第58話 可もなく不可もなく -Be indifferent- フィールドの向こう側には、いつになく真剣な表情のセンリが立っている。 これがジムリーダーとしての表情だ…… 彼の放つ凄まじい気迫に気圧されそうになりながらも、アカツキは爪が食い込むほどにキツク拳を握りしめた。 と、不意にセンリの口元に笑みが浮かんだ。 鋭い眼光を放っていながらも笑みなど浮かべているのは、この時を待ち侘びたと言わんばかりだった。 「センリさん、ぼくがここに来るのをちゃんと待っててくれたんだ……」 新米トレーナーがどれほど成長して自分に挑戦しに来るのか。 彼の性分なら、それを極上の美酒のように楽しみにしていたとしても不思議ではない。 「なら、ぼくの力、全部出し切って戦わなくちゃ勝てない!!」 四つのバッジを集めるように言ったのは、実力に差がありすぎるから。 今だから、そんな考え方もできる。 「さて……これより、トウカジムのバランスバッジを賭けて、ジム戦を執り行う」 厳粛な雰囲気漂う口調で、センリが告げる。 ごくり。 アカツキは唾を飲み下し、次の言葉を待った。 この時点で、もうジム戦は始まっているのである。 俗に言う心理戦。 本当のバトルが始まるまでにどれくらい気勢を削がれるか……それが勝敗に直結していると言っても過言ではあるまい。 「お互い、三体のポケモンを使用することとし、どちらかのポケモンがすべて戦闘不能になった時点で勝敗が決するものとしよう。 私はポケモンチェンジを行わないが、君は何度でも許される。 さて、質問はあるかね?」 アカツキは返事の代わりに、センリを見つめたまま首を横に振った。 「そうか……」 ふっと息を漏らし、腰のモンスターボールを手に取るセンリ。 「では、始めよう。 どのジムにでも専門のタイプがあるのは分かっているだろう。 このトウカジムが扱うのはノーマルタイプだ。 行くぞ、ヤルキモノ!!」 朗々と宣言し、モンスターボールを投げる!! フィールド内でワンバウンドしたボールが口を開き、ヤルキモノという名のポケモンを放出した!! アカツキの肩よりも少し背の低いポケモンで、全身白い毛で覆われている。 ヤルキモノという名前どおり『やる気』がにじみ出ているような顔立ちだ。 額には赤い水滴を思わせる出っ張りが見受けられるが、それは直接バトルに関係ないものだろう。 後ろ足で立ち、左前脚を振り上げているのは威嚇にも見えてくる。 それぞれの脚にはかなり鋭いと思われる二本の大きな爪が光る。 「手ごわいかも……」 アカツキはかつてないほどに心臓の高鳴りを感じていた。 こんなに緊張したのは初めてだ。 センリのポケモンはノーマルタイプ。 およそノーマルタイプのポケモンは他のタイプを併せ持つことが少ない。 攻撃面でのバリエーションだけで言えば、ノーマルタイプほど多いものはないだろう。 その上、弱点となるタイプが格闘タイプだけという、防御面でも不安は少ない。 有利となるタイプがない代わりに、不利になるタイプも少ない。 可もなく不可もなく、という言葉はノーマルタイプのためにあると言わんばかりだ。 「格闘タイプっていうのなら、ワカシャモを出すのが一番なんだろうけど……」 攻撃面で有利な格闘タイプなら、少しは有利にバトルを進められるのは間違いない。 だが、格闘タイプはノーマルタイプに対する切り札だけに、できれば後々まで手札にとっておきたい。 序盤、場に出すにはまだ早すぎる。 幸いポケモンチェンジは自由なので、ここぞとばかりにタイミングを狙って出すのが一番という結論に行き着いた。 「よし、ここは……」 アカツキはボールを手に取った。 「さあ、どんなポケモンを見せてくれるのかな?」 センリの口元に浮かぶ笑みをそう解釈した。 そのリクエストに応えるわけではないが、これ以上待たせるのは興ざめというものだろう。 「行くよエアームド、力を貸して!!」 「エアームド……妥当だな」 アカツキはモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 放物線を描いて入り込んだボールは、最高点にて口を開き、エアームドを放出!! 羽ばたくその姿を見つめ、センリが眉を微動する。 「エアームドは鋼タイプ。防御面から見れば完璧か……なるほど、考えたな」 攻撃力も低くはない。 となれば、妥当な選択をしたと言える。フィールドの向こう側で真剣な表情を湛えている男の子は。 「ジャッジは君が務めてくれたまえ」 「分かりました」 先ほどポケモンの回復を行う装置を運んできた少女が、いつの間にやら旗を手にしてジャッジを務めることになった。 「ヤルキモノ対エアームド、バトルスタート!!」 初めてジャッジを務めるとは思えないほど、彼女の口調は凛としたものだった。 それに後押しされるように、やる気の炎が激しく燃え上がる。 「エアームド、スピードスター!!」 先手を取ったのはアカツキだった。 空を飛んだまま、エアームドが口を開いて星型の光線を無数に発射する!! 回転しながら一直線にヤルキモノへと突き進む星型の光線を見つめ、センリがポツリとつぶやく。 「ヤルキモノ、カウンターで返してやれ」 「カウンター……!?」 アカツキははっとした。 バトルの序盤でこのように驚きの表情を見せるのはいけないと分かっていたのだが…… まさか、そういった手段で『攻撃』してくるとは思っていなかったのだ。 感受性に優れていて、表情を取り繕うのが苦手な年頃となればなおさら。 ヤルキモノの身体が赤い光に包まれて―― ばしばしばしっ!! スピードスターが次々とヤルキモノに命中する!! そこそこのダメージは与えられたらしく、きつく目を閉じている。 だが、問題はそこからだった。 ヤルキモノの身体を包んでいた赤い光が槍のように尖って、ものすごいスピードでエアームドを貫いた!! 「キェェッ!!」 ヤルキモノに与えたダメージの倍を返され、たまらずバランスを崩し、地面に墜落しかけるエアームド!! 「戻って!!」 地面に叩きつけられれば、鋼タイプのエアームドでもかなりのダメージになるだろう。 それを見越して、アカツキはモンスターボールにエアームドを戻した。 戦闘不能に陥ってさえいなければ、ポケモンチェンジを行っても大丈夫なのだ。 ただし、エアームドがこのバトルで使える一体とされるので、残り二体しか選べないというリスクを負うことになる。 それでも、戦闘不能にならないだけマシというものだ。 「でも、残り二体か……誰を選べば……?」 アカツキが迷っているのが分かっているらしく、センリは目を閉じて、彼が次のポケモンを出す時を粛々と待っていた。 目を閉じることで神経が研ぎ澄まされ、物事がよく見えてくるという意味合いも兼ねているようだが。 「まさかカウンターを覚えているなんて……」 頬を一筋の汗が流れ落ちているのを手の甲で拭い、焦りを噛み殺す。 盲点だった。 ……それだけは認めよう。 センリのポケモンはノーマルタイプ。 弱点は格闘タイプだけ。 格闘タイプは言うに及ばず物理攻撃に属する。 センリは万が一弱点の格闘タイプで攻撃された時の保険として、ヤルキモノにカウンターを覚えさせていたのだ。 一撃で倒されさえしなければ、カウンターを発動して受けたダメージを倍にして返す。 ギリギリ耐えられたらその倍のダメージを返されて、攻撃側のポケモンが戦闘不能になる。 そういう恐ろしい筋書きを用意していたのだ。 「これじゃあ、迂闊にワカシャモなんて出せないよ。 格闘タイプで万が一倒せなかったら……弱点を突けなくなっちゃう」 つまるところ、これこそが心理戦なのだ。 ワカシャモの二度蹴りやスカイアッパーの威力を信じ、カウンターを恐れずワカシャモを出すか。 あるいは、アリゲイツかカエデで無難に特殊攻撃を仕掛けるか。 どちらかというと、後者を選んだ方が懸命というものだが…… カウンターを封じる策はいくつかあるが、今のアカツキにとってはどれもが正確さを欠いているような状況だ。 一番の対策は、カウンターを使えないように一撃でノックアウトすることである。 だが、エアームドのスピードスターを受けてもヤルキモノはそれほどのダメージを受けていない。 どれくらいの体力が残っているのか分からない以上、迂闊に物理攻撃は仕掛けられないというのが本音だ。 「ぼくは試されてる……どっちを選ぶか……」 センリは待っている。 アカツキがどちらを選ぶのか。 弱点を突いてくるか、無難な線で行くか。 「なら……」 アカツキは次のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 「ん?」 いつになく真剣な表情を見せるアカツキに視線をやって、ユウスケが眉を上下させた。 というのも、彼が持っているボールには『☆』のマークがついていたからだ。 「行くよ、カエデ!!」 アカツキがボールをフィールドに投げ入れる!! 口が開いてカエデが飛び出してきた。 「バクフーンっ!!」 「む、バクフーン……!?」 ヤルキモノよりも数段大きいカエデを見つめるセンリの表情には翳りが見えていた。 最終進化形であるバクフーン。 それも、以前見たことのあるバクフーンよりも体格的に優れているように思える。 トレーナーになって一ヶ月足らずのアカツキがゲットできるようなポケモンではない。 「トレードか……よほどいいポケモンとトレードしたのだろう」 センリはそう判断した。 どちらにしても、バクフーンではカウンターを使うこともあるまい。 ポケモンチェンジができない以上、ヤルキモノでできうる限りダメージを与えておくしかない。 「バクフーンか……ゲットしてたなんて驚いた」 ポツリ漏らした声が掠れ、ユウスケは喉がカラカラに渇いているのに気づいた。 先ほどのバトルで結構叫んだからだろうと思いながら、フィールドに立ったカエデの姿を見つめる。 凛々しいポケモンだ。 闘志を燃やした瞳と、背中から激しく燃え上がる紅蓮の炎。 こんなポケモンをゲットしていたとは、さすがに一筋縄では行かない相手。 ユウスケが大したものだと思っていると、バトルが再開された。 「ヤルキモノ対バクフーン。バトルスタート!!」 「ヤルキモノ、ブレイククロー!!」 カエデのことを油断できない相手だと理解したのだろう、先手を取ったのはセンリだった。 指示を受けて、ギラギラ光る爪を振り上げながら駆け出すヤルキモノ!! 「カエデ、火炎放射!!」 「避けろ!!」 アカツキの指示に、カエデが口から凄まじい炎を噴き出した!! まるで炎の波が押し寄せてくるようだ。 「なんという威力だ……」 センリは唇を噛みしめた。 新米トレーナーがゲットできないポケモンらしく、火炎放射の威力は認めざるを得なかった。 こんなのをまともに食らったら、ヤルキモノなら一撃で倒されるだろう。 ジムリーダーの意地に賭けて、それだけは避けたい。 『切り札』を出す時が訪れるまでに、アカツキのポケモンに少しでもダメージを与えておけば、その分だけ有利に進められるはず。 ギョッとしながら、ヤルキモノが跳躍する!! 足下スレスレのところを、炎の波が舐めていく!! 炎を避けられながらも、アカツキもカエデもまるで動じなかった。 そうされるのを読んでいたからだ。 いや、むしろ誘い出してみた。 目標を見失った炎は急激に小さくなり、周囲の空気を灼熱させて消えた。 大きく跳躍したヤルキモノが、いつの間にやら蒼い光を宿した爪を振りかざしながらカエデに襲い掛かる!! 「バクフーン!?」 見えざる気迫をみなぎらせるヤルキモノを見つめ、一瞬ビクッと震えるカエデ。 だが、さすがは女の子(どういう意味だ?)、今の時代怯えているだけではない。 「バクフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!」 ――あたしに近寄るな、ぶ男ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! そう言わんばかりに耳を劈く大声で叫ぶと、口から赤々と燃える炎を噴き出した!! 「ゲォッ!?」 ヤルキモノは驚愕に目を見開いた。 女の子と思って油断していたら、この様だ。 気づいた時には遅かった。 ぼぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 先ほどとは段違いの威力を持った炎をまともに受け、ヤルキモノは黒コゲになって地面にぽてりと落ちた。 「ヤルキモノ……戻れ」 戦闘不能になったのを悟り、センリは顔色一つ変えることなくヤルキモノをモンスターボールに戻した。 「ヤルキモノ、戦闘不能!!」 「よし、まずは一体だ!!」 ヤルキモノの戦闘不能宣言に、アカツキが小さくガッツポーズをとった。 センリには二体のポケモンが残っているが、先制点を挙げられたのは大きな進歩だ。 少しはセンリの鼻っ柱をへし折ることができただろう。 まあ、少しは成長したことを彼だけでなくこの場にいるジムトレーナーの全員に強烈に印象付けられたはず。 「なるほど、どうやら私は君のことを見くびっていたようだ」 ため息混じりに、ヤルキモノのモンスターボールを腰に戻しながら独白めいたようにつぶやくセンリ。 正直な気持ちを代弁していると思われる。 「正直、ここまでやるとは思っていなかったよ。 四つのバッジをゲットしたとはいえ、新米トレーナーであることに違いはないからね。 が、私の予想を君は遥かに超えていた。 だから、私もそれなりにやらせてもらうことにしよう。 では続いて二体目……行くぞ、マッスグマ!!」 「マッスグマ?」 疑問を余所に、センリがボールを投げる!! フィールドに投げ入れられたモンスターボールの口が開き、中から閃光と共に見覚えのある姿が飛び出してきた。 「ぐぐぐぅっ!!」 しなやかで細長い身体。 「マッスグマ……」 アカツキはマッスグマというポケモンに特別な思い入れがあった。 バトルの最中だというのに、どうしてだろう。そっちに気が行ってしまう。 「マッスグマ、今頃どうしているのかな?」 自分の力で初めてゲットしたポケモンが、マッスグマだった。 もっとも、その時は進化する前だったから、ジグザグマだったのだが。 結局、同一の個体である以上は同じとも言える。 セイジとのトレードによって、カエデを仲間として迎え入れた代わりに、彼のもとへとマッスグマを送り出したのだ。 もちろん、今でも踏ん切りがついているわけではない。 時々思い出すことはあるが、やはり同じ種類のポケモンを目の当たりにすると、強烈に脳裏をよぎっていく。 今頃はセイジとどこを旅して、どんな景色を見ているのだろう? 「きっと元気にしてるさ」 陽気で自分を励ましてくれたマッスグマ。 だから、きっと大丈夫。 セイジはポケモンをぞんざいに扱うような人間ではない。 「マッスグマ対バクフーン、バトルスタート!!」 アカツキがマッスグマに何かを感じているのなどお構いなしに、バトルの再開が告げられる!! 「マッスグマ、水の波動!!」 「……!?」 先制攻撃はセンリだった。 意外な技の名前を耳にして驚き、反応が遅れてしまった。 「カエデ、火炎放射!!」 マッスグマとカエデが口を開くのは同時だった。 だが、口から出したものはまるで違った。 ぶるるるるるっ!! 電話のベルを思わせるような音を立てながら、マッスグマは口から螺旋状に回転した水の帯を発射した!! どうやって回転しているのかは分からないが、そんなことを論議しているヒマなどあるはずがない。 「マッスグマが水タイプの技を使ってる!? ウソっ!!」 アカツキは驚愕に表情を引きつらせた。 その間にカエデが炎を噴き出した!! 炎と水の帯は真っ向からぶつかり合い、派手な音を立てて相殺される!! 「ウソ……マッスグマが水タイプの技なんて……」 信じられないというのが本音だった。 マッスグマはノーマルタイプのはずだ。 なのに、どうして水タイプの技など使うのか。 ジムリーダーのポケモンなんだから一筋縄で行くような相手ではないと言われればミもフタもないのだが…… いや、今は驚いている場合などではない。 「カエデ、電光石火!!」 「マッスグマ、冷凍ビーム!!」 さらに信じられないような技まで出してきた。 カエデが前傾姿勢を取って、矢のような勢いで駆け出した瞬間。 マッスグマは肩幅(脚幅?)を広げて、踏ん張るような格好で口から水色の光線を発射した!! 見まごうことなく冷凍ビームだ!! 「そんな、水タイプだけじゃなくて、氷タイプまで……」 信じられないに決まっている。 アカツキのマッスグマはノーマルタイプの技を主体として覚えていたからだ。 センリのように、他のタイプの技まで組み込むほどの時間はなかった。 マッスグマの冷凍ビームを間一髪避わして、さらに肉薄するカエデ!! どうにも表情が引きつっているのは、いきなりのことにビックリしたからだろう。 「バクフゥゥゥゥゥンッ!!」 凄まじい勢いで、飛来する岩のようにマッスグマへと向かい―― 「今だ、水の波動!!」 ぶしゅぅぅぅぅっ!! 「ギャウッ!!」 至近距離から弱点の水タイプの攻撃を受け、たじろぐカエデ!! 「カエデ、火炎放射!!」 アカツキは少しばかり焦りながらも、ちゃんと指示を下した。 至近距離なら、火炎放射を避けられるはずがない。そう踏んでいたのだが…… 「ギャフーンッ!!」 カエデは炎を吐くどころか、その場で地団太を踏み出してしまったのだ!! 「え、カエデ!?」 一体何が起こったのか分からなかった。 カエデが自分の指示に従わないなど、通常ならありえないことだ。 なら、通常でない事態が起きているとしか思えない。 「混乱してる!?」 「水の波動は超音波を同時に送り、敵を混乱させる効果がある技だよ。 まだまだ勉強が足りないね。 ではマッスグマ、頭突き!!」 諭すように言うと、マッスグマが混乱でがら空きになっているカエデの腹に頭突きをお見舞いした!! 「ギャフーン!!」 これはクリーンヒット!! カエデは吹き飛ばされてしまった!! 「カエデ、戻って!!」 今の一撃で戦闘不能になるとは思えないが、アカツキは一応カエデをモンスターボールに戻しておいた。 「まさか、水タイプの技を使ってくるなんて…… 氷タイプの技も……やっぱりセンリさんはすごいよ。 でも、ここで負けてなんかいられない。 ぼくはホウエンリーグに出るんだから」 カエデを戻して、次に出すのは―― 「エアームドは一体としてカウントされてるし、できればあと一体は格闘タイプのワカシャモで決めたいから……ここは……」 こうするしかない。 相手が水タイプの技を使ってくるのなら、選択肢はこれひとつ。 「エアームド、出番だよ!!」 アカツキはエアームドを再びフィールドに送り込んだ!! 「なるほど、エアームドか……」 センリは妥当な判断だと思い、腕を組んだ。 マッスグマの『水の波動』を警戒して、弱点に当てはまらないポケモンを選んだのが分かる。 とりあえずのところ、それは賢明な措置と言えよう。 「マッスグマ対エアームド、バトルスタート!!」 「エアームド、スピードスター!!」 先手はアカツキ。 エアームドは羽ばたきながら、口から星型の光線を発射した!! 無数のきらめきがマッスグマへと向かう!! 「マッスグマ、10万ボルト!!」 「うわウソっ!!」 さすがにこれは、アカツキも悲鳴を上げてしまった。 水タイプ、氷タイプに続いて、今度は電気タイプの大技だ!! ばしばしばしっ!! スピードスターが次々に炸裂する中、マッスグマは身体を震わせて電気の槍を発射した!! 「エアームド、掻い潜って鋼の翼!!」 エアームドは口を閉じ、マッスグマめがけて空を翔けた!! バリバリバリと空気を灼きながら突き進んでくる電気の槍を紙一重のところで避け、マッスグマに迫る!! ぎゅいーんっ!! エアームドの硬い翼が淡い光を帯びる。 翼を広げて、攻撃範囲を最大まで拡大する!! 「ぐぐぅ!?」 電気の槍を避けられるとは思っていなかったようで、マッスグマはたじろいだ。一瞬だけ隙ができて―― その一瞬で十分だった。 がすっ!! エアームドの鋼の翼がマッスグマに炸裂した!! 「ぐぐっ!?」 ころころと毬のように転がるマッスグマ!! 「よし、効いてる!!」 アカツキはギュッと拳を握った。 鋼タイプの技は全般的に威力が高い。 それゆえ、防御力の高いポケモンでなければ、かなりのダメージを受けることになるだろう。 無論、マッスグマは防御力の高いポケモンなどではない。 「ほう……さすがはエアームド。 ならば……これならどうかな?」 センリは慌てなかった。 マッスグマは確かにダメージを受けたが、さすがにこの程度でやられはしない。 やっと止まって、ゆっくり立ち上がったマッスグマが、エアームドを睨みつける。 蒼い瞳が真剣な雰囲気を帯びても、実際それほど脅威とは感じない。 愛くるしい姿が強調されるだけ。 だが…… 「油断できない。 10万ボルトなんて食らったら、いくらなんでも耐えられないよね……」 エアームドはヤルキモノのカウンターを受けているのだ。 そこに弱点の技が重なったらどうなるか分からない。 慎重にバトルを運んでいかなければならない。 「エアームド、スピードスター!! 距離を開けて戦うんだ!!」 距離を縮めては10万ボルトの餌食だ。 となれば、離れたところからスピードスターを連発して攻撃するしかない。 エアームドは俊敏な動きで距離を開けると、再びスピードスターで攻撃を始めた!! 「10万ボルトを食らわないように距離を開けたつもりだろうが、私はそんなに甘くはないぞ」 口の端に笑みを浮かべるセンリ。 「……一体何を……?」 「電撃波!!」 「なっ!?」 本気で信じらんない。 マッスグマが身体を震わせる。 すると―― スピードスターの一発目が炸裂するより一瞬早く、エアームドの身体を電光が貫いた!! 「キエェッ!!」 弱点の電気タイプの技を食らい、バランスを崩して墜落するエアームド!! 「エアームド、頑張って!!」 「ぐぐぅっ!!」 エアームドのスピードスターがここに来てようやくマッスグマを直撃した!! 「電撃波まで…… そんな……だって、電撃波はテッセンさんが長年かけて生み出した奥義だって……まさか」 「そのまさかだよ。 テッセンさんに教えを乞うていた頃もあったからね。 その時にちょっと見たんだよ。見よう見まねだったけど、成功はしたらしい」 アカツキの心中を察し、白々しい口調で言うセンリ。 「エアームド、大丈夫!?」 「キェッ!!」 電撃波一発では戦闘不能にまで至らなかったらしい。 どこかたどたどしいながらも、エアームドは立ち上がり、翼を広げ―― 「これで終わらせる、雷!!」 「うげっ!!」 電気タイプのオンパレード。 10万ボルトに電撃波に雷…… センリはマッスグマに、あらゆるタイプのポケモンと戦えるようにと、様々な技を教え込んでいたのだ。 可もなく不可もなく、というタイプの特性を逆手に取った戦略と言えよう。 「エアームド、避けて!!」 バジバジバジバジッ!! 大音響と共にマッスグマの身体から無数の電撃が発射された!! 確実に仕留めるための策だろう、電撃は扇のように拡がりながらエアームドへと迫ってきた!! 「避けられない!!」 攻撃に打って出ても間に合わない。 どちらにすべきか迷っている間に、電撃がエアームドを絡め取った!! 「ああ、エアームド!!」 次々と電撃に撃たれ、プスプスと煙を上げながら地面に落ちるエアームド。 審判がエアームドの表情を窺って―― 「エアームド、戦闘不能!!」 「……戻って!!」 宣言が終わる前に、アカツキはエアームドをモンスターボールに戻した。 電撃波に雷……さすがにこれだけ食らっては、いくらエアームドでも耐え切れなかったのだ。 「ゆっくり休んでて。あとはぼくたちが頑張るからね」 眼前にエアームドのボールを持ってきて、ポツリつぶやく。 「……さて、次はどんなポケモンを出してくれる?」 向けられたセンリの視線がそう物語っている。 「カエデか、ワカシャモか……アリゲイツとチルットは出せない……」 アカツキの手持ちのどのポケモンを出そうと弱点を突かれてしまう。 カエデとワカシャモには『水の波動』。 アリゲイツには『10万ボルト』。 チルットには『冷凍ビーム』。 あらゆるタイプを相手に想定していることが読み取れる、嫌な技の布陣だ。 「なら……」 どのポケモンを出そうと弱点を突かれてしまうなら、こちらも相手の弱点を突けるようなポケモンを出せばいい。 考えればすぐに答えは導かれた。 「ワカシャモ、行くよ!!」 アカツキはワカシャモのモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! ぼんっ!! ボールはワンバウンドして、口を開いた!! 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 フィールドに出てくるなり、大音響の鳴き声を上げるワカシャモ!! 『あわわわわ……』 壁、天井、床……あらゆる場所から反響して、幾重にも響き渡る!! これにはアカツキやセンリまで耳を塞いでしまった。 やがて鳴き声は小さくなり―― 「……すごい鳴き声だな」 センリがつぶやいた。 「ごめんなさい。いつもこうで……」 「いや、元気があるって、いいことだよ」 アカツキがぺこりと頭を下げるが、センリは首を横に振った。 元気なポケモンは好き。 それは本当だから。 まあ、元気すぎてそれが空回りするのは諌めなければならないが。 「それじゃあ、バトルを始めよう」 「マッスグマ対ワカシャモ、バトルスタート!!」 「ワカシャモ、電光石火!!」 「水の波動!!」 「やっぱりそう来た!!」 センリの性格なら、弱点を突ける時に突くだろう。 そう読んで、アカツキは電光石火を指示したのだ。 一気に距離を詰めてしまえば、水の波動を発動するヒマすら与えられないはずだ。 ぼぅっ!! ワカシャモが強靭な足腰を最大限に生かして駆け出すと、マッスグマが螺旋状の水の帯を発射した!! カエデほど体力のないワカシャモがこれを一発でも食らえばかなりキツイだろう。 だが―― 心配は無用だった。 「シャモっ!!」 ワカシャモは大きく前方にジャンプして、水の波動を楽々避わした!! 「ならば、冷凍ビーム!!」 「火炎放射!!」 空中で逃げ場のないワカシャモを指差して、冷凍ビームを指示するセンリ。 まともに氷漬けになれば、溶かすより早く追撃できる。 そう踏んだのだが…… 「読まれていたか?」 センリは少しばかり焦った。 だが、そんなものとはお構いなしにバトルは進む。 マッスグマの冷凍ビームとワカシャモの火炎放射が真っ向勝負!! 氷と炎では炎の方に分があった。 あっさり溶かしきって、残りの大部分がマッスグマへと突き進んでいく!! 「ぐぐっ!? ぐーっ!!」 マッスグマは成す術なく炎に飲み込まれた!! 「マッスグマ!!」 「二度蹴り!!」 炎の中に消えたマッスグマを追いかけ、ワカシャモが駆け出した!! 自分の炎で火傷することのない炎ポケモンならではの特性だ。 「水の波動!!」 こうなったら、これしかない。 炎の中にいるマッスグマへと、センリが凛とした声で指示を下す!! ばんっ!! ばんっ!! 「ぐぐぅ……」 炎の中で二度蹴りを食らったマッスグマが、勢いよく弾き飛ばされて、地面に叩きつけられる!! 「戻れ、マッスグマ!!」 センリは躊躇うことなくマッスグマをモンスターボールに戻した。 と、ワカシャモの炎があっさり消えた。 「マッスグマ、戦闘不能!!」 ワカシャモは肩慣らしにもならないと言わんばかりに、腕を振り回した。 「よし、これであと一体……」 アカツキは勝てると思った。 だが―― センリはまるで慌てていない。 クールを決め込んでいるかのように、無表情だった。 だが、その表情の下半分が笑みに変わる。 「……待って。あと一体ってことは、それはセンリさんの……」 見かけの数で騙されてはいけない。 「強くなったな……ここまでやってくれたのは久しぶりだよ。 ならば、私も君の強さに敬意を表して、最強のポケモンで相手をさせてもらおう!!」 そして、センリが最後にして最強のポケモンが入ったモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 「来た……」 ユウスケは自分がバトルをしているわけでもないのに、なぜか鼓動の高鳴りを感じていた。 手に汗握り、バトルの行方に視線は釘付けだ。 それは彼のみならず、すべてのジムトレーナーも同じことだろう。 ついに、センリの切り札が――文字通りの最終兵器が登場するのだ。 「ケッキング、おまえの力を見せてやれ!!」 その言葉に応えるように、モンスターボールの口が開いて、センリの最後にして最強のポケモンが飛び出してきた!! 「ケッキーング……」 出てきたのは、むやみやたらに変なポケモンだった。 「…………」 アカツキは正直、あまり驚かなかった。少なくともこの時点では。 身体の大きさとしては人間などよりもよほど大きいのだろうが、寝そべっているせいでイマイチよく分からない。 肩から先と脚が茶色い毛で覆われていて、いかにもダルそうにあくびなど欠きながら背中を掻いている。 「…………これがセンリさんの切り札?」 正直、疑いたくなった。 どう見てもやる気のなさそうなポケモンではないか。 身体こそ大きいものの、ここまでやる気のなさそうなポケモンを見たのは初めてだ。 「ケッキング……どんなポケモンかな?」 図鑑で調べてみた。 ケッキングは自分に向けられている図鑑のセンサーになど見向きもせず、ダルそうな態度を取り続けている。 「ケッキング。ものぐさポケモン。 ヤルキモノの進化形で、ナマケロの最終進化形。 一日中寝そべったまま暮らすポケモンで、動くことさえ面倒くさいと考えているらしい。 手の届く場所に生えている草だけを食べており、自ら獲物を狩りに行くようなことはまずあり得ない。 手の届く場所に草がなくなってしまうと、渋々場所を変える」 「……そうなの?」 液晶のケッキングと、現物を見比べる。 確かにダルそうな雰囲気が強烈に吹き出しているあたりは同じに見える。 「でも、そんなポケモンをわざとバトルに出してきたってことは、実力はすごいってことなんだ。 油断しちゃいけない……」 ケッキングのダルそうな雰囲気とは対照的に、センリからは揺るぎない自信が笑みからこぼれている。 このケッキングに自信があるのだ。 二対一という戦況を覆してしまうだけの力があるという自信が。 だからこそ、油断できない。 「ワカシャモ、戻って!! カエデ、頼んだよ!!」 アカツキはワカシャモを戻し、代わりにカエデを送り出した。 ケッキングはノーマルタイプ。 となれば、ワカシャモの方が良かったのだろうが…… ケッキングがどんな技を繰り出してくるのか分からない以上、いきなりワカシャモをぶつけるわけにはいかない。 ある程度相手の手の内をさらした段階で、ワカシャモを出して一気に攻めていけばいい。 アカツキはそんなプランを抱いていた。 あわよくば、カエデでケッキングを倒すということも手段の一つとして考慮しているということもある。 「ケッキング対バクフーン。バトルスタート!!」 「カエデ、火炎放射!!」 やはりと言うべきか、先手を取ったのはアカツキだった。 バトルが始まったというのに、ケッキングはやはりダルそうにあくびを欠いては背中をポリポリ掻いている。 緊張感のまったくないポケモンだった。 「バク、フーンッ!!」 カエデは大きく息を吸い込んで、手加減無用、超本気の火炎放射を繰り出した!! 「うわ、すげー……」 凄まじい炎の奔流を見つめ、ユウスケはブルッ、と身体を震わせた。 「アルベルの相手があいつじゃなくてよかったぜ……」 アカツキがアリゲイツを出してくれたことに、今さらながら感謝してしまう。 それくらい、カエデの火炎放射の威力は絶大だったのだ。 カエデが出ていたら、確実に負けていただろう。 だから、楽しみだった。 センリの切り札であるケッキングを相手にして、どんなバトルを『魅せてくれる』のか。 ユウスケを始めとしたジムトレーナーの自信のポケモンを数体同時に戦わせても、ケッキングには勝てなかった。 それくらい、ケッキングは強い。 鬼神のごとき強さを誇るケッキングは、シングルバトルでは最強の存在ではないかと思えるほどに。 怠け者という仮面をかぶり、本性を覆い隠している。 それをどこまで引き剥がせるか……注目のバトルだ。 「さすがにこれをまともに食らってはまずいな……」 センリは向かい来る炎を見つめ、そう思った。 さすがに最終進化形だけあって、実力は折り紙つきだ。 ならば―― 「ケッキング、地震を起こせ!!」 センリが鋭い声で指示を下すと、ケッキングは心底めんどくさそうな表情と仕草で、グーの形にした拳をおもむろに地面に叩きつけた。 すると…… ずごーんっ!! 地面が脈打った!! 「うわわわっ!!」 「あわわぁっ!!」 凄まじい揺れがフィールドは愚かジム全体をも包み込んだ!! 必死に踏ん張ったものの、アカツキを始め、ジムトレーナーもほぼ全員が尻餅を突いてしまうほどの揺れだ。 「バクフーン!?」 カエデまでビックリして転んでしまう!! 今現在地震の影響を受けていないのは、放ったケッキングと、そのトレーナー――センリだけだ。 もっとも、彼は全身全霊を込めて踏ん張っているのだが。 「カエデ、踏ん張って!!」 痛む尻を擦りながら言うものの、後の祭りだった。 カエデもちゃんと転んでいた。 一方、地震を起こしたケッキングは、あくびを欠いた。 息をすることすら本気で面倒くさがっているように見えるのは、気のせいだろうか? 普段ならそんなことを考えるだけの余裕もあるだろう。 だが、今はバトル。 それも、センリの切り札が相手だ。 一切の雑念を振り払い、バトルのことのみに集中しなければならないのだ。 とはいえ…… いくら地震を起こしても、大気中を進む炎にはいささかの揺るぎも見られない。 ケッキングの行動は一切の無駄か――と思えたが、実はそうでもない。 カエデは慌てて立ち上がり、そして見た。 自分の吐き出した炎がケッキングに炸裂するのを。 ぼおぼおめらめら……ぱちぱち…… 炎はまともにケッキングを直撃していた。 ものぐさというのがこういう時に裏目に出た格好だ。 逃げ出すことさえしていない。 「まさか、効いてないとか?」 まさか、無様にも本気でこの一撃を食らったという方に想像が及ばなかっただけに、アカツキは戦慄した。 「かなりのものだが、ケッキングの体力は並外れている。 炎一発で致命傷にはならない」 センリはケッキングの並外れたスタミナを武器に利用しようと考えていた。 動くのが面倒くさいというのは、種族的な特徴。 それは今さら変えようにも変えられないため、スピードを捨てて攻撃に全精力を傾けるのがベストというものだ。 「なるほど、さすがはバクフーン。 でも、炎だけじゃケッキングは倒せない」 センリは口の端に笑みを浮かべ、嘯いた。 アカツキの顔に焦りが浮かぶ、 炎が消えて、ケッキングの姿が露になる。 身体のあちこちを焦がしているものの、面倒くさそうな表情と、背中を掻く仕草には変化が見られなかった。 炎は食らったが、ダメージを受けた様子がないのだ。 「本当に効いてないの……?」 アカツキのパーティの主砲的存在(エース)であるカエデの火炎放射でもほとんどダメージを与えられないような相手が本当にいるのか。 もしいるとしたら…… 「ケッキング、おまえの本当の力、見せてもらおう。目覚めるパワー!!」 「カエデ、火炎放射!!」 アカツキはギョッとしながら指示を下した。 センリはケッキングが『動かなくても攻撃できる』技ばかりを指示していたからだ。 そこにはきっと恐ろしい策略が巡らせてあるに違いない。 ならば、その策略とやらが首を擡げるまでの間にケッキングを倒すのみ。 アカツキは防御を捨て、一気呵成に攻撃に打って出た。 防御していたところで勝ち目などないのだから。 「バクフーンっ!!」 カエデがこれでもかとばかりに大きな声を上げると、再び炎を噴き出した!! 空を駆けて向かい来る炎を認識したであろう、そのあたりで、ようやっとケッキングが攻撃を開始した。 「ケッキングの特性……『なまけ』。攻撃ペースが落ちる。以上」 こっそりポケモン図鑑で調べると、そんなミもフタもない解説で終わっていた。 要するに、ケッキングはパワーこそすごいが、攻撃の頻度がそれほど高くないポケモンなのだ。 「それが分かれば、一気に畳み掛けて……」 攻撃力で負けるなら、手数で圧倒すればいい。 ケッキングの全身が一瞬光り、その身体から光り輝くボールが発射された!! 目覚めるパワー。 そのポケモンによってタイプが異なる技だ。 ゆえに、ノーマルタイプのポケモンが使っても、タイプが一致するとは限らない。 いや、むしろ一致しない可能性の方が高いのだ。 そういう技を使ってきたということは…… 考えられる可能性はひとつしかない。 「カエデ、避けて!!」 アカツキは声を振り絞って叫んだ。 心に触れた直感が確かなら、この攻撃を食らってはならない。 そもそも、無害な攻撃など、センリは繰り出してこないだろう。 「バクっ!?」 カエデはギョッとした。 炎と光のボールは真正面からガチンコ勝負を繰り広げ――勝敗は一瞬だった。 炎はあっさり吹き散らされ、剛速球のように光のボールが突進してきた!! カエデは慌てて身を翻そうとして―― 「避けられない!!」 光のボールのスピードは予想を遥かに超えたものだった。 どんっ!! 光のボールはカエデにクリーンヒット!! 悲鳴すら上げられず地面に叩きつけられ、アカツキの足元まで飛ばされてきた!! 「カエデ!?」 屈みこんでカエデの表情を覗き込むが、 「バクフーン……」 目を回して気絶していた。 「そんな、一撃で……」 アカツキは驚愕した。 今までカエデが一撃で相手のポケモンを倒してきたことは何度かあった。 だが、逆はなかった。 マッスグマの水の波動を受けたが、それほどのダメージではなかったはず。 だから、それはないと考えていい。 「後学のために教えてあげよう」 「カエデ、戻って」 アカツキがカエデをモンスターボールに戻すのと、センリがつぶやきを漏らしたのはほぼ同時だった。 つぶやきと言っても、よく通った声で、フィールドの向こうにいるアカツキにまで聴こえるほどだ。 「バクフーン、戦闘不能!!」 審判がカエデの戦闘不能を告げる。 戻した時点でそれは分かっていたから、聞くまでもない。 「ケッキングは怠け癖のあるポケモンだ。 研究者たちは生粋の怠け者と呼んでいるが、私は生憎とそう考えてはいないんだよ」 「カエデ……」 アカツキはカエデの入ったボールを見つめた。 予想だにしなかったことが起こって、その手が震えている。 エースが撃沈されてしまったのだから、無理もない。 残りはワカシャモのみ。 ノーダメージだが、ケッキングも似たようなものだ。 状況は明らかに不利。 「今のはどんなタイプだったんだろう……」 考えてみるが、無駄なことだった。 カエデが耐えられなかったのだ、どんなタイプの技であっても、ワカシャモが耐えられるという保証にはなり得ない。 「私は思うんだ。 ケッキングが怠けてばかりいるのは、何かしらの力をその身体に溜め込むためではないか、とね」 アカツキが真剣に聴いていると思っていないのだろう。 センリは独白でもするように、素知らぬ顔で言葉を続けた。 「ケッキングが発揮する凄まじいパワーの源。 それは、無駄な活動を一切行わないことでエネルギーを節約し、身体に溜め込んだものではないかと。 そう考えればつじつまはすべて合うからね……さて。 君もこれで最後のポケモン……ワカシャモを出すしかなくなった。 お互い、最後のポケモンだ。 悔いの残らないように全力で戦おうじゃないか」 「…………」 アカツキは無言でボールを持ち替えた。 ワカシャモのボールを握りしめるその手に力が入っているのは、これが最後のポケモンだからかもしれない。 泣いても笑っても最後の勝負だ。 ケッキングを倒すか。ワカシャモが倒されるか。 勝つか、負けるか。 紙一重の位置に存在するふたつの事象が背中合わせでアカツキの前に立ち塞がった。 「行こう、ワカシャモ!!」 アカツキは力いっぱい、ワカシャモのボールを投げ入れた!! 物怖じしてたって始まらない。 「シャモぉぉぉぉぉっ!!」 フィールドに飛び出してきたワカシャモは、今期最大の鳴き声で自らのやる気を見せ付けた。 「あはは……やっぱうるさいよな」 ユウスケは耳を塞ぎながら苦笑した。 ただでさえ声が大きいのに、それが幾重にも反射してくると、それこそ本気でバカにならない。 「タイプはワカシャモの方が有利。でも……」 ケッキングは接近戦、遠距離戦もこなせる。 カエデをノックアウトしてのけた目覚めるパワーを食らったら終わりだ。 となると、それを繰り出させないように戦わなければならない。 正直難しい戦いになりそうだ。今までで最高の難易度。 「それでも、やるっきゃない!!」 「ならば、始めようか!!」 「ケッキング対ワカシャモ、バトルスタート!!」 ついにお互い最後のポケモン同士のバトルが始まった!! 「ワカシャモ、電光石火で撹乱するんだ!!」 ケッキングはものぐさポケモン。 素早さはそれほどでもないだろうから、ここは手数の多さで圧倒すべきだ。 電光石火は相手までの距離を一気に詰められるので、サポートとして指示したに過ぎない。 アカツキの指示に、ワカシャモが駆け出した!! 目にも留まらないスピードでケッキングに迫る!! 「ケッキング、目覚めるパワー!!」 センリはカエデを一撃でノックアウトした技を口にした。 ワカシャモまで一撃で倒そうと企んでいるに違いなかった。 だが、そうは問屋が卸さない。 「後ろに回り込んで!!」 アカツキが次なる指示を下すのと、ケッキングの身体が光ったのはほぼ同時だった。 「頼む、間に合って……!!」 ケッキングから光のボールが撃ち出された!! カエデを一撃でノックアウトした悪魔を、ワカシャモはジャンプして避わした!! 「二度蹴り!!」 「シャ、モぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 ワカシャモは前方への推進力を維持したまま、落下しながらケッキングへと蹴りを繰り出した!! がっ、がっ!! 蹴りは見事なまでにケッキングの鼻っ面に突き刺さった!! それも二発。 ただでさえ強烈な威力を誇るのがワカシャモの格闘タイプの技だ。 二度も立て続けに食らえば、ダメージはかなりのものになるはずだ。 「ケッキング!!」 センリが叫んだ。 弱点をまともに食らったとなれば、ダメージはそれ相応受けているだろう。 ケッキングはワカシャモを一撃で倒せる技をいくつも覚えているが、そのどれもが発動にはリスクが伴う。 目覚めるパワーのように、前方にしか効果がなかったり、破壊光線のように発射後は硬直してしまったり…… 次の手を考えているところに、アカツキの声が響く。 「下がりながら火炎放射!!」 ワカシャモはシビアな要求も難なくこなした。 ケッキングに身体を向けたまま、炎を吐きながら飛び退いた!! ごぉぉぉぉぉぉっ!! 炎に包まれるケッキング!! 「ならば……破壊光線だ」 ポツリつぶやくセンリ。 もう少し声量が大きくても、炎の燃える音でかき消されるだろうが、ワカシャモに感づかれる可能性が高い。 しかし、ケッキングはセンリの指示をちゃんと聞き取っていた。 「効いてる……?」 ケッキングは痛みも何も感じていないように見えたが、実際のところはかなり効いているはずだ。 弱点の技を食らって痛くないポケモンなどいない。 炎に包まれながらもケッキングは口を開いた。 口の中にオレンジの輝きが満ちていく。 不幸なことに、炎の色と重なって、ケッキングが何をしているのか、まるで分からない。 「ワカシャモ、何が来るか分からないよ。気をつけて」 「シャモっ!!」 ワカシャモは厳戒態勢だ。 炎の向こうから何が来るか分からない。 だから、下手に攻撃を加えられない。 何かしらのモーションが見られたら、それを合図にしてこれからの作戦を組み立てればいいのだ。 下手に焦れば泥沼にはまっていくに決まっている。 「発射」 「ケッキーング」 ケッキングはダルそうにあくびなど欠きながら、破壊光線を発射した!! キラリ。 一際強いオレンジの光がきらめき―― ざわり。 アカツキは不吉な何かが背筋を這い上がるのを感じた。 言葉でその理由を表すことはできないだろう。直感としか言いようがない。 「ワカシャモ、左か右に避けて!! 早く!!」 ぶばぁっ!! 言葉が終わらぬうちに、破壊光線が炎を突き破った!! 「シャモ!?」 突然のことに驚いて、ワカシャモは目を大きく見開いた。 ――破壊光線!! ノーマルタイプ最強の技。 放った後はエネルギーチャージで動けなくなり、一時的に無防備になるが、威力は抜群。 相手ポケモンのトドメを刺すには相応しい技ではあるのだが、いかんせんリスクが大きい。 仕留め損ねた時は窮地に陥る諸刃の剣。 凄まじい威力を誇る破壊光線が一直線にワカシャモに迫る!! 「食らったらおしまいだ!!」 ただでさえケッキングは攻撃力に優れているのだ。 先ほど目覚めるパワーでカエデをノックアウトしてしまったことで証明済みだ。 それに、センリの持論が正しいとすれば、恐ろしい結論に至ることになる。 だから、相手の攻撃を一度も食らわないで勝たなくてはならない!! 無論そのためには…… ワカシャモは地面を蹴って右側に飛び退いた!! 刹那。 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!! 大音響と共に破壊光線がワカシャモのいた場所に突き刺さる!! 生まれる爆風が、ワカシャモのバランスを崩す!! 「シャモ!?」 横殴りの爆風は破壊光線の余波だ。 破壊光線本体がもっとも威力を有しているが、爆風にまで攻撃力が備わっているのだ。 地面に激しく叩きつけられるワカシャモ!! 「ワカシャモ!!」 破壊光線の直撃こそ免れたが…… 余波でさえこれほどの威力を有しているのだ。 破壊光線の直撃音によって聞こえなかったが、ジムの窓という窓が粉々に砕け散るほどの衝撃波が生まれたのだ。 単純に威力だけでなく、物質の固有振動数にまで訴えかける爆風はすさまじい。 「シャ、シャモ……」 ワカシャモはぎこちない動きで、呻きながらも何とか立ち上がった。 足元が震えている。 それを見てアカツキはハッとした。 破壊光線の直撃を受けなかっただけでも良しとしたいところだが、余波でこれほどのダメージを受けてしまった。 直撃したら間違いなく終わっていた。 「だから、まだ続けられる……!!」 まだ終わっていない。 ワカシャモは満身創痍だが、戦う力は残っている。 だからこそ、こうして立ち上がったのだ。 辛くて厳しい戦いへと、自らを立たせたのだ。 「なるほど、余波ですら耐えたか……」 ケッキングを包んでいた炎が消え、視界が開けた。 センリは真剣な眼差しを、やっとの思いで立ち上がったワカシャモに向けた。 破壊光線が直撃しなくても、余波だけで倒せると思っていたのだが……侮りすぎていたらしい。 ケッキングの攻撃力の高さは折り紙つきだ。 ホウエンリーグ四天王のひとりと戯れにバトルをしてみたら、相手のポケモンを一撃で戦闘不能に陥らせたほどだ。 そう、鍛えに鍛え上げられた四天王のポケモンを。 並のポケモンなら余波だけで十分に戦闘不能にできる威力を有していたのだが…… ワカシャモは思いのほかタフなポケモンのようだ。 「だが、これで終わるとも思えんな……」 真剣な眼差しを向けてくる男の子は、こんなところで終わるような器でないと直感した。 「ならば、徹底的にやらせてもらう。 戦う牙を持つ限り、どんな相手にでも」 獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすのだ。 同じポケモントレーナーである以上は、どんな相手であろうと全力で、最後まで戦う。 それがセンリのポリシーだった。 「ワカシャモ、大丈夫?」 「シャモ……」 アカツキの呼びかけに、ワカシャモは首を縦に振ったが、その声はいつものものと比べたらあまりに弱々しかった。 ダメージは重く、どんな些細な一撃を食らっても確実に戦闘不能になるだろう。 だが、今はチャンス。 破壊光線を撃った後、そのポケモンはしばらく動けなくなる。 付け入る隙があるとすれば、そこしかない!! 「ワカシャモ、二度蹴りだ!!」 アカツキはケッキングを指差し、大声で叫んだ。 これが最後の攻防だ。 これ以上はワカシャモが耐えられないだろう。 ならば、一度きりのチャンスを防御でなく、ケッキングを倒すための攻撃に費やそう。 そう決めたのだ。 「ケッキングは破壊光線の術後硬直でしばらく動けない。 その上、『なまけ』の特性のせいで攻撃できない時間が長くなるな……ここが正念場か」 ケッキングが攻撃できるようになるまでは相当な時間がかかる。 相手を仕留め損ねた時のリスクは想像以上に大きいものだった。 クールでストイックなセンリに焦りをもたらすほどに。 ここを耐え切れば確実に勝つが、それができなければ…… 言うまでもない。 そんな状況に立たされながらも、センリはバトルを楽しむことを捨てる気にはならなかった。 むしろ、気分は高揚している。 一ヶ月前は頼りない眼差しの男の子。 たった一ヶ月という時間で、これほどのバトルができるまでにポケモンを成長させ、トレーナーとして成長してきたのだ。 それはセンリにとってもうれしい限りだった。 だからこそ…… 「私は勝つ。 この子に勝ってこそ、私はさらに強くなったことを認識できる!!」 センリは純粋にポケモントレーナーとして強くなることを目標としてきた。 いつだったか、ホウエン地方のチャンピオンとバトルをしたが、激戦の末センリは負けてしまった。 自分より年下の若造ではあったが、物事の本質を見通す慧眼と、落ち着き払った物腰には敵わないと思い知らされたものだ。 いつの日か彼に勝つために、今もこうして修行を続けている。 ジムリーダーとしてチャレンジャーの相手をすることはもちろんだが、それ以外の時はジムトレーナーと共に修行に打ち込んできた。 決して、鍛錬を怠ってきたわけではないのだ。 「ジムの規約さえなければ……」 センリは向かい来るワカシャモを睨み据えながら、舌打ちした。 ジムの規約では、ジムリーダーは『全力』を出すことが許されていない。 ただでさえ凄まじい実力の持ち主だというのに、そこに本気がプラスされると、どんなチャレンジャーも勝てなくなってしまうだろう。 ジムの制度は、年に一度行われるリーグバトルでの出場選手を決めるためのものである。 一定以上の技量を備えたトレーナーにリーグバッジを渡すことで、出場権を与えるのだ。 よって、今のセンリは本気ではない。 だが、実力の一定枠以内では全力を尽くす。 彼のプライベートポケモンを出せば、ワカシャモなど苦もなく潰せるだろうが…… 今はないものねだりをしたところで仕方がない。 「ケッキング、どうか耐えてくれ……」 負けることを恐れてはいない。 できるなら、ワカシャモを繰り出した男の子にバッジを渡してやりたい。 それくらいの実力は有しているはずだ。 だが、それはできない。 自分に勝たなければ。 ジム戦という舞台で、なにが何でも負けるわけにはいかないのだ。 「シャモぉぉぉぉぉぉッ!!」 最後の一撃と見せ付けるように、ワカシャモが声を上げて鋭い蹴りを繰り出した!! がすっ、がすっ!! ケッキングの腹に二発ヒット!! さすがに今のは痛かったらしく、表情をゆがめるケッキング。 だが、まだだ。 まだ攻撃できない。 いつ硬直が解けるのかまでは分からないのだ。 「ワカシャモ!! 火炎放射!!」 ワカシャモの特性は『猛火』。 ピンチに陥った時、得意な炎タイプの技の威力が上昇する、一発逆転を狙える特性だ。 これで倒せなかったら負ける。 「行っけぇぇぇぇっ!!」 アカツキの渾身の叫びと共に、ワカシャモが口から猛烈な炎を噴き出した!! 特性の恩恵を受けた炎は、先ほどのものとは比べ物にならなかった。 太陽の爆発を思わせる強烈な炎が、至近距離からケッキングに突き刺さった!! 「ケッキング……!!」 「うわ、すげえ……」 「なんなの、この威力……」 凄まじい炎に、センリのみならずジムトレーナーたちまで驚愕に目を見開いた。 センリ相手にここまで戦ったトレーナーはそう多くない。 そのうちのひとりが、自分たちより年下の男の子なのだ。 めらめらぼうぼうぼうぼうっ!! 瞬く間に炎に包まれるケッキング!! 「ワカシャモ、離れて!!」 万が一攻撃が来たら、避けられない。 アカツキの指示に、ワカシャモは重そうに脚を引きずりながらケッキングとの距離を開けていく。 ただでさえダメージが大きい上に、大技を繰り出したのだ。疲労は限界に達しようとしていた。 これで倒せなければ…… バランスバッジは次回に持ち越しだ。 ケッキングは自分に燃え移った炎を消そうともしなかった。 しようにもできなかったのかもしれない。 だが、いつまで経っても攻撃はこなかった。 やがて炎は消えて―― ケッキングが前のめりに倒れる。 気のせいか、その動作がひどく緩慢に見えた。 「見事だった……」 センリはため息を漏らしながら、ケッキングをモンスターボールに戻した。 「ジムリーダー。ケッキングに戦う力が残っていても、戦闘不能になりますが……?」 心配そうな目を向けて問いかけてくる審判に、センリは首を横に振って、こう答えた。 「構わん。 どちらにせよ、ケッキングにこれ以上の戦闘を続行させる事は不可能だ。 さあ、勝者を宣言するといい」 「は、はい。ケッキング、戦闘不能!! ジムリーダーのポケモンがすべて戦闘不能になったので、チャレンジャーの勝利!!」 「勝った……ワカシャモ、ぼくたち勝ったよ!!」 「シャモっ!!」 アカツキは喜び勇んでワカシャモの元へと駆け寄った。 戦い疲れた表情が喜びのものへと変わっていく。 がっちり抱きしめたワカシャモの身体はとても暖かかった。 「やれやれ、私の負けだよ」 ジムリーダーとして、できるだけのことはしたのだ。 たとえ敗北を喫したとしても、後悔だけはしていない。 一人のトレーナーとして戦ったなら、まず間違いなく勝てるのだろうが…… いや、今は何も言うまい。 ポケモントレーナーとして全力で戦った男の子を誉めてやりたい。 そんな気持ちを抱いて、センリはゆっくりとした足取りで、ワカシャモと抱き合って喜んでいるアカツキの傍まで歩いていった。 いよいよバッジを渡してくれるということで、アカツキはワカシャモと抱き合うのもほどほどに、ぴしっと背筋を伸ばした。 ワカシャモは立っているのがやっとの状態なので、そんなところにまで気を配る様子などなかったようだが。 「君はこの一ヶ月で強くなった。 今の戦いを通して、それがよく分かったよ。 彼らにとっても、私にとってもいい勉強になるバトルだった。 そんな君に敬意を表して、トウカジムを制した証、バランスバッジを授けよう」 「はい!!」 バトルの興奮冷めやらぬアカツキの声はどこか浮ついていたが、センリは気にするどころか、むしろ、誇らしげに思っていた。 「さあ、受け取ってくれ」 センリの掌に乗ったバッジを手に取った。 両端が丸いタイプの鉄アレイに似ている。 左右のバランスを取ってバランスバッジというのだろうが…… それにしては安直な形と言わざるを得ない。 もっとも、どのジムで渡すバッジも似たり寄ったりなのだから、仕方がない。 「これがバランスバッジ……」 アカツキはバッジを掲げてみせた。 太陽にかざしてみるように、感慨深げにつぶやく。 五つ目のバッジだ。 これでホウエン地方西部のジムはすべて制覇したことになる。 ホウエンリーグに出るために必要なバッジはあと三つ。 そのすべてがホウエン地方東部のジムにある。 その道のりを考えると、大変なのはこれからなのだ。 それぞれのジムがある町はかなり離れている。 一番近いジムはヒワマキシティのヒワマキジム。 キンセツシティから徒歩だと一週間以上はかかるだろう。 ホウエンリーグ開催まで五ヶ月弱。無駄にできる時間はない。 「君はホウエンリーグに出るそうだね」 「はい、そうです」 アカツキはバッジをギュッと握りしめた。 センリがそのことを知っているのは、ハヅキから聞いたのだろうと思った。 「私からは頑張ってくれ、としか言えないが…… ところで、今日はポケモンセンターに泊まるのかい?」 「そのつもりですけど……」 「ならば、このジムに泊まっていくといい」 「え?」 唐突な申し出に驚くアカツキを尻目に、センリを始めジムトレーナーたちは満面の笑顔だ。 そんな彼の心の内など知る由もなく、 「私もね、君とはゆっくり話をしたいと思っていたんだ。 君自身がどんな旅をしてきたのか……それと、私の娘、ハルカのことについてもね。 君としても、知りたいところだろう?」 「まあ、そうなんですけど……いいんですか?」 「ああ。異存はなさそうだな」 一同の顔を見渡して、センリは首を縦に振った。 ユウスケを筆頭に、ジムトレーナーたちもアカツキの話を聞きたいと思っているのだ。 それと……友達になりたいとも。 アカツキに拒む理由はなかった。 勝利の喜びを噛みしめながら、頭を下げた。 「それじゃあ、お世話になります」 歓声がジムに満ちあふれた。 第59話へと続く……