第70話 蒼穹の翼 -Flying to the sky- やわらかな風が吹きぬけていく。 円形のバトルフィールドを挟んで、アカツキとナギが対峙する。 アカツキは真剣な表情と眼差しをこれからバトルする相手に向けている。 対するナギは昨日と同じ服装で、しかしどこか余裕を漂わせたように、腰に手を当てながら口の端に笑みを浮かべている。 「しっかし、どうしてドームの屋根が開いたのやら……」 野球場を思わせるドームの隅っこで、そびえる壁に背中を預けて座り込んでいるユウキがポツリとつぶやいた。 今ドームの屋根は取り外され、果てしなく広がる青い空が一望できる。 見渡す限り一面の青い空に、雲という名の障害物はない。 まさにジム戦日和というものだが……そんなことはどうでもよかった。 ジム戦を行うアカツキに、青空を見てキレイとつぶやくほどの余裕など、あるはずもなかったのである。 ユウキの疑問を置き去りに、ジム戦は今始まろうとしていた。 「それでは私の持つフェザーバッジを賭けて、ジム戦を行いましょう」 ナギは羽根を思わせる銀色のバッジを掲げながら、朗々と、まるで詩でも吟じるかのように言った。 「ルールは昨日も話したけど、一応話しておくわ」 ナギの言葉に、アカツキは首を縦に振った。 「三対三のシングルバトルよ。ただし、君には入れ替えが許されるわ。 無論、最初に出した三体だけがエントリーされるから、入れ替えて四体目のポケモンを出したって無効になるから気をつけてね。 言うまでもないけど、どちらかのポケモンがすべて戦闘不能になった時点で勝敗は決するわ。 もちろん時間は無制限。 以上だけど、質問は?」 「ありません」 今さら確認するまでもない。 アカツキはモンスターボールをひとつ、握りしめた。 ナギがどんなポケモンを出してくるかは分からないが、このポケモンなら一番手を任せても大丈夫。 「では、はじめましょう」 ナギは頷き、審判に合図をした。 「これよりフェザーバッジを賭け、ジムリーダー・ナギと、チャレンジャー・ミシロタウンのアカツキとのジム戦を行います。 両者、準備はよろしいですか?」 交互に見つめるが、それぞれ首を縦に振った。 「まずはこの子でお相手するわ。行くわよ、雄々しき鋼の翼――エアームド!!」 「エアームド!?」 アカツキが驚いているのを尻目に、ナギはモンスターボールを空高く投げ放った!! 徐々に減速し、最高点に達したところでボールが口を開き、エアームドが飛び出した!! 「キエェッ!!」 飛び出すなりエアームドは威圧するように鋭い視線をアカツキに向け、銀色の翼を広げて滑空を始めた。 「エアームドってことは、ここのジムは……」 「そう。ヒワマキジムが専門として操るのは飛行タイプのポケモン。 世間一般じゃ、飛行タイプなんて電気タイプの技でイチコロ…… なんてミもフタもないボロクソな言い方されてるけど、断じてそんなことはありえないわ!!」 ナギがギュッと拳を握りしめ、演説するように力強く言った。 聞かない、という選択肢はなさそうだったので、一応耳を傾けることにした。 「飛行タイプか。だからドームの屋根取っ払ったんだな」 ユウキは合点が行ったように、手を叩いた。 飛行タイプのポケモンの最大の武器は、その翼だ。 風を裂いて空を舞い、相手の攻撃を避わすことができる上に、予想もしない角度から攻撃することもできる。 存分に空を飛ぶには、ドームの狭い空間では物足りない。 だからこそ、屋根を取り払い、最大の武器を如何なく発揮できるようにしたのだ。 もちろん、これは反則でもなんでもない。 ジムにはそれぞれルールがあり、ポケモンリーグから承認を受ければ、そのルールを採用しても良いということになっている。 恐らくはナギが『ドームの屋根を取り払う』というルールを考案し、承認を受けたのだろう。 「でも、いくら空が広くても、目に見えないような場所までは行けないよな」 当たり前である。 長い時間姿を消せば、戦意喪失ということで戦闘不能と同等の扱いを受けてしまうこともあるのだ。 だから、不必要に遠いところまで飛ぶことはできない。 その点、ナギはちゃんと心得ているに違いない。 「飛行タイプの優雅な動きは流れる風、水のごとく純粋で、それでいて気高く!! さあ、存分にその素晴らしさを味わわせてあげるから、君もポケモンを出しなさい!!」 演説は終わったようで、肩を上下させながら、ナギが咳き込む。 存分に言いたいことを言って、スッキリしたのかもしれない。 「それじゃあ……」 アカツキは手にしたモンスターボールを躊躇うことなく投げ放った。 「ミロカロス、キミの力、ぼくに見せて!!」 一番手はミロカロス。 とある事件を機に、ヒンバスから大躍進を遂げて進化したポケモンだ。 ちなみに、男の子。 手持ちポケモンが六体になっても、カエデが紅一点なのは変わらなかった。 ボールはワンバウンドした瞬間に口を開き、ミロカロスをバトルフィールドに送り出した!! 「ろぉぉぉぉぉん……」 歌うような声を出し、ミロカロスは不思議な力(……としか言いようがない)で宙に浮かんで見せた。 蛇のような身体が宙に浮く。 それもまた美しさを引き立てている。 「美しいポケモンね……でも、バトルはバトルよ。 相手が誰であろうと手加減はしないわ!!」 ナギが右手を挙げた。 ミロカロスの美しさにメロメロになりながらも、ジムリーダーらしく、バトルは捨てない。 「エアームド対ミロカロス。バトルスタート!!」 審判が旗を振り上げ、バトルの開始を告げる。 「エアームド、エアカッター!!」 先手を取ったのはナギだった。 相手は水タイプ。 ゆえに、エアームドの最大の持ち味である鋼タイプの技はそれほど効果がない。 理屈は不明だが、事実は事実なので、もうひとつのタイプである飛行タイプの技で攻めることにした。 エアームドが激しく羽ばたくと、空気が掻き混ぜられて真空状態を作り出し、気圧の差が見えざる刃となってミロカロスに集束する!! 真剣な表情になったミロカロスには風の流れが見えているのだろう。 それほど動じた様子もなく、トレーナーからの指示を待っている。 「エアカッター……だったら……」 アカツキのエアームドもエアカッターを使えるので、その使いやすさと、それゆえの厄介さも心得ている。 見えないので避けづらい。 使う分にはいいが、使われるとかなり嫌だ。 もっとも、そんなことを言っている暇はないが。 「ミロカロス、水の波動でエアームドを攻撃して!!」 「ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!」 ミロカロスはアカツキの指示に応えて、口から渦巻く水を吐き出した!! 水の波動――超音波を含んだ水の波動で、相手にダメージを与えると同時に一定確率で混乱させる技だ。 初バトルだというのに、ミロカロスは物怖じせず、堂々と戦っている。 これにはアカツキも正直ホッと胸を撫で下ろしていた。 あがってしまったらどうしようと思っていたが、無用な心配だったらしい。 初バトルということで、一応使えそうな技を昨日ミロカロスと一緒に復習しておいたのだ。 水の波動をはじめとする水タイプの技がいくつかと、防御系の技を少々。 とりあえずはそれだけあれば十分。 相性の悪いポケモンと戦わない限り、十分に戦えるはずだ。 そして、エアームドは相性の悪いポケモンではない。 防御面では鋼タイプの技の威力を抑えられ、攻撃面では硬いことで有名な鋼タイプにも普段どおりの威力を発揮できる。 ごぅっ!! 水の波動とエアカッターが真正面から激突する!! 渦巻く水の波動と空気の刃。激しい音を立てて水しぶきが虚空に散る!! 「うそっ!!」 アカツキが悲鳴を上げた瞬間。 ずばずばっ!! 水の波動を退けたエアカッターの残りがミロカロスに襲いかかる!! 「ろぉぉぉぉぉん……」 見えない刃で傷つけられ、身悶えるミロカロス。 「水は風の前では無力……エアームド、続いてスピードスターで足止めです。 そして必殺のゴッドバードをお見舞いしちゃいなさい!!」 ミロカロスが怯んだ隙を逃さず、エアームドはその場に留まったまま口から星型の光線を連発した!! スピードスター。 とてつもなく攻撃が速いため、回避するのは困難だが、それゆえに威力は低めだ。 とはいえ、何十発も連続で食らい続ければかなりのダメージになるので、その前に何とかしなければならない。 まして、ナギのエアームドはスピードスターを放っている最中にもかかわらず、次の攻撃の予備動作に入っているではないか。 「ゴッドバードは飛行タイプ最強の技だから、食らったら絶対にまずい」 スクールで叩き込まれた知識がこういう場面で生きてくる。 アカツキが思っている通り、ゴッドバードは飛行タイプ最強の技。 強烈な威力を誇るが、予備動作が必要となる。 力を翼に蓄え、神のごとき一撃を食らわせるのだ。 スピードスターが次々とミロカロスにヒットする!! それに伴う形で、エアームドの翼が徐々に光を帯びていく。 「なんとかしなくちゃ……」 いきなりピンチだ。 だが、今までだってそういうピンチを切り抜けてきた。今回だって切り抜けられるはずだ。 アカツキはギュッと握り拳を硬くすると、ミロカロスに指示を下した。 「ミロカロス、しっかり!! もう一度水の波動!!」 ミロカロスは目を大きく見開くと、スピードスターがパチパチと耳元で弾けるのもお構いなしに、口から再び水の波動を撃ち出した!! 次々と飛来するスピードスターをあっさり蹴散らし、エアームドへと突き進む!! スピードスターを発射し、さらにゴッドバードに必要な力を蓄えているエアームドは水の波動を避けきれない。 ばしゅっ!! 弾けるような音と共に、強烈な水撃がエアームドに炸裂する!! 「効いてる!!」 アカツキは思わず声を上げてしまった。 水の波動をまともに食らい、エアームドが微かにバランスを崩す。 だが―― 「ゴッドバード、発射ッ!!」 ナギの一喝が響き渡る。 同時に、バランスを取りもどしたエアームドが翼を広げて飛んでくる!! 光の粒子をその身にまといながら飛来するその姿は、幻想的ですらあったが、そんなのに見惚れているヒマなど、当然あるはずもない。 「ミロカロス、避けて!!」 言われるまでもなく、ミロカロスは身を翻した。 そのすぐ脇を、エアームドが猛スピードで通り抜けていく!! びゅんっ!! 一陣の風が巻き起こり、フィールドを駆け抜ける!! 「……うわ、なんて威力なんだ……」 アカツキは息を呑んだ。 エアームドが通り過ぎた場所は、地面が抉り取られたようになっており、それが一直線に続いている。 アカツキは確かに見た。 エアームドは地面に触れていない。 翼に蓄えた力がすさまじい衝撃を及ぼしたのだ。 まともに食らっていたらかなり危ないところだった。 「ミロカロス、水の波動!!」 「単調ね、それしか芸がないのかしら!?」 アカツキの再三に渡る『水の波動』の指示に、ナギが嘲笑を浮かべる。 ゴッドバードを発動して、身体を包んでいた光が消え、エアームドは空で急旋回し、ミロカロスを睨みつけた。 そんなエアームドめがけて、ミロカロスが三度、水の波動を発射する!! 「直線しか攻撃できないような技では、エアームドを捕らえることなんて不可能よ!! 高速移動!!」 ナギの言葉を受けて、エアームドが動く。 だが、その瞬間。 「!?」 アカツキはナギの顔に浮かんだ動揺を見逃さなかった。 ジムリーダーたる者、よほどのことでない限りは動揺など顔に出さないはずなのだが、それを出しているのはどういうことか。 答えはすぐに分かった。 エアームドの動きが明らかにおかしいのである。 ナギの指示を無視するように、ふらふらとハエのように飛び回っている。 「もしかして……」 規則性のない、酔っ払いを思わせる危なっかしい飛行に、アカツキはとある可能性に行き着いた。 「だったら、今がチャンスだ!! ミロカロス、狙いを定めてハイドロポンプ、キミならできるよ!!」 「エアームド、正気に戻るのよ!!」 アカツキの指示と、ナギの指示が重なる。 ミロカロスが先ほどにも増して口を大きく開き、強烈な水の塊を吐き出した!! 圧縮された水の塊は、着弾した時点で激しい水流を撒き散らす。 ミロカロスほどのポケモンならハイドロポンプくらい使えるのではないか。 そう思って指示を出したのだが、ビンゴだ。 使えなければ、水の波動で代用するつもりだったから、結果オーライで済ませよう。 当てずっぽうのように思われた水の塊は、しかし狙いすましたようにエアームドにクリーンヒット!! 飛んで火にいる夏の虫とはこのことを表すのだ。 わざわざ自分からハイドロポンプの直線軌道に突っ込んできたのだから、そりゃ当たるに決まっている。 直撃した瞬間、猛烈な水圧が瞬時に解き放たれる!! 「エアームド!! 戻りなさい!!」 今のダメージが大きすぎると判断したのだろう、ナギはエアームドをモンスターボールに戻した。 「エアームドは戦闘不能とみなされますが……?」 確認のために訊ねた審判に、ナギは軽く頷いてみせた。 審判は旗を振り上げた。 「エアームド、戦闘不能!!」 「よし!!」 アカツキは幸先の良いスタートに、今回は勝てるという認識をより強く抱いた。 「なるほど、混乱していたとはね…… それを見抜くのが遅かったばかりに――いえ、結果は同じだったでしょう。 ならば、言い訳はしないわ」 ナギはエアームドのボールを腰に戻すと、ため息を漏らした。 ゴッドバードの前にぶつけた水の波動の効果によって、エアームドは混乱状態に陥っていたのだ。 たまたまゴッドバードは発動できたが、その後の高速移動は発動できなかった。 アカツキはそれを瞬時に見切り、水の波動を発射する寸前のミロカロスにハイドロポンプを指示した。 さすがはミロカロスといったところで、技の切り替えまで完璧にやってのけた。 水の波動をハイドロポンプに切り替えて、見事エアームドをノックアウトすることに成功したのだ。 初バトルとは思えないくらいの技のキレに、アカツキは大満足だった。 「へえ、やるじゃん、ミロカロス」 ユウキはバッグから取り出した煎餅をぼりぼりかじりながら、ミロカロスに賞賛を贈った。 爺臭いとは言うなかれ。 バトルを見るのは確かに楽しいことだし、勉強にもなるが、ただ見ているだけでは正直ヒマなだけである。 手持ち無沙汰に、煎餅などかじりながら見学することにしたのだ。 とはいえ、見るべきことはちゃんと見ている。 アカツキの身を挺した愛情を一身に受けて進化を果たしただけあって、その戦闘力はヒンバスとは比較にならない。 恐らくはアカツキのポケモンの中でもトップクラスで、カエデとふたりで双頭を気取るに相応しいだろう。 エアカッターを食らってしまったが、それからは危なげなくバトルを進めている。 これは、初めてのバトルとは思えないくらい立派なことだ。 「さて、次は誰を出してくるのやら……」 手に持った煎餅を口に押し込み、次を袋から取り出す。 そんなユウキの様子など知らぬ存ぜぬと言わんばかりに、アカツキはナギに注目していた。 次のモンスターボールを手に取った彼女は、一体どんなポケモンを出してくるのだろう。 場合によっては入れ替えも必要になるかもしれない。 「それじゃあ次のポケモン、行くわよ!! 南国の守護者にして大いなる恵みの主、トロピウス!!」 聞いている方が恥ずかしくなるような、歯の浮くセリフを並べ立て、モンスターボールを投げ放つ!! 最高点でボールが口を開き、中からポケモンを放出する!! 「ごごぉぉっ」 飛び出してきたポケモンは、やたらと低い声で嘶いた。 「こ、このポケモンは……?」 アカツキは見たことのないポケモンの出現に驚きを隠しきれなかった。 すかさず図鑑でチェックだ。 「トロピウス、フルーツポケモン。 首に生えているバナナのような果物はとても栄養価に優れ、なおかつ味もいいので、南国の子供たちに大人気。 もちろん私も食べてみたい」 「…………」 図鑑に載せるべき説明とは思えないような言葉が飛び出してきたので、アカツキは沈黙してしまった。 まあ、それが色気ムンムンの声でなかっただけ、マシだったかもしれない。 本気でそうだったら、一時間ほどは立ち直れなかったかもしれなかった。 「母さんったら何を考えてるのやら……」 相変わらず煎餅を頬張りながら、しかし顔色ひとつ変えないユウキ。 カリンのそういった茶目っ気を多少は理解しているから、アカツキほど驚いたりはしない。 確かに彼女は、トロピウスの首に生えたらしき果物を取り寄せて、舌鼓を打っていた頃もあったのだ。 「――というのは冗談じゃなくて本当のこと」 訂正するかと思えば、逆に肯定しているあたりがどうにも怪しい。 アカツキが呆れているのなど知る由もなく、カリンの説明はスピーカーから流れ続けた。 「背中に生えた葉っぱのような翼を使って宙を飛ぶ」 「あれで空を飛ぶんだ……」 図鑑をポケットにしまうと、アカツキはトロピウスを凝視した。 恐竜を思わせるような体つきで、キリンのような長い首に、喉元にはバナナと見紛うばかりの果物が生えている。 茶色の身体と、背中から生えた葉っぱのような三枚の大きな翼。 背の高さは首を立てると二メートルを軽く越えるだろう。 無論、普通にしているだけでもミロカロスより大きく見える。 しかし……半信半疑だった。 この巨体を、葉っぱのような頼りない翼――しかも三枚でどうやって空に浮かすと言うのか。 心もとないというのが正直なところだった。 「草タイプってことは……ミロカロスじゃ相性的に不利だから、ここは……」 アカツキはモンスターボールを手に取り、ミロカロスを戻した。 代わりに出したのは…… 「カエデ、行くよ!!」 炎タイプのカエデだった。 「バクフーンっ!!」 飛び出すなり、やる気十分な声を上げる。 気持ちの高鳴りと共に、背中の炎がより一層激しく燃え上がった。 「バクフーン……ジョウト地方のポケモンね、珍しいわ」 カエデを見つめるナギの目に余裕はなかった。 先ほどエアームドがノックアウトされたのが応えているのか……それは分からないが、彼女は本気になっている。 「カエデなら、トロピウスを簡単に倒せるかも……」 先ほど図鑑で調べたところによると、トロピウスのタイプは草と飛行。 珍しいタイプの組み合わせだが、それでも草タイプの弱点である炎タイプが消えるわけでもない。 というわけで、飛行タイプに弱いワカシャモはやめて、カエデに決めたのだ。 ここはなるべく温存しておきたい。 ナギの最後の一体がどんなポケモンかも分からない以上、必要以上の戦力の浪費は避けたいところだ。 「両者準備はよろしいですね。 トロピウス対バクフーン。バトルスタート!!」 「トロピウス、太陽を呼び覚ますのよ!!」 先手を取ったのはまたしてもナギだった。 相性の悪いポケモンと戦う際は、手数で勝負するのがベターだ。 それを実践しているに過ぎないが、アカツキが驚いたのは彼女がトロピウスに『日本晴れ』を使わせたことにある。 「どうして日本晴れなんて……」 アカツキは訝しげに、トロピウスが天を仰ぐのを見ていた。 すると、日差しが強くなった。 フィールド内では、いつもより日差しが強くなったのだ。 その効果により、ソーラービームのチャージ時間が短縮され、さらに回復技である光合成の効力も最大限に高められる。 一方、空気中の水分が減ることによって炎タイプの技の威力が高まると言うデメリットもある。 草タイプの弱点は炎タイプゆえに、解せなかった。 「でも、なんの考えもなしに日本晴れなんて使ったりしないよね。気をつけなくちゃ」 警戒は抱いておいた方がいい。 自分が有利になるような技を使われたからといって、相手が『不利』になるとは限らない。 油断させておいて、そこを一気に突き崩してくる作戦かもしれないからだ。 「トロピウス、あなたの力を見せてやりなさい!!」 その言葉に、トロピウスが翼を広げて飛び立つ!! なんと、百キロ以上はあろうかという巨体があっさりと宙に浮かんだではないか。 それも、巨体を感じさせないような滑らかな動きで。 「カエデ、火炎放射!!」 日本晴れで炎タイプの威力が上がっている今なら、もしかするとトロピウスを一撃でノックアウトできるかもしれない。 アカツキはカエデに指示を出した。 有利になっているなら、その状況を最大限利用すること――今朝、ユウキからそんなアドバイスをもらったのだ。 早速それを活かすことにする。 カエデが背中の炎はそのままに、口からも凄まじい勢いの炎を噴き出した!! 日本晴れの効果で威力の高まった炎は、まるで噴火を思わせるようなものだった。 だが、ナギは焦りの表情などまるで出していない。 むしろ、そうなることを分かっていたかのような…… 「トロピウス、避けてマジカルリーフ!!」 津波のような炎から逃れるべく、トロピウスが高度を上げる。 ぼぉぉぉぉっ!! 圧倒的な炎がトロピウスの足元を行き過ぎた!! 「速い……なんで、あんな身体してるのに……」 焦りを抱いたのはアカツキの方だった。 カエデの火炎放射は威力、スピード共に申し分ない。 しかし、トロピウスはあの巨体で、それをあっさりと避わしてみせたのだ。 トロピウスの特性は『葉緑素』。 日本晴れの効果で日差しが強まっている状況でこそ実力を発揮する特性だ。 身体の機能が活性化され、より素早い動きと、強力な攻撃を繰り出せるようになる。 反面、弱点である炎タイプの技の威力も増すが、動きが速くなって避けられればそれほど苦にもならない。 お返しといわんばかりに、トロピウスが首もとの葉っぱを無造作に飛ばしてきた!! 風の抵抗を受ければすぐにでも吹き飛ばされそうな葉っぱは、しかしカエデめがけて一直線に飛んできた!! 「カエデ、もう一度火炎放射!!」 「甘いわ、吹き飛ばし!!」 アカツキの指示に重ねて、ナギも指示を下す。 カエデが飛んできた葉っぱを焼き尽くすべく炎を吐き出すが、突如吹きつけた強烈な風に炎が流される!! 無論、トロピウスが大きな翼で起こした強烈な風である。 炎は強い風の中でも平気で向かってくる葉っぱをそれ、虚空を焼き尽くす!! 「バク!?」 次の攻撃を出す暇もなく、スピードを上げて飛来した複数の葉っぱがカエデを薙ぎ払う!! 効果の薄い草タイプだったので、それほどのダメージは受けていない。 ただ、精神的なダメージをアカツキが受けてしまっていた。 「ただの葉っぱなのに、どうして……」 呆然。 風に揺れるだけの頼りない葉っぱだと思っていたが、台風並みの強烈な風の中でも、カエデ目がけて一直線に飛んできた。 どんな風の中でも決して流されない。 それが『魔法の葉っぱ(マジカルリーフ)』たる所以であることを、アカツキは知らなかった。 ナギはその特性を利用して、炎から葉っぱを守るべく吹き飛ばしによる攻撃を行ったのだ。 やはり、一筋縄で行くような相手ではなさそうだ。 「何ぼーっとしてるの? 君にそんなヒマはあるかしら? トロピウス、ソーラービーム連射!!」 「……っ!! カエデ、もう一度火炎放射!!」 アカツキも負けじとカエデに火炎放射を指示する。 だが、一瞬向こうの方が速かった。 瞬時にチャージを終えたトロピウスが、口から強烈な光線を解き放ってきたのだ!! 後から目に見える形になった火炎放射の勢いは、到底ソーラービームに及ぶはずもない。 あっさり吹き散らされ、カエデに炸裂する!! 「カエデ!!」 アカツキの悲鳴は、ソーラービームが地面を抉った音でかき消された。 生まれ出た爆風に、毬のように地面を転がるカエデ。 「発射!!」 情け容赦なく、第二撃が発射される!! トロピウスはソーラービームのチャージを一秒と待たずに発射しているのだ。 それも、威力はほとんど完全に近いので、本気で手がつけられない。 「カエデ、戻って!!」 辛うじて戦闘不能を免れたカエデを、アカツキはモンスターボールに戻した。 それから一秒と経たずに、カエデがいた場所を凄まじい光線が薙ぎ払った!! 「賢明な判断ね……」 ナギは口元に笑みを浮かべた。 苦手な炎タイプのポケモンがいなくなったことに、安心しているようだ。 トロピウスの能力を最大限に高められる『日差し』は、炎タイプにとっても追い風となるのだ。 ゆえに、脅威がひとつでも減ると、それだけでトロピウスの独壇場になる。 そう思っているに違いない。 「さあ、誰を出すの!?」 「…………」 アカツキは迷っていた。 出せるのはカエデ、ミロカロス以外の残り一体。 ダメージを受けているカエデや、ソーラービームが弱点のミロカロスは論外。 となると、ここで誰を出すかによって明暗がハッキリと分かれることになる。 ゆえに、慎重に慎重を重ねるに越したことはない。 「ソーラービームは簡単に発射されるし、かといってミロカロスもアリゲイツも『雨乞い』は使えない……」 天気さえ変えられればトロピウス最大の武器が消えると確信していたが、そのための手段がないことも分かっていた。 ソーラービームはカエデの火炎放射すらあっさり吹き散らしてみせた。 それだけの威力を持つ攻撃を、同じ遠距離タイプの攻撃でかき消すことは不可能。 ならば、接近して止めるしかない。 トロピウス本体を叩いて、ソーラービームを出させなくすればいいのだ。 一秒でも隙を与えれば即座に発射してくるだろうから、リスクとしては決して低いとは言えないが、それでもやるしかない。 「ここであきらめたら男じゃない……!!」 なんて、口に出せば赤面するであろう言葉で自分を勇気付ける。 迷わず、モンスターボールを投げ放つ!! 「エアームド、キミが頼りだ、頼むよ!!」 「エアームド……飛行タイプで来たの……」 訝しげに目を細めるナギ。 自身の得意とする飛行タイプで攻めてくることに、何かを感じているのだろう。 ボールは放物線を描いて落下し、その衝撃で口を開いてエアームドを放出した!! 「キェェッ!!」 エアームドは飛び出してくるなり、負けないぞと気合のこもった声を上げた。 「エアームドで来るなんてね。 でも、君が採りそうな戦法くらいは、私にだって分かっているわよ」 ナギは笑みを浮かべた。 飛行タイプのエキスパートである。 エアームドがどのような技を覚えているかくらいは知っている。 筒抜けと言っていいが、それでも敢えて挑戦してくる相手に敬意を表したいくらいだ。 「エアームド対トロピウス、バトルスタート!!」 「エアームド、高速移動で撹乱して!!」 「見え見えよ、ソーラービーム!!」 バトルが始まると同時に、指示が入り乱れる!! エアームドが翼を広げて飛び立つと同時に、瞬時にチャージを終えたトロピウスがソーラービームを放つ!! 真正面から飛び込むのは危険。 とはいえ、日差しが強い状態で能力がアップしているトロピウスから背後を取るというのも難しい。 それでもやらないわけにはいかない。 彼女のポケモンをすべて倒さなければ、フェザーバッジは手に入らないのだ。 エアームドは文字通り高速で移動して、ソーラービームから身を避わした!! ぼんっ!! 先ほどまでエアームドがいた場所に、ソーラービームが大きな音を立てて突き刺さる!! 地面には大きな穴が穿たれた。 ナギのエアームドがゴッドバードを放った跡をも上回る規模の穴だけに、これはますます油断できない。 「高速移動で撹乱して……」 アカツキはエアームドの動きを見て、やるべきことをすぐにまとめた。 流線型を描きながら、太陽をバックに浮遊しているトロピウスに接近するエアームド。 一直線の動きでは狙い撃ちにされると分かっているのだろう、曲線を描きながら肉薄する。 「トロピウス、ソーラービームでエアームドを撃ち落しなさい!!」 ナギの指示に、トロピウスの身体が光を帯びる。 次の瞬間、トロピウスがソーラービームを発射!! その時を見計らい、アカツキは指示を下した。 「エアームド、高速移動で後ろに回りこんでエアカッター!!」 「!?」 ナギの顔が険しくなる。 同時に、エアームドはソーラービームをあっさり避けて、トロピウスの背後に回り込んだ!! 「ごごぉっ!?」 一瞬で背後に回られ、トロピウスは慌てながらも振り返る。 だが、遅かった。 エアームドが翼を激しく打ち振ることで生まれた真空の刃が、トロピウスの身体に突き刺さった!! 草タイプを含むトロピウスには、飛行タイプの技は効果抜群なのだ。 「トロピウス!! 怯まずにソーラービームよ!!」 ナギが悲鳴のような声で指示を下す。 ソーラービームを一瞬で発射できるというのは、とても都合のいいことだらけのように思えるが、実はそうではない。 あくまでもチャージが一瞬で終わるというだけで、開け放った口が向いている方向にしか発射できないのだ。 だから、後ろに発射することはできないし、もし発射するにしても、一度振り返らなければならない。 そこから発射までのタイム・ラグを利用するしかないと思ったのである。 そして、それは見事に的中した。 エアカッターが急所に決まったのか、トロピウスは呻きながら落下していく!! 怯むどころか、大ダメージだ。 「エアームド、続いて鋼の翼!!」 急速に落ちていくトロピウスめがけて、エアームドが陽光を照り受けて銀色に輝く翼を叩きつける!! エアームドの一番得意な攻撃を受け、さらに地面に叩きつけられるトロピウス!! 大音響と共に、土煙が立ち昇る。 勢いがそれなりにあり、その上百キロを越える重さゆえに、衝撃はすさまじかった。 やっとの思いで立ち上がったが、足元はどうにも覚束ない。 そんなトロピウスに、ナギは最後の指示を下した。 「ただではやられないわよ。トロピウス、ソーラービーム!!」 一瞬でチャージを終え、トロピウスが最後の一撃を放つ!! 「キェッ!?」 油断しきっていたエアームドは反応がわずかに遅れた。 直撃こそ避けられたものの、ソーラービームが翼を掠めた!! バランスを崩し、錐もみ状態で落下していくエアームド。 「エアームド、しっかり!!」 どすんっ。 トロピウスが横向きに倒れ、それきり動かなくなる。 「トロピウス、戦闘不能!!」 審判が声を上げるのと、エアームドが地面に落ちてきたのは同時だった。 激しく叩きつけられたものの、防御力の高いエアームドにとってはそれほどのダメージにはなっていないらしい。 すぐに立ち上がると、空へ羽ばたいた。 鋭い視線が、倒れたトロピウスに向けられる。 まだ立ち上がってくるかもしれない……一瞬でソーラービームを放ってくるかもしれないと警戒しているのだ。 「トロピウス、戻りなさい」 ナギは無表情でトロピウスをモンスターボールに戻した。 「あとは……」 アカツキの表情も晴れなかった。 これでナギのポケモンは二体戦闘不能になり、彼女は最後のポケモンを出さなくてはならなくなった。 比べて、アカツキはダメージを受けていながらも、三体ともまだ戦える状態だ。 つまり、数だけで比べるなら、圧倒的優位に立ったと言ってもいい。 しかし、ポケモンバトルというのは単純に、残ったポケモンの数に比例して状況が有利になったり不利になったりするものではない。 ここからが本当の勝負……彼女も全力を出してくるだろう。 その力を受け止め切れるくらいのポケモンでなければ、あっさりと撃破されてしまう。 彼女の残ったポケモンも恐らくは飛行タイプ。 一体どんなポケモンが出てくるのか。 最後に出てくるということは、切り札に間違いない。 呼び名どおり、エアームド、トロピウスに輪をかけてすごいポケモンが出てくるはずだ。 大切なのは、どんなポケモンが出てこようとも自分を保ち続けることだ。 深呼吸して、気持ちを落ち着ける。 と、そこへ突きつけるような声でナギが言った。 片手に、最後のポケモンが入ったモンスターボールを携えて。 「私の三体目のポケモンを引きずり出してくるなんて、予想以上ね。それは認めましょう。 でも、このポケモンは私が最初にゲットした、最強のポケモンよ。 出てきなさい、美声の優しき空の覇者、チルタリス!!」 ナギは全力でモンスターボールを空へ向かって投げ放つ!! 最高点に達したボールが口を開き、彼女の最後のポケモンをフィールドに送り出した!! 「チルルル……」 飛び出してくるなり、思わず聞き惚れてしまうような美しい声を出したのは、雲を身体にまとったようなポケモンだった。 透き通るような青い首と足、複数の尻尾を雲から突き出すそのポケモンに、アカツキはどこか見覚えがあった。 「チルタリス……? もしかして……」 生まれ出でた想像を確認すべく、ポケモン図鑑を開いた。 センサーがポケモンを認識し、姿を液晶に映し出した。 「チルタリス。ハミングポケモン。チルットの進化形」 「チルットの進化形……」 アカツキはカリンの説明をそのまま口にした。 チルットが進化したら、あんなに美しい声を発する、どこか可愛さと美しさが同居したようなポケモンになるのだ。 「――美しいソプラノによって奏でられた歌声を聴いた者は、思わず夢心地に陥ってしまうと言われている。 綿雲のような翼で上昇気流を受けて、空高くに舞い上がる」 「あれ、翼なんだ……」 雲のように見えたのは、折りたたんで身体に巻きつけた翼だったらしい。 チルットを大きくして、首を伸ばしたのがチルタリスのおよその外見だった。 大きさはエアームドと同じくらい。翼を広げれば、もっと大きく見えるのだろう。 「私のチルタリスは、一筋縄じゃ行かないわよ」 「チルタリスはドラゴンタイプまで持ってる……」 その言葉が正しいものであると、アカツキは図鑑を見て気づいた。 チルタリスのタイプは、ナギの得意とする飛行タイプと、もうひとつ。 最強と目されるドラゴンタイプなのだ。 竜の息吹やドラゴンクローなど、強力な技がゴロゴロしているタイプだけに、ただの鳥ポケモンと侮ることはできそうにない。 ドラゴンタイプは伊達じゃないだろうから、恐らくはそちらの方を主軸にして攻めてくるに違いない。 となると、ドラゴンタイプに強いエアームドのまま行くのが一番か。 「チャレンジャーはポケモンのチェンジを行いますか?」 「このままでいいです」 「かしこまりました」 アカツキはエアームドで行くことにした。 大ダメージを受けているカエデなど出そうものなら、一撃も食らわせられずに倒される恐れがある。 それなら、一番ダメージを受けていないエアームドで、できる限りチルタリスの体力を削ってからの方がいいに決まっている。 少しは物の道理というのも、分かってきたのかもしれない。 羽ばたきもせず宙に浮いているチルタリスは、綿雲のような翼で上昇気流を受けている。 実に器用なポケモンだ。 「チルタリス対エアームド、バトルスタート!!」 審判がバトルの開始を告げると同時に、ナギの声が響き渡った。 「チルタリス、竜の舞!!」 チルタリスはその指示に応え、神秘的な舞を見せた。 どこか不思議で、心が落ち着くような、そんな舞だ。だが、それが『無害』なものであるはずがない。 アカツキはそう判断して、エアームドに指示を下した。 「エアームド、鋼の翼!!」 エアームドが羽ばたき、神秘的な舞を披露し続けているチルタリス目がけて飛んでいく!! ぐんぐんと二者の距離が迫り―― 「チルタリス、避わして竜の息吹!!」 ナギの指示が飛ぶ。 やはり、ドラゴンタイプの攻撃技を中心に攻めてきた。 チルタリスはギリギリまでエアームドを引き寄せると、羽根のような身のこなしでさっと攻撃を避わす。 そしてエアームドとすれ違った瞬間、口から凄まじい緑のブレスを吹きかけた!! 背後からまともに竜の息吹を食らい、エアームドはたまらずバランスを崩した!! 「エアームド、しっかりして!!」 強力なドラゴンタイプの技といっても、エアームドの鋼タイプで効果はある程度軽減される。 つまり、この一撃が重くのしかかってくることはないはず……だった。 だが、エアームドは辛うじて竜の息吹から逃れることができたものの、翼を広げた体勢のまま、地面に墜落した。 「エアームド!?」 一体何がどうなっているのか。 エアームドは身じろぎひとつしない。 どう考えても戦闘不能になるほどのダメージではないはずだ。 なのに、エアームドは動かない。 いや、動こうとしているのだが、思うように動けずにいるのだ。 「勉強が足りないわね!!」 ナギが朗々と言った。 「竜の息吹は相手に麻痺を与えるのよ!! つまり、君のエアームドはチルタリスから好き放題攻撃されるのよ!!」 「なんだって!?」 アカツキは素っ頓狂な声を上げた。 語尾が裏返っていることに気づく余裕すら、あっさりと奪われてしまった。 ダメージと共に麻痺の効果を与える技はいくつかあるが、まさか竜の息吹がそれに該当するとは思わなかった。 「チルタリス、続いて火炎放射!!」 「エアームド、逃げて!!」 しかし、それは無理な相談だった。 チルタリスは素早い動きでエアームドの脇に降り立つと、動けずにいるエアームドめがけて情け容赦なく炎を吹きかけた!! カエデほど強力ではないが、竜の息吹を受け、あまつさえ麻痺している状態ではとても辛い。 エアームドは抵抗もできずに炎に飲み込まれた!! 「エアームド!!」 アカツキは悲鳴を上げた。 まさか、チルタリスが炎タイプの技まで使うなんて……油断していた。 ナギはセンリのマッスグマと同じように、あらゆるタイプと戦えるよう、チルタリスに様々な技を覚えさせている。 「戻って!!」 躊躇わず、エアームドをモンスターボールに戻す。 麻痺して動けない以上、戦闘不能も同然なのだ。 なら、これ以上戦わせても何の意味もない。そう判断したのだ。 「戦闘不能とみなしてよろしいですか?」 エアームドの状態を考慮して、審判が穏やかな声音で訊ねてくるが、アカツキは「はい」と小さく頷くだけだった。 「エアームド、戦闘不能!!」 「しかし、とんでもないポケモンがラストになっちまったな……」 袋の煎餅をすべて平らげ、爪楊枝で歯間を掃除しながら、ユウキは他人事のようにつぶやいた。 もちろん、アカツキには負けないでもらいたいと思っているが、バトルしているのはアカツキであって、ユウキではないのだ。 「チルタリス……か。 火炎放射を覚えさせてるところを見ると、弱点の氷タイプを返り討ちにできるようにってことなんだろうな。 その上竜の舞なんて使うんだから、これは長引くほど不利になるぜ、アカツキ。 さぁ、ここが正念場。どう乗り切ってみせるんだ?」 チルタリスの最大の武器は『竜の舞』。 攻撃技ではないが、故に油断できないのだ。 その効果をアカツキが知っているのか。 知らなければ、本気でとんでもないことになる。 長期戦はどちらにしても不利な状況を招くだけ。 「おまえの実力、全部見せてもらうぜ」 口の端に、白い歯が覗いた。 「一撃も与えられずにエアームドが負けた……?」 エアームドが戦闘不能になったという事実は、アカツキを打ちのめした。 心理的なダメージが相当大きかったようで、真一文字にきつく結ばれた口元が緩む気配はない。 「でも、まだ勝負が終わったわけじゃない。 きっと、なんとかなる。ううん、なんとかしなくちゃ!!」 闘志は折れなかった。 あきらめるのが大嫌いな男の子である。 心理的に追い詰められようと、『やる気』が萎えることはない。 「出せるのはカエデかミロカロス……ここは……」 アカツキはモンスターボールを手に取ると、投げ放った!! 「カエデ!! 頼んだよ!!」 飛び出してきたのはカエデだった。 トロピウスのソーラービームが効いているのか、足元は小刻みに震えている。 それでも、トレーナーと同様に闘志を瞳にみなぎらせて、地面に降り立った状態のチルタリスを睨みつけている。 一方のチルタリスは、そんな視線など何の意味もありませんと言わんばかりに、澄ました顔を返してきた。 「チルタリス対バクフーン。バトルスタート!!」 「火炎放射!!」 先手を取ったのはアカツキ。 ただでさえカエデがダメージを受けているのだから、攻められてはどうしようもない。 そうなる前にできる限り攻め込んで体力を削っておく。 万が一戦闘不能になってミロカロスに引き継がれても、その分有利に戦える。 「チルタリス、翼で打つ攻撃!!」 カエデの口から強烈な炎が迸った瞬間、ナギの指示が飛んだ。 チルタリスは翼を広げて飛び立つと、恐ろしいほどのスピードでカエデに接近してきた!! 足元スレスレのところを炎が通り過ぎていくのも気にせずに。 「速いっ!!」 アカツキは驚いた。 チルタリスのスピードが、先ほどのトロピウスをも上回っていたからだ。 今でこそ日差しは穏やかになってきたものの、特性を見る限り、チルタリスは天気によって能力が上昇するタイプではない。 つまり、これはチルタリスの実力だ。 一瞬で間合いを詰められ、さすがのカエデもたじろいでしまう。 その隙を狙って、チルタリスが綿雲のような翼をカエデに叩きつけた!! 「ギャフーンっ!!」 綿雲とは名ばかりの凄まじい衝撃を受け、カエデは悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。 無論、翼には芯となる骨があるので、見た目が綿雲でも、骨の強度をまともに受けることになるのだ。 「カエデ!!」 なんなんだ、今のチルタリスのスピードは!? アカツキは焦りを隠そうともしなかった。 それだけの余裕もなかった。 チルタリスはカエデに一撃を食らわすと、また凄まじいスピードで急上昇。 反撃を受けない高さにまで飛び上がった。 飛行タイプのポケモンが得意とする「ヒット・アンド・アウェイ」戦法だ。 「バク……フーン……」 吹き飛ばされながらも、低い唸り声を上げると、カエデはゆっくりと立ち上がった。 ダメージを受けながらも、闘志の衰えない双眸で、宙を漂うチルタリスを睨みつける。 強い気持ちに呼応して、吹き飛ばされた時は一瞬消えた背中の炎が強く燃え上がった。 「良かった……」 まだ戦えると分かって、アカツキはホッとした。 ここでカエデが戦闘不能になったら、ミロカロスだけでチルタリスをどうにかしなければならなくなった。 とはいえ、油断はできない。 あのスピードは脅威的だが、それを利用するような攻撃さえ繰り出せれば、ダメージを与えられるはずだ。 そして、それはこのバトルをドームの隅っこで見つめているユウキとの、ムロタウンでのバトルで知った。 だから、勝ち目は残っている。 「やるわね。 竜の舞で強化されたチルタリスの一撃を受けても立っていられるなんて……」 ナギはしかし笑みを崩さなかった。 「竜の舞で、強化された?」 アカツキは訝しげに眉をひそめた。 竜の舞とはドラゴンタイプのポケモンのみが使える技で、チルタリスが先ほど見せた神秘的な舞がそれである。 踊った時間に比例して、攻撃力と素早さが上昇するという凶悪な効果を秘めた技だ。 チルタリスのスピードは確かに竜の舞によって得たものであるから、実力という意味では間違っていない。 だが、それが素のものではない。 「さっき見せたあの変な踊りが……?」 アカツキには「変」と「神秘的」の区別がつかないようだった。 そこまで理解するだけの感性が育っていないのだ。 「でも、カエデに直接攻撃をしてくるんだったら、まだ大丈夫。なんとかできる」 しかし、確信はあった。 チルタリスがカエデに直接攻撃してくれば、そこを端緒に反撃の狼煙を上げられる。 あとは、そのタイミングを虎視眈々と待ち受けるだけだ。 「でも、次の一撃で終わらせてみせるわ。 チルタリス、つばめ返し!!」 「つばめ返し!?」 アカツキはギョッとした。 つばめ返しは『絶対に避けられない』技だ。 竜の舞で強化されたチルタリスがそれを繰り出してくれば、立っているのもやっとの状態のカエデなど確実に戦闘不能に陥るだろう。 だが―― 「そこを狙えば……」 そうするしかなかった。 ナギの指示を受けて、チルタリスが先ほどと変わらないスピードでカエデめがけて一直線に急降下してくる!! カエデはチルタリスを睨んだまま、アカツキからの指示を待つ。 ぐんぐん距離が狭まってくる。 十メートル、八メートル…… ギリギリまで引き付けたところで、アカツキはカエデに最後の指示を下した。 彼女も望んでいるであろう、一矢報いるだけの威力を有した攻撃を。 「カエデ、火炎車!!」 瞬間。 カエデの全身が燃え盛る炎で包まれた!! 「なんですって!?」 これにはナギも悲鳴を上げてしまった。 まるで炎の塊のように、チルタリスを迎え撃つカエデの瞳には強い意志の輝きが見て取れた。 「これがあたしの最後の一撃」 そう呼ばせるに相応しい気迫と、そして…… プライドと想いを乗せ、カエデが駆け出す!! さらに加速して距離が劇的に迫り―― どごぉぉぉぉぉんっ!! 空間が震えた。 そうとしか形容できない衝撃が空気を伝って身体を叩く。 「……っ」 何の前触れもなく、突如として襲い掛かった衝撃に、アカツキは全身に力を込めて辛うじて踏ん張れた。 「くっ……」 風とはまた違う衝撃に、ナギは小さく漏らしながら、奥歯を噛みしめた。 「チルタリスっ!!」 大きな声で叫ぶ。 身体の出来上がっていないアカツキとは違って、衝撃を受けても、自分のポケモンを呼ぶだけの余裕はあるらしい。 チルタリスとカエデは離れた場所で倒れていた。 激しくぶつかった際に発生したエネルギーの凄まじさを物語っているように、その場所はクレーターができていた。 一家がテーブルを囲んで団欒を楽しめるほどのスペース、とでも言えばいいだろうか。 エネルギーがどう作用したのか、抉り取られた部分の土は完全に消滅していた。 恐らくはカエデの火炎車の効果で粒子もろとも蒸発してしまったのだろう。 「チル……チルルルル……」 チルタリスは呻き声を上げながらも、何とかといった感じで身を起こすと、風を受けて羽ばたいた。 かなりのダメージを受けたらしく、どこか動きはぎこちない。 一方、カエデは……背中の炎が消え、まったく動かない。 火炎車に自分の持てる力をすべて注ぎ込んだのだろう。 でも、その表情には満足そうな気持ちが浮かんでいるように見えた。 「カエデ、ありがとう。ゆっくり休んでて」 アカツキは心の底からカエデに労いの言葉を贈ると、モンスターボールにその姿を引き戻した。 「バクフーン、戦闘不能!!」 「これで、君もミロカロスを出すしかなくなったわね」 審判の言葉が終わらないうちに、ナギが言った。 アカツキはただ黙って頷いた。 残されたのはミロカロスだけ。 カエデのボールと持ち替え、勝負を託すミロカロスを、ボールを通して見つめる。 もちろん、塗料の塗られているボールは透き通っているはずもないが、何となく、分かる。 「ミロカロス、行くよ。最後の勝負!!」 アカツキはミロカロスのモンスターボールを投げた!! 泣いても笑っても、ミロカロスが最後だ。 チルタリスもカエデの火炎車でかなりのダメージを受けている。これならまだ、何とかなる。 「ろぉぉぉぉぉぉんっ!!」 ミロカロスは飛び出すなり、威嚇するように嘶いた。 翼もないのに宙に浮かび、チルタリスを睨みつける。 見えない火花が二体の間に散って―― 「チルタリス対ミロカロス。ファイナルバトル・スタート!!」 お互い最後のポケモン同士のバトルが始まる!! 「チルタリス、日本晴れ!!」 「ミロカロス、ハイドロポンプ!!」 同時に指示を下し、同時に技を発動させる!! チルタリスが空を仰ぐと、再び汗ばむほどの日差しが降り注ぎ、ミロカロスが口から超圧縮された水の塊を撃ち出す!! だが、日本晴れの効果で、先ほどと比べると少々頼りないが、それでも普段の水鉄砲よりは圧倒的に強力だ。 「チルタリス、翼で打つ!!」 日差しの強い太陽をバックに、チルタリスが翼を広げて急降下!! 先ほどと同じように、強力な攻撃を仕掛けてくる!! ぶしゃぁぁぁっ!! ハイドロポンプが直撃し、猛烈な水圧を撒き散らすのも気にせず、矢のように一直線に突っ込んでくるチルタリス!! ドラゴンタイプゆえに、水タイプの攻撃は食らっても大ダメージにはならない。 ましてや、日本晴れの効果で威力の弱まっているのだ。 痛くないわけはないが、我慢できなくはない。そういったところだろう。 「効いてない!?」 アカツキは驚きで声も出なかった。 水タイプ最強の技を真正面から食らいながらも、一瞬たりとも怯むことなく、向かってくるチルタリス。 チルットが進化したら、ああいう風に度胸のあるポケモンになるのだろうか。 だが、その思考はすぐに途切れた。 「ミロカロス、水の波動!!」 直接的なダメージが望めないなら、混乱の効果で優位に立てばいい。 アカツキの指示に、ミロカロスが口を開き、水の波動を撃ち出す!! だが、チルタリスはそれすらも易々と突破して、ミロカロスを翼で打ち据えた!! 「ろぉぉぉんっ……」 攻撃を受け、身悶えるミロカロス。 どうやら、防御力はそれほど高くないようだ。 もっとも、竜の舞で攻撃力が強化されている以上、多少防御力の高いポケモンでもかなり効くだろう。 攻撃を加えたチルタリスは高度を取った。 「ミロカロス、しっかりして!!」 アカツキの悲痛な声が届いたか、ミロカロスは瞳を大きく見開くと、チルタリスの姿を探した。 「次で終わりよ!! チルタリス、ゴッドバード!!」 ようやく高い空にその姿を探し当てた時には、ナギの指示がチルタリスに届いていた。 弧を描くように旋回し、再び急降下!! 落下の勢いを利用して翼に力を集め、発動するのは飛行タイプ最強の技・ゴッドバード。 エアームドですら、地面を抉り取るほどの威力を発揮したのだ。 竜の舞で攻撃力が強化されたチルタリスが同じ技を使えば、どれだけの威力になるだろう。 アカツキも分かっていた。 食らえば確実に負ける。 でも、食らわずに済む手はほとんどない……が、ないわけじゃない。 だったら、なんとかできる。 「できるかどうかなんて、やってみなくちゃわからない……」 アカツキはギュッと拳を握りしめた。 空から降り注ぐ神の矢のように、凄まじい加速度を味方につけて膨大な破壊力をもたらすチルタリスを見つめながら。 躊躇いは――なかった。 どちらにしても、やらなければ、できなければ負けるのだ。 カエデやエアームドの頑張りも、一時であれ無駄になる。そんなのは嫌だった。 努力が、あとで取りもどせるとしても、少しでも無駄になるのは。 「ミロカロス!!」 ありったけの声を振り絞って、叫ぶように指示を下す。 「竜巻だ!!」 できないからといって黙っていても負ける。 できるかどうか分からないからといって躊躇っているだけの時間はない。 ならば、賭けるしかないではないか。 その一言に!! ミロカロスはピンと身体を一直線に伸ばした。 チルタリスが矢なら、ミロカロスは槍のように。 槍のように一直線になった身体が小刻みに震える。 額の左右から生えた鮮やかな赤の髪が風に棚引き、周囲に変化が訪れる。 「ま、まさか……!!」 その変化を目の当たりにしたナギの顔がみるみるうちに蒼ざめていく。 光の粒子をまとった風が、ミロカロスを中心にして吹き荒れた!! 「チルッ!?」 チルタリスは慌てて減速しようとするが、自身のあまりのスピードに、急制動(ブレーキ)は効かない!! 車は急に止まれない、とはよく言うものだが、まさに今のチルタリスはそれだった。 みるみるうちに勢いを増す風はあっという間に竜巻と呼ぶに相応しい規模に成長した。 チルタリスは自身の勢いを殺しきれず、美しく輝く竜巻に頭から突っ込んだ!! 「チルタリス!! なんてこと!!」 ナギが絶叫する。 頭から竜巻に突っ込んだチルタリスは瞬く間に引きずり込まれ、荒れ狂う風の中で弄ばれた。 「ミロカロス……すごいよ、やっぱり……」 アカツキは嬉しさを隠そうともせずにつぶやいた。 ドラゴンタイプの大技である竜巻。 それを、ミロカロスは使いこなせたのだ。 一か八かの賭けではあったが、どうやらその賭けには勝ったらしい。 でも、まだ油断はできない。 チルタリスが倒れたところをこの目で見なければ。 そして、審判の『宣言』を耳にしなければ。 「竜巻……まさか、そんな大技を覚えているなんて……」 ナギは臍を噛んだ。 油断だった……いくら言い訳しても足りないくらいの失態(ミス)だ。 相手は水タイプ。 そう思って油断していたのがアダになった。 「進化したばかりなのに……」 アカツキはミロカロスが竜巻を使ったという事実をうれしく思いながらも、同時に驚いていた。 ヒンバスから進化したのはほんの数日前。 それまでは竜巻という技の存在さえ知らなかったはずなのだ。 なのに、ミロカロスは見事に竜巻を使いこなしている。 天気研究所で身を挺してかばったという『愛情』に触れて進化して、今――竜巻という技を形にして『愛情』に報いているのだ。 そこまでは分からなくとも、ミロカロスが自分のために一生懸命戦ってくれていることだけは、痛いほどに伝わってくる。 チルタリスは周囲を風の壁に囲まれて、完全に身動きが取れなくなっていた。 少しでも翼を広げれば風に巻き込まれ、さらにダメージを受けてしまう。 竜巻の恐ろしいところは、一度巻き込まれると、治まるまで脱出できないという点にある。 小さなポケモンなら、真上に飛んで難を逃れることもできるだろう。 しかし、少しでも大きなポケモンになると、飛ぶだけでダメージを受けてしまうのだ。 まるで洗濯機の中で揉みくちゃにされるように、チルタリスは成す術なくダメージを受け続ける!! 終わりは突然やってきた。 はち切れるように、音を立て竜巻が弾け飛ぶ!! チルタリスは地面に投げ出された。 大ダメージを受けていたのだろう、地面に激突するのを防ぐことすらできなかった。 大きく跳ね飛び、ナギの足元まで転がっていった。 「チルタリス……」 小さく声をかけ、傷ついたチルタリスの身体にそっと触れる。 「チル……チル……」 チルタリスは首を微かに擡げ、小さく漏らした。 「まだ戦うの……?」 アカツキは不安げに、チルタリスとミロカロスを交互に見つめた。 ミロカロスは竜巻の中心の位置から動いていないが、疲弊しきっているのが見て取れた。 疲れている状態で、竜巻という大技を使ったのだ。体力の消耗は限界近くに達している。 チルタリスも、今の一撃が効いたのか、立ち上がるのも難しい状況だ。 「分かったわ……」 よく頑張ったわね……そう付け加え、ナギはチルタリスをモンスターボールに戻した。 「ジムリーダー?」 訝しげに眉をひそめ、審判が訊ねる。 戦闘不能を宣言していない状態でポケモンを戻すというのがどういうことか…… 分かっていないわけでもないでしょうに……そう言いたげだ。 「分かっているわ」 ナギはしかし首を横に振った。 「チルタリスを戻したのは私の判断よ。 無論、それは負けを認めるということになるわ。さあ、宣言なさい。彼の勝ちを」 言われなくてもそのつもりだったようで、審判の行動はとにかく早かった。 アカツキの側の旗を振り上げ、朗々と宣言する。 「チルタリス、戦闘不能!! よってこの勝負、チャレンジャー・アカツキの勝ちとします!!」 「やったよ、ミロカロス!!」 アカツキはミロカロスの傍まで駆けていくと、腕を広げた。 最後の力を振り絞り、ミロカロスは彼の胸にもたれかかった。 「ろぉぉぉぉん……」 小さく嘶くその声は、喜びのものか、はたまた安堵のものか。 考えるまでもなく、アカツキには分かった。 「ありがとう、ミロカロス。 やっぱり、キミってすごいよ。本当にありがとう……」 ギュッとその身体を抱きしめて、アカツキはミロカロスをモンスターボールに戻した。 勝ったという実感が、徐々に湧き上がってくる。 「私の負けね……」 ナギは爽やかな表情を取りもどすと、服の袖で額の汗を拭いながらアカツキの傍まで歩いてきた。 「ナギさん……」 「君の勝ちよ。さあ、受け取りなさい。このフェザーバッジを」 懐から取り出した、羽根のような形のバッジをアカツキに手渡した。 「フェザー……バッジ……」 アカツキは陽の光を受けて鈍く輝くフェザーバッジをしげしげと見つめた。 エアームドと、カエデと、そしてミロカロスと。 三体のポケモンの努力がこうして目に見える形となって自分の手の中にある。 それだけでうれしかった。 努力が、ひと時であっても無駄にならなかったと知って。 「しかし、驚いたわよ。 君のミロカロスが竜巻なんて使うものだから」 「あの時はぼくも、一か八かで……」 「でも、君は読み勝った。 これからも頑張りなさい。君なら……きっとホウエンリーグにも出られるわ」 「ありがとう、ナギさん」 笑顔で礼を言うと、アカツキは再び手のひらの上で輝くバッジに視線を落とした。 これで六つ。 ホウエンリーグに出るために必要なバッジは八つだから、必要なのはあと二つだ。 「しっかし、やるもんだな、おまえのミロカロス」 「ぼくも驚いたよ」 いつの間にかすぐ傍にやってきていたユウキに笑顔を返すと、アカツキは空を見上げた。 キラキラ眩しい陽光が、まるで祝福してくれているようだった。 第71話へと続く……