第54話 暴走特急ボーマンダ -Runaway train- 目覚めは爽快だった。 アカツキは身を起こして、室内を見渡した。 客室らしく、いつ使われてもいいように、きちんと清掃されている。 おかげでよく眠れた。 アヤカの厚意により、カナズミジムに一泊させてもらえたのである。 もちろん無料で、食事もついているのだから、これ以上ないほどのありがたみを感じた。 「アヤカさんもひとりで寂しいのかな……」 ベッドを降り、カーテンを開ける。 朝陽を浴びながら、不意によぎった。 「ツツジさんはサイユウシティに一泊することになったわけだし……」 そうなのである。 昨日の晩、ジムに電話がかかってきた時に、アカツキはツツジと話をした。 彼女の方も変わらず元気そうで、他愛のない話でいろいろと盛り上がったものだ。 結局、ツツジを始めとするジムリーダーは全員、サイユウシティのホテルに一泊することになったらしい。 緊急招集ということで突如サイユウシティに行くことになったツツジはともかく…… 彼女らの両親は、今頃は福引で当てた特賞の世界旅行を満喫しているという。 帰ってくるまでは一年近くかかるらしい。 結局ジムに残ったのはアヤカひとり。 彼女の『おじさま』ことデボンコーポレーション社長ツワブキも大事な商談とかで忙しく、彼女の相手などしていられない。 ということで、寂しかったのだ。 アカツキが来てから、それも多少は慰められたらしいが……やはり十分ではなかった。 そこまではさすがに分からなかったものの、彼女の寂しさを和らげることが少しでもできたのなら、それで十分と思える。 「今日からだったら、トウカジムには明後日には着くのかな……」 窓の外に広がる景色を見つめながら、次の目的地トウカジムへと想いを馳せる。 ジムリーダーはセンリ。ハルカの父親だ。 彼も今頃はツツジと同じくサイユウシティにいることだろう。 「誰だって負けない。それだけだもん」 ギュッと拳を固く握りしめ、決意を固める。 と、その時だった。 「アカツキ君。起きてる?」 「あ、はい。今行きます」 ノックと共にアヤカの声が部屋に響いた。 アカツキは慌てて着替えると、身支度を整えて部屋のドアを開けた。 「おはよう、アヤカさん」 「うん、おはよう」 エプロン姿のアヤカが立っていた。 これにはさすがに一瞬面食らってしまったが、すぐに当然だと思い直した。 ツツジも両親もいない以上、料理を作るのは彼女の役目。 もっとも、彼女の料理はかなり美味しいので、エプロン姿が似合わないということはまるで関係ない。 「よく眠れたかな?」 「おかげさまで」 「そう、それならよかったわ。朝食、作っておいたから。一緒に食べましょ」 「うん!!」 アカツキがリュックを背負って、前後逆に帽子を被っていることには触れず、アヤカはリビングへと向かった。 彼女の後を追ってアカツキも歩き出す。 今日、トウカジムへ向けて旅立っていくことなど、分かりきっていることだ。 彼の道を遮るつもりはないし、夢への足取りを拘束するつもりもない。 ただ―― 「やっぱり、寂しくなるわね……」 リビングと廊下を隔てる扉をくぐり、アヤカは胸中でつぶやいた。 「わあ……」 そんな彼女の心情など素知らぬ顔で、アカツキは漂ってくる香りにメロメロになっていた。 食卓に並んだ料理は朝食として申し分ないものだった。 厚切りハムという陸地に押し寄せる、波のようなふわふわタマゴ。 小麦色にこんがり焼きあがったバターロールがついて、もう言うことなし。 「食べ盛りな君にとっては足りるか分からないけど、たくさん食べてね」 「うん!!」 席に就き、早速バターロールを頬張る。 「おいしい!!」 サクサクした食感と、ほんのり拡がっていく甘みに、アカツキは舌鼓を打った。 喜びを顔中で余すことなく表現している彼を、アヤカは笑みを浮かべながら見つめた。 本当においしそうに食べてもらえることが、料理人としての至上の喜びなのだ。 この料理を作ったという点では、彼女は間違いなく料理人だ。 「ねえ、アカツキ君。 君はホウエンリーグに出るんでしょ。 どう? 少しはイケそう?」 「うん。勝ち負けはともかくとしても、できるだけはやってみる」 「いい答えね」 こういうことを聞かれたら、こう答えなさいというマニュアルがあるわけではない。 できれば優勝と言ってもらいたかったが、アカツキはアカツキで、自分の実力を弁えているのだろう。 できるだけやってみる。 それだけで答えとしては満足できたから。 「残りのバッジは四つになったってことだけど、むしろこれからが大変だってことを理解してほしいのよ」 「…………」 アヤカの言葉に、アカツキの手が止まった。 笑みが陰を潜め、真剣な表情が彼女に向けられる。 「センリさんは、ジムリーダーとしての経験は浅いけど、実力だけで言えばホウエン地方でも上位に位置すると思うわ。 トレーナーとしての経験をジョウト地方で積んできたんでしょ。 一度勝負させてもらったことがあるけど、決着はつかなかったわ」 「アヤカさんでも勝てないの?」 「負けもしなかったけどね」 舌を小さく出して、おどけてみせる。 ……が、アカツキはそんなことなどできるはずもない。 アヤカの実力がトレーナーとして突出しているのは十二分に分かっている。 そんな彼女でさえ、センリには勝てないのだという。 「コラコラ。君が落ち込んでどうするの」 拳骨を作って、軽くアカツキの頭を叩くアヤカ。 何もそこまで深刻になどならなくてもいいのだ。 まったく、余計なところで手のかかる男の子なんだから…… 「あのねぇ…… わたしはひとりのトレーナーとしてマジで勝負しただけ。 それとジム戦は別よ。 トレーナーに基準を設けて、それ以上だったら合格ってだけなんだから。 そんなに心配なんてしなくていいの。 君は君自身の実力と、君の大切な仲間のことを信じてるんでしょ?」 「もちろんだよ!!」 「だったらそれでいいの。始める前から負ける気でいたんじゃ、絶対に勝てないわよ」 「うん、分かった」 やる前からあきらめるなんてらしくないこと。 どうしてそんなこと考えてしまったのだろう。 アカツキはそれ以上何も言わずに、黙ったまま朝食を頬張った。 心なしかそのペースが速まったような気がする。 どうやら、センリに挑戦する気満々といった様子だ。 「わたしは背中を押せればそれでいいだけなんだけどね」 決めるのは本人。 少しだけ道を拓いてやったり、背中を押すだけでいい。 歩き出すのは本人の意志だけが可能とするのだから。 それからほどなくして、アカツキは朝食を摂り終えた。 最後にコーヒーをぐぐっと飲み干して、空になったマグカップを、音を立てないようテーブルに置いた。 空を仰ぐようにコーヒーを飲み干した時には見せなかった表情を、アカツキは今浮かべていた。 「それでこそ君なんだからね……わたしの最高の生徒だもん」 ポツリ胸中でつぶやく。 感慨深げなことに自分で気づいて―― それから何秒かが経ったらしい。 アカツキが席を立った。 床に置いたリュックを背負うと、決意に満ちた瞳をアヤカに向けて、 「アヤカさん。ぼく、もう行きます」 「そうね。 君はまだ夢を追ってる途中だもんね。 必要以上に立ち止まったり振り返ったりしちゃ、いけないわ」 「うん」 どちらともなく、リビングを後にする。 ツツジと激闘を繰り広げたバトルフィールドを横切るアカツキの胸には、未来予想図だけが広げられていた。 『黒いリザードン』をゲットして、ホウエンリーグの大舞台で兄ハヅキと戦うという未来だ。 そのために、今は行かなければならない。 まずはトウカジムのジムリーダー・センリにジム戦を挑むこと。 玄関を抜け、外に出る。 外はそれなりに賑わっていた。 通勤時間と重なっていることもあって、通りを行くスーツの群れ――サラリーマンが目立つ。 それでも、歩けないほど人の波が密集しているわけではない。 「アヤカさん、それじゃあ……」 「ホウエンリーグ、絶対に見に行くからね。絶対に出なさいよ」 「もちろん!!」 大きく頷いて、彼女に背を向け歩こうとしたその時だった。 予想だにしない出来事が彼の足を止めたのは。 「アヤカ先生ぇっ!!」 「うん?」 聞き覚えのある声が聞こえ、アカツキは足を止めた。 アヤカとほとんど同じタイミングで声の方に身体を向ける。 手を振りながらこちらに向かってくる少年の姿があった。 「あれは……」 通りを流れるように行く人の波に逆らい、こちらに向かってくる少年の顔に、アカツキは見覚えがあった。 緩やかなウェーブがかかった金髪ブリーチに、知的そうな顔立ちとメガネの少年。 「マイク?」 アヤカのとりなしで三日間だけ世話になったトレーナーズスクールで数日を共に過ごしたクラスメートだ。 アカツキと親しかった数人の少年少女のひとりが、今しがたアヤカの前に駆け込んできたマイク。 本人曰く外国人とのハーフらしい。金髪は地毛だとか。 「マイクじゃない。どしたの、こんな朝早く?」 マイクは肩で息をしながら、アカツキのことなど眼中にないと言わんばかりに、アヤカの目をまっすぐに見つめた。 ウソや感情の緩みが付け入る隙のない真剣な表情を向けられ、アヤカは…… 「まさかね……」 とんでもない方向に捻じ曲がった想像を払拭する。 十代の少年を前に口にできるものではないのだ。 「アヤカ先生。大変なんです。トレーナーズスクールで……」 どうやらトレーナーズスクールから休みなしでここまで走ってきたらしい。 マイクは息も絶え絶えに、声を搾り出すようにして言った。 「スクールったって、あんたたちは卒業したんでしょ?」 「そ、それはそうなんですけど……でも、なんか騒ぎになってるらしくて、気になって行ってみたら……」 「行ってみたら?」 「校長先生のボーマンダが暴れてて…… なんか、話聞いたら、初級クラスの馬鹿者が間違って講義の途中でポケモンなんて出して…… で、そのポケモンが何を考えてか、昼寝中のボーマンダにちょっかい出しちゃって…… そしたらボーマンダが暴れだして……」 ぴしっ。 アヤカは確かにその音を聞いた。 自分でも分かるほど、表情が引きつっている。 「ユキノ先生のボーマンダ……最悪じゃないの」 アヤカにトレーナーとしてのすべてを徹底的に叩き込んでくれた恩師が誇る、最強のポケモンがスクールで暴れている。 マイクの報告は半ば最悪と言ってもよかった。 恩師のポケモンの強さは折り紙つきだ。 マンツーマンで指導を受けただけによく分かる。 ジムリーダーが扱うポケモンでも、そうやすやすと勝てるような相手ではない。 つまり―― カナズミシティで彼女のボーマンダを止められるのは自分しかいないということだ。 嫌でもそれを理解せざるを得ない。苦しいところだ。 「つまり、わたしに止めて欲しいってことね」 マイクが頷く。 「分かったわ。今すぐ行きましょう。この道を行くんじゃ、時間がかかるわね。 こういう時には……フライゴン、レッツゴー!!」 いつの間にやら手にしていたモンスターボールを軽く投げ放つ。 「フライゴン……」 アカツキはポツリとつぶやいた。 いつか見たことのあるポケモン。せいれいポケモン・フライゴンだ。 アヤカのボールから飛び出したのは、雄々しきドラゴンポケモン。 「ごぉぉぉぉんっ!!」 低く唸るような声に、通りを行くサラリーマンの何割かがこちらを向くが、すぐに興味を失って出勤を続ける。 下手にかかわると遅刻するとでも思っているのかもしれないが、その方が世話がなかった。 「フライゴン、先生のですか!?」 「ええ、まあ」 フライゴンの姿に目移りしたのか、マイクがキラキラ目を輝かせながらその周りを駆け回った。 知的な顔立ちとは裏腹に、子供心満載の少年らしい。 スクールの時のような勉学少年ぶりは完全に形を潜めているらしかった。 アカツキは意外そうな目で彼を見て――視線が初めて合った。 「あ、アカツキじゃないか。 どうしてこんなとこにいるんだ? それも、アヤカ先生と一緒に?」 「説明は後。 とりあえず乗って。フライゴンなら三人くらい乗れるわ。大丈夫ね、フライゴン?」 「ごぉぉんっ!!」 任せとけと言わんばかりに声を張り上げるフライゴンに、満足げな表情のアヤカ。 三人くらいなら何とか乗れるだろう。 トレーナーズスクールは幸いそれほど離れていないから、何とかなるはずだ。 ユキノのボーマンダ相手に一刻の猶予もあるはずがない。 恐らくはスクールの教師陣が総出でボーマンダを鎮めるべく何らかの手を打っているだろうが、それでも果たして間に合うかどうか。 運が悪ければ、辿り着いた時には校舎と宿舎が瓦礫の山と化している、という可能性もある。 「ううん、あの人のボーマンダなら不可能じゃない」 たやすいこととは言わないが、決して不可能なことでもない。 何が何でもそれだけは阻止しなければならない!! アカツキとマイクを強引にフライゴンの背中に押し込んで、アヤカは最後に乗った。 三人がちゃんと乗ったのを確認して、フライゴンが翼を広げて浮かび上がった。 重量にして百数十キロを背負っているフライゴンの背中に乗っているのだが、それほどの揺れは感じなかった。 それだけフライゴンが上手にバランスを取っているということだ。 「スクールに行くわ。全速力でお願い」 フライゴンは返事の代わりに、いきなり全速力で空を翔けた。 「わわわっ!!」 時速百キロ近いスピードを出されたので、アカツキもマイクも悲鳴を上げながらフライゴンの背中に必死にしがみついた。 振り落とされたら大怪我などでは済まないだろう。 そうやって必死でいると、時の流れが速く感じられるらしく、あっという間に見覚えのある建物が見えてきた。 「スクールだ……」 三日間だけ通った、本当の学校だ。 感慨深げに校舎を見つめるアカツキの目にとんでもないものが映った。 遠目ではハエか何かかと見まごうばかりの何かがちょろちょろと校舎の周りを飛び回っている。 「もしかして、あれ?」 「そうよ。ボーマンダ……校長先生の最強のポケモン。 この様子だと、教師たちも止められなかったようね」 呆れたように――しかしどこか期待しているような口調でアヤカが漏らした。 その口元に笑みが浮かんでいることに気づいた者はいまい。 校庭には数十人の人間がいて、それぞれのポケモンに向かって何かを叫んでいる。 その声を受けて、ポケモンたちが上空を飛び回るボーマンダめがけて電気の槍やら炎やらを発射しているのが見て取れる。 しかし、ボーマンダは避けたり技で迎撃したりして、一発も命中しない。 狙いが悪いわけではないのだろうが、ボーマンダのレベルがあまりに高すぎて話になっていないのだ。 「あれがボーマンダなんだ……」 アカツキは片手でフライゴンにしがみつきながら、もう片方の手でポケモン図鑑を取り出すと、ボーマンダにセンサーを向けた。 ピピッと電子音がして図鑑が反応した。 補足した姿を液晶に映し出す。 「ボーマンダ。ドラゴンポケモン。 翼が欲しいと強く思い続けた結果、身体の細胞が突然変異を起こし、見事な翼が生えてきたとされているが、本当のところは不明。 しかし、翼が生えたことで喜びを感じているらしく、大空を飛び回っては炎を吐いている」 「そのまんまじゃないか」 「そうだね」 カリン女史の説明にツッコミを入れるマイク。 どうやら、フライゴンの背中にも少しは慣れてきたらしい。 が、そんな悠長なことは言っていられない。 校庭の上空に来たところで、眼下にいる大人たち――スクールの教師たちが歓喜の眼差しでフライゴンを駆るアヤカを見上げていた。 「アヤカさんが来てくれた!!」 「これでもう安心だわ!!」 口々に期待を口にする彼らだったが、それは彼らにとって成す術がないと証明しているも同じことだった。 もっとも、アヤカは醒めた視線で教師たちを一瞥すると、背後に目をやった。 「わたしはあなたたちの期待に沿うために来たわけじゃないわ。 あの人のポケモンを止めるためと、あとひとつ……」 図鑑とホンモノを見比べているアカツキにチラリと視線をやって―― 「マイク」 「なんですか?」 「空を飛ぶポケモンを攻撃できる技を持っているポケモンは? 持ってる?」 「ええ、持ってますけど……まさか!!」 「そのまさかよ、と言いたいところだけど、そうじゃないのよ。 あんたは下からそのポケモンに指示をしてボーマンダを攻撃させてちょうだい。 いい? 役に立たない教師たちに代わって、あんたがわたしとアカツキ君のサポートをするのよ」 「分かりました!!」 サポートをしろ。 その言葉が何よりもうれしかったのか、マイクはキラキラ瞳を輝かせると、腰のモンスターボールを引っつかんで投げ放つ。 「オオスバメ、俺を下に下ろしてくれ」 「スバーっ!!」 ボールから飛び出してきたオオスバメの足をギュッとつかんで、マイクがフライゴンから飛び降りる!! その瞬間に翼を広げ、オオスバメが羽ばたく!! ゆっくりと、パラシュートでも使っているような速さでマイクが降下を始めた。 それを見届けると、アヤカは傍若無人に飛び回っているボーマンダを睨みつけた。 「まったく……あの人も間が悪いわね。 どうしてこんな置き土産なんか残したんだか……」 「置き土産って?」 「あの人はここ数日、亭主と結婚記念日の旅行に行ってるのよ。 スクールに何かあったらその時は頼みます、なんて手紙まで寄越してるくらいだからね。 まさか、ホントにこんなことがあるだなんて、さすがに予想もしてなかったと思うけど」 「そうなんだ……」 およそポケモンというのはトレーナーの言うことしか聞かない場合が多い。 特に、誇り高いポケモンほどその傾向が強いのだが、ボーマンダは間違いなくその類だ。 図鑑によると、ボーマンダの身長は一メートル五十センチ、体重は百キロとかなりの巨漢。 それが空を飛んでいるのだから、そりゃ誇り高くもなるわけで…… 「がおぉぉぉっ!!」 ライオンのような獰猛な声を上げながら炎を吐くボーマンダ。 止められるモンなら止めてみろと言わんばかりだ。 実際、校庭で成す術なくボーマンダを見上げているだけの教師たちからしてみれば、傍若無人な振る舞いは、そりゃ面白くない。 「さて、痴話はそれくらいにして。本題に入るわよ、アカツキ君」 「はい」 アカツキは図鑑をポケットにしまいこんだ。 マイクがいなくなったことで、フライゴンの背中には多少のスペースができていた。 とはいえ、それほど大雑把に動き回れるほどではない。 あくまでも人ひとりのスペースにしか過ぎないのだ。 「マイクがサポートしてくれるから、君がボーマンダに攻撃しなさい」 「は!?」 耳を疑う言葉がアヤカの口から飛び出してきた。 「ぼくがボーマンダに攻撃するの!? でも、それって……」 思わず言い返してしまったのは、それだけ信じられなかったからだ。 自分などよりも、アヤカの方がトレーナーとしては上だ。 悔しいがそれは事実。 踏まえるならば、アヤカがフライゴンやらノズパスやらでボーマンダに攻撃を仕掛けた方が効果的に決まっている。 なのに…… どうして自分に頼んだのか。 その答えが見えなかった。 そんなアカツキに、アヤカは優しく言葉をかけた。 「今のわたしはフライゴンを操るのが精一杯よ。 いくらなんでも、こんな状態じゃ、二体もポケモンを使うのは無理。 とはいえ、教師連中に任せてたって埒が明かない。 マイクのサポートだけじゃさすがにボーマンダは止められないでしょ。 だから、君に頼むのよ。 この状況で頼りになるのは『君だけ』なんだから」 「……!!」 アカツキはその言葉に衝撃を受けた。 頼りになるのは『君だけ』。 トレーナーとしてのキャリアが長いであろう教師たちを差し置いて、アヤカは自分を信じてくれているのだ。 「本当にぼくなんかでいいの?」 「ダメだったら最初から頼まない。そうでしょ?」 恐る恐るといった感じで問うアカツキにウインクひとつして、アヤカが自信たっぷりに言う。 まるで、自信をつけてやるように。 「君がどれくらい成長したか、確かめるのにいい機会だしね。 使えるポケモンは一体だけと考えて。 空を飛べるポケモンがいれば、オプションとしてつけるのもアリよ」 「うん」 アカツキは迷わずふたつのモンスターボールをつかんだ。 右手につかんだボールを空へ投げ放つ!! 「エアームド、頼んだよ!!」 彼の声に応えるかのように、ボールの口が開いてエアームドが飛び出した!! キェェェェェェッ!! エアームドの声に、ボーマンダがこちらを向いた。 不良を思わせる鋭い目つきに、立派な体躯からにじみ出る、言葉にできない迫力。 ようやっと戦い甲斐のある相手に出会えた……そう言わんばかりに、ボーマンダはこちらを見ている。 「って、本気でシャレになってないよ」 アカツキはいきなりボーマンダの迫力に気圧されていた。 だが、こんなところで尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない。 「アヤカさんがぼくに期待してくれてるんだから、ちゃんと応えなくちゃ!!」 目の前の現実から逃げ出すほど弱い男の子ではなかったのである。 普通の男の子なら、まず逃げ出しているだろうが。 左手に持っているボールを見つめ―― 「ワカシャモ、行くよ!!」 ボールを投げず、ワカシャモに出てくるように指示を下す。 なぜか? ワカシャモは空を飛べないから。 その意志を汲み取って、ワカシャモは余ったひとり分のスペースに飛び出してきた。 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 やはりと言うべきか、飛び出してくるなり街中に響き渡るようなけたたましい声を上げる。 「あわわわっ!!」 聞き慣れているアカツキはともかく、耳元で鼓膜が破れんばかりの声を上げられたアヤカはひとたまりもない。 悲鳴を上げながら両耳を塞ぐ。それでもわずかばかりの隙間を縫って耳に侵入してくる声。 何度も反響して、やっと収まった時にはボーマンダがこちらへ向かって飛んできていた!! 「は、早く攻撃!!」 アヤカが慌てて指示を下す。 今の不意打ち(?)で、フライゴンもそれなりに参っているらしい。 わずかにバランスを崩している。 立て直すまで、ボーマンダを懐に入れてはならないのだ。 万が一入れた日には墜落である。 「ワカシャモ、火炎放射!!」 ボーマンダを指差して、アカツキが指示を下した。 ワカシャモは大きく息を吸い込むと、 「シャモぉぉぉぉぉっ!!」 灼熱の炎を吐き出した!! 「わお……」 アヤカが感嘆のつぶやきを漏らす。 ワカシャモの吐き出した炎は、空気抵抗をまるで無視して、飛来するボーマンダめがけて突き進んでいく!! 「こんなにすごいなんて思わなかったわ」 ワカシャモの――トレーナーとしてのアカツキの成長ぶりに、アヤカは脱帽していた。 さすがはハヅキの弟と思えるだけのことはある。 まあ、ホウエンリーグに出るからにはこれくらいでなければ困る。 ワカシャモの炎を見つめるボーマンダ。 さすがに黙って受けてくれるわけもない。 口を開いて、炎を噴射!! 真正面からふたつの炎がぶつかり合う!! ごぅっ!! 複雑に絡み合った炎は天を突くように激しく燃え上がった!! 空気がかき混ぜられ、炎をより大きくする!! 「炎の技じゃ分が悪いわよ、アカツキ君!! アリゲイツを出した方がいいわ!!」 「……っ!!」 確かにそうだ。 アカツキは奥歯を食いしばりながら、現実を認めた。 ボーマンダは炎を吐けるのだ。それも、ワカシャモと遜色ないほどの威力だ。 本家本元の炎タイプでさえ、炎タイプを持たないボーマンダと互角。 もしボーマンダが炎タイプを持っていたとしたら、今の一撃で確実に押し負けていた。 「ワカシャモ、戻って!! 次はアリゲイツだ!!」 アカツキはワカシャモを戻し、代わりにアリゲイツを出した。 「ゲイツ!!」 飛び出してきたアリゲイツはやる気満々だった。 炎を突っ切って向かってくるボーマンダを睨みつけると、アカツキの指示も受けずに水鉄砲を発射した!! スピードと威力においては他の追随を許さない水鉄砲が、ボーマンダへと突き進んでいく!! びゅんっ!! 矢のような勢いで突き進む水鉄砲を間一髪のところで避けるボーマンダ!! さすがにまともに受けたらまずいと思っていたのだろう、通り過ぎた水鉄砲を振り返る。 「もう一発水鉄砲!! ちゃんと狙いを定めて!!」 アカツキの指示に、アリゲイツが口を大きく開いて息を吸い込む。 アリゲイツの遠距離攻撃に警戒感を抱いてか、ボーマンダは一旦距離を取った。 近すぎると避けられないと判断したのだろう。 アヤカが知っているユキノは、四天王に匹敵するポケモントレーナーなのだ。 トップクラスのトレーナーが駆るポケモンは、トレーナーの指示がなくても自分でちゃんと考えて戦うことがあるという。 今、目の前にいるボーマンダがまさにそれだと思い知らされる。 透き通るような青いボディに、炎のような真紅の翼。 ドラゴンポケモンとしてはトップクラスの実力を有しているのが、立派な体躯から十二分に読み取れる。 「エアームドはボーマンダの気を引きつけて!!」 やっと戦える。 そんな意気込みで、エアームドはボーマンダへ向かって飛んでいった。 アリゲイツの水鉄砲を確実にヒットさせるために、ボーマンダの気を引きつけてもらうのだ。 下手に深追いをすると、火炎放射でノックアウトされかねない。 鋼タイプのエアームドは炎タイプと電気タイプに弱い。 それ以外のタイプの技なら効果が薄いのだが、そのふたつだけはどうにもならない。 「キェェッ!!」 「がおぉぉぉぉぉぉっ!!」 エアームドとボーマンダの距離が急激に縮まっていく!! アリゲイツの水鉄砲は警戒すべきだが、だからといってエアームドを無視するわけにはいかない。 むしろ、接近戦こそがボーマンダの望むところだった。 よく分からない飛び道具よりも、自分の身体を使った攻撃の方が得意なのだ。 「エアームド、エアカッター!!」 アカツキの指示に、エアームドが翼を激しく打ち振った!! 空気がかき混ぜられたことで、二箇所の間に圧力の差が生じ……云々。 かき混ぜられた空気が刃となってボーマンダに襲いかかる!! 空気だけに見えない。 そんな攻撃をボーマンダはまともに受けた!! さすがに見えないと避けようがないらしい。 「へえ、やるじゃないの、君のエアームド」 「ありがと、アヤカさん。でも、安心はできないよ」 「そうね」 誉め言葉を軽く受け流し、アカツキはボーマンダを睨み据えた。 誉められたのはうれしいが、場合が場合である。 素直に喜べないのが哀しいところ。 エアームドのエアカッターを受けながらも、ボーマンダは仰け反っただけだった。 大したダメージは与えられなかったらしい。 だが、チャンスは今だ!! ボーマンダの注意がアリゲイツから逸れている。 今なら水鉄砲を確実に当てられるはず。 「アリゲイツ、発射!!」 ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! タイミングを見計らい、アリゲイツが水鉄砲を発射した!! 一直線にボーマンダ目がけて突き進む水鉄砲!! アカツキの声か、あるいは水鉄砲の発射音か。 どちらにしても、ボーマンダが気づいた。チラリとこちらを見つめ―― 「エアームド、鋼の翼!!」 今度はエアームドへの注意が逸れた!! アリゲイツの水鉄砲とエアームドの鋼の翼。 仮に水鉄砲を避けられたとしても、エアームドが確実に追い討ちをかける。 完璧な作戦だ。 アリゲイツの水鉄砲が、エアームドの鋼の翼が、そしてマイクのトドグラーの冷凍ビームが、一点めがけて突き進んでいく!! ボーマンダは迷うことなく炎を吐き出した!! 狙いは一番近くにいるエアームド!! 「キェッ!?」 いきなり炎を吐かれ、エアームドは成す術なく火炎放射に飲み込まれる!! 「エアームド!!」 至近距離でとても避けられない。 真っ黒に焦げて落ちていくエアームドに向けて、アカツキはモンスターボールから捕獲光線を発射した。 一直線に伸びた光線はエアームドの姿を絡め取ると、モンスターボールに引き戻した。 「ゆっくり休んでて。後はぼくたちがなんとかするから」 労い、ボールを腰に差す。 エアームドを倒したボーマンダは、炎を吐いたまま器用に身体の向きを変えて、下から飛んできた冷凍ビームを撃墜する!! 「なっ!?」 ボーマンダの器用さに、アカツキは動揺を隠し切れなかった。 エアームドを倒したかと思うと、冷凍ビームを撃墜してみせたのだ。 そして残った水鉄砲がボーマンダの腹に見事命中!! 「ぎゃぉぉぉぉうっ!!」 矢のような水鉄砲をまともに受けて、ボーマンダがバランスを崩す!! 「マイク、今よ!!」 アヤカが檄を飛ばす。 マイクのトドグラーならば、ボーマンダの弱点である氷タイプの技を放てる。 「それに、いい判断だったわ、ボーマンダ……」 アヤカは胸中でボーマンダの行動に賞賛を贈った。 場合が場合だけに、言葉にはできなかったが。 「弱点である炎タイプの火炎放射でエアームドを撃破し、身体の向きを変えることで冷凍ビームを撃墜した。 冷凍ビームはまともに食らうと痛いからね……一番効果の薄い水鉄砲を食らうことで軽く凌いだ。 恐ろしいわね。あの人にきっちり仕込まれただけあるわ」 そんなトレーナーのポケモンなのだから、何が何でも倒しておかなければならない。 これ以上暴れられると、彼女の風評にも禍根を残しかねないのだ。 そうなると後々困ったことになる。それは願い下げだった。 「トドグラー、冷凍ビーム!!」 マイクの指示が轟き、トドグラーの冷凍ビームが再び発射された!! ドラゴンポケモンの天敵は氷タイプ。 まともに食らったらかなりのダメージを負うのは必至。 ならば―― 「避けられないようにすれば……」 アカツキがマイクのトドグラーのサポートをすべく、アリゲイツに水鉄砲の指示を打ち出そうとした、その時だった。 ボーマンダが見事なまでの直感でそれを打ち砕いた!! 冷凍ビームから逃れるべく、動いた先は―― 「来るわよアカツキ君!! 迎え撃つの!!」 「アリゲイツ、水鉄砲!!」 こうなれば水鉄砲しかない。 全速力でこちらに向かってくるボーマンダに向けて、指示を下す!! ボーマンダは接近戦を挑んできたのだ!! 「こうなったら……」 アカツキは歯を食いしばり、決意を固めた。 こうなれば、採るべき手段はひとつしかない。 近距離、遠距離を卒なくこなすボーマンダを確実に止めるには、これしかない。 アリゲイツが水鉄砲を撃ち出す!! ボーマンダは―― 「突っ込んでくるわ!!」 アヤカが叫ぶ。 彼女の声音には、余裕などなかった。 フライゴンはアヤカにアカツキ、アリゲイツを乗せている以上、思うように戦うことができない。 せめてフライゴンが参戦できれば、戦いは優位に進むのだろうが…… 今さらないものねだりをしたところで仕方がない。 水鉄砲をものともせずにボーマンダが突っ込んでくる!! ぶしゃぁっ!! 盛大な水しぶきをバックに突っ込んでくるボーマンダから逃れるべく、フライゴンが動く!! だが、お荷物を抱えているからには動きにキレなど期待できるはずもなく、 びゅんっ!! 間一髪のところでボーマンダの突進から身を避わすフライゴン!! 風の唸りと共に、振動が身体を伝わっていく!! 「くぅ……」 呻きながら、必死にフライゴンにしがみつくアヤカ。そうでもしなければ振り落とされそうだ。 「アカツキ君、無事!?」 後ろに乗っている男の子の名を呼び、無事かを確かめる。 だが、返事がない。 「まさか!!」 アヤカは顔を真っ青にした。 驚愕しながら振り返ったが、アカツキの姿はなかった。 アリゲイツは何とか無事だったようだが、何が起きたのか分からずパニックに陥っていた。 トレーナーがいないことに驚いているのだ。 まさか落ちたのか!? アヤカは下を見回してみたが、そこにもアカツキの姿はない。 「じゃあ、どこにいるの!?」 「ぎゃおぉぉぉぉぉぉっ!!」 背後からボーマンダの悲鳴が聞こえた。 思わず振り向くと―― 「えぇっ!?」 さすがにアヤカも驚きを隠しきれなかった。 というのも…… アカツキはボーマンダの首に輪をはめるように両手を回して、辛うじて落下を防いでいたのだ。 「ど、どういうことなのよこれは!!」 アヤカのみならず、マイクや地上の教師たちも悲鳴を上げている。 怪我で済めばいいほどの高さだ。 だが、さすがのボーマンダも人間の男の子が首につかまってくるとは思っていなかったのだろう、うろたえている。 どうすればいいか分からず、ただひたすらに飛び回っている。 アカツキを振り落とすには後ろに向かって飛べばいいのだが、残念ながらそれは不可能である。 前方から風を受けている以上、固く握り合う手が首からすっぽ抜けることはない。 「これしかないって分かってたけど……すごくヤバイかも」 アカツキもアカツキで、こんな方法を採ってしまったことに軽い後悔を覚え始めていた。 ボーマンダの意表を突くにはこれしか考えられなかったのだが…… 「迷ってる場合じゃない。 早くなんとかしないとぼくまでヤバイってば!!」 そうそう長い時間こうしていられるわけもない。 早くボーマンダを止めなければ、地面に激突するのだ!! エアームドが倒されて、飛べるポケモンはチルットだけとなってしまった。 だが、チルットの大きさではアカツキの身体を支えることはできない。 時限爆弾を仕掛けられたも同然。 「ワカシャモ、今だよ!!」 アカツキの言葉に応えて、ワカシャモのボールが開いた!! 飛び出した先は―― 「がぉぉっ!?」 これまたボーマンダは意表を突かれた。 「二度蹴り!!」 ボーマンダの背中に飛び出してきたワカシャモが、その首目がけて鋭い蹴りを放つ!! ボーマンダの攻撃を受けず、それでいて確実に攻撃を当てられる場所。それは背中!! 「なるほど、考えたわね」 子供ながらの柔軟な(?)発想にアヤカは面食らった。 普通ならそんなこと考えたりしないから。 ぶんっ!! ボーマンダは恐怖におののきながら、風の唸りを聞いた。 そして。 ばごんっ!! 「ぎゃぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉすっ!!」 無防備なボーマンダの後頭部にワカシャモの二度蹴りが炸裂した!! まともに食らって大ダメージだ!! 脳天に強い衝撃を受け、ボーマンダは敢え無く気を失ってしまった。 気を失った以上、推進力を失って、ボーマンダは落下を始めた!! 「って、まずいよ〜っ!!」 手を離そうが離すまいが、確実に地面に落ちる!! 数十メートルの高さからまともに叩きつけられたら、良くて骨折。 悪ければ一発でゴー・トゥ・ヘブンだ。 「アカツキ君。手を離して!! ワカシャモもこっちに飛び降りて!!」 アヤカの声に顔を向けてみると、下の方でフライゴンが滞空(ホバリング)しているではないか。 何とかしてアカツキを助けようとしているのだ。 「このまま待ってたって同じ。だったら……えいっ!!」 アカツキは意を決してボーマンダの首から手を離した!! 同時にワカシャモも背中から飛び降りる!! 途中でアカツキの身体を脇に抱え、真下のフライゴンの背中へと一直線に落下する。 「フライゴン、衝撃が来るわよ。備えて!!」 その言葉が終わった瞬間。 どしんっ!! アカツキを抱えたワカシャモがフライゴンの背中に着地した!! 「ごぉぉぉぉぉんっ!!」 凄まじい衝撃に、フライゴンが悲鳴を上げる!! 「フライゴン、しっかり!!」 アヤカが喝を入れるも、衝撃に耐えかねたフライゴンが高度を下げていく!! 途中であっさりボーマンダに追い抜かれるが、このままではフライゴンまで地面に叩きつけられかねない。 「た、助かった……」 「ゲイツ!!」 アカツキが無事だったことに、アリゲイツはホッと胸を撫で下ろした。 だが、フライゴンの背中が手狭になってしまったのは言うまでもない。 「でも、まだ助かってないかも!!」 豪快な音を立てて地面に叩きつけられたボーマンダが目を回したままピクリとも動かなくなった姿を見て、ゾッとした。 「しっかりするったらするの、フライゴン!!」 怒声を上げながらフライゴンの背中を叩くアヤカ。 本人は渇を入れるつもりなのだろうが、ただでさえ痛い時に叩かれると余計に……が、さすがはフライゴン。 ちゃんと彼女の気持ちに応えてみせた。 地面まであと五メートルというところで、踏ん張った。 「はあ、助かった……」 地面はすぐそこ。 手を伸ばせば届きそうに思えて、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。 危うくボーマンダと同じ目に遭うところだった。 フライゴンはゆっくりと降下を始めた。さっきのような『落下』とは大違いだ。 安心感がある。 たったの五メートルなのに、地面に降り立つまでがとにかく長く感じられた。 上空で普段なら絶対体験できないようなことを体験してきたからだろうか。 ボーマンダの首にしがみつくわ、その背中にワカシャモを出して攻撃させるわ…… 普通のポケモンバトルなら禁止事項どころか、絶対にやりたくないことばかり。 「やっと、終わったわね」 「うん」 地面に降り立つと、あふれんばかりの歓声がふたりを包み込んだ。 やっと終わったと本当に実感できた。 暴走列車も、ようやく終着駅に辿り着いたのである。 第55話へと続く……