第95話 最高のバトルを…… 〜アカツキVSハヅキ -Highest stage First Half- これから少しの間だけでいい、兄弟なんて情は捨てて……ひとりのトレーナーとして。 ミシロタウンのアカツキとして、このバトルを精一杯戦い抜くだけ。 待っているのが勝利であろうと、敗北であろうと。 そんなことは関係ない。 悔いが残らないような、負けても納得できて、笑って握手できるような、そんな最高のバトルをしたい。 だから…… 「ぼくはこの時のために頑張ってきたんだ。全力で兄ちゃんと戦うよ。トレーナーとして!!」 誓いの言葉が現実になるその時が、もう間もなく訪れる…… かくして、ホウエンリーグ本選、第一回戦の七戦目の開始二分前を迎えた。 本日最後のバトルということで、観客の盛り上がりも頂点に達しようとしていた。 バトルの開始前でこれだ。 勝敗が決したその時は、スタジアムはこれ以上ないほどの熱気と歓声に包まれるのだろう。 ホウエンリーグの本選は、サイユウシティの中央にある巨大スタジアムで行われる。 バトルの形式はダブルバトルで、互いに四体のポケモンを使ってバトルが進められる。 二体同時の入れ替えはできないが、一体を入れ替えて十秒が経過すれば、もう一体を入れ替えることができるというルールだ。 予選はシングルバトルだったので、いささか勝手が違う。 しかし、二体同時にポケモンを扱わなければならないのだから、トレーナーとしての真の技量が試されると言える。 スタジアムの最前列に、ユウキとハルカが並んで座っていた。 彼らの両隣には、ユウキの母カリンと、ハルカの父センリの姿があった。 ホウエンリーグが開催されている間は、どのジムも休業状態となる。 その間、ジムリーダーやジムトレーナーは自由に羽を伸ばしてもいいことになっている。 だが、センリはホウエンリーグを観戦することで、今後のバトルのためにもいろいろと参考にしようというのだろう。 強くなるためには余念のない男性である。 一方カリンは、これから始まるバトルのためだけに、わざわざミシロタウンから遠出してきたのだ。 それを聞いたユウキは呆れ返って何も言えなかったが、その気持ちも分からなくはなかった。 「しっかし、アカツキとハヅキの兄貴がバトルすることになるなんてな……信じらんねえよ」 「実に興味深いわ。そうでしょう、ユウキ?」 「まあ、そりゃそうだけどさ……」 ドキドキワクワクしているカリンの浮かれた台詞に、ユウキはため息を漏らした。 彼女からすれば、親友の息子が雌雄を決すべくこの大舞台で戦うわけだから、ドキドキするのは当然だ。 湯水のごとく……とはこのことを言うのだと思うほど、とにかくこのバトルを観てみたいという気持ちになる。 だが、隣であまり楽しそうでなはい表情をしている息子の気持ちは知っているつもりだ。 慰めるように、諭すように、カリンはユウキの肩に手を置いた。 「アカツキ君も、ハヅキ君も。 私にとってはかけがえのない親友の息子だもの。 あなたと同じでね、どちらが勝っても素直には喜べないわ。 だけど、本人達はそれを抜きにして、全力で、兄弟なんて情を捨ててバトルに臨んでいるんだと思うの。 あなたがどう思おうとそれは勝手。 でも、これだけは分かっていて欲しいの。 アカツキ君は、ハヅキ君と戦えるのを楽しみにしていたわ。心から……」 「だから居たたまれねえんだよ……」 「ユウキ。これ以上言ったら打ちますよ」 「…………」 カリンは物言いたそうな息子にキツイ言葉をかけて黙らせた。 さらに、息子の眼前にグーで固めた拳をちらつかせて。 アカツキとハヅキの実力差というのを知っているからこそ、ユウキは複雑な心境に陥ってしまっているのだろう。 すべてを理解した上で、悩んでいる。 こればかりは強制排除してもどうしようもないから、放置しておくのが一番だろう。 「どちらが勝つのだろうね?」 「さあ……」 センリの意地悪な言葉を、カリン女史は首を横に振って避わした。 どちらが勝つかなんて、そんなのは分からない。 実力差があろうと、勝負の世界に『絶対』はないのだ。 勝率100%と0%は『絶対に』存在しない。 カリンは、トレーナーとして頑張っていた頃に、それを嫌というほど思い知った。 今も思い出しては身体が疼くほどだ。 絶対に勝てると確信したバトルで、ちょっとした油断から突き崩されて負けたこともある。 逆に、これはダメだと思ったバトルも、ちょっとした幸運が何度も続いて逆転勝利を収めたことだってある。 だから、どちらが勝つなんて、そんなことは口にしたところで虚しくなるだけだ。 「会場の皆様、本日最後のバトルの開始時刻を迎えました!!」 どこからともなく声が聞こえてきた。 ホウエンリーグ本選のバトルをリアルタイムな実況で盛り上げる、大会には欠かせない人物である。 まあ、こんなことを数日も続けて、血管が切れたりしないのかと疑問は尽きないが、実際切れてないのだから、それはそれでいいのだろう。 「ホウエンリーグ・本選の第八戦…… 本日最後のバトルは、ミシロタウンのアカツキ選手対、同じくミシロタウンのハヅキ選手とのバトルです!! なんと、同郷のみならず、実の兄弟だというから驚きです!!」 「プライベートなことまで言うのかしら?」 「さあ……」 実況のエキサイトしまくった言葉にハルカが懐疑的な表情で疑問符を投げかけたが、カリンは首を横に振るばかりだった。 知っているが、知らないフリで通り抜ける。 どこの世界でも、大会を盛り上げるために選手の些細なプライベートなら取り上げてしまうものである。 カリンが属していたジョウトリーグでも、それは日常茶飯事と言ってよかった。 何も、今回だけが特別というわけでもない。 センリもそこのところは理解しているのだろう、表情ひとつ変えなかった。 「では、両選手の登場です!!」 「みんな、行くよ……」 アカツキはモンスターボールで臨戦態勢となっているであろう『家族たち』にそっと呼びかけると、大きく深呼吸した。 昨日の時点で迷いは断ち切ったつもりだが、どうにも緊張してしまう。 こればかりは仕方がないかもしれないと思う。 いざ現実を目の前に突きつけられると、人間どうしても躊躇いを覚えてしまうものなのだ。 それを如何こう言っても仕方ない。 現実は現実として受け入れ、乗り越えていくのだから。 息を吸い、吐く。 深呼吸を何度か繰り返して気持ちを落ち着けると、 「よし……行くぞ、アカツキ。 兄ちゃんに、ぼくが今まで頑張ってきたすべてを見せるんだ!!」 強大な敵を目の前に足元も覚束ない自分自身の気持ちをしぼり出し、歩き出した。 前だけを見据え、観客たちの興奮の声を全身に浴び、光り輝く舞台へと。 楕円形のスタジアムの内側には、長方形のバトルコート。 一回のバトルで取り替えられるように、半ば着せ替え方式となっている。 ひとつ前のバトルの爪あとは、残されていなかった。 バトルコートの向こうには、真剣な表情をした兄の姿がある。 「兄ちゃん……」 兄弟なんて感情を捨て、ひとりのトレーナーとして、彼はここにいる。 ならば、自分もそうならなければならない。 最高のステージで、最高のバトルを繰り広げるために…… 「それでは、ポケモンを二体ずつ出してください」 審判に促され、アカツキとハヅキは両手にそれぞれ一つずつ、モンスターボールを手に取った。 本選においては、先攻・後攻を決めるルーレットはない。 バトルが始まった瞬間に、平等に攻撃権が与えられるのだ。 だからこそ、たとえ相性が悪かろうと、ポケモンのチェンジを行うことで問題は解決される。 ただ、十秒間入れ替えができなくなるリスクさえ考えなければ、制度としては完璧に中立である。 バトルで使えるのは四体のみ。 五体目のポケモンを出しても無効になるのは、ジム戦や予選と変わらない。 互いのポケモンの弱点を補い合えるタイプで揃えるのが、ホウエンリーグの本選におけるトレーナーの基本方針。 「ぼくは……」 バトルに出す四体はすでに決めている。 現時点で戦闘能力が高い四体を厳選し、エントリーするのだ。 「行くよ!! アブソル、ミロカロス!!」 アカツキはポケモンに呼びかけると、両手を掲げた。 すると、ボールが口を開き、アブソルとミロカロスがフィールドに飛び出してきた。 飛び出したポケモンの姿を見つめ、ハヅキは目を細めた。 今までのバトルで、油断ならない相手だと分かっているのだろう。 どのポケモンを出すか……すぐに決めた。 アカツキの手持ちのポケモンから導き出される戦略やパターンを熟考し、アブソルとミロカロスの組み合わせも考えに入れていた。 「なら、僕はケッキングとカクレオンだ!! 出て来い!!」 ハヅキが勢いよくモンスターボールをフィールドに投げ入れると、彼の意志に応えて二体のポケモンが姿を現した。 「ケッキングと……カクレオン?」 飛び出してきたポケモンを見つめ、アカツキは訝しげに眉をひそめた。 二体ともノーマルタイプのポケモンではないか。 言うまでもないことだが、弱点は共通している。 それでは、格闘タイプのポケモンを出されればかなり苦しい戦いになるだろう それくらい、トレーナーとしての経験の長いハヅキなら理解しているはずなのだ。 つまり、これは…… 「格闘タイプを出されても負けないって、兄ちゃんはそう思ってる。確信してる……!!」 罠だとすぐに分かった。 だが、カクレオンは戦闘能力が優れないポケモンだ。 お腹の赤いギザギザ模様を覗いた身体の大部分を、周囲と色覚的に同化させられるという特徴以外はあまりパッと光る部分に乏しい。 対するケッキングは、パワーこそ最強クラスだが、ものぐさポケモンと呼ばれているように、めんどくさがり屋で攻撃頻度が高くない。 確かにこれだけを見てみれば、パワーという点において互いの弱点を補えるようにはなっているが……解せない。 「罠だとしても、ぼくは真っ直ぐに突き進むしかない!! 今まで、そうやって道を拓いてきたんだから!!」 アカツキはこの罠を正面突破すると決めた。 まずはカクレオンだ。 攻撃頻度が低いケッキングの攻撃をどうにかして避わす。 そして、次の攻撃が来るまでの間に、アブソルとミロカロスの連続攻撃で一気にカクレオンを倒す。 そうすれば、多少はマシになるはずだ。 なんていろいろと作戦を練っていると、 「それでは、バトルスタート!!」 審判がバトルの開始を告げた。 同時に―― 「ミロカロス、ケッキングにハイドロポンプ!! アブソルはカクレオンに電光石火!!」 アカツキの指示が飛んだ。 二体のポケモンは素早い対応を見せ、それぞれの標的へと技を放つ。 ミロカロスはダルそうに寝そべっているケッキングを睨みつけると、圧縮された水塊を撃ち出す。 ミロカロスに負けじと、アブソルも舌を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返しているカクレオンに素早い動きで迫る。 単純なポケモンのやる気だけなら、今のアカツキのポケモンの方が上だろうが、あいにくとそれはそんなに役に立つシロモノではない。 「ケッキング、気合いパンチでハイドロポンプを打ち破れ!! カクレオン、姿を隠すんだ!!」 応じてハヅキも指示を下した。 まずは相手の初手を見て、それから指示を下す。 ワンクッション置いた方が、的確な指示を下せると踏んでのことだ。 しかし、そちらも単純には行かなかった。 カクレオンはお腹の赤いギザギザ模様以外を周囲と同化させたが、アブソルの鋭い瞳はカクレオンの姿を明確に捉えていた。 飛来する水塊目がけ、ケッキングはめんどくさそうに腕を振るう。 ばしゃぁっ!! ケッキングの腕に水塊が炸裂し、猛烈な水流が撒き散らされる。 しかし、元々スタミナに優れるケッキングは痛がる様子を見せない。 アカツキはそれを予期していたから、驚いたりはしない。 ケッキングの能力はどのポケモンにも負けないくらい高いものだが、唯一の弱点は攻撃頻度の低さ。 動いてくる時に攻撃を食らわなければ、勝機はある。 今、ケッキングはハイドロポンプを迎え撃つべく攻撃に転じた。 ならば、次の攻撃が来るまでにカクレオンを倒す。 相手のポケモンを一体でも倒しておけば、後で有利になるし、ハヅキは何らかの戦略を以ってこの組み合わせを出してきたのだ。 戦略をつぶすという意味もある。 「ミロカロス、アブソルと一緒にカクレオンを攻撃!! 水の波動!!」 刹那、アブソルの電光石火がカクレオンに命中。 コロコロと毬のように転がるカクレオンに追い打ちをかけるべく、ミロカロスは槍のように身体を伸ばして宙を駆けた。 姿を消したカクレオンはよろよろと立ち上がり、迫るミロカロスに目を向けた。 「アブソル、剣の舞!!」 ここで、アカツキは敢えて攻撃技を指示しなかった。 というのも、ケッキングは攻撃できないだろうし、カクレオンも、ここでアブソルを攻撃すれば、ミロカロスの追い打ちを受けるのだ。 ハヅキがそれを許すとは思えない。 スタミナに優れていないポケモンだからこそ、少しのダメージも無視できないはず。 アブソルは華麗なステップを刻んだ。 攻撃力をアップさせれば、より勝利が近くなる。 「アカツキ。おまえがやりたいと思うことは分かっているよ」 ハヅキはアカツキの作戦を見抜いていた。 トレーナーとしてのキャリアの差とでも言うべきか。 相手の考えそうなことを知り尽くしているからこその自信。 ある意味反則だが、それもバトルでは重要な要素の一つだ。 相手の出鼻を挫く意味でも、ここでいきなり作戦を披露しようか。 そう思い、ハヅキはポケモンに指示を出した。 「カクレオン、ケッキングと特性を交換するんだ、スキルスワップ!!」 「な、なんだって……!?」 アカツキは全身から血の気が引いていくのを感じた。 足元からジーンと冷たくなっていくのは、恐怖からか。それとも…… カクレオンのお腹のギザギザ模様を中心に光の球が生まれ、ケッキングへ向かって飛んでいく!! ケッキングは避けるわけでもなく、光の球を受ける。 光の球は一秒ほどケッキングに留まると、ゆっくりとカクレオンに戻っていく。 だが、その時にはミロカロスの水の波動がカクレオンを直撃していた。 「アブソル、カクレオンに切り裂く攻撃!! ミロカロスはハイドロポンプ!!」 アカツキは慌てて指示を下した。 ケッキングが攻撃してくる前に、何としてもカクレオンを倒さなければならない。 カクレオンが使ったスキルスワップは、ケッキングの弱点を打ち消す唯一の手段だからだ。 スキルスワップの効果は、互いの特性を入れ替えるというもの。 つまり、ケッキングの最大のネックである特性『なまけ』を、カクレオンの『へんしょく』に変える。 そうすることで攻撃頻度の低さを解消する……ハヅキは最初からそれを狙っていたのだ。 だが、特性を入れ替えたカクレオンさえ倒せば、スキルスワップの効果は切れる。 アカツキが抱いた危機感を共有するように、アブソルはカクレオンに素早い動きで迫ると、前脚に鋭く光る爪を振りかざす。 姿を隠していようと、赤いお腹の模様が唯一の手がかり。 そこを狙えば、まず外すことはないだろう。 なにせ、身体の中心部なのだから。 必殺の切り裂く攻撃がカクレオンに振り下ろされようとしたその時、アブソルの視界に影が差した。 不穏な空気を背後に感じ、アブソルは攻撃をやめて横に飛び退いた。 刹那、ケッキングの太い腕がその場を薙ぎ払う!! 「ケッキングが『なまけ』を取り払った……?」 アカツキは戦慄した。 先ほどまで、とにかくダルそうに、やる気のカケラもないという態度を見せ付けていたケッキング。 しかし、今はやる気満々と言った風に、息巻いているではないか。 これが、スキルスワップによる恐るべきコンボ。 カクレオンの攻撃頻度が下がる代わりに、攻撃力に優れるケッキングの弱点を取り払う、凶悪な手段だ。 リスクよりメリットの方が大きいからこそ、この方法を選んだのだろう。 だが、その時にはミロカロスがハイドロポンプをカクレオンに撃ち出していた。 至近距離から決められ、猛烈な水圧がカクレオンを襲う。 大きく跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられるカクレオン。 大ダメージを与えたのも束の間、 「ケッキング、ミロカロスに気合いパンチ!!」 ハヅキの指示が飛んだ。 「ミロカロス、逃げ――」 アカツキが慌ててミロカロスに指示を出すが、遅かった。 ケッキングの反応は素早く、攻撃を放った直後のミロカロス目がけ、背後から丸太のような腕を振り下ろす。 がぐっ!! 「……!!」 ミロカロスの背中にケッキングの気合いパンチが命中し、ミロカロスはすごい勢いで地面に叩きつけられた!。 「み、ミロカロス!!」 アカツキは顔面蒼白だった。 気合いパンチといえば、格闘タイプ最強の技である。 それを無防備な背後から、よりによって最強クラスの攻撃力を持つケッキングから食らったとなると、ダメージはバカにならない。 「ケッキング、次はアブソルに破壊光線!!」 「アブソル、影分身!!」 これ以上、被害を出してはならない。 その一心で、アカツキはアブソルに指示を下した。 ミロカロスが地面に叩きつけられたのを見て、アブソルはケッキングに対して怯えた様子を見せてしまったが、指示を受けて表情を直した。 自分はまだ負けてしまっているワケではない。 戦う牙がある。 勝つことはできる。 アブソルはその場で無数の分身を作り上げ、回避率を高めた。 破壊光線など受ければ一発でノックアウトするに決まっている。 ケッキングはキングコングのごとく胸を叩くと、口を開いてオレンジ色の光線を撃ち出した。 凄まじい威力を持つ破壊光線が地面を抉りながら無数のアブソルへと迫るが、破壊光線は虚しく分身を貫いて消える。 「避けた……!! よし、アブソル、ケッキングに捨て身タックル!!」 アカツキはアブソルが破壊光線を食らっていないと確信して、指示を下した。 破壊光線を発射すれば、さすがのケッキングでも、エネルギーチャージが完了するまでは攻撃できないはずだ。 『なまけ』が取り払われても、破壊光線によるエネルギーチャージが消えるわけではない。 アブソルは分身をかき消し、唸り声を上げると、ケッキング目がけて突進した。 電光石火のスピードに達し、無防備なケッキングに全力でタックル!! 「ごぉぉぉぉぉっ……」 アブソルの渾身の一撃を食らい、低い悲鳴を上げるケッキング。 スタミナに優れていても、痛いものは痛いのだろう。 剣の舞で強化された一撃に、ケッキングは唸りながら身体を捻った。 一方、ミロカロスは地面にめり込んだままピクリとも動かなかった。 「まさか、一撃で……?」 残念ながらそうなってしまったらしい。 無防備なところに必殺の一撃を食らえば、戦闘不能になることだってある。 類稀なるパワーファイター・ケッキングなら、それが可能だろう。 「ミロカロス、戦闘不能!!」 攻撃が一段落したところで、審判が告げる。 言われるまでもなく分かっていたから、アカツキはミロカロスを即座にモンスターボールに戻した。 「ありがとう、ミロカロス。 あとはみんなに任せて、ゆっくり休んでいて。 キミががんばってくれたこと、絶対、無駄になんかしないから」 労いの言葉をかけると、次のポケモンが入っているボールと持ち替えて、投げ放った。 ケッキングが攻撃できるようになる前に、どうにかしなければならない。 「チルタリス、ゴー!!」 アカツキの三番手はチルタリスだ。 ドラゴンタイプのポケモンは炎や水、雷などの攻撃に強い。 氷には弱いが、ケッキングもカクレオンも、特殊攻撃に関してはそれほど優れていない。 この際、弱点を食らうかもしれないという心配は度外視しても問題ないだろう。 「チルルル〜っ!!」 チルタリスは飛び出してくると、美しいソプラノを発した。 「チルタリス、カクレオンにドラゴンクロー!! アブソルはケッキングにカマイタチ!!」 アカツキはすかさず指示を下した。 こうなったら防御を捨て、攻撃に全精力を傾けてスキルスワップの効果を打ち崩すしかない。 チルタリスはカクレオンの赤いギザギザ模様目がけて、滑るように空を駆けた。 アブソルは角に力を溜め始める。 カクレオンはチルタリスが迫っているから、迎撃しないわけにはいかない。 ケッキングは破壊光線の反動で動けない。 片方が動けないのなら、どうにもならないはずだ。 スキルスワップを使っているなら、その逆はできない。 チルタリスは気流を的確に受けて、徐々にスピードを上げてカクレオンに迫る。 「カクレオン、長い舌でチルタリスを薙ぎ払え!!」 ハヅキの指示に、カクレオンはピンク色の舌を長く伸ばした。 居場所が知られている以上、隠れ立てしている意味はない。 ついでに姿も現す。 身体の何倍もある長い舌を器用に操り、カクレオンは周囲を薙ぎ払った!! ばしっ!! カクレオンの攻撃がチルタリスにヒットするが、チルタリスは怯まない。 それどころか、いつの間にか、その脚には赤い輝きが宿っていた。 ドラゴンクロー……ドラゴンタイプの大技だ。 不思議な力が宿った爪で相手を切り裂く。 「吹雪!!」 続く指示に、カクレオンは口から吹雪を吐き出す。 だが、本家本元の氷タイプのポケモンが繰り出すものと比べると、やはり威力が低いのは否めない。 苦手な技を受けながらも、チルタリスは気力を振り絞ってカクレオンに迫る。 一方のアブソルは角に力を溜め終え、釜のような形をした角を打ち振った。 角から発射された力は光り輝く衝撃波となって、ケッキングに襲い掛かる!! カマイタチは物理攻撃なので、剣の舞の恩恵を受けられる。 強烈な衝撃波に襲われ、ケッキングは後退した。 捨て身タックル、カマイタチと強力な技を二発受けながらも、しかしケッキングは息ひとつ切らしていなかった。 ダメージこそ受けているが、戦闘不能には程遠いということなのだろう。 「チルルルっ!!」 チルタリスは嘶くと、カクレオン目がけ赤い爪を振り下ろす。 ざすっ、と大きな音がしてドラゴンクローが炸裂!! 「カクレオン!!」 ドラゴンタイプの大技を受け、仰向けに倒れるカクレオン。 ハヅキはその名前を叫んだが…… 「カクレオン、戦闘不能!!」 「…………」 審判によって戦闘不能を宣言されてしまった。 こればかりは異議を申し立てても無駄だ。従うしかない。 ハヅキは表情を変えるわけでもなく、 「戻れ!!」 カクレオンをモンスターボールに戻した。 「やるね……さすがに……」 真剣な面持ちの弟に、かすかに笑みを向ける。 さすがに一体も倒されずに勝てるとは思っていなかったので、それくらいやってくれなくては困る……ますます楽しくなってきた。 「でも、これでスキルスワップの効果が切れて、ケッキングも『なまけ』の特性を取り戻すはず……少しはマシになったのかなあ?」 しかし、アカツキの表情は硬いままだった。 カクレオンが戦闘不能になっても、ハヅキにはまだ最強のポケモンが残されているのだ。 まず間違いなくこのバトルのどこかで出してくるだろうから、油断はできない。 「次はこのポケモンで行くよ!! 来い、ヘルガー!!」 ハヅキは声を上げると、モンスターボールをフィールドに投げ入れた!! ボールはワンバウンドすると口を開き、ポケモンをフィールドに送り出す。 「グルルルル……」 飛び出してきたポケモン――ヘルガーは低い唸り声でチルタリスとアブソルを威嚇した。 見た目は大きな黒い犬。 奇妙な形に湾曲している角を二本生やし、背中には骨だか突起だか分からないモノがある。 四本の脚には、囚人に課すような枷の輪が填められている。 見た目はどう考えても悪い犬だ。 一応ポケモン図鑑で調べてみることにした。 「ヘルガー。ダークポケモン。デルビルの進化形。 主にジョウト地方に生息するポケモン。 不気味なその遠吠えを聞いたポケモンは、一目散に自らの住処に逃げ帰ると言われている。 口から吐き出す炎は体内の毒素を燃やしたものなので、つんと鼻を突く臭いがする」 「ヘルガー……炎タイプのポケモンなんだね」 説明を一通り聞いてから図鑑をしまうと、液晶に映った姿と現物を見比べた。 目つきは鋭く、刃のように刺されてしまいそうだ。 「ケッキング、アブソルに火炎放射!! ヘルガーは日本晴れ!!」 ハヅキの指示は素早かった。 エネルギーチャージを終えたケッキングは再びダルそうに寝そべると、口をおもむろに開き、炎を吐き出した。 言うに及ばず、炎タイプのポケモンと比べると威力は劣る。 だが、ヘルガーの日本晴れによって、フィールドに熱気がもたらされる。 空気中の水分が減少することで、炎タイプの技の威力が上昇するのだ。 「アブソル、避けてヘルガーに切り裂く攻撃!! チルタリスもドラゴンクローでヘルガーに攻撃して!!」 アカツキはケッキングの『なまけ』を考慮して指示を出した。 今火炎放射を出してしまえば、次の攻撃が来るまで間が空くだろう。 ヘルガーがスキルスワップを使えると思えないが、集中攻撃で倒してしまえば効果が消えるはず。 確かにその考えは間違ったものではなかった。 しかし、ハヅキはまた違った作戦を組み立てていたのである。 アブソルとチルタリスがヘルガーに殺到する。 ヘルガーは前脚を広げ、迎撃体勢に入った。 「アブルゥッ!!」 アブソルは大きく跳躍し、キラキラ光る爪を振りかざしながら飛びかかった。 そんな見え透いた攻撃を食らうはずもなく、ヘルガーはさっと横に飛び退いて、攻撃を避わした。 と、そこへチルタリスが爪を赤く光らせて飛んできた。 完璧な時間差攻撃、これは避わせない。 ざしゅっ!! 赤い余韻が残り、チルタリスのドラゴンクローがヘルガーの背を切り裂いた。 攻撃を終えたところで、ケッキングの火炎放射が背後に迫っていることに気づくと、アブソルは着地と同時に飛び退いた。 日本晴れの効果で威力がアップした炎が、攻撃を受けてたじろぐヘルガーを飲み込んだ。 炎タイプのポケモンでも、炎技がまったく効かないというわけではない。 ……普通なら。 炎を受けながらも、ヘルガーは痛がったり熱がったりする様子を微塵も見せなかった。 炎の中にいたために、アカツキには分からなかったが、ヘルガーはまったくダメージを受けていなかったのだ。 ヘルガーの特性は『もらい火』。 炎タイプの技ではダメージを受けず、逆にその熱を体内に取り込むことで、自身の炎タイプの技の威力が一時的にアップするという特性だ。 「少しは効いたかな……?」 炎が晴れるまで指示を下さない。 ヘルガーがどんな状態なのか分からない以上、迂闊に飛び込むわけにはいかない。 日本晴れで威力が上がっているのだから、カエデやワカシャモといった炎タイプのポケモンでない限りは飛び込むなど無茶なこと。 だが、その慎重な姿勢が仇になった。 「ヘルガー、熱風!!」 ハヅキの指示が飛ぶ。 次の瞬間、ヘルガーを包み込んでいた炎が膨らみ、凄まじい熱風となってアブソルとチルタリスに吹き付ける。 「な、なんて威力なんだ……!!」 アカツキは吹き付ける熱波に顔をゆがめながら、熱風の中心にいるヘルガーを見つめた。 殺気めいた雰囲気を浮かべて、空を見上げて凄まじい炎を吹き出している。 強い炎は風を起こし、熱風として広範囲を攻撃することができるのだ。 「あの時攻撃してれば……」 炎を恐れて攻撃しなかったのが裏目に出た。 「アブソル、水の波動で炎を防いで!! チルタリスはそのまま空に飛んで逃げて!!」 アカツキは今できる最大限の指示を出した。 チルタリスに防御技はない。 攻撃範囲がバカみたいに広い熱風から逃れるには、空高くに飛ぶしかない。 一方、アブソルは口から螺旋状の水を発射した。 迫る炎の風に突き刺さると、その部分に穴が穿たれた。アブソルはその穴目がけて飛び込んで、熱風の一撃を避わすことに成功した。 「なるほど、その手があったか……」 ハヅキはアブソルの鮮やかな手口に感心してしまった。 ヘルガーの特性をフルに活かした『日本晴れ+もらい火+広範囲攻撃の炎技コンボ』をあっさりと避わすとは。 弟が、当初の予想を遥かに超えて成長しているのが分かる。 「でも、チルタリスの方はどうかな?」 チルタリスは羽毛のような翼に上昇気流を受けて、必死に熱風から逃げようとする。 だが、風のスピードに敵うとは思えない。 それに…… 「ヘルガー、チルタリスにソーラービーム!!」 「!?」 アカツキはハヅキの真の戦略を知った。 ヘルガーの炎技の威力を高めるためだけではない。 万が一苦手なタイプのポケモンが出ても、ソーラービームを一瞬で発動させることで返り討ちにするためのコンボだったのだ。 水、岩、地面……ヘルガーの炎タイプの弱点となるポケモンを返り討ちにするのに、ソーラービームは最適と言える。 「チルタリス、吹き飛ばし!!」 「遅いよ!!」 アカツキは慌ててチルタリスに指示を下すが、本当に遅かった。 ヘルガーは瞬時にソーラービームのチャージを終え、チルタリス目がけて発射した。 追いすがる熱風とソーラービームが、チルタリスを直撃!! 効果の薄い技ばかりだが、どれも威力が高いだけに、決して小さいダメージとは言えない。 それも、無防備な背中を狙い撃ちされたのだから、普通に食らうよりもダメージは大きいはず。 チルタリスは耐えられるのか…… 無情にも、チルタリスは力を失って地面に墜落。激しく叩きつけられると、完全に動かなくなった。 「チルタリス、戦闘不能!!」 審判はチルタリスの戦闘不能を告げた。 「う、ウソ……そんなことって……」 アカツキは全身を震わせた。 「チルタリスがこんなに簡単に……」 フィールドの向こうでかすかな笑みを浮かべている兄。 彼がここまで強くなっていただなんて、信じられない気持ちでいっぱいだった。 頭では勝てないと分かりきっていても、ここまでの実力差を見せ付けられるとは思わなかった。 だが、まだ前半戦が終わったに過ぎなかった。 第96話へと続く……