第49話 鋼の翼 -Steel wings- 「どこまで続いてるのかな……?」 どれくらいの時間が経っただろう。 アカツキは不安そうに漏らしたものの、しかし歩みを止めることなく振り返った。 一直線の通路が延々と続いている。 両脇から電灯で照らされているが、そこには特に目立ったものはなかった。 「ミツル、大丈夫かな……」 途中で置いてくるハメになった男の子のことが脳裏をよぎる。 「ブルブル……」 アカツキの抱く不安な気持ちを感じ取ったのか、傍を歩いているビブラーバが羽根を震わせた。 元々身体が丈夫ではないから、途中で疲れてしまい、ミツルは休むことになった。 結果として置いてきてしまったわけだが、変に悪化してなければいいけど……一番の薬は休息である。 ミツルにはプラスル、マイナン、ラルトスというポケモンがついているから、大丈夫だとは思う。 不安がないわけではないが、今は最深部にたどり着き、コンピューターから故障履歴をプリントアウトしてミツルの元へ戻るのが最優先だ。 「大丈夫だよ、ビブラーバ」 アカツキは身体を屈めてビブラーバの背中を撫でてやった。 ビブラーバはうれしそうにぴょんぴょん跳ねながら羽根を震わせた。 ポケモンというのは総じてトレーナーの明るい気分に触れるとうれしくなるものである。 「さ、早く行って、さっさと終わらせよう」 視線を前方に向けて、歩く速度を速めた。 「とはいえ……」 爽やかに――心配事を吹き飛ばしたみたいに明るく言ってみせたものの、やっぱり不安は残っていた。 ミツルの体調はもちろんだが、アカツキが今持っているポケモンのことが一番大きい。 アカツキが持っているのはチルットだけなのだ。 鳥ポケモンなので、ここに棲み付いているという電気タイプとは相性が悪い。 しかし、ミツルのビブラーバは地面タイプなので、電気タイプとは相性抜群。 一応は進化形ということで、多少は実力もあるのだろうが、それゆえの不安があった。 「ビブラーバが戦闘不能になったらぼくに勝ち目はないってことかな……」 チルットだけでは正直心許ない。 よくよく考えれば、今の今まで一度もバトルをしてこなかったのである。 「やめよう、そんなこと考えるのは……」 アカツキは頭を振った。 やる前から勝ち目がないかな、なんて考えるのはやめよう。 何があってもあきらめないというのがポリシーである。 「今までだって、がんばってこれたんだから……これからだってやれるよ、きっと」 心を奮い立たせて、ギュッと拳を握る。 「とはいえ……」 本気でどこまで続いているのだろう。 果ての見えない通路が、無限に続いているような気がした。 どこにも続いていないのではないか。 無限の迷宮に迷い込んでしまったのではないか…… 「すごく広いね……ホント、どこまで続いてるんだろう?」 「ブルブル……」 だが、終わりはいつでもやってくる。 それから十分ほど歩いたところで、広い空間に出た。 「ここで終わり……う……」 言いかけ、アカツキは呻いた。 広間の中央部には発電機らしき巨大な設備と、その脇に申し訳程度の大きさのパソコンがあった。 それから…… 広間の壁が見えなくなるくらいの数のコイルたち。 「こんなにいるの……? そういえば、コイルって電気が好物だって聞いてたけど……いくらなんでもこれって……」 十や二十じゃ効かない。 下手をすると百は行くかもしれない。 「って、数えてる暇なんてないってば!!」 広間にやってきたアカツキのことを侵入者とでも思っているのだろう、コイルたちはじわりじわりと間合いを詰めてきた。 それも、発電機に隠れている場所からも湧き出ているものだから、数は膨大なまでに膨れ上がっている。 「これって……いくらなんでもこれはまずいでしょ」 多勢に無勢もいいところだ。 いくらビブラーバが電気タイプに対して有利といっても、数が多ければ攻撃しきれない。 負けないけど勝てないのだ。 「うう、どうしよう……」 一つ目のコイルたちが自分を見つめている。 見えざる迫力に気圧されるように、アカツキはじりじりと後退した。 「ブルル……」 対照的に、ビブラーバは相変わらず羽根を震わせながら前に躍り出た。 これくらい任せろと言わんばかりの自信がにじみ出た背中を見つめ、アカツキは立ち止まった。 「ビブラーバは戦おうとしてるんだ。ぼくが逃げてどうするんだ……」 恥ずかしながら、ビブラーバに勇気付けられる形になった。 爪が食い込むほどに拳を握りしめ、コイルたちを睨みつける。 「ビブラーバが使えそうな技は……」 アカツキはポケモン図鑑を取り出して、ビブラーバが使用可能な技をサーチした。 「えっと……」 ボタンを押し、技の名前をスクロールさせる。 なるべく多く画面上に表示しておけば、バトルする時にそれほど時間をかけずに発動させられるはずだ。 「よし、これだ!! ビブラーバ、砂嵐!!」 図鑑に表示された技は十個と少々。 アカツキは迷わず砂嵐を指示した!! 「ブルブルブルブル……!!」 ビブラーバはアカツキの顔ほどの高さまで飛び上がると、さらに激しく羽根を震わせた!! びゅおっ。 風の唸りが羽音と混ざって耳に届く。 「砂嵐で視界を塞いで、それから一気に攻撃技を連発すれば……なんとかなるかも」 多勢に無勢の状況を何とかするには、手数で勝負するしかない。 風の流れが形作られ、刹那―― ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 視界を埋め尽くさんばかりの砂嵐が吹き荒れた!! 床に堆積した細かい砂を風で集めて砂嵐を巻き起こしたのだ!! いきなり視界を塞がれ、コイルたちは困惑気味。 砂嵐がコイルたちの姿を覆い隠す直前、歩みが止まったのを、アカツキはそういう風に解釈した。 「えっと、次は……」 画面の下の方に映し出された技の名前。 「ビブラーバ、砂嵐を消して竜の息吹!!」 いつかアヤカのフライゴンが使っていた強力な技。 ドラゴンタイプの技で、相手を麻痺に陥れることがあるという。 運良く麻痺してくれれば、相手の数も減るから、少しは楽になるはず。 アカツキのシビアな要求に対し、しかしビブラーバは器用にもそれに応えた。 砂嵐を解除し、視界が戻るその瞬間に、口から緑色のブレスを吐き出した!! 視界が戻ったと思ったらいきなり緑のブレス。 突然のことに対応できなかったコイルの一団が竜の息吹に巻き込まれた!! 竜の息吹をまともに食らったコイルたちが次々に落下していく。 どうやら、麻痺に陥ってくれたようだ。 だが、竜の息吹を逃れたコイルたちは続々と向かってくる!! アカツキのことを完全に敵と認識したようで、『プルル、プルル』とアラームのような音を立てながら。 見たところ、今の一撃で麻痺したのは十分の一もいいところ。 休む暇はほとんどない。 「なら……」 アカツキは作戦を変更することにした。 いちいちコイルたちに竜の息吹を連発するのも面倒だ。 それに、手当たりしだいやっている間に麻痺から復活される、とそれこそ元の木阿弥というものだ。 「ビブラーバ、ぼくがあそこのコンピューターまで行くから、邪魔になるコイルたちに竜の息吹を放ち続けて!!」 コンピューターを指差しながら、ビブラーバに指示を下す。 防御面で問題がないのなら、囮になってもらうしかない。 下手な作戦よりはまだマシなはずだ。 だが、アカツキとコンピューターの間には新たなコイルの一団が!! 「ブルブルバァッ!!」 ビブラーバが羽音を羽ばたかせながら飛行し、アカツキを邪魔するように浮遊しているコイルに竜の息吹を浴びせた。 「ビリリリリ……」 電子音を立て、竜の息吹を食らったコイルたちが地面に落ちる。 「よし!!」 アカツキはすかさず駆け出した!! 地面を蹴る足音が響く。 予期せぬ音に刺激されたらしく、コイルたちが左右から包み込むようにして殺到する。 「ブルル!!」 行かせないと言わんばかりに、ビブラーバが三度竜の息吹を放つ!! ばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 緑の息吹(ブレス)に包まれたコイルたちのほとんどが、バタバタと蚊のように落下する。 だが―― すべてのコイルが麻痺の効果を受けたわけではなかった。 ダメージを受けながらも麻痺しなかったコイルが、アカツキの行く手を遮る!! 「うわっ!!」 回り込むように前方に現れたコイルの姿に驚愕するアカツキ。 咄嗟に足を止め―― 「ビリリリリっ!!」 コイルが左右のユニットから黄色い電撃を発射した!! 「うわわわわっ!!」 足元に突き刺さった電撃に驚いて、アカツキは尻餅を突いてしまった。 ぴしゃっ!! 電撃は地面に突き刺さると、弾け散った。 あれをまともに食らったら……ビリビリと身体中を電気が駆け抜けて痺れるんだろうな…… 正直ゾッとしないところだが、こんなところで尻餅突いてる場合じゃない!! 「早くやっちゃわないと……ビブラーバだっていつまでも攻撃してられないだろうし」 身体に力を込めて立ち上がろうとしたところに、先ほど電撃を見舞ったコイルが竜の息吹を食らって地面に落ちた。 だが、まだまだ油断は禁物。 五分の一と麻痺に陥れていないのである。 一刻も早くコンピューターから故障履歴を探し出さなければ。 ある程度の操縦方法は、ネットスクールをやっていたので分かっている。 世の中、本気でワケの分からないところで役に立つ知識というのもあるものだ。 アカツキは立ち上がり、再び地面を蹴って駆け出した!! 「延々とこんなことするわけにもいかないし、ミツルのことも心配だから」 置いてくるという形を取ってしまったものの、変に状況が悪化していなければいいが…… 確かめるには、さっさと故障履歴をサーチして、その情報を持ち帰るのみだ。 ビブラーバが攻撃しきれないコイルたちが行く手に立ちはだかるも、その脇をするりとすり抜けて、コンピューターへと肉薄する。 近づいていくにつれて、コンピューターとプリンタがケーブルでつながっているのが見えてきた。 が、いちいちプリントアウトなどしている暇はない。 万が一プリンタが電撃を浴びたら一巻の終わりだから。 液晶画面上に出すだけなら何とかなるはずだ。 ビブラーバの適切なサポートもあって、アカツキはやっとの思いでコンピューターまでたどり着いた!! 発電機が轟々と重苦しい音を立てながら電気を生産している。 「えっと、確か……回線が切れてるから、情報がキンセツシティに上がってないってことなんだよね。 回線は……」 とりあえずリターンキーを叩いて、画面をスクリーンセーバーから切り替える。 すると、見たい情報と、それに対応したキーが表示された。 「故障履歴は……と」 ぴしゃりぴしゃりっ!! 脇でコイルの電撃が炸裂するが、お構いなし。 アカツキには確信があった。 このコイルたちは発電機の警備のためのポケモンではないか……だからこそ、広間に入ってきた自分たちを迎撃したのではないか。 そう考えればすべてのつじつまがある。 背中を向けているのに、電撃を浴びせてこないのが何よりの証拠。 今アカツキに電撃をぶつければ、触れているコンピューターまで壊してしまう。 そうなっては警備といえど本末転倒だ。 それに気づいたのはついさっき。 コンピューターに近づいた途端に、邪魔が極端に減ったような気がしたのだ。 自分の確信が正しいと信じて、アカツキは故障履歴を出すべくキーボードを叩いた。 画面に故障履歴がずらりと表示される。 埋め尽くさんばかりの文字列の中に、アカツキの探していた情報がちゃんとあった。 「これだ!!」 思わずガッツポーズをとって叫ぶ。 故障履歴の一番上に、最新の故障情報が打ち出されていた。 『6/23 08:27 回線切断 推定原因:外部圧力によるケーブル損傷』 「外部圧力ってことは、外からの力でケーブルが切れたってこと?」 アカツキはその情報を頭に刻み込むと、画面はそのままにして、コンピューターの周囲を見回した。 発電機に近づき過ぎないように、裏側にまで視線を送る。 コンピューターのハードドライブから延びているケーブルを一本ずつたどる。 発電機とつながっているケーブルが二本。プリンタに一本。 安定した交流電源を取るべく、発電機とは別に一本。アースに一本。 そして最後に―― 「あっ!!」 見つけた。 思わず指差した先には、キレイさっぱり、一直線に切断されたケーブルがあった。 刃物のような鋭いもので、一気に切られたのだろう。その断面にギザギザはなかった。 「これって、もしかして……」 切断されたケーブルをたどると、壁に突き刺さっていた。 どうやら、外部に情報を送るためのケーブルのようだ。 「なるほど、だから……」 情報を送るためのケーブルなら、切断されたら、対になっている箇所から見れば情報をマスクされたも同然なのだ。 つまり、コンピューター自体が故障しているのかいないのか判断がつかない。 ただ回線切断という情報が向こうで察知されるだけ。 「これじゃあ、情報を送れないわけだよね。 でも、ぼくじゃどうしようもないし……とりあえず、分かったから戻るとしようか」 ポツリつぶやいて振り返ると、コイルのほとんどが地面に落ちていた。 ビブラーバが竜の息吹を奮発して、バタバタとハエ取りでもするように落としてしまったのだろう。 まあ、それはいいとして…… 「すごいね、ビブラーバ」 素直な感想が口から漏れる。 が―― キエェェェェッ!! けたたましい鳴き声が広間を満たした!! びくっ!! 辛うじて麻痺を免れたコイルたちが震え上がり、蜘蛛の巣を散らすようにあちらこちらへと逃げていくではないか。 「え、一体何が……」 周囲を見回すが、変化らしい変化といえばコイルたちが逃げていくということだけ。 「今の声、コイルじゃない……他にもポケモンがいるの?」 「ブルブルっ!!」 突如ビブラーバがアカツキの方へと飛来して―― ばんっ!! いきなり体当たりを食らわされ、転倒する!! 「ビブラーバ、一体何を……」 言いかけて―― ひゅっ!! 先ほどまでいた空間を、銀の閃きが薙ぎ過ぎた!! 「!?」 すぐに気づいた。 ビブラーバが助けてくれたことに。 少しでも遅れていたら、銀の閃きをまともに食らっていただろう。 刃物のように切れるのか、鞭のように打たれるのか。 どちらにしても痛いのは間違いなさそうだが。 がしゃり。 続いて、別の音。 視線を向けてみれば―― 「あっ、コンピューターが!!」 先ほどまで元気に稼動していたコンピューターが、粗大ゴミに成り果てていた。 完膚なきまでに打ち壊されており、液晶画面には蜘蛛の巣のようなヒビが入っている。 こんな風になっては、使い物にはならない。 「一体何があったの、これって……」 乾いた声でつぶやいて、立ち上がる。 コンピューターのみならず、プリンタまできっちり一刀両断されている。 ひとりでは寂しかろう、まとめてあの世に送ってやると言わんばかりに、お揃いで。 「刃物のような痕だね……そっか。今のがケーブルを切ったんだ……」 すぐに悟り、その姿を目にすることになる。 キエェェッ!! けたたましい鳴き声に、身体を向ける。 「あ、あれは……!!」 銀色の鳥が、鋭いくちばしをギラギラ光らせながらアカツキに向かってくるではないか!! 「ポケモン!?」 あんな鳥がいるわけがない。 すかさずポケモン図鑑を取り出し、センサーを向けた。 センサーが光り、そのポケモンを認識した瞬間―― びゅっ!! 身を避わしたその脇をポケモンが通り過ぎ、再び宙へ舞い上がる!! 完全に敵視しているようだ。 「エアームド。よろいどりポケモン。 全身が硬い鎧で覆われているが、刃物のような鋭さを持つ翼で敵を切り裂く。 戦いによってボロボロになった鋼の翼は一年に一度生え変わり、元の鋭さを取り戻すという」 「刃物……やっぱり、あのポケモンが……」 銀色の鳥――エアームドが宙で旋回し、再びアカツキに狙いを定めた!! これ以上悠長に図鑑を見ている暇などない。 戦わなければやられてしまうのだ。 刃物のような翼で攻撃されたら、生身の人間などひとたまりもない!! エアームドに非がないとしても、戦わなければ。 鋼の鎧で覆われている全身はロボットのようですらあったが、れっきとしたポケモンである。 こんなところにいるからには、誰かのポケモンではないようだが…… 「ケーブルを切ったのがこのエアームドなら……警備のコイルたちとは違う。 仲間なら、怯えて逃げる必要なんてないはずだし」 警備以外のポケモンがここにいる理由といったら、たまたま迷い込んだくらいなものしかない。 アカツキはそう確信し、戦う意志を固めた。 意図的なのかは分からない。 しかし、ケーブルを切った以上、どうにかしなければならない。 「強そうだし、ゲットしちゃおうかな……」 エアームドのタイプは鋼と飛行。 刃物のような鋭さを持つ翼というからには、その攻撃力は高いに違いない。 なら、ゲットすれば頼もしいパートナーになるだろう。 それに、硬い鎧をまとっているのなら、防御力にも優れているはず。 攻守共に優れたポケモンというのは、ゲットしておいて損はない。 どのみち、誰のポケモンでもないのならゲットしたところで問題ないはずだ。 「ビブラーバ、行くよ!!」 「ブルブル!!」 ビブラーバはどうやらやる気らしく、アカツキの声に応えてみせた。 他人のポケモンを使って、野生(?)のポケモンをゲットするのは正直気が引ける。 しかし、チルットを出しても無駄になりそうだった。 「竜の息吹!!」 一直線に向かってくるエアームドを指差して指示を下す!! ビブラーバは大きく息を吸い込んで、緑のブレスを吐き出した!! いくらエアームドでも、これを食らえば麻痺するはずだ。 そうすれば、モンスターボールを投げてゲットできる。 だが、コイルたちを怯えさせるほどのエアームド。 そう簡単に食らったりはしなかった。 さっと翼を動かして高度を取る。 竜の息吹の範囲から逃れると、再び軌道を変えて向かってくる!! 「速い……!!」 アカツキは動揺していた。 硬い鎧に覆われている割に、エアームドの動きは速かったのだ。 これでは砂嵐で姿を隠したところで、突破してくるだろう。 姿が隠れてから、攻撃してくるまでの時間がほとんどない。つまり、移動はできない。 「やるだけ無意味ってことか……なら」 真っ向勝負しかない。 どんな小細工も、役には立たないだろう。 「竜の息吹!!」 再びエアームド目がけて緑のブレスを吐くビブラーバ。 硬い鎧に覆われているエアームドに物理攻撃は効果が薄い。 ゆえに、下手な物理攻撃よりは、こういったブレスの攻撃の方が有効と判断したのだ。 それに―― 「麻痺さえしてくれればどうにでもなる」 痺れて動けないポケモンが相手ならゲットするなりノックアウトするなり、やりたい放題だ。 それくらいの自信はある。 エアームドは紙一重のところで竜の息吹の範囲から逃れた。 「ビブラーバ、破壊光線!!」 一直線に向かってくるエアームドに、ビブラーバがオレンジ色の光線を発射した!! ノーマルタイプ最強の技、破壊光線!! いくら硬い鎧に覆われていても、破壊光線をまともに食らえば、それなりのダメージを受けるはずだ。 そこでさらに竜の息吹を叩き込めば、エアームドをノックアウトできるはず。 向かってくるオレンジの光線にエアームドは驚いた!! 翼をバタつかせて、必死に軌道を変えようとするが、破壊光線のスピードに敵うはずもなかった。 ごばぁぁぁぁぁぁぁんっ!! 破壊光線がエアームドを直撃した!! 凄まじい爆音が耳を劈く!! 爆風が空気をかき混ぜ、広間で荒れ狂う。 壊れたコンピューターが、成す術もなく宙を舞い、壁に叩きつけられて、さらに破片を増やした。 エアームドの姿は発生した煙に包まれる。 「やったかな……」 アカツキはエアームドが落ちてくるのを待った。 破壊光線のダメージが大きいならば、空を飛ぶほどの体力も残っていない可能性が高い。 いや、そうでなくても、煙から飛び出した瞬間を狙って竜の息吹を浴びせればそれでノックアウトできる。 だが、どれだけ待ってもエアームドは落ちてこなかった。 「まさか、耐えた!?」 浮かんだ想像に驚愕した――その時だった。 キェェェェッ!! エアームドが煙から飛び出し、アカツキ目がけて突き進んでくる!! 「わあっ!!」 まさか自分が標的になるとは思ってもいなかった。 だから、思い切り動揺した。 これがトレーナー同士のバトルだったら、間違いなく虚を突かれる。 もちろん、場合こそ違うが今回も例外ではなく―― ギラギラ光るくちばしが自分を狙っている。 完全にパニックに陥ってしまったアカツキは、ビブラーバに指示を飛ばすことすら忘れていた。 「ブルブルッ!!」 トレーナーの友達に危険が迫っていることを察して、ビブラーバは信じられない行動に出た!! 「わーっ、来ないでっ!!」 頭を抱えてうずくまるアカツキ。 足がすくんでしまって、逃げることもできないのだ。 エアームドとの距離が縮まっていく!! そして。 がすっ、ばしっ、どがっ!! 荒々しい音が聞こえ、アカツキの目の前に、ビブラーバが転がってきた。 「……あっ……」 頭から手をどかして、ビブラーバを見つめる。 地面に這いつくばったビブラーバはピクリとも動かない。 アカツキをかばってエアームドの攻撃を受けてしまったのだ。 「び、ビブラーバ……ぼくのこと、かばって……?」 「ブルブル……」 アカツキの言葉に応えるように、小さく声を漏らす。 どんな攻撃を受けたかは分からないが、ダメージはかなり大きいようだ。 地面に這いつくばらせるほどだ、よほど強烈な一撃だったに違いない。 「ビブラーバ……ごめん。ぼくが動けなかったから……」 いくら咄嗟のことだからって動けずにいた自分を責め、悲嘆に暮れている暇は、残念ながらなかった。 キエェェェェッ!! エアームドの声が広間に響く。 アカツキは顔を上げ、エアームドを睨みつけた。 「ぼくがなんとかしなくちゃ……!!」 ビブラーバが戦闘不能になった以上、ここから無事に戻るには、自分がなんとかしなくてはならない。 それができるのは、他ならぬ自分だけ。 「チルット、行くよ!!」 こうなったらチルットを投入するしかない。 アカツキは躊躇うことなくモンスターボールを上に放り投げた!! ボールの口が開き、中からチルットが飛び出した!! 「チルッ!!」 「チルット、歌うんだ!!」 アカツキはチルットに指示を下した。 エアームドは破壊光線によるダメージを受けている。 身体のあちこちが傷ついているが、満身創痍には程遠いようだ。 くちばしのように鋭く尖った視線からは、燃え滾る闘志が見て取れる。 いかにダメージを受けていようと、まだバトルを一度もさせていないチルットとエアームドでは、結果は火を見るより明らかだ。 まともに戦ったのでは、硬い鎧を持つエアームドにダメージを与えられるかどうかさえ疑わしい。 そう、まともに戦ったのでは。 チルットはエアームドを見据え、口を開いた。 「チル〜♪ チルチル〜♪」 甲高いチルットの声が広間に反響し、幾多のハーモニーとなってエアームドを包み込む!! どう見ても、チルットの綿毛の羽根ではエアームドに微かな打撃も与えられないだろう。 だから、歌う攻撃でエアームドを眠らせることにしたのだ。 成功すれば、ゲットできる確率が高まる。 チルットのハーモニーに包まれたエアームドの瞳は徐々に闘志を失っていく。 とろんっ、と真ん丸くなり、先ほどまでの勢いがウソのように、翼を折りたたんだ。 急激な脱力感に、身体を支えられなくなってしまったのだ。 がちゃっ!! 子守唄のようなハーモニーを耳にして眠ってしまったエアームドが地面に落ちた。 「チルッ!!」 技の成功に喜んだのか、チルットが大きく鳴いた。 「行っけぇーっ!!」 アカツキはその声を合図に、リュックから取り出したモンスターボールをエアームド目がけて全力で投げ放った!! 吸い込まれるように、モンスターボールはエアームドを直撃した!! 勢いよく弾かれ、口を開く。 ボールから延びた光の舌がエアームドを絡め取り、ボールの中へと引きずり込んだ!! 口を閉ざし、地面に落ちると、カタカタと音を立ててボールが震え出した!! エアームドが抵抗しているのだ。 ボールに引きずり込まれたことで目が覚めてしまったのだろう、激しい抵抗振りが見て取れる。 「お願い、これ以上抵抗しないで」 アカツキは祈るような思いでボールを凝視した。 彼の頭にチルットがちょこんと座り込む。まるで、綿毛の帽子を被ったようだった。 激しくなったり小さくなったりしながら、ボールの震えは続く。 どれほどの時間が経っただろう、ボールの震えが突如として収まった。 エアームドが抵抗をあきらめたのだ。 「あきらめてくれたのかな……」 あり得ないとは思いながらも、もしかしたらボールに触れた途端に飛び出してきたりして…… 余計な不安が湧き上がるが、確かめるには手に取るのが一番。 アカツキは意を決して、チルットを頭に載せたままボールを取りに行った。 何事もチャレンジだ。 やりもしないうちからあきらめるなんて、そんなのは嫌だ!! ということで、アカツキは恐る恐るボールに手を伸ばし、つかみ取る。 心配を余所に、エアームドの入ったボールは動き出さなかった。 アカツキの手の中で、完全に静止している。 「エアームド、ゲットだね」 アカツキは笑みを浮かべた。 一時はどうなることかと思ったが…… 何とか、ゲットすることはできた。 はぅ…… 思わず漏れるため息。 緊張の糸がぷつりと切れて、深々とため息を漏らす。 「チルット。君のおかげだよ。ありがとう」 「チルッ、チルッ」 頭を撫でてやると、チルットはうれしそうに綿毛の羽根を動かした。 誉められたのがよほどうれしいと見える。 「エアームドか……どうしてこんなところにいたんだろう?」 バトルが終わったことで、余計なことを考える余裕が出てきた。 ニューキンセツの入り口からここまで、壁や天井に隙間などはなかったはずだ。 アリの這い出る隙もないというのは正にそのことと思い知らされるような感じだった。 もちろん、広間にもそういった隙間はない。 どこから入ってきたのやら…… まあ、ゲットできたのだから、それはいいとしよう。 そもそも確かめる術もないことだし。 それよりも…… 「今日からはぼくの仲間だから……もう、心配しなくたっていいんだよ」 エアームドのボールを見つめ、アカツキは話しかけた。 どんな事情があったにせよ、コンピューターと外部を結ぶケーブルを切ってしまったことは、許されないだろう。 だから…… 「ぼくが責任持って育てていくから。心配は要らないんだよ」 テッセンならきっと分かってくれるはずだ。 笑みを絶やさない人は心が広い。 だから、きっと大丈夫。 「さあ、戻ろう!!」 アカツキは空いているモンスターボールにビブラーバを緊急避難させると、広間を後にした。 回線切断の原因が分かったから、これ以上ここに留まる理由はない。 ミツルのことも気になるし……長居は無用だ。 幸い、帰り道ではコイルたちの邪魔はなかった。 エアームドに恐れをなして逃げ出してしまったのだろう。 まあ、そこのところは不幸中の幸いだった。 地面を蹴って走っている間、チルットはアカツキの頭の上で目を閉じていた。 流れてくる風を感じているのだろう。アカツキの動きの妨げにならないように、ほとんど動かない。 アカツキとしても、チルットを乗せていることすら忘れているかのように、重さも感じられない。 チルットは軽いポケモンだし、綿毛の帽子を被ったような感覚だから、障害物にはなり得ないのである。 「チルットって軽いよね」 「チルッ」 思い出したようにつぶやくと、チルットは声を上げた。 今回はチルットの活躍があって、エアームドをゲットできた。 初めてのバトルだったが、とりあえずは上手くいってよかった。 とはいえ、歌うことしか指示していなかったので、バトルの実力は未知数。 かなり低く見られるのは間違いないが、それはこれから底上げしていけばいい。 根本的な問題は、今のところなさそうだ。 「これからもよろしくね」 「チルッ」 「よし、早く戻ろう!! やっぱり、太陽の光浴びてる方が気分いいもんね!!」 アカツキは疲れを吹き飛ばすように叫ぶと、走るペースを上げた。 それからほどなく、ミツルが休んでいる場所まで戻って来ることができた。 ミツルは壁に背中を預けたまま、座り込んでいる。 よほど疲れたのだろう、アカツキが近づいても顔を上げなかった。 すっかり眠ってしまっている。 だが―― 「ミツル?」 何の反応も示さないことを不審に思って声をかけるが、それでもミツルは動かない。 「マイ、マイっ!!」 ミツルに寄り添っているプラスル、マイナン、ラルトスはすっかりパニックに陥っていた。 彼を励ますべく騒いでいたのかと思っていたが、どうやらその『逆』だったらしい。 アカツキはポケモンたちに促されるようにしてミツルの顔を覗き込んで―― 「ミツル!!」 声を大にして叫んだ。 ミツルは顔に大量の汗を欠いており、呼吸は荒かった。 単に疲れているだけなら、そこまでの反応を示すことはないだろう。 身体が弱いから、疲れから何かしらの症状を併発してしまうことがあるのだ。 「大丈夫、ミツル!?」 いくら声をかけたり身体を揺さぶってみても、ミツルは目を開けることも、声を出すこともなかった。 ただ荒い息を繰り返すのみ。 「このままじゃいけない……早くポケモンセンターに戻らないと……」 「ぷらすっ!!」 「ルゥゥゥ……」 心配そうな顔でアカツキを見上げるプラスルとラルトス。 彼に何とかしてもらいたいと思っているのだ。 だが、人間の言葉をしゃべれない以上、鳴いてどうにかするしかない。 無論、アカツキはミツルを見捨てるようなことだけはしなかった。 友達を見捨てるなんて、最低の行為だから。 「ミツル、行くよ。もう少しだから、頑張って」 聞こえているかは疑わしいものの、一応声をかけてから、ミツルの身体を背負った。 ずしりとした重みがのしかかるかと思いきや、ミツルの身体は思いのほか軽かった。 「意外と軽いんだな……」 服の上からでは分からないが、かなり痩せているのだろう。 まあ、この際不幸中の幸いといったところだった。 アカツキはミツルを背負うと、彼のポケモンを引き連れて駆け出した!! 併走する三体のポケモンは、いつまでも心配そうな眼差しでアカツキの背中で荒い息を繰り返すミツルを見つめていた。 第50話へと続く……