エピローグ――また会う日まで アカツキはミシロタウンの小高い丘で、いつものようにオーダイルと緑の絨毯に寝転がって空を見上げていた。 なんてことのない空に、大小さまざまな形をした雲が流れていく。 何気ない日常の風景。 だけど、アカツキは幸せだった。 大切な『家族』とこうしているだけで幸せを感じられる。 それだけの心の余裕ができたのは、時が流れて、人間として少しは成長したからだろうか? ……あれからどれだけの時が経ったのだろう。 今では当たり前のようになっているオーダイルとの暮らしも、一年と少し前までは違っていた。 その時は、進化前のアリゲイツだった。 「気持ちいいね、オーダイル」 「ダイル……」 アカツキは隣で気持ち良さそうに寝そべっているオーダイルに目を向けると、いつものように訊ねた。 オーダイルは目を閉じたまま、丘を吹き抜ける穏やかな風を感じているようだった。 そんなオーダイルを満足そうに見つめながら、アカツキは身を起こした。 あどけなさと幼さが多分に濃く残る顔立ちも、少しだけ大人のものになっていた。 背は伸びたが、オーダイルを抜くのは難しいだろう。 だけど、背が伸びたことで、オーダイルの目線に近づいているんだなと思うこともある。 それはなんだか、うれしさを感じるところだ。 「あっという間だったよね。 旅に出てから今まで……時間がすごく速く過ぎ去ったみたいだよ」 今まで生きてきた時間の中で、一番楽しくて、内容が濃かったのは、旅をしていた頃のことだ。 今でこそミシロタウンに腰を落ち着けているが、機会があれば海を越えて北側にある陸地の地方―― カントー地方やジョウト地方にも足を伸ばしてみたい。 今はまだ、踏ん切りがつかない。 父リクヤがいつ戻ってくるかも分からないからだ。 彼の帰る場所を守ること……それが、自分が息子としてやるべきことだと思ったから、ミシロタウンに残っていた。 とはいえ、いつ戻るかも知れない父親をただ待つばかりというわけでもない。 少しずつ発展している小さな町。 だけど、何気ない日常に目を向けてみると、やるべきことややりたいことというのは意外とたくさんある。 「でも、今も楽しいよね」 やり始めてみると、好奇心を刺激され、より楽しく感じられること。 それらに囲まれているから、ミシロタウンの中にいても飽きが来ない。それが不思議でたまらない。 「ユウキやおじさんと一緒に頑張るってのも、旅をしていた頃と同じくらい幸せだよ」 そろそろ親友が迎えに来る頃かな…… なんとなくそう思っていると、前方から声をかけられた。 「おーい、アカツキ。そろそろ行くぞ〜!!」 「オッケー、分かったよ!!」 丘の向こうで手を振っている親友に言葉を返すと、アカツキは立ち上がり、深呼吸した。 迎えに来てくれたということは、そうノンビリしていられないということなのだろうが…… それはユウキも分かっているようで、催促してこなかった。 笑みを浮かべてアカツキが来るのを待っていてくれた。 「オーダイル、行こうか」 「ダイル!!」 オーダイルはトレーナーに倣うようにゆっくりと立ち上がった。 種族的な特徴として、二本足で歩くよりも四つん這いの方が早く歩けるらしい。 だが、ワニノコやアリゲイツだった頃からずっと後足だけで立っていたから、そちらの方が慣れているのだ。 種族としてそれが幸せなのか。それは分からない。 ただ、オーダイルは自ら望んで後足だけで歩いているのだから、それはそれで幸せなのかもしれない。 アカツキは地面を蹴って丘を駆け下りた。 心地よい風が吹き上げて、帽子の縁から一房飛び出した前髪を左右に揺らす。生暖かくも冷たくもない風はとても気持ちよかった。 あっという間に丘を駆け下りると、アカツキは待ち侘びたような顔をしているユウキの傍へと駆け寄った。 「おいおい、相変わらずだよな、おまえは……」 雨が降らない日以外はほとんどこの丘に入り浸っているのを呆れているのだが、アカツキはケロッとした顔で返した。 「いいじゃない。楽しいんだから」 「まあ、そうだよな」 楽しくなければ同じことを繰り返したりはしない。 そう返されて、ユウキは渋々引き下がった。 アカツキと同じで、彼も成長していた。 しかし、アカツキよりも少し大人っぽく見えるし、物腰も研究者らしくなってきた。 鷹揚と構えているその様子は、大物の将来を予感させる。 父親に似て、研究熱心な少年だ。 「お? オーダイルも元気そうだな。相変わらずじゃないか」 「ダイルっ!!」 ユウキが頭上のトサカを撫でてやると、オーダイルはうれしそうに嘶いた。 アリゲイツからオーダイルに進化してからというものの、より輝きを増しているように思える。 「親父待ってるぜ。 今日はコトキタウンの北……103番道路でポチエナやジグザグマを観察するんだとさ。 愛車(バギー)の準備ができて、機材とかを積み込んでる頃だろうな。 今から行きゃ、ちょうどよかったりするんじゃねえか?」 「うん、そうだね。行こうか」 「ああ」 白い歯を見せて頷くユウキに、アカツキはニコリと微笑みかけた。 競争するかのように、ミシロタウンの町中へと駆け出した。 「おじさん、遅くなってごめんなさい」 慌てて駆け寄ってきたアカツキを見つめ、オダマキ博士は笑みを深めた。 屋根のない愛車(バギー)の運転席に腰掛け、今か今かとアカツキとユウキが来るのを待っていたのだ。 後部座席は機材や研究資料の束で埋め尽くされ、残ったのは助手席くらいなものだが、アカツキもユウキも慣れっこだった。 「まあ、いつものことだからねぇ。今さら気になんてしてないさ」 「あはは、そう言われると困っちゃうな……」 飄々と言うオダマキ博士に、アカツキは苦笑するしかなかった。 幼い頃からずっと成長を見てきただけに、自分のことはよく知っているのだ。 だから、どうにも頭が上がらない。 「それじゃあ行くぞ。早く乗りたまえ」 『了解!!』 二人は助手席に乗り込んだ。 車自体がかなり大型なので、助手席と言えど二人を乗せることができる。 ただ、少し窮屈なのは否めない。 オダマキ博士が、ドアがバタンと閉まる音を合図にアクセルを一気に踏み込むと、けたたましい音と共に、車は走り出した。 一瞬その場に置いていかれるような感覚に陥るが、すぐに慣れた。 肩越しに後部座席を見てみたら、ガタガタと音を立てながら荷物が小さく揺れている。 縦しんば後部座席に乗れたとして、目的地にたどり着くまでにどれだけの振動に襲われることか。 道が多少デコボコしていることを差し引いても、助手席に座っている方が幾分かマシというものだ。 ミシロタウンのメインストリートに出ると、少しは揺れが収まった。 町を南北に貫き、南にある港とコトキタウンに続く幹線道路を結んでいるから、アスファルトで整備されているのだ。 「さて、ユウキから聞いてると思うけど、今日は103番道路でポチエナやジグザグマの生態観察を行うよ」 「聞いてます」 アカツキは首肯した。 「君にはポケモンと多く触れ合ってもらいたい。 その間にユウキと私が観察するから。そういうわけでよろしく」 「うん、分かった」 打ち合わせはそれだけで十分だった。 三人でこうしてフィールドワークをするのに慣れたから、自ずと自分の役割分担というのが理解できるようになったのだ。 派手なエンジン音を発するオダマキ博士の愛車は瞬く間にミシロタウンのメインストリートを駆け抜けて、101番道路に差し掛かった。 「同じお仕事っていうのが一度もないから、結構楽しいよね」 「ああ、そうだな」 爽やかに吹き抜ける風を肌で感じながら、アカツキは風で帽子が飛ばないように手で押さえた。 「それがフィールドワークの醍醐味というやつだよ」 オダマキ博士は運転しながら微笑んだ。 彼がインドアワーク(室内研究)ではなくフィールドワークを選んだのか。 それは、アカツキの言葉が如実に物語っていた。 同じ内容、というのが皆無に等しいからだ。 その日の天気や湿度、場所、ポケモンの種類によって、実に様々な研究結果を得られる。 毎回違った表情を見せるポケモンたち。 彼らと触れ合うことは、精神的な安らぎにもつながる。 だからこそ、ユウキが生まれる前からずっと続けてくることができた。 オダマキ博士にとってフィールドワークというのは生きがいにも等しいものなのだ。 対照的にカリンはインドアワークを好んでいる。 「私、あまり陽に当たりなくないのよね。 紫外線に当たると皮膚の色素に悪影響だから……」 実に女性らしい考え方である。 お肌の手入れを欠かさない彼女だからこそ、インドアを好むのだ。 三十半ばであるにも関わらず、肌年齢は十代という驚きの結果も出ている。 しかし、彼女は彼女でこんなことも言っていた。 「それにね、中は中で結構面白い結果も出てくるのよ」 インドアにはインドアの、フィールドにはフィールドの、それぞれの良さがある。 フィールドワークを愛するオダマキ博士と、インドアワークを好むカリン。 お互いに違うものを持ち、それが素晴らしいものだと認め合えたからこそ、結ばれてこうして一人息子が生まれたわけで…… まあ、それはともかく。 アカツキが旅をやめてユウキとオダマキ博士のフィールドワークを手伝うようになったのは、 ポケモンに関する様々な知識を吸収したいと思ったからだ。 いつまでもこの町にいるわけではない。 父リクヤが戻ってきたら、トレーナーとしての可能性を広げるために、外に出ようと思っている。 だから、いつかまた旅に出る時のために、少しでもポケモンのことを知りたい…… ミシロタウンに戻ってきて初めて、自分に足りないのがポケモンの知識であると気づいた。 トレーナーとしての技量はそれなりに身についたものの、それが先行して、結果として知識が技量に置いていかれるような形になったのだ。 違った視点で自分を見つめ直したら、自分のやるべきことが自ずと見えてきた。 ポケモンを知ること。 それが自分にとって必要なものだと。 だから、アカツキは自分からオダマキ博士に頼み込んだ。 フィールドワークに同行させてください――と。 その場にたまたま居合わせていたユウキは、その言葉を聞いて驚くと同時に喜びを隠し切れなかった。 親友の言葉の一言一句に相槌を打ち、いつの間にそんなことを考えるようになったんだと思った。 アカツキの話を聞き終えたオダマキ博士は、助手として、同行を快諾した。 それを待っていたような笑顔で、 「君が手伝ってくれたら結構研究も捗りそうだよ」 かくして、アカツキはオダマキ博士の研究を手伝うことでポケモンの知識を得ようと、粉骨砕身の勢いで働き出したわけである。 もちろん、知識ばかりではない。 ミシロタウンを訪れたトレーナーとのバトルを積極的にこなすなど、トレーナーとしての修行も怠ったりはしなかった。 今ではユウキでもアカツキには勝てない、というくらいに成長したのだ。 トレーナーをやめて十年以上経つカリンとも、それなりにいい勝負ができるまでになった。 「将来が楽しみね」 バトルで傷ついたブラッキーを優しく撫でながらそんなことを言っていたのをふと思い出す。 「ぼくも、結構強くなれたんだよな……あの時と比べても……」 変わらない空を見上げながら少し前のことを考えてみる。 旅に出た時…… ホウエンリーグに初めて出場した時…… 自分の父親と悲しい別れをした、あの時…… トレーナーとしての節目は何度も迎えてきた。 その度に自分が歩いてきた道を振り返り、たどり着くまでの苦労を思い出すのだ。 そして、自分が少しは強くなった、ということを。 トレーナーとしても、一人の人間としても。 なんて、いろんなことを考えていると、時間というのはすぐに過ぎ去ってしまうもので…… 気がつけば目的地にたどり着いていた。 コトキタウンを通り抜けてきたことにさえ気づかなかったことにはさすがに驚いたが、 人気のない森の中に入って、新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んだ。 アカツキは車を降りると、研究用の機材をユウキやオダマキ博士と手分けして背負った。 言うまでもないことだが、オダマキ博士が一番荷物を持つのが少ない。 いつでも研究に入れるようにと、あまりモノを持たないようにしているのだ。 機材というと見るからに重い、というイメージがあるが、実は結構軽くて、平気で四つも五つも背負うことができるほど。 だから、アカツキも辛そうな様子すら見せずに四つほど機材を背負った。 エンジンキーを抜くと、オダマキ博士はレポート用紙や筆記用具の入ったカバンを肩にかけて、周囲を見渡す。 ポケモンがいそうな場所を探しているのだ。 「ポチエナとかジグザグマっていうと、結構木の幹くり貫いて自分の住処にしちゃってたりするんだよね」 「よく知ってるじゃねえか。まあ、一年以上もやってればそこんとこの知識も自然と身についちまうもんなんだよな」 「うん、まあね」 アカツキはニコッと笑った。 自分でも驚くほど、ポケモンのことが分かってきたような気がする。 それがとてもうれしくて、気づけば自然と笑顔になっていた。 フィールドワークはとても楽しい仕事だ。 アカツキはオダマキ博士の研究を手伝ってフィールドワークを行っている中で、思っていることがあった。 将来はフィールドワーカー(フィールドワークする人という意味)として各地を渡り歩くというのも、悪くないかもしれないと。 将来の展望のひとつとして、アカツキが見据えているものだ。 同じ種類のポケモンでも、住む場所が少し違うだけで、結構毛並みの違う感じになるのだ。 それをすぐに実感することになる。 「さあ、行くよ」 「あ……いつの間に……」 いつの間にか獣道に足を踏み入れていたオダマキ博士。 アカツキとユウキは唖然としながらも、すぐに彼の後を追った。 気づけば崖の上にいたり、木の天辺に登って周囲を見渡していたり……血が騒ぐとはこのことを言うのかと、ある意味社会勉強にもなる。 道らしい道ではないが、それでも不安は感じたりしない。 むしろ、楽しいくらいだ。 人の手が加わっていない場所にどんなポケモンが住んでいるのか。 それを知りたくてたまらない。たくさんのポケモンと触れ合うのが楽しい。 そんな気持ちだから、草で足を切ってしまっても気にならないくらいだ。 歩き出して五分くらいすると、ちらりほらりとポケモンの姿が見えるようになってきた。 ポチエナやジグザグマが多かったが、時には空を優雅に舞うキャモメも見つけられた。 少し開けた場所に出たところで、三人は足を止めた。 周囲の木の幹は、地面に沿うようにしてくり貫かれていた。 ちょっと窮屈そうな住処から顔を出して、興味深げにこちらを見つめているのはジグザグマの子供だ。 目をぱちぱちさせて、しきりに鼻を鳴らしている。 「それじゃあ、頼んだよ」 「はい」 オダマキ博士に肩を叩かれると、アカツキは機材をその場に置いて、歩き出した。 ユウキと博士はカバンからスケッチブックとペンを取り出し、いつでも研究に取り掛かれる体勢に入った。 アカツキは適当に周囲を見渡して、先ほどから自分たちのことを見ているジグザグマの子供と触れ合おうと決めた。 驚かせないように足音を忍ばせながらゆっくりと歩いていく。 合わせた視線は離さない。 ――ぼくはキミに危害を加えようとしてるんじゃないよ、と目で伝えるのだ。 子供ということで警戒心が薄いのか、アカツキが木の幹の傍まで歩いていき、屈み込むと、ジグザグマの子供はゆっくりと歩み寄ってきた。 成体のジグザグマから比べるとかなり小さいが、ジグザグに生え揃った毛並みを見てみる分に、赤ちゃん時代は卒業といったところか。 一年近くフィールドワークに携わっていると、体格で大ざっぱな年代の区別がつくようになった。 いろいろと観察眼が養われたことで、知識も飛躍的に増した。 ホウエン地方に住んでいるポケモンのことなら、ユウキには敵わないだろうが、それなりに分かっているつもりだ。 足元に擦り寄ってきたジグザグマの子供に笑みを向けると、アカツキはその場に座り込んで頭を撫でてやった。 「ジグザグぅ……」 ジグザグマはうれしそうに嘶くと、アカツキの足の上に登った。 匂いを嗅いでいるのか、しきりに鼻を鳴らしている。 黒くつぶらな瞳がとてもかわいいポケモンだ。 「生まれてからずっとここに住んでるの?」 「ぐぐぅ……」 ごろんごろんとアカツキの膝の上を気持ち良さそうに転がる。 もしもアカツキにその気があったなら、確実にゲットされていることだろう。 だが、ジグザグマは、今自分と接している人間の優しさを感じ取っているのかもしれない。 だからこそ警戒をあっさりと解いて、こうやって甘えるように接している。 「そういえば、ぼくのマッスグマはどうしているのかな?」 旅を始めて初めてゲットしたポケモンのことを思い出した。 それはジグザグマだった。 少なくとも今目の前にいるジグザグマよりは大きかった。 大人というわけではないが、人間で言えば十代半ばの花盛りといったところだろうか。 いろんな場所を巡り、経験を積むうちにマッスグマに進化した。 結局はポケモンブリーダーの少年とトレードして、バクフーンのカエデと引き換えにその少年の下で頑張っているはずである。 なんとなく、一緒に旅をしたジグザグマの面影が見え隠れ。 「キミを見てたら、思い出しちゃった。 きっと元気で頑張っていると思うけれど……会いたいなあ……」 アカツキはジグザグマを抱き上げると、視線と同じ高さに持ってきた。 「ぐぐぅ?」 鼻を鳴らしながら、つぶらな瞳をアカツキに向けてくる。 視線を合わせて、笑みが深まる。 フィールドワークはいつでも楽しい。 ミシロタウンとコトキタウンを結ぶ101番道路に住んでいるジグザグマと、今目の前にいるジグザグマは微妙に違っている。 ハッキリとした違いと見て取られないような、微妙な違い。 たとえるのなら体毛の艶とか、ちょっとした色の違いとか。 ここのジグザグマは、少し毛の色が薄めだった……ということまで分かった。 これも、フィールドワーク様々なのだろう。 アカツキが無邪気なジグザグマと接している間に、ユウキとオダマキ博士は少しずつ二人に近づいて、 せっせとスケッチブックにレポートを書き始めた。 まるで競争しているかのようにペンの動きは早かったが、それだけ熱心なのだ。 その字や絵が丁寧かどうかはともかく、彼らは真剣に研究をしている。 ユウキもいっぱしの研究者として、オダマキ博士と一緒に学会に出席したりして、いろんなことを勉強しているのだ。 時には自分の倍以上、あるいは三倍、四倍の齢を重ねた研究者と言葉の火花を散らすこともあるらしい。 知識量だけで言えば、本気で研究者と渡り合えるだけのものになっているのだろう。 「ねえジグザグマ。 これから頑張って生きるんだよ。もう少し大きくなったら……また会いに来るからね。 それまで元気にしてるんだよ」 アカツキはジグザグマの子供を優しく下ろすと、立ち上がった。 「ぐぐぅ……」 ジグザグマの子供は鼻を鳴らした。 ちょこちょことした足取りで巣穴へと帰っていく。巣穴に入る直前、少し振り返った。 アカツキは微笑んで、手を振って見送った。 ジグザグマの姿が完全に巣穴に隠れたのを確認し、アカツキは左手の木陰から覗き込むようにして様子を見ているポチエナへと歩き出した。 フィールドワークの時間はいともあっさり過ぎていった。 楽しいことをしている時ほど速く過ぎ去っていく……それが人間の『感性』というものだった。 それから数日が経ち、アカツキは一冊のノートを脇に抱え、オダマキ博士の研究所を目指して道路を走っていた。 先日のフィールドワークで感じたことなどをレポートとしてまとめるようにと、オダマキ博士から課題を出されていたのだ。 その期限が今日ということで、アカツキは昨晩、徹夜をしてまで必死にまとめてきた。 おかげで寝不足を感じていないわけではないのだが、朝の清々しい空気と太陽の暖かな光を浴びたら、眠気なんて遠くへと押しやられた。 「おじさん、どういう風に見てくれるのかな?」 アカツキは息を切らしながらも、しかし期待に胸を膨らませながら走り続けた。 家から研究所までは十分ほどかかるのだが、もうそろそろ研究所が見えてくる頃である。 今までに何度もレポートを提出するようにと言われたのだが、それはオダマキ博士がアカツキの成長を促すために出した宿題なのだ。 単にフィールドワークをして、その中で何かを感じる。あるいは新たな発見をする。 それだけでも十分に成長と言えるのだろうが、オダマキ博士はどうやらそれ以上の成長を望んでいるようである。 見たこと、感じたこと、発見したことをレポートという形でまとめることで、より鮮明な記憶として残す。 そうすれば、後々になって役に立つのだとか。 形式は自由。 絵だろうと文章だろうと、両者を織り交ぜた形だろうと、それは問わないという。 アカツキが感じたことを素直に記したものを見たいのだろう。 「見えてきた……!! よーし、ラストスパートだ!!」 道路の先に研究所の建物が見えてきて、アカツキは足を速めた。 少しでも早くレポートを見てもらいたい。 提出するたびにオダマキ博士から講評を賜るのだが、研究者を長く続けていると、レポートに対するアドバイスは的を射ている。 今の自分に足りないものや、これからのフィールドワークに活かせること、着眼点など、実にためになることを言ってくれるのだ。 だから、レポートを見てもらうのは楽しみで仕方がない。 思ったよりも早くオダマキ博士の研究所の軒先にたどり着くと、カリンとバッタリ出くわした。 白衣にジーパンと、研究者にしてはミスマッチな格好だが、女性にしては少し大きめな彼女の体格を考えてみれば、結構似合っている。 目にかけたメガネの縁を手で上げながら、カリンは柔和な微笑みを浮かべた。 「レポートの提出? それにしては朝早いのね」 「早く見てもらいたいんだ」 釣られるようにして笑みを浮かべると、アカツキは脇に抱えたノートをカリンに見せた。 もちろん、中身は秘密。 「そうね。 あの人、今日はなんだか用事があるとかで港に出かけるみたいだから、早く見せたほうがいいわね。 大丈夫、起きてるわ。 入ってすぐのモンスターボール保管庫にいると思うから、見せてあげなさい」 「うん!!」 カリンがドアを開けてくれたので、アカツキは研究所に飛び込んだ。 オダマキ博士がいると思われる保管庫は、廊下の左手に見える緑の扉の向こう側にある。 廊下を駆け抜けていく親友の息子の背中を見つめ、カリンは笑みを深めた。 「やっぱり、男の子はこうでなくちゃね……」 男の子であろうと女の子であろうと、元気なのが一番だ。 昔の自分とその姿を重ね合わせて、懐かしい気分に浸る。 「そういえば、私も似たような感じだったかしらね。 ポケモントレーナーとして頑張ろうって決めてた時期だし……まあ、あの子はこれからがハナだもんね」 カリンが玄関先でそういうことを考えていることなど知る由もなく、アカツキは扉の前で足を止めて扉と向き合った。 興奮気味の気持ちを落ち着けて、大きく深呼吸する。 苦心に苦心を重ねて纏め上げたレポートだ。 提出しに来るたびにこうして気持ちを落ち着ける。 どういう評価を下されるのか……プロに見てもらうわけだから、嫌でも緊張する。 それに慣れてしまえるほどの経験を重ねてきたわけではないから、なおのこと。 「よし、行こう!!」 アカツキはぐっと拳を握りしめると、その拳でドアを叩いた。 すると、すぐに返事があった。 「どうぞ〜」 どこか間延びしたオダマキ博士の声。 何かに熱中になっている時に発する声だと判断がついたので、アカツキは「失礼します」と断りを入れてから部屋に入った。 「やあ、おはよう」 「おはようございます」 オダマキ博士は部屋の奥にある机と向き合っていた。 ミシロタウンを旅立っていったトレーナーのモンスターボールが所狭しと棚に並べられている保管庫。 だが、室内の大半がモンスターボールの棚に費やされている状態だった。 オダマキ博士のいる場所まで行くのに、慎重に一歩ずつ踏み出さなければならない。 棚を倒してしまわないようにゆっくり歩いていくと、アカツキはオダマキ博士にレポートを書いたノートを手渡した。 「お願いします」 「オッケー。それじゃあ、早速拝見させてもらおう」 オダマキ博士はノートを受け取るなり、ペラペラとページをめくり始めた。 何枚かめくったあたりで手が止まり、目つきが真剣なものに変わった。 「今見てるんだ……」 アカツキは心臓が音を立てて鼓動を刻んでいるのを感じずにはいられなかった。 相手が息子の親友だろうと、レポートに妥協はしないということか。 目つきや雰囲気からそれがひしひしと伝わってくるものだから、緊張が高まる。 身体中を駆け抜ける緊張を解そうと、アカツキはあちこちに視線を向けた。 オダマキ博士が先ほどまで向かい合っていた机には、モンスターボールが無造作にいくつか転がっていて、その傍には便箋とシャーペン。 何かを記録しようとしているようだが、その字があまりに達筆すぎて(たぶん悪い意味で)、アカツキには判読が不可能だった。 何かに夢中になっていたのだろうから、文字の体裁ごときに構ってなどいられなかったのだろうが…… 「おじさん、やっぱり難しいことやってるんだなぁ……」 肩越しに振り返り、モンスターボールが整然と並べられている棚に目をやった。 アカツキの兄であるハヅキのモンスターボールや、親友のユウキ、ハルカのモンスターボールもこの部屋のどこかに保管されているはずである。 そして、父リクヤのポケモンたちも。 オダマキ博士とカリンが、研究がてら世話もしてくれているのだ。 博士がやっていたのはたぶん、その関係のレポートではないだろうかと推測してみる。 「兄ちゃん、元気にしてるかな……?」 ふと兄のことが脳裏に浮かんだ。 レポートにどのような評価が下されるのかと、気が気でなかったことが嘘であるかのように。 兄ハヅキは一年前、トレーナーとしてさらなる高みを目指すということで、ミシロタウンから旅立っていった。 トレーナーとして頑張るというよりも、父リクヤを捜すという目的の方が大きいのだろう。 南の港から船に乗って、海を越えた北方のジョウト地方へ。 ハヅキはホウエンリーグのジョウト地方バージョンとも言えるバトルの祭典、ジョウトリーグに参加していた。 その模様は、予選は一部を抜粋したハイライトで、本選は一戦一戦生中継された。 アカツキは、ハヅキが出ていたバトルをすべて観ていた。 残念ながら準決勝で負けてしまったのだが、ハヅキは最後に悔いのない表情を見せていた。 アカツキが見ていると分かっていたからだろう、不様な顔は見せたくないと思っていたのかもしれない。 彼が負けた相手が優勝してしまったわけだから、相手が違えば準優勝になれたかもしれない。 まあ、過ぎたことを論じたところで結果が変わるわけでもない。 ジョウトリーグが終わって、ハヅキから電話があった。 今度はカントーリーグに挑戦しに行くとのことだ。 父リクヤも戻ってきていないし、別の地方に出向いた方が効率的だと思ったのだろう。 地方が異なれば、住んでいるポケモンも違う。 当然トレーナーの毛色も違うわけで、バトルひとつを取っても、新鮮味を感じられるのは間違いない。 今まで以上にバトルの実力を上げて、今度こそ優勝という意気込みで頑張っていることだろう。 悔しいが今の自分ではハヅキに勝てないと分かっているからこそ、彼には頑張ってもらいたい。 今度こそ優勝した喜びの表情を見せて欲しいと思っている。 「兄ちゃんならきっとできると思うよ、ぼくは」 気がつけば窓の外を見つめ、空のキャンバスに兄の笑顔を描いていた。 今度ポケモントレーナーとしてバトルすることがあったなら、次こそは勝ちたい。 ホウエンリーグで戦った時は力及ばず負けてしまったが、そう何度も負けてはいられない。 負けたままで終わるのはポリシーに反するものだから、何としても勝つのだ。 そのために、トレーナーとしての修行も怠らずに続けてきた。 そこに知識も付け足せば、兄に追いつけるかもしれない。 「今のぼくだって、強くなったんだから。あの時ほど簡単には勝たせないよ」 ポケモンと結ばれた絆は、兄のそれに劣ることはないと――むしろそれ以上のものだと思っている。 「さて、アカツキ君」 「……!!」 突然声をかけられ、アカツキはビックリした表情でオダマキ博士の方に向き直った。 どうしたんだい、と訊ねられるわけでもなく、笑みを向けてくるオダマキ博士。 レポートのノートをアカツキに返してきた。 「今までで一番よくできていると思うよ。私が言うことはないってくらい」 「え、本当ですか?」 「ああ。この調子でこれからも頑張るんだよ」 「は、はい!!」 今までで一番の出来と言われ、アカツキはとてもうれしかった。 どう書こうかと、何日も頭を抱えて悩んだ末に書き記したものだけに、褒められるととんでもなくうれしくなってくる。 「なあ、アカツキ君。ダメ元で聞いてみるんだけども……」 オダマキ博士はそんな前置きをして、アカツキに訊ねた。 「博士になるつもりはないかい?」 「え? 博士? ぼくが?」 予期せぬ言葉に、アカツキはさらに驚いてノートを落としそうになった。 慌てて机の上に置くことで事無きを得たのだが…… ただ、どうして自分に『博士になる気はないか』と訊いてきたのか。 だいたい、オダマキ博士にはユウキという有望な博士志望の息子がいるのだ。 自分よりもユウキの方が博士としては向いているし、知識量も天と地ほどはあるだろう。 どう考えても博士向きではないことくらい、自分が一番よく知っている。 「うーん……」 ダメ元と言われたのに、アカツキは真剣に考えた。 結論はいともあっさり導かれた。 「やっぱりトレーナーかフィールドワーカーか……博士はちょっと考えられないです」 「そうか……そうだね。君にはそっちの方がやっぱり似合っているんだな。 すまないね、つまらないことを訊いて」 「気にしないでください」 ダメ元ということで、アカツキが博士以外の答えを出してくることは分かっていたのだろう。 オダマキ博士は落胆するでもなく、笑みを崩すこともなかった。 「ぼくが博士になっても、学会とか、そういうところは苦手だから……やっぱり、気ままに渡り歩くって方が似合ってるかな」 アカツキが博士にならないと決めた理由は、学会という特異な世界の雰囲気についていけない何かを感じたからだ。 一度オダマキ博士に『研究者の集い』なる催しに連れて行ってもらったことがあったのだが、どうにも自分には合わない雰囲気だった。 表向きは平和共存しているように見えて、その実研究の持論で火花を散らしている。 どうにも腹の探りあいというのがあったりするのかもしれない。 ああいうのはどうしても好きになれない。 だから、気ままに各地を渡り歩いてポケモンたちと触れ合える職業に就こうと思うようになった。 ポケモントレーナー然り、フィールドワーカー然り。 オダマキ博士のようにフィールドワークを主軸に置く研究者というのもその一つなのだが、研究者ともなると、どうにも学会とは縁が切れなさそうで…… 「次のフィールドワークは当分先になりそうなんだ」 「え、そうなんですか?」 「ああ。ここのところ予定が立て込んでいてね。 次のフィールドワークの日程と場所が決まるまで、トレーナーとして頑張ってみるといいよ。 その時はユウキに連絡をさせるから」 「はい、分かりました。それじゃ……」 アカツキはノートを手に、オダマキ博士に一礼すると、モンスターボールの保管庫を後にした。 将来への夢を膨らませながら家路をたどる。 「そういえば、ぼくはリザードンをゲットしてからのこと、あまり考えてこなかったんだよね……」 旅に出るまでは、思い描いたひとつの夢へとまっしぐらで、それ以外のことなど考えてはいなかった。 今さらになって、という気持ちはあるが、それでも手遅れということはないはずだ。 なにせまだ十二歳。 将来はこれからなのだ。どんな風にでも変われる。 「一番なりたいって思うのは、やっぱりフィールドワーカーかな」 港の方で優雅に空を駆けるキャモメたちの姿を見て、思わずつぶやいた。 彼らは自由だ。 自分の羽で羽ばたいて、思い描く場所へと飛んでゆける。 だけど、人間は自分の力だけで飛ぶことはできない。 自重を支える翼を生やすことができたとしても、それは鳥とは比べ物にならないほど巨大なもので、日常生活の方に支障が出てしまう。 望んでも手に入れられないものだからこそ、こうして憧れてしまうのかもしれない。 それが人間の性だと言われれば、それまでかもしれないが…… 「大切なみんなと一緒にいろんな場所に行って、いろんなポケモンを見ていけるんだから、一番いいんだろうな」 鳥のようにはなれなくても、大切な『家族』たちと共に、世界中のどこへでも行ける。 空を駆ける翼はこの手の中にあり、どんな困難をも乗り越えられる強い意志を皆で共有している。 ならば、恐れるものはなく、自由な空へ羽ばたく自分達を引き止めたり阻んだりできるものもないのではないだろうか。 「それに、今度は……」 前方から歩いてくる親子連れを見つめ、アカツキは目を細めた。 父親のこと。 あの日から一日たりとも忘れたことはない。 あの日まで、父親なんて要らないと思っていた。 生きているか死んでいるかも分からず、音沙汰なしの父親に愛情なんて感じなかったし、今さら名乗り出ようと父親として扱う気持ちもなかった。 だけど、今は違う。 「お父さんも、きっとどこかで頑張ってるんだろうな」 楽しそうに会話を弾ませる親子とすれ違う。 親子は笑みを浮かべ、他愛のない話でも幸せそうな表情だ。 アカツキは立ち止まり、彼らの背中をずっと見つめていた。 正直、うらやましいと思った。 気兼ねなくこうして話して、同じ時間を共有できる……そんな親子関係に憧れたのはいつからだろう。 一年と少し前のあの日を思い返す。 今だから分かることがある。 彼が追い求めたモノはきっと光り輝いていた。 でも、彼はその方法を見誤った。 自分の幸せが息子たちの幸せだと思い込んでいた。 その気持ちは純粋なもので……だからこそ、彼は純粋に歪んでいたのではないだろうか。 本当に幸せになりたかったからこそ、敢えてあのような手段を選んだのではないだろうか。 今だからこそ、アカツキにも分かる。 彼がそこまでして幸せを追い求めていたことも。 純粋すぎたからこそ、願いが汚れていたことにすら気づけなかったのだ。 あの日から、父親の所在は再び不明となった。 生きているか、死んでいるかすら明らかになっていない。 あれからホウエンリーグのトップであるダイゴや彼の部下たちが捜してくれているが、今でもまだ捜索は続いている。 ダイゴのことだから、見つかるまでは捜し続けてくれるのだろう。 だが、彼の厚意に甘えてばかりもいられない。 いずれはこの町を旅立ち、自分で捜さなければならない時が来る。 「でも、信じなきゃ。 お父さんはきっと帰ってくる。その日が来るって」 それが明日のことなのか。何年も先のことなのか。それは分からない。 ただ、その時が来たら、思い切り甘えてみたい。お帰りと、ありったけの想いを込めて言葉を贈りたい。 「その日が来るまで、ぼくは頑張り続けてかなきゃいけないんだ。 お父さんが安心して帰ってこられるように」 親子の姿が見えなくなって、アカツキは歩き出した。 いつか訪れるであろう再会に向けて、今を精一杯生き抜いていかなければならない。 今もどこかで頑張っている父親に顔向けできるような、立派な人間になっていなければ。 それが、歪んだ方法を用いてまで幸せになろうとした父親へ報いることになるのではないだろうかと思う。 それに…… 「もう少ししたら、ぼくがお父さんを捜しに行ってもいいかな?」 何らかの理由で帰れないのなら、迎えに行きたい。 母も、兄も、待っているということを伝えて、できるなら一緒に帰りたい。 家族で一緒に暮らせる場所に。 なんて思っていたら、前方から意気揚々と歩いてくる少年の姿が見えた。 「ここがホウエン地方かぁ。どんなポケモンがオレを待ってるんだろうな。ワクワクするぜ」 「ピカッ!!」 見るからにポケモントレーナーのその少年は、ネズミを思わせる黄色いポケモンと一緒に歩いていた。 「あれって、ピカチュウ?」 現物を見るのは初めてだった。 テレビとかポケモン図鑑の画面上で見たことはあったが、実物はやはり新鮮だった。 ホウエン地方にも生息しているが、その数はあまり多くないという。 それに、ここがホウエン地方か、なんて言っているあたり、海を隔てた他の地方からやってきたのかもしれない。 ジョウト地方か、それともカントー地方か。それも分からない。 ただ、この町が彼らの新天地の第一歩であるということだけは疑いようがない。 ホウエン地方では見かけないタイプのポケモンキャップをかぶり、青い服と少しくすんだ水色のズボンでパッと決めている少年。 その目には希望に満ちた輝きが見て取れた。 「きっと、この人も頑張っていくんだろうな……負けてられないよ」 何かを成し遂げようとする意志を強く秘めた少年に触発されて、アカツキも俄然やる気が湧き出した。 「となると、次は……」 不意に少年と目が合った。どちらともなく足を止める。 二者の間は十数メートル。 その距離が告げるものはひとつしかない。 「キミ、ポケモントレーナー? だったらオレとバトルしようぜ!!」 先に言葉にしてきたのは少年だった。 よほど腕に自信があるのか、自身の勝利を信じて止まない様子だ。 もっとも、勝てると信じなければ、勝てるバトルも勝てなくなってしまう。 アカツキもそれを実感したから、よく分かる。 負けたくないと思う。 「いいよ」 アカツキは応じると、モンスターボールを手に取った。 一番信頼する、最高のパートナーで勝負に挑む。 「ルールは一対一。どちらかのポケモンが戦闘不能になるか降参するまでバトルは続ける。 これでどう?」 「オッケー。ホウエン地方の初バトルだぜ!! 行くぜ、オレのポケモンはピカチュウだ!!」 「ピカッ!!」 少年の言葉に、ピカチュウが躍り出た。 やる気を見せ付けるように、頬の電気袋から火花が散った。 「キミの名前は?」 「オレはサトシ。カントー地方から来たんだぜ!!」 「へえ……」 カントー地方。 ポケモンの研究者を志す人なら誰もが憧れるポケモン学の権威、オーキド博士が居を構えているのがカントー地方のマサラタウンだ。 町の規模や環境はミシロタウンによく似ているらしい。 まあ、それがバトルに及ぼす影響なんて皆無に等しいが。 「ぼくはアカツキ!! それじゃ、行こうか、オーダイル!!」 アカツキは朗々と言うと、モンスターボールを頭上に掲げた。 トレーナーの意志を感じ取り、ポケモンがボールをこじ開けて中から飛び出してくる!! 「オーダイルっ!!」 飛び出してくるなり、オーダイルは大気をも震わせる咆哮を上げた。 おまえなんかに負けるかと言わんばかりに。 「オーダイルか、ワニノコの最終進化形だな」 「よく知ってるね。 なら、キミのピカチュウにとっては相性がいい相手だってことも知ってるんだろうね」 「もちろん!!」 少年――サトシは大きく頷いた。 電気タイプのピカチュウは、水タイプのオーダイルと相性がいい。 根本的なパワーでは負けるだろうが、相性と戦略如何によっては勝利を手にすることも可能だ。 もっとも―― 「ぼくは負けないよ。 負けることが怖いワケじゃない。嫌なワケじゃない。 戦うからには勝つ。それだけなんだ!!」 相性の悪い相手と戦って勝つことこそ、ポケモンバトルの醍醐味ではないだろうか。 様々な技を駆使して華麗な勝利を手に入れる…… これではルネジムのジムリーダーにしてエンターテイナーでもあるミクリの受け売りになってしまうが、根本的なモノは同じはずだ。 「それじゃ、始めようか。どんな相手だって、ぼくは負けないよ」 「それはこっちだって同じだぜ!!」 「よーし……」 じりじりと緊張が高まる。 お互いに警戒して、技を出さない。 だが、ふとしたきっかけで均衡は崩れ、バトルのゴングが鳴る!! 「ピカチュウ、10万ボルト!!」 先に指示を出したのはサトシだった。 相性のよさを生かして先制攻撃を仕掛ける。 さらに、連続で攻撃を畳み込むことによって一気に勝利を呼び込もうという、攻撃的かつ効果的なパターンだ。 ならば…… 「オーダイル、こっちは地震!!」 アカツキは指示を出した。 胸の鼓動が高まるこの気持ち。 それを忘れずにいたい。 忘れずにいたら、きっとどんな時でも頑張れると思う。 「お父さん。ぼくは頑張るよ。 いつかどこかで……また会う日まで!!」 そして―― 新しい目標(ゆめ)が動き出す。 The Advanced Adventures 了