第96話 決着 -Highest stage Last strike!!- 「戻って、チルタリス!!」 アカツキは戦闘不能になったチルタリスをモンスターボールに戻した。 これで残るポケモンはアブソルと、あと一体。 誰を出すかが勝負の分かれ目となるが、アカツキは誰を出すか、もう決めていた。 ハヅキの最強のポケモンであるバシャーモに対抗できるのは、恐らく彼女だけ。 アカツキはそのモンスターボールに持ち替えた。 「いよいよアカツキも追い込まれたか……」 「後半戦はここからなのよ、きっと」 観客席の最前列でバトルを見ていたユウキが渋面になって、親指の爪を噛んで唸った。 アカツキとハヅキの実力差など、はじめから分かっていたこと。 それを知った上で、ここまでアカツキが持ちこたえている方がすごいと思えるほどだ。 旅に出たばかりのアカツキでは、鍛え抜かれたハヅキのポケモン相手に手も足も出なかっただろう。 それくらい、ハヅキの実力は予選を突破したトレーナーの中でも際立っていた。 そんな彼とここまでのバトルを繰り広げるとは、悔しいが今の自分ではとても勝てそうにない。 「私が見た限りでは……」 センリがそう前置きして言った。 何を言うのか興味津々といった様子で、ユウキとハルカが彼の顔を見つめた。 「あの子は追い込まれれば追い込まれるほど実力を発揮するトレーナーだ。 ああいうタイプは実際珍しいものだが……だから、これからが本当の戦いだと思う」 「だろうな」 当たり前のことを言ってるんじゃないと、ユウキは半眼で頷いた。 言われるまでもなく分かっていることだ。 何年親友をやってきたのか。その間に培われた観察眼は伊達じゃないのだ。 普段はごく普通のトレーナー。 だが、その実力は窮地に追い込まれた時にこそ如何なく発揮される。 そこのところをカリンにレポートとして話したところ、珍しく意見が合った。 「どちらが勝っても興味深いバトルになるわ。研究材料としては逸品ね」 冗談なのか本気なのか。 カリンが笑みを浮かべて漏らしたその一言に、ユウキとハルカとセンリの白んだ視線が向けられたのは言うまでもないことだった。 「カエデ、行くよ!!」 アカツキの声に応え、フィールドに投げ入れられたボールからカエデが飛び出してきた。 「やはりバクフーンか……!!」 ハヅキの顔から笑みが消えた。 やる気満々の眼差しでヘルガーを睨みつけているバクフーンは、ハヅキが要注意ポケモンとしてマークしていた。 予選でもその強さが際立っていただけに、出してくるだろうとは思っていた。 バシャーモに対抗できるだけのポケモンは恐らく、そのバクフーンだけ。 ハヅキのポケモンはケッキングとヘルガー。 両方ともかなりのダメージを受けているが、ポケモンの残っている数は勝っている。 一方、アカツキのポケモンはアブソルとカエデ。 アブソルの方は捨て身タックルの反動を受けたはずだが、戦闘不能には程遠い状況だ。 言うまでもなく、カエデの体力が満タン。 そこまで分析すれば、状況はかなり拮抗していると言えるだろう。 「やるようになったもんだ…… 僕をここまで楽しませてくれるトレーナーなんて、そうそういないよ」 ハヅキは完全にこのバトルを楽しむモードに突入していた。 勝たなくてはいけないのはもちろんだが、万が一負けるようなことがあっても、精一杯戦えば、まず悔いは残らないだろう。 それくらい、純粋にバトルを楽しめる。 その相手が実の弟だからこそ、何よりもうれしかった。 「バトルスタート!!」 審判の宣言に、中断されていたバトルが動き出す。 「アブソル、カエデ、ケッキングに集中攻撃だ!! カマイタチと火炎放射!!」 先手を取ったのはアカツキだった。 ケッキングの攻撃力を無視できないと考え、先に倒すことにしたようだ。 アブソルとカエデが前後からケッキングを挟み撃ちにする。 これなら避けられることもないはずだ。 「そうは行かないよ!!」 カエデが口から紅蓮の炎を噴き出した瞬間、ハヅキの指示が飛んだ。 「ケッキング、地震を起こせ!!」 「!?」 完全に意表を突かれ、アカツキは言葉を失った。 ケッキングに攻撃を集中したことも、ハヅキは予想していたのだろうか。 いや、そうでなければこの対応の速さはないはず。 アブソルが角に力を急速にチャージし、頭を打ち振ることでカマイタチとして発射する。 前後から放たれた攻撃に、ケッキングの逃げ場は完全に失われた。 だが、そんなことは意に介さず、ケッキングは両腕の拳を地面に叩きつけた。 ごぅんっ!! フィールドを強い揺れが駆け巡る!! 突き上げるような衝撃に、アカツキは倒れそうになるが、足を踏ん張り、全身に力を込めて辛うじて堪える。 突然の地震に、アブソルとカエデが揃ってすっ転んだ。 震源の近くにいただけに、揺れの伝わるスピードに対応しきれなかったのだ。 「まずい……!!」 アカツキはアブソルとカエデが揃って転ぶ様子を見て、危機感を募らせた。 ケッキングは次の攻撃までに時間があるが、問題はヘルガーだ。 もらい火で炎の攻撃力がアップし、日本晴れの恩恵でさらに炎技の威力がアップしている上に、ソーラービームを瞬時で発射できる。 ここを狙ってこないなんてことは考えられない。 「ヘルガー、アブソルにソーラービーム!!」 予想通り、ハヅキはここぞとばかりに攻撃を仕掛けてきた。 ヘルガーが口を開くと、口の中に淡い光が宿る。 刹那、アブソルのカマイタチとカエデの火炎放射がケッキングを直撃した。 背後からのカマイタチに、真正面から火炎放射。 強烈な攻撃を二発同時に、それも存分に食らい、ケッキングは抵抗する暇もなかった。 いや、特性である『なまけ』が災いして逃げ出そうともしなかったのだろう。 さすがのケッキングでも、この攻撃には耐えられないか…… だが、攻撃してくる心配のないケッキングよりも、今はヘルガーの動向が気になるところだ。 撃ち出されたソーラービームは一直線にアブソルへと向かっている。 ゆっくり起き上がろうとしているアブソルだが、避けられるかどうかは際どい。避わせなければ戦闘不能にされてしまうこともある。 「カエデ、火炎放射でソーラービームを撃ち落として!!」 アカツキは一か八かに賭けた。 アブソルが避けられなかった場合の保険だが、何もしないよりはずっとマシだ。 カエデは起き上がりながら、アブソル目がけて虚空を突き進むソーラービームへ自慢の炎を浴びせた。 じゅっ!! 耳障りな音がして、ソーラービームの先端がわずかに軌道を変えた。 これで少しはアブソルも避けやすくなるはずだ。 だが、防戦では変わらない。 「そんなこと許すと思うかい!? ヘルガー、熱風!!」 ハヅキは一手先を読んでいた。 ヘルガーが追い打ちをかけてきたのだ。 もらい火と日本晴れによって強化された熱風がフィールドを駆け巡る。 ケッキングが炎に包まれている今、熱風によるダメージを受けないことも計算されている。 辛うじてソーラービームはアブソルの脇に逸れたが、続けて襲ってきた熱波に打ちのめされる。 カエデは炎技に耐性があるため、そんなにダメージを受けていない。 攻撃を避わせたかと思った矢先に追い打ちをかけられ、アカツキはアブソルのダメージ以上に、心理的にダメージを受けていた。 怒涛の攻撃に、アブソルがかなりのダメージを受けている。 ゆっくり立ち上がるも、その足元はどこか覚束ない。 「カエデ、電光石火!!」 アカツキの指示に、カエデは唸り声を上げながら駆け出した。 少なくとも、ヘルガーの攻撃を封じなければ、この状況は好転しない。 すごいスピードでヘルガーに迫るカエデ。 一方で、ケッキングを包んでいた炎は消えて、そこには目を回して倒れているケッキング。 さすがに耐え切れなかったらしい。 「これで兄ちゃんも最後の一体を出すしかなくなったけど……ううん、考えてても仕方ない」 少しはよくなったかと思ったが、そういうわけでもないと気づいて、頭を振った。 気持ちを切り替えて、アブソルに指示を下す。 「アブソル、剣の舞!!」 アカツキの指示に、アブソルは気力を振り絞って剣の舞を舞い始めた。 カエデが目と鼻の先にまで接近していたので、ハヅキとしてもカエデの方を迎え撃つことしか考えられなかった。 アブソルは見たところ戦闘不能寸前だし、その気になれば熱風で一気に倒すこともできる。 「ヘルガー、ソーラービーム!!」 一瞬で発射できる技でカエデを迎え撃とうとしたが―― その一瞬よりも早く、カエデの腕がヘルガーの口を抑え込んだ。 「なっ!?」 予想外の行動に、ハヅキは目を丸くした。 口を無理やり閉ざされ、ヘルガーはソーラービームを発射するどころではなかった。 口を開こうと力を込めるものの、カエデの膂力はそれこそハンパではなく、それすらもなかなかできない有様だ。 「ケッキング、戦闘不能!!」 その時点で審判がケッキングの戦闘不能を告げた。 バトルは一時中断となるが、カエデは力を緩めなかった。 少しでも隙を見せれば、ヘルガーは振り払ってくるだろう。 そうなれば、ソーラービームを食らう。 これでお互いに残ったポケモンは二体。 単純に数だけを見てみれば互角だ。 「ケッキングまでやられるとはね……まったく驚かされるよ」 ハヅキは驚嘆しつつ、ケッキングをモンスターボールに戻した。 これで最後のポケモンを――最強のポケモンを出さざるを得なくなった。 もっとも、はじめからそうするつもりだったが、背中を押された気分だ。 だけど、それがとてもうれしい。 弟もここまでやるようになったものだと思うから。 「それじゃあ、行くとしようか……」 ハヅキはケッキングのボールと入れ替えるように、最高のパートナーの入ったボールを手に取った。 「アカツキ、おまえに僕の最高のパートナーが倒せるかな!? 行くぞ、バシャーモ!!」 そして、最後のポケモンが姿を現す。 フィールドに投げ入れられたボールから飛び出してきたのは、雄々しい雰囲気を漂わせたポケモンだった。 「バシャーモっ!!」 飛び出すなり、手首に激しい炎を灯し、雄たけびを上げる。 「バシャーモ……」 その姿を見て、アカツキはごくりと唾を飲んだ。 ポケモン図鑑などで調べなくても知っている。 バシャーモはアチャモの最終進化形であり、アカツキの手持ちの一体であるワカシャモの進化形だ。 アチャモ、ワカシャモとはずいぶんと姿形が異なるが、進化というのはおよそそういうものだ。 姿が変わる代わりに力を手にする。 バシャーモは人型だった。 パッと見では、仮面をかぶった人に見えなくもない。そんな外見だった。 全体的に赤みを帯びた身体と、背中にまで伸びた淡い色の髪が特徴だ。 鋭い視線を、ヘルガーの口を抑えているカエデに向けている。 「兄ちゃんの、最強のポケモン……でも、戦わなくちゃいけないんだ。 ぼくは、全力を出して……!!」 怯えてなんかいられない。 バシャーモは威圧的な雰囲気を堂々と放っているが、そんなものに怯んでいてはまともに戦えないだろう。 現に、アブソルはバシャーモのことなど気にせずに剣の舞に集中している。 カエデもバシャーモに視線こそ向けているものの、意識はヘルガーに向いている。 「バトルスタート!!」 「バシャーモ、バクフーンに電光石火!!」 バトルの再開と共に、バシャーモが駆け出した。 目指すはヘルガーを抑えているカエデだ。 彼女をどうにかすれば、ヘルガーでソーラービームを放ち放題になる。 なるほど、賢い選択だった。 「カエデ、ヘルガーを投げ飛ばして気合いパンチ!!」 カエデと互角のスピードで迫ってくるバシャーモを見つめ、アカツキは一刻の猶予もないと悟った。 慌てて指示を下したが、カエデはそれに従ってくれた。 なんとしてもヘルガーに攻撃をさせてはならない。 ノーダメージのバシャーモは攻撃力、素早さに優れている。 スタミナもかなりのものだろうから、攻撃を食らうだけでも危うい。 カエデはヘルガーの口を押さえ込んだまま腕に力を込めて投げ飛ばすと、ヘルガーの後を追ってジャンプ。 「バクぅっ!!」 鋭い声を発し、気合いパンチを繰り出す!! ヘルガーは不安定な体勢にも関わらず、頭を動かして口をカエデに向けると、そのまま開き、ソーラービームを放つ!! 至近距離から放たれたソーラービームが、カエデを飲み込んだ!! だが、カエデはそんなものでは怯まなかった。 その気になった女の子は何よりも強くなるのだ。 恐ろしい勢いで体力が削られていくのを知覚しながら、しかしカエデは歯を食いしばって気合いパンチを繰り出す!! まさか…… ヘルガーは驚愕の表情を浮かべ―― ごんっ!! カエデの気合いパンチがヘルガーの腹に突き刺さる!! 悪タイプであるヘルガーにとって、格闘タイプの気合いパンチは効果抜群なのだ。 渾身の一撃を受け、ヘルガーは吹っ飛ぶと、そのまま地面に叩きつけられる。 刹那、バシャーモがカエデに狙いを定めてジャンプ。 そこへハヅキの指示が重なった。 「スカイアッパー!!」 ワカシャモをも上回るジャンプ力で、それはまさにロケットのような勢いだった。 バシャーモが鋭いアッパーカットを繰り出す。 攻撃した直後、しかも空中では逃げ場はない。 すごい威力のスカイアッパーがカエデの横っ面を張り飛ばした!! 「カエデ!!」 地面に勢いよく叩きつけられるカエデを見て、アカツキはつい声を上げてしまった。 カエデとヘルガーは共に地面に叩きつけられた。 必死の形相で――負けるわけにはいかないという形相で立ち上がろうとするが、それはできなかった。 二体揃って戦闘不能になった。 「バクフーン、ヘルガー、戦闘不能!!」 これでお互い残るは一体となった。 アカツキの表情が険しくゆがんだ。 「カエデが戦闘不能になった……ぼくに残ったのは、戦闘不能寸前のアブソルだけ…… 勝ち目なんて、ほとんど……ううん、もうない」 勝機がなくなったのを肌で感じた。 カエデがもしも戦闘不能にならなければ、あるいは勝利への望みも、一縷ながらも残されていたかもしれない。 目の前が真っ暗になったような気がして、アカツキはハヅキがヘルガーをモンスターボールに戻す様子をぼーっと見ているだけだった。 「メッキを剥がし尽くされたわね……最大・最強のピンチよ」 「そのようだな」 「言わなくても分かってる」 「アカツキ、負けちゃうの?」 その様子を、最前列で見ていた四人は四者四様の言葉を漏らした。 揃いも揃ってため息を漏らす。 今までのバトルが白熱していたからこそ、これからどうなるのか気になるところだ。 カリンは頬を膨らませると、腕を組んで、 「さすがにハンデが大きすぎるわ。 ハヅキ君のバシャーモはノーダメージ。対して……」 「アブソルは戦闘不能寸前だって言うんだろ」 「そうね。飾り立てしても仕方ないわね」 ユウキが口を尖らせると、カリンは頷いた。 見れば分かることだ。 言葉で飾ったところで何の意味も無いことくらい、分かっていることだ。 だからこそ、なんだか辛い気分になる。 片方が絶対的優位に立ち、もう片方が絶望的なくらい不利な立場に立たされているという現実。 二人の間柄が近しければ近しいほどに、それは恐ろしい感情を生み出していくのだ。 純真な男の子の何かを壊しかねないような、そんなモノを。 「でも、信じるしかないでしょう? こんな状況でも、あきらめず最後まで戦い抜くってことを」 「……うむ」 その言葉に、センリは渋面になりながら首肯した。 自信を失くしかけている今のアカツキを見ているのは確かに辛い。 ジムリーダーとして戦った時、あの男の子はセンリのケッキングを相手に最後まで戦い抜き、勝利を収めたのだ。 そうやって築き上げられた自信が一瞬で瓦解しそうな表情に、何とも言えない気持ちになってしまう。 「なあ、母さん」 「ん?」 ユウキはバトルから目を逸らし、広がる青空を見上げてポツリと尋ねた。 「オレたちには何もできないけど、でも、アカツキにはまだできることがあるんだよな?」 「ええ」 「なら、オレはそれを信じるよ。 そうするしかないんだからさ。それに……親友のこと、信じられなくちゃ失格だよな」 「そうね」 自分の気持ちを正直に整理して、ユウキはバトルに目を戻した。 「勝とうが負けようが、全力で戦えば、悔いなんて残らないはずなんだ。 何だって、きっと『意味がある』んだ!!」 意味のないことはないのだ。 すべてに意味がある。 それだけだ。 「勝ち目がない状況だよ。あきらめられる、アカツキ?」 アカツキは自分自身に問いかけた。 勝利の可能性は万に一つもない。 ガラスのように、花のように、儚く脆くあっさりと失われた。 勝てない戦いを続けるのか。 負けを潔く認めて、プライドが全部傷ついてしまうことを避ける道を選ぶか。 答えは目の前に突きつけられている。 二択の答案用紙。 どちらかに丸をつけて、突き返さなければならないのだ。 臆病になりかけている自分に。 状況は最悪と言っても差し支えないほど悪化していた。 ハヅキの最強のポケモンであるバシャーモはノーダメージ。 対するアブソルは満身創痍もいいところだ。立つのもやっとの状態だろう。 これで勝利を収められたら奇跡以外の言葉で形容することはできないだろう。 その可能性は砂漠で一粒の黄金を拾うのと同じ程度に絶望的だ。 初めて味わう絶望感に、アカツキは言いようのない不安と悲しみと憤りを感じていた。 いや、憤りなんて所詮は副産物に過ぎないのかもしれない。 どうやっても勝てない。 戦うだけ無駄? アブソルを余計に傷つけるだけ。 ポケモンに余計な痛みを与えないのはトレーナーとしての責任? 苦難を分かち合う仲間って、その程度の関係? 止めどなく溢れ出る泉のように、疑問が湧きあがってはアワのように弾ける。 そのひとつひとつが鋭く尖ったナイフとなって心に突き立つ。 痛みは感じない。 ただ、余計に分からなくなる。 「ぼくは……ぼくは兄ちゃんと戦うために頑張ってきた。 今、ぼくは兄ちゃんと戦ってる…… 兄弟なんて気持ちを捨てて、ひとりのトレーナーとして、全力で……」 戦うからには勝ちたいと願っていた。 だが、足元が崩れたように、向かう先が定かでなくなる。 人生というのは足元がしっかりしていなければ、どの方向にも歩き出せないような脆いシロモノだ。 ガラスの星というのと同レベルの。 でも……何かが違う。 アカツキは心に生まれた違和感に気づいた。 心を落ち着けて、整理してみる。 「ぼくは何のために兄ちゃんと戦うの? どうしてなの?」 結果だけが先走って、プロセスを置き忘れていることに気づけた。 何事も原因=プロセスがなければ結果は存在しない。 「兄ちゃんと戦えるってことが素直にうれしかった。 でも、それはどうしてうれしいと感じられたの?」 うれしいものはうれしいと言い切ればそれで終わる問題。 でも、アカツキはトコトンまでその疑問を紐解こうと思った。 自分にウソをつきたくないから。 「アカツキ……おまえの中に残ってる迷い、不安……僕は振り払えると信じているよ」 目を伏せて自分と格闘している弟を見つめ、ハヅキは思ったことをポツリ口にした。 もちろん、それを聞き取ることなんて誰にもできなかったが。 自分自身に負けるようなヤワなトレーナーではないはずだ。 ここまで勝ち上がってくるには、ポケモンはもちろん、自分自身も鍛えなければならないのだ。 大切なのは心の強さ。 『自分を見失わない強さ』だ。 「兄ちゃんが相手だからって、何も特別なことじゃなかったんだ……」 心に一筋の光が差して、気持ちが上向く。 顔も、自然と前を向いていた。 その瞳に迷いはなかった。 すべてを振り払ったのだ。 迷い、不安……自分自身に巣食っていた負の感情を。トレーナーとして開眼した瞬間だった。 数多の自問自答の末に導かれた答えは、自分の気持ちに正直になることだった。 「勝ったって、負けたって、そんなのが大切じゃないんだ。 ぼく自身が、心の底から兄ちゃんとのバトルを楽しむことなんだ!! 全力で戦って、それで負けたって、満足できるようなバトルをすることなんだ!!」 「吹っ切れたようね……私も信じていたわよ。 君はこんなことで負けたりしない。 あの人の意志を引き継いでいるのはきっと君だから。 辛い現実に直面した時、誰しもが逃げたいと思うけれど…… でも、逃げるのも、乗り越えるのも、それができるのは自分自身だけなの。 君はそれを知って、きっとこれからも強くなれるわ。 誰よりも……きっと。 追い詰められた時にこそ、人は本当の自分を知る。 私も、あなたも、そうだったんだものね」 カリンは微笑んだ。 大切なのは勝ち負けにこだわらないことなのだ。 もちろん、勝ちたいと願い、負けたくないと想うことは当然だ。 だが、それだけにこだわり続けていては、いいバトルはできない。 その先にある満足を手に入れられるかどうかなのだ。 トレーナーは勝ち負けだけを見てはいけない。 ポケモンバトルを通じて、ポケモンとの絆を深める。 相手トレーナーとも親交を持ち、同じ時を過ごせる大切な存在を育む……それがポケモントレーナーの使命だ。 「君はきっと、それをはじめから持っていたの。 でも、今まで見えなかっただけ。 アリゲイツとずっと一緒に暮らしてきた君だからこそ見えてきた答えなのよ、きっと。 だから、それを信じて戦い抜きなさい。 みんな、それを願っているわ」 カリンは心の中でアカツキにエールを贈った。 「バトルスタート!!」 バトルが始まり、先に動いたのはアカツキだった。 「アブソル、電光石火!!」 その指示に、アブソルは剣の舞を中断すると、バシャーモ目がけて猛ダッシュ。 「ならば、こちらも電光石火だ!!」 ハヅキも同じ技を指示した。 手負いの獣ほど危険と知っているのか、険しい表情を崩さずに駆け出すバシャーモ。 二体の距離はすごい勢いで縮まっていく。 お互いのトレーナーの想いを背負い、戦う。 「決めたんだ。 負けることは確かに怖いし、できれば負けたくないけれど…… でも、ぼくは勝ち負けじゃなくて、兄ちゃんと戦えるってことがうれしいんだ!! ひとりのトレーナーとして全力でぶつかれるってことだけで……ぼくは幸せに思える。 それがぼくの答えだよ」 最後の一線を越えたような気がした。 先ほどまで心を覆いつくしていた暗く重い蔦は砕け散り、残ったのは自分自身を信じる強き想い。 それを再確認した瞬間、轟音と共にアブソルとバシャーモが激しくぶつかり合った!! 「カマイタチ!!」 「ブレイズキック!!」 同時に指示が下り、それぞれ攻撃を繰り出す!! アブソルは瞬時にありったけの力を角に込め、頭を振りかざす。 対するバシャーモは強靭な脚に猛火をまとい、鋭い蹴りを繰り出した。 ごぅんっ!! 大気を震わせ、轟音がサイユウシティ全体に響き渡る。 スタジアムを駆け巡る轟音は衝撃の波となって、それに打たれた観客達は言葉を失い、ただバトルを凝視するばかりだった。 「…………!!」 アカツキは目を見開いた。 剣の舞によって限界まで強化された攻撃力で繰り出されたカマイタチはバシャーモを袈裟懸けに薙ぎ払った。 そして、バシャーモの猛火のキックがアブソルを打ち据えた。 クロスカウンターの形で攻撃が決まり、結果は…… 地面に倒れたのは、当然と言えば当然か、アブソルだった。 全力の攻撃も、ハヅキのバシャーモを倒すには至らなかった。 とはいえ、カマイタチは急所に当たりやすい技。剣の舞で強化されていれば、威力だってそれなりに高まる。 バシャーモは一度攻撃を受けただけなのに、息を切らしていた。 「…………やっぱりすごいな、おまえは……」 ハヅキは観念したように笑みを浮かべると、小さく息をついた。 最後の最後まであきらめずに戦い抜いた闘志。 お世辞にも強気な性格とは言いがたい弟も、こんな戦いをするまでになっていた。 確認できて、うれしかった。 一人のトレーナーとして、全力で戦えたことに至上の喜びさえ噛みしめていた。 「勝てなかったね……」 アカツキは倒れたアブソルを見やり、ため息をついた。 アブソルは満足げな表情をしているように見えた。 どうしてだか分からないが、答えになるものがあるのだとしたら、それはアカツキ自身が満足しているからだろう。 全力で戦った。 それでも勝てなかった。 悔しい気持ちはあるが、それでも悔いはない。 自分と、ポケモンたちが一丸となって立ち向かったのだ。 悔いなど、残したくはない。 審判は倒れたアブソルを見やると、旗を振り上げ、宣言した。 勝利者の名を、高らかに。 「アブソル、戦闘不能!! よって、勝者はハヅキ選手!!」 勝敗が決し、アカツキはアブソルをモンスターボールに戻した。 「ありがとう、みんな。 兄ちゃんには勝てなかったけど、頑張ったよね?」 全力で戦ってくれたポケモンたちに心の中で労いの言葉をかけ、アカツキはハヅキに背を向けた。 歓声が轟くスタジアム。 アカツキは一度も振り返ることなく、スタジアムを後にした。 頬を伝い流れ落ちるのは、彼にとっては悔し涙ではなく、嬉し涙だった。 「兄ちゃん、次は絶対に勝つからね……!!」 今回は負けてしまったが、もっともっと頑張って実力を伸ばして、次こそはギャフンと言わせてやる。 いいバトルができて本当に良かったと、アカツキは心の底からそう思った。 アカツキのホウエンリーグはこうして幕を閉じた。 だが、誰も気づいていなかった。 本当の試練が、すぐ傍に忍び寄っていることに。 第97話へと続く……