The Advanced Adventures 外伝:チャンピオンロード<後編+あとがき> Y 「エンペルト、ラスターカノン!!」 「ルカリオ、波導弾!!」 フヨウがバトルの開始を告げるのと同時に、ダイゴとアカツキの指示が飛ぶ。 高まる気迫に後押しされるように、ポケモンたちは素早く反応した。 エンペルトは全身に陽光を浴びると、浴びた光を左右の翼の先端に集め始めた。 一方、 「グォォォゥッ!!」 ルカリオはけたたましい咆哮と共に、左手を頭上に突き上げた。 すると、掌に淡い青を呈したエネルギー球が浮かび上がった。 あらゆる生命が持つ固有の振動……『波導』(いわゆる固有振動数である)を凝縮した球体だ。 人の顔ほどの大きさまで球を膨らませると、ルカリオは腕を大きく振りかぶって、エンペルト目がけてその球を放った!! ルカリオが得意とする技『波導弾』だ。 格闘タイプの技でありながら、特殊攻撃に分類される技。 それだけならば、ブレイズキックやヘドロ爆弾といった技と大して変わらないように思えるが、 この技の特異な点は、別のところにある。 球は常に相手の『波導』を察知して突き進んでいくため、どのような手段であろうとも回避を許さず、 必ず命中するという特性があるのだ。 この技から身を守るには、力でもって球を壊すか『守る』で防ぐ以外の方法はありえない。 「『守る』なんて絶対に許さないけどな……」 球がまっすぐにエンペルト目がけて飛んでいくのを見て、アカツキは次にルカリオに出す指示のタイミングを探っていた。 ダイゴなら『波導弾』の特性を理解しているはずだ。ならば、どちらかの方法で直撃を免れるはず。 エンペルトが放とうとしている技の目的にもよるが、すぐに答えは示されるだろう。 全身に集めた光を翼の先端に凝縮させると、エンペルトは眼前の空間を切り裂くかのように、左右の翼を打ち振った。 直後、翼に凝縮された光が解き放たれ、虚空に鋭い軌跡を描きながらルカリオ目がけて迸る!! ラスターカノンという、鋼タイプの技だ。 全身に集めた光を解き放つ技で、一見するとソーラービームと似たような効果だが、 実際は鋼タイプとして認識されている。 矢のような形状を取った光は、ルカリオ目がけて一直線に迸っているが、 ルカリオもエンペルトも、フィールドに出てから一歩も動いてはいない。 「やっぱり、相殺しに来たか……でも、それならそれで……」 どうやら、ダイゴはラスターカノンで『波導弾』を相殺するつもりらしい。 『守る』で防ごうとしたら、ラスターカノンを食らうのを覚悟で『フェイント』をかけ、 鉄壁の防御を無効にして『波導弾』をお見舞いするつもりだったのだが、作戦は筒抜けだったらしい。 ダイゴならそれくらいのことは平気でやらかすだろう。アカツキも大して驚きはしなかった。 センターラインからややエンペルト側で、二つの技が激突!! 派手な音を立てて、光と球が弾け飛び、キラキラ輝く光の粉となって消えた。 だが、これは二人とも想定していた事態。 すぐさま次の一手(カード)を繰り出した。 「エンペルト、バブル光線!!」 「ルカリオ、インファイト!!」 ダイゴの指示に、エンペルトは口を大きく開いてバブル光線を発射した。 対するルカリオは、アカツキの指示を受けてさっと駆け出す。 エンペルトは接近戦もそれなりにこなすが、どちらかというと距離を置いた戦いを得意としている。 ルカリオはどちらも卒なくこなせるが、言い換えればどんな状況でも戦えるバランス型といったところだろう。 「エンペルトがルカリオの弱点を突くとしたら、地震か瓦割りだけ…… それなら、こっちから殴りこんだ方がよっぽど早いに決まってる」 近づけば近づくほど、エンペルトが得意とする水タイプの技の餌食になりやすいのは承知しているが、 それさえ放たせる暇を与えずに攻め立てればいい。 どこまで通用するかは未知数だが、やってみなければ始まらないのだ。 それに、弱点さえ突かれなければ、ルカリオが二、三回の攻撃で倒されることはない。 ルカリオは、エンペルトが放つバブル光線を最小限の動きで回避しながら走っていく。 器用なのは進化前……リオルだった頃から変わらない。 ずどどどどどんっ!! 狙いが外れ、ルカリオの背後に着弾したバブル光線が、ド派手な音を立てて炸裂する。 並のポケモンなら一発当たるだけで戦闘不能にできるほどの威力だ。 一発でも食らったら、危ないかもしれない。 「ダイゴさんは何を考えてるんだ……?」 アカツキは眉根を寄せた。 ダイゴはバブル光線が避わされても、まったく気にしていない。 仮に動揺していたとしても、彼は表面になど出さないだろう。 どちらにせよ、相手の表情から虚を突くのはあきらめた方が良さそうだ。 それなら、思っていた通りに作戦を実行するまで。 ルカリオが肉薄する中、エンペルトはその動きに合わせて身体の向きを変えながら、バブル光線を連射している。 ……と、何の前触れもなく、エンペルトが天を仰ぎ、真上にバブル光線を発射し始めたではないか。 「……!?」 何かの罠か? アカツキは突然の変化に驚いたが、今のエンペルトは無防備もいいところだ。 『守る』を使う気配もなさそうだし――使ったら使ったで、その時は守りを強制的に解除する技を使えばいい。 しかし、エンペルト……いや、ダイゴは誘っているのだ。 渾身の力を込めてかかってこい、と。 一撃で倒せなかったら、その時に倒れるのはルカリオだと、暗に示しているのだろう。 ならば、その誘いに乗ってやろうではないか。 アカツキが強い気持ちを抱いているのを悟って、ルカリオは勢いをまったく殺さず、 渾身の力を込めてエンペルトに突っ込んだ!! ごっ!! 全身全霊の体当たりから、拳と脚の連続攻撃が炸裂する!! インファイトは防御を捨てて、全力で攻撃する技。 防御を顧みず、防御に向ける力すら攻撃に転化するため、この技を放った後は、 一時的に防御力が低下してしまうというリスクを追う。 だが、防御力が低下しても、チャンスを逃すわけにはいかない。 リスクを恐れて肝心なところで踏み出せないチャンピオンなど、どの地方でも必要とはされない。 自分は、そんな風にはなりたくない。 このタイミングでのインファイトは、アカツキが抱く不退転の決意をダイゴに突きつけるものだった。 流れるような連続攻撃を食らい、さすがのエンペルトもバブル光線を放つどころではなくなった。 インファイトは格闘タイプの技であり、鋼タイプのエンペルトには効果抜群となるのだ。 「エンペルト、構うことはない!! 頭上に冷凍ビームだ!!」 ダイゴは慌てることなく、堂々とした態度でエンペルトに指示を出した。 トレーナーの動揺は、ポケモンに容易く伝わってしまうものだ。 チャンピオンとして、それを誰よりも理解しているダイゴだからこそ、凛然たる態度で、逆にポケモンを勇気付ける。 そこはさすがにチャンピオンの威厳といったところか。 エンペルトは怒涛のラッシュを受けても怯むことなく、顔を真上に向けたまま、冷凍ビームを放った。 至近距離で放てば、ルカリオとて冷凍ビームを避けられないはずだが、 それをやるとエンペルとまで巻き添えを食らってしまう。 そうなると、接近戦の得意なルカリオに分が出てきてしまう。 ならば…… 「……!! そうか、そう来るか!!」 バブル光線を追いかけるように空を突き上げていく冷凍ビームを見やり、 アカツキはダイゴが何をするつもりなのかすぐに悟った。 「ルカリオ、エンペルトと一旦距離を取るんだ!!」 アカツキの指示に、ルカリオは攻撃を中断した。 足腰に力を込め、その場を飛び退こうとした時、エンペルトの翼がルカリオの左手を絡め取った。 「……!?」 エンペルトの翼は流氷を切断できるほど硬いだけでなく、時には絨毯のような柔らかさも備えている。 ルカリオは突然左手を絡め取られ、驚きのあまり足腰に込めた力を解いてしまった。 直後、頭上から無数の氷の塊が降り注いできた!! 轟音と共に、広範囲に降り注ぐ氷の塊が地面に激突し、土煙が立ち込める。 瞬く間にルカリオとエンペルトの姿が土煙に塗れて見えなくなってしまった。 「ルカリオ!!」 アカツキは声を大にして叫んだが、それで土煙が晴れるわけでもなかった。 まさか、そんな手で来るとは…… 転んでもただでは起きないということか。 バブル光線を空に撃ち上げ、冷凍ビームをぶつけることで氷の塊を作り出し、広範囲にわたって降らせた…… ただそれだけのことだが、用意周到と言わざるを得ない。 単なる冷凍ビームよりも、広範囲に氷の塊を降らせた方が当たる確率が高いと考えたのだろう。 「…………」 氷の塊はすべて降り注ぎ、轟音が余韻を棚引かせていく。 周囲には氷の破片が無数に散乱している。 これほどの範囲を攻撃したのだから、エンペルトもただでは済まないだろう。 肉を斬らせて骨を断つとはよく言ったもので、下手をすればこれだけでエンペルトは戦闘不能だ。 ルカリオのインファイトによるダメージは、決して小さいものではないはず。 にも関わらず、こんな捨て鉢もいいところの作戦を敢行してくるとは…… チャンピオンの名にかけて、負けるわけには行かないと言ったところか。 「……これから、どう来る?」 アカツキは立ち込める土煙の中にいるルカリオとエンペルトの姿を想像し、考えを働かせた。 エンペルトが受けているダメージは大きい。 体力的にはエンペルトの方が優れていても、受けたダメージから考えれば、追い込まれているのもエンペルトだ。 そうなると、ここから防戦に回ることはまず考えられない。 攻撃は最大の防御と言うが、それは攻撃し続けていれば反撃を考えなくていいという考え方に基づいている。 防戦に回れば、先にエンペルトの体力が尽きる。 ダイゴなら分からないはずがない。 そうなると……次に彼が打ってくる手は…… ずどんっ!! 出し抜けに聴こえてきた轟音。 「……!?」 一体何がどうなっている? アカツキは疑問に思ったが、土煙が内側から引き裂かれ、フィールドが露になった。 答えは眼前に示されていた。 「ルカリオもエンペルトも戦闘不能……か」 折り重なって倒れているルカリオとエンペルトを見やり、両者とも戦えない状態だと判断した。 周囲の地面が広範囲にわたって濡れている。 どうやら、氷の塊だけでは飽き足らず、ダメ押しにと、ゼロ距離でハイドロポンプをぶちかましてくれたようだ。 ゼロ距離でのハイドロポンプは、エンペルトにもバックファイアが襲いかかってくる。 相性によるダメージ軽減が見込まれても、インファイトによるダメージを考えれば、決して小さいとも言えない。 氷の塊も相まって、戦闘不能になったとしてもおかしくはない。 増してや、ルカリオは攻撃面では優れていても、守りの面ではタイプの防御に頼る部分が多いのも事実。 『激流』の特性が発動したハイドロポンプに耐えられなかったとしても、それはそれで不思議でもなかった。 「ダイゴさん、最初からこうするつもりでルカリオを誘い込んだのか……」 アカツキは舌打ちした。 ダイゴは真剣な面持ちでエンペルトに視線を注いでいる。 戦闘不能になったのは分かっているはずだが、だからこそ最初から相打ちに持ち込もうとしていたのが明白だ。 ルカリオは攻撃面で優れているポケモン。 鉄壁の防御と鋼鉄の攻撃力を備えるダイゴの切り札・メタグロスにも有効打を与えられる技をいくつか覚えている。 ダイゴはルカリオと戦うのを防ぐため、巧みな戦術でルカリオを誘い込み、相打ちに持ち込んだのだ。 「さすがに、一筋縄じゃいかないか……」 アカツキは肩越しにオーダイルを見やった。 オーダイルは「なんで俺を見るんだ?」と言いたげな表情で視線を向けてきたが、 アカツキはすぐにルカリオに向き直った。 「戻れ、ルカリオ」 どちらにせよ、ルカリオでメタグロスの相手はできない。 アカツキが潔くルカリオをモンスターボールに戻すと、ダイゴもエンペルトを戻した。 「ありゃりゃ〜。いきなり相打ちなんて、波乱含みの展開ってヤツ? いや〜ん、ゾクゾクしてくるよ〜♪」 「…………」 「…………」 真剣きわまる雰囲気を、フヨウの黄色い悲鳴があっけなくぶち壊す。 アカツキもダイゴも、一瞬呆気に取られたような顔を見せたが、すぐに真剣な表情に戻った。 フヨウがぶち壊してくれた雰囲気も、徐々にではあるが厳しいものへと戻ってゆく。 「……では、次のポケモンを出そうか。 もっとも、次が互いにとって最後のポケモンなんだけどね」 「はい、そうですね」 ダイゴの言葉に、アカツキは小さく頷いた。 チャンピオンとの戦いでは、二体のポケモンを使用する。 四天王との戦いですでに四体のポケモンを使用しているため、このバトルで使用するポケモンは決まっているも同然だ。 「マニューラはダメージを受けてないけど、メタグロスとは相性が悪いからな…… やっぱり、オーダイルしかいない」 最初の四天王……ハルカのランドルフと戦ったマニューラはダメージを受けていないが、 鋼タイプのエキスパートであるダイゴの切り札・メタグロスを相手に、氷タイプのマニューラでは相性が悪い。 ダメージを少しでも受けているポケモンで戦うのは無謀極まりない。 ダイゴが次に出すのは間違いなくメタグロス。 腰には五つのモンスターボールが差してあるが、彼が最後に出してくるのはメタグロスに決まっている。 証拠も何もないが、そんなことは考えなくても分かっている。 最後のポケモンなら、最も信頼を置く、最も強いポケモンを出すからだ。 鋼・エスパータイプのメタグロスの弱点は炎タイプと地面タイプ。 カエデかバシャーモなら弱点を突くことが可能だが、 二体ともミクリとフヨウのポケモンを相手に、大きなダメージを受けている。 手負いの獣ほど危険とは言うが、ダイゴ相手にそんな理が通じるとは到底思えない。 「オーダイルなら、地震で弱点を突けるし、コメットパンチのダメージも減らせる……」 反面、水タイプのオーダイルなら、地震でメタグロスの弱点を突ける上、 メタグロスの最大の武器『コメットパンチ』のダメージを軽減できる。 唯一の懸念は、こちらの弱点を突かれるのではないか……ということ。 去年は特に弱点を突かれたこともなかったが、今年はどうだろう? 「でも、僕にはオーダイルしか残ってないんだ。迷ってたってしょうがない」 不安はあるが、今こそオーダイルの出番なのだ。 ハルカのランドルフや、リックのナーグを相手に有利に戦うことはできたが、 オーダイルの出番は、ダイゴのメタグロスと戦うこと。 そのために、温存してきたのだ。 ……と、ダイゴが不意に口の端を吊り上げた。 「さすがはアカツキ君。 エンペルトには自信があったんだけどね、相打ちにするのが精一杯だったよ。 去年はゲットしていなかったポケモンでも、実によく育てられている。僕に挑戦する気概がある」 「ありがとうございます。でも、勝負はまだついてませんよ」 チャンピオンが投げかける最高の賛辞に、アカツキは屈託のない子供のように表情を緩めたが、すぐに真剣な面持ちに戻る。 「そうだね。じゃあ、最後の勝負と行こうか。メタグロス、出番だぞっ!!」 ダイゴは腰のモンスターボールを頭上に投げ放った。 トレーナーの呼びかけに応え、ボールが中空で口を開き、中から飛び出してきたのは…… 「ごごぉぉぉぉんっ!!」 重量感漂う低い声音で嘶くメタグロスだった。 胴体から伸びた四本の脚の先端についた爪は『鉄脚ポケモン』と呼ばれるに相応しい鋭さを宿している。 明らかに重量級のポケモンだが、いざバトルになると、五百キロ以上もの体重を感じさせない俊敏な動きを見せる。 「オーダイル、行ってくれ!!」 「ダァァァァイル……」 アカツキがメタグロスを睨みつけたまま言うと、オーダイルは肩を慣らしながら、ゆっくりとフィールドに脚を踏み入れた。 二大怪獣・夢の共演である。 「今回もオーダイルか……」 並々ならぬ闘志を湛えるオーダイルの目を見やり、ダイゴも表情を引き締めた。 アカツキの最高のパートナーにして、最強のポケモン。 去年は思いのほか簡単に勝たせてもらったが、今年はそうも行かないだろう。 オーダイル対策も万全にしてあるとは言え、それだけでは簡単には勝てない。 「メタグロスの弱点を突けるのは『地震』だけ。でも、当てるまでが大変だ……」 アカツキはオーダイルと睨み合い、火花を散らしているメタグロスを見やり、策をめぐらせた。 ある程度は考えてきたが、実際に戦ってみなければ分からないというのが正直なところだ。 去年と同じ戦い方では決して勝てない。 かといって、相手の出方が分からない以上、自分で練った作戦がどこまで通用するかも分からない。 結局、出たとこ勝負だ。 相手の初手を見て、そこで脳裏に浮かべてある作戦から最適と思えるものを手にすれば良い。 どちらにせよ、メタグロスの防御力は高い。 鋼タイプの防御によって、ほとんどのタイプに耐性を持っている。 弱点と呼べるのは炎と地面タイプだが、水タイプのオーダイルは炎タイプの技など使えない。 ギャラドスやオクタンなら、火炎放射や大文字も使いこなせるだろうが、彼らはクセの強いポケモンだ。 メタグロス対策をするだけでも骨が折れる。 オーダイルで臨むしかない以上、弱点となる地面タイプの技……『地震』を当てることが勝利の必須条件となる。 「メタグロスは自分の体内をめぐる磁気と地磁気を反発させて空を飛べる。 地震を当てるには、確実にメタグロスを地面に叩きつけるか、押さえつけておく必要があるんだけど……」 そこのところも、戦っている間に隙を見てやっていくしかないだろう。 アカツキとダイゴがすでに腹の探り合いを開始しているのを見て取ってか、フヨウは相変わらずの笑顔で口火を切った。 「さぁっ!! いよいよお互いに最後のポケモンだよ!? この勝負、どっちに転ぶのかな!? そんじゃま、バトル・スタート!!」 チャンピオンの座を賭けた最後のバトル。 フヨウの宣言と同時に、両者の指示が飛ぶ。 「オーダイル、ハイドロポンプ!!」 「メタグロス、電磁浮遊で舞い上がれ!!」 オーダイルはすぐさまトレーナーの指示に応え、口から水塊を吐き出した!! 猛烈な勢いで飛んでいく水塊から逃れるべく、メタグロスは四本の脚を折りたたみ、 磁気と地磁気を反発させて宙に舞い上がった。 常に空を飛び続けることは理論上不可能だが、電磁浮遊によって新たに磁界を展開することで、負担が軽減される。 しかし、メタグロスが電磁浮遊を使用したのは、それだけが目的ではない。 「オーダイル、雨乞いから吹雪!!」 直線軌道の水塊は、一度狙いを外してしまったらそれまでだ。 先ほどまでメタグロスがいた場所に着弾し、猛烈な水圧を撒き散らす水塊には目もくれず、 アカツキは立て続けに指示を出した。 防御に出た瞬間、どうしようもない劣勢に立たされる。去年はそれで負けてしまったのだ。 以前の苦い経験が脳裏を過ぎり、アカツキは無意識に握り拳に加える力を強めた。 オーダイルは頭上を仰いで咆哮を轟かせ、雨乞いを発動させると、すぐさま吹雪を吐き出した!! 凍えるような冷たさを含んだ風に乗った氷の粒が、フィールドに降り注ぎ始めた雨粒を凍らせ、 戦力に加えながらメタグロス目がけて飛んでいく!! 「ほう……」 氷タイプの吹雪では、鋼タイプのメタグロスに満足なダメージは与えられない。 増してや、体温の概念が薄いメタグロスには、身体機能の低下も望めない。 それでも放つからには、相応の理由があるのだろう。 ダイゴは吹雪がメタグロスを襲うのを見ても、冷静に努めていた。 「凍結の状態異常に期待しているようだな」 吹雪をはじめとする氷タイプの技の多くは、氷漬け――凍結の状態異常を付加することがある。 凍結状態になると、動きが大幅に制限されるほか、完全に氷に閉ざされてしまうと、 時間経過によって戦闘不能扱いになる。 アカツキが狙っているのは、凍結の状態異常。 確かにダイゴの考えたとおりだった。 だが、雨粒を取り込んで勢いを増した吹雪に打たれても、メタグロスは怯む様子をまるで見せなかった。 タイプの防御でダメージが抑えられているからだ。 この分だと、凍結の状態異常にもかかるまい。 早々に判断し、ダイゴは指示を打ち出した。 「メタグロス、電磁浮遊を維持したまま思念の頭突き!!」 メタグロスが得意とするのは肉弾戦。 破壊光線やサイコキネシスなどの技も使えるが、ダイゴもまた接近戦を好むパワーファイターだ。 トレーナーの指示を受け、メタグロスは脚を折りたたんだままの状態で、 隕石の如き勢いでオーダイル目がけて突っ込んでいく。 「思念の頭突きか……それなら……」 思念の頭突きは、普通の頭突きに凄まじい思念を付加した技で、エスパータイプ。 思念によって相手を怯ませることがある。 直接のダメージも大きいが、怯んでしまうと数秒間、何もできなくなる。 ハイレベルな戦いであるほど、その数秒間が致命的な隙になりかねない。 メタグロスは体内の磁気と地磁気を反発させることで浮遊するが、急制動からの方向転換は苦手としている。 それならば、打つ手は一つ。 額に集中した思念が、淡い雪のように棚引きながら空に散っていく。 さながら彗星のような光景を見やり、オーダイルに指示を出す。 「オーダイル、受け止めろ!!」 避けてからハイドロポンプで追い討ちをかけることも考えたが、それよりは多少のダメージを覚悟の上で、 受け止めた後に地面に叩きつけ、地震で大打撃を与えた方がいい……アカツキは瞬時に作戦を変更した。 オーダイルは足腰にただならぬ力を込め、その場に踏ん張った。 「受け止めるか……なるほど、面白い!!」 ダイゴはアカツキが何を考えているのか正直理解できなかったが、 ガチンコ勝負で挑んでくるからには、それ相応の策は用意してあるのだろう。 オーダイルとメタグロスの距離がぐんぐん詰まり、メタグロスがオーダイルに思念の頭突きを炸裂させる!! 並のポケモンなら何十体もまとめて戦闘不能にできる威力だが、 オーダイルは三メートルほど後退したところでメタグロスの一撃を受け止めた。 「ちっ……!!」 「地面に叩きつけて地震!!」 まさか、本当に受け止められるとは……予想していたとはいえ、 もうちょっと後退させられるとばかり思っていたダイゴは舌打ちした。 彼が指示を出せないうちに、追い討ちをかける。 オーダイルは思念の頭突きを受けて痛む身体に鞭打って、メタグロスを地面に叩きつけると、 反動で小さくジャンプした。 そして、着地時にありったけの力を込めて地面を踏みつける!! ごぅんっ!! 轟音と共に、フィールドを強烈な揺れが駆け抜けていく。 地震はフィールド全体に効果を及ぼす強力な技だが、威力は震源に近いほど上がっていくのだ。 震源のすぐ傍にいたメタグロスはひとたまりもない。 地震のエネルギーをまともに食らい、五百キロもの体重を感じさせないほどに易々と宙に投げ出される。 「よし、このままハイドロポン……えっ!?」 メタグロスにダメージを与えられたのは間違いない。 このままハイドロポンプで追い討ちをかければ、かなり有利な状態を作り出せるはず。 そう思ってアカツキは指示を出そうとしたが、最後の一文字が出てこなかった。 「フフフ……」 対照的に、口の端に笑みを浮かべるダイゴ。 オーダイルは必殺のハイドロポンプを放とうと口を開きかけ――そのままの体勢で硬直していた。 時折身体がピクピクと痙攣したように震えるが、彼の顔に浮かんでいるのは激しい動揺だった。 一体何がどうなっているのか分からない。 どうして、この身体を鈍い痺れが包み込んでいるのか……? 「な、なにがどうなって……?」 ここでハイドロポンプを決めれば、後々有利に戦えるのは間違いない。 そう思って、『怯み』のリスクを度外視して、敢えて思念の頭突きを受けさせたのだ。 そこからの地震、そしてハイドロポンプ……途中までは上手く進んでいたのに、突然、頓挫した。 アカツキとオーダイルが激しく動揺するのも無理はなかった。 しかし、チャンピオンとの戦いでは些細な動揺でさえ、命取りになる。 「メタグロス、コメットパンチ!!」 「……!!」 ダイゴの鋭い指示に、アカツキはハッと我に返ったが、その時すでにメタグロスが体勢を立て直し、 必殺のコメットパンチをオーダイルに見舞っていた。 鋼タイプの技は、水タイプのオーダイルには効果が薄いが、練り上げられた高い威力の前に、 タイプの防御など紙でできた鎧も同然だった。 オーダイルは腹に必殺の一撃を食らい、フィールドの隅まで吹っ飛んだ。 「オーダイル!!」 思念の頭突き、コメットパンチ。 威力の高い技を立て続けに食らい、さすがのオーダイルも立ち上がるのに難儀していた。 コメットパンチはメタグロスと、進化前のメタングの専売特許とも言える豪快な技だが、 意外なことに、月からやってきたと言われるピッピやピクシーも使える。 鋼タイプの中では最強威力の技として知られているが、コメットパンチの特性はそれだけに留まらない。 煌く彗星のごとき不可思議な力をまとったパンチは、時にその神秘性からか、 放ったポケモンの攻撃力を上昇させることがあるのだ。 さらに、メタグロスの特性は『クリアボディ』。 スキルスワップで特性自体を交換するか、胃液で特性を一時的に消去しない限り、 いかなる手段を以ってしても能力低下を引き起こすことができない。 一度能力を高められたら、速攻で決着をつけるか、特性をなくして能力を下げて対抗するしかない。 「でも、メタグロスの攻撃力が上がった様子は見られないな……」 立ち上がったオーダイルから、メタグロスに視線を移す。 どうやら、攻撃力が上がってはいないようだ。上がっていたら、兆候が現れるはずだ。 「問題は、なんでオーダイルがいきなり動けなくなったか…… だけど、思念の頭突きで怯んだんだったら、ハイドロポンプを放とうとさえしないはずなのに」 幸い、攻撃力は上がっていない。 となると、問題はオーダイルが反応しなかった理由。 知らない間に何か仕掛けていたのか…… それが自然だったが、考えのステップを進めるより早く、ダイゴが種を明かしてくれた。 「簡単なことだよ。 なぜ、僕がメタグロスに電磁浮遊を使わせたと思う? 高速で浮上する助けにしたかった……というのもある。 しかし、本当は……」 ――電磁浮遊。 改めて、メタグロスが浮遊した技の名前を思い返し、アカツキは一つの結論に至った。 「ま、まさか……」 「その通り」 表情を崩し、アカツキは思わず後退りした。 思っているとおりだとしたら……いや、それしか考えられない。 「電磁浮遊は、新たな磁界を展開することで、メタグロスの動きを補助する技。 だけど……そこで電気が発生して、メタグロスの身体にまとわりついていたとしたら……? 思念の頭突きでオーダイルに触れた瞬間に、擬似的な電磁波を食らわすのと同じ…… ピカチュウやライチュウの『静電気』と同じ要領だったってことか!!」 今になって、やっと分かった。 電磁浮遊を使ったのは、オーダイルに触れることで身体にまとった電気を移し、動きを制限するためだったのだ。 さすがに、これは言われるまで分からなかった。 「でも、もうその方法は使ってこない。麻痺にされることはないんだ……」 種明かしをした以上、同じ手は二度と使ってこないだろう。 ならば、次は…… 「メタグロス、高速移動からコメットパンチ!!」 「オーダイル、水の波動!!」 両者の指示が同時に飛んだ。 メタグロスは脚を折りたたみ、高速移動によって次の攻撃の破壊力を高めている。 生半可な技では、その勢いは止められない。 それなら、状態異常の技を駆使して戦っていくしかない。 アカツキの指示を受け、麻痺から立ち直ったオーダイルが水の波動を放つ!! 雨乞いと、オーダイルの特性『激流』によって二重に強化された水の波動は、 普段放つハイドロポンプ以上の威力を周囲に撒き散らしていた。 「さすがに、この威力は食らうと痛いね……」 ダイゴが唇を噛みしめる。 オーダイルの周囲に立ち昇った強烈な水柱は壁となって、接近中のメタグロスを真下から直撃する!! しかし、メタグロスはダメージを受けながらも高速移動の勢いをそのまま利用して、壁を突き破ってオーダイルに迫る!! 次の一撃で勝負を決めようという魂胆だ。 「それなら、僕だって……次で決める!!」 そっちがその気なら…… アカツキも次の一撃で勝負を決めようと思った。 特性『激流』が発動している今、オーダイルの体力は残り少ない。 普段は『なり』を潜めているが、ピンチになると発動する特性だ。 威力の上がった水タイプの技で相手を仕留められるかも……という利点がある反面、 裏を返せば、あと一撃で倒されるかもしれないというリスクを背負うことになる。 この状態で長期戦など望めない。 それなら、次で決めるしかない。 拳をグッと握りしめ、爪が皮膚に食い込む。その痛みが、意識を今以上に冴え渡らせ、頭の回転率を上昇させる。 メタグロスの一手はコメットパンチだ。 タイプの防御を貫通する威力の前に、下手な小細工はあっけなく蹴散らされる。 嫌というほど味わった破壊力に対抗するには、同等以上の力をぶつけるしかない。 水の波動を突っ切るだけでも、メタグロスには大きなダメージになったはず。 下手な小細工など、互いに仕掛けられるだけの余裕がないのだ。 真っ向勝負で倒す以外、活路を切り拓く術はない。 「オーダイル!!」 弾丸のごとき勢いで――しかし、降り注ぐ隕石のような凄まじさを伴って迫るメタグロスを睨みつけながら、 アカツキはオーダイルに指示を出した。 「アクアテール!!」 次の『攻防』で決める。 恐らく、ダイゴも幾重にも張り巡らされた策を打ち出してくるはずだ。 どちらが上を行くか。 相手より一枚でも上を読んだ側が勝つ。 単純明快な一本勝負。 メタグロスは途中で折りたたんでいた脚を開き、力強く神々しい光を宿す。 まさに、彗星の輝きである。 単純な技の威力なら、コメットパンチの方が上だが、今は二重に強化されたアクアテールに分がある。 ――ァァァァァァァァァァァァァイルッッッッッ!! オーダイルは世界に響かすような咆哮を上げ、荒々しき大海のごとき勢いで、水の力を宿した太い尻尾を振りかざした。 勝敗を分かつ、互いにできる最高の攻撃。 「わ〜おっ……」 両雄が渾身の力を振り絞って繰り出す攻撃を見て、フヨウが感嘆の声を上げる。 彼女ですら、心の底からため息を漏らしてしまうほどの真剣さが、フィールドを遍く包み込んでいる。 「さあ、どうする……? どこまで、僕の上を読む……?」 「ダイゴさんはコメットパンチだけじゃ終わらせないはずだ。次に打ってくる手は……」 腹の底の探り合い。 トレーナー同士が見えない火花を散らす中、両雄が激突!! コメットパンチとアクアテールがぶつかり合い、それぞれの技に込められたエネルギーが周囲に放出されていく。 威力的には互角。 二重に強化されていなかったら、オーダイルが確実に打ち負けている。 そう考えると、『激流』に救われた形になるが、まだこの攻防は入口に過ぎなかった。 「冷凍パンチ!!」 「怒り!!」 続けて響く両者の指示。 メタグロスは身体を回転させ、冷気の力を宿した別の脚でオーダイルに攻撃を仕掛ける。 ごっ!! 雨が降りしきるフィールドに、氷の粒がきらめいた。 メタグロスの冷凍パンチはオーダイルの頤を強かに打ったが、 氷タイプの技ではオーダイルに満足なダメージを与えられない。 威力的にも、コメットパンチと比べれば雲泥の差だ。 ダイゴが何を考えてそんなマネをしているのか、アカツキは理解していた。 この攻防で決着をつけるつもりでいるのは間違いないが、いきなり決めようとは思っていない。 威力の弱い技、効果の薄い技で少しずつダメージを累積させ、一定の線を越えたところで、一気に決めてくる。 だが、いちいちそんな策に付き合う必要はない。 相手のペースを崩すためにも、一気に決める。 まずは、相手の攻撃を受けることで威力を高める『怒り』で、反撃する。 オーダイルは相手の攻撃を受けて怒りのボルテージを高め、 メガトンパンチをも上回る威力に進化した『怒り』の鉄拳をメタグロスの顔面に叩きつける!! 「ハイドロポンプ!!」 「サイコキネシス!!」 第二の指示。 オーダイルが間髪入れずに発射したハイドロポンプはしかし、 メタグロスに炸裂する寸前、サイコキネシスによって虚空に縫い止められた。 だが、アカツキは動揺することなく、次の指示を出した。 「瓦割り!!」 「放て!!」 ダイゴの指示に、メタグロスはサイコキネシスで捕獲したハイドロポンプをオーダイルに返す。 猛烈な水圧が解放され、オーダイルの身体を傷つけていくが、 オーダイルは気にすることなく、瓦割りをメタグロスに命中させる。 「アクアテール!!」 「コメットパンチ!!」 続いて、第一撃と同じ組み合わせ。 相手の虚を突くべく、オーダイルとメタグロスは持ちうるスピードをフルに動員して技を放ったが、 またしても威力の大部分を相殺する形に終わった。 相殺された力が霧散する寸前、互いに小さなダメージを与える。 一連の攻防で、互いにかなりのダメージが蓄積されているはずだが、ここで少しでも気を抜けば負けである。 何がなんでも負けられないというトレーナーの気迫を受けて、気力を振り絞って立っている。 一進一退の状況だが、しかし確実に、勝負は終焉へと向かっている。 ……と、そこで雨乞いの効果が切れて、雨が降り止んだ。 「チャンスは今……!!」 今なら、アクアテールもハイドロポンプも、先ほどのような威力を発揮することはない。 決着をつけるのは今しかないと判断し、ダイゴは最後の指示を出した。 「メタグロス、コメットパンチと雷パンチの乱れ打ち!!」 刹那、メタグロスは二本の脚にコメットパンチの力を、残った二本に電気の力を宿した。 これぞダイゴのメタグロスの最終奥義。 四本の脚それぞれに別の技を使わせるのだ。 コメットパンチ、炎のパンチ、冷凍パンチ、雷パンチと、最大で四つの技を同時に使うことができるが、 これはメタグロスに肉体的・精神的な負担を強いるため、普段は封印している。 しかし、今は封印から解き放とう。 そうしなければ、勝ち目はない。 悔しいが、フィールドを挟んで対峙している青年の実力は認めなければなるまい。 メタグロスは身体を激しく回転させると、四本の脚で交互にコメットパンチ、雷パンチを繰り出した!! 「オーダイル!!」 アカツキは声を張り上げ、オーダイルに最後の指示を出す。 ダイゴが勝負をかけてきた。 それなら、こちらもそれ以上の覚悟で応じるしかない。 「ここで決めるぞ!! ハイドロカノン!!」 指示を出した直後、メタグロスの怒涛の連続攻撃がオーダイルを打ち据える!! 鋼、電気、鋼、電気、鋼…… 交互に加えられるラッシュ。効果の強弱を交互に切り替えているのは、オーダイルの体感ダメージを増加させるためだろう。 怒涛の連続攻撃の前に、オーダイルは反撃の糸口をつかめなかった。 身体を丸めてじっと耐え、反撃できるタイミングを探るが、メタグロスも必死だった。 ここで倒せなかったら、渾身の一撃を食らって返り討ちに遭う……と、分かっているからだ。 「そうさ…… 雨乞いがなくったって、ハイドロカノンの威力があれば、今のメタグロスを倒すことはできる」 アカツキは真剣な眼差しをオーダイルの背中に注いでいた。 ここで耐え切れれば、確実にメタグロスを倒せる。 ハイドロカノンは水タイプ最強の威力を誇る。凄まじい水流を一度に発射して、相手を叩き潰してしまう技だ。 雨乞いによる強化がなくとも、『激流』だけでアクアテール以上の威力は叩き出せる。 「オーダイル、今は耐えるんだ……」 電気、鋼、電気、鋼、電気…… 普通のオーダイルなら、四本の脚を一度ずつ食らっただけで戦闘不能になるだろうが、 アカツキのオーダイルは、そんじょそこいらのオーダイルとはワケが違う。 不可能を何度も可能にしてきた実績の持ち主だ。 最強のメタグロスの、最強最後の奥義にも耐え抜いてくれる。 アカツキはオーダイルを心の底から信じているからこそ、動じることなく、堂々とした態度を構え続けることができた。 「なるほど……」 凛とした青年の表情と態度を見やり、ダイゴはなぜかうれしい気持ちになった。 自分と戦っている相手が、慌てたり動じたりすることなく、 堂々としているのを見てうれしい気持ちになるなんて、どうかしているのかもしれない。 だが、七年前から常に気にかけてきたトレーナーの後輩が――あるいは弟子が――、自分を追い越さんとしているのだ。 悔しい気持ちはあるが、うれしい気持ちの方が大きい。 「自分のポケモンを信じ抜くこと。 それがポケモンバトルで一番大事なことだ…… ならば、最後まで信じ抜くがいい。君の望む瞬間が訪れるまで」 勝敗は紙一重の差でしかない。 どちらに転んでもおかしくないこの勝負、負けたとしてもダイゴには一片の悔いもない。 決着の時は、刻一刻と近づいている。 メタグロスの攻撃は続いているが、徐々にペースが落ちてきた。 オーダイルの攻撃を何度も受けて、体力を消耗しているからだ。 電気、鋼、電気…… 何十回目になるか分からない雷パンチを受けたところで、一瞬、メタグロスの動きが止まる。 「今だっ、ぶちかませーっ!!」 タイミングを計ったように、出し抜けにアカツキの指示が飛ぶ。 「……!!」 メタグロスは慌ててコメットパンチを繰り出そうとしたが、 怒涛の連続攻撃を見事に堪え切ったオーダイルのハイドロカノンが先に放たれた。 ずどんっ!! ごぉぉぉっ!! オーダイルが放ったハイドロカノンはメタグロスを易々と吹き飛ばし、 フィールドをも飛び出して、ダイゴの背後にある山肌に激しく叩きつけた!! 「なっ……!!」 ダイゴは一瞬で脇を通り過ぎて山肌に叩きつけられたメタグロスに振り向き、顔を引きつらせた。 オーダイルとメタグロスの間の地面には、深い溝が一直線に掘られていた。 ハイドロカノンの勢いと威力の凄まじさを、如実に物語る溝だった。 「メタグロス……!!」 さすがに、これだけの威力の技を受けたら、戦闘不能は免れまい。 ハイドロカノンには、破壊光線やギガインパクトといった技と同じリスクがある。 膨大な出力を短時間に行うため、身体を動かすのに必要なエネルギーをも動員しなければならない。 反動で動きを封じられ、エネルギーを取り戻すまでは何もできなくなってしまうのだ。 一撃必殺の威力を宿す技のリスクは、逆に相手に倒されるかもしれないほど大きなもの。 しかし、使いこなせればこれ以上に力強い技もない。 「どうだ……」 アカツキは地面に落ちたメタグロスを睨みつけた。 万が一、あの一瞬で『こらえる』を使われていたら、確実に負ける。 そんな暇はなかったと思うが、相手はチャンピオンである。 こっそりと『こらえる』を使わせていたとしても不思議はない。 どちらにしろ、ハイドロカノンを放った後、オーダイルはしばらく動けなくなってしまう。 立っているのもやっとの状態では、次の攻撃を受けた瞬間に負ける。 ここまで来て負けるのは嫌だが、やれることはすべてやった。 負けたとしても、悔いはない。 時が、一秒、また一秒と過ぎていく。 アカツキもダイゴも、事態の推移を心静かに見守っていた。 ……しかし、メタグロスは地面に落ちると、それっきり動かなかった。 やがて、戦闘不能を判断する時間が過ぎて、決着はついた。 ばっ!! フヨウが手に持っていた旗が翻り―― 「勝負あったっ!! ダイゴのメタグロス、戦闘不能!! よって、この勝負はチャレンジャー・ミシロタウンのアカツキの勝ちっ!! コングラチュエーション♪ キミが次のチャンピオンだっ!!」 新しいチャンピオンの誕生を、彼女は告げた。 「…………」 「……勝った。僕が、勝った……?」 しかし、勝利を宣言された当の本人が、最も乏しい反応を見せた。 実感が湧かない……というのが正直なところだろう。 そんな彼に追い討ちをかけるように、オーダイルがうつ伏せに倒れ込んだ。 死力を振り絞り、やっと立っているような状態だ。 ちょっと指で突かれたら、それだけで倒れてしまう。 勝利を宣言され、安心しきったのだろう。 オーダイルの足腰は砕け、その場に倒れてしまった。 「あっ、オーダイル!!」 アカツキはオーダイルが倒れた音にハッと我に返り、慌てて駆け寄った。 膝を折ると、オーダイルが満足げな表情で倒れていることに気づいた。 「オーダイル……」 死力を尽くして戦った。 そして、愛するトレーナーに勝利を捧げることができた…… そんな満足感に満ち溢れた表情は、アカツキの心を暖かくした。 「ありがとう、オーダイル。ゆっくり休んでてね」 ニコッと微笑みかけ、最高のパートナーをモンスターボールに戻す。 ほぼ同時に、ダイゴもメタグロスをモンスターボールに戻していた。 「……メタグロス、よくやってくれた。 後一歩、力及ばなかったが、後悔はしていない。よく頑張ってくれた。ゆっくり休んでいてくれ」 互いに、持てる力のすべてを出し切って戦った。 それを悔やむということは、死力を尽くしたポケモンたちに失礼だ。 だから、ダイゴは一片の後悔もなかった。 「さて……」 勝敗もついたことだし、いつまでも張り詰めた気持ちのままでいても仕方がない。 ダイゴは気持ちを切り替えると、満面の笑みを浮かべてアカツキに歩み寄った。 アカツキはオーダイルのモンスターボールをじっと眺めたまま、その場に片膝を突いていたが、 視界に人型のシルエットが差したのを認めて立ち上がった。 顔を向けると、ニコニコ笑顔のダイゴがそこにいた。 あからさまな笑みに、アカツキは戸惑いを隠せなかったが、 「……あ、ダイゴさん……」 「いけないね。勝者は勝者らしく、笑みを浮かべて胸を張らなきゃ。 君は僕に勝った……オーダイルが安心して休めるよう、ふてぶてしく笑うべきなんだよ、君は」 「……そうですね。そうします」 至極当然のことを言われ、アカツキはニコッと微笑んだ。 オーダイルが頑張ってくれたからこその勝利。 ここに来てようやく、アカツキにも勝利の実感が芽生え始めた。 しかし、カメラが回っている以上、ハメを外して喜ぶわけにもいかない。 淡々と、勝利の喜びを噛みしめていることにしよう。 「でも、僕が勝ったなんて……やっぱり、信じられない」 ダイゴに勝つつもりでやってきたのに、どうして素直に受け入れられないのか…… 不思議なこともあるものだと思ったが、事実は事実だ。こればかりはちゃんと受け止めていくしかない。 「しかし、強くなったね。 君も、君のポケモンたちも。 今の君ならば、僕は安心してチャンピオンの座を明け渡すことができるよ」 「チャンピオン……」 アカツキは表情を険しくした。 チャンピオン・ダイゴに勝利したということは、一ヵ月後にはアカツキが新しいチャンピオンとして、 ホウエンリーグの頂点に君臨するということに他ならない。 しかし、輝かしい称号の裏には、常人には想像もつかないような苦悩と葛藤がある。 無論、アカツキとてそれを承知の上で、ダイゴに挑戦状を叩きつけ――そして勝利した。 「ダイゴさん、笑ってるけど……きっと、すごい苦労をしてきたんだろうな」 ダイゴはアカツキの勝利を我がことのように喜んでいる。 無邪気で、どこか子供のように見えてくるのは、気のせいではないのだろう。 今の表情が太陽よりもまばゆく明るいのは、次のチャンピオンに対する期待と……そして祝福。 その裏で、数え切れないほどの苦労も味わってきたはずだ。 そう、たとえば七年前の騒動。 アカツキもダイゴも、当事者として思い切り首を突っ込んで顛末を見届けたのだが、 今思い返してみても、後味の悪い結末だった。 それから一年以上経ってから、後味の悪さを解消してくれる出来事が起こったが、 さすがにそれでも、あんな大騒動にも立ち向かっていかなければならないのがチャンピオンだ。 ホウエンリーグの頂点に君臨することで、一地方のポケモンリーグを動かせるほどの権力を手にできるが、 言い換えれば、それ相応の責任を背負い込むことになる。 規定によると、チャンピオンはタイトルマッチで挑戦者に敗れた後、 その日から起算して一ヶ月以内にその座を明け渡さなければならない。 諸々の手続きや、新しいチャンピオンの教育及び簡易な人脈形成など、 組織の頂点に立たせるのに相応しい根回しが必要なのだとか。 だから、本当はこんなところでノンビリしていられる時間はない。 そう、たとえば…… アカツキがしみじみと将来への期待と不安を噛みしめていると、ダイゴが言葉をかけてきた。 「アカツキ君。 チャンピオンはとても遣り甲斐のある仕事だけど、反面、それ相応の責任が常に付きまとう。 優しい君には厳しい世界かもしれないけれど、君ならできるよ。 君のやりたいようにやってごらん。 今の君なら……きっと、みんなついてきてくれる。 まあ、時には心を鬼にしてまでもやらなければならないこともあるけどね」 「はい、頑張ります」 言葉の内容とは裏腹に、口調はかなり厳しいものだった。 アカツキは表情を引き締めて、現チャンピオンの言葉を真摯に受け止めた。 まだまだ頼りないところがある青年だが、この世界の荒波に揉まれていくうち、 自分よりも大きなことを成し遂げられるだろう…… ダイゴは真剣な面持ちのアカツキを見やり、笑みを深めた。 「さて、一ヵ月後には、君は新しいチャンピオンとして、多忙な日々を送ることになる。 それまではゆっくり休んで英気を養ってほしい……と、言いたいところなんだけども。 さすがにそういうわけにもいかないからね。 たとえば、ほら……」 ダイゴが指差した先に視線を向けると、キラキラ瞳を輝かせたフヨウがいつの間にやらすぐ傍に詰め寄ってきて、マイクを突きつけていた。 「い、一体いつの間に……」 つかみ所がないのが彼女らしさとはいえ、いくらなんでも脈絡がなさすぎてコワイ。 ビックリするアカツキを余所に、フヨウは笑みを浮かべたまま口を開いた。 「さっ!! 新しいチャンピオンに、これからの意気込みを聞いてみたいと思いま〜す!! ねえねえ、チャンピオンになったら何をしたい!? 壮大なヴィジョンとかあるんでしょ!?」 「え、えっと……」 矢継ぎ早に質問を投げかけてくるフヨウのテンションについていけず、アカツキはただ口ごもるばかりだった。 「やれやれ……フヨウに振り回されないようになるまでが大変だな」 ダイゴはアカツキがしどろもどろになっているのを見て、困ったような笑みを浮かべてため息をついた。 チャンピオンは常に堂々としていなければならない。 ピンチの時だって、ふてぶてしく笑って、不敵な自信を見せつけなければならないものだ。 だが、フヨウに詰め寄られた程度でオドオドしていては、それもままなるまい。 どうやら、今のアカツキはフヨウに対する過分な恐怖心があるようだ。 それを克服してもらわなければ、お話にもならない。 まあ、それはダイゴが考えることでもないだろう。 『百万の麗しき乙女が恋するジェントルメェン』を公言するミクリが、 アカツキの教育係として、彼を一人前のチャンピオンに育ててくれるはずだ。 「だけど、今くらいはゆっくりさせてあげないとね……」 ダイゴはそう思い、アカツキの腕を引っ張った。 「……!?」 「逃げるよ」 「え……ええっ?」 返事を待たず、ダイゴは身を翻して駆け出した。 アカツキは遠ざかっていく彼の背中を見て呆然としていたが、 「ねえねえ、これからホウエンリーグをどんな風にしたい!? 全国ネット生中継中だよ!? いいこと言ってよ〜」 「そ、それは……就任挨拶で話します!! 今日は用事があるんで、これで失礼します!! それじゃっ!!」 フヨウに詰め寄られて踏ん切りがついたらしく、ダイゴの後を追いかけた。 「あぁんっ!! 逃げちゃヤ〜よ!!」 フヨウの怒りとも悲鳴とも取れる声を背中に聞きながら、アカツキはひたすら走っていた。 Z あの場から全速力で逃げたことが幸いしてか、それからフヨウがアカツキの前に現れることはなかった。 ……まあ、それはそれとして。 その日の晩、アカツキは寝付けなかった。 ダイゴに勝利し、一ヵ月後には新しいホウエンリーグ・チャンピオンとして、サイユウシティで働き出すのだ。 一世一大の大勝負の余韻が抜け切らないのか、興奮して寝付けない。 ベッドの傍らで寝息を立てているオーダイルを起こさないよう、物音を立てずに部屋を抜け出し、 やってきたのはポケモンセンターの屋上だった。 サイユウスタジアムのすぐ傍にあるポケモンセンターで、アカツキは一晩を過ごすことになった。 というのも、ポケモンを回復するためにポケモンセンターに立ち寄ったところで、 ダイゴに勝利したことを聞きつけたミクリがやってきて、こんなことを言ったからだ。 「明後日から、君を一人前の『チャ〜ンピオォ〜ン』に育てるべく、君の教育係を任された。 というわけで、明日までは君の思うとおりに過ごしなさい」 今日はポケモンセンターで過ごし、死力を尽くして戦ってくれたポケモンたちの労い、明日は…… 「明日は、ミシロタウンに帰ろうかな……」 明後日からは、ゆっくりしていられなくなる。 チャンピオンとして、最低限知っておかなければならないことは山ほどあるのだろう。 勉強はあまり得意ではないが、ダイゴに勝利してしまった以上は、好む好まざると言ってはいられない。 目の前にある責任を果たさずに逃げられるほど、薄情でも腰抜けでもないつもりだ。 明後日からは、本当に忙しくなる。 私用で故郷ミシロタウンに戻ることもできなくなるだろうから、明日は空を飛べるポケモンを駆って、故郷に戻る。 チャンピオンに勝ったことを報告したい人がいることだし…… アカツキが故郷に戻ろうと思っていることを察して、ミクリも『明後日から』と気を利かせてくれたのだろう。 ならば、厚意には甘えておくべきところだろう。 「でも、ホントに勝ったんだ。 大変だと思っていたけど……大変だったけど、これからがもっと大変なんだよな」 転落防止の柵に身体を預け、夜空を見上げながらつぶやく。 カナズミシティやキンセツシティといった大都市からは絶対に見えないような星も、 自然豊かなサイユウシティからはハッキリと肉眼で確認できる。 無数の星が、チャンピオンに勝利したことを祝福するように瞬いているが、アカツキはすでに気持ちを切り替えていた。 大変なのは、これからだ……と。 チャンピオンとしての責務を果たしていかなければならない。 十八歳……青年と呼ぶにはまだ早く、少年と呼ぶには大人びている彼にとっては、 チャンピオンという立場は荷が重いのかもしれない。 だが、やるべきことをやらずして逃げ出そうとは思わない。 「兄ちゃん、喜んでくれるかな……?」 たった一人の兄は、自分が次のチャンピオンになると聞いたら、どんな顔をするだろう。 驚くだろうか? それとも、当然だと鼻を鳴らすだろうか? 一応、ダイゴに挑戦することはあらかじめ話していたし、 兄なら『おまえならやると思ってたよ』と、いとも容易く言ってくれるのかもしれない。 どちらにせよ、明日はミシロタウンに戻って、兄に元気な顔を見せよう。 病床に伏した彼を励ませるなら、どんなことでもする……そのつもりで、アカツキはダイゴに挑戦状を叩きつけたのだ。 もちろん、戦うからには勝つつもりでいた。 結果、一ヵ月後には新しいチャンピオンとして赴任する。 「…………」 今後に備えて、休める時にはちゃんと休んでおくことを習慣づけなければならないだろう。 本当なら、こんな風にポケモンセンターの屋上でまったりとした時間を過ごせるほどの余裕もない。 しかし…… 「あ、いたいた」 「本当に当たるとは……」 「……!?」 出し抜けに聴こえてきた男女の声に、アカツキは慌てて振り返った。 屋上の入口に、ハルカとダイゴが立っていた。 ハルカは満面の笑みで手を振り、ダイゴは「やっぱり驚いた……」と言わんばかりに苦笑していた。 「ハルカにダイゴさん。どうしたんですか、こんな時間に……?」 アカツキは歩み寄ってきた二人に言葉をかけた。 いろいろと考えていたところにヒビを入れられたのはいい気分ではないが、 二人がこんな時間にやってくるのが気になっていた。 「いや、君がどうしてチャンピオンになろうと思ったのか…… 分かってはいるけれど、もう一度、君の口から聞いておきたくてね。 まあ、彼女は明日、君と一緒にミシロタウンに戻るつもりでいるらしいから、そのことで連れてきたんだ」 ダイゴは事も無げに言葉を返した。 二人して用があるからここに来た。そんな当たり前なことで驚かれても困る…… そう言っているように思えてならなかったが、アカツキは大して気にも留めなかった。 「アカツキってば、何も言わないけど、明日はミシロタウンに戻るつもりなんでしょ? ミクリさんだって、明後日からって言ってたし」 「うん、まあね。 明後日から忙しくなるだろうから、明日しか時間がないんだ。 ……ハルカも戻るんだ?」 「ええ。お母さんにもたまには顔を見せてあげたいしね。あとは、ユウキにも」 「そっか……」 「ミクリさんも、すっごく張り切ってたから。明日くらいはノンビリさせてもらわないと……ね」 ハルカはイタズラ少女のように微笑んだ。 アカツキがダイゴに勝利した数時間後…… 次のチャンピオンに就任することが正式に理事会で了承された後、ハルカを始めとする四天王は別室に召集された。 そこで、ミクリからこんなことを言われたらしい。 『明後日からアカツキ君の特訓を開始します。 つきましては、四天王の諸君にも協力してもらいたい。 ダイゴが抜けた後、いきなり恥をさらすようなことがあっては、ホウエンリーグの名折れだからね。 明日は僕がここに詰めるから、君たちは久しぶりにゆっくり休んでおいてほしい』 どうやら、ハルカは彼の言葉から、アカツキが明日ミシロタウンに戻るのではないかと推測したらしい。 「フヨウさんは相変わらず……なんだね」 「まあ、ミクリさんが何でもかんでも勝手にやっちゃうから、フヨウちゃんはノンビリしてることが多いわね。 でも、フヨウちゃんって、いざと言う時は本当に頼りになるのよ」 アカツキとハルカは、互いに苦笑した。 ミクリらしいと言えばそうだが、『百万の麗しき乙女が恋するジェントルメェン』は意外としっかり者なのだ。 フヨウは普段こそかなりいい加減だが、いざと言う時は縁の下の力持ちぶりを惜しげもなく発揮する。 まあ、それくらいでもなければ筆頭四天王など務まるまい。 「じゃあ、明日は八時に出発するよ。 空を飛べるポケモンで行けば、時間もかからないだろうし」 「そうね。分かったわ」 ハルカも、たまにはミシロタウンに戻って母親に顔を見せたいのだろう。 彼女の父はトウカジムのジムリーダーにして、ホウエン地方最強のジムリーダーとして、多忙な日々を過ごしている。 立場上、娘に追い抜かれたことを気にしているらしく、以前にも増してストイックに修行を重ねているそうだ。 「……僕にまで追い抜かれたって分かったら、センリさん、どんな顔するのかな」 娘は四天王。 その友達は次のチャンピオン。 人格者でもあるセンリなら喜んでくれるだろうが、反面、悔しくてハンカチを噛み千切るのかもしれない。 まあ、それは想像だけに留めておこう。 「ユウキ、元気にしてるかな? 最近は、あんまり連絡も取ってなかったけど……」 センリのことは程々に、アカツキの脳裏には、十年来の親友のあどけない笑顔が浮かんでいた。 ユウキ…… フィールドワークの権威として学会でその名を轟かせているオダマキ博士の一人息子で、 現在は両親のような立派な研究者を目指して奮闘中の青年である。 最近は父親のオダマキ博士、母親のカリン女史と共に、学会に度々顔を出して、いろいろと学んでいるとか。 アカツキもダイゴにリベンジを挑むため、ポケモンバトルの特訓に勤しんでいたから、互いに連絡を取れなかった。 久しぶりに故郷に戻るついでに、会いに行くのもいいだろう。 思わずニヤけるアカツキに屈託のない笑みを向け、ダイゴが訊ねた。 「アカツキ君。 君がチャンピオンになって頑張ろうと思ったのは、ハヅキ君のためかな?」 「……そうです。 個人的な理由ですけど……でも、僕にできるのは、僕が頑張ってるってことを見てもらうってだけですから。 ……やっぱり、チャンピオンには相応しくない理由ですよね」 アカツキは困ったような顔で、ため息混じりに返した。 彼がチャンピオンになろうと思ったのは、兄ハヅキを励ますためだ。 もちろん、そのほかにもいろいろとやってみたいことがあるし、人のために役立ちたいという気持ちがあったからだ。 歯の浮くようなセリフは苦手だったから、ダイゴと戦う意気込みを語るところでは口にしなかったが…… 個人的な理由でチャンピオンになろうと思うのは、やはり相応しくないのだろう。 アカツキはそう思ったが、ダイゴは頭を振った。 「いや、立派なことだと思うよ。 君自身のためでもあるし、誰かのために何かをしようと思う気持ちは尊いし、それを笑うヤツは許さない。 少なくとも、僕や四天王はそう思っている」 「ま〜ね」 それ見たことかと微笑むハルカ。 個人的な理由であろうと、大切な人を想う気持ちは尊い。 増してや、アカツキの気持ちには嘘や偽りなど微塵も含まれてはいない。 理由など人それぞれで変わるものだから、個人的だろうとなんだろうと、 そんなことは問題ではないのだと、ダイゴは締めくくった。 単なる奇麗事には留まらない重みのある言葉に、アカツキは思わずグッと来た。 「ありがとうございます。 でも、兄ちゃんは今動けない状態だから、僕が頑張らなきゃって思ってるんです」 兄ハヅキは一年前、大事故に巻き込まれ、大怪我を負ってしまった。 幸い一命を取り留め、半身麻痺などの障害が残るようなこともなかったが、現在も治療が続いている。 ベッドの上で今も退屈な日々を強いられ、リハビリも口で語るにはあまりに重い。 そんな彼を元気付けたくて、励ましたくて……アカツキはチャンピオンを目指そうと思ったのだ。 一年もかかってしまったが、その間の苦労に見合うだけの結果は残せた。今のところは満足である。 アカツキが何か吹っ切ったような明るい表情を見せていることに気づき、ダイゴは多くを言わなかった。 これからは、彼らの時代だ。 三十も半ばに近づいた自分には、別の場所が似合う。 アヤカとの間に儲けた一人息子もそれなりに大きくなってきたし、そろそろ育児に参入しなければならないだろう。 ないとは思うが、アヤカが息子――リュウトに対してダイゴの悪口だのなんだのを吹き込んでいるのかもしれない。 冗談でも笑えない想像に、ダイゴは人知れず背筋を震わせた。 「ダイゴさんはこれからどうされるんですか?」 「……僕かい?」 不意にアカツキから問いを投げかけられ、ダイゴは少し俯き加減だった顔を上向かせた。 なるほど…… こちらから訊くだけではフェアではないと、逆に答えさせようとしている……ということか。 チャンピオンと言う立場では必要な『駆け引き』を今のうちから磨いておくのは重要なことだ。 ダイゴは苦笑しつつも、ちゃんと答えた。 「そうだね、気ままなストーンコレクターに戻ろうかと思っているよ。 ここしばらくは各地を飛び回ってばかりで、ロクに進化の石を集められなかったからね」 「またまた〜。そんなこと言ってると、アヤカさんに怒られちゃいますよ?」 「……ははは、手厳しいね」 気楽な口調で言うと、すかさずハルカから手痛い一言が飛んできた。 本当にありえることだから、余計に笑えない。 ダイゴは表情を引きつらせつつも、何事もなかったように装っていた。 「まあ、それはその通りだな。 リュウトも五歳になったからね……それなりにいろんなものに興味を持ち始める頃だろう。 そんな時に、父親である僕がついててあげられないのは、やっぱり教育上よろしくない。 アヤカに三行半を突きつけられるのは、もっと勘弁してもらいたいからね」 「アヤカさん、怒ると怖いですからね。 しばらく会ってませんけど……当分は会えなくなっちゃうんだろうなあ」 アカツキはダイゴの言葉に頷くと、夜空の星を見上げた。 ダイゴの妻アヤカには、十一歳にミシロタウンを旅立ってから、いろいろと世話になった。 旅立った当初は今ほど強くもなかったから、今になって思えばちょっとした躓きで挫けそうになっていた。 しかし、アヤカはそんなアカツキに救いの手を差し伸べてくれた。 今の自分がいるのも、彼女の助力によるところが大きいのかもしれない。 チャンピオンになったら、彼女には当分は会えないのだろう。 以前に会ったのが三年前……それからは彼女も育児が忙しくなったようで、こちらからは連絡を取らなくなった。 ともあれ、ダイゴはチャンピオンの座を退き、子育てに奮闘することになるのだろう。 「伝えるべきことも伝えたし、ハルカ君。帰ろうか」 「そうですね。明日は早いですから」 「……というわけなので、今日のところはこれで失礼するよ」 「はい」 「じゃあ、またね」 ダイゴとハルカは屋上から立ち去った。 一人、夜の屋上にたたずむアカツキは、三度夜空を見上げた。 「僕が頑張らなきゃね……みんなも、不安に思うだろうから」 チャンピオンの仕事は、手持ちのポケモンの強さでは通用しない性質のものが多い。 だからこそ、今のうちから気を強く持って、自分の主張を曲げないようにしなければならない。 課題は山積しているが、その方が頑張ろうという気になる。 「よし、そろそろ寝よう!!」 胸に痞えていたものも消えたような気がするし、そろそろ寝よう。 明日はミシロタウンに帰って…… 「もしかしたら、明日の方が忙しくなるのかも……」 音もなく瞬いた星に目を細め、アカツキは苦笑した。 [ 翌日、アカツキはハルカと共に帰郷した。 ホウエン地方中西部に位置するミシロタウン。 アカツキはこの町で生まれ育った。 ハルカは海を隔てた北方……ジョウト地方のワカバタウンで生まれ育ったが、彼女にとっての故郷はミシロタウンだ。 旅立って七年が経つが、当時とほとんど変わっていない。 せいぜい、桟橋に毛が生えたような港が少し大きくなったくらいで、訪れる人もさほど増えてはいない。 ポケモンセンターの前で降り立つと、そこからは別行動だ。 「じゃ、あたしは家に戻ってからオダマキ博士の研究所に行くね」 「うん。先に行ってて」 軽い調子で会話を交わすと、ハルカはスキップなどしながら彼女の自宅へ向かった。 彼女の背中をぼんやり眺めながら、アカツキは小さくつぶやいた。 「やっぱり、ハルカは変わってないなあ……」 昔から、彼女は明るかった。 変わったのは自分の方だろう……なんとなくそう思ったが、周囲に言わせれば逆なのだそうだ。 「さて、僕も行くかな」 メインストリートは滅多にあふれかえることがないとはいえ、やはり立ち止まったままでは何も始まらない。 アカツキはミシロタウンの郊外にある診療所へと向かった。 小さな町ゆえ、病院というものはない。 危険な状態を脱したという判断から、ハヅキは町の小さな診療所で療養しているのだ。 「でも、ホントに久しぶりだなあ……」 風に揺れる木々や、地味ながらも素朴で暖かみのある風景。 二年ぶりに見る故郷の町並みは、アカツキの頭に記憶されているものと寸分たりとも変化していなかった。 メインストリートを歩いていると、見知った顔をいくつも見かけた。 小さな町ゆえ、家族ぐるみの付き合いのようなものだ。 他愛ない会話を交わしながら、ハヅキが療養している診療所へ向かう。 さすがに、アカツキが次のホウエンリーグ・チャンピオンということは、まだ知れていないらしい。 ダイゴとの激闘はテレビで放映されたが、それはあくまでもホウエン支部のビル内だけである。 人の噂は風よりも速い……などと言われるが、それでもミシロタウンに伝わってくるのはもう少し先になるのだろう。 あるいは、オダマキ博士やカリン女史のような広大な情報網を持つ著名人なら、聞きつけているのかもしれない。 もっとも、チャンピオン交代というのはビッグニュースだ。 アカツキの就任式はホウエン第一テレビで大々的に取り上げられ、ミシロタウンは蜂の巣を突いたような騒ぎになるだろう。 何しろ、ミシロタウン出身のチャンピオンは史上初なのだから。 「でも、その時は、僕はここにいないんだけどなあ……兄ちゃんや母さん、父さんの方が大変かもしれない」 飲めや歌えやのドンチャン騒ぎも、当のアカツキには何の関係もない。 チャンピオンになれば、そう易々とサイユウシティを離れることはできないものだ。 一月後には、いろいろと騒ぎになって面白そうだ…… なんてことを思いながら歩くうち、一際閑静な郊外にたどり着く。 それこそ普通の民家に毛が生えた程度の診療所だが、アカツキも子供の頃、風邪をこじらせた時には世話になった。 営業中のプラカードがかけられた扉を軽くノックして、屋内に入ると、つーんと鼻に突く臭いが押し寄せてきた。 脱脂綿に染み込ませた消毒液か、洗浄用アルコールの臭いだろう。 アカツキは久々に嗅ぐ強烈な臭いに顔を引きつらせたが、 入口からすぐのところに位置する診療所でふんぞり返っている初老の医師と目が合って、すぐに笑みを浮かべた。 「先生、お久しぶりです」 「よ〜、アカ坊。久しぶりじゃねぇか、オイ。元気してたみてぇだな。安心したぜ」 「先生こそお元気そうで、何よりです」 軽く挨拶を交わし、アカツキは笑みを深めた。 元・凄腕医師の先生は相変わらず元気そうだ。 細身でおとなしそうな面持ちだが、人の見た目と中身は必ずしも一致するとは限らない。 今でこそこんな小さな診療所に腰を落ち着けているが、若い頃は伝説の暴走族として、 ホウエン地方のヤンキーヒストリーに燦然と輝いていたそうだ。 口調が荒っぽいのも、若かりし頃の影響だろう。 それがどういう理由があって医師になったのかは分からないが、凄腕医師として、医学界に名前を残している。 「兄ちゃんは元気ですか?」 「おう、まあな。 アカ坊が頑張ってるってんで、負けてらんねぇ!! ……なんて張り切ってやがったぜ。最近はとみにリハビリに熱が入っててな。 俺っちがついてく方が大変になりやがった」 「そうですか……ご迷惑をおかけしています」 「まったくだぜ」 医師の顔に、屈託のない笑みが浮かぶ。 迷惑はしているが、やはり若者は元気でなければ……と思っているのだろう。 それに、アカツキだってハヅキが頑張っていると聞いて、とてもうれしくなった。 自分の頑張りが報われたような気がしたからだ。 「ま、こんなトコでボケっと突っ立ってるだけじゃなんだ……さっさと会いに行ってやれよ。 アカ坊が来るの、心待ちにしてやがるぜ」 「はい、そうします」 アカツキは小さく礼をして、診療所の脇の廊下を抜け、扉が開け放たれたままになっている病室に入った。 病院仕様のベッドが壁際に置かれていることを除けば、普通の部屋となんら変わりない。 どこか家庭的な雰囲気が漂う部屋のベッドの上で、短く刈り揃えた茶髪の青年が横になっていた。 頭を枕につけたまま、リクライニングで上体を少し起こした状態でじっと窓の外を眺めている青年に、 アカツキは声をかけた。 「兄ちゃん」 「……!?」 アカツキの声に、青年はビクッ、と身体を震わせ、慌てて振り向いてきた。 端正な顔立ちで、カナズミシティなどの大都市を普通に歩くだけで年頃の女性が寄ってくるだろう。 いかにも穏やかそうな雰囲気の持ち主だ。 ただ、今は怪我のせいで出歩くことができず、どこかへ行くにも車椅子が手放せない状態だ。 「アカツキか……久しぶりだな。元気にしてたかい?」 青年――ハヅキはニッコリ微笑みかけてきた。 アカツキは小さく頷くと、ベッドの傍に置いてあるパイプ椅子に腰を下ろした。 「兄ちゃんも、元気にしてるみたいだね」 「ああ、もちろんだ。 おまえが頑張ってるのに、僕が何もしないままでいるわけにはいかない。 ……それはそうと、カリンおばさんから聞いたよ。 ダイゴさんを下して、おまえが次のホウエンリーグ・チャンピオンになるんだってな」 「……おばさんったら、何もそんなに早く伝えなくてもいいのにな……」 アカツキは苦笑した。 オダマキ博士かカリン女史なら、ハヅキに伝えているかもしれない……とは思ったが、やっぱり伝えていた。 まあ、彼らに悪意はないのだろう。 アカツキがチャンピオンになると聞いて、居ても立ってもいられなかったのかもしれない。 ハヅキに嬉々とした表情で、うれしそうに話す姿が脳裏に浮かび、アカツキはそれ以上何も言えなかった。 ともあれ、隠したところですぐに分かることだ。 「でも、本当におめでとう。 おまえならたぶん、それくらいはやっちゃうんじゃないかって思ってたよ」 「嫌だな〜、兄ちゃんったら。 ……でも、ありがとう。僕、チャンピオンって肩書きに恥じないように頑張るから」 「うん……」 ハヅキは自分のことのように、心の底から喜んでいた。 弟が自分のために頑張っている……それは、口に出さずとも、身に沁みるほどに理解しているつもりだから。 「僕も頑張るからさ。兄ちゃんも頑張ってよ。 あれからずいぶん経ったけど、リハビリはどう? 辛くない?」 「……辛いほど辛いわけじゃないけど、簡単でもないね」 「そっか……」 ハヅキも、アカツキに負けじとリハビリに取り組んでいる。 この分だと、あと半年もあれば自分の足で歩けるようになると言う。 アカツキは術後の経過が順調であると聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。 「身体が治ったら、また旅に出るの?」 「そうだな。そうするつもりだよ。僕のポケモンたちも、退屈してるだろうしね」 「本当は僕、力になりたいんだけど…… ゴメンね。言い訳するわけじゃないけど、明日からはすごく忙しくなるんだ」 「いや、おまえはホウエンリーグの頂点に立つんだから、それは仕方ないよ。 おまえを必要としてるのは、僕だけじゃない……もっとたくさんの人が、おまえを必要としてる。 おまえだって、みんなの期待に応えたいと思ってるから、チャンピオンになろうと思ったんだろう? だったら、謝ることはないさ。 おまえは悪いことをしてるわけじゃない。 むしろ、やるべきことをやってるんだ。それは胸を張って誇っていいと思う」 「……うん、ありがと。兄ちゃん」 本当は兄の傍で力になりたい。 もし、ダイゴとの戦いで負けていたら、そうするつもりでいた。 結果が出た今だから、そんな風に考えることもできるのだが…… やはり、力になれなくて申し訳ないという気持ちを払拭するのは無理だった。 そんな弟の苦しい胸の内を、兄はちゃんと見抜いていた。 だから、こんなことを言ったのだ。 ――おまえはやるべきことをやっている。そのことを誇ればいい―― 自分よりも数段上のキャリアを積んでいる兄の言葉はとても重く、それでいて思いやりに満ちていた。 「父さんと母さんは元気にしてる?」 「ああ。父さんはまだアレだけど、母さんとは仲良くやってるよ」 「そっか……」 「後で会いに行くんだろ?」 「……そうするつもり。 一応、話だけはしておきたいし。 ユウキやカリンおばさんにも会わなきゃいけないって思ってる。 今日はヒマをもらって、ハルカと一緒に帰ってきたんだ。 兄ちゃんに、僕がチャンピオンになるってことを伝えなきゃいけないって思ったから」 「じゃあ、いつまでもここにいちゃダメだな。 早くみんなに元気な顔見せなきゃ。 僕のことはいいさ。とりあえず、早く行ってあげるんだ」 「うん、分かった……また、後で来るよ」 「ああ」 アカツキはちょっと寂しい気持ちになったが、ハヅキの言葉に従う形で席を立った。 本当はもっとたくさんのことを話したいが、会うべき人がいる以上、いつまでも兄だけに時間を割くわけにもいかなかった。 チャンピオンになれば、気ままに旅を続けていた頃には戻れない。 しばらくは忙しくて外出などままならないだろう。 今のうちに、会うべき人に会っておきたい。会わなければならない。 懐かしい面々も多く、久しぶりに会って話をするのが楽しみな反面、なぜだか少し寂しい気持ちもする。 複雑に入り乱れる気持ちを持て余したまま、アカツキは自宅へと向かった。 「僕も、頑張らなきゃな……ダイゴさんに負けないように」 Epilogue それから一ヶ月が経った。 アカツキは四天王やホウエンリーグ役員から、チャンピオンとして最低限必要な知識や教養を叩き込まれた。 ポケモンバトルの知識や実力は申し分ないため、もっぱら机上での講義が主だった。 フィールドワーカー兼トレーナーとして旅をしていた頃とは裏腹に、 一室に何時間も閉じ込められ、退屈で堅苦しい時間。 それでもアカツキは嫌な顔一つせず、真剣に講義を受けていた。 おかげで、ミクリをして驚かせるような知識や教養を身に付けることができた。 これで十八歳と言われても、にわかには信じられないだろう……と思わせるほどだった。 しかし、今日ここに、ホウエンリーグ史上最年少のチャンピオンが誕生する。 ホウエンリーグ八代目チャンピオンの就任会見が行われるとあって、 ホウエン支部の大会議室に設けられた百数十席は報道陣で見事に埋め尽くされた。 まだ三十分以上も時間があると言うのに、リポーターやカメラマンは本番に備えて余念がない。 質問事項の最終チェックを行ったり、今さらながらカメラの調整をしていたり。 熱気が漂う舞台裏――大会議室の隣にある控え室では、アカツキが緊張した面持ちで椅子に腰掛けていた。 傍らには、四天王の面々。 ハルカとミクリはアカツキと同様に緊張した表情を見せているが、フヨウとリックは相変わらずの朗らかな笑顔。 まあ、後者は記者会見の主役がアカツキであると理解しているからこその笑顔だろうが。 「…………」 アカツキが、真っ白になりそうな考えをどうにかつなぎとめている中、ハルカが恐る恐る声をかけてきた。 「ま、まあ……あんまり緊張しない方がいいと思うよ。無理だとは思うけど」 「それは無理な相談だな、ハルカ」 彼女に応えたのはアカツキでなく、ミクリだった。 大勢の人の前で自分の意見を述べたことのないアカツキに「緊張しない方がいい」と言っても、効果があるはずもない。 それはハルカも分かっているが、だからこそ自然体に構えてほしいと思っている。 そんな彼女の気持ちが伝わったのか、アカツキは口元にぎこちない笑みを浮かべて、言葉を返した。 「ありがとう。 でも、やっぱり緊張する……僕は、そういうの慣れてないから。 でも、慣れなきゃいけないんだよね。 チャンピオンって、たくさんの人の視線を浴びる職業だし……」 「そうそう。ダイゴだって最初の頃は大変だったらしいよ。 アカツキなら大丈夫だって♪」 「そうそう。お兄ちゃんならへーきへーき♪」 「…………」 「…………」 「…………」 相変わらず、フヨウとリックは気楽に言ってくれる。 善意も悪意もないから、なおのこと始末に負えないところだが、それは何も今に始まったことでもない。 だが、二人が気楽に構えてくれるおかげで、緊張しっぱなしもバカバカしく思えてきて、少しだけ気が楽になった。 講義を受けて知識を身につければつけるほど、チャンピオンという立場の重みや重責といったものが理解できた。 自分の決断で、多くの人やポケモンに影響を与える。 そこには、常に責任が付きまとう。 今の自分に勤まるのかと、不安で眠れない夜もあったが、ここには頼りになる四天王がいる。 そして、自分には昔から変わらない間柄の仲間がいる。 腰のモンスターボールに、そっと触れてみた。 記者会見だからと、アカツキはオーダイルをモンスターボールに戻していた。 普段は窮屈だからと入りたがらないが、アカツキの立場を考えて、 記者会見が終わるまでという期限付きで、ボールに入ってもらっているのだ。 「大丈夫。僕ならできるって、ダイゴさんも言ってくれてたし……」 ダイゴは昨日、チャンピオンの座を辞した。 引継ぎはすでに行われているので、現時点でアカツキがホウエンリーグ・八代目チャンピオンなのだが、 建前だけで言えば、記者会見を以ってチャンピオン就任ということになるのだろう。 もっとも、どちらにしてもチャンピオンに就任したという事実はあるわけで、考えるだけ詮無いことだ。 せいぜい、大衆の受け止め方が少し変わる程度。 ――自分ならできる…… そう言って、笑顔でホウエンリーグを去ったダイゴの背中を思い浮かべ、アカツキは強い気持ちを胸に抱いた。 チャンピオンとはいえ、アカツキは自分が強い人間などとは露ほども思っていない。 周囲の力を借りなければ、できないことの方が圧倒的に多いくらいだ。 だが、仲間たちの力を借りながら、いろんなことをしていこう。 そのうち、一人であれこれできるようになるかもしれない。 いきなりは無理だから、少しずつ慣れていけばいい。 あれこれと考えをめぐらせるうち、記者会見の時間が迫ってきた。 「チャンプ、お時間です。会場にお越しください」 扉を叩く音と共に、役員の声が聴こえてきた。 規則正しいリズムで遠ざかる足音を耳に挟みながら、アカツキは立ち上がった。 「さて……僕のチャンピオンとしてのデビュー戦だな。気を引き締めていかなきゃ」 思いのほか涼やかな声でつぶやき、頬を手で軽く叩く。 少しでも力を抜けば、膝が笑い出してしまいそうなほど緊張している。 それはさっきと変わらないが、記者会見で言うべきことを頭の中でまとめられたせいか、 いきなりアガってしまうようなことはなさそうだ。 深呼吸して心を落ち着けると、アカツキは笑顔で四天王に向き直った。 「まだまだ頼りないヒヨっ子チャンピオンだけど、みんなよろしく。 それじゃあ、行こうか!!」 「ああ、行こう」 「あたしがちゃんと支えてあげるから、安心してね」 「大丈夫大丈夫♪」 「うんうん♪」 チャンピオン就任の記者会見を前に、本来は緊張がピークに達するところだが、五人揃って笑みを浮かべていた。 これからの道行きに、光を見出していたのかもしれない。 大変なのはこれからだが、それでも最初から気落ちした状態で始めるわけにはいかないのかもしれない。 アカツキは扉を開け放ち、熱気渦巻く大会議室へと一歩を踏み出した。 カーテンが締め切られた室内に、次々とカメラのフラッシュが焚かれる。 まぶしいほどのフラッシュに目を細めつつも、アカツキは表情を変えないまま、席へと就いた。 「それではこれより、ホウエンリーグ・八代目チャンピオンの就任記者会見を執り行います」 視界を務める役員の厳かな声が、スピーカーを通じて大会議室に流れる。 フラッシュが焚かれる数は減ったものの、それでも室内がまぶしいことに変わりはない。 アカツキはフラッシュが弱まったタイミングを見計って立ち上がると、 別の役員から差し出されたマイクを受け取り、口を開いた。 「お集まりの皆様、お忙しいところお越しいただき、ありがとうございます。 僕……私が、前任者ダイゴの跡を継いで八代目チャンピオンに就任いたしました、アカツキと申します。 よろしくお願いいたします」 そして―― 新たなる時代の幕が開ける。 『The Advanced Adventures 外伝:チャンピオンロード』 〜了〜 性懲りもなくあとがき やっちった……やっちゃいましたよ、性懲りもなく。 The Advanced Adventuresはあれほど終わりにすると言っておいたのに、なんでやっちゃったんでしょう。 ――やりたかったからやった。 ――むしゃくしゃしてやった。 ――どんな話だって良かった。 ――だから、反省はしない…… ……というのが本音だったりするのだから、決して褒められたものではありませんね(笑)。 ともあれ、これでたぶん本当にThe Advanced Adventuresは終わりになるハズです。 前の外伝『Penetrate』で幾分か不明になっていた点も解決しましたし、 とある方からいただいた『重要なポジションにもかかわらず出番少ない彼女……』という意見も満足させられたかな……と。 終わり方がちょっと半端だったような気もしますが、リポーターから問われて答えるというのでは、 チャンピオンというよりはただの会社役員みたいな感じなので、敢えて第一声を発したところで終わりにしました。 あと、四天王及びチャンピオンとの戦いでは、ゲームでのルールを一部継承した形で、 残りは適当に考えてルールを構築しました。 『ホウエンリーグ版・四天王&チャンピオンバトルのルール(by ガーネット)』 1.挑戦資格は、各地区のポケモンリーグ優勝者(ホウエン地方でなくても構わない) 2.六体のポケモンを用い、四天王との戦いでは一対一の時間無制限で戦う。 3.チャンピオンとの戦いでは二体のポケモンを使い、時間無制限、勝ち抜き形式とする。 4.ポケモンの技以外で体力を回復してはならない(バトル以外では回復できない)。 5.途中で負けた場合は最初からやり直し(ゲームと同じ) ……かなりややこしいルールですね。 ただ、途中でポケモンの回復が挟まってしまうとテンポが悪くなるため、こんな形にしました。 一対一にしたのも、ゲームみたく五体あるいは六体のポケモンを使用可能にすると、 とてつもなく長くなってしまうためです(単純計算で今回の5倍程度)。 本編終了から6年後の設定なので、四天王もほとんど入れ替えました。 諸事情により退場してしまった四天王がお好きな方には申し訳ありませんが、平にご容赦を。 ちなみに、退場した四天王とその事由は以下の通りです。 カゲツ ⇒ ロックバンド『ザ・ペリッパーズ』のギターとして活動を開始する プリム ⇒ 一身上の都合により実家に帰省する ゲンジ ⇒ 高齢につき後継者を立てて四天王の職を辞す また、この話を書き終えてからPenetrateを読み返したところ、一部不具合が出てきたため、ちょっとだけ修正しました(本棚&掲示板)。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 それでは、最後に登場人物のまとめで締め括ります。 アカツキ 年齢:18歳 性別:男 出身:ミシロタウン この外伝でめでたくホウエンリーグ・チャンピオンに就任。 前髪が一房だけ飛び出しているのは以前と変わらず、カントー、ジョウト、シンオウなど、 各地方を旅してきただけに、ポケモンの知識及びトレーナーとしての実力は非常に高い。 終了時点の手持ちは、オーダイル、マニューラ、カエデ、リーフ、バシャーモ、ルカリオ。 その他にも、オダマキ博士の研究所で預かってもらっているポケモンが三十体以上はいるらしい。 ハルカ 年齢:18歳 性別:女 出身:ワカバタウン 本編では主人公に並ぶ地位を与えられながらも、出番が少なかった不幸な境遇だったが、 この外伝では四天王として登場。 様々なタイプを使いこなすテクニシャンだが、四天王としてはドラゴンタイプを用いている。 ゲンジの後継者だけあって、ドラゴンタイプを使わせれば右に出るものはない。 二つ名は『竜使い(ドラグナー)』で、切り札としているのはガブリアスのランドルフ(♂)。 ミクリ 年齢:30歳(終了時) 性別:男 出身:ルネシティ 本編ではルネジムのジムリーダーとして登場したが、この外伝では四天王として登場。 相変わらず歯の浮いた言動の持ち主で、『百万の麗しき乙女が恋するジェントルメェン』は健在。 水タイプと氷タイプを使いこなし、攻撃・補助の技を上手に組み合わせて攻めるのが得意で、 二つ名は『水と氷の幻想師(イリュージョニスト)』。 フヨウにはペースを乱されやすく、一度気持ちが乱れるとすぐムキになるという、大人気ない一面も見せる。 リック 年齢:14歳 性別:男 出身:ホウエン地方のどこか この外伝のみで登場するオリジナルトレーナー。 四天王では史上最年少だが、トレーナーとしての素質はアカツキをも上回り、実力は確かなものがある。 しかし、実年齢に比してあまりに低い精神年齢が災いし、いろいろとトラブルを起こすことが多いらしい。 得意とするタイプは地面タイプで、二つ名は『無垢なる大地の砦(ガーディアン)』。 アカツキを尊敬しているためか、彼に対しては非常に従順だが、依存癖であると気づいていないらしい。 フヨウ 年齢:24歳 性別:女 出身:ホウエン地方のどこか 本編では四天王として登場したが、この外伝でも引き続きつかみ所のない四天王として登場。 ただし、立場は筆頭四天王(平たく言えば最強の四天王)に格上げされている。 リックと同様、実年齢に比してあまりに低い精神年齢の持ち主だが、いざと言う時には頼りになるらしい。 得意とするのはゴーストタイプで、補助を中心とした技でさり気なく相手のペースを崩す。 二つ名は『猫魔女(ケットシー)』。 ダイゴ 年齢:33歳 性別:男 出身:トクサネシティ 本編とこの外伝共に、ホウエンリーグのチャンピオンとして登場。 接戦の末アカツキに負けたことで彼にチャンピオンの座を明け渡し、 自由気ままなストーンコレクターに戻れたと思いきや、 妻・アヤカに首に縄つけてカナズミシティに連れ戻されたらしい。