腰を抜かしてしまったのである。 そんな彼らに、プラスルとマイナンの必殺・W10万ボルトが無情にも襲い掛かった!! 凄まじい電撃に打たれ、電気タイプに耐性があるコイルたちも、たまらずダウン!! 「すごい、一撃で……」 思わず震えが来た。 ミツルのプラスルとマイナンは、明らかに以前よりも強くなっていた。 「す、すごいね……」 「一生懸命頑張ったんだよ。ね?」 「プラスルっ!!」 「マイっ!!」 アカツキが半ばかすれた声で言うと、ミツルは電気ポケモンをことごとくノックアウトしてのけたプラスルとマイナンを労った。 「カエデでも今の一撃に耐えられるか分からないよ……」 電気タイプに弱いアリゲイツは除外するとしても、ワカシャモではとても耐えられない。 カエデはどうだろうか? 女の子というのを抜きにして考えても、最終進化形である。 ワカシャモよりも圧倒的に強いのは言うまでもない。 そのカエデでさえ、プラスルとマイナンのW10万ボルトに耐えられるかどうか微妙なところなのだ。 プラスルとマイナンのタッグでバトルを挑んでくるいないとも限らないと考えると、要注意といったところか。 「じゃ、行こっか」 「あ、うん」 アカツキが何を考えているかなど素知らぬ顔で、ミツルがポケモンたちを連れて歩き出す。 それから少し遅れて、ミツルの後を追う。 「もしミツルのプラスルとマイナンと戦うことがあったら、ぼくは勝てるのかな?」 まざまざと見せつけられたような気がしていた。 プラスルとマイナンの『結束』のパワー。 お互いを強化し合うという、ある意味で反則的な特性だ。 だが、そのパワーでさえ、地面タイプのポケモンには通じない。 付け込む余地があるとすれば、それくらいか。 「地面タイプのポケモンをゲットしておいた方がいいのかも……」 地面タイプのみならず、特定のタイプの攻撃による影響を一切受けないポケモンはゲットしておいて損はない。 悪タイプのポケモンはエスパータイプの技を受けず、ゴーストタイプのポケモンはノーマルタイプと格闘タイプの技を受けない。 といった具合に、戦略には欠かせない要素のひとつなのである、そういうのも。 「そういえばさ、ミツル」 「なに?」 いい加減、頭がゴチャゴチャしてきた。 そんな気分を一新しようと、アカツキはミツルに訊ねた。 「セイジは一緒じゃなかったの? しばらく一緒に旅をするって言ってたじゃない?」 「ああ、セイジはね……」 アカツキは小走りにミツルの傍まで駆けていった。 元々歩くのが遅めだったので、追いつくのは簡単なことだった。 「うん、そのつもりだったんだけど…… 僕が身体の具合悪くしちゃって、一緒に旅ができなくなっちゃったんだ。 だから、セイジはひとりで旅してるよ。なんでも、ジョウト地方に行っているんだって」 「ジョウト地方に……」 アカツキは未だ見ぬ地方に思いを馳せた。 ジョウト地方は、ここホウエン地方と海を隔てた北にある地方だ。 環境が少し違うようで、生息しているポケモンの種類も異なっているらしい。 セイジは海を越えて、ジョウト地方へと旅立っていったそうだ。 「いつかは行ってみたいけど……」 自分の知らないポケモンがたくさん棲んでいる……だから、いつかは行ってみたいと思っている。 でも、今はまだダメだ。 せめて『黒いリザードン』をゲットしてからでないと…… 「マッスグマのこと、気になる?」 「うん。正直言うと、気になるよ」 「そうだよね」 ミツルが表情を曇らせた。 アカツキは……笑みを繕った。 マッスグマは今頃どうしているだろう……忘れることなんて、できるはずもなかった。 自分の力で初めてゲットしたポケモンなのだから。 セイジとの交換(トレード)に応じて、今は彼の元にいる。 その代わりに、カエデがアカツキのところにやってきたのだ。 カエデはもちろん、マッスグマの様子も正直かなり気になる。 元気にしていればいいけど…… ぐぐぅ、ぐぐぅと低い声で嘶く姿が脳裏に浮かんで――アカツキの口の端にも笑みが浮かんだ。 きっと元気にしてる。 セイジはポケモンをぞんざいに扱うブリーダーじゃない。 それはカエデの毛並みを見ても明らかだ。 普通に育てただけではあそこまでの毛並みにはならないだろう。 「きっと元気にしてるよ。 それよりミツル。元気なさそうじゃない? こんなところにいると、やっぱり気が滅入っちゃうかな?」 「そうだね……やっぱり太陽の光を浴びるのが一番だよ」 アカツキが声を大にして問いかけたのに対し、ミツルはどこか萎んだ花を思わせるような、元気のない声で返した。 本人の言うとおり、こんな閉鎖的な地下空間よりも、広大な空を仰げる場所の方が身体にも心にも良いに決まっている。 「じゃあ、早く終わらせてさっさと戻ろう」 「うん」 気分を新たに、前へ進む。 先ほどまで元気だったミツルが急に元気をなくしたみたいで、アカツキは歩きながら、時々彼の顔を覗き込んだ。 笑みが影を潜め、無表情になっている。 歩き詰めだったのが結構堪えてきたらしい。 「ミツル、大丈夫?」 「大丈夫。少し疲れてるだけだから」 「少し休んだ方がいいよ。身体の方が大事なんだから。ね?」 「大丈夫だってば。もう少しなんだから、そこまでは頑張れるよ」 「だったらいいんだけど……」 ムキになって言い返すあたり、図星に違いないのだが、ミツルはミツルで意地を張っているのだろう。 自分に負けたくない。 身体が弱いという理由で、他人の足を引っ張るような人間にはなりたくないと思っているに違いない。 それはそれで殊勝な心がけではあるのだが、そうして無理を重ねることで足を引っ張ることがままある。 それは程なくやってきた。 「う……」 呻き声を上げ、ミツルが蹲ってしまったのである。 「ミツル、大丈夫!?」 アカツキは足を止め、ミツルの表情を覗き込んだ。 額にビッシリと汗をかいており、呼吸もどこか荒々しい。 顔が少し苦痛にゆがんでいる。 歩きすぎて疲れがピークに達してしまったのだ。 「う……大丈夫だよ」 「大丈夫じゃない!!」 アカツキは声を荒げた。 いきなり怒られるとは思ってもいなかったらしく、ミツルは驚愕に目を見開いてアカツキを見つめた。 珍しいことに、アカツキは怒っていたのである。 目じりを吊り上げ、視線を尖らせている。 「全然大丈夫じゃない!! 無理しないでってあれほど言ったのに!! どうしてキミは自分の身体を大切にしないの!? キミの身体はキミだけのものじゃないんだよ!? プラスルやマイナンや、他のポケモンたちにとっても大切なんだよ!?」 「…………」 正論に、言い返すことができなかった。 そう、アカツキの言うとおりだったから。 ポケモンにとってトレーナーは大事な存在なのである。 アカツキは、必要以上の無理はしたことがないと思っている。 自分を大切にできない人間が、どうしてポケモンを大切にできるのだろう。 母ナオミが口癖のように言っていた言葉がある。 無理をしているミツルを見ていて、それを思い出したのだ。 「自分を愛せなければ、別の誰かを愛することなんてできないのよ。 だから、まずは自分を愛しなさい」 その時はアカツキも幼く、一体何を言われているのか分からなかった。 でも、今は理解できる。 ポケモントレーナーとして、ポケモンを大切にしたいと願うなら、その前に自分を大切にしなければならない。 「だから、少しここで休んで」 「でも……」 「無理して身体を壊したら、それこそ旅なんて続けられなくなるよ。 あとはぼくにまかせて。ね……?」 「うん、ごめん……」 ミツルはアカツキに支えられて、壁際まで歩いていった。 壁に背を預けて座り込む。 申し訳なさそうなその表情をアカツキは笑い飛ばした。 「大丈夫だよ。 ぼくがなんとかするからさ。安心して休んでて。 あ、そうだ。ビブラーバを貸してほしいんだけど」 「ビブラーバを?」 「うん。チルットだけじゃ心配だから……」 「じゃあ、僕のポケモンをみんな連れて行けば……」 ミツルの言葉を遮って、アカツキが首を横に振りながら言った。 「それじゃあミツルが無防備になっちゃうよ。だから、ビブラーバだけでいい」 「……分かった。ビブラーバ、アカツキの言うことをよく聞くんだよ?」 「ブルブル……」 ビブラーバは羽根を震わせて応えた。 それから、微かな羽音を立てて、アカツキの足に擦り寄ってきた。 「ありがとう、ミツル。それじゃあ、行って来るよ」 「うん、お願い」 アカツキはビブラーバを連れて、先へと進んだ。 角を曲がって姿が見えなくなるまで、ミツルは彼の後ろ姿を見つめていた。 「くやしいな……」 姿が完全に見えなくなってから、ミツルはポツリとつぶやいた。 どうして身体が丈夫じゃないんだろう。 格闘家並の丈夫さなんてなくたっていい。 人並みに丈夫ならそれでいい。 でも、自分は人並み以下の丈夫さしか持ち合わせていない。 いや、丈夫さと呼ぶことさえおこがましいような…… ただ悔しかった。 アカツキに任せてこんなところでただ座っているだけの自分自身に怒りさえ覚えた。 だが、結局は何もできそうにない。 「キミの身体はキミだけのものじゃないんだよ!? プラスルやマイナンや、他のポケモンたちにとっても大切なんだよ!?」 その言葉が堪えた。 心配そうに見上げてくるプラスル、マイナン、ラルトスにとって、自分はどういう存在なんだろう? トレーナーだ。 今まではそう思っていた。 でも、トレーナーという理由だけでついて来てくれるものだろうか? ポケモンにだって意志はある。 だから、逃げようと思えば逃げられる。 一旦ゲットしたからといって、拘束したと思っているのは大間違い。 大切な存在だと思っていてくれているからこそ、同じ時間で、同じ場所で生きているのだ。 今になって気づけた。 「そうだね。もっと大切にしなくちゃね」 ミツルはニコッと笑って、ポケモンたちの頭を順番に撫でた。明るい気持ちを感じたのか、ラルトスの赤い角が淡く光を放った。 「うん。アカツキを信じて待つよ」 第49話へと続く……