第50話 身に沁みる母の優しさ -Hearty words- アカツキはミツルを連れてキンセツシティのポケモンセンターに戻ると、まず彼をジョーイに診せた。 身体が丈夫でないことは、初めて会った時から知っていたので、一番に医者に診せるのが一番だと分かっていた。 幸い、ミツルはそれほど重症ではなかった。 疲労が蓄積されたことで体調がおかしくなってしまっただけ。 ジョーイの話によると、今日一日ゆっくり休めば大丈夫とのことだ。 アカツキはそれを聞いて安心した。 肩で荒い息を繰り返してばかりいたから、一時はどうなることかと思ったが…… その程度で済んで良かったと思っている。 まあ、ミツル本人からすればどうでもよくなどないのだろうが。 「でも、無事でよかったよ。 何か病気でも発症してたらどうしようって思ってたんだから」 それから、テッセンに事の次第を報告しに行った。 パソコンのケーブルを切ってしまったのは、どこからか迷い込んだエアームドだったこと。 そのエアームドを自分がゲットしたこと。 テッセンはアカツキに感謝の言葉を述べた後、最後にこう言ってくれた。 「そのエアームドを大切に育ててやっておくれ」 エアームドの責任を問うこともなく、トレーナーとしてゲットしたポケモンを大切にするようにと言ってくれたのだ。 アカツキは思わず感涙をこぼしてしまったが、テッセンは相変わらず豪快に笑っていた。 厄介なことをしたポケモンをゲットした……そんな気持ちを察していてくれたのだろう。 テッセンに重ねて礼を言って、ポケモンセンターに再び戻ってきたアカツキは、すぐに部屋へと駆け込んだ。 爽やかな風が吹き込む部屋の端にあるベッドの上で、ミツルは安らかな顔で眠っていた。 先ほどまで荒い息を繰り返していたのがウソだったかのようだ。 現に、右手に点滴を打たれている。ジョーイが栄養剤入りの点滴を打ってくれたのだ。 ミツルの傍には、寄り添うようにして三体のポケモンが心配そうな顔を彼に向けていた。 プラスルとマイナンとラルトス。 ビブラーバはエアームドをゲットする時のバトルでダメージを受けたから、ミツルのボールに移した後でジョーイに預けた。 ビブラーバも、今日一日ゆっくり休めば大丈夫だそうだ。 心配事がとりあえず消えてくれたから、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。 「ぼくもちょっと疲れちゃったし、今日は休んでいかなくちゃいけないな……」 アカツキはミツルを見舞うのもほどほどに、隣のベッドに転がり込んだ。 どっと圧し掛かるように湧き上がる疲労感。 なにせ、ミツルを背負ってニューキンセツからここまで歩いてきたのである。 疲れないわけがない。 十一歳の男の子にはかなり辛かったが、あのままミツルを放置しておくわけにもいかないから、とにかく頑張って歩いてきたのだ。 おかげで、今まで感じたこともないほどの倦怠感が全身を包囲している。 無駄な抵抗は止めてすぐ休めと、麻酔銃を構えた兵士を全方位に展開しているかのごとく、休息を迫るのである。 「ふわぁ……少しだけ、休もう。夜ご飯まで……」 アカツキはそのまま目を閉じた。 とりたててやることもないから、少し休むくらいならいいだろう。 そう思うと、すぐに意識がはじけた。 それから数時間ほど経っただろうか。 窓から差し込む夕陽が頬を撫でて―― 「ん、んん?」 ミツルは目を覚ました。 夕陽に染まった天井が一番に目に入った。 続いて、視界に割り込んできたのは自分のポケモンたち。 一様に安堵の表情を浮かべている三体のポケモンに微笑みかける。 「ここは、どこ……?」 ゆっくりと身を起こし、ミツルは部屋の中を見渡した。 見覚えはないが、だいたい分かる。 隣のベッドで安らかな寝息を立てているアカツキ。 どうやら―― 「僕はアカツキに運んでもらったのかな……」 そう確信したが、礼を言うのはもう少し後にしようと思った。 礼を言うためだけに無理やり起こしてしまっては悪いだろうから。 ニューキンセツでは足手まといになってしまった。 その事実が海のように横たわっているものだから、なおさら気が引ける。 アカツキが起きるのを待って、礼を言うのはそれからにしよう。 彼が起きるまでもう一眠りするということも考えたが、残念ながらそれはできそうにない。 眠気は完全に吹き飛んでいるし、ポケモンたちの期待に染まった眼差しを向けられたまま眠りに就くのは無理そうだ。 なら―― やることはひとつしかない。 「ごめんね、心配かけちゃって……」 ミツルは小さな声で謝ると、抱きついてきたポケモンたちの頭を順番に撫でた。 心配してくれていることが分かってうれしいと思う反面、心配をかけてしまったという懸念が残る。 だが、その懸念を払拭するには、今晩はたっぷり休んで、明日以降アカツキの足を引っ張らないようにしなければならない。 責任重大だ。 もっとも、その分やる気になるというものだが。 「僕もちゃんと身体を鍛えなくちゃいけないよなぁ。 僕のせいで他人の足を引っ張っちゃうのって、いつだって嫌だから……」 今日もそうだったし、セイジと旅をしていた時もそうだった。 突然の動悸に、予定を変更せざるを得なかったのだ。 セイジには何度も謝った。 だが、返ってきた答えは『気にすんな。オレにはそれほど差し迫った用事なんてないんだからさ』だった。 「セイジだって本当は気にしてるんだから……アカツキにまでそんな思いはさせられない」 アカツキはエントツ山へ急いでいる。 本当ならこんなところで休んでいる場合ではないのかもしれない。 だが、自分を連れてきたから、休まざるを得なくなった。 「やっぱり僕のせいなんだ」 アカツキには、ポケモンを取り戻すという目的があるのだ。 離れ離れになってしまった『家族』と再び一緒になるという、誰にも阻めない目的が。 それを少しでも遅らせてしまったという責任を感じている。 「僕と別れてひとりで行った方が……絶対に早いとは思うけど……」 そう言おうかと思ったが、一瞬で掻き消した。 本当にアカツキがそれを望んでいるのだとしたら、本人の口から告げられるだろう。 だから、自分から言い出す必要なんてない。 惨めになるだけだから。 「言い出してこないのは、僕のこと友達だって思ってくれてるから…… 信じてくれてるからなんだ。 だから……僕にできるのは、裏切らないようにするだけ。 僕が、少しでも身体を鍛えて強くなれば……」 結局のところ、ミツルにできることなんてひとつしかない。 今日のように、途中で置いていかれるような軟弱な身体を改革していかなければならない。 そのためには何をすればいいか。 今できることは、やるべきことは何か。 それはすぐに発見できた。 今できることから始めていけばいい。 無理をすれば、余計に状況が悪化すると、悔しいが分かっているから。 「それに…… ひとりで行かせるなんて、それじゃあ僕はいったい何のためにアカツキについてきたんだ、ってことになっちゃうもの。 それだけは、嫌だな」 アカツキについてきたのは、彼を助けたいという気持ちがあったからだ。 それがないほど彼が強いと認めることは、イコール、ミツルが足手まといと認めるのと同じこと。 だから、何としてでも自分を変えて、アカツキと一緒に行きたい。 「う〜ん……」 低い唸り声を上げて、アカツキは目を覚ました。 眠気が一瞬で吹き飛んだらしく、その目はパッチリと見開かれていた。 「あ、起きた……」 思わず漏れたつぶやきが耳に入ったのだろう。 アカツキは身を起こすと、ミツルの方に身体を向けた。 その顔には屈託のない笑みが浮かんでいる。 「よかった、元気そうで」 「うん……」 アカツキの笑顔とは対照的に、ミツルは決まりの悪そうな顔を伏せて、視線を逸らした。 何も言い出せなかった。 いったいどの面下げて何を言えばいいのか……謝ることしか、できそうにない。 どんなに、頑張っても。 でも…… 「その様子じゃ、大丈夫そうだね。本当によかったよ」 「ごめん……」 「?」 ミツルは視線を合わせることなく、ただ一言詫びた。 アカツキに言える言葉などそれひとつしか見当たらなかったからだ。 自分なりに勇気を出して紡いだ言葉。 アカツキはそれに満足したのか、笑みを深めて、 「いいんだよ。ぼくたち、友達だろ? だったら、助けるのは当たり前のことなんだから。 キミが気にするのは分かるけど……」 「僕はキミに迷惑をかけたんだよ。どうして、そんなに笑っていられるの?」 いたたまれない気持ちになりながら、ミツルはようやっとアカツキと視線を交わした。 気がつけば、口から飛び出した言葉はアカツキをさり気なく非難していた。 そんな優しさが何になると言わんばかりに。 言われている意味を知りながら、それでもアカツキは笑みを絶やさなかった。 純粋に、ミツルが元気になってくれたのがうれしかったから。 「それとこれとは話が別だよ。 キミが元気になってくれた、それがうれしいんだ。いけないことかな?」 「それは……」 ミツルは言葉を失った。 アカツキの優しさの意味を履き違えていた自分の浅慮があまりに呪わしく感じられたのは、これが初めてだった。 純粋な優しさなんて、今の時代存在しないと思っていた。 セイジだって、アカツキほど優しいわけじゃなかった。 多少は損得勘定も含んでいると聞かされたことは確かにショックだったが、彼の優しさは決して偽りのものではなかった。 それ以上に、アカツキは優しかった。 「キミが自分のこと責めてるってのも、分かってるよ。 でも、責めたって何にもならないよ。 少しでも責めるべき部分があるなら、それをなくすように努力していけばいいんだよ。 ぼくも、そう偉そうに人様に言えたりはしないんだけど……」 自分の言葉に恥ずかしくなったか、アカツキは顔を赤らめて頬を掻いた。 「アカツキ……ありがとう」 ミツルは胸が満たされるのを感じていた。 自分の身体が丈夫でなかったばかりに迷惑をかけたのに、それをなかったことのようにしてくれる。 いや、あったことをいちいち穿り返したりしない。 どうしてそこまで優しくなるのだろう。 その答えはもう握っていた。 大切な『家族』たちと一緒にいたからだ。 家族のように接している仲間は、単なる仲間などではない。 損得勘定など一切存在しない。 純粋な気持ちが双方向に通い合う、太いパイプで結ばれた強い絆。 「うらやましいな……」 いつか、自分とプラスルたちがそんな絆で結ばれる日が来るのだろうか。 そう思うと、余計に自分を強くしようという気持ちが湧いてくる。 それが不思議でたまらなかった。 「あのさ、アカツキ。 明日にはエントツ山に向かって出発するんでしょ?」 「うん。テッセンさんにはちゃんと説明しておいたし……一応、原因の方も、ぼくがなんとかしておいたから」 「原因って……?」 ミツルは困惑した。 そういえば、途中でリタイアして、事の成り行きを見守っていなかったんだっけ。 気がついたのがついさっきだったので、知るはずもない。 「うん。実はね……」 アカツキは腰からモンスターボールを引っつかむと、投げることなく、 「出ておいで」 その言葉に応えて、ポケモンがボールから飛び出してきた。 アカツキの隣に無言で佇むそのポケモンは、見た目は銀色の鳥だった。 背の高さで言えばアカツキよりも高いかもしれない。 ミツルはそのポケモンに見覚えがあった。 「エアームド……? どこでゲットしたの? 確か、君はチルットしか……って、もしかして……」 「うん」 ミツルの想像を肯定し、アカツキは言った。 「この子がどこからか迷い込んで、ケーブルを切っちゃったんだよ。 あの時は問答無用でバトル仕掛けてきたから、戦うしかなかったけど…… でも、今はぼくの大切な家族なんだ」 頭を撫でてやると、エアームドはうれしそうな表情を見せた。 先ほどまで、問答無用の雰囲気を漂わせていたが、それすら微塵も感じられない。 すっかりアカツキの『家族』の一員となっていた。 「すごいね……チルットだけでゲットするなんて」 「ううん、君のビブラーバの力がなかったらここまではできなかったよ」 アカツキは苦笑した。 チルットの実力を過小評価するわけではないが、エアームドが相手では分が悪かった。 ビブラーバで少しでも弱らせていなかったら、いくら歌う攻撃でも、眠らせるところまではいかなかっただろう。 それが分かるから、余計に恥ずかしくなる。 「それでね、エントツ山には明日出発するよ。今日はゆっくり休もう」 「うん。でも、いいの?」 「何が?」 きょとんとした顔で聞き返すアカツキを見つめ、ミツルは呆れてしまった。 先ほどの優しさがウソのように、間抜けに思えてきたから。 「アリゲイツたち、キミのこと待ってるんじゃないの?」 「うん……そうだよね」 アカツキは哀しそうに笑った。 笑みの中に哀しみが同居する、奇妙な感覚。不思議な気持ち。 ミツルは、一刻も早く家族に会いたいというアカツキの心情を察していたからこそ、敢えて質問してみたのだ。 だが―― 「でも、キミが本当に体力を取り戻すまでは待つよ」 「どうして? キミにとってポケモンは家族なんでしょ?」 「うん。だからこそ、分かってくれると思う。 ぼくはアリゲイツたちを信じてる。 アリゲイツだって、ぼくのこと信じてくれてるって、そう思っているんだ。 それにね……」 哀しそうな笑みは苦笑へと変わった。 「キミを見捨てて進むようなことがあったら、アリゲイツはそっちの方を許してくれないよ。 ぼくのアリゲイツは、そういうアリゲイツだから」 「そうなんだ……変わってるね」 「ぼくもそう思うよ。 でも、本当にみんな分かってくれると思う。 ぼくが正しいと思ってやっていることなら、きっと分かってくれる。 家族だから、信じなくちゃ」 「うん。ありがとう」 逆に勇気付けられて、ミツルは顔を赤くした。 プラスルたちがからかうような笑みを向けてくることに気づき、余計に身体が熱くなる。 それくらい、トレーナーのことを信じているということも、もちろん知っている。 「さ、ミツル。ご飯食べに行こう」 「うん」 アカツキはエアームドをモンスターボールに戻すと、ベッドを降りて部屋を後にした。 そのすぐ後に、ミツルと三体のポケモンがついてきた。 人知れず、アカツキは喜びを満面に湛えた。 夕食を摂り終えて―― 夜の帳が降り、街が夜の顔を見せ始めたくらいの時刻だった。 ミツルは風呂に入るとそのまま眠りに就いた。 アカツキは部屋を抜け出して、ロビーにやってきた。 外のネオン街と同様に、少し黄色がかった無数の電球に照らされたロビーは、かなり明るかった。 さすがに昼間よりは暗いが、それでも暗いと感じることがないくらい。 昼間よりもトレーナーの数を多く感じた。 椅子は七割がた埋められており、トレーナーとポケモンたちが交流を深めている光景が目についた。 それらを横目に、アカツキが目指したのはロビー脇のテレビ電話。 五台あるが、幸い一台が空いていた。 すかさずダッシュして場所をキープ。 受話器を耳に当てて、ダイヤルをひとつひとつ、しっかりと押していく。 ぷるるるる、と回線接続中を告げる待ち受けの音が耳に届く。 だが、十回を過ぎても相手は出てこない。 「いないのかな……今の時間なら、だいたい食器を洗ってたりしてると思ったんだけど」 それでも相手が出るまで粘ることにした。 もともと、そのためにここまで来たのだ。 相手が出なかったからといってあきらめるようでは、テレビ電話と向かい合っている意味などない。 だが、しばらく待つと、画面に相手の顔が映った。 「あ、お母さん。久しぶり」 「アカツキじゃない!! 今どこにいるの!?」 出てくるなり、相手――母ナオミは素っ頓狂な声を上げた。 「わ……」 あまりの声量に、アカツキは一瞬受話器を耳から離してしまった。 危うく鼓膜が突き破られるところだった。 「ビックリさせないでよ、もう……」 アカツキは片手で胸を押さえながら言った。 電話に出るなりそんな声で叫ばなくてもいいのに…… いくら久しぶりだからって、そこまでする必要などないはずだと、アカツキは思っていた。 だが―― ナオミは食って掛かるような剣幕で、怒鳴るように聞いてきた。 「だから、今!! どこにいるの!?」 「え、キンセツシティだよ」 「そう……よかった……」 アカツキが素直に答えると、一転、彼女はホッと胸を撫で下ろした。 声もどこかトーンダウンしているし、表情も安堵そのものだった。 「ね、ねえ、お母さん。一体どうしたの……? いきなり怒鳴ったり、怒鳴ったかと思ったらよかった、なんてさ……」 「あなたね、自覚ないの?」 「自覚……って?」 ナオミは呆れたようにため息を漏らした。 アカツキは素知らぬ顔をしている。 もしかしたら、そんなところに安心を感じたのかもしれない。 「まあ、無事そうだから、それでいいんだけど……」 「無事……って? ぼく、何かしたわけ?」 「この際だから教えておくわ」 前言撤回。 ナオミは額を軽く抑えながら、唸るようにして言った。 どこから説明していいのか、悩んでいる様子だ。 「オダマキ博士から聞いた時は驚いたのよ。 それから、何日だったかな――眠れなかったんだから…… でも、あなたから電話して来てくれたから、特別に教えてあげるわ」 「うん」 アカツキが頷くと、ナオミは咳払いなどして、話してくれた。 「オダマキ博士からね、あなたが何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、血相変えて言われたの。 はじめは本気になんてしてなかったわ。 だって、そうでしょ? あなたの性格じゃ、変な事件に自分から首を突っ込むようなことなんてないって思ってたんだからね。 でも、ハヅキから言われたって聞かされた時にはさすがに信じるしかなかったわ」 「ハヅキ兄ちゃんから……どうして?」 「さあ……そこまでは私も知らないけど…… アカツキに何かあったかもしれないって言ってたわ。それから、エントツ山へ行くって」 「エントツ山……」 「アカツキ。教えてちょうだい、いったいエントツ山で何があったのか。 あなたが一番よく知っているはずよ」 「うん、分かったよ」 説明する責任はあるはずだ。 たった一人の母に余計な心配をかけてしまったのだ、事の次第を話しておく必要はあるだろう。 それに、知ってもらいたい。 「ぼく、黒いリザードンに会いたくてエントツ山に行ったんだ」 「そうでしょうね。確か、会ったのがそこだって話だものね」 「うん。 それでね、フエンタウンで出会ったアスナさんって人のポケモンが誘拐されたっていうから、エントツ山に行ったんだけど……」 「物好きなのね。夢がすぐ近くにあるのに」 「…………」 皮肉混じりの言葉を口にすると、アカツキは黙りこくってしまった。 「でも、女の子を見捨てなかっただけ、いい男の子になったじゃない?」 「そ、そう?」 「そうよ。はい、続き」 誉められて顔を赤らめているアカツキに、先の言葉を促す。 「うん。 それで、山頂までその盗んだ人を追いかけていったら、マグマ団の人と鉢合わせしちゃって……」 「マグマ団……」 ポツリつぶやいたナオミの表情が変わった。 真剣な表情で、何か鬼気迫るものを感じさせる。 「アスナさんとひとりずつ相手にしたんだけど、ぼくが戦ったリクヤって人、すっごく強くて…… もう少しで完全に負けるかなって思ったところに、今度はアクア団の人が間に入ってきて…… それで、何とかその場から逃げ出したんだけど、ロープウェイ乗り場まで行ったらアクア団の人がいっぱいいて。 それで追いかけられるハメになって…… って、お母さん、聞いてる?」 「え……なに?」 言葉の途中で、ナオミが虚ろな目をしているのが気になって聞いてみたら、案の定聞いていなかった。 呆気に取られたような顔を、画面を通じてアカツキに向けている。 何か感じるものでもあったのかな……そう思ったが、聞くのはやめておいた。 聞いたところでどうにかなるわけでもないから。 その代わり、先を続ける。 「で、今度はアクア団の人たちに追いかけられて山頂に戻ったら、いきなり地面に穴が開いて、ぼくはそこに落っこちちゃったんだ。 気がついたら、シダケタウンにいたんだ。 ミツルって友達に助けてもらったらしくて…… でも、アリゲイツたちとはぐれちゃって……探しに行くところなんだ」 「そう……大変だったわね」 ナオミは目を伏せた。 ハヅキやオダマキ博士を通じて聞いた話よりもよっぽど深刻ではないか。 マグマ団やアクア団と関わった上に、突然開いた穴に落ちてしまうなど。 普通ならとても無事に戻ってこられる状況ではないだろうに…… だが、それよりも気になるのは…… 「でも、本当に無事でよかった……」 「ごめんね、心配かけちゃって……」 「いいのよ、無事だったんだから」 ナオミは過去にこだわらないというのがポリシーだが、それでも、今回ばかりはそれも封印せざるを得ない。 アカツキの話を聞いて、胸が痛んだ。 その痛みの原因を知っているから、余計に…… 「あれ、泣いてるの?」 「……違うわよ」 気がつけば涙がこぼれていた。 たった一筋。 ナオミは慌てて拭うと、強がってみせた。 それが強がりとあからさまに分かったから、アカツキは表情をゆがめた。 心配をかけてしまったから涙を流したんだと思った。 無事でよかったと分かったから…… 「アカツキ。エントツ山に行くの?」 「うん。あそこでみんなとはぐれちゃったわけだし……それに、ハヅキ兄ちゃんが待っててくれるんだったら。 きっと、兄ちゃんがぼくのポケモンを助けてくれたんだよ。 そうじゃなきゃ、ぼくの身に何かあったかなんて、知らないと思うから」 「そうね。きっと、そうね」 ナオミは深々と頷いた。 ハヅキがエントツ山へ行くと行っていたのは、何があったかを知っていたからだ。 中身までは知らなくとも、アカツキのポケモンたちと出会ったなら、きっと『分かる』はず。 「こんな形で再会を果たすのは、あなたにとっても、ハヅキにとっても不本意なんでしょうけど…… でも、一年ぶりなんだから、たくさん話をしなさいよ? トレーナーとしては先輩なんだから、いろんな事を聞きだしておくといいわ」 「うん、そのつもりだよ」 アカツキの声は弾んでいた。 自分でも分かるくらい。 ハヅキに会えると分かったから、それも一年ぶりに。 トレーナーとして旅に出た自分を見て欲しい。 できるなら、バトルもしたいと思っている。 とても勝てるとは思えないが、それでもいい。 ただ、バトルができれば。それだけで。 「その様子だと元気そうね。よかったわ」 「うん。お母さんも」 「当たり前でしょ。ハルカちゃんのお母さんともお友達になれたし、結構退屈しなくて済んでいるのよ」 「うん、そうだろうね」 ナオミは友達を作るのが得意と自慢してくれたことがある。 社交的な性格なので、友達になるくらい、造作もないことだと。 いつもと変わらない彼女の様子に、アカツキは安心した。 淋しがっているのではないかと思ったが、それはどうやら取り越し苦労だったらしい。 「そうそう。あなたにひとつだけ忠告しておくわ」 「え?」 「マグマ団やアクア団と関わり合いになるのはやめなさい。 彼らは危険よ。だから、出会っても逃げなさい。 それがあなたのためになるんだから。ね?」 「うん、分かったよ」 アカツキは頷いた。 心から自分のことを心配してくれていると分かったから。 彼女の気持ちを無駄にするつもりなど、これっぽっちもない。 「それじゃあアカツキ。これからも頑張るのよ」 「うん、お母さんも元気にね」 「当ったり前よ♪」 そして、電話を切った。 電話をする前よりも、張り切っているのは果たして気のせいだろうか。 「うん。エントツ山にはハヅキ兄ちゃんも待ってるし、黒いリザードンも、きっと待っててくれてる」 突如穿たれた大穴に落ちていく時。 確かに見た。 空を舞う黒い影。 あれがきっと黒いリザードンだったと。 だから、明日の出発に向けて、英気を養う気にもなれる。 アカツキは席を立ち、ロビーを後にした。 そして。 電話の向こう。 ミシロタウンの自宅にて、ナオミはただ呆然としていた。 どうしてそんなことがあったのだろう。偶然にしては出来すぎているとしか思えない。 それとも…… 「信じたくないけど……やっぱり、どこかでめぐり会う運命だったのかしらね……」 運命という言葉は好きになれないが、こればかりは、それを借りるしかないのかもしれない。 そう都合の良い言葉で括られては、迷惑千万だ。 「気づいていたの……? あなたは……?」 そのつぶやきは彼女自身の耳にしか入らなかった。 「知らないってことは……やっぱり……」 独白めいたつぶやきは続く。 止める人間がいないのなら、なおさらに。 「これからも続けていくということなのね、リクヤ……」 アカツキが『そのこと』を知るのはもう少し先になる。 ナオミは漠然とそんな予感を抱いた。 第51話へと続く……