第55話 級友たちの行方 -Whereabouts- ポケモンセンターのロビーで。 アカツキとアヤカとマイクは同じ長椅子に腰掛けて、それぞれのポケモンの回復が終わるのを待っている間、話に花を咲かせていた。 「しかし、久しぶりだな。まさかこの街に来てるなんて思わなかったけど」 「うん」 マイクは素直にクラスメート(三日間限定)との再会を喜んでいた。 三日間だけでも、親しくしていたから、一、二年同じクラスで過ごしたクラスメートと同じような感覚だ。 「でもさ、マイクは卒業したんじゃないの?」 「そうだな。確かに卒業試験をパスして、見事卒業……したわけだけど。 俺ん家はカナズミシティの外れにあるんだよ。 まあ、それはともかく、俺も旅に出ようと思ってるんだけどな、今はその準備中さ」 「そうなんだ」 アカツキは意外に思った。 寮で暮らしていたから、てっきり他の街から来たとばかり思っていたのだ。 だが、全員が全員そういうわけではない。 スクールは全寮制だから、絶対寮に入らなければならないというだけの話。 アカツキが勘違いするのも無理はなかった。 「そういえば、マイクたちがどこの出身だとかまでは知らなかったな」 出身云々が話にのぼったことはないと記憶している。 あの時は、マイクを始めとするクラスメートたちは卒業を控えていて、そこまでのんびりしていられる状態ではなかった。 話といえばだいたい卒業試験にまつわるものばかり。 ちゃんとした話は、したことがなかった。 これがいい機会だと思った。 「そういうアカツキはどこに住んでたんだ?」 「うん。ミシロタウンだよ」 「そっか、ミシロタウンの出身なのか」 「旅に出たのって、一ヶ月くらい前なんだけどね」 「ふーん……」 マイクは顔の下半分で笑みを浮かべた。 興味深そうな眼差しをアカツキに向けている。 どうやらマイクも彼と同じことを考えているようだった。 「まあ、それはそれでいいことね。わたしは少し休ませてもらおうかな…… ちょっと、あれは心臓に悪かったからね……」 アヤカは笑みを向け合っている男の子ふたりに目をやって、ふっと息を漏らした。 あんな方法でボーマンダの裏をかいたのだ。 あれはアヤカにとってもビックリものだった。 さすがにあんなマネは二度として欲しくないと思っている。 本当に心臓に悪い。 「みんな卒業できたの?」 「ああ。アヤカ先生のおかげだな。 いろいろと弱点とかもばっちり補強してもらえたし…… まあ、それがなくてもクリアはできたけど、本当に満足できたかまでは微妙なところだよ。 そういうわけでみんな先生に感謝してましたよ。 会ったら礼を言っておいてくれって言われたくらいですからね」 「そう、それはうれしいわね。 人の役に立てるんだもの、束の間の教師生活っていうのも悪くなかったわよ。 そうそう、今は教師じゃないんだから、先生なんて呼ばないこと。オッケー?」 さり気に話を振られ、アヤカとしても無視するわけにはいかなかった。 「強引に加えられたような気もしないわけじゃないけど、まあ、いっか」 話さずにいるというのも退屈だと思ったので、水を差してしまうような気がしながらも、話に加わることにした。 「わかりました」 アヤカの気持ちを知ってか知らずか、マイクは苦笑を浮かべて頷いた。 「ところでマイク。アリサはどうしてるの? わたしがやめた後にあいつ、復帰したんでしょ?」 「ええ、卒業式直前になってカムバックしてきました。 でも、卒業試験は終わっちゃいましたから、結局アンタ何のために来たんだって感じですね。 まあ、誰もそんなこと面と向かって言うわけないですけど」 「そりゃそうね」 今さらしゃしゃり出てきたところで何もすることがないのだから、当然だ。 それに、いい気味でもある。 不倶戴天の敵の不幸は、勝利の美酒のようにアヤカの気分を高揚させるのに十分すぎる吉報だったのだ。 「アリサ先生って、確か……」 聞き覚えのある名前にアカツキがつぶやくと、愉快そうに笑みを深め、マイクが言った。 「二十歳なのに毎日トライアスロンしてるおかげで、もれなく年中腰痛に襲われてる先生だよ」 「そうそう。 そんなに身体に負担かけちゃダメだって親切に言ってるのにね、意地張っちゃって」 「あはははは……」 やっぱり。 想像通りの答えに、アカツキは力なく肩を震わせて笑った。 彼がトレーナーズスクールに編入する際、腰痛持ちで休んでいた先生だ。 彼女と入れ替わるようにしてアヤカが編入したクラスの担任を受け持つことになった。 どうしてそんな人のことを覚えていたのかというと…… 「俺たちからすれば似た者同士なんだけどな、どういうわけか仲が悪いらしくて…… いい言い方すればライバルってことになるんだろうが…… いいか、アヤカ先生の前でアリサ先生の名前なんて出すなよ。 暴れられたら俺たちじゃ手に負えない」 と、当時クラスメートのひとりだったユウスケの言葉がどういうわけか胸に残っているからだった。 「そういえば、ユウスケはどうしてるのかな?」 スクールに在籍していた三日間で、一番親しかったクラスメートのことを不意に思い出し、マイクに訊ねた。 そばかすが目立ち始めた年上の少年もマイクと同じようにスクールを卒業し、今頃はどこで何をしていることか。 一番親しかっただけに、彼がどこで何をしているのか気になってくる。 もしかしたら、マイクは彼の行方を知っているかもしれない。 「ユウスケか……」 マイクは遠い目で窓の外を見つめて、少し経ってから話し出した。 「あいつは実家のあるトウカシティに戻ったよ」 「トウカシティ!?」 アカツキは驚いた。 ユウスケの実家がトウカシティだということもあるが、何よりも、今現在の目的地だったというところが大きい。 もしかしたら、トウカシティで会えるかもしれない。 アカツキは期待に胸を弾ませた。 「あいつの夢はさ、ジムリーダーになることなんだとさ」 「ジムリーダーに?」 「ああ」 意外な一言を突きつけられ、アカツキは絶句した。 ジムリーダーになるという夢をユウスケが持っていたとは。 驚きは確かにあったが、ユウスケらしいという気持ちも同時に抱いた。 年上の少年は強い意志を瞳に湛えていた。 だったら、それくらい夢見るだろう。何ら不思議ではない。 妙にすんなり納得できる。 「ま、ジムリーダーってのはなろうと思って簡単になれるようなモンじゃないからこそ、目指すのかもしれないけどな。 ジムリーダーになるための方法ってのは知ってるか?」 「ううん」 アカツキは首を横に振った。 ジムリーダーが世襲制でないことくらいは知っている。 サイユウシティのポケモンリーグ・ホウエン支部にて行われるジムリーダー試験に合格しなければならない。 もっとも、試験はジムリーダーに欠員が出た場合のみ行われるので、心の準備というのは不可能に近い。 合格者が出ない場合もあるので、ハードルが高いというのは容易に想像できる。 トウカジムのジムリーダー・センリもこの試験をパスして、ジムリーダーになったのだ。 アカツキは試験とか、そういうのは知らないが、簡単になれるものでないことくらいは分かっていた。 「ジムリーダーに欠員が出た時に、ホウエンリーグ主催の試験が行われるんだよ。 それに合格すりゃ晴れてジムリーダーになれる。 バトルの実力とトレーナーとしての器が試されるわけだな。 実際問題、合格するのはかなり難しいらしい」 「そうなんだ……」 「とりあえずのところはそれが唯一の方法だな。 まあ、当然近道ってのもあるんだよ。試験は避けて通れないけどさ」 「近道?」 「そうね。確かにあるわね。 まあ、そこでどんな風に育つのかは本人次第だけどね」 オウム返しに聞き返したアカツキに、アヤカは半眼で、顔の下半分だけ笑いながら言った。 「ジムリーダーに弟子入りするのよ。 まあ、平たく言えばジムに入門するってことね。 ジムトレーナーになって、ジム戦以外の時間、ジムリーダーに特訓してもらう……そういうことなのよ」 「す、すごいことじゃないの、それ!?」 「そりゃそうだ」 マイクは苦笑しながら続けた。 どうやらアカツキはそういう制度があることを知らなかったらしい。 「ジムリーダーに鍛えてもらえるんだぜ。 そういう機会ってのは滅多にあるモンじゃない。 まあ、ジムリーダーと一口に言ってもな、暇な人とそうじゃない人ってのがいるんだよ。 アヤカさんやフエンジムのアスナさんとかは結構暇な方だな」 「否定はしないわ」 「恐縮です…… ……で、反対に忙しいのがエンターテイナーでもあるルネジムのミクリさんだな。 アヤカさんのように弟子を取らない人もいるし、ムロジムのトウキさんのように弟子を何人か抱えている人もいるんだ。 人それぞれって、まさにこのためにある言葉だよな」 ジムリーダーが弟子を取る。 そんなことがあるなど、知らなかった。 ジムリーダーというと多忙というイメージがあったからだ。 だが、それは先入観でしかなかったらしい。 「トウカジムっていったら、ジムリーダーはセンリさん……」 「もしかすると、あいつはセンリさんに弟子入りしたのかもしれないな。 夢に近道があるんだったら絶対そこを通るんだって、あいつは口癖のように言ってた」 「そっか……」 どちらにしても…… トウカシティに行った時に会えるかもしれない。 もしユウスケがセンリに弟子入りしていれば、ジムを訪れた時に会えるだろう。 それに…… 「ユウスケとはバトルの決着ついてないからな……そのまま終わらせるのも困るし」 白黒ハッキリさせておきたい。 スクールの初日に、ユウスケとバトルをしたのだが、その時は時間切れということで勝ち負けはつかなかった。 要するに引き分けなのだが、それで満足するようなふたりではない。 いつかどこかで決着をつけたいと思っていたのだ。 「ところでさ、あれからおまえは何してきたんだ? ツツジさんに勝ったってのは聞いたよ。 あの時はクラス中が蜂の巣突いた状態になったな。 特にユウスケは驚いてたぞ。 スクールじゃ、校長先生以外ツツジさんに勝てる人はいないと言われてたからな。 それをおまえがやってのけたんだ」 「もう少しで負けるところだったよ。結構危なかった」 「そうね。紙一重の勝利ってやつね」 アカツキが頬を赤らめながら言うと、アヤカは白い歯を見せて笑った。 ツツジとの、ストーンバッジを賭けたジム戦。 あの戦いはアカツキの胸の中に焼きついている。 一度負け、リベンジを果たした唯一の戦いだったからだ。 一度負けたからこそ、不死鳥のように蘇れたのではないかと、今でもそう思うから。 「ぼく、ホウエンリーグに出るつもりなんだ。今、ジムを回ってるんだ」 「へえ、なかなかいいじゃんか。 今バッジはいくつ集まったんだ?」 「四つ。これからトウカジムに挑戦しに行こうって思ってるんだ。 センリさんはぼくの友達のお父さんで、バッジを四つ集めたら勝負してくれるって言ってたから……行ってみようかなって」 「そうなのか……まあ、頑張れよ。 ホウエンリーグは予選でも結構激戦が繰り広げられるからな。 相当頑張っていかないと、あっさり負けちまうぞ?」 「もちろんだよ!!」 からかい半分のマイクの言葉に、アカツキは胸を張って大きく頷いた。 負けるつもりなどない。 そう、相手がたとえハヅキであったとしてもだ。 バトルが終わるその瞬間までは負けるつもりなど……ない。 負けるつもりでバトルをしたところで、勝つことなどできはしないのだから。 自分を信じること。それが始まりだ。 「さて……」 カウンターに目をやって、マイクが席を立った。 「どうしたの?」 「そろそろ回復が終わったようですよ」 カウンターに親指を向ける。 アカツキとアヤカはほぼ同じタイミングでそちらに目をやった。 回復を促進する機械から、ジョーイが専用カゴに入ったボールを取り出して、カウンターに置いた。 「それじゃあ、俺はこれでお暇します。 アカツキ、頑張れよ。応援してるからな」 「うん。マイクも頑張ってね」 笑みを残し、マイクはカウンターへと歩いていった。 モンスターボールを受け取ってジョーイに礼を言うと、足早にポケモンセンターを出て行った。 「そんなに気を遣わなくてもよかったのにね」 苦笑混じりにアヤカが漏らす。 「そうなの?」 「そうなの。ちったぁ気付きなさいよね」 アカツキはまるで知らない顔だった。 回復が終わったからポケモンを連れて戻っていった。それだけのことかと思っていた。 だが、実際はそうではなかったのである。 アカツキが鈍感すぎて気付けなかっただけだ。 「マイクが立ち去ったのは…… ううん、止めにしておくわ。わたしが言ったって、仕方ないしね……」 「え、どうして教えてくれないの?」 「教えない方がいいことだって、世の中にはあるのよ。 それだけの話。 君がいつか気付く時が来たら……そうね、その時は君と全力でポケモンバトルしてあげる。 それくらい、時間がかかるってことよ」 おどける少女のように、笑みを深めるアヤカ。 答えを示してくれない彼女に、アカツキは不機嫌そうに頬を膨らませた。 教えてくれたっていいじゃないか…… 何が変わるわけでもなし。 だが、何も変わらないからこそ彼女は何も教えなかったのだ。 アカツキは十一歳の男の子。それ状に大人でなく、子供でもない。ただそれだけ。 「背伸びなんてしないでね……」 アヤカは笑みを浮かべたまま、アカツキの頬を優しく撫でた。 「……?」 「ありのままの君でいればいいのよ。 無理に背伸びなんてしなくていいの。君は君なんだから」 どうしてそんなことを言われているのか、まるで分からなかった。 ただひとつ言えるのは…… 「アヤカさんはぼくのこと思って……」 彼女の優しさが、言葉で耳から、手で頬から全身に伝わっていく。 マイクはそんな雰囲気を察して、一足先に家に帰ったのだ。 アカツキがそれに気付けなかったのは当然のことと言えるだろう。 「ありがとう、アヤカさん」 素直な気持ちが言葉に出た。 アカツキは頬に触れたままの彼女の手を優しく退けた。 退けること自体が優しくないかもしれないが、アヤカは何も言わなかった。 「ぼくも、もう行くよ。 モタモタしてたら『黒いリザードン』が誰かにゲットされちゃうかもしれないし……」 「そうね。 君には君の夢があるんだもの。のんびりなんてしてられないわよね」 立ち上がったアカツキの顔を、アヤカはじっと見つめていた。 得意げに笑みを浮かべて、キラキラ輝いた目をどこかに……恐らくは夢に向けている彼の顔は、今まで見たどの顔よりも凛々しく見えた。 「わたしも歳を取ったってことなのかな。あはは、あんまり認めたくなんてないんだけども」 どういうわけかそんなことを思った。 感慨に耽るなんて、自分らしくもない。 「それじゃあ、アヤカさん。 ホウエンリーグ、観に来てね。ぼく、頑張るから」 「期待してるわよ」 アヤカは笑みを崩すことなく男の子を見送った。 ジョーイから回復を終えたポケモンを受け取ると、一度もアヤカの方を見ることなく、真っすぐに前だけを見据えていた。 第56話へと続く……