第75話 コンビネーション・バトル -Perfect combination- 目の前の建物は、パッと見た目は普通の民家と何ら変わりはしなかった。 ただし、入り口の上に掲げられた看板には『ジムリーダー・フウとラン。神秘のコンビネーション』などと書かれている。 「ジムリーダー、ふたりいるのかな……?」 閉ざされた入り口の前に立ちながら、アカツキは看板に書かれている文字を改めて口に出して読んだ。 フウとラン……恐らくはジムリーダーの名前なのだろう。 先ほど久しぶりに再会を果たしたダイゴが言うところによると、ジムリーダーはダブルバトルで挑んでくるそうだ。 ダブルバトルというのは呼び名の通り、トレーナーが二体のポケモンを駆使してバトルする形式のことである。 ホウエンリーグの本選ではこの形式が採られているため、少しは慣れておかないと後々苦労することになる。 ちょうどいい機会ということで、ここでダブルバトルにさらに慣れておくことにした。 しかし、ジム戦というのがちょうどいいというレベルかどうかは微妙に疑問だが…… 「二人が交代でやってるんだろうな……」 アカツキにジムの制度は分からなかったが、別にジムリーダーが二人いたところで問題はない。 ある程度の制約はあるものの、ジムの運営に関してはジムリーダーに一任されている。 そのため、ジムリーダーが二人いようと三人いようと別に構わないのだ。 「神秘のコンビネーションってことは、ダブルバトルでポケモンのコンビネーションが上手に取れてるってことなのかな……」 ダブルバトルで大切なのは、ポケモン同士のコンビネーションだ。 「そこまで考えたことはないけれど、でも大丈夫。 みんな、すごく仲良しだから」 下手な心配など抱いていては、ジム戦に集中できない。 アカツキは湧き上がった心配事をあっさりとゴミ箱に捨てた。 今、できることをやるだけだ。 ベストを尽くすことが今やるべきことであり、今できる唯一のこと。 ならば、立ち止まっているヒマなどない。 アカツキは扉の脇に設置されてあるインターホンのボタンを押した。 「どなた様ですか?」 「あの、ジム戦をしたいんですけど……」 妙に強気な声に、アカツキはいきなり気圧されてしまった。 もしかしたら、この声の主がジムリーダーのひとりかもしれないのだ。 もしそうだとしたら、いきなり負けてしまっている。 しかし、次の声は先ほどとは打って変わって穏やかなものだった。 「挑戦者の方ですね? 分かりました、そちらに向かいますので少々お待ちください」 声は女性のものだった。 少しトーンを抑えているのか、どことなく低く聞こえてくる。 スピーカーの具合なのかどうかはともかくとして、大人の女性のものであることはすぐに分かった。 「どんなポケモンを出してくるのかな? コンビネーションっていうからには、それぞれのポケモンの特性を活かしてたりするのかも。 たとえば、ミツルのプラスルとマイナンみたいに……」 アカツキは少し前まで一緒に、短い間だったが共に旅をしたミツルのことを思い出していた。 生まれつき身体が丈夫でないということで、途中でリタイアしてしまった。 それでも、ミツルのポケモン――プラスルとマイナンのコンビネーションは見事の一言に尽きた。 お互いの特性によって、共に戦う時は能力が高まる。 その状態で繰り出される電気技の威力は、今のワカシャモでも耐えられるかどうかは分からないほどの高さを誇る。 もしかしたら、ここのジムリーダーもそういう風に、互いに能力を高め合うポケモンの組み合わせで来るのかもしれない。 いや、まんまプラスルとマイナンだったりするのかもしれない。 どちらにしても、油断できるような相手などではない。 様々なことを考えていると、扉が開いた。 そこには黒髪をツインテールにした凛々しい女性が立っていた。 服は地味そのもので、口紅やピアスなどのアクセサリーで派手に着飾っていない。 しかし、それがかえって内に秘めた輝きを前面に押し出しているように思える。 歳は二十歳すぎか。アヤカと同年代に見える。 「挑戦者さんですね? お名前をうかがっておきましょう」 「ミシロタウンから来ました、アカツキといいます」 「アカツキさん……ね。 分かりました。ジムリーダーがお待ちです、ご案内いたしましょう」 「お願いします」 アカツキが頭を下げると、女性は微笑んだ。 身を翻すと、服の裾がゆらりと揺れた。 彼女の後についてジムに入る。 「あの、ジムリーダーは二人だって聞いたんですけど……」 「ええ、二人ですよ。 ちなみに、私はジムリーダーじゃありません。経理です」 「…………」 「到着してからのお楽しみですよ」 小さく笑いながら、女性はつぶやくように言った。 ジムに入ると、いきなり階段を下りた。 どうやら、バトルフィールドは地下に造られているらしい。 道理で、ジムの見た目こそ普通の家と変わらないはずだ。 一階は住居で、地下がジムとして機能しているのだろう。 意外と長い階段を下りると、すぐ左手にあるドアを開く。 その先に通された。 「わ……」 体育館ほどはあろうかという広い空間を、天井から無数に吊り下がった淡いブルーの照明が満遍なく照らし出している。 バトルフィールドの境界線を示す白いラインが、くっきり浮き上がっていた。 と、フィールドの向こう側ですでにポジションについているのが…… 「へ?」 自分でも分かるくらい間抜けな声が上がった。 アカツキは自分の目を疑った。 両目を擦って、相手を改めて確認する。 ニコニコと揃って笑みを浮かべている二人の子供。 子供というからには言うまでもなくアカツキよりも年下で、背も小さい。 お揃いのTシャツにラフなズボンをはいてアカツキを出迎えたのは、その二人だった。 兄妹か何かだろう、顔立ちもどこかよく似ている。 男の子と女の子。 くどいようだが、バトルフィールドで待っていたのがこの二人だったのである。 「あれ、そこのお兄ちゃんが」 「ぼくたちの相手なの?」 「そうよ」 笑顔のままで問いかけてくる二人の子供の質問に答えたのは、アカツキを案内した経理の女性だった。 「えっと……」 一体何がどうなっているのか。 ぼくたちの相手……と言うのは……? 「この子たちが、トクサネジムのジムリーダーです。 男の子がフウで、女の子がランといいます」 「はあ……」 「自己紹介が遅れて申し訳ございません。 私はこのジムの運営を任されている経理のナナと申します。 ああ、あとジャッジも務めておりますわ」 「はあ……」 やっぱり…… バトルフィールドに陣取る二人の子供を見たあたりから、もしかしたらとは思っていたのだが……やはりそうだった。 ジムリーダーだったのだ。 男の子がフウという名前で、女の子がラン。 アカツキは唖然としつつも、気持ちを切り替えた。 相手が誰であろうと、ポケモンバトルは真剣勝負。 いくら年下と言っても、ジムリーダーと言うからには強いのだろう。 「それじゃあ、よろしく」 「うん!!」 「あたしたちといいバトルしようね!!」 笑顔で言うと、フウとランは口々に喜びを表した。 「それではルールを説明させていただきますね」 いつの間にやら中央線の延長線上に移動したナナが、両手に旗を持って、背筋をピンと伸ばした。 「二対二のダブルバトルです。一度出したら入れ替えはできないので注意してください。 時間は無制限で、互いのポケモンが二体とも戦闘不能になるか降参した時点で勝敗が決するものとします。 ご質問はありますか?」 アカツキは首を横に振った。 「そうですか……」 男の子の表情が真剣なものに変わるのを見て、ナナはフウとランの方を向いた。 「オッケー」 「分かったヨ」 フウとランはそれぞれひとつずつモンスターボールを手に取った。 それぞれ一体ずつポケモンを操って、ダブルバトルを仕掛けてくるつもりらしい。 「相手はぼくより年下だけど……でも、油断なんてできない」 アカツキは自分より年下の相手を目の前にしながらも、真剣な面持ちを崩さなかった。 ジムリーダーに年齢など関係ない。 男の子だろうがおじいさんだろうが、ジムリーダーであることに変わりはないのだ。 相手は子供とはいえ、二人分の頭脳を持っている。 対するアカツキは、一人で二体のポケモンを扱わなければならない分、ハンデとしてはかなりキツイ。 だからといってあきらめるほど惰弱なつもりは、当然あるはずもない。 「お兄ちゃん、ぼくたち」 「全力で行くからネ!!」 「お兄ちゃんも、全力でやらないと」 「あっさり負けちゃうかもヨ!?」 腹話術よろしく交代で話すフウとラン。 それだけでもコンビネーションがピッタリだということが分かる。 だから…… 「ぼくも、全力でぶつからなくちゃ……」 ギュッと拳を握りしめる。 「それじゃ」 「行っくよーっ!!」 「ソルロック!!」 「ルナトーン!!」 同時にモンスターボールを投げるフウとラン。 放物線を描いてフィールドに投げ入れられたボールから、それぞれのポケモンが飛び出した。 フウのポケモンは太陽を絵に描いたような形で、ランのポケモンは三日月を絵に描いたような形だった。 両方に共通しているのは、岩の身体を持っているということと、岩にもかかわらず宙に浮かんでいるということだった。 「このポケモンは……?」 アカツキは訝しげに眉をひそめると、ポケモン図鑑でその正体を確かめることにした。 まずはフウのポケモン――ソルロックからだ。 「ソルロック。いんせきポケモン。 宇宙から落ちてきたと云われている新種のポケモン。 宙に浮かび音もなく移動する。 太陽光線が力の源で、戦いになると身体を回転させて高熱の光を放つ」 続いてランのルナトーン。 「ルナトーン。いんせきポケモン。 隕石の落ちてきた場所から見つかったために、宇宙からやってきたポケモンと云われている。 満月の時期になると活発になる。 空中に浮いて移動し、赤い瞳は見たものの身体を竦ませるほどの迫力を有する」 「太陽と月……の形してるし、やっぱりタイプは共通してるのかな?」 タイプを調べてみた。 ソルロック、ルナトーン共に岩とエスパータイプを持ち合わせている。 岩はカナズミジムのタイプなので、このトクサネジムはエスパータイプのポケモンを扱っているということになる。 太陽と月……一対のものを思わせるだけに、そこから繰り出されるコンビネーションは恐ろしいものかもしれない。 「ぼくたちはね」 「いつも仲良しなの」 「もちろん、ソルロックも」 「ルナトーンも」 「すっごく仲良し」 「目にモノ見せちゃうヨ」 「っていうわけで……」 「お兄ちゃんのポケモン、早く見せて〜」 TPOをまるで理解していないような、子供らしい笑みを崩すことなくねだるように言うフウとラン。 相手が誰だろうと、どんな時だろうと自分のペースを崩さないという強みを見せ付けられたが、アカツキは気を強く保った。 屈託のない笑みの裏に、どんな罠が張り巡らされているのか、分かったものではないのだ。 「両方とも岩……だったら……」 アカツキはしかし慎重にポケモンを選ぶことにした。 エスパータイプに有効なポケモンはいないので、残った岩タイプに対して有利なポケモンを選ぶしかない。 「水タイプしかない……」 岩タイプに弱いカエデ、チルット、エスパータイプに弱いワカシャモは除外。 ということで、候補に残ったのはアリゲイツ、ミロカロス、エアームドの三体だ。 ダブルバトルに必要なコンビネーションを考えるのであれば、やはり二体のタイプは一致している方がいいかもしれない。 相手のタイプが定まっているのなら、下手に勘繰る必要もないのだ。 「アリゲイツの水鉄砲とミロカロスのハイドロポンプを組み合わせたら、ソルロックもルナトーンも倒せるのかも」 思い浮かんだプランに、アカツキは決めた。 「アリゲイツ、ミロカロス、行くよ!!」 モンスターボールをふたつ引っつかみ、投げ放つ!! トレーナーの意思に応えて飛び出してきたのはアリゲイツとミロカロス。 ソルロックとルナトーンに対して有効な水タイプの持ち主だ。 「ゲイツ!!」 「ろぉぉぉぉぉ……」 「うっわーっ!!」 「水タイプのポケモンだーっ!!」 息巻く二体を見つめるフウとランの瞳は本気で輝いていた。 「……え……?」 苦手なタイプのポケモンが出てきたのにどうしてここまで喜んでいられるのか…… アカツキは理解できずに小さく漏らしてしまった。 「この子たち、変……」 いくらジムリーダーとはいえ、子供は子供ということか。 もうすぐバトルが始まるというのに、余裕なのか、それともこれが地なのかは分からないが。 「でも、子供だからって油断はできないし、ぼくも全力で頑張らなくちゃ」 惑わされたりはしない。 アカツキは眼差しを尖らせながら、フウとランを見つめた。 歳相応というか、それくらいにはしゃいでいる双子。 「では、バトルを始めましょう。 アリゲイツ、ミロカロスペア対ソルロック、ルナトーンペア。 バトル・スタート!!」 ナナが旗を振り上げ――バトルの火蓋が切って落とされた。 「アリゲイツはソルロックに水鉄砲!! ミロカロスはルナトーンにハイドロポンプ!!」 先手を取ったのはアカツキだった。 標的まで的確に分けて指示を出す。 アリゲイツとミロカロスは口を開くと、指示された相手に狙いを絞ってそれぞれの技を放った。 矢のように水の奔流がフウとランのポケモンへと突き進む!! それに対するふたりのジムリーダーは…… 「ソルロック、ルナトーンの後ろに隠れて日本晴れ!!」 「ルナトーンは守るの!!」 それぞれの指示を受け、ソルロックは音もなく宙を移動すると、ルナトーンの後ろに姿を隠した。 ルナトーンは無言で目の前に青い壁を生み出した。 アリゲイツの水鉄砲は虚しく空を裂き―― 残ったハイドロポンプが、ルナトーンが生み出した青い壁に激突する!! 「弾かれてる!?」 アカツキはハッとした。 ルナトーンの生み出した壁にぶつかったと思ったら、最大威力のハイドロポンプがいともあっさり吹き散らされているではないか。 守る技を使ったのが見た目で分かった。 「別々に狙うってバレてた!?」 思いもかけない連係プレーに、アカツキは驚きが顔に出てしまった。 そんな彼に付け込むように、フウとランが意地悪な笑みを浮かべた。 と、その刹那、フィールドに強い輝きが舞い降りた。 ソルロックの日本晴れが発動し、炎タイプの技の威力が上昇、対照的に水タイプの技の威力が低下したのだ。 「しかも……水タイプで来るって分かったら、日本晴れで弱点の技の威力を下げた…… ホントに、この子たちはぼくより年下なのか……?」 信じられなかった。 いくら年下とはいえ、遅れは取らないと高を括っていたが…… どうやら、それは間違いだったらしい。 「お兄ちゃんがどんなポケモンで攻めてきても……」 「あたしたちはちゃ〜んとお見通し」 「これでもぼくたち」 「ジムリーダーなんだから」 「ソルロック、ソーラービーム!!」 「ルナトーン、サイコキネシス!!」 再び指示が下り、ソルロックがルナトーンの真上へと移動したかと思うと、岩の身体を輝かせ、ソーラービームを発射した!! 日本晴れによってチャージがカットされただけに、技の発動の早さは随一だ。 そして、ルナトーンの身体に淡い光が宿る。 「サイコキネシス!?」 アカツキは背筋を凍らせた。 フウとランが何をするつもりなのか、分かったのだ。 まず日本晴れで水タイプの威力を下げることには二つの意味があった。 苦手な水タイプの技で受けるダメージを減らすため。 そして、水タイプの弱点であるソーラービームを瞬時に発動させるためだ。 攻守一体の技の使い方に、アカツキはいきなり圧されていた。 さらに…… 「ゲイツ!?」 アリゲイツの身体にもルナトーンと同じ色の光が…… サイコキネシスで動きを封じたところに、ソルロックのソーラービームが狙い撃ちする!! 「ミロカロス、ハイドロポンプでソーラービームを撃って!!」 何も考える暇などなかった。 気がつけばミロカロスへの指示が口を突いて飛び出していた。 とっさの指示にもミロカロスは機敏に動き、ハイドロポンプを発射。 「頼む、間に合ってくれ……!!」 アカツキは祈るような気持ちでいっぱいだった。 いくらアリゲイツでも、ソーラービームを食らったら確実にノックアウトだ。 進化を一回控えているが故に、その実力は未完の大器。 ソルロックのソーラービームが、動けないアリゲイツへと向かって突き進み―― 直撃する直前。 ばしっ!! ミロカロスのハイドロポンプが寸でのところでソーラービームを撃墜することに成功する!! 「よかった……」 「やるねぇ……」 「ミロカロスのハイドロポンプで」 「アリゲイツを守るなんて……」 「でも、忘れてない?」 「隙だらけってこと!!」 「ソルロック、ソーラービーム!!」 フウの指示が響く。 「させないよ、アリゲイツ、水鉄砲でルナトーンを狙って!! ミロカロスは竜巻でソルロックの動きを封じて!!」 負けじとアカツキも指示を出す。 アリゲイツがダメージを受けなかったのは不幸中の幸い。 しかし、防御に回ったことによって、フウとランに攻撃のチャンスを与えてしまったのは事実だ。 それでもポケモンが戦闘不能になるよりはマシなはず。 フィールドを挟んで対峙する双子に勝つには、二体のポケモンが力を合わせなければならない。 そうでなければ勝てない。 それほどに、双子のコンビネーションは完璧だったのだ。 攻撃も、防御も、移動も。 三位一体とはまさにこのことだ。 ソルロックが再び身体を輝かせ、アリゲイツ目がけてソーラービームを発射!! ほぼ同時にアリゲイツの口から水鉄砲が発射される!! 「ろぉぉぉぉぉぉんっ……」 ミロカロスが美しい声で嘶く。 ルナトーンは動かない。 恐らくは防御技を使うか、逃げを選ぶはず。 アカツキはそう判断した。 この状態で無理にサイコキネシスを発動すれば、逃げられなくなる。 ルナトーンがダメージを受けるというリスクを冒してまで攻撃に打って出るか…… これは賭けだった。 バトルというのはいつでも賭けだが、今回の興奮は今までの比ではなかった。 「ルナトーン、守って!!」 ランは防御を選んだ。 それこそ、アカツキの待ち望んだ答えだった。 びゅんっ!! ルナトーンの足元に風が渦巻いた。 と思ったら、風はみるみるうちに荒れ狂い、ルナトーンと、そのちょうど真上にいるソルロックを囲みこんだ!! 「……なっ……!?」 「竜巻!?」 口々に驚きを表すフウとラン。 幼いが故に、感情を抑えきれない様子だ。 だからこそジムリーダーを二人にしたのかもしれない。 ソルロックとルナトーンは必死に踏ん張っているが、それが精一杯だった。 ソーラービームが途中までしか発射されないので、威力は落ちる。 これなら…… 「アリゲイツ、耐えて!!」 今から避けるのは無理。 アカツキは判断し、アリゲイツに耐えるように要求した。 酷なことだろうが、後で責められてもいい。今はバトルに勝つことが先だ。 「ゲイツ!!」 分かったと言わんばかりに一声上げると、アリゲイツはその場に踏ん張って―― ぼんっ!! ソーラービームがその身体に突き刺さった!! 「フウ、なんとかしなくちゃ!?」 「ラン、分かってるよーっ!!」 「フウのソルロックで……」 「オーバーヒートで竜巻を破るんだっ!!」 しかし双子の意思疎通は完璧だった。 この状況を打破する術をあっさり見出し、鍵を握るソルロックに指示を下す。 その頃にはアリゲイツもソーラービームを耐え抜いていた。 「アリゲイツ、水鉄砲でソルロックを攻撃するんだ!!」 アカツキの指示に、ダメージを受けながらも闘志の衰えない眼差しをソルロックに据えると、水鉄砲を撃ち出した!! 荒れ狂う竜巻の中に閉じ込められているソルロック目がけて一直線に突き進んでいく!! しかし、このままでは…… 「ミロカロス、竜巻を解除してルナトーンにハイドロポンプ!!」 ミロカロスが竜巻を解除する!! その瞬間を狙っていたかのように水鉄砲がソルロックを直撃した!! 「うそ、ソルロック!!」 オーバーヒートを発動するヒマもなかった。 続いてミロカロスがハイドロポンプを発射する!! 「ルナトーン、守って!!」 ランの指示に、ルナトーンは再び青い壁を生み出した。 生み出された青い壁は、ハイドロポンプを呆気なく弾く。 「ラン、危ない!!」 「えっ!?」 ハイドロポンプを弾いたのは良かったが、バランスを崩したソルロックが高度を下げたことには気づけなかった。 ランはフウに言われてやっと気づいた。 相手の攻撃を防いでも、守る技はそこで効果が切れる。 まかり間違ってソルロックがルナトーンに激突するようなことがあったら、それはそれで本気でヤバイ。 「……こうなったら……」 フウは表情を険しくした。 拳をギュッと握りしめる。 「アリゲイツ、もう一発水鉄砲!!」 アカツキが壊れて墜落するような宇宙船を思わせるソルロックを指差して指示を下す。 「ルナトーン、逃げて!!」 頭上にソルロックが迫っていることを悟り、ルナトーンは慌てて後退した。 その瞬間。 「ラン、ごめん」 押し殺した声で言うフウ。 続いて…… 「ソルロック、アリゲイツとミロカロスの間でオーバーヒート!!」 「!?」 フウの指示に、ソルロックがバランスを取り戻した。 指示通りアリゲイツとミロカロスの間に滑り込むと―― 身体が赤く輝いた。 ソーラービームとはまた違う輝き。 それを理解するよりも早く。 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!! 耳を劈く大音響と共に、フィールドに炎が撒き散らされた!! 「……なっ!?」 アカツキが漏らした驚愕の声は爆音にかき消された。 激しい炎はアリゲイツとミロカロスをなぎ倒し、天に昇る龍のように爆ぜ消えた。 炎タイプ最強の技、オーバーヒート。 ただでさえ強烈な威力を誇る上に、日本晴れによって威力がさらに引き上げられている。 炎タイプに強い水タイプのアリゲイツとミロカロスでもかなりのダメージになるはずだ。 「アリゲイツ、ミロカロス、しっかり!!」 炎が行き過ぎて、がっくりと膝を突くアリゲイツと、俯いているミロカロスに檄を飛ばす。 オーバーヒートの反動によって能力を著しく失っているソルロックもそうだが、ルナトーンは満身創痍に程遠いような状態だ。 「ルナトーン、冷凍ビームでミロカロスの動きを止めて!!」 慌てながらもランは指示を下した。 能力低下の影響を受けているソルロックを守るためには、相手の動きを封じるのが一番だ。 ルナトーンはそんな彼女の意思を尊重し、赤く輝く双眸から氷の光線を発射した!! 「冷凍ビームまで……? ミロカロス、ハイドロポンプで防いで!! アリゲイツはソルロックに水鉄砲!!」 アカツキはそれぞれのポケモンに指示を下した。 ソルロックはソーラービームとオーバーヒート。 ルナトーンは冷凍ビーム。 岩タイプの弱点である水タイプと草タイプを返り討ちにできるよう、別のタイプの技を覚えさせていたのだ。 実に恐ろしい子供と言わざるを得ないが、バトルをしている以上、子供だろうが大人だろうが違いなどない。 バトルにそれぞれの想いを賭けているのなら、なおさらだ。 「ゲーイツッ!!」 アリゲイツが一際大きな咆哮を上げると、口から水鉄砲を発射した!! 同じタイミングで、ミロカロスもハイドロポンプを発射!! ふたつの技の威力は本気で大差なかった。 『激流』の特性が発動したアリゲイツの水鉄砲は、ミロカロスのハイドロポンプに匹敵する威力を有していた。 ぴきっ!! ハイドロポンプが冷凍ビームにぶつかって、凍りつく!! 冷凍ビームの進撃が食い止められたところに、アリゲイツの水鉄砲が今さら逃げようとするソルロックを打ち据える!! 「ソルロック!!」 フウの悲鳴が聞こえた。 水鉄砲は、日本晴れで弱められていようと、特性の力でそれをも上回るだけの威力へと成長したのだ。 「ミロカロス、ルナトーンにハイドロ……」 「させないよ!!」 アカツキがミロカロスに次の指示を出そうとしたその矢先、フウが声を上げた。 「ソルロック、大爆発!!」 ソルロックが音もなくミロカロスの傍に移動し、大爆発!! あまりに凄まじい爆発に、ミロカロスは大きく吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられた!! 「ああ、ミロカロス!!」 埃だらけ、傷だらけになったミロカロスはピクリとも動かなかった。 自分に残されたエネルギーを解放して爆発を引き起こす『大爆発』。 威力は抜群だが、それと引き換えに戦闘不能に陥る。 それほどのリスクを背負っていたのだから、彼らがミロカロスを脅威に感じていたのは間違いないだろう。 「ミロカロス……戻って!!」 アカツキはミロカロスをモンスターボールに戻した。 これで残ったのはアリゲイツだけ。 特性が発動しているところを見ると、残った体力はかなり少ない。 だが、残り一体なのは相手サイドも変わらない。 「ソルロック、おつかれさま!!」 フウは意外にも大きな声を出してソルロックをモンスターボールに戻した。 「ラン、あとはお願い!!」 「オッケー、任せて!!」 ジムリーダーに残っているのはルナトーン。 だが、ダメージの度合いはアリゲイツの方が深刻だ。 回復技を使えない以上、発動し続けている特性を利用してバトルを進めるしかないだろう。 「アリゲイツ、大丈夫?」 「ゲイツ!!」 アリゲイツはワニよろしく、口を大きく開いた。 ソーラービーム、オーバーヒートとトップクラスの威力を誇る技を食らいながらも、その身体には力がみなぎっている。 「ソルロックに大爆発使わせるなんて」 「お兄ちゃん、やるネ!!」 「でも、勝つのは……」 「あたしたちだヨ!! ルナトーン、サイコキネシスでアリゲイツを叩きつけちゃえ!!」 「アリゲイツ!! 水鉄砲!!」 アカツキは単調ながらも、水鉄砲を指示せざるを得なかった。 岩タイプのポケモンに引っかく攻撃など痛くも痒くもない。 ならば、特性によって威力がアップした水タイプの技で弱点を突くのがセオリー通りの戦法だ。 アリゲイツが口からど太い水の奔流を吐き出すと同時に、ルナトーンの身体に光が宿った。 サイコキネシスだ!! 少し遅れてアリゲイツにも同じ光が宿り―― 「ゲイツ!?」 身体の自由を一瞬にして奪われる!! だが、サイコキネシスを発動しているルナトーンに、半ばまで発射された水鉄砲を避ける手段はなかった。 ぶしゅぅぅぅぅっ!! 真正面からまともに水鉄砲を食らうルナトーン。 だが、それだけでは倒れなかった。 ルナトーンは低く唸るような声を上げると、アリゲイツの身体を持ち上げていく。 「アリゲイツ、耐えて、お願い……」 今のアカツキにできたのは、願うだけだった。 サイコキネシスほどの強力な技を完璧に防ぐ方法はない。 悪タイプのポケモンなら無力にできるが、それ以外のポケモンでは等しくダメージを負うのだ。 アリゲイツの身体が吹き飛ぶように急激に宙に舞い上がっていく!! ばんっ!! 天井に叩きつけられた瞬間、サイコキネシスを解除。 あとは重力に引っ張られて落下するのみ。 叩きつけられたのが堪えたらしく、アリゲイツは固く目を閉じて痛みを堪えているようだった。 「しっかり、アリゲイツ!!」 負けるな――!! アカツキの声に何かを刺激されたのか、アリゲイツは落ちていく途中で目を見開いた!! 闘志衰えぬ瞳が映し出したのは、自分を見上げているルナトーンの姿。 「ゲェェェェェェェェェェェイツッ!!」 アリゲイツははちきれんばかりの声を上げると、口から最大威力の水鉄砲を発射した!! 「うそーっ!!」 水鉄砲が放たれたのを見て、ランは思いっきり悲鳴を上げていた。 感受性豊かなのか、それとも慌てやすいだけなのか、感情を隠す様子すらない。 というのも、偶然かそれとも必然か、アリゲイツの水鉄砲はルナトーン目がけて一直線に突き進んでいるのだ。 ランは指示を出すのを忘れてしまった。 というよりも、ランの指示がないルナトーンは水鉄砲を避けることもせず―― ぶしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 渾身の一撃となった水鉄砲が激しくルナトーンを打ち据える!! 「きゃーっ、ルナトーンっ!!」 水の奔流に襲われ、ルナトーンはたまらず横倒しになった!! 起き上がろうにも、思うように身体が動いてくれないようで、ルナトーンは陸で活動できない魚のようにもがくだけだった。 しかし…… アリゲイツは水鉄砲を放ったことでバランスを崩し、着地に失敗。 それこそ手加減なく地面に叩きつけられた!! 「アリゲイツ!!」 ルナトーンは目を回して倒れた。 「ルナトーン、戦闘不能!!」 ナナはルナトーンの戦闘不能を宣言したが、しかしアカツキの勝利はまだ口に出さなかった。 アリゲイツが戦闘不能になっていたら……引き分けになる。 しかし、アリゲイツは地面に叩きつけられたまま、微かに動くだけだった。 立ち上がるだけの力が残っているのか、それとも…… 「アリゲイツ、立って!! 立つんだぁっ!!」 アカツキはとにかく叫んだ。 ここでアリゲイツに立ってもらわなければ、勝利はない。 敗北もないが、それではリーグバッジをゲットできない。 トレーナーとしての意地というか、エゴもある。 だが、それ以上に…… 「アリゲイツだって、戦闘不能になろうと思ってるわけじゃない。だから……」 アリゲイツの気持ちを無駄にしたくない。 無駄にしないためなら、声が枯れるまで叫んでもいい。 「あーあ、負けちゃったね」 「うん。でも、まだ負けたかは分からないヨ」 「お兄ちゃんのアリゲイツが」 「立ち上がるか、このまま倒れちゃうか……」 「あとは見届けようよ」 「どちらにしても……」 フウとランは交互に言い、顔を見合わせ頷き合った。 勝利はなくなったが、別に構わなかった。 強いトレーナーと戦えるのが、この双子の楽しみなのだ。 「あのアリゲイツ、立ち上がるのかしら……」 ナナは黙って事態の推移を見守った。 この微妙な状態では、戦闘不能か、そうでないか。どちらとも判断をつけられない。 「アリゲイツ、お願い……」 アカツキの祈りが通じたのか、アリゲイツは必死の形相で、少しずつ身体を動かして……ついに立ち上がった。 満身創痍。 肩で息をしている有様だが、それでも瞳に宿る強い意志は決して消えない。 「この勝負、挑戦者の勝ちです!!」 アリゲイツが完全に立ち上がったのを見て、ナナは旗を振り上げアカツキの勝利を告げた。 「やったよアリゲイツ!!」 アカツキは今にも倒れそうに脚を震わせているアリゲイツの傍に駆け寄ると、ギュッと抱きしめた。 「よくがんばったね……ありがとう」 「ゲイツ……」 アリゲイツはトレーナーの温もりに安心しきったのか、目を閉じた。 バトルに勝ったと実感し、その喜びに包まれたまま、気を失った。 「ありがとう……」 アカツキはアリゲイツに心から労いの言葉をかけると、モンスターボールに戻した。 大波乱のダブルバトルだったが、辛うじて勝利を収めることができた。 これはもしかしたら奇跡かもしれないと思った。 完璧なコンビネーションを見せ付けてきたフウとランに勝てたのだ。 こちらにはコンビネーションも何も、彼らから比べればあったモンじゃなかったから。 しかし、勝ったのは事実。 「お兄ちゃん」 「……?」 顔を上げると、ニコニコ笑顔のフウとランがすぐ傍にいた。 アリゲイツと抱擁している間にやってきたらしい。 「フウくんと……ランちゃんだっけ?」 「そうそう」 「お兄ちゃん、おめでとう」 「あたしたちに勝った証として」 「このマインドバッジを」 「受け取ってヨ」 フウの手のひらに乗っているバッジが目に飛び込んできた。 トクサネジムを制覇した証、マインドバッジだ。 真ん中が抜けたハートのような形をしているが、それはダブルバトルでのポケモンのコンビネーションを表しているように思えた。 「ありがとう。それじゃあ……」 アカツキは微笑むと、マインドバッジを手に取り、頭上に掲げた。 アリゲイツとミロカロスの戦っている姿が、空洞となっている真ん中に映って見えた。 第76話へと続く……