第92話 ホウエンリーグ予選・第二戦 -2nd heat on the league- ホウエンリーグ・二日目。 予選の第二戦が行われるその日も、昨日と同じように各グループで熱戦が繰り広げられていた。 バトルの進展によって一喜一憂するトレーナー、観客……サイユウシティ全体がホウエンリーグに熱狂している。 アカツキは今、第二戦に臨んでいるところだった。 バトルフィールドを挟んで対峙する二つの人影。 そのうちの一つは言うまでもなくアカツキ。 いま一つは…… 余裕ぶった不敵な笑みを浮かべている相手は、昨日と同じで自分よりも年上だった。 どこか不良っぽい雰囲気を見た目と物腰で撒き散らしている少年の名前はレイジ。 アカツキが知る限りだと、彼は昨日負けた。 今回のバトルで挽回を目指しているはずだ。 「今回も負けたくはないんだけど……」 アカツキは緊張にごくりと唾を飲み下した。 コートの外には、バトルの開始を今か今かと待ち侘びる観客が詰めかけている。 彼らの熱を帯びた視線も気になるが、何よりも気になるのは……コートの横手でアカツキのバトルを観ようとやってきたユウキとハルカだった。 兄ハヅキはほぼ同時刻に第二戦を迎えるということで、観に来ることはできない。 だが、アカツキにとってはむしろその方が好都合だった。 ユウキとハルカが見ているだけでも緊張するのに、ハヅキまでやって来たなら、昨日と同じような展開になりかねない。 序盤から相手に主導権を握られる……それだけは避けたいところだった。 昨日は運良く途中からペースを取り戻し、主導権を奪取したから良かったが、今日もそう都合よく行くとは限らない。 まあ、そこのところはアカツキの気持ちの持ちようなのだから、ハヅキがいようといまいと大差ないのかもしれない。 「これよりGブロック予選第三戦を始めます!!」 審判の声に、ノリで盛り上がる観客たち。 しかも、これまたノリでユウキとハルカも声を上げる。 「何気に楽しんでない……?」 アカツキはチラリとその方を見て、ため息を漏らした。 観客と一体になって楽しむのは結構なことだが、心理的な負担を増すようなことだけはしてもらいたくない。 まあ、本人たちにその気はないのだろうけど…… だから、結果論だけで論じれば、確実に有罪である。 フィールド脇の電光掲示板に、アカツキとレイジの顔写真が載った。 少し緊張した面持ちのアカツキに対し、レイジは指名手配犯のような顔で、口元に浮かぶ笑みがどことなくコワイ。 そんなことはどうでもよくて…… 「先攻後攻を決める運命のルーレット、スタート!!」 これまた楽しんでいるとしか思えない声音で審判が告げると、電光掲示板にルーレットが現れ、くるくる回転し始めた。 やがて止まると、矢印はレイジの方を向いていた。 「レイジ選手の先攻です!!」 「ちっ」 審判の宣言に、レイジは表情をゆがめ、舌打ちした。 先攻とはついていないと思っているのだろう。 確かに一体目のポケモンに関してはそうかもしれないが、先制攻撃ができると考えれば、一概に不利というわけでもないだろう。 自分から有利な状態を作り出すこともできるのだ。考え方によっては、逆に好都合でもある。 「昨日もぼくが後攻だったっけ。もしかして、ツイてる?」 そんな考えを抱くこともなく、相手に対して有利なポケモンが出せるということで、アカツキは胸中でガッツポーズを取っていた。 「んじゃ、行くとすっか……」 レイジはつまらなそうに言うと、腰のモンスターボールを引っつかみ、投げ放った。 「行くぜ、マルマイン!!」 フィールドに入ったボールはワンバウンドしたのち、口を開き、ポケモンを放出した。 飛び出してきた球体のポケモンを見つめ、アカツキの目は点になった。 「え?」 これって手品? ……なんて、高まる緊張をよそに、そんなことを思ってしまう。 というのも、モンスターボールから飛び出してきたはずのポケモンが、モンスターボールのような形状をしていたからだ。 ただし、大きさはモンスターボールと比べると数倍大きく、直径はアカツキの足から腰くらいの長さがある。 上半分が白、下半分が赤にキッチリ色分けされていて、落書きしたような目と口がついている。 ポケモンはトレーナーに似るという言葉どおり、意地悪そうな目と口はレイジにそっくりだった。 初対面のポケモンだったので、アカツキはポケモン図鑑を取り出して、センサーをボールのようなポケモン――マルマインに向けた。 「マルマイン。ボールポケモン」 センサーがポケモンの存在を認識し、カリンの音声解説が流れる。 「ビリリダマの進化形。 電気が大好物で、空気中の電気エネルギーを好んで食べる。 雷が落ちるような日には、電気を食べ過ぎたマルマインがあちこちでよく爆発する。 言うまでもないけど、玉投げ(ジャグリング)には使えません」 最後はお茶目な冗談が入っていたが、これだけでマルマインが電気タイプのポケモンだと分かった。 とすると…… 「アカツキ選手、ポケモンを出してください」 「あ、はい!!」 たとえ十秒だろうと、図鑑を見ている時間が長いと判断されたのだろう。 誰を出すべきか考えている途中で審判にポケモンを出すよう促された。 アカツキは躊躇うことなくモンスターボールを手に取ると、フィールドに投げ入れた。 「行くよ、カエデ!!」 トレーナーの声に応え、カエデが飛び出してきた。 「バクフーンっ!!」 やる気をこの場にいる全員に見せ付けるように、天に向かって咆えると、背中の炎が爆発するような音を立てて激しく燃え上がった。 相手が電気タイプとなれば、アリゲイツ、ミロカロスは出すべきでない。 エアームドは今、チルタリスの代わりにオダマキ博士の研究所に預けているので、除外する。 残ったのはチルタリス、アブソル、カエデ、ワカシャモの四体となる。 そこで誰を出そうかと迷ったが、素早さとパワーを兼ね備えているカエデに決めた。 総合的な強さで見てみれば、彼女に敵うポケモンはいない。 元から強かったが、今でも首位の座はキープしている実力者である。 一番手を任せても、相手を確実に倒してくれるだろう。 「それではバトルを開始します。 マルマイン対バクフーン。バトルスタート!!」 「オレの先攻!!」 バトルの開始が宣言されると、レイジは腕を横に払った。 このバトルに必ず勝つという意気込みを示し、マルマインに指示を下した。 「マルマイン、電撃波!!」 「まるるるる……」 レイジの指示を受け、マルマインは変な声(?)を上げながら身体を震わせる。 「カエデ、火炎放射!!」 アカツキの指示が飛ぶと同時に、マルマインが発射した電撃の矢がカエデに突き刺さる!! 電撃波…… とても素早い電撃を撃ち出す技で、命中率は限りなく高い。 威力は10万ボルトに劣るものの、速攻が可能だ。 「ギャフーン……」 カエデは歯を食いしばって身体に突き刺さる電撃を凌いだ。 本家電気タイプのポケモンが繰り出しただけあって、普通のポケモンが放つよりも強力だったが、それほどのダメージにはならなかった。 身体に迸る痛みと鈍い痺れが、カエデの怒りのボルテージを高める。 純情な女の子は、怒りの度合いも凄まじかったりするのである。 「バクフーンっ(女の子にナニすんのよぉ)!!」 怒りの咆哮と共にカエデが口から炎を吹き出した!! 威力、スピード、攻撃範囲と、どれを取っても申し分ない一撃だ。 炎は徐々に扇状に広がりながらマルマインに迫る。 生半可な方法では避けきれないような炎だが……レイジの顔には笑みが浮かんでいた。 「フッ、甘いな。マルマイン、転がれ!!」 レイジが指示を出すと、マルマインは言われた通り、カエデ目がけて転がり出した。 「まさか……」 アカツキの背を戦慄が駆け抜ける。 マルマインが迫る炎に突っ込み―― そのまま炎の中を転がってカエデに迫る。 転がることで風をまとい、炎の威力を削ったのだ。 無論、ノーダメージというわけではないが、下手な回避をするよりはずっとずっとマシである。 不良っぽく見えて、しかしホウエンリーグに出場するトレーナーだけのことはある。 ちゃんと作戦を考えている。 「なら……」 奥歯を噛みしめ、アカツキは再びカエデに指示を出した。 「大文字!!」 「バク……フーンッ!!」 カエデは大きく息を吸い込むと、火炎放射よりも大きな炎を吐き出した。 炎は途中で形を変え、文字通りの『大』の字になってマルマインへと向かって突き進んでいく。 大文字。 火炎放射よりも強力な炎タイプの技である。 攻撃範囲こそ火炎放射より狭いが、その分火力が凝縮されていて、威力は非常に高い。 高速で転がってくるマルマインが、急激な方向転換ができないのを見越して放ったのだが…… マルマインは先ほどと同じように、炎を突っ切ってカエデに迫ってきた。 『大』の字の真ん中を突き破られたため、炎は五方向に千切れ、少しずつ消えていった。 「やっぱり炎じゃ止められない……」 火炎放射、大文字と高い威力の技を二回ぶつけても止まらないのだ。 転がっている状態のマルマインに炎技はほとんど効果がないと見るべきだろう。 どうすべきかと考えている間にも、マルマインが徐々にスピードを上げてカエデに迫る!! 「避けて!!」 言われるまでもなく、カエデは剛速球のように転がってくるマルマインから身を避わした。 マルマインはカエデのいた場所をすごい勢いで通り過ぎると、そのままコートの端まで転がっていった。 大きな円を描きながらカーブして、再びカエデ目がけて突っ込んでくる!! 「確か、転がる技って、どんどんスピードが上がって、威力も上がるって厄介な技だっけ…… 避ければ避けるほど不利になるな」 スピードを上げていくマルマインを睨みつけ、アカツキは炎技が役に立たないことをこれ以上ないほど痛感した。 とはいえ、避け続けるのも無理がある。 何をすべきなのか。答えはひとつだった。 「カエデ!!」 アカツキは声を大にして言った。 「受け止めて!!」 トレーナーの意思を汲み取って、カエデは肩幅より少し広い程度に後ろ脚を広げ、転がってくるマルマインを受け止める体勢に入った。 炎が通じないから、これしか方法がないと分かっているのだろう。 カエデの表情に怯えや不安はなかった。 とにかく真剣な表情でマルマインが転がってくるのを待つ。 それからほどなく、マルマインがカエデに体当たりを食らわした!! ごんっ!! 鈍器で殴られるような衝撃がカエデを襲う。 一瞬でも気を抜けばそのまま吹き飛ばされてしまいそうな衝撃。 カエデは全身に力を込めて堪えた。 全身全霊でマルマインを受け止めるが、数メートルほど後ろに下がってしまった。 転がってきたマルマインの勢いがそれくらい強かったのである。 だが、カエデは堪えきった。 その瞬間をアカツキは待ち侘びていた。 マルマインの勢いが止まり、トレーナーからの指示を受けるまで無防備になるその時を。 「カエデ、オーバーヒート!!」 アカツキは迷わずカエデに最強威力の炎技を指示した。 カエデの身体が一瞬、燃え盛る炎のように赤く光る!! 「何、オーバーヒートだとぉっ!? マルマイン、逃げろ!!」 カエデがオーバーヒートを放とうとしているのを察知し、レイジは声を大にしてマルマインに回避を指示した。 マルマインはギョッとした表情で逃げようとするが、カエデが二本の前脚でがっちりその身体をつかんでいるので、そう簡単には逃げられない。 もがくその間に、カエデがオーバーヒートを発動した!! ずごぉぉぉぉぉぉんっ!! カエデの全身から放たれた凄まじい炎が、マルマインを飲み込んだ。 炎はカエデを中心に、意志を持っているかのようにフィールドで躍っていた。 オーバーヒート。 火炎放射、大文字よりもさらに強力な炎タイプの技で、一般的には最強の炎技とされている。 全力投球で炎を放つことで敵を攻撃するため威力は凄まじいが、発動した後は反動で一時的に炎の威力が著しく下がってしまう。 確実に相手を倒せる状況でない限りはあまり使わない技なのだが……アカツキは躊躇わなかった。 リスクを冒してでも攻撃に打って出なければ、マルマインを倒せないと判断したからだ。 しかし、そう簡単にマルマインは倒されてくれなかった。 相打ち覚悟で、レイジがとっておきの切り札を出してきたのだ。 「大爆発で道連れだーっ!!」 「な……カエデ、逃げて!!」 アカツキの声はカエデに届かなかった。 刹那、炎が大爆発によって爆ぜ割れてしまったのだ。 土煙が盛大に立ちこめ、しばらくフィールドを覆い尽くした。 何がどうなっているのか確かめようがないので、アカツキもレイジも指示を出せなかった。 土煙は徐々に薄く引き延ばされ、やがて消えた。 そこには、うつぶせに倒れているカエデと、目を回しているマルマインだけが残った。 審判はすかさず二体のポケモンを交互に覗き込み―― 「マルマイン、バクフーン、共に戦闘不能!!」 おぉぉぉぉぉぉっ!! 審判の言葉に、観客達が歓声を上げた。 だが、盛り上がるというよりも、『なんだ、これは』という意味合いが強かった。 相打ちなどと、誰が考えただろう。無理もない。 アカツキとしてもこればかりは驚きを隠しきれなかった。 まさか大爆発でカエデを倒しにかかってくるとは……マルマインが戦闘不能になるのを覚悟の上で、道連れにしてきたのだ。 対照的に、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべるレイジ。 ただでは倒されない……ということか。 どちらにしてもカエデは戦闘不能になってしまったのだ。 転がる攻撃を受け止めた時のダメージと大爆発が重なって、さすがに耐えられなかったようだ。 「カエデ、戻って!!」 「マルマイン、戻れ!!」 アカツキとレイジはそれぞれのポケモンをモンスターボールに戻した。 互いに残りのポケモンは一体。 文字通り背水の陣を敷かざるを得なくなった。 「レイジ選手。ポケモンを出してください」 「オレが先攻?」 「規定上そうなっています」 「ちぇ……」 ジャッジに促され、レイジは仕方なさそうにモンスターボールを手に取った。 ポケモンが相打ちの形で二体同時に戦闘不能になった場合は、どちらが先にポケモンを出すのか? ホウエンリーグの規定では、戦闘不能に『させた』ポケモンを扱っていたトレーナーが先にポケモンを出すことになっているのだ。 「んじゃ行くぜ、ザングース!!」 レイジがモンスターボールをフィールドに投げ入れると、着弾する前に口が開き、ポケモンが飛び出してきた。 「ザングゥゥゥゥスっ!!」 掠れたような鳴き声とともに飛び出してきたのは、白い体毛に覆われたポケモンだった。 ただし、左耳から顔の左側にかけて、赤い体毛が稲妻のような模様を描いている。 背の高さはアカツキより少し低いくらいか。 剣呑な視線が、レイジそっくりである。 「あれは……」 すかさず図鑑でサーチ。 「ザングース。ネコイタチポケモン。 ふだんは四本脚で行動しているが、怒ると後ろ脚で立ち、鋭い爪が前脚から飛び出す。 キバへびポケモン・ハブネークとは先祖代々続く宿敵同士である。 互いの姿を確認したら最後、決着がつくまで激しく戦い続ける」 「へえ……」 一通りカリンの説明を聞き終えると、アカツキは図鑑をズボンのポケットにすべり込ませ、モンスターボールを手に取った。 「ザングースはノーマルタイプ。 格闘タイプのポケモンなら有利に戦える。 それなら……」 腕を振りかぶり、モンスターボールを投げる!! 「ワカシャモ、君の出番だよ!!」 ホウエンリーグで初めて戦うポケモンの名前を呼ぶ。 ボールはこつんと硬い音を立てると口を開き、ワカシャモをフィールドに送り出した。 「シャモぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 ワカシャモは飛び出してくるなり、けたたましい鳴き声を上げた。 やるぞぉっ、という意気込みのつもりだったのだが、 『うわわわわわ!!』 アカツキ以外――観客やレイジ、審判にいたるまでの全員が耳を塞いだ。 ワカシャモの鳴き声はとにかくうるさいので、聞き慣れていないとこうなる。 鳴き声は反響しながら徐々に音量を減らしていき、十数秒経つと、ほとんど気にならないくらいになった。 「コホン」 気分を取り直そうと、審判は神妙な面持ちで咳払いを一つ。 「では、バトルスタート!!」 「ザングース、ブレイククロー!!」 こちらも意外と立ち直りの早いレイジ。 審判の言葉が終わらないうちにザングースに指示を下した。 ザングースは前屈みになると、そのまま四本脚でワカシャモ目がけて駆け出した。 後ろ脚だけで走るよりも、こちらの方が速いのだろう。 特に意識している様子は見られない。 「意外と速い……?」 アカツキは眉をひそめた。 見た目のスピードよりも、ザングースとワカシャモの距離が縮まっているように思えたのだ。 気のせいか、それとも本当にそうなのか。 分からないが、何もしなければブレイククローとやらの攻撃を受けてしまう。 「ワカシャモ、迎え撃って二度蹴り!!」 その言葉に、ワカシャモは脚を肩幅に広げて、ザングースを迎え撃つ体勢を整えた。 距離が縮まり―― ザングースが地を蹴った!! 大きく跳躍し、鋭い爪が特徴の前脚を振り上げる。 ぼぅっ…… 前足に淡い光が宿る。 「ざんぐぅぅぅすっ!!」 ザングースは咆哮と共に、前脚を振り下ろした!! 落下の勢いと重なって、爆発的な威力を生み出す方法だ。 まともに食らったらワカシャモでもかなりのダメージになる。 もちろん、受けるつもりなんてこれっぽっちもないが。 ワカシャモはザングースの爪が触れる直前に身を引き、ブレイククローの一撃を避けた。 しかし…… ずがぁぁぁぁぁぁぁんっ!! 淡い光が宿った爪が地面に突き刺さると、そこを中心にして小さな爆発が起こったではないか。 「シャモ!?」 予期せぬ爆風に、ワカシャモはバランスを崩した。 それでも転倒しなかったのは、ワカシャモの足腰が鍛えられていたからである。 元々、パンチよりキックの方が得意なポケモンだ。 だが、そんなことはレイジにとってどうでも良かった。 一瞬でも隙が生まれれば、そこに攻撃を叩き込む……その基本戦法に変わりはない。 「今だザングース、連続斬り!!」 その言葉を待っていたと言わんばかりに、ザングースがバランスを崩したワカシャモ目がけて鋭い爪を振り下ろす。 ずっ!! 乾いた音を立て、ザングースの爪がワカシャモの胸元を浅く掠めた。 「ワカシャモ!?」 アカツキはワカシャモの名前を呼んだが、しかしその声はザングースが発する攻撃の音にかき消される。 左右の爪で代わる代わる攻撃するザングース。 一撃目こそまともに受けたが、ワカシャモは超人的なペースで体勢を立て直し、二撃目以降は紙一重で回避することに成功している。 とはいえ、まともに食らってもあまり痛くない攻撃だったりするのだが…… 連続斬りは、虫タイプの技である。 炎・格闘タイプのワカシャモには効果が薄い。 それでも使ってきたのは、当たれば当たるほどダメージが大きくなるという特殊効果を利用するためだろう。 アカツキもそこのところは分かったが、分かるからこそ、余計に解せなかった。 「連続斬りって言ったって、ワカシャモはちゃんと避けてる……でも、何? この不安……」 アカツキは胸に手を当てた。 ワカシャモは徐々に後退しながらも、ザングースの攻撃を避け続けている。 ザングースに手を抜いている様子はない。 避けることはできるが、だからといって反撃に転じるほど、攻撃の間隔は短くない。 スタミナ切れを待つのが得策なのだろうが…… だが、明らかにおかしい。 不自然に高鳴る胸の鼓動が告げている。 それからほどなく、それは現実のものとなった。 「ザングース、切り裂け!!」 何十回目の攻撃を避けたところに、レイジの指示が飛ぶ。 「まさか!?」 気づいた時には遅かった。 ザングースの切り裂く攻撃がワカシャモにクリーンヒット!! 「シャモぉっ!!」 胸部を薙がれ、ワカシャモはたまらず仰向けに倒れた。 やられた…… 連続斬りのダメージアップ特性を狙うという目的もあったのだろう。 だが、本当の目的は、単調な攻撃に紛れて『ホンモノ』の攻撃を当てるということだったのだ。 『連続斬り』と『切り裂く』のリーチは微妙に異なり、切り裂く方がわずかに長い。 そこもレイジの作戦の一部だったのだろう。 それを見抜けなかったばかりに、ワカシャモは重い一撃を受けてしまったのだ。 「よし、このまま押せ!! ブレイククローだ!!」 レイジの指示に、ザングースの爪に再び光が宿る。 小さな爆発を起こすほどの一撃である、まともに受けたら、切り裂くよりも大きなダメージになるのは間違いない。 ザングースが再びジャンプ!! 起き上がろうと身体を動かすワカシャモ。 顔を上げると、ザングースが再びブレイククローを見舞おうと、落下してくるところだった。 「避けても爆発に巻き込まれる……なら……」 アカツキはギュッと拳を握りしめた。 こうなったら、採るべき手段はひとつだ。 「スカイアッパー!!」 トレーナーの指示が飛び、ワカシャモは素早く立ち上がった。膝を軽く曲げ、バネの要領で一気に伸ばす!! ロケット花火を思わせるスピードで跳躍すると、瞬く間にザングースを射程に捕らえる。 「な、なにっ!?」 これにはレイジも驚いた。 トレーナーの動揺が伝わってしまったのか、ザングースも驚愕に目を見開いている。 相手が近づいてきたということで、光を宿した爪を慌てて振るうが、遅かった。 伸び上がるようなワカシャモのアッパーが、ザングースの腹に突き刺さる!! 「ぐぅすっ!?」 ザングースは奇妙な声を上げ、さらに空高く放り投げられた。 痛みに集中力が途切れ、爪に宿っていた光が消える。 さらに…… 「火炎放射!!」 ワカシャモはさらに上昇を続けながら、口から紅蓮の炎を吹き出した!! スカイアッパーによる一撃を受け、痛みに集中力を奪われているザングースに炎を避ける手段はない。 向かい来る炎の奔流に飲み込まれ、ザングースは身体を黒くして地面に落ちた。 その後で、ワカシャモは軽やかに着地。 足腰が強い分、多少の高さから落ちても平気なのだろう。 澄ました表情で、ザングースの方を振り向いた。 「ザングース、大丈夫か!?」 レイジが大声で名前を呼ぶが、ザングースはまったく動かなかった。 スカイアッパー、火炎放射と高い威力の技を立て続けに受けて、さすがにダメージは大きかったようだ。 黒コゲになって倒れているザングースの横に回りこむ審判。 真剣な表情でその表情を覗き込み…… ばっ!! 旗を振り上げ、宣言する。 「ザングース、戦闘不能!!」 そして、電光掲示板が変化した。 レイジの顔写真が消え、その部分に『Congratiations!!』というオレンジの文字が踊る。 「アカツキ選手の勝利です!!」 勝利が確定した瞬間、歓声がはじけた。 「よっしゃ!!」 場の雰囲気に圧倒されるかのように、アカツキも歓声を上げてガッツポーズを取った。 これで二勝、予選突破も間近だ。 本選に駒を進められるかもしれないという可能性が色濃くなって、アカツキもうれしくてたまらなかった。 気が早いのだが、仕方がない。 勝利の喜びというのは、そういうものだ。 「ちっくしょーっ……」 レイジはがくりと肩を落とすと、仕方なさそうにザングースをモンスターボールに戻した。 「けっ……」 負け惜しみの舌打ちを残し、足早にバトルコートを立ち去った。 そんなことなど露知らず、アカツキは駆け寄ってきたワカシャモと熱い抱擁を交わした。 「シャモ、シャモっ!!」 がっしり抱き合って、ワカシャモもうれしそうな声を上げた。 バトルしたことで体温が上昇したのか、ワカシャモの身体はいつものようなポカポカした暖かさではなく、少し熱いくらいだった。 予選の最終戦となる次のバトルこそが明暗を分けるということを、アカツキは知る由もなかった。 第93話へと続く……