カントー編Vol.01 ちょっと遅めの出発 ※2001年度の映画のネタを一部に使用しております。 ――おまえは研究者になるべきだ。 ――おまえのその知識をトレーナーに費やすのはあまりにも勿体無い。 ――おまえなら、研究者として大成する。 もう、聞き飽きた。 一方的に突きつけられた言葉に負けないように叫ぶ。 「オレはオレのやりたいようにやるんだ。 親父なんかに好き勝手決められてたまるかよ。オレの進むレールをさ!!」 突然の目覚め。 額にはびっしりと大粒の汗が浮かんでて、呼吸も荒かった。 今までにないくらい、最悪の目覚め方だった。 ……なんて、そんなに遠くない過去のことを振り返ってみる。 短い廊下を渡った先にある洗面所で、洗面台と向かい合う。 鏡に映ったオレ自身の顔を見て、なんだか小気味の悪い夢の顛末を思い返してしまったんだ。 思い出したくもないようなモノばかり、どうして記憶から消えてくれないんだか…… ぼやいたって愚痴ったって過去は変えられないし、こればかりはどうしようもないのかもしれないけど。 ああ、思い出すだけで胸がムカムカする!! ずぶずぶと深みにハマってく気持ちに気がついて、オレは怒涛のように流れ出た水道水で何度も何度も顔を洗った。 それから歯を磨いて、朝のエチケットは終了だ。 冷たい水で顔を洗って気分も一新できたことだし、今日も一日、頑張るとしようか。 部屋に戻る途中で、思い出したくもないところにちょっとだけ触れてみた。 少しは落ち着けたから、さっきほどムカムカすることもないはずだ。 もっとも、完全に無害なシロモノだチて保証もないけど。 最近になって、なんでか分かんないけどよく見る夢なんだよ。 親父のこと。 最近は仕事とやらが忙しくてほとんど家には帰ってきてないんだよな。この前帰ってきたのが一ヶ月くらい前か。 家をホテルかなんかと勘違いしてるんだろうか、母さんの手料理食って一泊したら、翌日の早朝には置き手紙だけ残して、家を飛び出している。 親父はじいちゃんと同じで研究者なんだ。昔はトレーナーをやってたらしい。 ポケモンの研究のためにトレーナーをやってたなんて言ってたけど……どうなんだか、オレには分かんない。 その親父がさ、ことあるごとにオレに言ってくるわけ。 「研究者になれ。おまえの知識をこれに使わない手はない」って。 もちろんオレは断ったさ。 オレにだって夢はあるんだ。それは親父の言う「研究者」なんてモノじゃない。 最強のトレーナーと最高のブリーダーさ。 どう考えたって相容れない職業なんだから、はいそうですかと受け入れられる方がおかしいんだ。 「研究者になれ」って言葉を何度撥ね付けてもしつこく言ってくるモンだから、その度にストレスが溜まって仕方がない。 まるで、俺の手足になって働けと言わんばかりじゃないか。 三日前にテレビ電話越しに言われた時には「ふざけんな!!」って大声で怒鳴って電話切っちまったよ。 息子にきつく言われたことが堪えたのか、それからは電話もかかってこない。 オレとしてはその方が落ち着けていいんだけどな。 親父のことは好きかって? ここまで言えば分かるだろ。 大ッ嫌いだ。 勝手にオレの進むべき道を決めようとしてくる。オレの抱く夢なんてお構いなしに。 誰だって自分の夢を否定されて、違う道を用意されるのなんて嫌だろ? 不本意なレールを歩いてくのなんて、金輪際お断りだ。そんなのを受け入れるくらいなら死んだ方がマシってくらいさ。 部屋に戻ると、クローゼット脇のハンガーにかけられた服を手にとって着替える。 黒い半袖シャツに、赤いベストのような上着。朝晩は結構冷えるから、これがあるとありがたいんだよな。最後に青いズボンで決まり。 開け放たれたカーテンの向こう――窓の外から朝の柔らかな陽光が差し込んで、部屋を照らし出す。 「ふう……」 いつもやってる一連の動作を終えて、オレは何とも言えない気分でため息を漏らしてベッドに仰向けに倒れ込んだ。 なんでだろう。 いつものことなのに、なんだかダルいな。 慣れすぎたからだろうか。 本当なら今頃はとうに旅に出て、トレーナーとして、あるいはブリーダーとして…… つーか多分両方なんだろうけど、バリバリやってるハズなんだよな。 それがどういうわけか今日までもつれ込んで、もしかしたらそれが明日からも続いていくかもしれない。 そう思うと、なんだか希望なんて持てそうにないな。 正直なところ、この家にゃいい思い出なんてモノはあんまりないし。 あはは、十一歳のオレがそんな爺むさいこと言っても仕方ないか。 「そういや、なんでこんなことになっちまったんだか……」 特にやるべきことも見当たらず、オレはベッドで仰向けになりながら考えをめぐらせた。 オレは今十一歳。 カントー地方じゃ、十歳になればポケモントレーナーとして、あるいはブリーダーとして旅に出られるんだ。 初心者用の扱いやすいポケモンを一体もらって、広い世界へと羽ばたける。 現に同い年の従兄弟なんか、旅に出てトレーナーとしてバリバリやって、今じゃ立派な研究者になるべくどこかの研究所で働き出したらしいし。 なのに、なんでオレは未だに家にいて、こうして張り合いの乏しい日々を送っているのか。 疑問っていうより、仕方ないってどこかであきらめてた部分があったんだろうな。 オレだって一刻も早く旅に出たいと思ってる。 でも、それができない理由があるから、こうしてまだ燻ってる始末だ。 嫌って言えば嫌だけど、その原因がオレ自身じゃないっていうんだから、始末が悪いんだよな。 初心者用のポケモン――俗に言われてる『最初の一体』はもちろんもらってる。旅に出られるんだから、それは当たり前のことなんだ。 オレは世界一強いポケモントレーナーと、世界一のポケモンを育て上げるポケモンブリーダーになるのが夢なんだ。 夢が二つなんて、普通の人から見ればおかしいのかもしれない。 夢がたくさんあるのって素晴らしいって受け止められることもあるけど、 一つじゃない分だけ中途半端に終わるに決まってる、なんて陰口を叩かれることだってある。 まあ、それぞれの感じ方があるだろうから、気になんてしてないけどさ。 ポケモントレーナーってのは基本的に元手なんて必要ないんだよな。 極端なこと言えば、大切なパートナーであるポケモンと自分の身体だけあれば事足りるワケ。 でも、ブリーダーって言うのはいろいろと手がかかるんだ。トレーナーみたいにポケモンを育ててバトルしていけばいいってだけじゃない。 トレーナーと比べると、ポケモンの体調管理に人一倍気を配らなくちゃいけないんだ。 毛艶を良くするのに、そのポケモンが好きな味に調合したポケモンフーズを与えなくちゃいけないし…… 言うまでもなく、それは市販のものじゃなくオリジナルレシピで、必要とあらば櫛で毛を梳いてやることだってある。 大変だけど、その方がやりがいだって感じられるはずさ。 で、オレが旅に出られない原因ってのは、世界中のポケモンブリーダーが『ブリーダーの神様』って敬意を込めて呼んでる ティーナ・J・グロース(女性)が著した本が手元に届いていないってことなんだ。 『ブリーダーズ・バイブル』=ブリーダーの聖書という意味の表題を冠するその本は外国で出版されて、大ベストセラーを記録したって話だ。 ま、それはともかく。 オレはその『ブリーダーズ・バイブル』を手に入れるまでは旅に出ないって決めてたんだ。 旅に出た後で家に届いたとしても、いちいち取りに戻るのは面倒だし、母さんがそれを知らせてくれなかったら、届いてることさえ分からない。 どういうわけか国内じゃ原本はおろか、翻訳版すら発売されないって話しらしいから、親父の部屋にあるパソコンでネットにつないで、 外国の出版社のサイトに飛んで注文したんだけど、それがまたどういうわけか半年近く待っても届かないんだよな。 そのサイトで苦情(クレーム)を申し立てたら……つまらない言い訳に、これはもぉ呆れるしかなかった。 出版社の手違いでギアナの奥地とかスカンジナビア半島とか南アフリカあたりを右往左往しているらしくて。 オレはちゃんと自分の名前と住所を正確に入力したんだ。 相手が外国の出版社だけに、アルファベットの綴りだったけど、間違いがないか、送信する時に入念に確かめた。 それに、その時の画面をハードコピーまでして取ってあるんだから、間違いない。 ……で、それでも待つのかとお思いのキミ。 当たり前じゃないか。 『ブリーダーズ・バイブル』は外国語版だけど、オレは翻訳ソフト(もちろん携帯可能!)を持ってるから、読み解くこと自体は決して難しいことじゃない。 それにさ、一度決めたことを途中で投げ出すなんて、出版社の無能さを認めるような気がして、嫌なんだよな。 これは一種の意地のようなモンさ。 五日前に再三に渡って抗議したところ、遅くても一週間後……つまりは今日から明後日くらいまでの間には到着するってことらしい。 本当かと念を押したら、必要じゃないことまでペラペラとしゃべってくれちゃって。 ともかく、『ブリーダーズ・バイブル』には、ブリーダーを志すオレにとって重要なことが書かれてあるから、何としても手に入れたいワケ。 他人の神経を逆撫でするのが得意な従兄弟から、 「あれぇ? まだ旅に出てないの? そんなにお家が恋しいのかい?」 なんて、カチンと来る嫌味をテレビ電話越しに投げかけられたりするし。 ムキになって言い返すってのもミジメだったから、苦笑いするしかなかったけど…… そう、それもぜんぶ出版社が手違いに手違いを重ねまくった結果なんだ!! 本の到着を待たずに旅立つという選択肢を設けようとすらしなかったオレにも問題があるのかもしれないけど、それは考えないことにしよう。 はあ…… なんでこうも時間の経過が遅く感じられるんだろう。 時計を見てみれば、起きてからまだ十五分しか経ってないじゃん。 なんて思ってたら、ぎぃぃっと小さく音を立ててドアが開いた。 顔を向けたら、開いたドアの向こうにオレのパートナーが立っていた。 「ソーっ」 オレと目が合うなり、朝の挨拶だ。 「ラッシー、おはよう。今日も朝食時だって教えに来てくれたんだ、ありがとな」 オレはベッドから降りると、パートナー――ラッシーの元へと歩いていった。 オレの身長の半分くらいの背丈しかないけど、小さな体格からは想像もできないような力を持ってる……それがポケモンなんだ。 オレのパートナーは『最初の一体』。 『最初の一体』っていうのは、トレーナーとして旅立つ歳に、初心者用――つまりは扱いやすいということで支給されるポケモンのことを言う。 ラッシーはまさにそれだ。 フシギソウっていう種族のポケモンで、草タイプらしく緑の身体を持っている。 赤々とした花の蕾のようなものを背負い、その周囲には南国植物を思わせる葉っぱが五枚生えている。 蕾が重くなると二本足じゃ立てないから、四つん這いで歩くんだ。 種族名のフシギソウってそのまま呼ぶんじゃ親しみもないから、オレはちゃんとニックネームで呼んでるんだ。 ラッシー……それがオレのパートナーの名前さ。 結構気に入ってくれてるみたいなんで、オレとしてもつけた甲斐があったってモンだ。 『最初の一体』なんて言いながら、実は十歳になる前――結構昔になるんだろうけど、ずっと一緒にいたから、 相棒って言うよりも家族って呼んだ方が近いのかもしれないな。 最初に出逢った時はフシギソウじゃなくて、進化前のフシギダネだった。 戯れながら過ごすうち、フシギソウに進化したんだ。 ポケモンの進化ってのは神秘的で、その瞬間は見たら一生忘れないってくらい印象に残るものでもある。 ポケモンは進化すると、姿形が変わる。 その度合いはピンからキリまであって、以前の面影が色濃く残っている場合もあれば、まったく違う生き物になっちゃったりする場合もある。 ラッシーの場合は、身体が少し大きくなったのと、背中の種が蕾になったくらいの変化しかなかった。 だから、違和感なんてあんまりないんだけどね。 「んじゃ、行こうぜ」 「ソーっ」 ラッシーは嘶くと、オレの後についてきた。 階段を降りると、美味しそうな香りが鼻孔を突いた。 やっぱ朝食はいいモンだよな。 食ってる時は嫌なこと全部忘れられるし。 香りにつられるようにリビングにたどり着くと、テーブルには料理が並んでいた。 こちらに背を向け、包丁でトントンと何かを切ってるエプロン姿の母さん。 オレたちが入ってきたことに気がつくと、振り返って微笑んできた。 「アカツキ。おはよう。今日もラッシーに起こしてもらったの?」 「違うよ」 なんだか嫌な挨拶だったから、オレはつっけんどんな口調で返した。 母さんはそんなオレに苦笑を向けると、何事もなかったように再び包丁を動かす。っ たく……オレを何歳だと思ってんのか。 ちょっとだけ不機嫌な気分になって席に就いたけど、並み居る料理を見て落ち着いた。 マグカップには湯気を立てるコーンスープ。オレの大好きな飲み物なんだよな。アツアツで飲むと、これがまたイケてるんだ。 トマトやキュウリ、レタスが主体のサラダには身体にいいオリーブオイルが振り掛けられている。 あとはスクランブルエッグにバターロールと……洋食のメニューだけど、オレは和食よりは洋食の方が好きだな。 こっちの方が朝食って感じがするんだよ。 ラッシーは、オレの席の傍に置かれたポケモンフーズを見るなり、すぐさまかぶりついた。 もちろんオレの手作りで、ラッシーが好きな甘い味に調合しといたから、いつも残さずに平らげてくれる。 そうやって全部食べてくれると、作ったオレとしてはうれしい限りさ。 ブリーダーを目指すからには、自分のポケモンが好きな味のポケモンフーズを作れなくちゃな。 それにプラスアルファして栄養面のバランスも考えられるといいんだけど……オレはそこがちょっと弱いんだな。 栄養学ってのは結構複雑なモンで、片方を取ればもう片方が削られるみたいに、バランスよくしようとすると結構無理が出て来てしまうんだ。 栄養は他のサプリだか日光浴だかで補えば大丈夫だろうから、今すぐに必要なことじゃないんだろうけど…… それでもいつかはちゃんとそういうところまで見られるようになりたいな。 円形のテーブルを囲む椅子は三つだけど、実際使われてるのはそのうち二つ。 親父は当分帰れないそうだから、親父の椅子は空気が座ってるような状態。 朝食は大概オレと母さんとラッシーだけで摂ってるようなものさ。親父はオレが起きてくる前にさっさと仕事に出かけちまうんだから。 余計な時だけ干渉してさ、その上オレの進むべき道を勝手に設定したり……そんな親父のどこを好きになれって言うんだか。 親父を愛した母さんもそうさ。 あんま悪く言いたくはないけど、母さんって結構親父の肩を持ってくるんだよな。 この前テレビ電話で話した時なんか、息巻くオレを諌めたり……お父さんの気持ちも分かってあげて、なんて言ってきたり。 オレのことを愛してくれてるんだったら、余計なことにまで首を突っ込んで欲しくなんかないんだけどな。 そういった意味じゃ、母さんのこともあんまり好きじゃない。親父ほどじゃないけれど。 気がついたら目で母さんの動きを追ってて、慌てて首を横に振った。 何考えてんだか、オレは…… 母さんは包丁で千切りにしたキャベツをボールに移したところでエプロンを脱いで席に就いた。 「あら、待っててくれたの?」 「いけないの?」 「ううん、ありがとう」 母さんは笑みを深めた。 結構美人なんだけどさ、たまに親父と夫婦ゲンカする時にゃ修羅の形相に変わっちまうんだよな。 ガキん頃はそれ見てわんわん泣いてたっけ…… 「んじゃ、いただきま〜す」 「はい、どうぞ」 オレは食物を欲しがって騒ぐ腹の虫をどうにかして慰めようと、フォークをサラダの皿に突き刺した。 レタスとキュウリを何枚かずつ串刺しにしたところで引き抜いて、口に運ぶ。 シャキシャキした噛み応えと一緒になって、オリーブオイルの微妙な香りが、どこか寝ぼけた気分を一新してくれる。 うーん、こりゃおいしいや。 自然と表情も上向いているのか、母さんは手を止めてオレの顔を見つめては笑みを浮かべている。 サラダを適量食べたところで、次はスクランブルエッグ。 ふわふわしたタマゴはスフレを思わせるけど、その食感はなかなかトロトロしていていいカンジだ。 ケチャップを少し垂らして食べると、これがまたイケる。 いよいよバターロール。 小麦色に焼けて、香ばしい匂いを漂わせている。 手に取ってみると、ほのかに暖かい。熱くもなく冷たくもなく。ちょうどいい温度になってるんだな。 「おいしい?」 「いつもと同じだけど飽きない」 「うふふ……」 正直な感想に、母さんは苦笑を浮かべた。 確かにいつもと同じ味付けなんだけど、どういうわけかこれが飽きないんだな。 オレの好きな味ってことになってるから、いくら同じモノ食べても飽きが来ないってことなんだろうな。 あっという間に平らげると、オレはコーンスープでお口直しした。 ちょいと粘着質なトコがたまらないんだよな。 栄養を補給したってことで、ボケボケの脳みそも少しは稼動を始めたようだ。 少しはマシな考え方できるようになったところで、オレは席を立った。 「あら、お出かけ?」 「ああ。じいちゃんトコに行ってくるよ」 「好きねぇ」 「いいじゃん。行くぜ、ラッシー」 「ソーっ」 何か物言いたそうな表情で難癖つけてくる母さんの言葉は無視して、オレはラッシーを連れてリビングを後にした。 廊下を玄関の方へ歩いていく途中で、オレはラッシーに訊ねた。 「ポケモンフーズ、美味しかったか?」 「フッシーっ」 ラッシーはオレを見上げると、笑顔で頷いてくれた。 「そっか。ありがとな。作った甲斐があったってモンだぜ」 その笑顔を見ていると、悩みとか不安とかがどうでもいいことのように吹き飛んでくんだよな。 あはは、励まされてるってこのことなんだなって。 玄関で靴を履いて、いよいよ外へ。 ほとんど毎日、朝食を摂ったらそのままじいちゃんの研究所に直行し、夕方になるまで入り浸る。 ……というのがオレのスケジュールだ。 オレのじいちゃん、マサラタウンを見渡せる丘に研究所を兼ねた自宅を構えてるんだ。 敷地は野球場が十個単位で収まるくらいはあるかな。 なにせ、たくさんの種類のポケモンに合わせた環境を用意してるんだ。 水辺のポケモンなら池とか湖とかが必要だし、ラッシーのようなポケモンだったら森とか林とかが必要になる。 じいちゃんはポケモン学の権威で、名前(フルネーム)はオーキド・ユキナリっていうんだ。 で、オレはその孫なワケだから、オーキド・アカツキって名前。 オーキドが家名で……って言っても、あんまり表立って名乗りたくはないんだよな。 オーキド家って結構特別視されてるから。オレ、そういうのあんま好きじゃないんだよ。 ともあれ、アカツキってのがオレの名前さ。 結構自分の名前、気に入ってたりするんだよな。 じいちゃんがつけてくれたらしいんだけど……ぶっちゃけた話、誰がつけてくれたって関係ない。 オレはこの名前に誇りみたいなモンを持てるから、それでいいのさ。 家から研究所まではだいたい五分くらい。走れば三分とかからない。 朝が早いって時間帯じゃないんだけど、なにせこのマサラタウンはカントー地方きっての田舎町だ。 昼間のメインストリートでさえ、大都市で有名なタマムシシティの裏通りほど人通りが多いわけじゃない。 まあ、平たく言えばすっげー淋しいわけ。 人通りのほとんどないメインストリートを南へと歩いていく。 マサラタウンの南には海が広がっているけど、町から少し離れたところには定期船の乗り場があるんだ。 南方のオレンジ諸島とか、同じ地方でも南部に位置するグレン島への直行便が一日に何便か運行されてる。 町の郊外に、じいちゃんの研究所はある。 朝の爽やかな風を浴びながら、ラッシーと一緒にメインストリートを駆け抜けて早三分。 オレたちはじいちゃんの研究所のすぐ近くまでやってきた。 何十段もある階段を昇れば、そこがじいちゃんの研究所だ。 風車が回ってるのがアクセントだけど、それに深い意味はないらしい。じいちゃんの趣味ってところさ。 もう一息ってことで、足腰に力を込めて階段を一気に駆け登る。 丘から見渡す一面の景色すべて(南側に限って)がじいちゃんの研究所の敷地。 牧場とかでよく見るような柵で囲われてる内側には、大小さまざまなポケモンたちが暮らしている。 水辺には『最初の一体』に数えられるゼニガメとか、おたまポケモンのニョロモとか。 牧草が生い茂ってるところにはちちうし(乳牛)ポケモンのミルタンクがノンビリとくつろいでたり。 様々なポケモンの営みに目をやっていると、 「あれ、アカツキじゃないか。おはよう」 研究所の入り口のドアが開いて、声をかけられた。 振り向くと、中からひとりの少年がバケツを手に出てくるところだった。 「おはよう、ケンジ」 オレはニッコリと笑って挨拶を返した。 オレより一つ年上のケンジは、パッと見た目は歳相応の少年だ。黒髪に歳相応の背丈。 ポケモンウォッチャー(観察者)を目指してるってこともあって、彼の観察眼には参っちゃうくらいさ。 ラッシーのこともよく世話してくれるし、ラッシーもケンジのことは大好きみたいなんだ。 ちょっと前まで旅をしてたんだけど、じいちゃんの助手として研究所に住み込みで働いてる。 じいちゃんとしても前途有望な若き助手が増えたってことで、結構うれしそうな顔をしてたのを覚えてるよ。 「ポケモンの食事タイムか?」 「そうだよ。僕の日課だもの。博士はいつものようにモンスターボール保管室にいるよ。それじゃ」 なんて受け答えも早々に、ケンジはポケモンフーズで満たされたバケツを片手に、ポケモンたちが暮らす広い敷地へと駆け出していった。 ケンジはよく働いてくれてる。 本人がそう望んでるんだから、それは当然のことなんだけど……じいちゃんも言ってたっけ。 ケンジはすごいポケモンウォッチャーになるって。オレもそう思うな。 ひたむきな姿見てると、オレも負けてなんかいられないって気分になるもん。 さあて…… オレは研究所へと足を踏み入れた。 いつもキレイに掃除されてるのは、突然の来客に備えてのことらしいんだけど、なにせ掃除してるのはナナミ姉ちゃんだからなぁ。 研究所にはじいちゃんとケンジと姉ちゃんしかいないワケで……掃除っていう分担も自然とそう振り分けられるんだろうけど。 姉ちゃんも姉ちゃんで好き好んでやってるわけだから、それを悪く言う気はないさ。 あ、そうそう。 ナナミ姉ちゃんって呼んでるけど、別に実の姉とかって話じゃないぞ。 オレの叔父さんの娘だから、従姉弟ってことになるのかな。 従姉弟って言ったって実の姉弟と似たようなモンだから、姉ちゃんって呼んでるだけのことさ。変な想像起こすなよな? 清潔に保たれた廊下を抜けて、左に曲がる。 うーん、ここまで来て姉ちゃんと会わないってことは、今頃じいちゃんたちの朝食の支度でもしてるのか。 今までのパターンから勝手にそう分析してしまうけど、だいたいそれで合ってる。 姉ちゃんに会うことなく、モンスターボール保管室にたどり着いた。 特別看板とかがかかってるわけじゃないけど、オレのようにガキん頃からずっと入り浸ってると、 どこがどの部屋でどういった役割があって、とかっていうのもだいたい記憶しちまうモンなのさ。 オレはノックして、ドアノブを捻った。 「うん?」 室内から寝ぼけた声が聞こえてくる。 じいちゃん、さては昨日も徹夜してあんまり寝てないな……ドアの音でうたた寝から叩き起こされたって感じの声音だったぞ。 ま、研究熱心が悪いことじゃないんだから、別に何も言わないけど。 「じいちゃん、おはよう」 「おお、アカツキか。おはよう」 机に頬杖つきながら挨拶を返してきたのがオレのじいちゃんだ。 少しくたびれた白衣に身を包み、柔和な笑みを浮かべた壮年の男性。 歳は確か、もう六十を越えてるんだっけ。 髪が灰色がかって見えるのは、元の茶色い毛と白髪が混ざったせいだろう。 六十近い齢を感じさせないくらい、ポケモンについては研究熱心なんだ。 オレも見習うところが多い人だよ。 そうだな、親父や母さんよりも尊敬できるかな。正直なところ。 じいちゃんはオレの顔を見るなり、ニコリと笑みを深めた。 いつものこととは言え、孫が会いに来てくれるのがうれしいんだろう。 そうやって喜んでくれるんだったら、毎日会いに来るってのも悪くはないかな。あんま居心地のよくない家にいるよりは、ずっと。 モンスターボールが収められた棚の脇をすり抜け、歩いていった。 「じいちゃん、昨日はあんま寝てないのか? 目の下にクマができてるぜ」 じいちゃんのすぐ傍にある椅子に腰を下ろし、オレはじいちゃんに訊いた。 よく見てみれば、目の下にクマができている。 そろそろ歳なんだし、規則正しい生活リズムにならなきゃな。 歳なんて関係ないのかもしれないけど……それでも、齢を重ねることでその重要性も高まるんだろう。 「うむ……」 じいちゃんは笑みから一転、神妙な面持ちになると、首をかしげて肩を叩き始めた。 「ウツギくんからのレポートが届いておったのでな。 じっくりじっくり読み解いていったら、三時くらいまでかかってしまった。 興味深かったものだから、つい寝食を忘れてしまった」 「研究熱心が悪いことだとは思わないけど……程々にしときなよ。 じいちゃん、結構歳なんだから」 「そうじゃな。ありがとう」 オレとしては、じいちゃんには長生きしてもらいたいと思ってるよ。 今までポケモンのことを研究してきたけど、老後は自分が本当に望んでることをして余生を過ごしてもらいたいな。 じいちゃんのことだから、どうせ今までと同じ生活をしてくんだろうけど…… じいちゃんがそれを望むんなら、いくら子や孫でも、それを止めることはできないんだろう。 あはは、なんてつまんない心配してるんだろう。 「おお、そういえば……」 「うん?」 じいちゃんは傍らのパソコンのキーボードを何やら叩き始めた。 そういえばって……オレに何か見せたいモノでもあるんだろうか。 まさか、ウツギ博士のレポートとか? ウツギ博士っていうのは、マサラタウンの西――山脈地帯を跨いだジョウト地方ってところの、 一番カントー地方寄りのワカバタウンに住んでいる研究者なんだ。 じいちゃんのことをとても尊敬していて、いろいろとレポートを見せたり、研究成果について昼夜を問わずじいちゃんと語り合っている人だ。 それを考えてみるとなぁ…… オレは博士になるつもりなんてないんだからさぁ……レポートなんていう、字でビッシリの文章なんて、あんま好きじゃないんだよな。 「な、なあ、じいちゃ……ん?」 勝手な思い込みが先走ってじいちゃんを止めようとしたんだけど…… パソコンの画面に映ったモノが想像とは別物であることに気づいて、止まったのはオレの方だった。 仕上げとばかりにじいちゃんがリターンキーを押すと、『それ』が画面に表示された。 「あ……」 オレは『それ』を見て、口をぽかんと開けたまま画面を指差してしまった。 あ、つい…… 条件反射というか……そんな感じに。 「シゲル!? じいちゃん、これ……」 「うむ。シゲルがメールを送ってくれたんじゃ。これはおまえにも見せておこうかと思ってな」 「へえ……」 画面に映し出された写真の人物に、オレは嫌ってくらいに見覚えがあった。 従兄弟のシゲルだ。 ナナミ姉ちゃんの弟だから、当然従兄弟ってことになる。それも同い年の。 だから、オレもあいつもお互いをライバル視なんてしちゃってさ。ガキの頃から、ことあるごとに張り合ってきたんだよ。 オレとシゲルの夢が全然違うモノだから、そんな深刻になるほどガチンコ勝負してきたわけじゃないけど…… でも、そんな日々もあいつが旅に出た日に終わりを告げた。 あいつは一年前にトレーナーとして旅に出たんだ。 夢はじいちゃんのような立派な博士になることなんだけど、その前にトレーナーとして腕を磨いて、 ポケモンのことをたくさん知っておきたいんだって言ってた。 カントーリーグ、ジョウトリーグとポケモンリーグの大会に二度出て、両方とも素晴らしいバトルをしてたな。 テレビで見てたけど、今のオレじゃちょっと勝てないかもしれないって思うような…… で、いろんな経験を経て成長したシゲルは、この間マサラタウンに戻ってきた。 オレともいろんなことを話したんだけど、まだ旅に出ないのかってしつこいくらい訊かれたよ。 オレは『ブリーダーズ・バイブル』を手に入れるまでは出ないって言い張ったんだけど、シゲルのヤツ、それを強情だの何だのと難癖つけちゃって。 まあ、言わせるだけ言わせといたさ。 それから、シゲルは『最初の一体』であるゼニガメの最終進化形――カメックスだけを連れて、遠く離れた研究所で働くことになった。 それからは電話が一度きり。 例によって、まだ旅に出ないのかという趣旨の言葉を、皮肉をたっぷり込めて言うものだから、オレとしても冷静に話はできなかったな。 まあ、あいつからすれば、早く旅に出ていろんなものを見た方がいいと言ったつもりなのかもしれない。 だけど、オレにはオレの意地ってモンがあるんだ。 しっかし、そのシゲルからメールが来るなんて。 しかも写真つきで。 純白の白衣に身を包んだシゲルはとても凛々しく見えた。 あいつの夢に対する気持ちの純粋さを表しているような白衣に、引き締まった表情が、オレと同年齢って感じさせないくらい。 大人になったんだなぁ…… なんて思っていると、 じいちゃんは椅子を回し、オレの方を見て言った。 「シゲルはな、古代の化石からポケモンを復元するチームで働いておる」 「復元……化石からポケモンを?」 「そうじゃ」 化石からポケモンを復元するなんて、そんなことできるのか? オレは驚きで声が出なかった。 確かに恐竜時代に生きてたっていうポケモンはいるけれど……プテラとかオムナイトとか。 シゲルは、化石からそういったポケモンを現代に蘇らせるチームに属してるのか。 あいつ、すっごいことやってるなぁって思うけど、目指すものが違う以上、純粋にそれを比べることはできないんだな。 それがまた悔しいところだけど。 「いろいろと大変なこともあるようじゃが、あいつはあいつなりに今の生活を楽しんでいるようじゃ」 じいちゃんはそう言うと、キーボードをパチパチ叩いて、別の画面を表した。 シゲルの写真が消えて、メールの中身を閲覧する画面になっている。 半分以上が文字で埋め尽くされている。 大方、シゲルがじいちゃんに宛てた手紙みたいなモンだろう。 今時メールでピピッとやっちゃうから、紙ベースの手紙ってのは珍しいんだよな。 こっちの方が速く届くっていう利点もあるんだろうけど……やっぱ、気持ちが伝わるのは直筆だよ。 「アカツキよ。シゲルはおまえのことを結構心配しておるようじゃ」 「心配? あいつが? オレのことを?」 ありえねー…… マジで信じられない言葉を聞いた。 でも、じいちゃんは頷いたよ。 「ライバル同士っていうのは、お互いのことを心配するモノなのじゃろう」 「ふーん……」 ライバルね…… 確かにライバルとは思ってるけど、なんかそれを聞くと、オレが負けてるみたいな言い方なんだよな。 まあ、事実今は負けてるわけだから、なおさら身に沁みるよな…… ガックリと肩を落とすオレに、 「おまえにはおまえの都合があるんじゃろうが、やるからには早くやるべきだと、わしはそう思っておる」 「もう少ししたら旅に出られると思う。 じいちゃんも知ってるだろ……『ブリーダーズ・バイブル』って本。ティーナ・J・グロースの」 「うむ」 「あれを手に入れるまでは出ないって決めたんだ。 出版社の話じゃ、もうすぐ届くってことらしいからさ。トレーナーとして晴れて旅に出られるってワケ」 「それはいいのじゃが……」 じいちゃんはオレの言葉を聞いているのかいないのか、やけにソワソワした様子で周囲を見回した。 なんだ、誰かに訊かれちゃマズイ話でもあんのかな……そう思うオレに耳打ちするように言う。 「おまえが残っているのと同じように、ナミも……」 「おじーちゃーん、おっはよーっ」 「ぶーっ!!」 言葉の途中で間の抜けた声が響いてきて、じいちゃんは思いきり吹き出した。 「わっ、汚ねーっ!!」 横っ面に唾を吐きかけられ、オレはじいちゃんの白衣の裾を強引に借りて丹念に拭き取った。ったく……いきなり何なんだ!? 「あれ、アカツキも来てたの?」 「おまえなあ……」 じいちゃんを吹き出させた原因が、いけしゃーしゃーと笑顔で保管室に入ってきたものだから、これはもう呆れるしかなかったよ。 じいちゃんはじいちゃんで、そいつの脈絡のない登場の仕方に驚いたらしく、荒い呼吸してるけど…… まあ、その気持ちも分からんワケじゃないし。 オレは室内に入ってきた従兄妹に顔を向けた。 ふわりと広がった茶髪(これ、オレと同じで地毛。染めてません)を背中にまで伸ばした、 オレと同年齢の従兄妹はじいちゃんを不思議そうに見つめながら歩いてくる。 やっぱり、じいちゃんが吹き出した原因が自分なんだって自覚はないらしい。 神経が図太いというか、なんというか…… 「カゲーっ」 彼女に付き添うようにちょこちょこ歩いてきたのはヒトカゲだ。 お腹を除いた全身が赤みの強いオレンジ色で、シッポにはメラメラと炎が灯っている。 名前どおり、火を灯したトカゲなんだけど、イメージ的には後足だけで立つトカゲみたいなポケモンだ。 ぱっちりと大きな目をオレやラッシーに向けて、楽しそうなご様子。 『最初の一体』に数えられているヒトカゲが、彼女の選んだファーストポケモンだ。 「あれ、おじーちゃん、どうしたの?」 むせ返るじいちゃんに、平然とそんなことが言えるんだから、あるいはそれは無神経の域すら通り越しているのかもしれない。 「ナミ、おまえじいちゃんを驚かせるようなことすんなよな。 結構歳なんだからさ」 「そのつもりなんかなかったんだけどなぁ……ごめんね、おじーちゃん」 自覚はなさそうだけど、従兄妹――ナミはとりあえずじいちゃんに謝った。 とりあえずってのは伊達じゃなくて、あんまり謝意とかってのはなさそうだったんだ。 「いや、構わんよ」 じいちゃんは意外とあっさり立ち直り、強がりとしか思えない笑みを浮かべると、 「子供は元気なのが一番じゃ」 なんてことを言うものだから、ナミも調子に乗って、 「うん、ありがとう!!」 なんて、はしゃぎ出す。 じいちゃん、本当にこいつの性格を分かって言葉選んでるのか? 正直、疑いたくなってくるよ。 従兄妹のナミは、親父のお姉さんの娘なんだ。だから従兄妹。 オレとシゲルとナミは同い年の従兄妹なんだけど、一番先に生まれたのはオレだ。あいうえお順で生まれたと思ってくれればいい。 背はオレよりも少し低いくらい。 髪の毛のフワフワした部分を考えなければオレの方がもっと高いんだろうけど……それは女の子の特権ってことで触れないことにしよう。 いつもニコニコしてて、周囲からは「かわいいね」なんてチヤホヤされてる。 そんな環境が災いしてか、悪気はないのにトラブルを招いてくるんだよな。 オレもシゲルも、何度煮え湯を飲まされてきたことか…… 悪気がないものだから、当然その成り行きも分からずじまいで、だからこそ余計始末に負えない。 そこんとこを考えてみると、緊急避難的にシゲルは旅に出たのかも……そんなところまで勘繰り出したくなっちまうよ。 それに、どういうわけかオレにはベタベタ甘えてくるし。 別にそれが不快ってワケじゃないけど……なんか、やられてるこっちの方が恥ずかしくなってくるんだよな。 頼りにされてるって思えれば結構気分的に悪いものじゃないんだけどさ。 これじゃ兄の後ろをチョコチョコ歩いてくる妹みたいじゃん。 なんてオレがいろいろ考えてるなんて、夢にも思ってないんだろうけど…… 「ナミ、どうしてここに? おまえがここに来るなんて珍しいじゃん。 それも、ガーネットをボールから出してるなんて、特にそうだ」 オレはナミの傍で佇むヒトカゲに目をやった。 ガーネットってのは、このヒトカゲのニックネームだ。名づけたのはもちろんナミ。 ガキのくせして宝石の美しさに魅了されたとかで、仲間になったポケモンには宝石の名前をつけるんだって息巻いてたっけ。 ……で、その被害者になったのがこのガーネットだ。 理由は赤いからっていう単純明快なもので、それが余計にオレの中で悲壮感を増していく。 まあ、ガーネットはラッシーと同じように自分のニックネームを気に入ってるみたいだから、被害者だの悲壮感だのというのは感じてないんだろう。 そこんとこはトレーナーに似てるような気がするな、おもいっきり。 「だって、アカツキの家に行っても、おばさんが『おじーちゃんの研究所に行ってるわ』って、そう言ってたから」 「ヲイ……」 呆れてモノが言えなかった。 朝早くオレん家になんて来るなよ……アキヒトおじさんから何も言われてないのかよ。 ハルエおばさんあたりは結構いろんなこと言ってるみたいだけど。 ナミの母親……ハルエおばさんは、結構ナミには厳しいんだけど、お父さんのアキヒトおじさんは物静かで穏やかな性格なものだから、 「可愛い。可愛い」を連呼しながら子育てしてて、叱るって行為自体、してるのを見たことがない。 朝早くから人様の家に行かないってこと、たぶん教わってないんだろうな。 教わってるにしても、ナミはケロッと忘れているに違いない。 それを言ったらオレも同列になるかもしれないけど…… でも、じいちゃんの研究所は日の出と共に営業開始みたいなモノだから、これはまた別次元のお話。 よし、これでオレは同列じゃない!! これ以上立ち入った話をすると、蒸し返されるかもしれないから止めとこう。 ナミは天然っぽい性格の割に、意外なところで鋭い質問を繰り出してくるから、不必要な話題に触れておくのはあまり得策じゃない。 「で、オレに何か用なのか?」 さり気なく話題を摩り替える。 予想どおり、ナミは全然気づいてない。 「うん。ガーネットがキミに会いたいって言うから」 「それだけ?」 「あと、あたしも」 「それだけ?」 「うん」 あー、なんつーか…… 言葉を返す気にもならないな。 キラキラ目を輝かせてオレを見上げてくるガーネット。 あー、そういや、ガーネットもオレに甘えてくるんだっけ。 ポケモンはトレーナーに似るなんて格言もあるみたいだし、思いっきりその通りじゃん。 「カゲーっ」 ガーネットが可愛い鳴き声など上げながらオレの足に擦り寄ってきた。 可愛い鳴き声って言っても、一応は男の子なんだけど。 「ソーっ」 その様子を見て、ラッシーは不機嫌そうに声を上げ、頬を膨らませた。 こうやってヤキモチ焼いたりするから、オレとしてもあんまりガーネットを甘えさせたくないんだよな。 ナミのポケモンなんだから、ナミに甘えればいいのにさ…… とはいえ、手荒にすると、口から炎吹いてきたりしそうでコワイ。 だから、いつも優しくなだめてやるんだ。 オレはしゃがみこんで、 「こらこら。ガーネット、おまえのご主人様はナミなんだから。 オレに甘えるのも悪くはないけど、もっとナミの傍にいてやれよな」 「カゲーっ」 ガーネットは大きく頷くと、今度はナミの足に擦り寄っていった。 トレーナーに似て、単純というか何と言うか…… ガーネットがオレから離れたおかげで、ラッシーも機嫌を直してくれた。 これで一段落ついたかな……って思ったところで、じいちゃんが口を挟んできたんだ。 「やれやれ、相変わらずじゃな」 「安い同情するくらいなら何とかしてくれない?」 「わしが口出しして良い問題でもあるまい」 「ちぇ」 上手くはぐらかされ、オレは舌打ちするしかなかった。 やっぱ、亀の甲より年の功ってヤツなんだろうな…… 「で……オレに会った後はどうするつもりだったんだ?」 「え?」 至極まっとうな質問に、どういうわけか唖然とするナミ。 こいつ、全然考えてねえじゃん。 丸分かりだ。 「暇だってんなら、オレに付き合うか? ここに来たのは、じいちゃんの資料を見せてもらうためだけど……」 「うん!!」 なんて、オレの言葉に即答してるし。 実際、オレと一緒にいたいだけ、ってことかもしれない。 どうしてそう思うのかなんて分からないけど、傍にいたいという意思表示をされたから、それを撥ね付けるワケにもいかず…… オレは渋々同行を許すことにした。 ここで撥ね付けても、後で面倒なことになりそうだし、どうせなら一緒にいていろいろと勉強した方がナミのためにもなるんだろう。 優しすぎるかな……? どうにも厳しい対応とかってのは苦手なんだよな。 ま、それはどうでもいいとして…… 「じいちゃん、いつか見たっていう『時渡りポケモン』のスケッチブックってまだ取ってある?」 「うむ。資料棚の方にあると思うが……わしもここ十年ほど見ておらんからな、どこにあるかは分からん。見るのか?」 「うん。結構興味あるからさ」 「分かった。鍵は開いとるから、好きにしてもらって構わんぞ」 「サンキュー。んじゃ、行くぜナミ」 「うん!!」 ナミはうれしそうに頷いた。 そんなにオレと一緒にいたいのか? もしオレが遠い場所に行ったら、その時はどうするつもりなんだろうな。 いつまでも傍にいてやれるワケじゃないんだし……それを考えるのはまだ早すぎるのかもしれないけど。 些細な疑問は置き去りに、オレたちは資料室へと移動した。 モンスターボール保管室の向かい側になるので、時間はほとんどかからなかった。ドアを開けて部屋の中に入ると、ちょっと埃臭いにおいがした。 じいちゃん、あんまりこの部屋には入らないんだよな…… 必要な資料はいつも手元に置いておくわけだから、この部屋の資料はほとんどが二度と日の目を見ないっていうタイプのモノばかりなんだ。 だからこそ、掘り出し物ってのが見つかるんだけどな。 オレは研究所に来ると、ほとんど毎日この部屋に入り浸るんだ。 たまには研究所の敷地に繰り出して、たくさんのポケモンを見ることもあるけれど…… オレにとっては見慣れた光景だけど、ナミにとっては埃臭いという印象が強いんだろう。 立ち並んでいる本棚に訝しげな視線を向けて、問いかけてくる。 「これ、何?」 「掘り出し物」 「えぇっ?」 ナミは絶望的な状況に置かれたような悲鳴を上げた。 ……っていうのも、窓と出入り口以外の壁は本がビッシリ詰まった棚で埋まっているからだ。 この中から目的の資料を探し出せって言うんだから、そりゃ絶望したくもなるよな。 「あたし、この部屋来たことないみたい」 「だろうな……」 オレは頷くと、早速目当ての資料を探し始めた。 オレが資料を一冊ずつ出しては中身を確かめて、それが違うモノだと分かったらラッシーに渡す。 ラッシーは背中から『蔓の鞭』を二本出し、資料を左右から挟みこんで、伸縮自在の鞭で元ある場所に戻すという作業が成り立っている。 何しろこれで一年近くやってたことあるもんな。 一年経ってもまだこの部屋の資料を読みつくしていないのか、と言われることもあるけど、そうじゃない。 来るたびに新しい発見があって、ぶっちゃけた話、飽きないんだよな。 「えっと……」 スムーズに作業を進めていくオレとラッシーを尻目に、ナミとガーネットはどうすればいいのか分からない様子だった。 まあ、初めてって言うんじゃ、それも無理はないけど。 「ナミ。だったらあっち探してくれるか? じいちゃんの話じゃ、確かスケッチブックだってことらしいんだ。結構古びてるって言うから、見れば分かるだろ。頼んだぜ」 オレは探しものの大まかな特徴を述べると、背後の棚を指差した。 「うん!!」 ナミは大きく返事をすると、オレの指差した棚から何冊かまとめて資料を取り出した。それを床に置いて、一冊ずつ確かめているようだ。 「しっかし……」 棚の一段を調べ終え、オレは左右に首を振った。 コキコキと骨が鳴る。 じいちゃん本人さえそのスケッチブックの置き場所を覚えてないって言うんだから、探し出すのには結構時間かかるかもしれない。 それでもナミがいてくれる分、少しは時間短縮になるんだろうけど、問題はそうじゃなくて…… 「にゃーっ!!」 「カゲーっ!?」 どさどさどさどさっ。 ナミとガーネットの悲鳴、それと何かが床に落ちる音が重なった。 ほら、言わんこっちゃない。 振り返るまでもなく何が起こったのかは分かるんだけど……一応確かめてみる。 「いった〜いっ」 尻餅を突いて唸っているナミに、ガーネットが不安そうな顔を向けている。 というのも、ナミはどこか間の抜けた性格してるんだよな。 一言で言えばマヌケなんだけど……今回はまだマシな方かな。 いつだったか、ガーネットの尻尾の先に燃える炎がラッシーの背中の葉っぱに引火して、騒ぎになったことがあったんだよ。 危うく禿山になるところだったから、ラッシーは結構怒ってたっけ。 さすがのナミもまずいことをしたと思ったんだろう、ガーネットと一緒になってひたすら平謝りしたんだけど、ラッシーの機嫌は直らなくて…… 見かねたオレが辛抱強く口添えして、それでその場は丸く収まったんだけれども…… ガーネットに悪気がなかったから、ラッシーとしても何に対して憤っていいのか分からなかったんだろうな。 ストレス発散の方法をいくつか与えておいたから、それからはストレスを溜め込むようなことはなくなったけど。 で、今回は……? 「おいおい、大丈夫かよ……」 キリのいいところで切り上げて、オレはナミに駆け寄った。 「あいたたた……あはは、大丈夫だよっ」 「あのなぁ……そんなに無理するなよな」 あっけらかんと笑ってみせるナミ。 でも、その足元に散らばる資料を見てみると、大体の予想はつく。 一冊でさえ結構な重さの資料を何冊も、無理に重ねて持ち上げたものだから、バランスを崩して転倒してしまったんだろう。 しかし、ガーネットは止めなかったのかねぇ? なんて見てみると、キョロキョロと周囲を見渡してるし。 やっぱ、ポケモンはトレーナーに似るんだな。 眠くてうつらうつらしてるところに本が音を立てて落ちたものだから、ビックリして眠気が覚めたってところか。 オレは屈み込むと、資料を一冊一冊拾い上げて―― 「ん?」 見つけちゃった。 色褪せたスケッチブック。これだよ、絶対。 他の資料を床に置いて、スケッチブックだけを手に立ち上がる。 「ナミ、やるじゃん。ケガの功名ってこのことなんだよなぁ」 「えへへ、ありがと」 別に褒めたワケじゃないんだけど…… ナミには褒め言葉に聞こえたらしい。 立ち上がった彼女にも見えるようにスケッチブックを広げた。 「これが?」 「ああ。多分そうだろ」 多分なんて言ったけど、間違いない。 じいちゃんが唯一持ってる『時渡りポケモン』に関する資料。って言っても、絵だけなんだけどさ。 「そういえば『時渡りポケモン』とかって言ったよね。どんなポケモンなの?」 スケッチブックに描かれた絵を食い入るように見つめながら、ナミが訊いてきた。 結構色褪せてて、分かる部分と分からない部分の差が激しいけど、何とか読み取ることはできる。 繊細なタッチで描かれた『時渡りポケモン』の絵。 これはじいちゃんが描いたものだな。話によると、確か四十年以上も前のことらしいけど……だから結構色褪せが激しいんだ。 「セレビィって言われてるポケモンさ。ほら、ここに描かれてるの」 「へえ……」 木の幹に寄り添う『時渡りポケモン』=セレビィと、もう一体……こっちの方はよく分からないけど、背丈から見る分に、ポケモンだろう。 セレビィは、新芽のような頭を持つ、小さなポケモンだ。 「時間を渡ることができるっていうポケモンでさ、じいちゃんは四十年前に一度だけ会ったんだって。 その時に描いたんだろうな」 「時間を渡る? どゆこと?」 「あのなぁ……」 意味が分からないのか、ナミは困った顔で首を傾げてしまった。 時間を渡るって言えば、それはタイムマシンとかって、分かりそうなモノなんだろうけど…… まあ、ナミだからねぇ、浪漫ねえよなぁ。分からなくても仕方ないか。 再確認する意味も込めて、オレはナミに説明してやった。 「オレたちはさ、一秒一秒時間の流れに従って生きてるだろ?」 「うん」 「いきなり一時間とか経ったりしないだろ?」 「うん」 「時間の流れを無視して、一瞬で明日に行ったりするのが時渡りっていうんだよ。 ほら、タイムマシンなんてのがそれだよ」 「そうなんだぁ……へぇ〜」 ナミは納得いったように何度も頷いてみせた。 本当に分かったんだか…… ま、説明したんだし、そこんとこの義理は果たしたわけだから、これ以上突っ込んだことは言わないようにするか。 「しかし、セレビィもずいぶんとリラックスしてたみたいだな」 「え、どうしてそんなこと分かるの?」 「考えてみろよ。スケッチブックにこうやって描くってことは、結構近くにいなきゃいけないだろ?」 「あ……そっか」 「そういうことだよ」 じいちゃん、結構やるもんだなぁ。 オレは四十年前のじいちゃんに敬服しちゃったよ。 オレが今まで聞いた話じゃ、セレビィは警戒心の強いポケモンらしいんだ。 人前に姿を現すのは稀だって。 だから、ここまでの絵を描く間、セレビィがまったく動いていないことを考えると、じいちゃんには心を許してたのかもしれないな。 やっぱ、じいちゃんは凄えよ。 「おじーちゃん、すごいんだね」 「ああ」 ナミにもじいちゃんの凄さってのが分かったらしい。 スケッチブックをめくると、また違ったセレビィが描かれていた。 今度は、木の実のようなものをうれしそうな顔で頬張っている場面だ。 しっかし、見たことのない木の実なんだよな。 ブリーダーはポケモンフーズを作るのに、オレンの実やセシナの実といった木の実をすり潰した粉末を混ぜることがあるんだけど、 その種類は数十にも及んでいる。 もちろん、オレは木の実の名称や形状、味なども把握している。トップブリーダーを目指してるんだから、それくらいは当然さ。 セレビィの脇にある木の実……あれは少なくともオレの知らないモノだ。 滅多に見つからないっていうカムラの実とか、ズアの実なのかな。リュガの実かもしれないし、もしかしたら……チイラの実だったり? ああ、気になる!! 「楽しそう……」 「じいちゃんはセレビィと身近に触れ合ったんだろうな。あーあ、オレもその場にいられたらよかったのに……」 逸る探究心を押さえ込むように、オレは深々とため息を漏らした。 もしオレがじいちゃんと同じ場所にいたら……きっと、じいちゃんと同じことをしてたんだろうな。 そう考えると、まんざらでもないと思えてくるよ。 素晴らしく上手に描かれたセレビィの絵を一枚一枚見て、それらすべてを見終えた頃には、日もすでに高くなっていた。 吹き込んでくる風が心なしか生暖かく感じられる。 「かわいいポケモンだったね、セレビィって」 「ああ……」 オレはスケッチブックを閉じると、窓の外に目をやった。 セレビィって、やっぱり神秘的だった。繊細なタッチからもそれが窺えたよ。 それに……気になることもいくつか残ったし。 最初に見た絵……セレビィに寄り添うように眠っていた(らしい)ポケモンは一体なんだろう? あの輪郭から察するに、ピカチュウのように見えるんだけど…… とはいえ、年月の経過で紙自体が傷んでいるから、本当にそれがピカチュウなのかは分からない。 最悪、ピカチュウの姿に変身したメタモンって可能性もあるわけだし……そこまで考えたらキリがないよな。 謎は謎のままにしとこうか。 それとも……後でじいちゃんに聞いてみようかな。 「あっれ〜」 と、その時ナミが変な声を上げた。 思わず振り向くと、彼女は窓の外を見つめてた。 「どうしたんだ?」 「いつの間にこんな時間が経ってたの? 気づかなかったぁ」 「それだけオレたちが真剣になってセレビィを見てたってことなんだろ」 「うん、そうだね」 振り返り、笑顔で頷く。ったく……本当にそう思ってるのかよ…… ゴーストポケモンのようにつかみ所のない性格だけはどうにもならないみたいだな。 「で、これからどうするの?」 「おいおい、いきなり核心突くなよ」 変な頭の回転の仕方に、オレは苦笑するしかなかった。 単なるオマヌケさんかと思えば、実はそうでもない。変なところで冴えてたりするのが、ナミのコワイところなんだよな。 オレが初めてそういったナミの一面を知った時にはマジで驚いたけど。 可能性の延長線上で考えれば、別にそれほど驚くこともない。今じゃ慣れっこさ。 「そうだな。今日はこれを見に来ただけなんだ。オレひとりじゃ、もっと時間かかってたと思うし」 ナミのオマヌケに助けられたんだぜ。 でも、その言葉はオレの胸のうちに留めることにしたよ。口に出すとすっげぇ恥ずかしいから。 「とりあえず、このスケッチブックを借りようと思うんだ。いろいろと調べてみたいことがあるから」 「そうなんだ」 「ってワケで、そろそろじいちゃんのとこに戻るか」 「うん!!」 窓を閉め、資料室を後にする。 再びモンスターボール保管室に戻ると……じいちゃんはいなかった。 机の上にはポケモン論理学の本が閉じたまま置かれてる。 栞(しおり)も挟んでないところを見ると、いきなり誰かに呼び出されたって風じゃないな。 外に出てるのか? 「あれ、おじーちゃん、どこにもいないね」 「ああ……これじゃ、持ち出せないよな。さすがに無断じゃマズイし……」 オレは相槌を打つと、スケッチブックに視線を落とした。 これはじいちゃんにとって結構大切な想い出のひとつだろうから、それを無断で持ち出すってのはやっちゃいけないことだろう。 だから、困っちまった。 じいちゃんが見当たらないから、研究所から出るワケにもいかないんだよな。 スケッチブックを元の場所に戻して、日を改めて……っていう選択肢もあるんだろうけど、そんなまどろっこしいことはしたくないんだよな。 今日できることを明日にまで持ち込みたくない。 都合のいい言葉だっていう自覚はあるよ。 でも、本当のことさ。 暇つぶしがてら、モンスターボールがずらりと並ぶ棚を左から順に見ていく。 この中には、マサラタウンを旅立ったトレーナーのポケモンが入ってるんだよな。 シゲルや、幼馴染でオレを一方的にライバル視してた(オレはあんまり構わなかったけど)サトシってヤツのポケモンもいるんだっけ。 シゲルのポケモンは進化の経験があるせいか、全体的に高い攻撃力を誇り、なおかつバランスも良い。 一方、サトシのポケモンは進化前が多く、単純な戦力は劣るものの、潜在能力って面で見ればシゲルのポケモンを上回ってる。 いつだったか、水辺のポケモンと草ポケモンの対立騒動があった。 もうちょっとで全面戦争みたいな様相を呈して、かなり緊迫した雰囲気が流れたモンだ。 オレやじいちゃん、ケンジが必死になって収めようとしたんだけど、なかなか沈静化には向かわなくてさ。 そんな時に、サトシのフシギダネが大活躍してくれたおかげで騒動は収まった。 もっとも、フシギダネがいればこそ均衡が保たれてるようなモンで、万が一フシギダネがいなくなった時のことを考えれば、危ういんだよな。 ラッシーじゃ無理だったし……やっぱ、進化後だからどうこう、っていう理屈じゃないんだなって思ったよ。 他にも、マサラタウンを旅立ったトレーナーは数多い。 彼らのポケモンはじいちゃんが一手に世話を引き受けてる。 ケンジやナナミ姉ちゃんと三人でポケモンの健康診断などを行ってるんだ。オレも時々手伝うけど、結構大変なんだな。 なかなか言うことを聞いてくれないポケモンなんかは、ラッシーやシゲルのニドクインで無理矢理言うこと聞かせることもするし。 そんなに昔の話じゃないけど、なんだか懐かしいな。 オレが物思いに耽っているのが、ナミには面白くないようで…… 忙しなく、しかも足音を必要以上に大きく立てながら歩き回ってる。 まったく、そんなに退屈なら広い敷地にでも繰り出せばいいじゃん。 なんて言いたくなった。 でも…… ナミを宥める別の言葉を言い出そうとしたら、電話が鳴った。 今時テレビ電話が結構普及してるのに、何気に黒電話だ。 じりりりりんっ、なんてけたたましい音を立ててる。 じいちゃんはじいちゃんなりに、こーいうアンティークなのが好きなんだろうか。 けたたましく鳴る電話を無視するわけにもいかず、オレは仕方なしに受話器を取った。 「はい、オーキド研究所ですが……」 普段はあんまり見せない丁寧な応対。 自慢することじゃないけど、じいちゃんの顔に泥は塗りたくないからな。 「は〜い、オーキド研究所でぇ〜すっ」 ナミが出たらたぶんこんな感じになる。間延びした声は妙に明るくて、相手が驚いてしまう。 オーキド研究所のイメージはぶち壊し。 じいちゃんの顔に泥を塗るどころの騒ぎじゃなくなる……かもしれないんで、予防的にオレが出てみました。 『あ、アカツキ?』 「なんだ、母さんか」 電話の相手は母さんだった。 なんか、丁寧な応対したの、損したような気がしたなぁ。 肩に入りかけた力がどっと抜けていく。 「え、おばさん?」 ナミが耳を近づけてくる。 おい、盗み聞きしようっての? 殊勝な趣味してるねえ…… とはいえ、邪険に追い払うわけにもいかず、母さんとの電話に応じるしかなかった。 用があるのは、多分オレだろうから。 それに、聞かれて困るような疚しい(やましい)ことはないつもりだからさ。 「なんか用か? じいちゃんならいないぞ。たぶん外に出てると思うけど」 『いいえ。用があるのはあなたよ』 「オレ?」 分かってはいたけど、敢えて知らないフリ。 意地悪だなんて言うなよな。 下手に母さんの機嫌を損ねると、本気で後が怖いんだ。 『そうそう。あなたにお届けものがあったわよ。 なんか、住所がアルファベットで書かれてたけど……あなた、海外に何か注文したの?』 「あ、まあな。分かった、すぐ帰るよ!!」 『あ、ちょっと待……』 オレは何やら言いたそうな母さんの言葉を無視して、受話器を置いた。 やっとキターーーーーーーーーーーーッ!! オレは喜びでいっぱいだった。 「あれ、うれしそうな顔してるね」 話を終えたオレに笑みを向けてくるナミ。 うれしい気持ちが表情にまで出てるんだろう。オレは否定せずに頷いた。 「ナミ。オレ、家に帰るよ。これはおまえからじいちゃんに返しといてくれ」 「え、あ、ちょ、ちょっと!!」 スケッチブックをナミに渡すと、オレはモンスターボール保管室を飛び出した。 走り幅跳びでもするように歩幅を大きくして、研究所を後にする。 丘を駆け下り、メインストリートを疾風のごとく駆け抜け、家に舞い戻った。 時間の流れがほとんど感じられなかったのは、これでオレもやっと旅に出られるって言う喜びがあるからだろう。 「ただいま、母さん!!」 オレは靴を脱ぎ散らかすと、真っ先にリビングへ向かった。 飛び込んだ先には、目当てのモノが!! 「あら、早かったのね」 母さんの言葉は完全に無視。 テーブルの上の小包をひったくるようにつかむと、ドキドキワクワクと興奮の坩堝と化した胸中を必死に押さえ込み、自分の部屋に直行した。 母さんが唖然とした顔を向けてたのすら気づかないくらいだ。 部屋に戻ると、ドアに鍵をかける。 いよいよあの本とのご対面だ!! オレは半ば乱暴に包みを破くと、中から現れた一冊の本を見つめた。 「ああ、やっと来たぜ『ブリーダーズ・バイブル』!! 会いたかったぁっ!!」 上質の革表紙に金色で描かれた『Breeder’s Bible』という文字。五センチ近い厚みのあるその本こそ、オレが一年以上追い求めたモノなんだ。 もううれしくてうれしくて、オレは『ブリーダーズ・バイブル』を胸に押しやった。 なんか、喜びでこのまま天まで舞い上がれそうな気分だよ。 タイトルの下には『Tina・J・Growth』……ティーナ・J・グロースと著者の名前。 間違いない、これが……!! 興奮に震える手で表紙をめくり、目次を見やる。 アルファベットで綴られた目次は、翻訳ソフトがなければ絶対に訳せない単語でいっぱいだった。 『Necessary』とか『Feeling Massage』なんて意味不明な単語。 でも、そんなのが気にならないくらい、とてもうれしかった。 これで、オレもやっと旅に出られるんだ!! 「ソーっ、ソーっ」 ラッシーも一緒になって喜んでくれてる。 そうだよな、ラッシーも広い世界を見てみたいって、そう思ってたんだもんな。 でも、これでやっとオレたち、トレーナーとして頑張っていけるんだよ!! 「よーし、決めた!! 早速旅立ちだぜ!!」 考えることもなく、オレは旅に出ると決めた。 心の準備なんて必要なかった。 そんなの、この本が届くまでの長い間にできてるんだから。 今の喜びを忘れずにいれば、どんな困難だって越えていける。 そう信じてるんだからさ。信じなくちゃ何も始まらない。 だから、信じるだけさ!! 押入れに隠しておいた黄色い大型のリュックを取り出し、その中にポケモンフーズの詰まったビンを入れる。 リュックは、旅に出る時のためにと小遣いをコツコツと貯めて買ったヤツだ。長旅にも耐えられるよう、耐水性のを選んだ。 傷薬やポケモンの状態異常を治す道具は別のポケットに。 じいちゃんにもらった空のモンスターボールをボールポケットに。 あと、洗濯物を干すのに使うロープとか、包丁やまな板といった自炊道具とか…… 旅を続ける上で必要なモノまで詰め込むと、さすがにリュックもパンパンになった。 持ち上げて背負ってみると、これがまた結構な重量で……でも、何とか背負えるだろ。 これでも、体力には自信あるつもりだからさ。 ラッシーと日が暮れるまで走り回ったことだってあるんだ。こんな重さで音を上げてたまるか。 「そ、ソーっ?」 本当に大丈夫かと言わんばかりの顔を向けてくるラッシーを見つめ返し、オレはニコリと笑った。 大丈夫。これくらいなら何とかなる。 オレの気持ちが伝わってか、ラッシーは笑顔に戻った。 最後に、ラッシーのモンスターボールを腰に装着し、準備完了だ。 「んじゃ、行くか……」 当分は戻って来れそうにないな……っていうか、あんまり戻って来たいとは思ってないし。 住めば都なんてよく言うけど、オレにとってこの家はそんな大層なシロモノなんかじゃない。 最強のトレーナーと最高のブリーダーになるためには、いちいち家になんか戻ってられないんだよな。 部屋の入り口で一度だけ振り返って―― すぐに歩き出す。 やっと旅に出られるってのに、なんなんだろうな…… うれしいはずなんだけど、どういうわけか胸が痛いんだ。 ちょっとしたトゲで刺されてるような……でも、肉体的な痛みじゃないってのはすぐに分かった。 生まれてこの方、十一年間暮らしてきた家だから、少しは愛着みたいなモノを持ってるのかも。勝手にそう決めて、階段を降りる。 野菜を切るテンポのいい音が台所から聞こえてくる。 昼食の仕込みでもやってんのかな、母さんは。 なんとなく気になって覗いてみた。 ニコニコ笑いながら包丁を動かしてる。 「…………」 オレの視線に感づいたのか、母さんは程なく手を止め、振り向いてきた。 と、そこで笑みが消える。 がたんっ。 包丁を叩きつけるように置いて、母さんは大股で歩いてきた。 妙な迫力に、オレは家を飛び出すこともできず、ただその場に立ち止まるしかなかった。 表情こそ無そのものだけど、明らかに怒っている……息子としての勘が告げてるんだ。 母さんはオレの前まで歩いてくると―― ぽん。 そっと肩に手を置いた。 「え?」 旅支度してるのを見れば、怒られるか止められるか。 どっちかだと思ってたけど……なんか、違ってるみたいだ。 「もう旅に出ちゃうの?」 「あ、ああ……」 表情とは裏腹に優しい言葉をかけられ、オレは躊躇いながらも頷いた。 なんか、今までに見せたことのない……そんな気がする。 母さんの顔に笑みが浮かぶ。 なんか、とても寂しそうだな。 まあ、親父はあまり帰れないし、オレが旅に出ちまうわけだから、この家じゃ、ひとりぼっちになるんだもんな。 だけど、じいちゃんやナナミ姉ちゃんだっているわけだし……ハルエおばさんやアキヒトおじさんとも仲がいいのに、そんなに寂しいものかなぁ。 なんて思っていると、 「そうね。 子供はいつか旅に出ちゃうものだもんね」 「何も言わなかったのは悪かったよ。でも、決めたんだ。オレは今日旅に出る」 「止めないわ。あなたはあの人に似てるもの。 一度決めたことは何があっても曲げない……だから、行ってらっしゃい。 あなたの夢に向かって歩き出す時が来たのよ、きっと」 「ああ……それじゃ、行ってくる」 どこか寂しい母さんの顔を見ているのがどうしてか辛くて、オレは背を向けた。 なんでだろう。 別に、そんなに好きでもないのにさ…… このままここにいたら後ろ髪を引かれてしまいそうで、歩き出そうとしたオレに、背後から声がかかった。 動かしかけた足を止め、振り返る。 「あなたに渡したいものがあるの。探してくるから、ちょっと待ってて」 母さんは言うなりオレの脇をすり抜けて、自分の部屋へと滑り込んでいった。 渡したいもの? オレに渡すようなものがあるのか? 疑問に思ったけど、戻ってくるまで待ってみることにした。 今のうちに家を出てくっていう選択肢もあったけど……それをするとなんだか裏切っちまうような気がして、なんとなく躊躇われた。 母さんはすぐに戻ってきた。 手に小さな箱を持って。 一体なんだ、これ? 気づけば視線が箱に向いていた。 何の変哲もない白い箱。 中に何が入ってるんだか。 オレの視線をそう受け止めたらしく、母さんは口の端に笑みを浮かべると、箱を開いてみせた。 「ん?」 中には白いつばの赤い帽子と、二等辺三角形を丸くしたような小さな機械。 およそ、同じ箱に入れておくにはジャンルが違いすぎてるような気がするんですけど…… 「これはお父さんから預かったものなの。あなたが旅に出る時が来たら渡すようにって……」 「親父が?」 正直、意外だった。 親父がオレに渡すものねぇ。 オレ、親父のこと嫌いなんだけどさ。 親父だって、オレが嫌ってるってことくらい分かりそうなものなんだけどな。 それでも渡すものがあるなんてさ。 度胸があるんだか、単に脳がお花畑なんだか…… 「あなたに似合うと思って買った帽子と…… これはあなたが自分で説明書を見た方が早いと思うわ。さ、受け取って」 「あ、ああ……」 差し出された箱を受け取る。 とても軽かった。 「親父が、オレに……」 一体何考えてるんだろ。 まさか、モノでオレを釣ろうなんてセコイ考えじゃないだろうな? 嫌いな相手だけに、そういった懐疑的な考えだけは苦労もなく浮かんでくるぜ。 でも…… せっかくくれるんだから、要らないなんて言って捨てるのも気が引ける。 親父を傷つけることは厭いもしないけど、母さんは親父と違うからな……傷つけたくはない。 箱から帽子を取り出し、早速かぶってみせる。 偶然か、ピッタリ合った。 かぶり心地も、なかなかどうして悪くない。 「あら、捨てないの?」 「な、なんでいきなりそういうこと聞くんだよ?」 母さんが笑みを浮かべながら意外な言葉を口にしたものだから、オレはビックリしてしまった。 いきなり捨てないのかなんて聞くんだから。 母さんもオレが親父のこと嫌いだってのは知ってるんだもんな。 オレのこと、ずっと見てきたんだもんな。知らない方がおかしいか。 「確かに親父のことは嫌いだよ」 オレは包み隠さずに言った。 あんまりウソつくの、好きじゃないんだよな。 いつかは自分に跳ね返ってくるモンだからさ。 「だけど、使えるものを使いもせずに捨てるだなんて勿体無いだろ。そんだけさ。 親父のこと、好きになったワケじゃないんだ。勘違いするなよな」 「うふふ……正直になれないのね、やっぱり」 「も、もう行くからな!!」 「ええ、行ってらっしゃい。身体には気をつけるのよ」 「…………」 オレは箱から逆三角形の機械と説明書をつかみ取り、箱は母さんに返した。 そして歩き出す。 母さんがどんな顔してるのかは分からない。 だけど…… 旅に出るオレのことを思いやってくれてるのは分かるよ。 玄関のドアを開け、外へ。 広がる景色。青い空。 それらすべてが今日からオレが旅する舞台になるんだよな。 そう思うと、なんだかとってもワクワクするんだ!! 「ラッシー。オレたち、頑張れば絶対最強になれるんだ。 ちょっと辛いことだってあるだろうけど、一緒に乗り越えていこうな」 「ソーっ!!」 ラッシーは元気に頷いてくれた。 これなら……きっと頑張っていける。オレは一人ぼっちなんかじゃないんだ。 「んじゃ、まずはじいちゃんに挨拶してから行くか」 「ソーっ」 旅に出るわけだし、少なくともじいちゃんには挨拶をしてかなきゃいけないんだよな。 ポケモン転送システムの世話になることもあるだろうし…… さっきは『ブリーダーズ・バイブル』が届くとは思ってなかったからな。 それこそ二度手間になっちゃうけど、仕方がない。 じいちゃんからもらった最初のポケモンがラッシーだ。 だから、旅立つんだって話しとかないと。 本当は十歳にならなくちゃポケモンはもらえないんだけど、オレがラッシーとすぐに仲良くなったのを見て、 じいちゃんは仕方ないと言って、ラッシーをオレのファーストポケモンとしてくれたんだ。 それが何年も前のことなんだよな。 ラッシーとは何年も過ごしてきたワケだけど、やっぱオレにとっては家族って表現が一番似合うのかもしれない。 これからラッシーとどんなモノを見て、頑張っていくんだろう。 そう思うと、嫌でも胸が高鳴るんだ。 周りの景色も目に入らないくらい、これからのことに期待が膨らんでいく。 気がつけば、じいちゃんの研究所の前まで来ていた。 玄関をくぐり、今の時間にじいちゃんがいそうな場所へ行ってみると―― 「あ、アカツキ!! どしたの、そんなカッコしちゃって!!」 「げっ!!」 じいちゃんと一緒にいるナミの姿に、オレは思わず悲鳴を上げた。 な、なんでこいつがこんなトコにいるんだァァァァァァァァッ!! 驚きのあまり胸中で絶叫しまくっているオレをよそに、じいちゃんはナミと二階のテラスでティータイムを楽しんでいやがったんだ。 一体どうなってんだか…… 「おお? アカツキ。どうしたんじゃ?」 「ああ、そうだった」 何気に小指を立てて(ちょっとプリティだったな……)ティーカップをつまんでいるじいちゃんの言葉に、オレはここに来た目的を思い出した。 ナミの存在が予想外で、思考回路が乱れちまったらしい。 でも、こんなところで躓いてる場合じゃねえな。 「じいちゃん、オレ、旅に出るよ。 サトシやシゲルとはずいぶん遅れちまったけど……」 「そうか、そうか」 じいちゃんは笑みを浮かべて何度も頷いた。 オレの格好を見て、ある程度は予想していたらしい。 「それで、一応そのこと話しとこうかと思って」 「頑張るんじゃぞ。おまえは仮にもわしの孫じゃ。やってできんことはない」 「ああ」 「あー、ずるーいっ!! アカツキったら抜け駆けするなんてぇ!!」 ああああああああっ。 ナミのヤツ、どうして勝手に横から口挟んでくるかな!? この場の雰囲気っつーか、そういうものをちゃんと読めよぉぉぉぉぉっ!! オレが胸中で叫びまくっていることなどお構いなしに、ナミは続けてきた。 「よーし、決めたよぉっ!!」 ナミは不敵な笑みを浮かべると、ギュッと握った拳を顔の高さにまで持ってきて、 「あたしも行くっ!! 一緒に頑張ろうね!!」 「……こりゃ断れんな、アカツキ。大変じゃろうが、頑張るんじゃぞ」 オレの背中をぽんと叩いて、じいちゃんが無神経なことを…… なんで、なんでこーなるわけ!? オレはラッシーと悠々自適に旅をする予定だったのに!! よりにもよってナミに見つかるだなんて……いきなり予定が狂ってない!? なんか、偶然って言葉で片付けたくなんかないよな。 とはいえ、ここで逃げ出すワケにもいかず…… 「分かったよ……」 負けたのは言うまでもなくオレだった。 だって、多数決で二対一と、民主主義的には敗北決定じゃん。 「良かったのぉ、ナミ」 「うんっ!!」 なんてさ、ミエミエの会話してるあたり、絶対怪しいよなぁ。 仕組まれてる気がひしひしとしてくるぞ。 「じゃ、あたし用意してくるね!!」 なんて大張り切りで、テラスを飛び出すナミ。 なんていうか…… もしかして、オレと一緒に旅したいのか? それとも、ちょうどいいキッカケができたからって、便乗する形で旅立つことにしたのか? オレにはどっちとも区別つかないけど…… テラスにはオレとじいちゃんだけが残された。 「アカツキ。ナミが来るまで座ればどうじゃ? リュックを背負ったままでは疲れるだろう」 「そうする」 オレはじいちゃんの言葉に甘えて、リュックを傍に置くと、さっきまでナミが座っていた椅子に腰を下ろした。 「なあ、じいちゃん」 「うん?」 「じいちゃんはナミのことどう思う?」 「どうしたんじゃ、突然」 じいちゃんは面食らったような表情こそ見せなかったものの、訝しげに首を傾げた。 オレがそういった質問をするなんて思わなかったんだろうな。 でも、なんか気になることがあってさ……それを確かめたいんだ。 「ナミはさ、オレと同じで、じいちゃんからすれば大切な孫なんだろ?」 「そりゃそうじゃ。おまえもナミも、分け隔てなんてしておらんよ」 「ありがと。それは分かってるんだけどさ…… なんていうか、その……」 思うような言葉が見当たらなくて、オレは視線をあちこちに泳がせながら必死に探した。 端から見れば口をパクパク動かしてるだけなんだから、とってもマヌケに見えるんだろうけど…… じいちゃんは何も言わずに待っててくれた。 「あいつ、なんでオレと一緒に旅に出ようなんて思ったんだろうな……分からないんだよ」 「それはなぁ……」 じいちゃんはにぃっ、と口の端を吊り上げた。 目が細くなり、何かを面白がっているような表情に変わる。 「おまえのことが好きだからじゃろう」 「は?」 考えてもいない言葉に、オレは唖然としてしまった。 一瞬で身体の熱が冷めてしまうような……そんな気分だ。 ナミが、オレのこと好きだって? なんでまた…… 意味が分からない。 「おまえのことを単なる従兄妹という以上に思っているだけかもしれん。 よく考えてみなさい。 ナミはシゲルとおまえ、どちらをより多く頼ってきたのかな?」 「オレ、だよな……」 ナミはオレと同じ従兄弟であるシゲルにはあまり甘えてなかったな。 シゲルが避ける素振りを見せてたような気もするし、あいつはいつでも掲げた目標のために全力投球だった。 ナミとしても、ジャマしちゃいけないと思ってたのかもしれない。 そっか。 だからナミはオレに甘えてたんだ。 なんとなく分かったような気がするけど、それって単に『従兄妹じゃなくてお兄ちゃん』ってだけで、それ以上じゃないんだろうな。 「でもさ、あんまり実感ないんだよ。 ナミって単に甘え上手なだけじゃないかなって思ってたからさ。 別に恋人とかってほどブッ飛んじゃいないんだろ? だったら……」 「おまえはナミにとって特別な男の子なんじゃろう。 そう思われるのは、悪い気分でもなかろう」 「ま、まあ、そうだけどさ……」 じいちゃんの言葉に、オレは何も言い返す気がなくなってしまった。 口に布を詰め込まれたような感じで。 「なに、そう気張らんでも良いさ。 今までと同じように接していけばいいだけのことじゃ。これで疑問は解決できたかな?」 「……うん。ありがとう、じいちゃん」 やっぱ、亀の甲より年の功だって思い知らされるよ。 じいちゃんからしてみれば、ナミがオレに触発されて旅に出ることが分かってたのかもしれない。 いつも甘えてる場面を見てるわけだから、そう思うのは簡単なことだもんな。 なんか、スッキリしたよ。 別に今までと何も変わったことなんて、ないんだし…… それから何分かして、けたたましい足音が迫ってきた。 ずいぶん張り切ってるなぁ……そう思っているうちに、ナミは戻ってきた。 ノースリーブのシャツに短めのスカートとスポーティーな格好で、何年か前くらいに流行ってたルーズソックス。 図らずも(?)オレのリュックと同じ色のショルダーバッグ。 最後に、白地に一筋の赤い線と半円が縫い込まれた帽子。オレのとは違って、つばの広いタイプだな。 ガーネットの姿が見えないあたり、腰のモンスターボールに入ってるんだろう。 「お待たせ〜♪」 「早かったな」 「うん♪ アカツキと一緒に旅できるんだよ? うれしいんだもん」 「そっか……」 うれしそうに言うナミ。 オレと一緒に旅したいんだ……それはそれで別に構わないけど。 ただ、悪気もなくトラブルの種を持ち込んでくるっていう性分さえなければ、オレとしても諸手を挙げての歓迎なんだが…… でも、今さら「一緒に来るな」なんて言えないし。 こうなったら一緒に行くしかないか。 目に届くところにいてもらった方が、余計なトラブルを撒き散らさないようにできるかもしれないから。 それに……トラブルまみれの旅ってのも一興なんだよな。 波風の立たない人生なんて面白くもないしさ。 「ナミ、忘れモンはないか?」 「大丈夫。バッチグーっ」 「了解。それじゃ行こうか」 「うん♪」 「ちょっと待ってくれ」 いざ出発!!って雰囲気に水を差してきたのはじいちゃんだった。 そりゃそうだよな。オレもナミも旅立つムード満点だったわけだし。 オレは振り返り、訊ねた。 「何かあんの?」 「うむ。おまえたちに頼みたいことがあってな。 渡すものがあるから、モンスターボール保管室まで一緒に行ってくれんか」 「ああ、分かったよ」 何やら面白いことになってきた。 頼みたいこと……か。 シゲルやサトシに頼まなかったあたり、オレたちじゃなきゃできないことなのか。 それとも、時期の関係で『今』必要になったことか。 どっちにしても、じいちゃんの『頼みごと』とやらには興味が湧いてきたよ。 場所をモンスターボール保管室に移すと、じいちゃんは保管してあるモンスターボールを二つ手に取り、オレとナミに一つずつ渡してくれた。 「おじーちゃん、これって?」 ナミはモンスターボールを見て首を傾げた。 一体何が入ってるんだろう……そう思う気持ちはオレも同じだけど、なんか引っかかるな。 誰かに渡してくれっていう類の頼みごとじゃないのは分かったよ。 じゃなきゃ、オレとナミに分けて渡す必要なんかないんだから。 考えられるのは…… 可能性をいくつか脳裏に並び立てたところに、じいちゃんが答えを教えてくれた。 「おまえたちにこのポケモンを育ててもらいんじゃ」 「ポケモンを育てろって……? いったいどんな……」 「出てきて〜」 オレの言葉を待たずして、ナミがボールを掲げて中のポケモンに呼びかけた。 すると、ボールの口が開いてポケモンが飛び出してきた。 茶色い毛をした犬のようなポケモンだ。 首のまわりだけ白い毛で、犬にしては耳がやや大き目か。背丈だけ言えば、ナミの膝くらい。 このポケモンは……イーブイだ。 これでもポケモンの知識に関しては自信あるから、見た目でポケモンの名前と大まかな特徴くらいは分かる。 じいちゃんの研究所に入り浸ってた賜物ってヤツだよな、きっと。 「ブイ〜っ」 飛び出してきたイーブイは、うれしそうな顔をナミに向けると、その膝に擦り寄ってきた。 いきなり懐いてるし……初対面だろ? なんて思っていると、 「アカツキ。おまえのボールにもイーブイが入っておる」 「オレにも? って、もしかして……」 「おまえの想像通りじゃな。 これは旅立つおまえたちに対する、わしのせめてもの餞別じゃ。 シゲルにも同じようにイーブイを授けたからな。 シゲルだけを特別扱いするわけにはいかん、ということじゃ」 「そっか。ありがとな、じいちゃん」 そういうことか…… じいちゃんはオレたちがイーブイをどんな風に育て上げるのか、それを見たいと思ってるんだろう。 トレーナーの育て方というのが一番分かるポケモンなんだよな、イーブイは…… とはいえ、ありがたくもらったワケだから、大切に育てていかなくちゃいけないな。 オレもボールから出して、お目見えってことにするか。 「出て来いよ」 軽くボールを上に放り投げると、ボールは口を開いて中からポケモンを放出した。 オレはカラになったボールをキャッチし、しゃがみ込んだ。 足元に出現したイーブイと同じ目線に立つ。 大切なのは、同じ目線に立って話をすることだ。 対等な存在であると印象付けないと。 だけど、オレの気持ちとは裏腹に、イーブイはキョロキョロと忙しなく周囲を見渡していた。 じいちゃんに、ナミに、ナミに懐いているイーブイに。それぞれに視線をやってから、最後にオレの方を向いた。 「クーンっ……」 イーブイの口から漏れてきたのは、不安そうな鳴き声だった。 それに、表情もどこか怯えているような……気のせいじゃないんだよな、たぶん。 これって……オレたちに怯えてるのか? 性格上の問題だとしたら、オレの頑張り次第でどうにでもなるんだけどな。 ポケモンにはそれぞれ個性があるから、臆病なイーブイがいたとしても不思議じゃない。 「じいちゃん。オレのイーブイ、もしかして『臆病』な性格だったりしない?」 「そうじゃな。おまえならこいつも立派に育て上げてくれると信じておる」 試しに訊いてみると、じいちゃんは首を縦に振った。 それから、ナミとじゃれ合っているイーブイに目をやって、性格を言い当てる。 「で、ナミのは『無邪気』だったりして」 「よく分かったの。さすがにショウゴが自慢するだけのことはある」 「親父は関係ない」 「……そうじゃな、悪かった」 親父の名前を出され、オレはカチンと来て声を荒げた。 ……じいちゃんにその気はないんだろうけど、親父を引き合いに出されるのは嫌だな。 よりにもよって大ッ嫌いな親父と比べられるなんてさ、ハッキリ言ってイライラ程度じゃ済まない。 まあ、いいや。 じいちゃんにその気があるとは思えないし、いちいちそんなことでイライラするのもバカバカしい。 気持ちを切り替え、オレはビクビクしているイーブイに視線を戻した。 「で……オレたちがイーブイをどんな風に進化させるか、それを見てみたいんだろ?」 「その通りじゃ。シゲルのイーブイはブラッキーに進化した。 おまえたちのイーブイがどのような形で進化するのか。わしはそれを見てみたいと思っておる」 親父のことを脳裏から払拭すべく、オレはさり気なく話題を戻した。 じいちゃんは気づいてるんだろうけど、オレに合わせてくれた。 親父のこと大嫌いだって、よく分かってるはずだから。 「イーブイって、確か……」 ナミがじゃれ付くイーブイを抱き上げながらつぶやいた。 こいつもそれなりにポケモンの知識はあるんだろうけど……言っちゃ悪いが、オレには勝てないと思うな。 だって、オレは今のシゲルよりも博識だって自分で思ってるくらいだし。 それはともかく…… 「イーブイは進化の石でブースター、シャワーズ、サンダースに進化する。 それと、環境次第でエーフィとブラッキーに進化する。 五つもの進化形を持つ珍しいポケモンだってことくらい、ナミも分かってるだろ」 「うん♪」 オレの言葉にナミは大きく頷いた。 思い出すのに時間かかってたみたいだけど、たぶん分かってるんだろう。 そうなんだよ、イーブイは五つの進化形を持つポケモンなんだ。 普通のポケモンは……ラッシーを例にすれば、フシギダネからフシギソウ、そしてフシギバナと、進化には決まった一本のルートしかないんだ。 ポケモンによっては育ってきた経過などによって二通りに進化することもあるらしいけど、イーブイはその中でも群を抜いて進化形が豊富なんだ。 五つの進化形。 進化後のポケモンは、それぞれにタイプが異なっているのが特徴で、見た目や能力にも大きな違いがある。 だから、どの進化形を選んだかによって、トレーナーの性格や、育て方が分かるポケモンだと言えるんだ。 『炎の石』を与えるとブースターに進化する。 タイプは言うまでもなく炎。 炎の攻撃も強烈だけど、何よりもブースターは進化形の中で一番、物理攻撃力に優れている。 小さな身体には似合わない怪力を見せ付けるんだ。 『水の石』を与えるとシャワーズに進化する。 タイプは水。 見た目からは想像もできないくらいタフで、進化形の中ではトップだ。 持久戦でこそ真価を発揮するポケモンと言えるだろう。 『雷の石』を与えるとサンダースに進化する。 タイプは電気。 進化形の中で最高のスピードを誇り、ポケモン全種の中ですら五本の指に入るほどの素早さを持つ。 得意の電気技も強力だから、短期決戦タイプと言える。 残り二つの進化形は進化の石を与えるんじゃなく、育った環境によって進化するんだ。 普通のポケモンが進化するのと同じ要領で、一定の実力をつけると進化できる。 どういう環境で育つとエーフィ、ブラッキー、どちらに進化するのかは分かっていない。 こればかりは本気で神頼みかもしれないけど…… まずはエーフィ。 タイプはエスパー。 進化形の中ではもっとも優美なポケモンで、素早さとエスパータイプの攻撃力に優れている。 サンダースにこそスピードでは劣るものの、他の三体を凌ぐのは言うまでもない。 そして最後にブラッキー。 タイプは悪。 進化形の中では唯一ディフェンス型のポケモンだ。 単純な攻撃力だけで言えば他の四体に劣っているけど、防御力はピカイチ。 体力もそこそこあるので、シャワーズと同じように持久戦に強いポケモンだ。 という風に、イーブイは五体のポケモンに進化する可能性を秘めたポケモンなんだ。 小耳に挟んだ程度だけど、どこか遠い地方では、最近になってイーブイの新しい進化形が発見されたとか。 詳しいことは知らないし、じいちゃんも特に何も言ってなかったから、本当かどうかもよく分からない。 まあ、それは置いとくとして、どのポケモンに進化させるかは、トレーナーが思い描く最終的な手持ちに沿って、というのが一般的だ。 あるいは、今手持ちにないタイプに進化させるとか。 即効性の弱点補強という意味では、オレはこっちを尊重したいところだ。 草タイプのラッシーの弱点は炎や飛行タイプ。 なら、シャワーズかサンダースが妥当な線じゃないかと思うんだけども……しかし、こうも気弱なポケモンを任せられるというのもね。 「んじゃ、キミに名前つけてあげるね♪」 イーブイに頬擦りなどしながら、ナミが言った。 ん? 名前? そっか、ニックネームのことか。 オレはナミと同じようにイーブイを抱き上げた。 はじめは今にも逃げ出しそうな感じだったけど、ちょっと視線を合わせただけで、少しだけ心を許してくれたように思えた。 『千里の道も一歩から』とか『ローマは一日にして成らず』とか言うように、誰もがはじめからポケモンと心を通い合わせるのは無理な話。 粘り強く接して、心を許しあうしかないんだよな。 そう思うと、育て甲斐のあるポケモンっていうか……だけど、悪い気はしない。 じいちゃんは「おまえならできる」って、きっとそう思ってくれたんだろうから。 その信頼に応えなくちゃいけないよな。 「キミはトパーズ。黄色くて美しい宝石なんだよ。 そういう風に育って欲しいな。ね、いいでしょ♪」 「ブイっ!!」 思わず吹き出しそうになるネーミング。 それはじいちゃんも同じだったけど、お互い顔を見合わせただけで何も言わなかった。 と、トパーズなんて、宝石の名前なんかつけるなよ……って、普段ならツッコミを入れてるところなんだろうけど、 ポケモンにどんなニックネームをつけようが、それはトレーナーの自由なんだ。 ダサくても、それはそれで仕方ない。 そういえば、ガーネットも宝石だっけ……これから仲間にしていくポケモンにも宝石の名前つけ続けるんだろうか? まあ、ナミにはナミの都合がある。 で、次はオレの番だったりするわけで…… ナミはニッコリ笑顔をオレに向けてきた。 腕に抱かれたイーブイ――トパーズもトレーナーに倣う。本気でこの名前気に入ってんだな。 本人がいいって言い張るんだから、いいんだろうけど。 「そうだなあ……」 オレは腕の中のイーブイを見つめた。 ウルウルしている瞳を見つめていると、なんだか吸い込まれそうだ。 単に泣き虫なのか、それとも……慣れない環境に戸惑っているだけなのか。 それは分からないけど…… こいつも、オレの仲間なんだもんな。 「よーし……君はラズリーだ。よろしくな、ラズリー」 オレはイーブイ――ラズリーに呼びかけた。 すると、 「ブイっ!!」 心の底からうれしそうな声を上げてくれた。 少しは懐いてきてくれたかな。そう思うと、本当にうれしいよ。 「ラズリーって?」 「なんとなくアクセントが好きだから。 それに、ラズリーも気に入ってるんだもんな。なあ?」 「クーンっ」 ラズリーはシッポを振って応えてくれた。 思ったよりも泣き虫じゃないらしい。 声を上げたり涙流したりしないだけ、立派だと思うな。 「後でたっぷり甘えていいぜ。だから、今は戻っててくれよな」 頭を撫でてやり、ラズリーをモンスターボールに戻す。 「さて、少しは懐いたところで、おまえたちに最後の贈り物じゃ。 ポケモン図鑑を受け取ってくれ」 「オッケー。ありがとう、じいちゃん」 「わー、すごーい」 いつの間に取り出したのか、じいちゃんの手にはポケモン図鑑が握られていた。 はて? 受け取った図鑑を見て、オレは疑問を感じた。 シゲルやサトシが旅立った時の図鑑とはまた違うような気がするんだけど。 なんか、全体的に丸みがあるというか……グレードアップしたって感じ? 「少々改良を施してあるからの、前に見た図鑑とは違うのじゃ。 機能は結構充実しておるが、ヘルプボタンをつけておいたから、旅をしながら少しずつでも覚えておくれ」 「分かった」 オレは頷き、図鑑を開いた。 真新しい液晶に、ポケモンを識別するセンサー。片手で扱えるようにボタンが配置されていて、機能性は充実していると言ってもいい。 これはありがたいかも。 ポケモンの知識について足りないところも、多少はあるだろうから。 それを補うという意味で、ポケモン図鑑というのは大変ありがたい存在だ。 「じいちゃん、ありがとう。 オレたちのためにここまでしてくれて……」 「なに。大事な孫が旅立つんじゃ、それくらいしても、罰は当たらんじゃろ?」 頭を下げるオレに、じいちゃんは満面の笑顔を向けてくれた。 ナンダカンダ言って…… じいちゃんも、オレたちがこうして旅立つって瞬間を待ってたのかもしれない。 広い世界で様々なものを見て、自分の進むべき道を決めるってことを。 だったら、頑張らなくちゃ。 マサラタウンを旅立つ瞬間(とき)は確実に近づいていた。 マサラタウンの北のはずれまで、じいちゃんとナナミ姉ちゃんとケンジが見送りに来てくれた。 「もう、このあたりでいいよ。ありがとう」 「うん。ちょっと恥ずかしいよね……」 空はとても青くて、雲なんてほとんど見受けられない。 絶好の旅立ち日和だよな。 見送りに来てくれた三人は揃って笑顔なんだよなぁ……余計に恥ずかしくなってくるよ。 こんな場面を誰かに見られたら……ああ、恥ずかしくてたまらん。 ナミは……ニコニコしてやがった。 恥ずかしいなんて言う割には、恥ずかしさなんて感じてないのかな。 だったら、うらやましいとしか言いようがないんだけど。 「アカツキ。ナミのこと、よろしく頼んだわよ。この子、おっちょこちょいだから……」 「分かってるよ。変なことしないようにちゃんと見張ってるから」 「そう、それなら安心ね」 オレの返事に安心したのか、ナナミ姉ちゃんはホッと胸を撫で下ろしたようだった。 まあ、ナミのオマヌケぶりを見てみれば、危なっかしくて見てられないんだよな。 オレもじいちゃんもナナミ姉ちゃんも、大なり小なり、ナミの『オマヌケ』の被害に遭ってるわけだから。 一人で旅立たせる方が危ないってことは、それこそ嫌になるほど分かってるんだろうけど。 都合よく押し付けられたような気がしないわけでもない。 ナミの実態を知らないのはケンジぐらいなわけで…… 何も知らないから朗らかにしてられるんだろうな。 癪だけど、彼に責任がない以上、どうすることもできない。 「大丈夫♪ あたし、アカツキと一緒なら頑張れるから」 「……マジ?」 ナミのヤツ、先手を打ってきやがった。 オレと一緒なら頑張れるって……それって、オレがいなきゃトラブル巻き起こしちゃま〜す、なんて言ってるようなモンじゃないか。 あーあ、変なところで抜け目がないんだから…… なんか、町の外に出る前にブルーな気分になってきちゃったな。 「…………」 そんなのオレらしくもない!! ナミが一緒だろうが一緒じゃなかろうが、夢に向かって邁進するってことに違いはないんだ!! 「そ、そろそろ行くぜ、ナミ。 今日中にトキワシティに着いときたいからな」 「うん♪」 「じゃ、そういうわけで行ってくる」 オレは一方的に宣言して、じいちゃんたちに背中を向けた。 今から行けば、夕方には隣町のトキワシティに到達できるだろう。 野宿って、ナミはきっと嫌がるだろうからな、なるべくポケモンセンターで泊まることにするか。 オレは別に野宿でも構わない。 自炊道具は持ってるし、これでも料理とかは作れるんだ。 じいちゃんの手伝いをしてる中で、人間が食べる料理を作るってこともあったからさ。 だから、グズグズしないでさっさと行きたい。 「行くぜ、ナミ」 「うん♪」 そして、オレたちは歩き出した。 何があっても叶えたい夢へ向かって。 サトシやシゲルから比べるとずいぶん遅れを取っちゃったけど……それを取り戻すだけの頑張りはしてみせる。 何やらご機嫌で話しかけてくるナミを適当に往なしながら、トキワシティへと歩を進める。 マサラタウンを出て、トキワシティに続いている1番道路を北上する。 その中で、オレは釈然と行かない何かを感じていたんだ。 何か違う……そんな気がする。 なんでだか分からないけど。 「このままでいいのかな……」 オレがその正体に気づくのは、もう少し先のことだった。 To Be Continued…